中国における日系サービス業の技術移転と人材移動
の役割に関する経済学的考察 : 小売業の人材確保
と現地化の問題を中心に
著者
李 韓
雑誌名
関西学院経済学研究
号
44
ページ
19-38
発行年
2013
URL
http://hdl.handle.net/10236/12273
中国における日系サービス業の技術移転
と人材移動の役割に関する経済学的考察
―小売業の人材確保と現地化の問題を中心に―
An Economic Analysis
of the Role of Technology Transfer
and International Migration
in the Service Sector in China
─ Focusing on the Localization of Personnel
in Japanese Affiliated Companies
in the Retail Industry ─
李 韓
The objectives of this study are 1) to investigate the effects of technology transfer through foreign direct investment of Japanese retail companies in China, 2) to explore the roles of international migration in the process of technology transfer, and 3) to make policy recommendations on the development of Japanese retail services in China.
The author raises the economic theory of trade in services as well as the theory of multinational companies. Based on such theories, comparisons are made on transfers between manufacturing and retail industries. Multivariable analysis is conducted on the determinants of labor productivity in the retail industry in China. Finally, the author makes recommendations to promote 1) modernization of the retail industry in China, 2) localization of personnel at Japanese-affiliated companies and 3) collaboration between local governments and the retail industry.
Han Li
JEL:F21, F23, L8
キーワード: 日系小売業、技術移転、人材移動、現地化、人材確保、サー ビス貿易
Keywords: Japanese retailing store, technology transfer, international migration, localization of personnel, retaining personnel, trade in services
(構成) 1.はじめにー本論文の目的と研究方法 2.日系企業が中国国内で直面している技術移転・人材問題に関する先行研究 3.日系小売業の中国進出に関する理論的考察 4.中国の人口変動と小売業への影響 5.日系製造業と日系小売業の技術移転と人材移動の相違点 6.中国の小売業の労働生産性の決定要因に関する計量分析とその結果 7. おわりにー日系小売業の中国での人的資源管理(HRM)及び技術移転に 対する提言 主要参考文献 1. はじめに─本論文の目的と研究方法 本研究は、小売業を中心としたサービス分野において日本企業の対中投資 が果たしている技術移転効果及びその過程において人材移動が果たしている 機能・役割を、理論的及び実証的に解明することを目的とする。 技術移転や人材移動に関する先行研究のほとんどは、製造業に関するもの であり、小売業に関する研究は皆無に等しい状態である。そこで、対中直接 投資に伴う技術移転及び人材移動の役割を、製造業と非製造業を比較して研 究を進む必要があると考えられる。 本稿では、まずは理論的な考察を行った上で、次に実証的分析を行う。理 論的には、多国籍企業論、技術移転論に加え、サービス貿易に関する経済理論、 労働移動及び人的資本に関する経済理論を踏まえ、この課題を究明する。実 証的には、1)中国国内の地域別の産業発展状況及び人口動態を考慮しながら、 地域の小売業生産性の決定要因について計量分析を行い、2)日系製造業と 比較しながら、日系小売業における技術移転の特徴並びに人材移動の果たす 役割を、現地進出企業の事例をもとに類型化し、3)サービス業における技 術移転と人材現地化の関係について、計量的に明らかにするよう努める。 以上の分析や考察を踏まえて、日系小売業が中国で果たしている役割を技 術移転及び人材確保・人材移動の面から評価するとともに、その人材確保と
現地化をめぐる問題解決について提言を行う。 従来、日系企業に関する研究は主な部分が製造業であり、それらの研究の 中で、技術移転や人材問題に関する文献、論文など多い。しかし、近年になっ てから、中国の国内消費人口の増加による消費市場の形成及び拡大は、国内 市場の活力に生み出している。これに対し、日本国内では、少子高齢化と長 期的なデフレ影響の下で、国内の消費市場は縮小している。そうした背景か ら、日本の小売業業界は積極的に中国市場に進出している。これに伴い、小 売業の海外事業活動においても、技術移転及び人材育成問題が徐々に脚光を 浴び、小売業界の技術移転問題、人材育成問題に関する研究も少しずつ見ら れる。 従来、日系企業の中国進出に関する研究が主に製造業が中心であったが、 製造業と小売業では、相違点がどうしても存在する。製造業で起こっている 技術移転問題や人材育成問題と比較しつつ、小売業における諸問題を明らか にし、それらの解決策を探ることが、本稿の最大な狙いである。 2. 日系企業が中国国内で直面している技術移転・人材問題に関す る先行研究 1978 年に、中国政府が改革・開放政策を開始してから、多くの外資系企 業が製造業を中心として中国に進出してきた。言うまでもなく、外資系企業 は、中国経済の発展に大きく寄与し、外資系の対中投資に伴う技術移転や雇 用・人材育成も、中国経済の近代化に大きな後押しになっている。 以下では今まで日系企業が中国国内で直面している技術移転・人材問題に 関する先行研究を整理する。まず、技術移転に関する研究を取り上げる。 範(2001)は、外資系企業の直接投資に伴い、外資系企業内部で行われる 技術移転を「企業内技術移転」、外資系企業と現地生産協力企業との間で行 われる技術移転を「企業外技術移転」と呼んだ。さらに、移転される技術を 「物的な技術」と「人的な技術」という 2 つの形態に分類していると指摘した。 ただし、同論文は、日系製造業における直接投資を通じた技術移転を論じ、 小売業での技術移転には言及していない。
白木(1995)は、縦軸に日本人派遣者比率、横軸に日系企業の操業期間を とり、右下がりの短期現地化曲線を用いた。親会社から海外子会社への新技 術の移転、新製品の導入・生産に伴い、日本人派遣者が必要となり、進出先 での人材の現地化は停滞すると指摘した。ただし、同論文の対象は、日系製 造業であって、日系小売業における技術移転や人材移動に関する説明はない。 欒(2007)は、技術の移転と発展は、技術移転プロセスの両面であると指 摘した。移転は、教える側が技術を学ぶ側へ伝えていくプロセスで、発展は、 学ぶ側が伝えられた技術を吸収し、応用し、新たな技術を創造するプロセス であるという。日系企業では、この両面の技術移転プロセスが常に相互作用 しているとした。こうして吸収・応用された技術は、また新たな技術移転を 促すとした。しかし、同論文は、製造業を念頭においていて、小売業は想定 していない。 井口(2010)は、アジア、北米及び欧州の製造業の日系企業を調査し、地 域の経済統合の進展に伴う企業戦略の変化が、新たな技術移転ニーズを生み 出し、様々な類型の人材移動を引き起こすと指摘した。しかし、調査対象に なった日系企業は、製造業に限られており、小売業における技術移転ニーズ や人材移動の特徴は明らかでない。 かつては、欧米企業と比較し、中国市場への進出の遅れが指摘されてきた 日系企業も、製造業を中心に中国市場に積極的に進出してきた。最近は、小売、 金融、物流などサービス業界の中国進出も注目される。中国の社会及び経済 の発展とともに、サービス分野は、中国市場で重要な役割を果たすと予想さ れる。こうしたサービス分野でも、「人」は大切な経営資源の一つである。「ヒ ト」は販売者と消費者の間、重要な架け橋として、会社の海外進出の成否と 関連する。これは、国全体のサービスのイメージにも影響を及ぼす。そこで 以下では、現地人材の確保に関する先行研究を取り上げる。 みずほ総合研究所が、2013 年 3 月に発表した「日本企業のグローバル展 開と人材マネジメント」調査結果報告によると、日本企業は、アジアを最重 要地域と位置付ける傾向が強い。もちろん北米や欧州は、今でも重要な市場 であるが、近年急激に市場規模を拡大しているアジアを重視している。
過去を振り返ると、日系企業の中国進出の歴史は既に百年に達する。その 間、事業の失敗・撤退、本社の経営戦略による撤退なども多くあったが、現 地で地道な努力し、成功している日系企業も少なくない。ところが、この調 査によれば、調査企業の 80%程度が、現地法人のトップ・マネジメント人 材が不足していると感じている。 「現地のトップ・マネジメントを担う人材」の内訳をみると、「ほぼ全ての 現法が日本本社の人材」又は「多くの現法が日本本社の人材だが、一部の現 法は現地人材」と回答した企業は 84%を占めた。日本企業のグローバル展 開を担っているのは、主として、日本本社からの人材であって、現地人材や 第三国人材の活用が、依然として進んでいないことがうかがえる。 現地法人社員の「マネジメント人材」としての育成の状況に関する調査項 目では、「あまり育っていない」と「ほとんど育っていない」の合計とする 企業が 70%に達する。人材不足を直面している日系企業で、現地人材の育 成がうまくいっていない現状を改善しない限り、中国でも、日系企業の展開 も順調に進まないであろう。 外資系企業の中国での活動は、中国の近代化と経済発展に重要な役割を果 たし、国内での雇用機会の提供の面でも貢献している。ところが、雇用機会 としてみた場合、欧米系企業より日系企業は、中国で人気が低いことが、し ばしば指摘される。 ジェトロ(2005)によれば、日系企業の人気が低い理由として、①キャリ アパスが不明瞭(自分が、如何なる業務経験やスキルを積んで、将来、どう いうポストに就くことを期待されるかが判りにくく、それに関して、上司か らの説明が少ない)、②評価システムが不明瞭(自分の仕事がどう評価され、 その結果、どの程度の報酬や役職などを与えられるかが判りにくい)、③役 職に応じた権限が与えられない、④経営の現地化進展度合いが低い(結果と して、幹部への昇進が難しい)、⑤給与水準が相対的に低い(幹部クラスでは、 同じ役職で、欧米系と日系では 1.5 ∼ 2 倍の差が出る)、⑥ MBA などキャリ アに直結する教育研究の機会が欧米系企業に比べて少ない(日系企業では、 OJT(仕事をしながら行う訓練が多い)などが挙げられる。
また、欧米系企業が人気ランキングの上位に入っている理由としては、① 研修の機会やキャリアアップの機会が多い、②給与水準が高い、③個人の能 力や実績を重視するなど公平で開かれた環境があるなどが挙げられている。 これらが原因となり、中国国内の人材は、日系企業に採用されても、短年 間で辞めてしまったり、また、欧米企業から引き抜かれたりする。このよう な人材の流失や職場の定着化の低さが、海外に進出した日系企業にとって大 きな損失といえる。 とりわけ、現在、中国国内では、大卒者は、就職氷河期に直面しいるにも かかわらず、日系企業は、人材の採用難や高い離職率などの問題に直面して いることは、皮肉な結果である。 日本能率協会は、2012 年 02 月発表した JMA グローバル人事研究会研究 成果報告書「グローバル人事の重点課題とその解決に向けて」のなかで、 2009年から 2011 年までの「当面する企業経営課題に関する調査」の結果を 分析している。これによると、日系企業の経営課題のなかで、人材強化(採用・ 育成・多様化)は、3 年間を通じて、収益性向上、売上・シェア拡大などの 課題に続く第 3 位に位置する。この結果からも、人材問題は、日本企業にとっ て非常に重要な経営問題であることがわかる。 田園(2011)は、中国の大学生が見た最も優れた企業のランキングを分析 した。これによると、日本企業に関しては、その技術や製品について、中国 の大学生の高い評価を得たものの、就職先としては魅力がないとの結果が でている。また、中国大学生がみた最も優れた企業トップ 50 社をみると、 2006∼ 2008 年の 3 年の間、卸売・小売業が、それぞれ上位 2 位又は 1 位を 占めた。そこで挙げられた卸売・小売企業は、全て欧米企業であって、日系 小売業は 1 社にも入らなかった。いずれにせよ、中国のマクロ経済環境の変 化のなかで、卸売・小売業の外資系企業は、中国の大学生に人気があること は事実である。このことから、日系小売業が中国現地で活動する際、製造業 よりも人材を採用しやすくなっている可能性がうかがえる。 ジェトロ(2013)「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査―中国編―」 は、卸売・小売業による現地での販路開拓にあたり、直ちに取り組むべき課
題を調査した。その結果、上位 3 つの課題は、人材の確保・育成、品質・付 加価値面、ブランド力の強化であった。この調査からも分かるように、海外 進出企業の競争は、人材の競争でもあり、技術の競争でもあると言うことが できよう。 これまで、日系企業における技術移転問題、人材育成問題に関する先行研 究を概観したが、日系小売業に焦点を当てた研究はほとんどない。 こうしたなかで、日系小売業を対象とする数少ない研究に川端(2011)が ある。この研究は、戦前・戦後を分け、日系小売業の対中進出の歴史を明ら かにしている。そこで明らかになった日系小売業の発展の歴史は、非常に示 唆に富んでいる。残念ながら、小売業界での人材移動・技術移転問題には、 全く言及していない。 以上にように、先行研究の研究対象となった海外の日系企業は、ほとんど が製造業である。同時に、小売業における技術移転と人材移動や現地化に関 する研究は皆無に等しい。 そこで本稿は、中国に進出した日系小売業における技術移転、人材移動及 び人材現地化の問題と、それら相互の関係を研究することにした。そこでは、 人材の移動が技術移転をもたらすと同時に、技術進歩が人材確保・育成を促 進し、それらが好循環をもたらす方法を考えてみたい。 3. 日系小売業の中国進出に関する理論的考察 日系小売業の中国進出の過程における①人の移動及び②技術移転につい て、まず理論的な考察を行う。 日系小売業の中国進出に伴う人の移動は、サービス貿易に関する経済理論 を基礎に、また、人の移動に伴う技術移転については、ジョン・ダニングの OLI(折衷)理論をもとに、考察する。 (1)サービス貿易に関する経済理論による説明 モノの生産や消費と異なり、サービスの生産と消費は、ほとんどの場合、 同時に同じ場所で行われる(越境取引を除く)。このため、小売業において、
外国市場に参入するためには、サービス貿易の第 3 の形態とされる商業拠点 を外国に設置し、現地で、消費者に小売サービスを提供することが必要であ る。その際、サービス貿易の第 4 の形態である自然人(サービス提供のノウ ハウを有する専門家や経営幹部)が移動し、海外現地で現地の従業員に技術 や知識を伝え、これを、現地の文化や習慣など融合した上で、現地の消費者 に、良質のサービスを提供することで優位性を得ることができよう。 サービス分野の対外直接投資においては、サービス貿易の第 3 形態と第 4 形態が同時に機能する。これによって、現地に技術を移転し、現地市場のー ビス提供者のサービスとの差別化を図り、あるいは、国際的ネットワーク(範 囲の経済)を活用して、安価なサービスを提供できる1)。 このように、中国で日系小売業の現地法人を設置することによるサービス 提供には、日本から現地への人材移動を伴い、それを通じて、小売サービス のノウハウが提供される。 そこでは、現地市場の特性や消費者の嗜好に合っ たサービスが新たに開発され、現地で提供されると考えることができる。 1) 井口(1997)pp.59 ∼ 65 表 1 サービス貿易の 4 形態 カテゴリー 内容 例 1.越境取引 ある加盟国の領域から他の 加盟国の領域へのサービス 提供(サービスの越境) 海外データベースへのアク セス 2.消費者移動 ある加盟国の領域における 他の加盟国のサービス消費 者へのサービス提供(需要 者の越境) 観光客 海外出張者による現地消費 (電子機器レンタル等) 3. 商業拠点を通じての サービス提供 ある加盟国における他の加盟国のサービス提供(法人) によるサービス提供 海外現地法人を通じた小売 サービス 4. 人の移動(自然人に よるサービス提供) ある加盟国のサービス提供者による、他の加盟国の自 然人であるサービス提供者 によるサービス提供 多国籍企業内の転勤 出所:井口(1997)『国際的な人の移動と労働市場』P74 表 2-8 をベースとして筆者作成
(2)OLI(折衷)理論による説明 1950 年代から、対外直接投資については、ハイマー、バーノン、カソン など著名な経済学者により多様な理論が提唱された。しかし、それらの理論 が統一性を欠き、各理論の間の関連づけも、ほとんど行われなかった。 そこで、J. ダニングは、その空白を埋めるため、それまでの理論を体系化 する理論を提唱した。それが、いわゆる OLI 理論(折衷理論)である。 即ち、この理論では、①対外直接投資が、「なぜ」、「どのように」行われ ているのかを説明するアプローチと、②対外直接投資は、「どこに」企業を 進出させるのかを説明するアプローチがあり、この 2 つのアプローチを融合 することを意図していた。 ダニング(1979)によると、主に 3 つの条件が満たされると、企業は対外 直接投資を行うのが有利であることを説明される2)。 ① 海 外 市 場 に 展 開 す る 企 業 が、 そ の 他 の 企 業 よ り 利 益 を 生 む 所 有 (ownership)優位性を持つこと。 ②条件①の優位性を持つ企業が、海外市場でその優位性を販売またはリー スするのに加え、現地におけるノウハウや人材を取り込むことで、内部化 (internalization)優位性を持つこと。 ③条件①と条件②を持つ企業が、海外展開を決めた時点で、その市場にお いて、現地法人が、立地(location)優位性を持つこと。 この理論を中国進出の日系小売業に応用すると、以下のようになるだろう。 (1)日系小売企業は中国市場に進出し、今まで中国にない小売技術やノウ ハウまたは、その他の外資企業とは違う展開の仕方を基礎に、「所有優位性」 を得ることができよう。 (2)日系企業は現地で店舗を設立し、その技術やノウハウを生かして、現 地の人材を雇い、現地の習慣や文化を取り込み、現地市場を開拓・拡大する ことで、「内部化優位性」を得ることができよう。 2) Dunning. J. H.(1979)pp.269 ∼ 279
(3)欧米などの外資系小売業は、北京、上海など沿海部大都市を中心に、 熾烈な競争をしている。これに対し、日系小売業のうち、イトーヨーカ堂や 平和堂など代表的な企業では、中国国内の四川省や湖南省など、中・西部で 店舗を設立し、地方での「立地優位性」を得ることができると考えられる。 そこで、中国の小売業の発展の背景となる人口や家族構成の変化について みて考察しておきたい。 4. 中国の人口変動と小売サービス業への影響 中国では、「改革・開放」政策を実施してきた以来、安くて豊かな労働力 の利用による製造業の「世界生産拠点」としての地位を確立した。しかし、 21世紀になって、人口の伸びが停滞し、とりわけ若者人口の伸び悩み問題 が深刻化している。 国連人口統計データによると、1950 年、2010 年、2100 年においては、中 国の総人口数はそれぞれ 5.5 億人、13.4 億人、15.5 億人と推定される。同期 の世界総人口の 25.3 億人、69.0 億人、101.2 億人に占める割合はそれぞれお よそ 21.7%、19.4%と 15.3%で、穏やかな低下傾向が予想される。さらに、 同データの推計によると、2010 ∼ 2100 年の人口増加率は、中国ではマイナ ス 29.8%と予想され、将来は、中国の人口が大規模に増加することはないと 表 2 中国の人口に関する調査結果の推移 年 1953年 1964 年 1982 年 1990 年 2000 年 2010 年 家庭の平均人数(人) 4.33 4.43 4.41 3.96 3.44 3.10 0-14 歳人口の割合 36.28% 40.69% 33.59% 27.69% 22.89% 16.60% 15∼ 64 歳人口の割合 59.31% 55.75% 61.50% 66.74% 70.15% 74.53% 65歳以上人口の割合 4.41% 3.56% 4.91% 5.57% 6.96% 8.87% 都市人口比率(都市化率) 13.26% 18.30% 20.91% 26.44% 36.22% 49.68% 城鎮人口(万人) 7726 12710 21082 29971 45844 66557 農村人口(万人) 50534 56748 79736 83397 80739 67415 平均寿命(歳) 不明 不明 67.77 68.55 71.40 不明 うち男性(歳) 不明 不明 66.28 66.84 69.63 不明 うち女性(歳) 不明 不明 69.27 70.47 73.33 不明 資料出所:中国統計年鑑(2012 年)
考えられる。1953 年以降、実施されている中国の人口センサスのデータを まとめると表 2 のようになる。 表 2 から分かるように、①家庭単位の平均人口数は穏やかに減少傾向にあ る。昔の大家族から、次第に核家族に移行し、次第に単独世帯が増えている。 日本でも経験したように、地域におけるコンビニエンス・ストアなど、近く て便利な小売店舗に対するニーズが高まることが想像できる。②また、各年 齢層の割合をみると、65 歳以上の年齢層が全人口に占める割合が徐々に上 昇している。この年齢段階の人口は、生産人口ではなく、消費人口である。 ③さらに、都市化率が上昇する傾向がみられる。都市人口数が急激に増加し ているのに対し、農村人口数 1990 年まで増加したものの、1990 年以降急激 に減少し始めた。都市化の展開に伴い、今までの「農村・都市」二元的な経 済体制を維持することができなくなり、都市の発展に伴い新たな産業発展が 必要になってくる。加えて、賃金水準が急速に上昇するのに伴い、中国全体 が、消費市場としての役割を高めている。 こうして、欧米系・日系企業は、製造業だけでなく、小売業でも、中国に 進出するようになった。特に、中国の沿海部地域に集中して立地していたが、 近年、中央政府の西部大開発政策に伴い、西部地域の経済発展も速くなり、 内陸部への投資が徐々に増えてきた。 5. 中国進出日系製造業と日系小売業における技術移転及び人材移 動における相違点 このように、中国に進出する外資系企業は、当初から製造業が中心であっ たが、次第に、サービス分野に広がりをみせるに至った。 ここで、中国進出した日系製造業と日系小売業における技術移転及び人材 移動の相違点について明らかにしておく必要がある。 表 3・表 4 は、先行研究を基礎として、日系製造業の技術移転と人材移動 の関係を整理するとともに、日系小売業である平和堂、イトーヨーカ堂の中 国展開に関する文献及び現地での観察をもとに、日系小売業の技術移転と人 材移動の関係をまとめたものである。
表 3 中国における日系企業の人材育成に関する比較 企業組織 製造業 小売業 ト ッ プ・ マ ネジメント 日本本社で育成した社員を派遣する(現地人材の登用は遅れている)。(現地人材の登用は遅れている)。日本本社で育成した社員を派遣する R&D 現地法人で研究開発部門を設立し、 外国の言語や安全基準、消費者の 特性やニーズに合った製品を開発 する。 ミ ド ル・ マ ネジメント 次世代のリーダー役として、地域 の研修センターなどに派遣し、中 間管理層に対する教育を行い、経 営理念を浸透させる。 次世代のリーダーとして、海外にあ る日系他社の本社に派遣するなど、 中間管理層に対する教育を行い、経 営理念を浸透させる。 グ ル ー プ・ リーダー 人材管理プログラムに参加させ、 自ら習得した技術を部下に教え、 現場を把握する能力を高める。 派遣された日本人従業員から OJT 中心に指導を受け、現場を把握する 能力を高める。 セット・アッ プ(平社員) 現地工場を立ち上げる前に、日本 の本社現場へ従業員を派遣して、 OJTで生産方式を習得させる。 派遣された日本人従業員から OJT を中心に小売サービスのノウハウを 伝達しつつ、現地の消費者の特性や ニーズを反映させる。 出所:湯谷(2010)、欒(2007)をベースとして筆者作成 表 4 中国における日系企業の技術移転に関する比較 技術移転ニーズの種類 製造業 小売業 教育や訓練不足に対応 し、専門技術を習得さ せる。 日本本社への派遣及び日本本 社から派遣された従業員によ る教育研修を実施。 日本本社から派遣された従業 員が、挨拶を含めた教育・研 修を実施。 個別の技術移転ニーズ に対応する。 主として日本本社への派遣により、関連技術をセットで移 転させ、現地法人で伝達のた め、教育訓練を行う。 日本本社から派遣される従業 員による実地研修の実施。中 国人従業員を日本に出張さ せ、メーカーから技術指導を 受け、日本から機械も導入。 勤続を促進し、成績優 秀者を奨励し又は夢を 持たせる。 昇進予定者に対し、日本本社 への派遣による実地見学と講 習を行う。 昇進予定者に対し、日本本社 への派遣による実地見学と講 習を行う。 現地法人の各層の管理 者のマネジメント能力 を向上させる。 地域の研修センターにおいて 実施する分野別のプログラム に現地従業員を参加させる。 人事、総務、対外連絡、情報 システムなどの各部門から選 んだ従業員に、日本人スタッ フが指導する。 企業ネットワークの円 滑 な 連 携 や 調 整 を 図 る。 世界又は地域のネットワーク を組む企業のスタッフが集合 して、会合やコンペを開催す る。 現地職員だけではなく、地域 の関連する業者・会社の参加 を得て、会合やイベントを開 催する。 出所:井口(2000)、湯谷(2010)、欒(2007)をベースとして筆者作成
6. 中国の小売業の労働生産性の決定要因に関する計量分析とその 結果 ⅰ)計量分析 本章では、前章で示した理論的枠組みと、製造業との比較から浮かび上が る技術移転ニーズや人材移動の状況をもとにして、中国国内の地域における 小売業の労働生産性の決定要因について計量分析を行う。使用するデータは、 『中国統計年鑑』(2002 年∼ 2011 年)、『東洋経済海外企業進出総覧』(2002 年∼ 2011 年)とし、最小二乗法による多変量解析により、計量方程式を推 定する。 ◎計量モデル(線形回帰モデル) 推定方程式 Y=a0+a1X1+a2X2+a3X3+a4X4+a5X5+a6X6+a7X7+a8X8+a9X9+a10X10+u (ただし、u は誤差項) • 被説明変数 Y: 地域別小売企業の労働生産性(付加価値 / 就業者数) • 説明変数 X1:地域別住民消費水準(単位:元) X2:地域別小売業平均賃金(単位:元) X3:地域別国内生産額(単位:億元) X4:地域別日系小売業進出店舗数(単位:軒) X5:WTO 加盟における外資進出可能性(ダミー変数) X6:地域別一定規模以上 * 小売業就労者数(単位:人) X7:地域別店舗当たり日本人従業員割合(単位:%) X8:北京ダミー(北京市) X9:沿海部ダミー(天津・遼寧・上海・江蘇・広東各省) X10:西部大開発重点都市ダミー(西安・成都・重慶各市) *注: 一定規模以上は、年末に雇用する人数が 60 人以上又は年売上高 500 万元以上のことである。
説明変数は、地域別家計当たり住民消費水準、地域別小売業平均賃金、地 域別国内生産額などの経済要因と、地域別一定規模以上小売業就労者数、地 域別店舗当たり日本人従業員割合などの人的要因、また、北京、西部大開発 重点都市、沿海部などのダミー変数とし、それぞれ中国各省・各市の地域別 小売企業の労働生産性を決定する要因について仮説を設定した。 ①地域別住民消費水準 住民消費水準が高いと、地域での購買力が高くなり、市場規模が大きくな り、範囲の経済が働き、地域の小売業生産性が上がるという仮説をおくこと ができる。 ②地域別小売業平均賃金(元) 小売業界の平均賃金が高いと、その業界で人材獲得競争にも激しくなり、 地域の生産性も上がるという仮説をおくことができる。 ③地域別国内生産額(億元) 各地域の生産額が高ければ高いほど、地域のインフラなどの基盤設備も充 実し、同地域での生産性が上がるという仮説をおくことができる。 ④地域別日系小売業進出店舗数(単位:軒) 日系小売企業は、現地に進出し、現地より高い生産性やノウハウを持って、 消費者に高質なサービスを提供できる。その結果、長期的には、現地小売の 生産性を高めるという仮説をおくことができる。 ⑤ WTO 加盟における外資進出可能度(ダミー変数) WTO 加盟に伴い、中国市場では市場アクセスの自由化が進んでおり、外 資規制が徐々に緩和された。外資系小売企業が現地に進出した結果、現地の 小売業全体の生産性が上がるという仮説をおくことができる。 ⑥地位別一定規模以上小売業就労人数 各地域で、一定規模以上の小売業就労人数が多いと、就労現場の生産性が 高まるという仮説をおくことができる。 ⑦地域別店舗当たり日本人従業員割合(単位:%) 日系小売業で、日本人従業員が現地で働き、現地の従業員を教育・訓練す ると、長く見れば、進出地域全体の生産性が上がるという仮説をおくことが
できる。 ⑧北京ダミー・沿海部ダミー(天津・遼寧・上海・江蘇・広東各省) 北京市及び沿海部は、経済力が高く、発展速度も速く、インフラなど十分 整備され、人材も豊富である。その結果、小売業界での生産性が高まってい るという仮説をおくことができる。 ⑨西部大開発重点都市ダミー(西安・成都・重慶各市) 成都・重慶市など西部地域では、国の政策の関係で、開発が優先的に進み、 経済力、産業発展など上昇するスピードも速い。小売業の発展は、沿海部よ り遅かったが、近年では急速に進出が進み、地域の生産性が徐々に上がって いるという仮説をおくことができる。 ⅱ)計量分析の結果 分析の結果は以下のようにまとめられる。 表 5 中国国内の地域における小売業の労働生産性の決定要因に関する線形回帰分析 モデル 係数 標準誤差 t値 有意確率 定数項 .002 .000 6.645 .000 住民消費水準 1.267E-007 .000 2.663 .008 小売業平均賃金 2.187E-007 .000 10.920 .000 各地域国内生産額 3.190E-007 .000 9.520 .000 日系小売業進出店舗数 5.022E-005 .000 .301 .764 WTO加盟における外資進出可能度 .002 .000 5.664 .000 各地域規模以上小売業就労人数 -2.702E-008 .000 -10.124 .000 店舗当たり日本人従業員数割合 -6.701E-005 .000 -1.712 .088 北京ダミー .000 .001 .488 .626 沿海部ダミー -.001 .000 -2.040 .042 西部大開発重点都市ダミー .000 .000 .346 .730 注: 沿海部ダミー都市:天津、遼寧、上海、江蘇、広東 西部ダミー:成都、重慶、西安 *** は 1%水準で有意 ** は 5%水準で有意 * は 10%水準で有意 注: 中国統計年鑑(2011)データベースを筆者作成 推計結果は、以下のように解釈できる。 ①住民消費水準、小売業平均賃金、各地域国内生産額などの要因が、地域 の小売業の生産性にプラスの影響を与えるという仮説は支持された。 ② WTO 加盟により、外資系小売企業の現地展開が進み、技術移転が進み、 地域の小売業の生産性があがるという仮説は支持された。
③日系小売業進出店舗数は、地域の小売業の生産性に与えた影響について は、有意な結果は得られなかった。日系企業の中国進出は、小売業では、中 国国内の大都市、また沿海部に集中し、その店舗数も限られている。したがっ て、現時点では、小売業の生産性に与える影響はまだ小さいと考えられる。 将来的には、日系小売企業の中国進出が、競争・共存しながら、地域での小 売業界の生産性が上がるものと期待される。 ④各地域の一定規模以上の小売業での就労人数が多いと現地小売業生産性 が上がるとの仮説に反し、むしろ、生産性にマイナスの影響があるという結 果が得られた。その背景には、大規模小売店舗が、現場で、部門別に、非常 に多数の従業員を雇用している実態があると考えられる。 ⑤店舗当たり日本人従業員数の割合が高ければ、現地の従業員を教育・訓 練し、現地小売業界の生産性が上がるとの仮説と反対に、有意でマイナスの 影響があるという結果になった。これは、日本本社からの派遣で、現地店舗 への技術移転を進めている地域では、依然として、中国人の人材の定着が悪 く、人材の現地化が停滞し、生産性が改善していないと考えることができよ う。一般的に、日系企業では、製造業において、人材現地化が進んでいるの に対し、小売業では、人材現地化が遅れ、日本人派遣者比率が高い状況がみ てとれる(表 6)。 表 6 日系製造業と小売業における日本人派遣者比率の比較 年度 製造業 小売業界 2001 0.7% 1.6% 2002 0.8% 1.6% 2003 0.7% 1.6% 2004 0.9% 1.6% 2005 0.7% 2.2% 2006 0.7% 2.2% 2007 0.7% 2.0% 2008 0.7% 2.0% 2009 0.6% 2.0% 2010 0.6% 1.8% 出所:東洋経済『海外進出企業総覧』のデータとして、筆者作成
⑥沿海部都市ダミーは地域小売業の生産性にマイナスで有意の影響が出て いる。その背景には、北京市は首都であり、各産業の激戦区となっており、 その結果、地域での小売業の生産性が高まっているとみられる。また、重慶 市及び成都市は、近年、国の政策及び地方政府の誘致政策により外資の進出 が多い。小売業への進出は北京市より遅いものの、生産性の上昇速度が速い と考えられる。さらに、沿海部では、外資による直接投資が、主に製造業中 心で、小売業の生産性が十分に上がっていないと考えられる。 7. おわりに─日系小売業の中国での人的資源管理(HRM)及び 技術移転に対する提言 本稿では、中国における日系サービス業の技術移転と人材移動の役割に関 する考察を主に理論的な考察と実証分析を行った。その結果から、日系小売 業が、中国の現在の経済発展の状況下で、様々な問題を直面していることを 実感させられる。 対外直接投資は、日系企業自身の経営戦略のみならず、中国政府の政策、 地方政府の政策、地方関連企業など数多くの機構、団体、組合などとも関係 している。 日系小売業が中国進出する場合、日系企業自身の成長戦略との整合性に注 意して進める必要があるうえに、中国の将来の貿易・投資をはじめとする経 済や産業発展に貢献できるよう、政策的な支援が必要なことは言うまでもな い。 1978 年、中国が、社会主義的市場経済路線を確立し、「改革・開放」政策 を実施されてから、経済の面では急激な発展が達成されてきた。しかし、こ の過程で予想されなかった様々な問題が出現している。 日本は、第二次世界大戦争後、急速に経済復興を達成し、1960 年代に経 済高度発展を経て、1990 年のバブル崩壊に至るまで、アジア経済をリード した。その間に、日本の経済・社会は、多くの問題を克服してきた。その意 味で、中国は日本の経験から学ぶことは多い。特に、日本の小売業の発展か らは、多くを学ぶべきである。将来、中国の経済・社会が、高いステップに
進むためにも、以下のことを提言したい。 1) 新中国の設立後、第三次産業の発展が重視されず、計画経済においては、 小売業の発展は遅れていた。とりわけ、小売サービス業に従事する労働 者の質が低く、サービスの態度が悪いといった問題があった。 現在、中国の経済発展にとって、第三次産業の発展は極めて重要である。 政策的に、第三次産業の発展を支援し、企業と政府が協力して、雇用す る従業員に対する最低限の教育・訓練を行う必要がある。また、小売業 界の発展によって、過剰な農村労働力を吸収する新たな雇用のうけ皿に なれると考える。 2) 現時点では、中国に展開する日系小売業の人材の現地化比率が低く、 日本人派遣者比率が高いという問題が指摘できる。今後、現地化比率は、 徐々に上昇すると期待される。日本人派遣者は、現地の従業員と十分な コミュ二ケーションをとり、意見やアイデアを取り入れるように努力し、 現地従業員だけでなく、現地の消費者にも愛される店作りが大事と考え る。 3) 小売業では、単に日本から技術を移転するだけでなく、現地の文化や 習慣を理解し、現地の事情に合わせて、新たな顧客ニーズを生み出すこ とが重要である。小売業の原点は人との付き合いである。外資系企業は、 現地市場に進出し、単に利益を重視するのでなく、現地の消費者を大事 にする姿勢が必要である。日本本社から派遣される者にも、現地で新し く雇用される現地従業員にも、その教育・訓練を徹底すべきである。 4) 地域の小売業の生産性を上げるため、様々な工夫が必要である。その うち、外資系小売業の現地展開を促進することは重要な政策と考える。 現実には、その結果、現地小売業の生産性が改善したことは証明されて いない。また、日系企業をめぐり、人材引き抜きや離職の問題が発生し ている。しかし、マクロ的及び長期的には、日系企業で従業員がマスター した技術やノウハウは、現地の小売業全体の生産性の上昇にも貢献する と考えられる。
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