67
植物学者三好學研究資料IV
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まえが き 本研 究紀要 第12号 (1994)に同題の ⅠⅠ、ⅠⅠⅠ を載せ たが、引続 いて調査蒐集 した もの 、一 部 を研究資料 Ⅳ として、印刷 に付す こ とにす る。 本編の内容 は、咋平成6年 に思 いがけず発 見 された、三好が岐阜県土岐小学校時代 に認 め た 『授業 日誌』下の紹介、三好が残 した彪 大 な量の論文 、論説な どの うち纏め易 い もの ・リス トと昭和11年 (1936)の三好の 「自伝 」 に就 いて ゝ+あ るO 資料 は何 れ も三好 自身の手になるものに拠 ってお り、今 回 も資料 の羅列 となったが、 こ れは前 に も述べ た通 り、要請 を受けている『植 物学者 三好撃 伝』刊行 の準備 のための もの であ る。 そのため なるべ く原本の コピイを付 け るように した。 今 回 も東京教育大学名誉教授伊藤洋先生、 ドイツ、デュ ッセル ドルフの和 田昭治博士、 茨城大学教育学部講師新井孝書先生、前軽井 沢町立図書館長 岡部忠英氏、岐阜県岩村町教 育長水野恭平先生、三好勝氏 (撃 の甥)、三好 進氏 (撃の孫)お よび渡辺庸子 さんか ら種 々 の ご教示 と資料 の提供 を受 けたので、厚 くお 礼 を申上 げ る。1.
三好掌編 『
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二の 『授業 日誌』 の上 は、平成5
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月、 岐阜県岩村町教育委月会か ら解 説付 きで復刻 出版 され、(1)明治初年 の小 学校教育 の内容研 究の第一級資料 として、専 門学究か ら高 い評 価 を受 けている。(2) この 日誌が上下二冊に分 け られ、上 には第 一号か ら第廿号 まで、下 には第廿一号か ら第 廿一号 までが収め られてい るこ とは、上 の「緒 言」 で判か っていた。私の手許 にあった 日誌 の上 は、伯母 の津 田百合江 (撃 の長女)か ら 渡 された もので、下 は失 なわれて しまった も の と思 っていた。 ところが従弟の三好進氏か ら電話が あ り、問題 の 『授業 日誌』下が物置 の荷物の中か ら出て きた との こ とで、早速届 けて もらった。思 いがけない この発見で、下 も復刻 出版 して、上下巻 のセ ッ トに したい と の岩村町の水野先生のお話が あ る。 この事 も あ り、 二 、では 『授業 日誌』下 の紹介 に とゞ め る。上の原本 は復刻版刊行 を機 に岩村町に 寄附 し、現在 は同町の資料館 に収蔵、展示 さ れている。 なお、 この復刻版 は本学図書館 に 寄贈 してある。 『授業 日誌』下 は上 と同様、半裁の薄手の 美濃紙に朱罫 をほ どこ した もの を半折 し、洋 風の製本 をした もので、背皮 を使 うな ど当時 としては随分 モダンな ものであ る。 日誌のサ イズ、製本 の仕様 は上 と同様。全472丁 なの で、丁数 は上 よ りか な り少 ないO前述の通 り 第21号か ら31号 まで と附録 よ り成 り、 コピイ に見 るように、毛筆 で極 めて丁寧に記述 され68 清泉女 学 院短期 大学研 究紀要 (第13号) ている (図1)。 次に内容 の見出 しのみ を拾 ってみ る。 第21号 明治13年 5月 6日木曜 日 第22号 同 5月24日月曜 日 第23号 同 6月 7日月曜 日 第24号 同 6月18日金曜 日 第25号 同 7月 8日木曜 日 第26号 同 7月19日月曜 日 第27号 同 7月26日月曜 日 第28号 同 8月14日土曜 日 第29号 同 9月30日木曜 日 第30号 同 10月22日金曜 日 第31号 同 12月 5日日曜 日 教育授業 日誌附録 修 身学教授論 欄外 に 「本論-昨十三年八月文部卿 ヨ リ諮問セ ラレシ教育四大要 ノーナ リ 今乃頗 ル増加 スル トコロア リ」 と記 さ れているO 内答 は次の通 りであ る。
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シI P●J 図1 三好季編 『授業日誌』下の扉 と第1ページ 甲 修 身授業 ノ法 乙 修 身実施 ノ法 其- 教 師生徒 ノ交際 其二 生徒朋友 ノ交際 其三 父母兄弟姉妹 ノ交際 小学校数月心得 これ も初ペー ジの欄外 に 「此 ノー編 -我文部卿 ヨ リ布達 セ ラレシモ ノニ シ テ誠二小学校 ノ教育 ヲ塘 当スルモ ノ 、 金科王侯 卜謂 フベ ン仇 テ此二全文 ヲ登 録 ス」 と記 されてお り、布達 は明治14 年6月になっている。最終ペー ジに も 欄外 に附記が あるが、 これに就 いては 後に述べ る。 以上が 『授業 日誌』下の骨組みである。 二 ・で重要 なのは附録 の 「修 身学授業論」 で、 時の文部卿福 岡孝弟 の諮問に三好が答 えた原 文 に補足 を加 えた ものであ り、 その頃の三好瓢
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69 安藤 :植物学者三 好撃研 究資料Ⅳ を添 えた (図
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三好 が書 き残 した著書、論文 、論説、報文 、 随筆 な どの総ペ ー ジ数 は2-3
万ペー ジに達 す るのではないか と思 われ る。 その内の著書 に就 いては本研 究紀要 第1
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号 に完全 な もの で はないが リス トを載せ た。(3)また、雑誌 『史跡 名勝 天然記念物』 に掲載 され た もの 、リス ト は同第1
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と明治、大正 時代 を代 表す る綜合学術雑 誌 で あ る 『東洋学芸雑 誌』 に掲載 され た分 を リス ト ・ア ップ した。 この リス ト自体 も完全 とは 言 えず、本研 究紀要 第11号 の三好 の天然記念 物関係 の著述 目録(6)とも重複 が あ るが、将 来 の利用の優 を考 慮 し、改めて雑誌別 の リス ト に纏め た。A.
『植物学雑 誌』掲 載分 本誌 は明治2
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』第1着第 1号の三好の 「採植物於駒岳妃
」の第1貢 (右)、頼光㊥外望 駒岳 と題す るスケ ッチが添 えられている (左)安藤 :植物学者三好畢研究資料Ⅳ 京植物学会 (後 の 日本植 物学会 ) よ り刊行 さ れた。 この年 、三 好は帝 国大学理科大学動植 物学科 の二年生 であった。 第1巻 第1号 に三 好の 「採植物於駒岳」が載 ってい るので、表 紙、報文 第1ペー ジ、三好 の手 に よる駒 ヶ岳 巻号 発行年 月 論 題 73 の スケ ッチ を示 してお く(図3)。 因に この雑 誌 は平成6年 (1994)12月、 第107巻1088号 に 達 してい る。 次 の リス トの中の (雑 )は雑 記、 (新)は新 著紹介 または書評 であ る。 頁 図 版 備 考 1-1 明治20.1 採植 物於駒岳 1-3 20.4 は くせ ん なず な ノ説 1-4 20.5 花 説
1-6
20.7 日本 産 石 松 属(Lycopodium)植 物 ヲ挙 ゲ併 セテ其造構組織、一 般 二及ブ 1-7 20.8 同 (前号 ノ続) 1-10 20.11 伊勢紀伊植 物採集紀行 (附図) 1 3 5 0 1 1 1 2 一 一 一 一 1 2 2 2 123
5 10 01
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2 2 紀州植物採 集 目録 (図人) 冬姦 夏 草 ノ痔 こ もの ぎ く (新柄) なが さ きしだ (新稀)(図人) 〝 富士 山植物採集 ノ形況 2-30 22.7 植物和名義例 (雑)〝
〝 植物 羅 旬名 ノ読方 (雑 ) 3-32 22.9 新 出羊歯 くらが r)しだ 〝 美濃国東部 ノ植物 (推) 4-38 23.4 桑樹 二着生 スル地衣植 物 二就 テ〝
I/ 信州御旗 ニ テ地衣植 物採 集 ノ記〝
〝 新刊 ノ隠花植物書 ヲ読 ム (新)〝
〝 大乗地衣 (雑) 4-41 23.11 きざごけ ノ香気 (雑 )〝
〝 くらが りしだ ノ新産 地 (雑 )4-43 23.9 NotesonPingulCularamosa,
(1890)sp.nov. 16-21 1(第4版) 創巻号 駒岳 スケ ッチ 60-61 1(第7版) 理科 大学学生 82-86 3(第9-11版)理科 大学 113-118 1(第14版) 同 133-137 2(第15、16版) 同 190-205 2(第22、23版)和紙折込 み、 紀伊 半 島地 図 21ト246 2(第24、25版)理科 大学 36-40 同 71-72 1(第5版) 同 189-192 1(第12版) 192-199 298-301 30ト303 351-353 1(第13版) 士 同 同 同 学 理 382 123-125 1(第4版図入) 135-140 1(図1葉) 垂直分布 ・地形 144-147 155 268 268 315-316 1(Pl.×1)
7
4
清泉女学院短期大学研究紀要 (第13号) 巻 号 発行 年 月 論 題 頁 図 版 備 考一
一
一
一
一
一
一
一
4
4
4
4
5
5
5
5
4
3
2
3.9
Pinguicularamosaニ就 テ3
1
6
-
3
1
9 1
(第11版 図) 〝 信州 両毛植 物採 集 旅行雑 記3
2
5
-
3
2
7
4
4
2
3.
1
0
同 (前号 ノ続)3
7
1
-
3
7
4
〝 上州 地 方 ノ地衣 二就 テ3
7
5
-
3
7
6
4
5
2
3.
1
1 地衣雑 説4
0
4
-
4
0
6
4
6
2
3.
1
2
食用地 衣 の説4
4
1
-
4
4
4
4
7
博物 学 ノ研 究 ヲ諸 君 二勧 カム1
8
-
2
7
4
8
2
4.2
日光 山中 ノ地 衣植 物4
8
-
5
0
4
9
2
4.3
信州 戸 隠 山採 集植 物 目録8
5
-
8
9
〝 Lycopodiumノ胞子 ノ萌 発8
9
-
9
0
5
1
2
4.5
EineessbarejapanischeFlechte1
5
2
-
1
5
3
〝 秩 父諸峯 及 ビ筑波 山植 物 採 集 略 記 (図人)1
5
3
-
1
5
6 1
(筑波 山) 〝 秩 父 及 ビ筑 波 山採 集 植 物 目録 (地 衣 ノ部 ヲ除 ク)1
5
6
-
1
5
8
5-
5
2
2
4.
6
新 科 目本地 衣1
9
7
-
2
0
0
7
6
9-
1
0
1
9-
1
0
2
1
0
3
⊥
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1
-; ZI
I
E ;l
I
新 著 ノ 「レフエ ラー ト」1
7
1
-
1
7
4
2
8.
7
菌繰 ノ膜質貫透二就テノ研究略報2
4
3
-
2
4
5
燭 国植 物 学研 究生要領 (雑 )3
1
5
-
3
1
6
燭 国植 物 学会総 会 (雑 )3
4
8
植 物学上新 刊雑 誌 (雑 )3
4
8
コレブォン氏高山植物試植園(雑)3
4
8
故7Oリングス-イム氏ノ遺稿 (雑)3
4
9
ケルナ一、フォン、マ リラウン氏(雑)3
4
9
海藻学者 リヒテル氏 ノ新水藻 (雑)3
5
0
ヤマゴスウ 商 陸 科植 物解剖 上 ノ研 究 (雑 )3
5
0
2
8.
1
0
醤油液 ヲ菌類培養基二用フル実験3
6
ト3
6
5
2
9.1
"Sake-no・Kasu"alsNahrboden(
1
8
9
6
)
ftirPilzkultur.(菌類酒粕培養基、1) 1
1
9
13
2
2
9,5
地 衣学 者 ドク トル、 ミュ ラー 氏没 ス (雑 )
1
6
8
-
1
7
0
2
9.6
PhysiologischeStudien uber4
3
-
4
9
(
1
8
9
6
)
Ciliaten(繊 毛 類 ノ生 理 学 的研究 二就 テ、摘要 )
1
8
4
-
1
8
8
〔横組みになる〕
安藤 植物学者三好撃研究資料Ⅳ
7
5
巻号 発行年 月 論 題 頁 図 版 備 考1
0
-
1
1
8
2
9.
1
2
平瀬氏 ノ『公孫樹 ノ精 虫』ニ就 テ4
0
9
-
4
1
1
1
ト1
2
6
3
0.8
日本鉱泉 ノ生態学的研究略報2
8
5
-
2
9
0
1
2
8
3
0.
1
0
生物 卜其周囲 トノ関係3
6
3
-
3
7
0
1
2
-
1
3
2
3
1.2
開花 ヲ促 シ花色 ヲ変 ズル方法二 就テ3
5
-
4
3
1
3
3
3
1.2
同7
7
-
8
2
1
3
-
1
5
3
3
2.
l
l Bo
t
a
ni
s
c
heMi
t
t
he
i
l
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ge
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us
(
1
8
9
9
)Ni
kkoI
1
2
3
-
1
2
8
1
5
3
故ニー ランデル氏 (雑)3
4
1
-
3
4
2
1
5
3
日本農作物害虫篇 (節 )3
4
7
1
8
-
2
1
0
3
7.7 7
エッフア十教授著 『植物生理学』 第二版 ノ完成 ヲ報 ジ併 セテ植物 生理学書 ノ古来 ノ変遷 ヲ叙 ス1
1
7
-
1
2
5
2
1
2
3
7.9
モー リン氏 『発光植物』 (新著)1
9
9
-
2
0
3
2
1
-
2
4
1
4
0.2
名木 ノ伐滅並 二其 ノ保 存必要3
6
-
4
3
2
2
-
2
5
3
4
1.2
熱帯植物菓 ノ特性6
9
-
7
3
2
5
4
4
1.3
同 (承前)1
0
3
-
1
0
7
2
4
-
2
7
9
4
3.4
普通 ノかび (線状菌) ノ和名 卜 該菌類 ノ生態二就 テ (雑)1
0
1
-
1
0
5
2
8
7
4
3.
1
2
たがや さん ト-何 ゾヤ3
6
1
-
3
6
4
2
5
-
2
8
9
トレープ教授 ヲ想 73
7
-
4
1
2
9
0
4
4.3
日本 ノ天然紀念物 ノ保 存二就 テ7
5
-
8
4
2
6
-
3
0
9
大正元.9
ひか りごけ ノ培養2
7
5
-
2
7
7
3
1
0
元.
1
0 Ue
be
rdi
eKul
t
u
rd
e
r
Schisto -(1912)stegaosmundaceaSc
hi
mp
3
0
4
-
3
0
6
3
1
2
元.
1
2 Ue
be
r
Deutzia crenataTh.
(1912)uar.plenaMa
x.
3
4
7
-
1
3
5
0
2
8
-
3
3
5
3.
1
1 欧米 ノ天然紀念物保護 卜天然保 護 区域二就 テ4
6
4
-
4
7
1
2
9
-
3
4
0
4.4
日本二於 ケル光藻 ノ発見二就 テ1
2
3
-
1
2
5
3
4
1
4.5 Ue
be
rda
sLe
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arun
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(
1
9
1
5
)de
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hu
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zi
nJ
a
pa
n
5
1
-
5
3
(明3
7.
7.
1
0
)
東洋学芸雑 誌 第3
0
1
号 ヨ リ 転載 (明4
3.
1
2.
1
稿)76 清泉女学院短期大学研究紀要 (第13号)
巻号 発行年 月 論 題 頁 図 版 備 考
346 4.10 UeberdieAusflussmengedes
(1915)BlutungssftesbeiCaゆinus
yedoensisMatsum. 21ト215
30-358 5.10 DerRiesenkirschbaum Yon
(1916)Ishido
33-393 8.9 日ber die Erhaltung einer
(1916)neuen,wildwachsende n,han-genden Varietat des Kas -tanienbaumesalsNaturdenk一
ma1 34-398 9.2 クロ レラ ブ ルガ リスニ 由 レル 光水 (Tokyo,Juli 1915) 3211324 写真一葉 185-188 写真一 葉 50-53 407 9.ll Untersuchungen tiberjapani
-(1920)scheKirschen I 159-177 408 9.12 WeitereMitteilungentiberdie
(1920)H畠ngekastanie 185-186
36-421 11.1 Untersuchungen tiberjapani
-(1922)scheKirschenII 1-14 39-465 14.9 Berichttiberdieneuerdings
(1925)gesetzlichgeschtitztentotani
-chenNaturdenkmaler 235-238
41-483 昭和 2.3 SomeRemarkablelnstancesof
(1927)ImprovementofFlowerChar a-ctersinCultivatedCherries 123 42-504 3.12 Untersuchungentiberjapani
-(1928)scheKirschenlII 545-552
541 7.1 Molisch,H.BotanisheVers
u-cheohneApparate,1931(節) 31
541 7.1 栗原基 ルーサー ・バーバンク(節) 31 46-544 7.4 回顧雑談 会長三好畢 264-265
47-554 8.2 0ntheDisjunctivePlantDis
-(1933)tribution in the Pacific Regionsfrom theNaturePr
o-tectionofView 85-88
4図版
安藤 植 物 学 者三 好撃 研 究 資料lV 77 巻号 発行 年月 論 題 頁 図 版 備 考 49-588 50-589 50-591 10.12 Warming氏 並 ニSchimper氏 ノ植物地理学 ノ標準的著述 二就 イテ (雑)
ll.1 AutobiographieYon Manab
(1935)Miyoshi(雑 )
〝 Verzeichnis der
Druck-(〟 )schriftenYonManabMiyoshi bisBotanischeArbaiten in
deutscher oderenglischer
Sprache(推)
ll.2 Fitting氏、Sierp氏、Harder
氏、Karsten氏共著大学 用植 物 学教科書 第19版二就 イテ (雑 )
51-602 12,2 長者 ケ丸桜 譜 卜草木奇 品家雅 兄 図2葉 (雑 )
605 12.5 UberdenEinflussderausser -(1937)enFaktoren aufdieGriうsse
46-48
undFarbederKirschbliiten 210-211 2図版
609 12.9 モー リン教授 ノ初 ノ 日本訪 問二 就 イテ (雑 ) 771 (昭10.10.30) 写真1(Tokyo, Dez.1935) (昭11.2.23) (昭12.8.31) 第2巻20号 (明治21年11月) よ り第4巻40号 まで 「ライケ ン (Lichenes)通説」を20回連載 してい る (図
3
)。 これに就 いては別表 とした。 2巻21号 明 治21.
1
1 ライケ ン(
Li
chenes)通説 207-212頁 (第14版其1及其2)理科 大学 22 21.
1
2
同 (前号 ノ続 ) 247-251 〝 3-23 22.1
同 ( 〝 ) 21-24〝
24 22.2
同 ( 〝 ) 56-58〝
2 5 22.3
同 ( 〝 ) 99-100〝
2 6 22.4
同 ( // ) (第2巻 第14版 図 ヲ参考 スベ シ)128-131 〝 27 22.5
同 ( 〝 ) 174-176 28 22,6
同 ( 〝 ) 215-217 29 22.7
同 ( 〝 ) (此節完 )257-258 30 22,8
同 ( 〝 ) (此節未完)293-295/
/
/
/
/
/
理学士7
8
清泉女学院短期大学研究紀要 (第13号)3
1
2
2.9
同( 〝
) (第2
巻 第1
4
版図 ヲ参考セ ヨ)〝
3
2
3
3
3
4
4-3
5
3
6
3
7
3
8
3
9
4
0
同 同 同 同 同 同 同 同 同10
11
12
1
2
3
4
5
6
2
2
2
3
3
3
3
3
3
2
2
2
2
2
2
2
2
2
(此章完)3
2
7
-
3
2
9
)3
5
9
-
3
6
3
)
4
0
7
-
4
1
0
)4
3
4
-
4
3
7
) (図2
葉)2
5
-
2
6
)5
9
-
6
2
)
9
1
-
9
3
)1
4
2
-
1
4
4
) (此章未完)1
8
7
-
1
9
0
理学士/
/
/
/
/
/
り
/
/
け
り
り
)2
1
3
-
2
1
5
理科大学植物学教室二於 テ三好学識 ス 以上の他 に欧米の新著や論文 の紹介や抄録 を極め て多数載せ ている。 しか し、三好の直 接 の業績 でないこ とと余 りに も煩墳 なので、 今 回はほ とん ど割愛 した。B.
『東洋学芸雑 誌』掲載分 先 に述べ たよ うに 『東洋学芸雑誌』は、明 治 ・大正期 を通 じての 日本の総合学術雑誌 を 代表す る もので,創巻号 (第 1巻 1号)は明 治1
4
年1
0
月の刊行 である。 それ よ り大正11年3
月の第3
9
巻4
8
6
号 まで続 き,東洋学芸社が出 版 元であった。大正11年4
月の第3
9
巻4
8
7
号か 巻号 発行年 月 論 ら誌名 を 『学芸』 と改め、同1
2
年9
月の第4
0
巻5
0
4
号 まで同社か ら刊行 されたが、関東大震 災のため廃刊 になっている。 しか し、大正1
4
年5月か ら再 び 『東洋学芸雑誌』の タイ トル で復刊、第4
1
巻5
0
5
号が出 され、昭和5
年1
2
月 の第4
6
巻8号 で、長い歴 史 を閉 じてい る。以 上 の 『東洋学芸雑誌』の変遷 につ いては, 岡 部 氏の ご教示 に よるものであ る。明治2
2
年の 第6巻9
5
号の ものは三好が帝国大学 を卒業 し た年 の ものであ る (図4)
。 リス ト中の (応) は質問に対す る応問である。 題 頁6-
9
5
明治2
2.8
「磐梯 ノ木苔」 (応) (図人、 1- 4)7-
1
0
4
2
3.5
幼根 ノ意義 二就 テ (応)〝
〝
「鱗色二就 テ」 (応)1
0
6
2
3.7
隠花植物 ノ話 (東京英和学校 ニテ講談)4
3
7
-
4
3
8
2
8
4
2
8
5
3
7
4
-
3
8
6
1
0
9
2
3.
1
0
「三好撃先生 ノ隠花植物 ノ話二付 テ」答- ル (応)5
8
4
8-
1
1
3
2
4.2
動物 力格 夕植物乎 (図人、 明治2
3.
l
l.
2
0
東京英和ニテ8
5
-
9
3
講演、大学院)1
2
-
1
6
6
2
8.7
高 山植物帯研究二就 テ3
4
4
-
3
4
6
1
6
9
2
8.
1
0
7ェッフ ァー氏、植物養分撰揮 二関 スル新研究4
8
3
1
4
8
7
安藤 植物学者三好畢研究資料ⅠⅤ (I ■ ■ ■一 ◆r4I一一再7 ∫†I.管LIt●上TI■r■●q一◆( llI′J■+T¶■L-IC-
一
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--I_ 方式AJ*L叫 ニJJ t7l />モ
‡ *_ウtJ1多-l(′ー qt t Y 一I山l心
従l一JE <Iy I) 79 図4 『東洋学芸雑托』第301号表紙 (塞)、三好の 「名木伐滅並二其 ノ保存 ノ必要」が載 っている (明 治39年10月25日)、(右)植物 に就いての間に対す る 「応答」の最初の もの (第95号、明治22年8月 25日) 巻号 発行 年 月 論 題 頁 170 28.11 植物生理学大家 プ リングス- イム氏小伝 13-174 29.3 下等生物 二於 ケル生理 学的観近研 究結果 二就 テ (明治 29.3一高生物会 ニ テ演説) 182 29.11 「紅葉 二就 テ」 (応)〝
「果実 二就 イテ」 (応) 183 29.12 硫黄 「バ クテ リア」 ノ話 (同29.10.24夜、大学通俗 講 談会 ニ テ演説) 14-184 30.1 「葉 ノ白斑」ニ就 テ答- ル 191 30.8 植物生理学 二於 ケル最近 の進 歩 193 30.10 植物生理学大家サ ッ クス氏 ヲ追想 ス 15-1993
1.4
菌類-如何 ニ シテ生物体 二浸 入 スルヤ 200 31.5 培養上 あ さノ雌雄両性分別 二開 スル実験 2033
1.8
か び (線状菌) ノ培養並 二実験 204 31.9 植物学大家 コー ン、 ケルネ ン両 氏略伝 16-210 32.3 植物体 ヨ リ液汁排 出 ノ顕 象 533-537 119-132 554 554 575-586 46 347-356 423-431 145-153 252-254 356-364 403-407 91-95月 午 一丁′イ 発 清泉女学院短期大学研 究紀要 (第13号) 論 題 頁 218 32.11 物質維環上 「バ クテ リア」 ノ作用 17-225 33.6 植物生理簡易実験法 (第1) 18-233 34.2 生活植 物体 内 ノ結氷 238 34.7 地衣植 物 ノ生態 248 35.5 植物 ノ生態 20-258 36.3 花色変換法 21-270 37.3 植物 の新種 形成の問題 (明治37.2.19東京帝大講談会 に て演説) 271 37.4 同 22-283 38.4 植物 の成長並 に発生 (大 日本 気象学会総会 二於 テ演説) 23-301 39.10 名木 ノ伐滅並 二其保 存 ノ必要 25-319 41.4 印度 ダー ヂ リンの植物景 観 325 41.10 熱帯 の紅葉 26-336 42.9 トレー プ教授 トポイテ ンゾル グ植物 園 28-357 44.6 日本 二於 ケル天然紀念物保 存思想 ノ発達 29-368 45.5 公孫樹 卜蘇鉄 ノ精 虫二就 テ 31-394 大正3.7 欧米各 国二於 ケル天然記 念物 ノ保 存 395 3.8 同 33-412 5.1 外 国二於 ケル朝鮮 人参 ノ薬効一斑 413 5.2 同 34-430 6.7 植物観察 大東岬 の一 日 35-439 7.4 国華 36-451 8.4 市橋長 昭撰花譜解題 卜其文 献的価値 452 8.5 同 36-455 8.8 桜 草原野 ノ保 存 ノ必要 37-470 9.11 天然紀 念物保 存が学 問上 に及ぼす効果 に就 て 『学芸 』 39-487 11.4 樫 の変化性 489 11.5 花菖蒲 の変化性 491 11.8 海浜植 物 の生態 40-496 12.1 植物生 態生理学 の 目的 499 12.4 珍 らしい樫 502 12.10 十和 田湖 の植物景観 441-451 247-253
7
2
-
7
7
265-269 189-193 93-104 111-119 178-184 147-161 429-438 150-158 223-227 423-426 253-259 211-216 297-305 348-357 15-24 89-100 421-430 214-217 202-211 267-273 452-457 494-502 13 12 15 27 15 4 一 一 一 一 一 一 4 6 6 12 2 2安 藤.植 物 学 者 三 好撃 研 究 資料ⅠⅤ 巻 号 発行 年 月 論 題 頁 81 『東洋学芸雑誌』 (復刊 ) 41-505 大正14.5 植物学上 よ り観 たる天然紀念物保存 (1) 506 14.6 同 (2) 42-514 15.2 松 岡恕庵 と品種 の研 究 43-525 昭和2.1 天紀念物保 存 と植物生態学 45-56 145-162 22-32 23-24 C.教育関係の ものに就 いて い こ とであ るが、小学校教 師の経験のある三 三好は小 中学生向けに も植物や天然物保護 好 であるだけに肯定 出来 るものがあ るO次に の平易 な文章 を書 いている。帝 国大学教授が 掲 げ る リス トは新井氏の ご好意 に よる もので 少年達のために筆 を執 るこ と自体、大層珍 し あ る。 掲載 誌 巻 号 発行 所 発行 年 月 論 題 備 考 号 号 号 号 号 号 3 8 0 1 0 8 2 2 3 3 4 4 ﹄ ﹄ ﹄ ﹄ ﹄ ﹄ 園 年
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』 54号『〝
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』 56号 『教育時論』第456号 『教育界』第1
巻 第3
号 『教育界』 第3巻 第1号 『中学世 界』第8巻 第6号 『少年世 界』第11巻 第9号 『中学世 界』第8巻 第13号 少 年 園 明治22.10 格樹 の説 少 年 Ei1 22.12 冬 日の植物学 少 年 園 少 年 園 少 年 園 少 年 園 少 年 園 少 年 園 少 年 園 開 発 社 金 港 堂 金 港 堂 博 文 館 博 文 館 博 文 館 1 2 6 10 3 3 3 3 2 2 2 2 明治24.1 明治24.2 明治24.2 明治30 (1897)年12月 明治35 (1902)年1月 明治36年 (1903)年11月 明治38 (1905)年5月 明治38年7月 明治38年10月 日本産 の特 異な る植物 日本産 の特 異な る植物 高 山豊崎 の壮観及 び利益 スタンレー氏熱帯亜弗利 加 森林 記事 ノー 節 山登 りの話 山登 りの話 山登 リノ話。第三 生物 と其周囲 との関係 培養植物 の話 日本 の植物学 顕微鏡 の話 蓮の話 紅葉の話82 清泉女学院短期大学研 究紀要 (第13号) 掲載誌 巻号 発行所 発行年 月 論 題 備 考 『中学世 界』第9巻 第1号 『少年世 界』第12巻 第1号 『少年世 界』第12巻 第2号 『少年世 界』第12巻 第4号 『中学世 界』第9巻 第7号 『中学世 界』第9巻 第8号 『少年世 界』第12巻 第8号 『少年世 界』第13巻 第1号 『中学世 界』第12巻 第6号 『中学世 界』第12巻 第8号 『少年世 界』第16巻 第2号 『内外教育評論
』
第4巻 第 1号 『中学世 界』第13巻 第7号 『中学世 界』第13巻 第9号 『中学世 界』第14巻 第1号 『中学世 界』 第14巻 第2号 『小学校』第13巻 第1号 博 文 館 明治39 (1906)年 1月 植物体 に於 け る氷雪の影 響 博 文 館 明治39年1月 梅 の生態 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 内外評論社 博 文 館 博 文 館 博 文 館 博 文 館 同 文 館 明治39年2月 明治39年3月 明治39年6月 明治39年6月 明治39年6月 明治40 (1907)午 1月 明治42 (1909)年 5月 明治42年6月 明治43 (1910)年 1月 明治43年4月 明治43年6月 明治43年 7月 明治43年12月 明治44 (1911)年 1月 明治45 (1912)年 4月 梅 の生態 少年 と植物 談話 を収録 植物 と降雨 植物学 花菖蒲 氷上の植物 植物 の利用 と改良 植物学上 の観察 南洋 の楽園 受験者の欠点 と研 文検受験者 究上 の注意 への解 説 若葉 の観察 樹葉の観察 植物の適応性 植物の人為適応 資料 桜安 藤 :植物学者三 好単研 究 資料ⅠⅤ 掲載誌 巻号 発行所 発行年 月 論 題 備 考 83 『中学世 界』第15巻 第8号 『少年世 界』第19巻 第 1号 『教育実験界
』
第34巻 第12号 『小学校』第19巻 第1号 『国語教育』第1巻 第2号 『少年世 界』第22巻 第2号 『教育画報』第2巻 第2号 『教育時論』第1149 iiiiJ JJ -『教育画報』 第3巻 第8号 『教育画報』第4巻 第2号 『大学及大学生』第 10号 『教育時論』第1213 号 『教育画報』第9巻 第4号 『中学世 界』第23巻 第15号 『教育画報』第12巻 第3号 『教育画報』第12巻 第4号 『教育画報』第13巻 第2号 博 文 館 博 文 館 育 成 会 同 文 館 育英書院 博 文 館 同 文 館 開 発 社 同 文 館 同 文 館 進 文 館 開 発 社 同 文 館 博 文 館 同 文 館 同 文 館 同 文 館 明治45年6月 大正2 (1913)年 1月 大正3 (1914)年 12月 大正4 (1915)年 4月 大正5 (1916)年 1月 大正5年 2月 大正5年 4月 大正6 (1917)年 1月 大正6年 2月 大正6年 4月 大正7 (1918)年 8月 大正7年12月 大正8 (1919)年 12月 大正9 (1920)年12月 大正10 (1921)年 5月 大正10年6月 大正10年10月 熱帯の大植物 園 自然 を愛せ よ 天然保護 と普通教育 吉野の桜 と其保 存 天然記念物 につ いて 高等小学 読本巻三 第一八課解 説 新 しい科学 の世 の為 日本の桜 普通教育 と天然記念物保 存 日本の天然記念物 と其の 保存 吉野 山の桜 人生植物学 に就 て 桜 の良種 を植 ゑ よ メンデルの略伝 と遺蹟 信州岩村 田の光蘇 天然記念物 としての花の 木 天然記念物 としての青 島 美松 の話84 清泉女学院短期 大学研 究紀要 (第13号) 掲載誌 巻号 発行所 発行年 月 論 題 備 考 『教育画報』第17巻 同 文 館 大正13 (1924)年 3月 大東岬の海浜植物群落 第
4
号 以上 の リス トは三好の論文、論説が集 中 し てい る2
雑誌 と一般 の教育関係 の ものか ら選 んだが、 この他 の論 説、報文、随想文 な どの リス ト ・ア ップは次の機会 に譲 るこ とに した。 なお、東アジアの植物学の文献 目録『ABibli o-graphyofEasternAsiaticBotany:Merril,E.D.&E.H.Walker (1937)』pp.327-329と その補 遺 『Supplement 1: E.H.Walker (1960)』p.232に三好の業績 リス トが収載 さ れてお り、伊藤先生か らコピイを頂 いた。『植 物学雑誌』以外の ものがか な り含 まれている が、 ここでは割愛す る。 年 報
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三好の 「自伝」 に就 いて
三好 は 『植物学雑誌』の第50巻580号 (昭和 11年)に独文 の 「自伝」 を書いているが、 こ れは三好が没 した昭和14年の3
年前になる。 三好はこの 「自伝」の前に、 同 じ雑誌に 「回 顧雑談」 (第46巻544号) を載せ てお り、彼の 履歴書が東京大学理学部植物学教室に保管 さ れている。三好 の門人の渡辺清彦博士が 『三 好畢伝』 (昭和16年) を著 わ してお られ るが、 勿論 この 「自伝 」が骨子になってお り、門弟 …IlErlJじrJ(rl・lI.一・一lVl・l"Lrlr llHllJ■LH,hHILwtl■LIlhlllmJJJJJNIlrrl… J■bdAllLKh■■GJrlhIhl K'-L∼lJLJ(JIyLJI.rbJIIrm r-lrk■仙■lLLLI'hAJnl'hr.■山tdJEh V仰 hfJTLdt)rl Jtfb.ILll■LLllAILtd仙 L'Ilu・ItLLLyrFIIllrlTrrJ●tDJ■■LBhAJ Khlpllfr ZCillellホLLLLtLluldr一lIftnt●Lrr1-rp
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一k Jl N LL plbPJ・.llJrlI別lhlJMH ltl=Hlrr・llrLIrrJptltSorltdI■一ZK)TVLpnJILp l■安藤 :植物学者三好畢研究資料IV 図6 三好華 と棄族 (上左)母 とよ (豊子)明治43年 8月 (三好勝氏提供)、(上右)矢野文 雄 (昭和5年)、(下左)畢 1913年 ドイツにて (三好勝氏提供)、(下右)妻美津子 と 長女百合江、次女綾江 (筆者の母)、明治32年3月18日、三好は37才、帝国大学教授、 美津子は25才 (三好進氏提供) の方々が書 かれ た追憶、追想文 な ども同様 で あ る。 この 「自伝 」 は三好 の植物 学者 としての生 涯 を知 る唯一 の もの で、ぜ ひ原文 を全訳 して お く必要 があ る.三好の書 く文 章 は流罪 では あ るが平易 で、明治の前半 に著 した書物 な ど で も読み易 い。 この為 、戦前の 中学校 の国語 の教科書 に三好 の植物 に関す る文章 が採用 さ れ てい る。三 好 は青年 時代 、文 学 を愛好 し(6)、 85 漢詩 も多 く残 して い る(7)ほ どで、科学者 には 珍 し く文学 的素養 が深か った。 三好 の書 いた独文 と英文 は邦文 の場合 同様 明快 で、 この 「自伝 」 も僅 か な校正 ミスはあ る ものの 日本 人が書 いた と思 われぬ程 見事 な もの であ る。文 中の人名 その他 、必要 と考 え られ る部分 には証 を付 け た。
図
5
は「
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obi
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gr
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」 の コ ピ イ で あ る。三好撃 と妻 美津子、母 とよ と岳 父の矢野86 清泉女学院短期 大学研究紀要 (第13号) 文雄 の写真 も添 えた (図6)。 この項 に関 して 和 田博士 か ら多 くの ご教示 を頂 いた。
「自 伝」
三好 撃1
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6
1
年1
2
月5
日、三 好友衛 o)の次 男 として 江戸、現在 の東京に生 まれ た。1
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年 の大政奉還 に伴 い岩村藩士 であ った 父は、家族 と共 に岩村 に引 き移 る。1
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72年 に父が死亡、以後母1)の訓育 を受 け る。岩村 お よび伯 父2)の居 た三 国にお け る学 校教育 を経 て、1
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2
年東京 に赴 き、東京大学 予備 門に入学 した。1
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5
年 、東京大学理学部 に入 り、矢 B]部 良 書 3)教授 の もとで植物学 を学 ぶ。 当時の植物学教 室 の主要 課題 は植物採集 で、 教 授 と学生 はこの 目的 で夏期休 暇には比較 的 長 い採集旅行 を した。余 もしば しば参加 し、 好 んで山岳地 に登 り、豊富 な収穫 を得 た。余 は少年 時代 よ り、植物 を特 に愛好 し、1
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7
7
年1
7
才 の折 、標高2,
7
0
0
m
の 白山頂上 で高 山植物 を採集 した 日が記憶 に残 ってい る。1
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9
年 、帝 国大学理科大学植 物学科 を卒業、 学士論文 は 「日本産蘇苔植 物 の解剖」 であ る。 学生時代 には小石 川の東京大学理学部付属 植 物 園 に於 い て、 当時8
0
才 を越 した伊 藤 圭 介4)教 授 に しば しばお 目にか か った。 同教 授 は1
9
0
1
年、9
9
才 で逝去 され た。 植物学教室 に2
年 お り、1
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1
年植物学修 学、 研 究の ため、文部省 よ り ドイツに派遣 され たo 同年9月カナ ダを経 て ヨー ロ ッパ に渡 り、1
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月 ライブチ ッヒ着、Wilhelm Pfeffer教授5) に師事。 当時の ライブチ ッヒ植 物学研 究所 に は 多数 の外 国の植 物学者が しば しば訪 問 し、 植物生理学研 究の魅 力の中心地 の観 が あった。 余 の3年 以 上 の滞 在 中 にStone、Correns、Chudjakow、Rothert、Jensen、Hasteen、
Newcombe、Peirce、True、Lidforss、
Czapek、Keeble、Ewart、Kosaroff等が ここ を訪 ね、研 究 に従事 していた。 当時の ライブ チ ッヒ植 物学研 究所 では、植 物 の刺激反応が お好 みの テーマ であ った。 夏期休 暇 中にアルプ ス地方 に旅行 し、 また ドイツ及 び他 の ヨー ロ ッパ諸 国の植 物 園及 び 植物 学研 究所 を訪 ね るこ とは余 の大 きな喜 び であ った。 当時 の傑 出 した多 くの植
物学者-JuliusYonSachs,6)NathanaelPringsheim、
Ferdinand Cohn、Julius Wiesner、Anton Kerne一YonMarilaum、JosephDalt onHO-oker、ThomasHuxley,7)ErnstHaecke18)等
一 にお会 いす る機会 が あ った。
1
8
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4
年末、 ライブチ ッヒにおけ る修学 の終 る直前、 ポ イテ ンゾル クのMelchiorTreub 教授 よ り、帰路 ジャワに立寄 るよ う招待 を受 け た。余 は喜 んで これ を受 諾 し、 同地 に赴 く よ う1
8
9
5
年2
月9
日に ライブチ ッヒを出発 し た。 シンガポー ルで汽船 に乗 り換 え、3
月1
5
日バ タビア港 、 タンジ ョン ・プ リオ クに上 陸、 ジャワの熱帯 の 自然 を初 めて眺め、 その素晴 しい印象 は忘 れ られ ない。 直 ちにポ イテ ンゾル ク9)に 向 い、 当時す で に植 物学者 の メ ッカであった豪 華 な植物 園で 若干 の時間 を過 した。残念 なが ら短 い滞在 で はあ ったが、熱帯植物 に関す る興 味 あ る観察 が出来、Treub教授 の好意 で 自由に貴重 な標 本 の採集 も出来 た。1
8
9
5
年4
月1
8
日東京 に帰着、 まさに 日清平 和 条約 が調 印 され る時 であった。 4
月末に矢 野文雄10)の娘 美津11)と結婚 す る。 同年5月、帝 国大学植物学 の教授 とな り、 一般植物 学 の講義 と植物 生理学実習 を開始。安藤 :植物学者三酔撃研究資料IV 7月に理学博士 の学位 を受け る。 同年及び次の年 の夏には 日光湯本の温泉に 豊富に存在す る硫黄細菌 を研究 した。余 は特 に71℃に達す る温泉の熱湯の中で生 きる、か くも奇妙 な細菌の コロニーに興味 をもった。 日本の温泉 にはこの様 な硫黄細菌や他 の細菌 が存在す るが、 これに関 しては、当時 まだ全 く知 見がな く、余 は これに就 き研究 を進め、 若干の結果 を得 た。 植物学教室は1896年小石 川植物 園内に建設 され、 それ よ り園内の樹木の生理学的研究が 具合 よ く出来 るよ うになった。余 は当時、教 室 の 附近 に 中位 の 大 き さの ミズ キCornus controueTSaを見付 けた.この ミズキ と言 う名 前 は、「水木」が暗示す る通 り、 3月に活発 な 排水がみ られ る。 この排水圧 と樹液量の周期 的変動 を詳細 に確認す るため、1889年に この ミズキで最初 の実験 を行 った。 この実験はその後、毎年 同 じミズキで繰 り 返 して行 われ、やがて学生の植物生理学実習 の正規 の課程 とな り、現在 も余 の後任の中野 房治教授 によって受 けつがれてい る。 この様 に我 々の研究室には、 これに関す るまさに
4
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年 に亘 る実験記録 が保有 されている。 1900年か ら1903年 まで、農林省及び商社の 委託 で クワの萎縮病 の研究に関す る委員会 に 参加 した。 この研究結果の中で特に言及せ ね ばな らぬのは、 クワの葉の摘 み とりと、 その 後で成長 した葉の葉脈の虚弱な導管の形成 と の問に、明か な相関関係が認め られ るこ とで あった。 1903年以来、余 は 日本産の野生及び栽培型 のサ クラで、極めて形態が 多様 であ るこ とに 注 目した。 その頃、東京近郊の荒川堤の新桜 並木 は、植付けか らほぼ15年 を経て、完全 に 花盛 りの美 しきに達 していた。 この並木はほ 87 とん どサ トザ ク ラPrunusserrulataLindl. の数 多 くの庭 園型か ら成立 ってい るが、 これ を眺め且つ近 くで観察す るこ とが、余が これ を詳細 に研 究す る動機 に なったのであ る。余 は このサ クラ並木のあ らゆる品種 を形態的見 地 よ り研究 し、 また植物 園で栽培実験 を行 っ た。 同 時 に 日本 産 の シ ロヤ マ ザ クラPrunus mutabilisMiyos.及 び ベ ニ ヤ マ ザ タ ラPrunussachalinensis(Fr.Schmidt)Miyos.
に関す る研 究 を開始 した。 これ らの種 に於 い て も、数 多 くの形態的 多様が あ り、 この事 を 栽培実験 に よ りさらに追求 した。 さらに 日本 産 - ナ シ ョ ウ77risensataThumb.,Iris KaemBferiSieb.に興 味 を もち、 これ に就 い ての研究 を1908年、堀切 の最 古の菖蒲 園であ る小高園で始め た。花の連繋群 の研 究は 多 く の奇妙 な異常 型があ るこ とを明 らかに した。 1907年、大学 よ り学術旅行奨励金 を受 け、 イン ド及び ジャワに旅行。 8月3日横浜発、 シンガポー ル、 ラングー ンを経 て同月29日カ ル か ソタへ到着。Sibpur王立植物 園では園長 の A.
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キャプテンの好意に よ り、他 の 地 では見 たこ とのない葉の異常型につ いて、 興 味あ る観察が 出来 た。 その後、熱帯及び温 帯 の ヒマ ラヤ地域 の風景 とその熱帯植物相 を 観察す るために、 ダー ジ リンに赴いた。 イン ド半 島南部 及 びセ イロンの旅行後、 9 月22日ジャワ着。該地 ではTreub教授 の再度 の温か い待遇 を受 けた。 また、興味 あ る熱帯 樹 の葉 の形態 と性状 を調査 した。10月11日ジ ャワを発 ち、11月 7日は横浜着。 当時余 は 日本 に於 け る自然保護 の必要性 を 認めていた。 これは 日本は ヨー ロッパ及び、ア メ リカ同様 、工業の繁栄 と土地 の利用の結果、 稀有 な動植物 、原始林 、 巨大 な樹木、特 異な88 清泉女学院短期大学研究紀要 (第13号) 地層等が断 えまな く絶滅、破壊 されていたか らである。1906年、余 は先ず注 目すべ き樹木 が危機 に瀕 しているこ とを警告 し、且 その保 存 を提案す ることを目的 として論文 を発表 し た。 天然記念物の保護、管理 は国家 自身に よっ て行 われ るべ きこ とであ り、 これに関 し余 は 貴族院議月三宅秀教授 と相談 した。氏の理解 あ る努 力に よ り、史跡及 び天然記念物保存の 議が1911年 3月31日徳川頼倫侯 爵、徳川達孝 侯爵、 田中芳男氏及び三宅秀教授 によ り貴族 院に提 出 された。 その後、衆議院に於 いて も 提案 され、両提案 は国会 を通過 した。 国会 に 於 け る議決の8年後、1919年 に名勝及び史跡 な らびに天然物の保護の法律 が公布 された。 1912年母 とよ、実家の姓 中島は74才 で死去。 1913年 6月23日、大学 よ りの奨励金に よ り世 界旅行 に出発。 シベ リヤ経由で ヨー ロッパに 行 き、7月ライプチ ッヒ着。恩 師Pfeffer教授 とご家族 にご挨拶 申 し上げた。ベ ル リンでは 就 中、天然記念物の管理 に努 めてお られ、経 験 のあるHugoConwentz教授 を訪ねた。同 年10月10日チ ェコのブ リユ ンに興味深 い訪問 を した。Hugollfis教 授 の案 内 で、Gregor Mendel広 場 の 美 し いMendel記 念 碑 と Augustiner修 道 院 のMendelの居 室 と彼 が 実験 を行 った庭 園 を見た。 この庭 には特別 の ブ ドウの木 が あ り、Iltis教 授 の説 明 に よれ ば、 これはMendelの実験植物 の一つ であっ た。Burkart教授 は当 日の同伴 ではなか った が、 ご親切 に もこの木の枝 を同年冬 シベ リヤ 経由で余 に送付 された。 これ らの枝 は直 ちに 大学の附属植物 園に植 えられ、 それはやがて た くましく成長 し、近代遺伝学 の創立者の記 念に役立つ もの となってい る12)0 1914年初頭、 リビエ ラに旅 し、AIwinBer -ger博士 の案 内でベ ンテ ィ ミリア近郊の ラ ・ モー トラにあ るThomasHanbury卿の美 し い興味あ る庭 園 を訪れた。 英国ではキュー庭園13)に短期 間逗留 し、2 月ア メ リカ合衆国に渡 った。 この時期 は北ア メ リカ南部 の熱帯植物相の観察 に最適 で、 フ ロ リダに旅行 し、マ イア ミのエバー グレイズ に足 をのば した。 次いでア リゾナ- 向か いタソン砂漠研究所 にD.T.MacDougal教授 を訪 ね た。氏が親切 に も余のために計画 した ヒザ ノ ・カ ノン-の 興味あ る遠足では、サ ボテンの奇妙 な植物相、 特 に素晴 しいCarnegiaglianteaを見 る機会 を得 た。 同年6月、ア メ リカよ り- ワイを経て 日本 に帰 えった。 第一次世 界大戦勃発の まさに3 か月前であった。 1920年 帝国学士院会員 1924年 停年退官、東京帝国大学名誉教授 1927年 4月 天然記念物保 存の 日本の代表 としてア メ リカ合衆国主催 の会議 に出席す る ため- ワイに赴 いた。 キラウエア国立公園お よび- ワイ諸 島の他 の地域 の遠足では、極め て豊富 な風土特有の植物 を観察す るこ とが出 来た。 1929年5月、三度びジャワ を訪ね、第4回 太平洋学術会議 に参加 した。 多 くの遠足の中 で タラカ トウー 現在 オランダ東印度 自然保護 地域 - へ の遠 足 は最 も興 味深 い もの であ っ たo この島の植物 と動物の世 界は、1883年の 火山の大焼失 に も拘 わ らず、現在 ではほ とん ど回復 したよ うに思われた。つ た植物及び他 の寄生植物 は森林の木の最高の梢 に至 るまで 認め られ た。 テ ィボ デスに も滞在 した。 当地には1902年 2度 目の ジャワ旅行の際に逗留 している。