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特集にあたって (特集 激変する湾岸の安全保障環境)

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) ●政治的変動の過程にある中 東と湾岸地域 二〇〇一年の初頭以来、北アフ リカからエジプト、シリア、イラ クを経て湾岸地域までを含む広大 な中東地域は歴史的な変動期に 入っている。政治的・社会的な激 しい衝突を含むこれらの政治プロ セスに対して、我々はややもすれ ば短期的な視点で ﹁安定的な国﹂ と﹁不安定的な国﹂に色分けして リスクを計算しつつ選択的に関係 をもつような行動をとることにな り勝ちである。 だが中東では一見安定している ようにみえる国や地域でも、文化 的・宗教的な共通性と利害関係の 交錯によってこれまで予想もされ なかった様々な共振現象や伝播現 象が進行する場合が少なくない 。 いわば我々の想像をはるかに超え た複雑な活断層が縦横に走ってい るのである。その意味では湾岸地 域が現在﹁安定している﹂からと 言ってその地域だけに関心を集中 させることは、結果的に少なから ぬリスクを背負い込むことにもな りかねない。 本特集はこうした問題意識のう えに、湾岸地域における安全保障 の問題を現在進行中の中東全体の 政治的変動との関係のなかで考察 するという方針で編んだものであ る。そのため本特集においては湾 岸地域と一見関係がないと思われ る国々の動向にも視野を広げ、そ れらが湾岸地域の安定と発展に とって持つ意味を浮かび上がらせ るように心がけた。 中東のなかでも日本にとって実 際的な関心が最も集中しているの が湾岸地域である。湾岸地域は言 うまでもなく戦後一貫して日本の 経済発展のために石油・天然ガス などの化石燃料を供給してきた訳 であるが、同時にホルムズ海峡に 象徴されるように資源エネルギー の供給にとっては最大のアキレス 腱ともなってきた。それを思い知 らされた最近の事例としては、か ねてからの核協議の停滞に対抗し て二〇一一年一一月のアメリカ ・ イギリス ・ カナダが経済制裁強化 を発動したことにともないアフマ ディネジャード大統領下のイラン 側がにわかに態度を硬化させ、イ ラン革命防衛隊によるホルムズ海 峡の封鎖の可能性が取り沙汰され た直近の﹁湾岸危機﹂が記憶に新 しい。 二〇一一年三月一一日の東日本 大震災にともなう福島原発事故の 発生によって、日本にとって化石 燃料の安定供給の重要性はこれま でになく増している。他方で﹁ア ラブの春﹂以降の中東全域にわた る政治構造の変動のなかで、湾岸 地域の安全保障環境は大きな変貌 を遂げつつある。イランと P 5 + 1 の核交渉が進展中のこの時期に 本誌が湾岸安全保障について特集 を組み、こうした問題の重要性に ついて改めて注意を喚起しようと するのは、以上のような現状認識 に基づいている。 さて湾岸地域は従来域内の大国 であるイランとこれに対峙する G CC ︵湾岸協力会議︶諸国として 比較的単純に捉えられてきた。ペ ルシャ文化を背景にもつイランは アラブ国とは異質であり、また宗 教的にもシーア派イスラームであ るため、これまで GCC 諸国の側 からすれば最も警戒すべき国とし て捉えられてきたのである。だが ﹁アラブの春﹂以来の GCC 諸国 をめぐる内外の環境の変化は、 G CC 構成国側の対応についても 様々な差異と軋轢を表面化させて きている。 ここで二〇一一年初頭以来現在 まで続いている中東における政治 変動を確認しておくと、チュニジ アの若者の焼身自殺をきっかけと する﹁ジャスミン革命﹂として始 まった﹁アラブの春﹂以降、チュ ニジア、エジプト、リビア、イエ メンといった国々で民主化要求運 動の結果次々と体制の転換が起 こった。だが体制転換のあったア

特集にあたって

激変

する

湾岸

安全保障環境

特 集

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特集にあたって ラブ各国でその後の民主化の停滞 が指摘され、とりわけエジプトで はムスリム同胞団系のモルシー大 統領が権力を掌握した後二〇一三 年六月に軍が介入、その後も新憲 法の素案の内容が大幅に変更され るなど混乱が続いている。 また体制転換に至っていない 国々のうちでも﹁アラブの春﹂の 影響で始まった民主化運動が暴力 的に弾圧されたシリアでは事態が 極度に深刻化、イラク、アフガニ スタンなどでは情勢不安定が恒常 化している。 こうしたなかで二〇一三年六月 のイラン大統領選挙で穏健保守派 のロウハーニー大統領が選出され ると、アメリカはかねて懸案だっ たイラン核交渉について外交的な 解決の方向を打ち出し、一一月に はイランと P 5 + 1 の再開核交渉 で暫定合意に達した。こうしたイ ランをめぐる情勢の変化は、この 間のアラブ各国における政治変動 の度重なる暗転劇と引き比べて中 東におけるほとんど唯一の明るい 材料といっても過言ではない。 だが同時にイランと欧米との関 係改善の動きは、湾岸地域におけ る従来の安全保障政策の枠組みの 大きな変更をも意味しており、と りわけ直接関係するイスラエルお よびサウジアラビアの動向には今 後とも注目する必要がある。こう した問題意識から編まれた本特集 であるが、その内容構成を以下に 略述しておこう。 ●広域的 ・巨視的な視点から のアプローチ 本特集ではまず筆頭に清水学氏 の﹁中国と湾岸を結ぶパキスタン﹂ を置いた。湾岸の安全保障といえ ば即座に湾岸アラブ諸国とイラン の対立という域内の構図で捉えよ うとする従来からのステレオタイ プな認識枠組みに、この論稿では 果敢な挑戦を試みている。 この論稿が議論の出発点におい ているのは二〇〇〇年頃から旧ソ 連圏諸国で勃発した ﹁カラー革 命﹂から ﹁アラブの春﹂に至る ユーラシア大陸の歴史的なうねり であり、これが湾岸諸国にとって の﹁安全保障﹂ 問題を改めてクロー ズアップさせることになったとい う当然の問題意識である。だが清 水論稿はここからさらにパキスタ ンの地政的な重要性に目を転じ 、 さらにその構図の中で近年とりわ け存在感を増してきている中国の ﹁新シルクロード経済ベルト﹂構 クウェート       シリア イスラエル キプロス レバノン ヨルダン パキスタン アフガニスタン イラン オマーン カタール バーレーン イエメン エジプト スーダン エチオピア エリトリア ジブチ トルクメニスタン グルジア アルメニア アゼルバイジャン ウズベキスタン タジキスタン 中国 インド イラク サウジアラビア トルコ ギリシャ アラブ首長国 連邦 アラビア海 紅海 カスピ海 地中海 黒海 ホルムズ 海峡 湾岸地域を取り囲む国々(筆者作成)

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) 想に象徴される内陸ルートからの 湾岸地域へのアプローチについて 詳細に検討を加えている。 さらにパキスタンで二〇一三年 五月に実施された中央・州議会選 挙の結果 、同国における ﹁憲政﹂ の定着化が明らかになったこと で、湾岸の安全保障にも新たな要 素が加わっているというのが同論 稿の際立った主張である。 こうした広域的なアプローチに 対しエジプトなどアラブ各国の政 治経済論 ・体制変動論を幅広く 行ってきた池内恵氏の論稿は、主 題的には GCC 諸国に特化した議 論を展開しているものの、その背 景にはエジプト、シリア、イエメ ン、マグレブ各国など他のアラブ 国における近年の政治変動過程と の比較という観点が強く感じられ る。その意味では GCC 諸国を議 論の中心に置いた比較アラブ政治 体制論として読むことができる。 池内論稿はまず GCC 諸国の中 東域内における政治的な台頭の実 態を具体的に跡付け、続いてその 要因を﹁体制の安定性﹂ ﹁経済力﹂ ﹁政治力﹂ ﹁結束﹂ ﹁域外超大国﹂ の五つ挙げて順に検討を加える 。 さらに GCC 諸国の台頭が将来的 に安定するかどうかについて考察 しているが、イラン・アメリカ関 係の改善やアラブ各国の政治的不 安定化、エネルギー需要の変化な どの外的要因により GCC 台頭が 終了する可能性も指摘される。 G CC 諸国が政治的・経済的に台頭 しつつある現状が決して安定的な ものとはいえないことを再認識さ れられる議論である。 ここで湾岸の安全保障の将来に 関して焦点のひとつとなるのがイ ランの核交渉の進展および対米関 係の変化の動きである。イスラエ ル政治を専門とする立山良司氏の 論稿はこの問題に焦点を当てつ つ、湾岸をめぐるイスラエルの安 全保障政策の歴史的推移と現状を 検討している。 立山論稿では最初にイスラエル にとって一九九〇年代半ば以降 、 イランが湾岸地域の安全保障との 関係で最大の関心になってきたこ とを指摘し、その第一の要因が核 開発問題であることを改めて確認 している。論稿はさらにイランの 核開発問題をめぐるイスラエルの これまでの関わりを振り返り、イ ランと P 5 + 1 との間で進行中の 核交渉に関するイスラエルの現状 における基本的な立場を整理して 述べている。 同論稿はその後アメリカ・オバ マ政権の中東戦略全般に対するイ スラエルの懐疑的な姿勢に言及 し、同国がイランとアメリカの関 係改善の動きを強く警戒している 現状を説明するが、同時にその結 論部においてイラン核交渉が包括 合意にまで至った場合にイスラエ ルの安全保障政策に重大な変更が 迫られる可能性があることをも示 唆している。全体としてイスラエ ル自身にとってイランを軸とする 現在の変化が安全保障上の最大の 関心であることが明確に述べられ ているといえよう。 これを受けて松本太氏の論稿 は、中東および湾岸地域における 安全保障上の変化がシーア派対ス ンナ派に代表される﹁宗教対立の 深まり﹂に起因するものであると の視角から、湾岸安全保障に関連 する中東各地の現状を整理しよう としている。 同論稿では最初に湾岸地域の動 向を左右する要因として⑴民主化 運動とイスラム主義運動の相克 、 ⑵シーア派の台頭とスンナ派との 対立、⑶イラン対湾岸アラブ諸国 の対峙、⑷アメリカの中東政策の 変化を挙げ、これらの実態につい て歴史的な検討を加えている。 松本氏は湾岸諸国における﹁ア ラブの春﹂の波及を振り返ったの ち、エジプトとチュニジアでのム スリム同胞団の台頭に代表される イスラム主義勢力の拡大が同地域 にとっていかに衝撃であったかを 説明する。同論稿の後半部ではイ ランと湾岸アラブ国との対立関係 をシーア派対スンナ派の論理を軸 に解説し、同時にサウジアラビア を中心にアメリカへの不信感が増 大している現状を指摘している。 松本論稿 は 最 後 に 湾岸地 域 の 安 全保 障を め ぐ る 展 望と し て ⑴ ﹁ ア ラブ の春 ﹂ の 長 期 的 影 響 、 ⑵ 宗 教 的な対 立 の 増 幅 、 ⑶イ ラ ン 対サ ウ ジの 対 立 関 係 の 変 化 の 可 能 性、 ⑷ アメリ カ の 湾 岸 地 域 へ の 安 全 保 障 上の 関 与 の 継 続 を 列 挙 し た う え で 、 湾岸アラブ地域が抱える最大の課 題としてイランとの緊張関係の抑 制、対米関係の維持、各国の抱え る民主化の動きを列挙している。 総じ て松 本 論 稿 の 議 論 もまた 、 湾岸地 域 の 安 定と 発 展 が 現 状 で は 極め て 不 安 定 な バ ラ ン ス の 上 に 成 立し て い る と いう 現 状 認 識 にお い て 他の 議 論 と 基 本 的 な 認 識 を 一 に す るも の で あ る と い うこ と が で き る 。

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アジ研ワールド・トレンド No.224(2014. 6) 特集にあたって GCC 諸国の現状からのア プローチ 本 特 集の 後 半 の三 本の 論 稿 は 、 ここ ま で の 四 本 と は 議 論 の ベ ク ト ル が 異 な り 、 専 ら 湾 岸 ア ラブ国 の側 の安 全 保 障にかかわ る 論 理 と そ の 背景を 検 討す る 内 容 に な っ て い る 。 まず福田安志氏の論稿である が、最近の湾岸地域における安全 保障の変化に対するサウジアラビ アの立場を詳細に検証している 。 同論稿は冒頭において現在のサウ ジアラビアの安全保障問題が﹁イ ランの脅威﹂への対応を中心にし たものであると指摘し、またその こととの関わりでサウジの外交関 係の基軸である対米関係にも揺ら ぎが生じているとしている。 同論稿ではペルシャ湾を挟んで イランと対峙してきたサウジアラ ビアの軍に関わる独自の考え方を 紹介しており、そのなかでとりわ け王国であるサウジアラビアが クーデターの危険性を回避するた めにアメリカの軍事力に依存して きた構造を指摘している。またそ の見返りとしてサウジアラビア は、原油とマネーの分野でアメリ カの財政を支える役割をも果たし てきた。 福田氏によれば、仮にアメリカ とイランの核交渉が進展した場 合、サウジアラビアの安全保障環 境が脅かされる懸念はサウジ側に 強いものの、安全保障と原油・マ ネーを軸としたサウジとアメリカ との関係が急激に変化することは 考えにくく、また将来的にイラン の核疑惑が払拭されればサウジ側 のイランに対する警戒感も弱まる ことが期待されるという。 次に村上拓哉氏の論稿は、地域 協力機構としての GCC の最近に おける役割の変化とそこで明らか になってきた各国間の ﹁不協和音﹂ について論じたものである。 村上氏は﹁アラブの春﹂が GC C 諸 国に国内問題の重要性を認識 させその団結を促したとしつつ 、 二〇一一年一二月にサウジが提案 した﹁連合﹂化構想にはオマーン などが反対、二〇一二年一一月の 安全保障協定についてもクウェー トが批准しておらず、その後のイ ラン核交渉の進展などでも GCC 諸国間で不協和音が表面化してき たとして、その背景にある各構成 国の個別的な事情について解説し ている。 また今年三月のサウジ等三カ国 による駐カタール大使召還問題に ついて経緯を説明した後 、﹁ GC C 諸国が 、 GCC の機能を強化 させようとするサウジアラビア 、 バーレーン、 U A E と、様々な事 情から強化に賛成できないカター ル、クウェート、オマーンに二分 されたことは 、ある意味象徴的﹂ であるとして GCC 内部の各国の 立場の違いについて総括し、その うえで基本的に GCC 内の協力関 係は今後とも漸進的に進展するで あろうと結論付けている。 最後に近藤重人氏の論稿である が 、これは湾岸の石油生産国に とってエネルギー需要 0 0 の安全保障 こそが重要であるという点をまず 指摘し、そのうえで各国の﹁財政 安全保障﹂という新たな概念を用 いて石油・天然ガスからの収入に 大きく依存する湾岸アラブ諸国の 安全保障政策のあり方を検証しよ うとするものである。 近藤氏によれば、安全保障とい う言葉は長らく軍事的な脅威から 国の安全を確保するという意味で 用いられてきたが、近年ではこの 用語のおよぶ範囲が著しく拡張し てきており 、﹁国の生存が危険に さらされない程度の歳入が確保さ れている状態﹂に関わる新たな概 念として﹁財政安全保障﹂という 用語を採用したいという。 近藤論文の後段では第二次世 界大戦後のサウジアラビアとク ウェートに焦点を絞り、歴史の節 目々々における国際的な石油取引 の安定化への努力を跡付ける。最 後に最近の金融機関やヘッジファ ンドの参入などによる湾岸諸国の 財政基盤の不安定化を指摘し、財 政安全保障という観点からの考察 の必要性を強調している。 本特集は以上のように諸処の激 変する環境のもとに置かれている 湾岸の安全保障問題について将来 的な展望を得るために、湾岸の周 辺地域の政治経済を専門とする中 東研究者による大局的な議論を特 集の前段に置き、つづく後段には 湾岸アラブ研究者のより専門性の 高い分析を配することとした。ま た湾岸安全保障を論ずる場合には 地域研究の視点だけでなく資源エ ネルギーの観点からの議論も不可 欠であることは承知しているが 、 本特集においては中途半端に議論 を拡散させるよりも地域研究およ び政治経済的な分析に集中し、 そ のこ とに よ っ て二〇 一 一 年 の ﹁ ア ラブ の春 ﹂以 降 の 変 化 の特 質 を 浮 かび 上 が ら せ る べ く 力 を傾 注した 。 ︵すずき   ひとし/アジア経済研究 所  地域研究センター︶

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