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小説と研究の間 (特集 アジ研流読書案内 -- 研究者が薦める3冊)

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小説と研究の間 (特集 アジ研流読書案内 -- 研究

者が薦める3冊)

著者

重冨 真一

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

199

ページ

3-4

発行年

2012-04

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003992

(2)

松本清張

﹃昭和史発掘﹄

︵新

装版︶

全九巻

︵文芸春秋社、

春秋文庫、二〇〇五年︶

  推理小説作家の松本清張が、 二 ・ 二六事件︵昭和一一年︶とそれに 至るまでに起きた事件を詳らかに 描いた作品である。その詳細さは 並大抵ではない。供述調書、公判 記録 、回想録 、談話 ︵ 聞き取り︶ など、事実に関わるあらゆる情報 を集めている。そして著者は、こ れらの情報をひとつひとつ吟味 し、事実に迫っていく。怪しいと 思われる情報も紹介して、その検 証過程まで書いていくから、あた かも敏腕刑事と共に難事件に取り 組んでいるような気分になる。   たとえば二・二六事件決行の章 ︵第七巻﹁諸子ノ行動﹂ ︶で、クー デタ側は皇居を占拠して天皇を自 分らの統御下に置こうとしたが失 敗に終わる場面がある 。それは クーデタの成否を決める重要な計 画であったろう。しかしそれは実 現せず、また事後に実行側もそれ については語らなかったから、本 当のところがどうだったのかつま びらかでない。これを筆者は、当 事者の証言や軍側の記録、クーデ タ軍の動きなどから推論してい く。推論なので、 ﹁思われる﹂ ﹁だ ろう﹂で終わる文章が頻出する。   研究論文を書くときに、この手 の曖昧な表現は、しばしば禁句と される。しかしこの作品を読んで いて 、﹁ 思われる﹂と書けるよう な研究はかなりレベルが高いので はないかと考えるようになった 。 何かを明らかにしたいとき、その 何かに向かって事実を踏んで進ん でいく。しかしこれ以上、どうし ても事実が出てこない 、という 崖っぷちがある。到達したい﹁何 か﹂は 、その先にある 。﹁何か﹂ に一歩でも二歩でも近づこうとす れば、そこは崖の外だから推論を 使って空中を進むしかない。そう した推論に説得力を持たせている のは、じつは推論に入る前に敷き 詰めた事実の凄さである。   こうした推論の場に読者を連れ 回すことができるのは、清張の筆 の力に依るところが大きい。研究 においてもこうした情報収集・思 考過程を経るのだが、その結果を 書くときには、成果につながらな かった、重要でなかった部分は切 り落とす。そして骨格とそれに関 わる肉だけを書くものである。研 究者の思考過程全部︵ボツになっ た思考やデータまで︶論文に書か れたら、読み手はたまったもので はない。ところが清張はそれを敢 えて行い、しかも読ませてしまう のだ。

宮本

﹃忘れられた日本

人﹄

︵岩波書店

、岩波文庫

一九八四年︶

  農民出身の民俗学者で、日本を 徹底的に歩いて調査した宮本常一 の代表的作品。農村のお年寄り達 から聞き取った庶民の生活が描か れる。その内容は聞き取ったその ままに書かれたのではないかと思 われるほどの詳細さである。あた かも録音テープ起こしのようなの だが、調査に携帯できるテープレ コーダーなどなかった時代のこ と 。すべて宮本のメモと記憶に よっている。宮本が村々を歩いた のは戦前から戦後間もなくの頃で あり、 文字どおり徒歩の旅が続く。 しかも農家に泊まっても迷惑をか けないように 、一斗 ︵一五キロ︶ あまりの米を背負っていたとい う。私もタイの村をずいぶん﹁歩 いた﹂ つもりであったが、 もう ﹁歩 いた﹂などと言うのはやめておこ う。   清張が自身の思考過程に読者を 連れ回したとすれば、宮本は調査 の場に読者を連れ回している。読 者は宮本と共に歩き、村人から話 しを聞き、村人の様子を見ること になる。通常の研究ならば、そう した情報は研究者のデータベース

アジ研流

読書案内

―研究者が薦める3冊

小説

特  集

3

アジ研ワールド・トレンド No.199 (2012. 4)

(3)

にはなっても、そのまま書かれる ことはないだろう。宮本はあえて それをすることで、普通の研究な らばそぎ落とされてしまった血と 肉を描き、そこにメッセージを込 めている。骨組みとなる論理や理 論とは違うものでも、研究は十分 に感動的で影響力をもち得るとい うことを、この作品は証明してい る。   本書の﹁あとがき﹂で、宮本は 次のように述べている 。﹁ 私の一 番知りたいことは今日の文化をき ずきあげてきた生産者のエネル ギーというものが、どういう人間 関係や環境の中から生まれて来た かということである 。﹂ ︵三〇九 ページ︶ 。じつは本書を読んで 、 もっとも衝撃を受けたのは、この 一文に出会ったときだった。手あ たり次第情報を拾い集めているよ うに見えるのだが、宮本にとって ﹁知りたいこと﹂ ︵課題︶ははっき りしていた。 調査課題が明確だと、 しばしばそれから外れるものは拾 わなくなり、書くときにも省いて しまう。ところが宮本は、その両 方をやってのけている。   じつはこの一文には、私にとっ てもうひとつの深い含意がある 。 歴史家の網野義彦が﹁解説﹂で論 じているのだが、宮本は民族的な 事象や言葉を拾い集めて整理する のではなく、そうした事象を実際 に庶民が営む生活の中で位置づけ ようとした 。そう考えると 、﹁ エ ネルギーというものが、どういう 人間関係や環境の中から生まれて 来たか﹂という問いの意味が見え てくる。エネルギーを生む要素を ばらばらに取り出すのではなく 、 それが働く地域社会、生活の場の 文脈で捉えよう。それは地域研究 の課題でもあると思うのだ。

和田

﹃日本農人傳﹄全五

︵家の光協会

、一九五五

年︶

  本書は農民小説作家の和田傳 が、日本の老農と呼ばれる人々を 伝記的に描いた短編集で、その巻 五に 、﹁協同の旗︱清水乃 衛 ︱﹂ という小品が収められている。こ れは協同組合を 、日本で最初に 、 誰に教わるともなく作った貧農の 話である。   作品は乃衛が土間で藁 を打つ場 面で始まる 。実はこの藁打ちは 、 乃衛が中心になって作った積縄組 合の活動なのである。部落の有志 二六人で、毎日夜なべ作業で藁を 打ち、縄を綯 うことに決め、それ を共同で販売し、組合の資金にし ようというのであった。乃衛は自 分のノルマを終えると、寒風吹き すさぶ中に出て、他の会員が取り 決め通り作業を終えているか見て 回る。   乃衛が組合を作るには、次のよ うなきっかけがあった 。ある日 、 借金を返しに行った乃衛は金貸し に、なぜこんなに高い金利をとる のか 、と尋ねた 。﹁返さない者が いるから、返す者からその分高く とるのだ﹂という高利貸しの答え を聞いた乃衛は、それならばみな が正直に返せば、利子は安くなる はずだと考えた。そしてこの組合 を作ったのだった。縄などの共同 販売の収入は、会員に低利で融資 されるようになった。化学肥料の 導入、種 籾 の塩 水 選 なども組合で 導入した。   ある日、乃衛は突如村役場から 呼び出される 。農商務省の高官 、 平田東助︵後に農商務相︶が乃衛 を訪ねてきたというのだ。平田は 当時、品川弥二郎とともにドイツ のライファイゼン型協同組合を導 入すべく産業組合法の制定に奔走 していた。ところが法律に先駆け て日本にも協同組合ができていた と知り、乃衛の話しを聞きに来た のだった。乃衛の実践に感動する 平田に 、野良着のままの乃衛は 、 うつむいて恥ずかしそうに答え る 。﹁私どもは何も知りません 。 誰にきいたのでも、教わったので もなく、 ただ人間らしく、 正直に、 正直者が馬鹿を見ると言うことの ない世の中にしたいものだと⋮﹂ 。   どういうわけかこの作品を読む と、私は涙がこみ上げてしかたが ない。何処にも悲しい話しは書い てないし、さして感動的なドラマ も無いのだが、何度読んでも同じ ことなのである。なぜなのかと考 えてみたが、どうも私の原体験の ようなものがあるとしか思いつか ない。それは私の奥深いところに あるようで、自分でもはっきりと は分からないのだが、正直に汗水 垂らして働く無名の人々が何かを 成し遂げる姿に、揺さぶられると ころがあるように思える。そして 自分の生き方や研究テーマは、こ の感情によって強く縛られている と、改めて思うのである。 ︵しげとみ   しんいち/アジア経済 研究所   東南アジア Ⅰ 研究グループ [タイ地域研究・農村社会研究] ︶

4

アジ研ワールド・トレンド No.199 (2012. 4)

参照

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