NII-Electronic Library Service 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 十 三 號 昭 和 五 十 七 年 十 月
宋
版
『慈
明
四
家
録
』と
そ
の
周
辺
一 五 〇N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
椎
名
宏
雄
一 、 『 慈 明 四 家 録 』 に つ い て 二 、 石 霜 楚 円 の 語 録 各 本 三 、 楊 岐 方 会 の 語 録 各 本 四 、 白 雲 守 端 の 語 録 各 本 五、 五 祖 法 演 の 語 録 各 本 六、 結 語 一 、 『 慈 明 四 家 録 』 に つ い て 『慈
明 四 家 録 』 と は 、慈
明楚
円t
楊 岐 方 会 − 白雲
守
端 − 五 祖法
演
、 と 嗣 承 す る 四 家 の 語 録 を 集 成 し た叢
書
で あ る 。 慈 明 、 す な わ ち 石霜
楚 円 ( 九 八 七 〜 一 〇 四 〇 ) は 、 ま た 黄竜
慧
南 を も 輩 出 し 、 い わ ゆ る 宋 代 に お け る 臨 済 宗 の 黄 竜 派 ・ 楊岐
派 と い う 二 大門
派
を 生 ん だ 宗 匠 と し て 、 そ の禅
宗史
上 の 地位
の 重 要 な る こ と 、 い ま さ ら い う ま で も な い 。 こ の 叢書
は 、巻
頭 に 紹興
二 三 年 (=
五 三 ) の序
が お か れ る こ と に よ り 、 そ の こ ろ に 編集
さ れ、 刊行
を み た こ と を 知 る 。 ( 1 ) そ れ は 、 あ た か も 『 黄竜
四 家 録 』 の 巻頭
に み え る 紹 興=
年
(=
四 一 ) の序
文 に お く れ る こ と 一 二年
で あ る 。 『 黄 竜 四 家 録 』 四 巻 は 、黄
竜
慧 南 − 晦 堂 祖 心 − 死 心 悟 新 − 超 宗 慧 方 、 と 次 第 す る 四 家 の 語 を 集 成 し 、 超 宗 と 法 兄弟
に 当 る 寂 星 慧 泉 の 編 集 で あ る 。 一 方 、 『慈
明 四 家 録 』 の 編集
は 、 五祖
法演
門 下 の 三 仏 と 称 さ れ る 仏 鑑 ・仏
果
・ 仏 眼 の う ち の } 、 仏 眼清
遠 に 嗣 い だ 正 堂 明 弁 に ょ る 。 正 堂 は 、 『嘉
泰 普 燈 録 』 一 六 や 『 五燈
会 元 』 二 ( 2 ) ○ に 略 伝 と 語 句 を 伝 え て い る 。 か つ て 雲 門宗
の 妙湛
思 慧 や 黄 竜 派 の 保寧
円 磯 に 参 じ た こ と が あ り、 仏 眼 に 契 っ た の ち に園
悟
克 勤 か ら 印 可 を受
け て い る 。何
山 に 住 す る や衆
千 指 を数
え 、 湖 州 道 場 山 に 移 っ て 化 を 揚 げ 、 紹興
二 七 年 (=
五 七 ) に 七 三歳
で 寂 し た 。 「 頌 古 百 則 」 を 作 っ た と さ れ る が 、 『 慈 明 四 家録
』 の 編集
に つ い て は 所 説 が な い 。い ま 、 注 目 す べ き は 、 お な じ 仏 眼 の 法 嗣 、
竹
庵
士 珪 は、 正 堂 の 師 兄 だ と い う こ と で あ る 。竹
庵
の 弟 子 に あ た る僧
挺 守贖
こ そ は 、 紹 興 初年
に 『 古 尊 宿 語 録 』 二 〇 家 二 二 巻 を編
し た鼓
へ 山 の蹟
蔵 主 そ の 人 で あ る 。 蹟 蔵 主 に よ る こ の 仕 事 は 、 時 の 鼓 ( 3 ) 山 の住
持 で あ る竹
庵
の 命 に よ っ た と 推 定 さ れ る 。 つ ま り 、 正 堂 は 『 古 尊 宿 語録
』 の編
集
事情
や そ の 内 容 に つ い て は 、 す で に 熟 知 し て い た はず
で あ る 。 こ の よ う に み る と 、 す く な く と も 、 『 慈 明 四 家 録 』 が編
集 さ れ る 背景
に は 、 『 古 尊 宿 語 録 』 『 黄竜
四 家 録 』 と い う 二 つ の叢
書 が相
つ い で 編集
、 刊 行 さ れ る と い う 歴 史 の 流 れ の 上 に あ る こ と を、 ま ず 理解
し て お か な け れ ば な ら な い 。 さ て 、 『慈
明 四 家 録 』 の テ キ ス ト はき
わ め て 伝 本 に 乏 し く 、古
版 と し て は 、 天 理 図 書 館 所蔵
の 尾 欠 本 二 冊 が 唯 一 の も の であ
る 。 も っ と も 、 『 建 仁寺
両 足 院 蔵書
目録
』 中 に は 、 ( 4 ) 慈 明 四 家 録 写 「 と 所録
さ れ る が 、 一 冊 中 に 四 家 の 語 す べ て が 筆 写 さ れ て い る の か 、 ま た は 端 本 で あ る の か 、 該書
を 関 す る 機 会 を え ぬ た め 、 目 下 不 明 で あ る 。 い っ た い、 本叢
書 は 、刊
行 当 初 か ら 伝 本 が稀
で あ っ た ら しく
、筆
者 の 目 睹 す る と こ ろ 、 各 種 の 宋 代 以降
の 書 目 に も 所 録 さ れず
、 重 刊 も 改 刻 も ま た な さ れ な か っ た よ う で あ る 。 し た が っ て 、 天 理 図 書 館 本 ( 以 下 、 天 理 本 ) は 尾 欠 な が ら 、 そ の 存 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 在 価 値 は 大き
い 。 ち な み に 、 わ が卍
続 蔵 中 、 石 霜 の 語 録 の み は 『慈
明 四 家録
』 か ら 採 ら れ て い る が 、 原 所 蔵者
は 明 示 さ れ ぬ 。 と こ ろ で 、 天 理 本 に つ い て は 、 『 天 理 図 書 館善
本解
題
』精
神 科 学ー
仏 教ー
に 記 さ れ て い る が 、 こ こ で は 書誌
的 な特
徴 に つ い て の み紹
介 し て お こ う 。 な 識 刊 行 匡 板 題 表 体 巻 お 語 記格
郭 心簽
紙裁
冊 、 ( 四 巻 ) 二 冊 ( 第 四 巻 欠 ) 線装
袋綴
改 装 後 補 縹 色 左 肩 双 辺 ( 刊 ) 、 墨 「 ( 書 名軈
騾
(螻
」 は何
に よ る の で あ ろ う か 。 年 (=
五 三 ) の序
が あ る こ と、 し た が っ て 、 て は な ら な い 。 し か る に 、 そ の 積 極 的 な根
拠 は な く 、 む し ろ 、拿
和 正 氏 の 「覊
宋
刊 刻 工寒
に は ・ 本書
集
刊 本 二 一 点 の 一 と し て 扱 っ て い る 。 刻 工 名 は 、 印 刻 時 期 を 決 め る 最 一 五 一 白 口 「 慈 上 等 ( 丁 数 ) ( 刻 工 名 ) 」 左 右 双 辺 ( 一 八 ・ 五 × 一 一 侃 ) 、 有 界 半 葉=
} 行 、 毎 行 二 七 字 ナ シ 末 尾、 延 宝 七 年 、 普 門 元 照 識 右 の 『善
本 解題
』 は 本 書 を ” 元版
” と す る が 、 こ れ 刊 記 は み ら れ ず 、 巻 頭 に 紹 興 二 三 す で に の べ た と う り で あ る 。 本 書 が 元版
で あ る な ら ば 、紹
興 本 の 重 刊 で な くNII-Electronic Library Service 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) も 重 要 な
資
料 で あ る 。 し た が っ て 、 『 善 本 解 題 』 の記
事
は 誤 記 と 思 わ れ 、 本 書 は 紹 興 二 三年
( 序 ) 刊 本 そ の も の と み て お き た い 。本
書
の 伝 承 は 、第
二 冊 末 尾 に み え る 元 照 の 識 語 に よ っ て 知 ら れ る 。 『 慈 明 四 家 録 』 ( 演 禅 師 録 を 欠 く ) は、 当 山 伝 来 の 宝 典 な り 。 年 こ の た び こ こ お 代 寝 遠 に し て 将 に 紙 蠧 墨 渝 に 至 る 。 這 回 、 補 飾 し て 焉 に 虞 く 。 臨 済 正 宗 正 法 山 下 栽 松 山 高 巌 禅 寺 第 四 世 嗣 祖 比 丘 普 門 元 照 合 掌 蘭 ( 印 ) 延 宝 七 己 未 年 仏 歎 喜 良 日 高巌
寺
は 、 『 禅 宗済
家 山 城 州 正 法 山 妙 心 寺 派 下寺
院 帳 』 に ( 6 ) よ れ ば 同 名 の 三 ケ寺
が 記 載 さ れ る が 、 目 下 、 そ の い ず れ か を 確証
で き ず 、 ま た 普 門 元 照 の 伝 記 も 不 詳 で あ る 。 と も あ れ 、 延 宝 七 年 ( ニ ハ 七 九 ) よ り も か な り 以 前 か ら 、 本書
が 高巌
寺 に 伝 来 し て い た こ と を 知 る 。 次 に 、 本書
の 成 立 を 知 ら し む る 唯 一 の資
料
で あ る 章棕
の序
文 を 、 訓 読 し て 掲 げ て み よ う 。 臨 済 の 宗 風、 特 に 天 下 に 盛 ん に し て 、 蓋 し そ の 児 孫 、 皆 な 鷹 揚 虎 視 せ ん 。 唯、 慈 明 の み 卓 絶 逸 群 の 韻 を 負 い 、 気 は 仏 祖 を 呑 み て 鎚 払 之 れ 下 し、 凡 聖 を 鍛 錬 し て 機 用 超 脱 す 。 諸 方 、 未 だ 其 の 右 に 出 ず る 者 有 ら ず 。 臨 済 の 道 、 恢 廊 た り 。 の 其 の 嗣 子 楊 岐、 三 脚 の 驢 に 跨 り 、 天 下 人 を 踏 殺 す 。 而 し て 白 雲 ・ 東 由、 其 の 宗 を 継 承 し 、 無 学 の 印 を 以 て 天 下 の 衲 僧 の 面 門 を 一 五 二 さ き 印 破 す 。 正 法 眼 蔵 、 向 者 に 瞎 驢 辺 に 滅 す る も 、 其 の 綱 要 を 提 持 せ る を 観 ば 、 日 月 を 揚 ぐ る が ご と く 、 後 に 之 れ 覧 る 者 は、 妖 霧 に 堕 し て 指 南 の 車 を 獲 る が 如 し 。 道 場 の 正 堂 弁 公 禅 師、 旧 板 の 既 に 廃 れ、 斯 の 録 の 伝 な く 、 況 ん ぼ げ や 今 の 末 学 は 、 但 だ 魚 目 を 玩 び て 以 て 其 れ を 真 と 為 す を 嗟 く 。 豈 に 夜 光 を 識 る 者 か な と 。 特 に 工 に 命 じ て 重 刊 し、 之 を 目 し て 『 慈 こ い ね が わ く は 明 四 家 録 』 と 日 う 。 庶 幾 、 正 続 の 宗 、 然 く 金 剛 の 圏 、 栗 棘 の 蓮 、 鉄 酸 の 鎌 に 墜 ち ざ る こ と を 。 是 に 於 て 燦 然 と 前 に 列 す 。 若 し 呑 透 せ ん と 欲 す る も 未 だ 常 情 を 出 で ざ る は 、 既 に 以 て 然 ら ず 。 請 う 、 斯 の 録 を 閲 せ ん こ と を 。 ( 7 ) 紹 興 二 十 三 年 癸 酉 春 の 朔 目 に 序 す 。文
中
、 揚 岐 が 三 脚 の驢
に跨
る と は 、楊
岐 の 語 録 に付
ぜ ら れ る 楊傑
の序
文 を 承 け る も の で あ り 、 無 学 の 印 云 々 は 、 五 祖 の 語 録中
に 逍 州 無学
を 拈 提 す る そ れ を 指 す 。 五 祖 に お け る無
字 の 拈提
は 、 左 朝奉
郎 の章
侏
を し て 、 『 慈 明 四 家 録 』の 序 文 に ま で ふ れ さ せ る ほ ど 、 当 時 と し て は ユ ニ ー ク だ っ た の で あ ろ う 。 と も あ れ 、 右 文 に よ れ ば 、 序 者 正 堂 は 、 旧 板 が す で に
廃
れ 、 ヘ へ 伝 本 が な く な っ て き て い た の で 、 新 た に 重 刊 し 、 こ れ に “慈
明 四 家 録 ” の 名 を 冠 し た と い う の で あ る 。 そ の と お り で あ れ ぽ、 か れ は す で に 稀書
と な っ て い た 四 家個
々 の 既 刊書
を苦
心 し て 集 め 、 こ れ ら を 新 た に 改 刻 し た こ と に な ろ う 。 か く し N工 工一Eleotronlo Llbraryて 、 新 た に 成 っ た 四 家 の
叢
書 に 対 し て 、改
刻 直前
に 付 せ ら れ た の が章
僚
の総
序
で あ っ た 。 一 応 、 右 の よ う な本
書
の テ キ ス ト に 関 す る 性格
を ふ ま え た 上 で 、 あ ら た め て 本 書 全 体 の構
成 次第
を 一覧
表 に掲
げ
て お こ う 。 ち な み に 、 語録
中 の 上 堂 ・機
縁 ・ 勘弁
・ 偈 頌 ・ 頌古
な ど の 点 数 を 、 語 録 の 別 に最
下 段 に 示 し た 。 内容 撰
述
時 撰 編
者 点 数 第 一 冊 一
1
慈 明 四 家 録 井 序2
慈 明 禅 師 五 会 住 持 語 録 上 井 序3
師 初 住 袁 州 南 源 山 広 利 禅 院 語 録4
師 住 潭 州 道 吾 山 語 録 5 師 住 潭 州 石 霜 山 崇 勝 禅 院 語 録 6 師 住 南 岳 山 福 厳 禅 院 語 録 7 師 住 潭 州 興 化 禅 院 語 録 8 〔 他 の 機 縁 〕 9 勘 弁 10 偈 頌 ニ ー 潭 州 雲 蓋 山 会 和 尚 語 録 序2
題 揚 岐 会 禅 師 語 録
3
袁 州 楊 岐 山 普 通 禅 院 会 和 尚 語 録 4 後 住 潭 州 雲 蓋 山 海 会 寺 語 録5
楊 岐 会 和 尚 後 録6
勘 弁7
真 讃 第 二 冊 紹 興 23 ( 一 一 五 三 ) 春 ・ 1 天 聖 5 ( 一 〇 二 七 ) 10 ・1
皇 祐 2 ( 一 〇 五 〇 )2
・16
元 祐3
( 一 〇 八 八 ) 立 春 日 左 朝 奉 郎 章 棕 撰 智 度 山 定 林 寺 本 延 撰 笏 州 黄 梅 山 恵 南 編 湘 中 文 政 撰 無 為 子 楊 傑 撰 保 寧 院 仁 勇 編 舒 州 白 雲 峰 守 端 編 上 堂 16 〃13
〃20
〃11
〃11
機 縁3
〃24
37
点 “ 首 上 堂 15 〃 他34
〃34
機 縁8
1
点2
首 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 一 五 三NII-Electronic Library Service 一 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 1110987654321 二 ( 全 白 雲 禅 録 井 序 江 州 承 天 禅 院 語 録 江 州 円 通 崇 勝 禅 院 〔 語 録 〕 舒 州 法 華 山 證 道 禅 院 語 録 舒 州 竜 門 山 乾 明 禅 院 語 録 祖 堂 綱 記 序 舒 州 興 化 禅 院 語 録 舒 州 白 雲 山 海 会 禅 院 語 録 偈 頌 舒 州 法 華 山 端 和 尚 頌 古 「 百 十 則 自 題 欠 ) 熙 寧 3 ( 一 〇 七 〇 )
10
・1
治 平1
( 一 〇 六 四 ) 4 。16
太 原 王 孜 撰 小 師 処 凝 編 〃 海 譚 編 〃 智 本 編 〃 智 華 編 小 師 処 凝 編 〃 法 演 編 小 師 処 凝 編 一 五 四 〃 〃 〃 上 堂 15 等 233645
11059
〃 上 則 点 堂 67 8N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
五 祖 法 演 の
語
録 を 欠 く の は 遣憾
で あ る が 、 み る ご と く 、 他 の 三 家 の 語 に は 、 み な い く つ か の 序 文 が 付 せ ら れ る 。 か つ て 刊 行 さ れ た 、 そ れ ぞ れ の 旧 本 の 体裁
を と ど め る も の で あ ろ う 。 さ て 、 周 知 の と お り 、 右 の 四家
の 語 録 類 は 、 本 書 の ほ か 正 続 の 『 古尊
宿 語 録 』 中 の も の や 、 単 行 書 と し て 伝 わ る も の な ど が あ る 。 前 者 は 、 明 代 に増
大 す る 際 に い ち じ る し く 変 貌 す る 。 し た が っ て 、 テ キ ス ト と し て の 基 礎 的 な 吟 味 を 経 ぬ ま ま 、 近 代 の 卍 読 蔵 や 大 正 蔵 に収
め ら れ た 個 々 の 語録
類 の多
く は 、 実 は 歴 史 的 に複
雑 な 経緯
と系
統 と を 内 に 秘 め て い る と い え る 。 い ま 、 こ う し た 観 点 か ら 、当
面 す る 四 家 の 語 録 す べ て を 対象
と し て 、 以 下 、 文 献整
理 を 試 み、 成 立 以 来 の系
統
を 明 ら か に し た い 。 二 、 石 霜 楚 円 の語
録 各本
石霜
楚
円 ( 九 八 七 〜 一 〇 四 〇 ) は 、 汾 陽 に 嗣 ぎ 、袁
州 の 南 源 山 、潭
州
の 道 吾 山 と 石霜
山、 南 岳 の福
厳
寺、 潭州
の 興化
寺 、 の 五 処 に 開 堂 し た禅
匠 で あ る 。 そ の 一 代 の 語 録 は 、 五 処 の 語 を 集 め る 『 慈 明 四 家録
』 本 を は じ め と す る 三 つ の 系統
に 分 け ら れ る 。 以 下 、 そ れ ら の 各 本 の所
在
を 明 ら か に し て お く 。 〈 慈 明禅
師 五 会 住 持 語 録 〉『
慈
明 四 家 録 』 所収
、 紹興
壬
二 年 (コ
五 三 )序
刊 、 天 理 図 書 館 蔵
続
蔵
一i
二 ー 二 五−
一 、 「 石霜
楚
円 禅 師 語 録 」 、 明 治 四 五年
( 一 九 「 二 ) 刊〈
慈 明禅
師 語録
〉明 蔵 『 古
尊
宿語
録 』 巻 一 一 所 収 、 万 暦 四 二年
( 一 六 一 四 ) 径 山 化 城 寺 刊続 蔵 一 − ニ
ー
二一 ニー
二 、 『 古 尊 宿 語 録 』 巻=
所 収 、 明 治 四 五年
( 一 九 】 二 ) 刊 く慈
明 円祖
師 語 録V
宋 版 『 続 刊 古 尊 宿 語 要 』
第
一 集 天 所収
、 嘉 熈 二年
( = 一 三 八 ) 刊 、 天 理 ・ 大 東 急 各蔵
写
本 、 京 大 蔵続 蔵 一
1
ニ ー 二 一 ニー
五 、 『 続 刊 古尊
宿 語 要 』 所収
、 明 治 四 五年
( 一 九 = 一 ) 刊 まず
、に つ い て は 、 そ の 構 成 次 第 は す で に 掲
げ
た ご と く 、 天 聖 五年
( 一 〇 二 七 ) に書
か れ た 本 延 の序
に つ づき
、 石霜
の 住 し た 五 処 の 語 録 が配
さ れ 、 末 尾 に 勘 弁 ・機
縁
・偈
頌 を置
く 。 黄 竜 慧 南 の 編 集 で あ り 、 石 霜 に 関 す る現
存
最
占 に し て 最 大 の語
録 で あ る 。の 続 蔵 本 は 、
を 底 本 と し な が ら 、 「 石 霜 楚 円 禅 師 語 録 」 と い う 編 集 書 名 を 与 え て い る 。 半 面 、 巻 頭 に 『 慈 明 四 家 録 』 そ の も の の 総 序 を も
収
め 、 本文
に は 他 本 と の校
注
が 付 せ ら れ る な ど の 長 所 も 認 め ら れ る 。 た だ し 、 対 校 本 は 不 明 で あ り 、 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 二 本 の差
異 は 僅 少 で あ る 。 こ こ で 注 目 す べ き 一本
に 、 第 三 六 回 の 『 大 蔵 会 展観
目 録 』 中 に み え る 、 両 足 院所
蔵
の 左 の 刊 本 が あ る 。63
、 慈 明 録 ( 石 霜 楚 円 禅 師 語 録 ) 二 刊 ( 序 ) 章 保 撰 … … 紹 興 二 十 三 年 癸 酉 春 朔 日 序 上 巻 本 文 ( 序 共 ) 廿 一 紙 、 下 巻 八 紙 ( 但 し 丁 数 は 上 下 巻 通 じ て 附 せ ら れ て ゐ る 。 ) 毎 半 葉 十 二 行 、 一 行 廿 八 字 、 四 周 ( 8 ) 単 辺 、 有 罫 。 右 本 の 書 誌 的 特徴
をの 天 理 本 と 比
較
す る と 、 若 干 の 差 異 が 認 め ら れ る 。 ま ず 、 天 理 本 の 「慈
明 録 」 は、 巻頭
に 「 … … 語 録 上 井 序 」 と あ る も の の 、 上 下巻
の 区 分 が 明瞭
で は な い 。 し か し 、 勘弁
以 下 末 尾 ま で は た し か に 八 紙 で あ る か ら 、 か り に こ の 八 紙 が 分 冊 さ れ て い れ ぽ 、 下巻
と み る の は 自 然 で あ る 。 両 足 院 本 に も、 下巻
と い う 印 刻 は な か っ た の で は な か ろ う か 。 ま た 、 一 行 二 入字
は 、 天 理 本 で は 二 七 〜 二 八字
で あ る 。 さ ら に 、 四周
単 辺 と い う 匡郭
が、 天 理本
で は 第 一 七 紙 を の ぞ き 、 他 は す べ て 子持
ち線
を 有 す る 左右
双 辺 で あ る と い う 重 大 な 相 違 点 が あ る 。 両 足院
本 に は 、 巻 頭 に紹
興 二 一 二年
の章
僚
に よ る序
文 が あ る と い う 。 し た が っ て 本書
が 、 『 慈 明 四 家 録 』 の 一部
で あ る こ と は 、 い う ま で も な い 。 天 理 本 と は 異 版 の 関 係 にあ
る の だ ろ う か 。 し か し 、 紹 興 二 三 年 ( 序 )刊
本 の ほ か に 異 本 の存
在 を 一 五 五NII-Electronic Library Service 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 傍
証
で き ぬ こ と 、 す で に の べ た と お り で あ る 。 の み な ら ず 、 続蔵
の 石霜
語 録 は 『慈
明 四 家録
』 の 第 一 に よ る こ と を 明 示 す る にも
か か わ ら ず 、 次 の楊
岐 以 下 の 語 は こ れ に よ ら ぬ 。 第 二 以 下 は採
録
し な か っ た の で は な く 、 採 録 す べ き も の が な か っ た の で あ ろ う 。 だ い た い 天 理 本 に は 、章
係
の 序文
中
に 虫 損 で 不 明 の 文字
が 二 字 分 だ け あ る 。 こ れ を 続 蔵 で は 「 以無
」 と 印 刻 す る 。 こ れ ら の 事実
は 、 続 蔵 の底
本 が 天 理 本 で は断
じ て な か っ た こ と の証
左 で あ り 、 両 足 院 本 で あ っ た こ と の 反 証 と な ろ う 。 さ ら に ま た 後述
す
る ご と く 、 両 足 院 に は 明 ら か に 『 四 家 録 』 中 の 楊 岐語
録 だ け を 一 冊 と す る端
本 を も 所 蔵 す る 。 し た が っ て 、 さ き の 「 四 周 単 辺 」 に 疑 問 が残
る も の の 、 元 来 、 天 理 本 と 両 足 院 本 と は 同 版 で あ り 、 後 者 は 石 霜 の 語録
の み を 二 冊 と し た 端 本、 と考
え て お き た い 。 の 明 版 『 古 尊 宿 語 録 』 所 収 本 は 、の 天 理 本 に 比
較
す る と 大 差 が あ る 。 ま ず 、序
文 と 語 録 の 説 処 別 の 内 題 は ま っ た く み ら れ ず 、語
句 の排
列 順 を 異 に し 、 し か も 語 句 は 抄 録 で あ る 。 末 尾 に置
か れ る 偈 頌 も 同様
で あ る が、 タ イ ト ル が よ り詳
細 と な っ て い る 。 た と え ば 、 「 雲 門 云糊
餅
」 が 「 因僧
請 益 雲 門 超 仏 越祖
之 談 」 、 「 汝 是慧
超
」 が 「 因人
請
益 慧 超 仏 話 有 頌 」 、 の ご と く で あ る 。 同 じ く 、 巻 首 に は 天 理 本 に み ら れ ぬ 石 霜 の 詳 細 な 伝 記 を 置 く 。 内 容 を 検討
す る と 、 こ の伝
記 は 、 『 普 燈 録 』 ( 9 ) 二 、 『 禅 林 僧 宝 伝 』 → 二 、 な ど の 石霜
条 か ら 採 っ て 再 編 し た 一 五 六 よ う で あ る 。 す な わ ち 、本
語録
は 、 石 霜 語 録 の 新 た な編
集
と い っ て よ く 、本
書 の 内 容 か ら は 、 決 し て 原 型 を 知 る こ と は で き な い 。 そ の編
集 は 、 明 蔵 本 『 古尊
宿 語 録 』 の 編 者 に よ る も の で あ ろ う が 、 本 書 に 関 し て は 良 心 的 と は い え ぬ 。 な お 、の 続
蔵
本 は 、を そ の ま ま 飜 刻 し た も の で あ る 。 ま た、 も も 抄 録 で は あ る が 、 同 じ
抄
録 であ
る 次 のと の 間 に は、
直
接 の 関 係 を み い だ す こ と が で き な い 。の 宋
版
『 続 刊 古 尊宿
語
要 』 本 は 、の 成 立 か ら は 八 五
年
後
の 刊 行 であ
る が 、 こ れも
と 比
較
す れ ぽ 大幅
な抄
録本
で あ る 。 まず
、 上 堂語
の 部 分 は 、 説 処 の 区 分 が な く 排 列 順 も異
な る点
は 、 さ き の続
蔵 本 と 同類
で あ る 。 ま た 、 勘弁
以 下 の 部 分 の 分 量 を 、と 対 応 す る と 次 表 の ご と く に な っ て い る 。 偈 機 勘 頌 縁 弁 四
37
3
24
家 録 本11
12314
\
続 古 } 尊 機 縁 宿 本右
表 の ご と く 、 本 書 の 特 徴 は機
縁
に あ る 。 す な わ ち 、 の機
縁
三 点 と 全 同 の文
を 収 め た次
に 、で は 偈 頌 の 頃 に 属 す る 二
点
と 、 石 霜 と楊
岐
と の 機 縁 一 点 を 収 め る か ら で あ る 。 中 間 の 二 点 は 、 実 は 都尉
公 が 石霜
に 進 呈 し た 作 品 で あ る か ら 、 厳 N工 工一Eleotronlo Llbrary密 に は 機 縁 欄 の 方 が ふ さ わ し い 。 そ れ は と も か
く
、楊
岐 と の 次 の問
答
を 、 『続
刊 古 尊 宿 語 要 』は 、 ど こ か ら
採
録
し た の で あ ろ う か 。 楊 岐 問 云 、 幽 鳥 語 喃 喃 辞 雲 入 乱 山 時 如 何 。 師 云 、 我 行 荒 草 裏、 汝 又 入 深 村 。 岐 云 、 官 不 容 針 、 更 借 一 問 得 麼 。 師 便 喝。右
の 問答
は 、 の 『慈
明 四 家録
』本
の いず
れ にも
み い だ す こ と が で き な い 。 し た が っ て 、他
本 か ら 採 録 し た の で あ ろ う 。 い っ た い 、 続古
尊
宿 本 中 の 語 句 に は 、と 異
同
す る 部 分 が若
干 み ら れ る 。 こ れ ら の こ と は 、の 依 っ た
底
本
はで は な く 、 以 前 の 古 本 で あ る こ と を 示
唆
す る 。 あ え て 挙 げ る な ら ぽ、の 首 部 に 置 か れ る 天 聖 五 年 ( 一
〇
二 七 ) の 智 度 山定
林
寺
本
延 が撰
す る序
文当
時 の 初 刻本
か 、 ま た は こ れ を 承 け る 宋 版 な ど に 依 っ た の で あ ろ う 。の 続 蔵 本 は 、
そ の ま ま の 飜 刻 で あ る が 、
は 『 仏 書 解 ( 10 ) 説 大 辞 典 』 に 所 録 さ れ る 京 大 所 蔵 の 写 本 で あ る 。
京
大 に は 続蔵
本 の原
稿
写 本 を 所蔵
す る と い わ れ る か ら 、 こ れ は お そ ら くの
稿
本 と 思 わ れ る 。 か く し て 、 石 霜 の 語 録 は 、 四 家 の 中 で は 比較
的
に 単 純 な 三 系統
を形
成 し て 近 代 に 至 っ て い る こ と が 知 ら れ る 。 そ の 系統
図 は 、 石霜
以 下 の 四 家 す べ て を ま と め て、 本 稿 の末
尾 に 掲 示 し て お く 。 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 三 、 楊岐
方 会 の 語 録 各本
楊 岐方
会 ( 九 九 六 〜 「 〇 四 九 ) は 、後
代 に お け る そ の 地位
か ら み れ ば 、袁
州
の 楊 岐 山 と 潭 州 の 雲蓋
山 の 二 処 に し か 開 堂 し て い な い の は 、 や や 意外
で す ら あ る 。 し か し 、 そ の 一 代 の 語 録 に 関 す る 成 立 や 流伝
が複
雑 な様
相 を 呈 す る の は 、 や は り そ の 立 場 を 示 すも
の で あ る 。楊
岐
の 各 語 録 は 、 全 集 、部
分 的 な も の 二 種 、 抄録
、 の 四 種 に 大 別 で き る 。 以 下 、 各 テ キ ス ト 類 を 整 理 し て お こ う 。 〈楊
岐 語 録 〉『 慈 明 四 家 録 』 所
収
、 紹 興 二 三年
(=
五 三 )序
刊 、 天 理 ・ 両 足 院 各 蔵『 楊 岐
方
会 禅 師 語 録 』 一 冊 、 〔 江 戸 期 〕 二 西 堂刊
、 駒 大 蔵 〈楊
岐 方会
和尚
語 録 〉宋 版 『 古
尊
宿 語 録 』第
三策
所
収 、嘉
熈
二年
( = 一 三 八 ) 刊 、 天 理 ・大
東
急 ・書
陵
部 各蔵
明 蔵 『 古
尊
宿 語 録 』 巻 一 九 所 収 、 巧 暦 四 三 年 ( = ハ 一 五 ) 径 山化
城寺
刊 『 禅学
大
系
』 祖録
一所
収 、 明 治 四 四年
( 一 九=
) 一喝
社
刊写 本 、
京
大 蔵 続蔵
一ー
二 ー 二 三ー
三 、 『古
尊 宿 語録
』 巻 一九
所 収 、 明 一 五 七NII-Electronic Library Service 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 治 四 五
年
( 一 九 = 一 ) 刊大 正 蔵 四 七 、 「
楊
岐 方 会 和 尚語
録
」 、 昭 和 三年
( 一 九一天
) 刊 〈 楊 岐 会 和 尚 後 録 〉 写 本 、 京 大 蔵続 蔵 一
−
ニー
二 五ー
二 、 「 楊 岐 方 会禅
師 後 録 」 、 明 治 四 五 年 ( 一 九 一 二 ) 刊大 正 蔵 四 七 、 「
揚
岐
方 会 和 尚後
録 」 、 昭 和 三 年 ( 一 九 二 八 ) 刊 く楊
岐
会禅
師 語V
宋
版 『 続 刊 古 尊 宿 語 要 』 第 三 集 日 所 収 、 嘉 熙 二 年 ( 一 二 三 八 ) 刊 、 天 理 ・ 大 東急
・ 書 陵 部 各蔵
続
蔵 一 − ニー
一 = ニ ー 五 、 『 続 刊古
尊
宿
語 要 』 所 収、 明治
四 五 年 ( 一 九 [ 二 ) 刊 ま ず 、 の 『 四 家 録 』 本 の構
成 次 第 は す で に掲
げ た ご と く 、 「 潭 州 雲 蓋 山 海 会寺
語
録
」 「袁
州 楊 岐 山 普 通 禅 院語
録 」 「 楊岐
後 録 」 の 三 語 録 の集
成 で あ る 。 さ い こ の も の に は 序 跋 も年
記 も な い た め 、 そ の編
集 と 刊 行 の事
情
は 不 明 で あ る が 、 前 二者
に は 、 そ れ ぞ れ 僧 文 政 と 楊 傑 に よ る序
文 が 付 せ ら れ 、 そ の 撰述
年 時 も 明瞭
で あ る 。 前 者 は 、 楊岐
の 示 寂 五 年 目 の 皇祐
二年
( 一 〇 五 〇 ) の 撰 、 後老
は、 そ れ か ら 三 九 年 を 経 た 元 祐 三 年 ( 一 〇 八 八 ) の 撰 で あ る 。 一 五 八 す な わ ち 、 楊 岐 の 語 は 、 ま ず 白雲
守 端 に よ っ て 編集
さ れ た 「雲
蓋 山 語 録 」 が早
く刊
行 さ れ る 。 文 政 は 序 文 の 中 で 、 楊 岐 の 語 は 豊 富 で あ っ た が抄
録 を 許 さ な か っ た 、 し か し 守端
が 黙 々 と 記 録 し て 一 軸 を 成 し た こ と 、楊
岐
は 俗 齢 五 四歳
で卒
し 雲 蓋 山 に 入 塔 し た こ と 、 な ど を の べ る 。 一方
、 は る か に遅
れ て 初 刻 を み た 、 保 寧 仁 勇 編 す る 「楊
岐 山 語 録 」 の楊
傑
の 序 は 、 簡潔
に 過 ぎ て 、編
集 の 事情
等 は 知 る べ く も な い 。 し か も 、 『 四 家 録 』 本 の 分 量 で み る と 、 「 雲 蓋 山 語 録 」 は 五 紙 半 で あ る の に 対 し 、 「 楊岐
山 語 録 」 は わ ず か に 二 紙 に す ぎ ぬ 。 だ い た い 、 ( 11 ) 楊 岐 は楊
岐 山 に 住 す る こ と 六 年 の の ち 、 慶 暦 六年
( 一 〇 四 六 ) に 雲 蓋 山 に 移 り、 三年
後
に 寂 す る 。 し た が っ て 、 右 の 「 楊岐
山 語 録 」 の 分 量 は あ ま り に も 寥 々 た る も の と い え る 。 楊 岐 三 世 の 五 祖 法 演 の 名 声、 そ の 門 下 の 三 仏 た ち の 活 躍 な ど に よ り 、 や が て 全 盛 を 迎 え る 南 宋 期 の楊
岐 派 に と っ て は 、 そ の 住 山 の名
で 呼 ば れ る 派 祖 の 源泉
と も い う べ ぎ 「楊
岐
山 語 録 」 の 分 量 が 不満
で あ っ た こ と は 、 想像
に 難 く な い 。 こ の点
に、 あ ら た め て 「楊
岐会
和尚
後 録 」 が編
集
さ れ る 必然
性 が あ っ た の で あ ろ う 。 も っ と も 、 こ の 語 録 は楊
岐 山 ・ 雲蓋
山 二 処 の 語 を含
む が 、 前 者 の 語 が 大 半 を 占 め る 。 分 量 的 に も 、 『 四 家 録 』 本 で 六 紙 半 を 有 し 、 前 二 者 の語
録
の 量 に ま さ る 。 さ て 、 こ こ で 両 足 院 に 蔵 せ ら れ る 『楊
岐
録 』 ( 表 題、 墨 書 ) 一 冊 を 紹介
し て お き た い 。筆
者 が 調 査 し た か ぎ り で は 、 こ の N工 工一Eleotronlo Llbrary古 版 は 天 理 本 『 慈 明 四 家 録 』 の 楊 岐 録 の 部 分 と 全 同 で あ る 。
版
式
・ 丁 数 ・ 刻 工 名 な ど 、 す べ て 一 致 す る 。強
い て 異 な る点
を 挙 げ れ ば 、 天 理 に 比 し て や や後
刷
で 、 小 型 ( 二 〇 x 一 三 . 二 ) の ポ ケ ッ ト 版 一冊
に 仕 立 て ら れ て い る こ と で あ る 。す
な わ ち 、 本書
は 紹 紙 二 三年
序
刊
『 四 家 録 』 の 端 本 か 、 楊 岐 録 の 部 分 だ け の後
刻 本 と み ら れ る 。は 駒 大 所 蔵 の 一 冊 本 で
あ
る 。 『 禅籍
目 録 』 で は 二 西 堂 の 刊 本 と 所 録 す る が 、該
書 に は第
一 紙 の 背 心 下部
に 「 米 堂 」 と 刻す
る ほ か は、 刊 記 も 版 元 も み ら れ な い 。 「 米 堂 」 も 目 下 の と こ ろ 不 詳 で あ る 。 江 戸 期 の 木 版 本 で あ る が 、 白 文 で あ る か ら 、 中 国 版 の 改 刻 本 と み ら れ る 。 本 書 は、に 比 較 し て 「
楊
岐 山 語 録 」 と 「雲
蓋 山 語 録 」 の 順序
が 入 れ か わ り 、 楊傑
の 序 が 「楊
岐 山 語録
」 の後
に置
か れ る ほ か は、 ほ ぼ 全 同 で あ る 。 『 四 家 録 』 を 直 接 に 承 け る 版 か 、 ま た は 未 知 の版
が 介 在 す る か は 不 明 で あ る が 、 『 四 家 録 』 同様
、楊
岐 の 全集
本 と し て は貴
重 な 一 本 で あ ろ う 。は 宋 版 『
古
尊宿
語 録 』 第 三 策 所 収 本 で あ る が 、 『 古尊
宿
語録
』 の 初 刻 (こ
三 八 〜 四 四 頃 ) の 二〇
家中
の 一 で あ る か ら 、 そ の 刊 行 は 『 慈 明 四 家 録 』 よ り も 古 い 。 ち な み に 、慈
明 ヘ マ へ 四 家 の う ち 、 古尊
宿 二 〇 家 に 含 ま れ る の は楊
岐
の み で あ る 。 本 書 は 、 『 四 家 録 』 本 に 比 較 し て 「 後 録 」 を含
ま ぬ と い う 大 き な 相 違 が あ る 。 ま た 、 文 政 の序
が 特 別 に 大書
さ れ る こ と 、 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) あ 楊 傑 の序
題 が 「題
楊
岐 会 老 語 録 」 と あ る こ と 、 形式
的 な 字 句 が 『 四 家録
』 本 よ り 未整
理 で あ る こ と 、 な ど の 特 徴 が み ら れ る 。 し た が っ て 、 本書
は 『 四 家録
』 本 以 前 の 古 型 を 保 持 す る テ キ ス ト で あ り 、 お そ ら く は 、 楊傑
が序
を 付 し た 元 祐 三 年 ( → 〇 八 八 ) 刊 本 を 承 け る も の で あ ろ う 。 「 後 録 」 を 含 ま ぬ の は 、採
録 し な か っ た の で は な く 、 ま だ そ の 成 立 を 知 ら な か っ た た め で あ ろ う 。の
明
蔵 『 古 尊 宿語
録 』 本 は 、 を 直 接 に 承 け る よ う で あ る 。 二 つ の 語 録 の 内題
・ 編 者 名 な ど は 完 全 に 一 致 す る 。 文 字字
句 も ほ ぼ 同 一 で は あ る が 、 若 干 の相
違
も 認 め ら れ る 。 形 式 的 に は 、 上 堂 語 ご と に改
行
さ れ ず 、 追 込 み の も の が あ る こ と、 順序
の 入 れ替
っ て い る も の が 一点
あ る こ と 、 二 つ の序
文 を 巻 末 に 移 録 す る こ と 、 な ど が 異 な る 。 な お 、 明 蔵 の 編 者 は 、 本 書 をの 宋 版 『
古
尊
宿 語録
』 第 三 策 か ら採
録 す る 際 に 、 誤 っ て 楊岐
の 語 録 に 続 い て刻
さ れ て い た 「 潭 州 道 吾 真 禅 師語
要 」 の 全 文 を も 採 録 し て し ま い 、 そ の 末 尾 に前
述 の 「 楊 岐 録 」 の 二 序 を 移録
し た 。 そ の た め に 、 楊 ( 12 ) 岐 と 道 吾真
の 語 の 区 分 が 不 明 確 と な っ て い る 。 こ のを
底
本 と す るの 続 蔵 本 、
の 大 正 蔵
経
本 も ま た 、 こ の 誤 り を 踏 襲 し て い る 。の 『
禅
学 大 系 』 本 は 、 底 本 が 縮 蔵 本 『 古 尊 宿 語録
』 な る こ と を 明記
す る 。 こ の 縮 蔵 本 はの 明 蔵 本 を 承 け る 。 た だ 一 五 九
NII-Electronic Library Service 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) し 、 右 の 「 道 吾 真
禅
師 語 要 」 を 除 去 し て い る の は 学 問 的 と い え る 。 と こ ろ が 、は 二 つ の
序
文 を も省
き 去 り 、 そ の か わ り に “ 補 足 ” と し て 『禅
宗 正脈
』 か ら 五 点 、 『 大光
明 蔵 』 か ら 一 点 の楊
岐
の 語 を 集 め て い る 。 『禅
学 大 系 』 編 集 者 の 労 は 多 と す る が 、 ど う や ら 「 楊 岐 後 録 」 の存
在
に は 気 ず か な か っ た ら し い 。 ( 13 ) の 写 本 は 、 『 仏 書 解 説 大辞
典 』 の 所 載 で あ り 、 の続
蔵 『 古 尊 宿語
録
』 本 の 底 本 と 思 わ れ る 。は い う ま で も な く 、 前 掲 の
を 承 け て い る 。
の 大 正
蔵
経 本 は 、 底本
が 増 上 寺 報 恩 蔵 本 の 『 古 尊 宿 語 録 』 ( 14 ) な る こ と を 明 示 す る 。 「 楊岐
方 会 和 尚 語録
」 と い う題
号 は 新 た に 付 し た編
集
名 で あ る が 、 道 吾 真 の 語 を 含 め た ま ま で あ る こ と は 前 述 の と お り で あ る 。 か らま で は、 「 楊 岐
後
録
」 の み の テ キ ス ト で あ る 。( 15 ) の 写 本 は 『
仏
書 解 説 大 辞 典 』 が 所 録 す るの
稿
本 と み ら れ る も の 、は
を 底 本 と す る 飜 刻 で あ る 。 問 題 の
続
蔵
本 は 何 を 底 本 と し た の で あ ろ う か 。 こ の 点 、 内 容 を 対 照 す る と 、 『 四 家 録 』 本 と 二 西 堂 本 の い ず れ と も 等 し い 。 た だ 、 尾題
は 後 者 と の み 一 致 し 、 前 者 と は 異 る 。 し た が っ て 、続
蔵 本 は 「 楊 岐後
録
」 を 二 西 堂 本 か ら 採録
し た も の と 思 わ れ る 。 「後
録 」 を 含 ま ぬ 部 分 は 、 す で に 明蔵
本 の 『 古 尊 宿 語 録 』 か ら得
て い た の で あ る 。 一 六 〇 さ て 、の
宋
版 『 続 古尊
宿
語 要 』 本 は 、 そ の 内 題 に 「楊
岐 会禅
師 語 前 録 収 不 尽 者 」 と あ り 、 こ の 語 が 既 刊 の 『 古尊
宿 語 録 』 本 以 外 の 語 で あ る こ と を 示 す 。内
容
を み る と 、 「 楊 岐 後 録 」 か ら の 抄録
で あ り 、 量 的 に は 約36
を 含 む 。排
列 順 も 「後
録
」 の ご と く整
然 と 置 か れず
、 上 堂 語 類 の 間 に 勘 弁 が 混 在 す る個
所 も あ る 。 し か し 、 本 書 の 底 本 と し て は 、 や は り 『 四 家 録 』 本 で あ ろ う と 思 わ れ る 。 な お 、の
続
蔵 本 は 、の 飜 刻 で
あ
る 。 こ のを 『 禅
籍
目録
』 が 、 「 後 録 」 と 文 に 前後
あ れ ど内
容 は 同 一 、 と注
記 す る の は 誤 り で あ る 。 以 上 、楊
岐 の 語録
類 を整
理 し た が 、 大 き く 三 系統
が あ り 、 い ず れ も 続 蔵 に 分断
採 録 さ れ る 点 に 、 テ キ ス ト類
の 変 遷 の 歴 史 が 示 さ れ て い る 。 と も あ れ 、楊
岐 の 語 録 の集
成 は、 す で に宋
版 『 慈 明 四 家 録 』 で 完 了 し て い る 。 し た が っ て 、 こ の叢
書 に お け る楊
岐 の 立 場 を 正確
に把
握 す る こ と が 、 そ の 語 録 の 成 立 や編
集 に 関 す る 問 題 点 を解
く 大 き な 鍵 と な る で あ ろ う 。 こ の 点 に つ い て は 、後
述 す る 。 四 、 白 雲 守端
の 語 録 各本
白 雲 守 端 ( 一 〇 二 五 〜 一 〇 七 二 ) は、 し て 重 要 で あ る 。短
命 な 生 涯 の 間 に、 州 の 法華
山 ・ 竜門
山 ・ 興化
・ 白 雲 山、 る 。 そ の 現 存 語 録類
も ま た 、 全 集系
、 楊岐
と 五 祖 を繋
ぐ 人 と 江 州 の 承 天 ・ 円 通 、 舒 等 の 六 処 に開
堂 し て い 抄録
系
、 及 び そ れ ら を N工 工一Eleotronlo Llbrary折 衷 し た 新
編
系
、 と い う 三 種 に 大 別 さ れ る 。 〈 白 雲 禅 録V
宋
版 『 慈 明 四 家録
』 所収
、紹
興 二 三 年 ( 一 一 五 三 )序
刊 、 天 理 蔵続
蔵
一−
ニ ー 二 五1
三 、 「 白 雲 守端
禅 師 広 録 」 四巻
、明
治 四 五年
( } 九 一 二 ) 刊『 白 雲
禅
録 』 一冊
、 昭 和 七年
( 一 九 三 二 ) 以 前孔
版 、 東 京有
村
騰 写 板 印刷
所 、駒
大 蔵 〈 白 雲 端 和 尚 語 〉宋
版
『 続 刊 古尊
宿
語
要 』 第 三集
日 所 収 、 嘉 熈 二年
( = 一 三 八 ) 刊、 天 理 ・ 大東
急 ・ 書陵
部 各 蔵続
蔵
一−
二ー
二 一 二i
五 、 『続
刊 古 尊 宿 語 要 』 所 収 、 明治
四 五 年 ( 「 九 = } )刊
〈 白雲
守端
禅 師 語 録〉
明
続
蔵 六 一i
一 、 「 白 雲 守 端 禅 師 語 録 」 上 下 二巻
一 冊 、康
熙 六 年 ( 一 六 六 七 )嘉
興 楞 厳 寺刊
続
蔵 一−
ニー
二 五ー
三 、 「 白雲
守 端禅
師 語 録 」 二 巻 、 明 治 四 五年
( 「 九 一 二 ) 刊中 華 大 蔵 経 ニ
ー
九 五 所 収 、 影 印 、 一 九 六 八 刊 ま ず 、の 『 四 家 録 』 本 は 、 す で に 構 成 次 第 を 掲 げ た よ う に 、 処 凝
等
の 五 名 の編
者
に よ っ て集
め ら れ た 六 処 の 語 録 と偈
頌 ・ 頌古
、 お よ び 、 巻頭
に 付 す太
原 の 王 孜 に よ る 序 、 か ら 成 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) る 。 王 孜 の序
は 、 な ぜ か年
記 を も た な い が 、 二 州 六会
の 語録
を 処 凝 が編
し 、 上 中 下 の 三 帙 と し た も の に 対 し て 「 白 雲 禅 録 」 と命
名 し た 、 と の べ る 。 処 凝 は 白 雲 の 法 嗣 で 、舒
州 天柱
処 凝 ( 16 ) と さ れ る人
で あ る が、機
縁
の 語 句 も所
伝 も 伝 わ ら な い 。 と に か く、 王孜
の序
に よ れ ば 、 五 名 で集
め た 白 雲 の 語 を 、 さ ら に 処 凝 が 総集
し た の で あ る 。 そ の 時 期 は 、 白 雲 の寂
後 ま も な い 頃 で あ っ た と 推 定 さ れ る 。 か く し て 成 っ た 「 白雲
禅
録
」 は 三 巻 であ
っ た 。 あ た か も、へ 『 四 家 録 』 本 の 竜 門 山 語 録 の 末 尾 に は 「 白 雲 語 録 上 」 と み え 、 ま た 、 偈 頌 の
前
に 「 白 雲禅
録
終 」 の 尾 題 が 存 す る 。 こ れ ら の 刻 記 が 前代
の 語録
の 遺 存 だ と す れ ば 、 三巻
本 の 上巻
は 竜 門 語 録 ま で 、中
巻 が 白 雲 山語
録 ま で、 以 下 の偈
頌 ・ 頌古
・ 自題
が 下 巻 で は な か っ た か と 推定
さ れ る 。 つ ま り 、 の 『 四 家録
』 本 は 、 王 孜 が書
名 を 定 め 、 刊行
し た 際 の 原 型 を と ど め る善
本 と い え る で あ ろ う 。は 四
巻
本 の 「 広 録 」 と す る も の で 、 江 州 承 天 語 録 か ら竜
門 山語
録 ま で が巻
一 、 祖 堂 綱 紀 序 か ら 白 雲 山 語 録 ま で が 巻 二 、偈
頌 が 巻 三 、 頌古
を 巻 四 と す る 。と 比
較
す る と 、 内 容 と排
列
次 第 は ほ ぼ等
し い 。注
意
す ぺ き は 、 こ の 続蔵
本 が . 別行
本 〃 と 対 校 を な し 、 そ の 異 同 一 〇 ケ 所 の校
注 を 記 録 す る こ と であ
る 。 左 に そ の校
注 部 分 と 、『 四 家 録 本 』 、 孔 版 本 の 各
該
当 部 分 と の 対 応 関 係 を 一覧
し て み よ う 。○
は 本 と の 一 一 六 一NII-Electronic Library Service
致
、 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) x は 不 一 致 を 示 す 。 続 蔵 本 の 校 注 ( ペ ー ジ ) ω 得 下 別 行 本 有 悟 後 更 須 遇 人 始 得 八 字 ( 卜。 O 冨 ) 人 下 有 若 悟 了 遇 人 五 字 ( 聾 ) 什 上 一 有 箇 字 ( 卜。 O 腎 ) ω 拍 一 作 拈 ( b。 O 刈 げ ) 膈 一 作 隔 ( 卜。 O 豊 ) 処 下 一 有 即 又 随 他 声 色 所 転 既 随 声 色 所 転 即 為 意 理 所 縛 二 十 字 ( 卜。8
臣 ) ω 右 上 曾 字 ( ミ ) 看 下 一 有 客 来 須 看 四 字 ( 鐔 O び ) 働 然 → 作 前 ( 鬯 留 ) 侶 → 作 似 ( 舘 σ ) 四 家 録 本 孔 版 本 xOxOOOx
× xx xOxOOOXXXX
右
表 を 読 み と る 限 り で は、は
と 同 一 で は な く 、
と 別 本 も ま た 異 な る 。 ち な み に、 右 の 対 校 部 分 は
以 下 の 抄 録 本 で は 原
文
の な い 部 分 が あ り、 別 本 も や は り 全 集本
な る こ と を 知 る 。 そ の 他 、で は
口
口 と な 一. て い る 部 分 がで は 文 字 鮮 明 と い う 相 違 点 も あ る 。 し た が っ て 、 続
蔵
本 の 底本
はで は な く 、 末 知 の 「 広 録 」 四 巻 本 の 存 在 を
考
え る べ き で あ ろ う 。 こ の 未 知 の 一 本 と “ 別 本 ” の 両 者 が 、 遠 く を 承 け る こ と は 想像
に 難 く な い 。 さ て 、 の 孔 版 本 は無
刊 記 で あ る が 、 駒 大 蔵本
は 昭 和 七 年 一 六 二 ( 一 九 三 二 ) に 朝 比 奈 貞 一 氏 よ り の 寄 贈 書 で あ る 。 同 書 の 符箋
識 語 に よ れ ば 、 「 本 書 は 伊 牟 田文
雄氏
の 依 頼 に よ り印
行 せ しも
の な り と 、 刊行
年 月 は 不 明右
有村
騰 写版
印刷
所 へ 電 話 に て 照 会 」 と み え る 。 本 書 の 内容
は 、『 四 家 録 』 本 に 比 し て 、
巻
末 の 偈 頌 と 頌 古 の 順 序 が 入 れ 替 る ほ か は 全 同 で あ る 。 注 目 す べき
は 、 頌古
の 自 題 の末
尾 に 左 の 一 三字
を 刻 す る こ と で あ る 。 永 徳 元 年 季 冬 十 五 日 性 雲 置 之 こ の = 二 字 は 、 お そ ら く は 本 書 の 底 本 に存
在 し た 墨 書 識 語 を 忠 実 に 油 印 し た も の で あ ろ う 。 性 雲 は 不 明 で あ る が 、 南 北 朝 ご ろ の 学 僧 だ っ た 人 か 。 と も か く、 本書
は 右 に よ り 永 徳 元年
( 一 三 八 一 ) の 性 雲筆
写 本 を底
本 と す る 、 比 較 的古
い 伝 承本
で あ る 。 全 巻 に 返 り 点 と 送 り が な が 付 さ れ る の は 貴 重 で あ る 。 テ キ ス ト の 系 統 と し て は 、 上 の 対 校資
料
か ら も 知 ら れ る よ う に 、に も っ と も
近
い 。 の 宋 版 『 続 古 尊 宿 語 要 』所
収 本 は 、に 比 較 し て
大
幅 な 抄 録 本 で あ る 。 す な わ ち 、 上 堂 法 語 等 はの 一 九 四 点
中
の 八 八 点 、 頌古
は=
C
首
中 の 二 五首
、偈
頌 は 皆 無 で あ る 。 ま た 、 排 列 順 や 語 句 の 異 同 も す く な く な い 。 し た が っ て 、 本 書 の 底 本 はの 『 四 家 録 』
本
で は な く 、 む し ろ そ れ 以 前 に 成 立 し て い た 『 白雲
禅 録 』 三 巻 で は な か っ た か と 思 量 さ れ る 。 はの 飜 刻 で 、 内 容 に 変 り は な い 。 は 明 続 蔵 に 収 録 さ れ る 上 下 二 巻 本 で あ る が 、 に 比 較 し N工 工一Eleotronlo Llbrary
て 、 こ れ も か な り の
抄
録 で あ る 。 す な わ ち 、 巻 上 は 上 堂 八 八点
、 示 衆 三 点 、 略伝
、賛
三 点 、 巻 下 は 頌 古=
○
点 、 よ り成
る 。 就 中 、 上 堂 語 の 八 八 点 は 、 『 続 古 尊宿
語 要 』 本 に 全 同 で あ る 。 特 徴 は 頌 古 の 部 分 に あ り 、 全 一 一〇
点 を収
め 、 し か も 各 則 ご と の 古 則 機縁
が他
本 に み ら れ ぬ ほ ど詳
細 で あ り、 排 列 順 に も 大 差 が あ る 。 か く て 、 本書
は 上 堂 語 をか ら 、 頌 古 そ の 他 を か ら 各
採
録
し 、 こ れ に編
者
の 手 が 加 え ら れ て 成 っ た 新 編 と い う こ と が で ぎ よ う 。 な お 、は の 影 印 本 で あ る 。 の 続 蔵 本 は
を 底 本 と す る が 、 巻 頭 で 卍 云 く、 上 堂 法 語 、 既 に 『 続 刊 古 尊 宿 語 要 』 巻 三 に 載 す 。 故 に ( 17 ) 今 は 再 録 せ ず 。 但 収 む る は 遺 る 所 の 者 の み 。 ( 原 漢 文 ) と 注 記 す る ご と く、 す で に
に 収 録 し た 部 分 を 除 い て 飜 刻 し て い る 。 そ の た め 、 巻 上 の 分 量 は 少 な く 、 大 半 は 巻 下 の 頌 古 で 占 め ら れ て い る 。 以 上 の ほ か に 、 現
存
本 と し て は 、 『 建 仁 寺 両 足 院 蔵 書 目 録 』 中 に み え る ( 18 ) 白 雲 端 禅 師 語 録 写 一 の書
が あ る 。 全 集 本系
統 か 、 ま た は 明続
蔵
の 二 巻 本 系統
の 鈔写
本 で あ ろ う が 、未
見
で あ っ て 、詳
し い こ と は 今 後 の 調査
に ま た な け れ ば な ら な い 。 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 ) 五 、 五 祖 法 演 の 語 録 各本
五 祖 法演
( * 〜 「 一 〇 四 ) は舒
州 の 四 面 山 ・ 太 平 山 ・ 白 雲 山 海 会 院 、 斬州
の 黄梅
山 ( 五 祖 山 ) 、 の 四 処 に 開 堂 し た宗
匠 で あ る 。 そ の 語録
は 、 天 理 本 『慈
明
四 家 録 』 の 該 当 個所
が 欠 本 の た め 、現
存
本 は 、宋
版 『 古尊
宿 語 録 』 所収
の 二 種 、 明 蔵 本系
の 全 集 、 お よ び 抄 録 本 、 の 四 種 に 分 け ら れ る 。 〈 舒 州 白雲
山 海 会 和 尚 語 録〉
宋 版 『 古
尊
宿 語 録 』 二 五 家 本 所 収 、威
淳
三 年 ( 一 二 六 七 ) 刊、 成簣
堂 ・ 北 京 図書
館
・ 国 立 中 央 図 書 館 ( 台 湾 ) 各 蔵 く黄
梅 東 山 語 録V
宋 版 『 古 尊 宿
語
録 』 二 七 家 本 所 収、 書 陵 部 ・ 成簣
堂 各蔵
〈法
演 禅 師 語 録 〉明 蔵 『 古
尊
宿 語 録 』 巻 二 〇 〜 二 二 所 収 、 石 暦 四 三年
( 一 六 一 五 ) 径 山 化 城 寺 刊『
校
正 重 刻 五 祖 演 禅 師 語 録 』 一 冊 、 文 政 一 二 年 ( 一 八 二 九 ) 序 刊、京
都 小 川 源 兵 衛 、 駒 大 蔵『 五 祖 録 』 一
冊
、写
、 松 ケ 岡 蔵続
蔵
一 − 二ー
二 三−
二 、 『 古尊
宿 語録
』 巻 二 〇 〜 二 二所
収 、 明 治 四 五年
( 一 九 一 二 ) 刊大 正 蔵 四 七 、 「 法 演 禅 師 語 録 」 三 巻 、 昭 和 三
年
( 一 九 二 八 ) 刊 〈 五 祖演
禅 師 語 〉 一 六 三NII-Electronic Library Service 宋 版 『 慈 明 四 家 録 』 と そ の 周 辺 ( 椎 名 )
宋
版
『続
刊 古 尊宿
語
要 』第
三集
日所
収
、 嘉 熙 二年
( = 一 三 八 ) 刊 、 天 理 ・ 大 東急
・書
陵
部各
蔵続
蔵
一 − 二 ー 一 二 二ー
五 、 『続
刊古
尊
宿 語要
』所
収
、 明 治 四 五 年 ( 一 九 「 二 ) 刊 まず
は 、 『 古
尊
宿 語要
』 の 初 刻 本 二 〇 家 を 、 鼓 山 の小
菴 徳 最 が 淳 熙 五年
(=
七 八 ) に瑯
瑯
・ 白 雲 の 二家
を 加 え て 二 二家
と し て 刊行
し た 際 の 、 白 雲 の 語 に 相当
す る も の が こ れ で あ る 。 台 湾 の 国 立中
央 図書
館 本 は 、 さ ら に こ の 二 二 家 に 三 家 を( 19 ) 加 え て 威 淳 三
年
( 一 二 六 七 ) に 重 刊 さ れ た 一 本 で あ る が 、あ
た か も 瑯 瑯 と 白雲
の 語 が 合 綴 さ れ て、 初 刻 の とき
の 面 影 を伝
え る 。 五 祖 の 語 録 と し て は 、 と と も に 諸 本 の 基 礎 と な る の で 、 そ の 編 成 次第
を掲
げ て お く 。1
舒 州 白 雲 山海
会 和 尚 語 録 序紹 聖 三 年 ( 一 〇 九 六 ) 三 月、 県
事
張 景 修 撰2
初 住 四面
山録
参
学 才 良編
3
次 住 太 平語
録
参 学 清 遠
編
4
次 住 海 会語
録
参 学 景
淳
編5
舒 州 海 会演
和
尚
語 録 序紹
聖 二年
( 一 〇 九 五 ) 一 一 月 二 四 日、県
事
劉 跋 撰6
再 序紹
聖 二 年 一 一 月 一〇
日 、楊
州録
事朱
元 苻撰
7
海 会 後 録参
学智
宣 編8
偈頌 一 六 四
9
刻 記「 四 明
胡
昶 刊 」 右 に よ り 、 五 祖 の 黄梅
山 を 除 く 三 処 の語
が 四 名 の編
者
に よ っ て集
め ら れ 、 こ れ ら に付
せ ら れ た 三 つ の 序 と か ら 成 っ て い る こ と を 知 る 。年
記 はす
べ て 五 祖 の 生前
で あ り 、 そ の名
声
と 嘱 望 の ほ ど を も の が た る 。 三序
と も 、の 明 蔵 本 以
降
に省
か れ る序
題
を有
し 、 ま た張
景 修 の序
は年
記
を も つ な ど 、 古版
の貴
重
性 を 示 し て い る 。 し か し 、 三序
の書
か れ た 間 隔 は わ ず か に 四 ケ 月 余 で あ り 、 も っ と も 早 い 朱 元 苻 のも
の で す ら 「 再序
」 と あ っ て 、 さ ら に 古 い序
さ え も 予 想 さ せ る 。 ま た 、 劉 跋 の 序 に は 、圜
悟 が 録 し た 五 祖 の “ 語 要 ” に 対 す る も の 、 と あ り 、 わ れ わ れ の 知 ら ぬ 語 録 の存
在 を も 示唆
す る 。 と もあ
れ 、 張景
修 の序
は 、 四 面 山 ・ 太 平 ・ 海 会 の各
語
録
を 弟 子 が纂
集
し た も の に序
し 、 こ れ を 世 に伝
え ん と す る 、 と あ る か ら 、当
面 の 三 処 語 録 刊行
の 際 の序
と み て よ い 。 な お 、 本 の巻
末 に 刻 さ れ る 「 四 明胡
昶刊
」 の 五 字 は 、 威 淳 三年
( 一 二 六 七 ) に 『 古尊
宿 語 録 』 が 刊 行 さ れ た 際 の刻
工 名 と 思 わ れ る 。 さ て 、は 同 じ
く
宋版
『 古尊
宿
語 録 』 に 追 加 編 入 し た 語録
( 20 ) で 、 二 七 家 本 と な っ た 際 の 刊
行
本 で あ る 。 編 集 次第
は 左 記 の と お り で あ る 。1
黄梅
東
山 語 録門 人 惟
慶
輯
2
偈
頌 N工 工一Eleotronlo Llbrary