被虐待児における海馬の萎縮とニューロン新生にむ
けて : 脳と教育
著者
柏原 恵龍
雑誌名
研究論集
巻
79
ページ
111-129
発行年
2004-02
URL
http://doi.org/10.18956/00006306
被 虐 待 児 に お け る:海馬 の 萎 縮 と ニ ュ ー ロ ン新 生 に む け て
脳 と教 育柏
原
恵
龍
1.は じ め に 今 まで 教 育 に 関 連 して 生 じて きた 問 題 は そ の時 々に 深 刻 で あ った け れ ど も、1990年 代 に 次 々 に 生 じた 問 題 は そ れ な りの対 応 が で き ない ま ま、 よ り過 激 な事 件 へ と広 が って い った 。 学 校 で は 落 ち こぼれ 、 不 登 校 、 い じめ 、非 行 のみ な らず 、 「殺 人 以外 は 何 で もあ り」 と言 わ れ る よ う に な り、 そ の後 急 速 に 先 鋭 化 して 、 殺 人 さえ も起 こ るに 至 った 。 一 方 家 庭 で は 、 子 供 の 自殺 、 ひ き こ も り、 家 庭 内暴 力 、 祖 父 母 や 母 親 殺 し、 そ して 父 親 が 子 供 を 殺 害 せ ざ るを え ない 事 態 に な った 。 学 校 や 家 庭 に お け る これ ら の問 題 は 、 社 会 を ぬ きに して は 考 え られ ず 、 戦 後 の経 済 的 、 社 会 的 変 動 の中 で 地 域 社 会 を な く し、 孤 立 した 家 庭 の悲 劇 とい わ れ て きた 。 こ の過 程 で 、 他 人 の立 ち入 る場 所 で は ない と され て きた 家 庭 に 社 会 の 目が 向け られ る よ うに な り、 子 供 の引 き起 こす 多 様 な問 題 と共 に 、 親 の子 供 に 対 す る虐 待 、 そ して 子 殺 しの記 事 が しば しば マ ス コ ミを に ぎわ す よ うに な って きた 。 児 童 相 談 所 に お け る児 童 虐 待 の処 理 件 数 は 、1990年 のllOl件 か ら2000年 度 に は1万7725件 と 急 増 し、 そ して2000年 に は 児 童 虐 待 防 止 法 が 施 行 され るに 至 った 。90年 度 の虐 待 の数 値 はllOl 件 と少 ない が 、 子 供 へ の虐 待 は 潜 在 して お り、 児 童 相 談 所 の相 談 員 は 、 子 供 を 連 れ て くる母 親 が 訴 え る 内容 は と もか く、 子 供 のや け ど、 怪 我 、 骨 折 な ど の位 置 関 係 が 、 母 親 の事 情 説 明 とは そ ぐわ ぬ 事 例 が 多 々あ り、 背 後 に 想 像 を 超 え る虐 待 の存 在 を 感 じて い た 。 児 童 虐 待 は 日本 で 公 式 に は 年 間1611件 しか なか った と され る1993年 度 に 、 人 口が 日本 の半 分 の英 国 で 約4万 件 、2 倍 の米 国 で230万 件 で あ った。 法 務 総 合 研 究 所(2001)の 調 査 に よれ ば 、 少 年 院 中 間 期 在 院 少 年2354名 中被 虐 待 経 験 者 は ll25名 で あ り、50%弱 を 占め て い る。 被 虐 体 験(身 体 的 虐 待 、 性 的 虐 待 、 ネ グ レ ク ト、 心 理 的 虐 待)を 類 型 別 に 見 る と、 身 体 的 虐 待 が 最 も多 く80%を 超 え て お り、 非 行 少 年 は 一 般 少 年 と比べ て 被 虐 体 験 、特に身体的虐待を受けて きた ものが高率を 占めてい る。松本(2003)に よ る と、 「これ ら の収 容 少 年 は 虐 待 に よ り情 緒 障 害 を 示 す ケ ー スが 多 く、 殺 人 、 強 盗 、 放 火 な ど重 大 非 行 を 行 って い る こ とが 多 い 。 彼 らは 身 体 的 虐 待 に よ って 強 い 苦 痛 や 恐 怖 感 を 惹 起 し、 これ らを 意 識 的 、 無 意 識 的 に 抑 圧 し、 自罰 的 に 合 理 化 して 虐 待 に 耐 え て きた が 、 無 力 感 や 劣 等 感 と な っ て 長 く彼 らを 悩 ませ て い る。 思 春 期 に な り、 自我 の高 揚 と共 に 自分 の受 け た 虐 待 の不 合 理 性 に 気 づ き、 強 い 敵 意 や 攻 撃 感 情 を 意 識 化 す る。 重 大 非 行 は これ ら の強 い 情 動 発 散 の形 と して 行 わ れ 、 こ の こ とに よ って か ろ う じて 自我 の崩 壊 を 防 い で い る ので あ ろ う」 とい う。 2003年 半 ば か ら、 北 海 道 のチ ー ムに よ りあ る地 域 の子 供 全 体 を サン プル に 、 子 供 の うつ 病 の 実 態 調 査 と早 期 発 見 の試 み を す る動 きが あ るけ れ ど も、 子 供 の こ の よ うな症 状 も例 外 的 な こ と で は な くな っ て きた こ とを 意 味 して い る。 何 か の 原 因 に よ って 動 物 体 に 引 き 起 こ され る生 物 的 ・非 特 異 的 な緊 張 した 状 態 を ス トレス とい う。 緊 急 反 応 期 に お い て ス トレスは 個 体 に 望 ま し い 自律 神 経 系 、 内分 泌 系 、 お よび 行 動 系 の変 化 を 起 こす け れ ど も、 ス トレスが 繰 り返 され た り、 程 度 が 過 度 で あ った り、 個 体 側 に 脆 弱 性 が 存 在 す る と、 逆 に 個 体 に 不 利 益 な反 応 を もた らす よ うに な る。 子 供 の うつ 病 、 気 分 障 害 、 摂 食 障 害 、 パ ニ ッ ク障 害 な ど、 さ ま ざ ま な ス トレス状 況 の解 明が 期 待 され る。 本 稿 の主 な る 目的 は 、 まず 幼 少 期 か ら虐 待 を 受 け 続 け て きた 被 虐 待 児 の心 や 脳 へ ど の よ うな 影 響 が 及 ん で い る のか 見 極 め る こ とで あ る。 そ して 次 に 、 症 状 の改 善 のた め の可 能 な手 が か り を 考 え る こ とで あ る。 *な お論文題 目の 「被虐待児」は、発覚 し、治療を受け る段階ではすでに幼児 ・児童期を過 ぎてい る場合が多いけれ ども、幼児 ・児童期におけ る被害の影響が大 きい ことか ら、被虐待児 と言 うこ とにす る。 1.外 傷 後 ス ト レ ス 障 害(PTSD) 1)ト ラ ウ マ 心 的 外 傷 後 ス トレス障 害(PTSD:PostTraumaticStressDisorder)と い う診 断 名 が 、 精 神 疾 患 の診 断 ・統 計 マ ニ ュア ル(DSM-III)に 採 用 され て20年 あ ま り経 った 。 これ が精 神 医 学 の 診 断 体 系 に 採 用 され た のは 、 泥 沼 に 陥 った ベ トナ ム戦 争 が き っか け で あ った 。 ベ トナ ム帰 還 兵 の中 に 心 の病 が 目立 ち、 頭 痛 、 不 眠 、 記 憶 障 害 に 悩 み 、 犯 罪 や アル コ ール 中 毒 に 陥 った 帰 還 兵 の様 子 か ら、 激 しい 戦 闘 や こ こ ろ の痛 み に よ る影 響 を 認 め ざ るを え なか った 。 我 国 に お い て も 90年 代 、 阪神 淡 路 大 震 災 や 地 下 鉄 サ リン事 件 な どの 災 害 や 犯 罪 の犠 牲 者 でPTSDが 問題 に な った 。DSM一]〉 に よるPTSD症 状 は 、 ① 再 体 験 症 状 、 ② 回避 症 状 、 ③ 覚醒 昂進 症 状 の 三 つ の グル ー プか ら構 成 され るが 、強 い恐 怖 を伴 う体 験 が もた らす ス トレス で あ る。こ の三 つ の グル ー プ の症 状 が 一 ヶ月 以 上 に わ た って 持 続 し、 そ れ に よ って 主 観 的 苦 痛 や 生 活 機 能 ・社 会 機 能 に 明
らか な支 障 が認 め られ た 時 にPTSDと 診 断 され る。 これ は 交 通 事 故 、 犯 罪 、 家 庭 内 暴 力 、 性 暴 力 、 児 童 虐 待 な ど の被 害 者 、 学 校 で は 校 内暴 力 や い じめ な ど の被 害 者 に か か わ る問 題 で あ る。 2)児 童 虐 待 災 害 や 事 故 に よるPTSDは 、 基 本 的 に は一 回 限 りの 異 常 な 出来 事 が 原 因 で あ り、特 別 な事 情 に よ って 生 じる こ とが 多 い 。 しか し発 達 途 上 の子 供 の場 合 、 心 身 の安 全 や 安 心 が 脅 か され る 虐 待 の中 で 長 い 年 月 を 送 る こ とに な り、 感 情 の調 整 不 全 や 自我 機 能 の収 縮 な ど、 複 雑 な影 響 を 与 え る こ とに な る。 人 格 形 成 の早 い 段 階 か ら極 端 な ス トレスに さ ら され る と、 認 知 レベ ル 、 情 動 レベ ル 、 身 体 レベ ル の障 害 を 生 み 、 また 自己 破 壊 的 行 動 、 摂 食 障 害 、 自傷 行 為 、 薬 物 乱 用 、 解 離 性 同 一 性 障 害 な ど の 診 断 を 受 け る 青 年 に 幼 い 頃 の 心 的 外 傷 体 験 が み られ る こ とが 多 い (Herman,Perry&vanderKolk,1989)。 これ らに 共 通 して 言 え る こ とは 、 こ こ ろが 今 まで の 認 知 の枠 組 み に そ の恐 ろ しい 体 験 を 調 和 させ る こ とが で き な くな り、 意 志 、 あ るい は 意 識 の支 配 か ら切 り離 され る解 離 が 多 くな る こ とで あ る。 多 重 人 格 とい わ れ て きた こ の解 離 性 同一 性 障 害 の基 本 的 で主 な る特 徴 は 、DSM]V'に よ る と2つ また はそ れ 以上 の他 と区別 され るは っ き り した 人 格 状 態 の存 在 で 、 そ れ らが 反 復 的 に そ の人 の行 動 を 制 御 して い る。 そ の人 は 、 重 要 な個 人 的 情 報 の想 起 が 不 能 で あ り、 普 通 の物 忘 れ で は 説 明で き ない ほ ど強 い 。 同一 性 、 記 憶 、 お よ び 意 識 の様 々 な側 面 に お け る統 合 の失 敗 を 反 映 して い る。 各 々 の人 格 状 態 は 、 別 々 の名 前 を 持 ち、 全 く別 の個 人 と して 自己 像 、 同一 性 を 持 って い るか の よ うに 思 わ れ る こ とが あ る。 通 常 、 そ の人 の名 前 を 持 つ 、 受 身 的 で 、 依 存 的 で 、 罪 深 く、 そ して 抑 うつ 的 な第 一 の 同一 性 が 存 在 す る。 別 の 同一 性 は しば しば 別 の名 前 を 持 ち、 第1の 人 格 とは 対 照 的 な特 徴 を 持 って い る。 い わ ば 、 意 識 、 記 憶 、 同一 性 あ るい は 環 境 に つ い て の知 覚 とい った 通 常 統 合 され て い る機 能 の破 綻 で あ る。 解 離 性 同一 性 障害 は1980年 代 までPTSDに 含 まれ て い な か った が 、 解 離 に つ い て の 研 究 が 増 加 す る中 で ひ とつ の安 定 した 見 方 が 現 れ て きた 。 そ れ は 心 的 外 傷 体 験 の瞬 間 に 生 じる解 離 現 象 が 、 慢 性 的 なPTSDに 進 展 す る こ とを予 測 させ る唯 一 の 重 要 な 因子 に な る こ とが わ か って きて 、 子 供 の頃 の深 刻 な心 的 外 傷 体 験 とそ れ に 伴 う解 離 障 害 の 出現 の関 係 が 次 第 に 明 らか に な って きた こ とで あ る。 小 児 期 の心 的 外 傷 、 中 で も虐 待 が 重 要 な病 因 で あ り、 心 的 外 傷 を 受 け な が ら 自己 を 維 持 し、 生 き のび て ゆ くた め に 小 児 期 か ら解 離 の機 制 を 酷 使 し、 そ の結 果 と して 交 代 人 格 を 作 り出 した も の と考 え られ て い る。 解 離 性 同一 性 障 害 は 米 国 で は 年 間1000名 以 上 の報 告 が あ るが 、 日本 で は 非 常 に 稀 な病 で あ る。 しか し感 情 障 害 、 人 格 障 害 、 不 安 障 害 、 統 合 失 調 症 、 そ の他 の病 名 が つ け られ て い る もの も多 い と考 え られ て い る。Saxeら(1993)は 、 精 神 科 入 院 患 者 の15%が 解 離 性 同一 性 障 害 を 示 して い る、 とい う。
2.ス ト レ ス と 神 経 細 胞 死 1)PTSDと 海 馬 の 萎 縮 Fig.1.は 大 脳 辺 縁 系 を 左 前 方 向 か ら見 た も の で あ る。 海 馬 や 扁 桃 体 は左 右 に あ るけ れ ど も、 図 は左 側 だ け を示 して い る。Bremner(1999)に よる と、PTSDを 抱 え る ベ トナ ム帰還 兵 の 患 者 をPTSDに 罹 患 して い ない 正 常 な統 制 群 と比較 した と こ ろ、 右 側 海 馬 の体 積 が 小 さか っ た 。Gurvitzら(1996)は 、最 も激 しい戦 闘 を体 験 し最 重 度 のPTSDを 示 して い るベ トナ ム帰 還 兵 を 、 戦 闘 を 目撃 した が 症 状 の ない 帰 還 兵 と比 較 した と こ ろ、 左 側 の海 馬 に 平 均26%の 縮 小 が あ り、 右 側 で は22%の 縮 小 が あ った 。 海 馬 の縮 小 は 神 経 細 胞 の消 失 の可 能 性 を 示 唆 して い る が 、 こ の消 失 が 樹 状 突 起 の萎 縮 の結 果 な のか 、 そ れ と も細 胞 の死 滅 か ら くる のか 、 今 の と こ ろ 不 明 で あ る 。Bremnerら(1995)の 研 究 対 象 とな った 帰 還 兵 を 、年 齢 お よび 学 歴 が 同程 度 の 健 康 な人 と比 べ る と、 言 語 性 記 憶 検 査 で40%程 度 低 い 結 果 を 示 した 。 これ は海 馬 がPTSDで 萎 縮 した た め と考 え られ るが 、 逆 に 海 馬 が 小 さい か らPTSD症 状 を 示 す よ うに な った と も考 え られ る。 しか し現 在 の段 階 で 最 も妥 当 性 の高 い 説 明は 、 海 馬 に 対 して 有 害 な作 用 を 及 ぼ す と 思 わ れ る コル チ ゾン(一 般 名 は グル コ コル チ コイ ド:脊 椎 動 物 の副 腎 皮 質 で 精 製 され る ス テ ロ イ ドホル モン 、 主 に 糖 質 の代 謝 に 作 用 す る)の 濃 度 が 高 ま る こ とに よ って 海 馬 が 縮 小 した 、 と い うも ので あ る。 Bremnerら(1997)は 、 帰 還 兵 の 知 見 が そ れ 以外 の 対 象 に も当 て は ま る のか 否 か を 見 よ う と して 、 幼 少 時 に ひ どい 身 体 的 また は 性 的 虐 待 を 受 け た 患 者 を 対 象 に 調 べ た と こ ろ、 同 じ型 を 示 す 記 憶 の欠 陥 と海 馬 の体 積 減 少 を 見 出 した 。 海 馬 の萎 縮 は 左 側 の方 が 顕 著 で12%の 減 少 を 示 した 。 幼 少 時 に ひ どい 身 体 的 ま た は 性 的 虐 待 を 経 験 し、PTSDの あ る男 女17人 の成 人 海 馬 の 大 き さをMRIで 測 定 して 、 年 齢 、 性 、 利 き手 、 人 種 、 教 育 年 数 、 アル コ ール 乱 用 な どを 考 慮 した 個 別 に適 合 させ た健 全 な 対 象17人 と比 較 した。 虐 待 を 受 け たPTSD患 者 は左 側 海 馬 に12 %の 体 積 減 少 が あ り統 計 的 に有 意 な差 が あ った が、 右 側 海 馬 体 積 の3.8%減 少 は有 意 で な か っ た 。 こ の研 究 で 側 頭 葉 、 尾 状核 、 扁 桃 体 の体 積 は 比 較 群 と の間 に 差 は なか った 。 Steinら(1997)は 、 左 側 海 馬体 積 を 、 性 虐 待 を 受 け た 女 性21人 につ い て虐 待 を 受 け て い な い 女 性21人 と比 較 を した 。 そ の結 果 、 被 虐 待 群 は 海 馬 だ け に 統 計 的 に 有 意 な5%減 少 を 示 し、 体 積 減 少 は 短 期 記 憶 障 害 の程 度 と相 関 が あ った 。DeBellisら に よ る と、 性 的 な虐 待 を 受 け た 女 性 は 、 注 意 、 記 憶 、 精 神 集 中 な ど の問 題 と共 に 、 コル チ コ ス テ ロイ ド(脊 椎 動 物 の副 腎 皮 質 か ら分 泌 され る ス テ ロイ ドホル モン の総 称)お よび 甲状 腺 の機 能 を 中 心 と した 神 経 内分 泌 系 の障 害 を 起 こ して い る(vanderKolkら 、1996よ り引 用)。 この よ うに 、慢 性 的 なPTSDの 状 態 に あ る患 者 で 海 馬 体 積 の減 少 が 確 か め られ て い るが 、 こ の こ とが 行 動 異 常 の一 部 を 説 明 して い る のか も しれ ない 。 動 物 の場 合 に は 海 馬 機 能 の弱 体 化 が 行 動 上 の抑 制 に つ なが る。 つ ま り海 馬 の
記 憶 容 量 が 少 な くな る と、 入 力 刺 激 に 対 して 認 知 ・記 憶 の容 量 に 余 裕 が ない た め に 緊 急 反 応 を 要 す る も の と短 絡 的 に 解 釈 し、 「闘争 か 逃 走 か 」、 あ るい は 「戦 うか 逃 げ るか 」 とい う極 端 な反 応 に な りや す い と考 え られ て い る。 2)ス トレ スに よ る海 馬 の 萎 縮 Unoら(1989)は 、 ケ ニ ヤ霊 長 類 研 究 所 で 偶 然 に お きた 重 度 な社 会 的 な ス トレス 〔農 作 物 被 害 のた め 捕 獲 して 、 霊 長 類 研 究 所 に 送 った 当 初 健 康 で あ った のに 死 ん だ サ ル に 、 傷 や 他 のサ ル の犬 歯 に よ る刺 し傷 が 無 数 に あ った 。 しか し死 ぬ 頃 に は 傷 は ほ とん ど治 癒 して い た ので 噛 み 傷 が 死 因 で は ない と考 え られ 、 また 死 亡 した サ ル に は す べ て 胃潰 瘍 や 分 泌 充 進 のた め 肥 大 した 副 腎 、 腸 炎 、 免 疫 不 全 とい う典 型 的 な ス トレス の影 響 が 見 られ た こ とか ら、 これ ら のサ ル た ち は 重 度 な社 会 的 ス トレスに よ って 死 ん だ 階 層 的 に 下 位 のサ ル で あ った と結 論 づ け た 〕 に よ って 死 亡 した 下 位(階 級)の ミ ド リザ ル の 海 馬 を 調 べ た 。 海 馬CA3(CornuAmmonis3)領 域 の垂 体 細 胞 に、 安 楽 死 させ た もの と比 べ て 顕 著 な 萎 縮 と細 胞 数 の減 少 がみ られ 、CA1とCA 2領 域 に も萎 縮 が見 られ た もの のCA3程 で は な く、 歯 状 回 に は 異 常 が なか った こ とを 報 告 し て い る。Watanabe(1992)は 、 ラ ッ トに21日 間 の拘 束 ス ト レス を与 え た と ころ 、 海 馬CA3 で 樹 状 突 起 が 減 少 し、 そ の結 果 海 馬 が萎 縮 した こ とを確 認 して い る(神 庭 ら、2002よ り引 用)。 CA3に お け る樹 状 突 起 の 萎 縮 は 、 短 期 記 憶 能 力 と相 関 す る こ とが 確 か め られ て お り、 人 の PTSDと 共 通 して い る こ と も興 味 深 い 。 また グル タ ミン酸 受 容 体 の 一 つ で あ るNMDA受 容 体 を 遮 断 す る と、 ス トレス に よる海 馬CA3領 域 の萎 縮 を抑 制 し、 この こ とか ら グル コ コル チ コ イ ドが カル シ ウ ムイ オン の流 入 を 介 して 神 経 細 胞 死 を 引 き起 こす 。 こ の よ うに 、 心 理 社 会 的 ス トレスが 主 にCA3領 域 の垂 体 細 胞 に 影 響 を 与 え る こ とに よ って 海 馬 が 萎 縮 す る ので あ る。 Ishidaら(1997)に よ る と、 トリメチ ル ス ズを 用 い た 海 馬 障 害 ラ ッ トは2相 性 の過 程 を と り、 第1相 は 歯 状 回 穎 粒 細 胞 の障 害 に 代 表 され る一 過 性 の変 化 で あ り、 興 奮 性 の充 進 、 行 動 異 常 、 免 疫 一 内分 泌 異 常 な どを 引 き起 こ し、 第2相 は 垂 体 細 胞 障 害 に 代 表 され る長 期 に わ た って 進 行 しつ づ け る不 可 逆 的 過 程 で あ り、記 憶 障 害 に 関 与 して い る、とい う。血 中 の コル チ コ ス テ ロン ・ コル チ ゾール 値 が 上 昇 す る と海 馬 の錐 体 細 胞 は変 性 を起 こ して 死 滅 す る。特 にCA3の 領 域 に お い て 著 しい 。 逆 に 副 腎 機 能 が 傷 害 を うけ 、 コル チ コ ス テ ロン ・コル チ ゾール 値 が 低 値 を 示 す よ うな状 況 に な る と、 海 馬 で は 歯 状 回 の穎 粒 細 胞 が 障 害 を 受 け る。 グル コ コル チ コイ ドは 歯 状 回 の穎 粒 細 胞 の生 存 に 重 要 な ス テ ロイ ドな ので あ る。
3.海 馬 の 構 造 と機 能 1)海 馬 の 構 造 海 馬 は 大 脳 側 頭 葉 の中 に 埋 もれ て い る大 脳 皮 質 の一 部 で あ る。 運 動 ・感 覚 ・高 等 な精 神 活 動 を つ か さ ど る大 脳 新 皮 質 に 対 して 古 い 皮 質 で あ り、 大 脳 原 皮 質 と も呼 ば れ る。 左 右 半 球 に 一 つ ず つ あ り、 弓 な りの 円形 を して い る。Fig.2は ラ ッ トの海 馬 で あ る が 、横 線 は穎 粒 細 胞 層 を 示 し、 点 は 錐 体 細 胞 層 を 示 して い る。 大 脳 新 皮 質 は6層 構 造 で あ るが 海 馬 は 単 純 で あ り、 穎 粒 細 胞 と錐 体 細 胞 の2つ の細 胞 層 か ら な って い る。 穎 粒 細 胞 層 は 海 馬 の入 り口で あ る歯 状 回 と呼 ば れ る部 分 に あ り、 穎 粒 細 胞 が 密 に 並 ん で い て 、 様 々 な知 覚 情 報 を 受 け 取 る細 胞 層 で あ る。 海 馬 に は 大 脳 皮 質 か ら様 々 な知 覚 情 報 が 嗅 内野 を 経 て 海 馬 に や って くるが 、 そ の入 力 信 号 は こ の穎 粒 細 胞 の樹 状 突 起 で受 け 取 られ 、 細 胞 体 か ら軸 索 を通 って錐 体 細 胞CA3に あ る錐 体 細 胞 樹 状 突 起 に 伝 え られCA1に 向か う。 この歯 状 回 に あ る穎 粒 細 胞 は発 生 して か ら変 化 せ ず 、 か な り 長 い 間 未 熟 な ま まで あ るが 、 こ の過 程 で 何 が 起 こ って い る のか わ か って い ない 。 外 界 か ら入 って きた 感 覚 情 報 を 記 録 す る回 路 の構 成 や 情 報 の流 れ 方 が 、 近 年 次 第 に 明 らか に な っ て きた 。Fig.3は 、 感 覚 器 官 か ら海 馬 へ 、 そ して周 辺 領 域 の情 報 伝 達 の経 路 を 示 す 、 い わ ゆ るパ ペ ッツ の回 路 で あ る。 視 覚 ・聴 覚 な ど各 感 覚 器 官 か ら の知 覚 情 報 は 大 脳 皮 質 感 覚 連 合 野 で 分 析 され 、 海 馬 か ら扁 桃核 や 帯 状 回 を 結 ぶ 情 報 伝 達 経 路 を 示 して い る。 2)海 馬 の 機 能 海 馬 損 傷 に よ る記 憶 障 害 の よ く知 られ た 代 表 的 な 症 例 と して 、HMの 症 例 が あ げ られ る。 こ のHMの 記 憶 障害 は モン トリオ ール 神 経 学 研 究所 の ミル ナ ーに よ って詳 し く調 べ られ た 。 9歳 時 に 自転 車 に よ る衝 突 事 故 で 重 症 の テン カン 発 作 が 始 ま り、27歳 時 に 海 馬 を 含 む 左 右 側 頭 葉 の一 部(海 馬 の 前2/3・ 扁 桃 体 ・海 馬 傍 回)を 除 去 した。 テン カン 発 作 は お さ ま り、 知 能 指 数 に 特 別 な影 響 は なか った が 、 重 症 の記 憶 障 害 が 起 こ った 。10才 か ら20才 代 前 半 の記 憶 は 良 い の に、 手 術 前3年 間 の部 分 的 な記 憶 障 害 が見 られ た 。 古 い記 憶 が 失 な わ れ て い な い とい うこ とは 記 憶 が 海 馬 体 に 貯 蔵 され る ので は ない こ とを 意 味 す る。 手 術 直 前 数 ヶ月 の記 憶 は ほ ぼ 完 全 に 失 わ れ て い た こ とか ら、 これ は 新 しい 記 憶 が 海 馬 体 内に しば ら く留 ま った 後 、 長 期 記 憶 と し て 次 第 に 他 の部 位 に 転 送 され て 貯 蔵 され る ので あ ろ う。 重 症 な のは 術 後 の記 憶 で あ り、 手 術 後 の こ とを ほ とん ど覚 え て は い な か った(前 向性 健 忘)。 医 師 や看 護 師 の 顔 も覚 え られ ず 、 手 術 後 引 っ越 した 家 の場 所 も覚 え られ なか った 。 だ が 非 常 に 短 い 短 期 記 憶 の能 力 は 保 た れ 、 幾 つ か の数 字 を 数 分 間 覚 え る こ とは 可 能 で あ った が 、 注 意 を そ らす と忘 れ て しま った 。 こ の こ とは 、 海 馬 が 過 去 の記 憶 を 貯 蔵 す る部 位 で は ない け れ ど も、 記 憶 の形 成 過 程 に 重 要 な働 きを して い る こ とを 示 して い る。 サ ル で は 記 憶 が 海 馬 体 内に 止 ま る期 間 は 約1ケ 月 間 、 ラ ッ トで は2週 間 程
度 で あ る。 学 習 ・記 憶 過 程 に お い て 重 要 な こ とが 、 こ の海 馬 神 経 回 路 を 一 周 す る間 に 起 こ って い る と考 え られ るが 、 前 述 の よ うに 学 習 ・記 憶 の過 程 で 海 馬 の神 経 回 路 網 の 内に 何 が 起 こ って い る のか は 正 確 に は わ か って い ない 。 海 馬 ニ ュー ロン の性 質 を 調 べ る電 気 生 理 学 的 実 験 で は 、 あ る種 の 刺 激(高 頻 度 刺 激)を 与 え る と、 そ の刺 激 を 受 け た ニ ュー ロンは 準 備 電 位 と な る シ ナ ップ ス電 位 を あ る期 間 生 じて発 火 しや す い よ うに備 え て い る。 この 現 象 を 長 期 増 強(LTP:longterm potentiation)と よぶ 。 知 覚 情 報 が 入 って くる と ニ ュ ー ロン とニ ュー ロン を 結 ぶ シナ ップス 部 位 に 機 能 的 ・構 造 的 な変 化 が 生 じて 、 知 覚 刺 激 が な くな った 後 も神 経 回 路 網 に そ の変 化 が 残 る と考 え られ て い る。 外 界 か ら の知 覚 刺 激 に よ って シ ナ ップ スに 変 化 が 起 き、 そ の変 化 が 残 る こ とを 「シ ナ ップ ス の可 塑 性 」 と呼 ぶ 。 ニ ュー ロン レベ ル の電 気 生 理 学 的 な現 象 は 実 際 の学 習 ・ 記 憶 と ど の よ うに 結 び つ い て い るか に つ い て は 不 明 な点 も多 い が 、 現 在 の研 究 者 の多 くは 、 電 気 生 理 学 的 な現 象 も含 め て 、 ニ ュー ロン水 準 で の可 塑 性 が 基 に な って 学 習 ・記 憶 が 成 立 して い る と考 え て い る。 4.大 脳 に お け る ニ ュ ー ロ ン 新 生 1)マ ウ スの 海 馬 に お け るニ ュ ー ロ ン新 生 従 来 、 成 熟 した 脳 に お い て ニ ュー ロンが 新 生 す る こ とは ない と考 え られ 、 こ の神 経 の基 本 単 位 で あ る ニ ュー ロンに つ い て 次 の よ うに 考 え られ て きた 。 ① 脊椎 動 物 の脳 の ニ ュー ロンは 胎 生 期 に 新 生 す る。② 将 来 ニ ュー ロンに な る細 胞(神 経 幹 細 胞)が 分 裂 ・増 殖 した 後 に 新 しい ニ ュー ロンが 分 化 ・発 生 す る。 ③ 成 体 の脳 で は ニ ュー ロン の新 生 は 起 こ ら ない 。 ④ 病 気 や 損 傷 に よ っ て 失 わ れ た ニ ュー ロンは 再 生 され ない 。 ⑤ 学 習 過 程 で ニ ュー ロンが 新 生 す る こ とは な く、 す で に 存 在 して い る ニ ュー ロン ど う しの シ ナ ップ ス結 合 部 分 に 変 化 が 生 じる。 これ が1990年 代 半 ば 以 前 の神 経 生 理 学 の常 識 で あ った 。 これ は19世 紀 末 に ノ ーベ ル 賞 を 受 賞 した 神 経 解 剖 学 の権 威 で あ る ラモ ニ ・カハ ール が 、 「発 達 過 程 の脳 神 経 細 胞 の標 本 を観 察 して も新 た に分 裂 して 出来 た 細 胞 は 見 当 た ら なか った 」 と報 告 した こ とを ほ とん ど の人 が 信 じて きた 。 しか しAltman& Das(1965)は 成 熟 ラ ッ トの海 馬 で ニ ュー ロン が 新 生 し、 新 生 部 位 は海 馬 の歯 状 回 で あ る こ と を 報 告 して い た 。 だ が 多 くの研 究 者 は 、 成 熟 した 哺 乳 類 で も神 経 が 再 生 す る とい うこ とに 関 心 を 示 さ なか った 。 そ して 一 世 紀 も の長 い あ い だ カ ハ ール の見 解 が 信 じられ 、 定 説 と され て きた の で あ る。 しか し21世 紀 直 前 、 ゲ ー ジ達 の グル ー プ は 、 マ ウ ス成 体 脳 の歯 状 回 で ニ ュ ー ロン (穎粒 細 胞)が 新 生 して い る こ とを 見 つ け た 。 Kempermannら(1997)は 、 成 熟 マ ウス の生 活 改 善 を す る と、 し な い マ ウス よ り60%も 多 くの穎 粒 細 胞 を 海 馬 のCA3の 前 に位 置 す る歯 状 回 に生 み 出 す こ とを 明 らか に した 。 こ の効 果
は 若 年 マ ウ スに は 及 ば ない け れ ど も、 老 齢 マ ウ スで も ニ ュー ロン新 生 が 促 進 され 、 学 習 能 力 が 向上 す る こ とを 明 らか に した 。 現 在 知 られ て い る こ の限 られ た 脳 の部 分 は 、 嗅 覚 に 関 係 す る嗅 球 と、 学 習 ・記 憶 の成 立 に 密 接 に 関 連 して い る海 馬 で あ る。 前 述 の よ うに 被 虐 待 児 の海 馬 に は 萎 縮 が み られ た け れ ど も(Bremnerら 、1997)、 こ の増 殖 して い る穎 粒 細 胞 は、 この海 馬 の錐 体 細 胞CA3の 樹 状 突 起 とつ なが る部 分 な の で あ る。 新 生 ニ ュー ロンは あ る期 間 未 熟 な状 態 に あ る。 成 体 海 馬 は ど の よ うに して こ の新 生 ニ ュー ロ ンを 神 経 回 路 に 組 み 込 ん で い くので あ ろ うか 。 ケン ペ ル マン と ・ゲー ジ(1999)は 次 の よ うに 言 って い る。 歯 状 回 は右 横 倒 しのV字 形 に な って お り、Vの 間 の部 分 は終 板 と呼 ば れ 、 細 胞 体 か ら伸 び た 長 い 軸 索 か ら な り、CA3と 呼 ば れ る 海 馬 の 中 継 基 地 に 信 号 を 送 る部 分 で あ る (Fig.4)。 穎 粒 細 胞 を生 み 出 す 幹 細 胞 は歯 状 回 と終 板 の 境 界 に存 在 し、 絶 え ず 分 裂 して い る。 分 裂 した 子 や 孫 細 胞 の多 くは 親 細 胞 と瓜 二 つ で あ り、 か な りな数 が 生 まれ た 後 で す ぐ死 ぬ 。 新 生 穎 粒 細 胞 は 生 後20日 ほ ど未 熟 な状 態 に あ り、 い くつ か は 穎 粒 細 胞 層 に 移 動 して 周 囲 の穎 粒 細 胞 と 同 じ形 に な りシ グ ナル の受 け 渡 しを す る多 数 の突 起 を 出 し、 そ の後 成 熟 した 穎 粒 細 胞 に な る。 シ ナ ップ スが 結 合 す る棘(ス パ イン)が 多 い 成 熟 した 穎 粒 細 胞 の形 とは 大 き く異 な り、 発 達 中 の こ の樹 状 突 起 の穎 粒 細 胞 に は 棘 は あ ま り見 られ ず 、 細 長 い 、 あ るい は 扇 形 突 起 が 樹 状 突 起 か ら数 多 く出て い る。 不 規 則 な形 の突 起 は 成 熟 した 穎 粒 細 胞 に は 見 られ ない 。 よ く動 く周 り の神 経 組 織 と接 触 しなが ら何 らか の コ ミ ュニ ケ ー シ ョンを して い る も の と思 わ れ る。 こ の未 熟 期 間 に 、 シ ナ ップ スを つ くる部 位 や 神 経 回 路 を ど の よ うに す れ ば よい か な ど、 試 行 錯 誤 を しな が ら折 り合 い の 良い 有 効 な場 所 を 探 して い る も の と考 え られ て い る。 ケン ペ ル マン と ・ゲー ジ(1999)は 、 乳 離 れ した ば か りの マ ウ ス(21日 齢)を 約40-70日 間 飼 育 した と こ ろ、通 常 の飼 育 箱 で育 て た マ ウス よ りも、ラン ニン グホ イ ール や チ ュー ブ(輪 回 し) に よ る遊 び が で き る飼 育 箱(豊 か な環 境)で 飼 育 した 方 が 新 生 した ニ ュー ロン の数 が 多 か った 。 ニ ュー ロン新 生 は 、 増 殖 率 とそ の後 の生 存 率 で 決 ま る。 こ の 「豊 か な環 境 」 条 件 を 取 り入 れ た 実 験 の場 合 、 通 常 の条 件 と比 べ て ニ ュー ロン増 殖 率 の変 化 は なか った が 、 ニ ュー ロン の生 存 率 が 上 昇 して い た 。 増 殖 した 未 熟 な ニ ュー ロンが 「豊 環 境 」 で は 成 熟 す る率 が 高 か った ので あ る。 彼 らは 次 の実 験 を 試 み た 。飼 育 箱 の 大 き さは 同 じだ が 、マ ウス(3ヶ 月 齢)を ラン ニン グ ホイ ー ル 運 動 ので き る群 とで き ない 群 に 分 け て 約10-40日 間 飼 育 し、 ニ ュー ロン の新 生 率 を 比 べ た 。 そ の結 果 、 自発 的 な運 動 が 可 能 な ラン ニン グ ホイ ール のあ る飼 育 箱 で 育 て た マ ウ スは 、 ニ ュー ロン の新 生 率 が 増 加 した 。 こ の場 合 、 豊 か な生 活 に お い て 幹 細 胞 の分 裂 が 促 進 され た か ら増 え た わ け で は ない 。 環 境 の刺 激 が 幹 細 胞 の分 裂 で 生 じた 子 や 孫 の寿 命 を 延 ば し、 ニ ュー ロンに な る細 胞 が 増 加 した ので あ る。 Gould、E.A.Bら(1999)は 、 豊 か な 生 活 環 境 が な くて も学 習 課 題 を させれ ば 幹 細 胞 分 裂 で 生 み 出 され る ニ ュー ロン の寿 命 が 延 び 、 そ の結 果 新 生 ニ ュー ロン の数 が 増 加 す る と言 って い
る。 標 準 的 な飼 育 ケ ー スに ラン ニン グ ホイ ール を 入 れ た マ ウ ス の場 合 、 入 れ ない 場 合 と比 べ て 2倍 の ニ ュー ロンが 新 生 した 。 ケン ペ ル マン と ・ゲー ジ(1999)は 、 成 熟 動 物 の神 経 新 生 を 制 御 して い る過 程 は 複 雑 で あ り、 何 段 階 に も制 御 が 働 い て い る と考 え て い る。 豊 か な環 境 が 新 生 ニ ュー ロン の数 を 増 加 させ 、 脳 の発 達 を 促 して お り、 自発 的 な運 動 は ニ ュー ロン の新 生 率 を 増 加 させ るけ れ ど も、 強 要 され た 運 動 で は 効 果 が ない こ とを 見 出 した 。 だ が 彼 らは これ は 決 定 的 な証 拠 に は な らず 、 現 時 点 で は あ くまで も環 境 や 自発 的 な運 動 と ニ ュー ロン新 生 と の間 に 何 らか の関 係 が あ る こ とを 示 唆 す る も ので あ る、 と して い る。 2)ヒ トの 大 脳 に お け るニ ュ ー ロ ンの 新 生 21世 紀 直 前 、 成 人 の脳 で ニ ュー ロン の新 生 が 見 出 され た 。 これ は ヒ トで は 初 め て の こ とで あ り、 こ の脳 の新 生 部 分 は 嗅 覚 に 関 係 す る嗅 球 と、 学 習 ・記 憶 の成 立 と密 接 に 関 連 して い る海 馬 で あ る。 海 馬 で は 大 人 に な って も ニ ュ ー ロン新 生 が あ り、 「認 知 や 記 憶 で 重 要 な役 割 を 果 して い る海 馬 の ニ ュー ロン が 日常 的 に新 生 して い る」 とい う発 見 をErikssonら(1998)が 発 表 し た 。 Gross(2000)は 「ヒ トの脳 の ニ ュ ー ロン は新 生 しな い 」 とい う ドグマ は崩 れ 去 った 、 と宣 言 した が 、 生 後 新 た に 形 成 され る神 経 回 路 は 我 々 の行 動 を 決 定 す る上 で 極 め て 重 要 で あ り、 ニ ュー ロン の新 生 に 伴 う神 経 回 路 形 成 は 特 別 の意 味 を 持 って い る と考 え られ て い る。 しか し ヒ ト で は こ の よ うな実 験 は で き ない 。 エ リ クソン は ゲ ー ジ達 と の研 究 を 終 え た 後 、 スエ ー デン に 帰 国 した のだ が 、 動 物 実 験 で 分 裂 細 胞 の マ ー カ ーに 用 い て い たBrdU(プ ロモ デ オキ シ ウ リジン)が 意 外 に も舌 癌 や 咽 頭 癌 末 期 患 者 の癌 細 胞増 殖 率 を 調 べ るた め に 使 用 され て い た 。Erikssonら(1998)は 、 ニ ュ ー ロン の 新 生 を 確 か め るに は 、 実 験 的 にBrdUと ポ リシ アル 酸 の2つ の細 胞 増 殖 マ ー カ ー と して 新 生 ニ ュー ロンが 成 体 の海 馬 組 織 に 新 しい 神 経 回 路 を 付 け 加 え て い く様 子 が わ か る ので 、 これ を 投 与 す る必 要 が あ る。 あ らか じめ 患 者 に書 面 で 了解 を得 て お き、患 者 の死 後 、BrdUを 使 い 、 海 馬 を 染 色 して 脳 を 調 べ た と こ ろ、5人 の ど の患 者 の脳 に も マ ウ ス と 同 じよ うに 海 馬 に 新 生 ニ ュー ロンが 見 つ か った 。 これ は 歯 状 回 に あ る穎 粒 細 胞 層 の 内側 で あ り、 垂 体 細 胞 で は なか った 。 成 体 脳 の ニ ュー ロン新 生 は マ ウ スだ け で な く ヒ トで も見 られ た ので(ヒ トを 対 象 に した 現 時 点 で 唯 一 の研 究)、 哺 乳 類 で は一 般 的 現 象 と認 め られ る よ うに な った。
5.新 しい皮 質 と古 い皮 質 1)新 皮 質 と大 脳 辺 縁 系 ヒ トの脳 の機 能 的 特 徴 は 高 度 な思 考 能 力 に あ り、 大 脳 新 皮 質 の中 で も新 しい 新 ・新 皮 質 とい わ れ る前 頭 葉 に あ る。 ヒ トを 除 く霊 長 類 で は こ の部 位 の発 達 が 非 常 に 乏 し く、 逆 に 人 間 で は 最 も発 達 して い る こ とか ら、 これ が 思 考 に重 要 な領 域 で あ る と考 え られ て い る。 伊 藤(2003a) は 、 こ の新 ・新 皮 質 を コン ピ ュー タ ーで 言 え ばCPU(CentralProcessingUnite)に あ た るが cpuだ け で は何 も出 来 ず 、 そ れ を動 か す た め の装 置 が 必 要 で あ る、 と言 う。Fig.5に 脳 の 多 様 な機 能 を 示 して い るが 、 こ の新 ・新 皮 質 の思 考 機 能 を 積 極 的 に 動 か す 装 置 と して 古 い 皮 質 が あ る。これ は新 皮 質 の前 頭 連 合野 を は じめす べ て の感 覚 連 合 野 と相 互 に 密接 な線維 連 絡 が あ る。 古 い皮 質(大 脳 辺 縁 系 等)は 生 後 早 い 段 階 で 刷 り込 み(lnprinting)が な され 、 この 記 憶 を も とに 感 覚 器 官 か ら入 力 した 情 報 の検 索 を し価 値 判 断(生 存 のた め の)を 粗 くは あ るが す ば や く行 うこ とで 、 古 い 皮 質 は 新 しい 皮 質 を 補 助 シ ス テ ム と して 用 い て い る。 そ して 古 い 皮 質 の 目 的 とす る欲 求 充 足 に 向け て 行 動 を 選 択 し、 行 動 ス ケ ジ ュール を 組 み 立 て 実 行 に 移 す 。 古 い 皮 質 は 最 初 の手 が か り情 報 に な る答 え を 新 ・新 皮 質 の連 合 野 か ら選 ん で 用 い る。言 い換 え る と、新 ・ 新 皮 質 が 時 間 を か け て こ まめ に 情 報 処 理 を しよ うと して い る 目標 は 、 古 い 皮 質 が 大 脳 新 皮 質 に 課 題 と して 与 え た も の な ので あ る。 こ の場 合 、 入 力 情 報 は そ の意 味 を 古 い 皮 質 で 捉 え る ので 、 古 い 皮 質 は 欲 求 を 充 足 す るた め に 新 ・新 皮 質 か ら入 力 され る学 習 ・記 憶 情 報 を 評 価 して 取 り入 れ 、 古 い 皮 質 の枠 組 み に 合 わ ない 材 料 は 捨 て られ る。 新 ・新 皮 質 は ま さに"ブ レーン"で あ り、 大 脳 辺 縁 系 は 執 行 部 な ので あ る。 伊 藤(2003a)はFig.5に 脳 の機 能 を 示 し、 「重 要 な機 能 を 果 して い る のは 右 上 の辺 縁 系 の 中 に あ る海 馬 、 扁 桃 体 、 帯 状 回 で あ る」 と言 い 、 中 で も 「海 馬 は 認 知 ・記 憶 を つ か さ ど る大 事 な メ カ ニ ズ ムで あ って 、 海 馬 はCPUが 考 え た こ とを 記 憶 装 置 と して バ ッ クア ップ して い る の で あ ろ う」 とい う。 動 物 は 種 毎 に そ れ な りに 多 様 な器 官 の助 け を 借 りて 、 外 の世 界 を 、 知 って r認 知 ・記 憶:海 馬 』、 わ か ってr価 値 評 価 ・情 動:扁 桃 体 』、 行 動 に 移 すr動 機 づ け ・実 行: 帯 状 回 』 こ とに よ って 機 能 を 遂 行 し、 適 応 ・生 存 して い る。 海 馬 は こ の世 界 を 認 知 し記 憶 して 内面 世 界 を 成 立 させ る重 要 な働 きを 持 って い る。 こ の海 馬 に 萎 縮 や 細 胞 死 が 生 じれ ば 歪 が 生 じ (心理 的 な解 離 性 同 一 性 障 害 な ど)、 意 図 した こ と と行 動 の 間 に ズ レが 生 じた り、 快 ・不 快 や 価 値 判 断 を す る扁 桃 体 の機 能 、 そ して 具 体 的 な動 機 づ け や 行 動 に か か わ る帯 状 回 の神 経 系 も行 動 が 効 果 的 で あ れ ば 機 能 が 強 化 され るが 、 しか しひ ず み のた め に うま くい か ぬ と弱 体 化 す る。 *解 剖学的部位 は、海馬や扁桃体 …な どに分 け(さ らに細か く分 け られて)、それ ぞれ に名前がつ け られてい る。そ して脳の働 きと脳の部位 とを結びつけて説明 され ることが多いけれ ども、脳は 全体 として繋が ってお り、他の部分が無関係であ るとい うことではない。
2)大 脳 辺 縁 系 の 機 能 に つ いて Spiegel(1993)は 「苦 痛 を 言 葉 で表 現 で き る よ うに な る こ とが免 疫 機 能 に 対 して プ ラス の 影 響 を 与 え るけ れ ど も、 人 間 不 信 を 拭 え ない 身 体 化 障 害 のあ る心 的 外 傷 体 験 を 受 け た 患 者 に は 、 こ の方 法 だ け で は 難 しい 」 と言 う。 そ こで 辺 縁 系 に 働 きか け るに は 、 進 化 的 に 見 て 辺 縁 系 が 哺 乳 類 動 物 の段 階 に あ る脳 で あ る こ とか ら、 言 葉 よ りも行 動 を 主 体 に 進 め る こ とに な ろ う。 ヒ ト の大 脳 新 皮 質 は 他 の動 物 と比 べ て は るか に 大 きい け れ ど、 古 皮 質 や 旧皮 質 の大 き さは 近 縁 の動 物 のそ れ と比 べ て 大 き な差 は ない 。 次 に 海 馬 、 扁 桃 体 そ して 帯 状 回 の機 能 を 問 題 に す る。 (1)海 馬 の機 能 に つ い て 海 馬 は 、 認 知 ・記 憶 に お い て 重 要 な役 割 を 果 して い るが 、 前 述 の よ うに 過 去 の記 憶 を 貯 蔵 す る部 位 で は な く、 記 憶 の成 立 過 程 で 重 要 な働 きを して い る も の と考 え られ て い る。 サ ル の場 合 記 憶 が 海 馬 体 内に 留 ま る期 間 は 約1ケ 月 程 度 、 ラ ッ トで は2週 間 ほ どで あ るが 、 前 述 した ヒ ト (HM)の 場 合 、手 術 前3年 間 の 部 分 的 な 記 憶 障 害 が 見 られ て い る こ とか ら、 ヒ トの 場 合2∼ 3年 は か か る ので あ ろ う。 こ の時 間 は 何 を 意 味 して い る のか が 問 題 で あ るが 、 安 定 した 長 期 記 憶 情 報 に す るた め 、 す で に 長 期 記 憶 の中 に あ る情 報 と の整 合 性 を は か った り、 類 似 の情 報 と結 び 付 け る こ と な ど、 重 要 な コ ー ド化 へ の変 換 作 業 が 行 わ れ て い る ので あ ろ うと考 え られ て い る。 (伊藤2003b) 海 馬 ニ ュー ロン の側 か ら見 た 場 合 、 細 胞 死 が あ った と して も樹 状 突 起 は 多 くの ニ ュー ロン と 結 合 して お り、 ニ ュー ロン の ネ ッ トワー クが 密 に なれ ば 、 細 胞 死 の影 響 は あ る程 度 補 うこ とが 出来 る。 そ して 、 前 述 の よ うにKempermannら(1997)は マ ウス で 、Erikssonら(1998)は ヒ トで 、 幹 細 胞 分 裂 で 生 み 出 され た 子 孫 細 胞 の うちあ る海 馬 ニ ュー ロン の寿 命 が 延 び 、 海 馬 の ニ ュー ロンで 新 生 を 発 見 した こ とか ら、新生 ニ ュー ロンの数が海馬で増加 してい ると言 う。久 保 田(2002)は 「運 動 を した マ ウ スは 学 習 や 記 憶 能 力 が 伸 び て お り」、 「ヒ トで も ジ ョギン グが 脳 の働 きに 影 響 して い る」 と言 う。 また 「ラン ニン グ ホイ ール で 走 らせ た マ ウ ス と走 らせ なか った マ ウ スを 対 象 に 、 モ リス の水 迷 路 で 記 憶 能 力 を 見 た と こ ろ、 走 らせ た マ ウ ス の成 績 が 良 く、 海 馬 の細 胞 の数 や 大 き さに も変 化 が あ った 。 そ して 海 馬 のあ る部 分 の切 片 に お け る神 経 細 胞 の 数 を 数 え た と こ ろ、3746個 と1409個 の差 が あ り、 運 動 群 に 成 長 傾 向が 見 られ た 」 と言 う。 ラン ニン グ ホイ ール 運 動 と ニ ュー ロン新 生 の因 果 関 係 に つ い て ど う説 明す るか 、 また 走 る こ と以 上 に ニ ュー ロン新 生 のた め に 効 率 的 な活 動 や 、 好 ま しい 環 境 は ど の よ うな も のか(緊 急 反 応 期 に お い て ス トレスは 個 体 に 望 ま しい 自律 神 経 系 、 内分 泌 系 、 お よび 行 動 系 の変 化 を 起 こす が 、 繰 り返 され た り、 程 度 が 過 度 で あ った り、 個 体 側 に 脆 弱 性 が 存 在 す る と不 利 益 を もた らす こ とに な る)、 これ か ら の課 題 で あ る。 しか し何 よ りも神 経 細 胞 が 子 供 の み な らず 成 人(57-72歳: 5人)の 海 馬 に お い て も、 歯 状 回 の穎 粒 細 胞 層 で 新 生(率 は 落 ち るが)し て い る とい うこ とは 、 人 間 の脳 が 人 生 を 通 して 常 に 可 能 性 を 持 ち続 け て い る こ とを 意 味 し、 大 脳 生 理 学 のみ な らず 心
理 学 や 教 育 学 の方 面 に お い て も大 き な意 味 を 持 つ こ とに な ろ う(大 脳 新 皮 質 に お け る ニ ュー ロ ン新 生 は 前 頭 葉 と側 頭 葉 に お い て も話 題 に な った こ とは あ るが 、 まだ 確 認 され て は い ない)。 (2)扁 桃 体 の機 能 に つ い て 大 脳 辺 縁 系 は 情 動 脳 と言 わ れ る よ うに 海 馬 も情 動 に か か わ る記 憶 が 多 い 。 しか し扁 桃 体 は 情 動 の中 枢 と も言 わ れ 、 対 人 的 な関 心 や 愛 着 行 動 、 満 足 感 な ど の機 能 に も関 係 して い る。 状 況 に 積 極 的 な意 味 が あ る と と らえ れ ば 感 情(扁 桃 体)はAlO神 経 に よ って 連 絡 しあ って お り前 頭 葉 に 神 経 伝 達 物 質 で あ る ドーパ ミンが 放 出 され て 「快 」を 感 じる(快 は動 物 の行 動 を方 向づ け る)。 扁 桃 体 は 価 値 判 断 の機 能 を 持 ち、 行 動 選 択 を 決 定 す る機 能 が あ る と考 え られ て い る。 目の前 に 現 れ た も のが 敵 か 味 方 か?敵 な らば 逃 げ るか 、 戦 うか?判 断 を す る。 生 体 は 快 ・不 快 に も とつ い て 行 動 を 判 断 す る。 Field,T.M.ら(1982)に よ る と、 生 後36時 間 以 内 の新 生 児 で も、母 親 が 喜 び 、 悲 しみ 、 驚 き の表 情 を 示 す と表 情 を 識 別 して 模 倣(学 習)を す る。 高 田(2002)に よ る と、 嫌 悪 を 表 した 顔 を 見 せ る と扁 桃 の血 流 が 盛 ん に な り、 笑 い 顔 を 見 せ る と少 な くな る。 これ は 自 ら楽 しい 顔 を した 時 に も見 られ 、 鏡 を 見 て 笑 顔 を す れ ば 扁 桃 の血 流 が 少 な くな り、 怖 い 顔 、 嫌 悪 を 示 す 顔 を 写 す と血 流 が 多 くな る。 子 供 は 虐 待 を 受 け る と親 に 対 す る憎 しみ を 抑 圧 し、 あ るい は 解 離 を 強 固 に して 、 親 が ひ どい こ とを す る のは 親 が 悪 い ので は な く自身 が 悪 か った のだ とい う自責 の念 に か え 、 親 に 対 して い い 子 に な ろ うとす る。 小 さい 子 供 の注 意 関 心 は 親 に 向か い 、 虐 待 を 受 け なが ら も他 者 へ の関 心 が 開 か れ ず 、 貧 しい 狭 い 環 境 に と らわ れ 、 自我 の発 達 に 遅 滞 を 生 じる。 虐 待 す る側 は 「あ ん た が 悪 いか ら」 「あ ん た の た め に 」 と、 虐 待 を しつ け や 体 罰 とい う口実 で 正 当 化 し、 暴 力 を 振 る い 、 そ の一 方 で 「こ の こ とは 誰 に も言 うな」 と脅 しや 無 言 の圧 力 を か け る。 こ の よ うな仕 打 ち を うけ て 子 供 は 理 由が わ か ら ない ま ま罪 障 感 だ け を 抱 くこ とに な る。 田中(2001)は 「親 の仕 打 ちが 不 当 な暴 力 ・暴 言 で あ った た め に 、 私 は 虐 待 され た のだ と 自覚 し、 誰 か に 自己 開 示 す る よ うに な るた め に は 大 変 な勇 気 とエ ネル ギ ーが 必 要 で あ るが 、 過 酷 な虐 待 的 環 境 を 生 き抜 い た 自分 に 気 づ き、 そ の よ うな 自分 を 愛 し く誇 ら し く感 じられ る よ うに な る こ と、 そ れ が 回 復 のひ とつ の 目標 で あ る」 と言 う。 こ の こ とか ら、 怒 りは 怒 りと して 感 じる力 を 養 うた め に 、 怒 りを 表 出す るた め の訓 練 を す る こ と も必 要 で あ る。 粘 土 を 丸 め 、 怒 りを 込 め 、 大 き な声 を 発 しなが ら、 全 力 で 壁 に 投 げ つ け る。 過 去 の記 憶 が 紡 が れ 、 そ れ に 伴 う怒 りや 悲 しみ の感 情 が 生 じる。 こ の感 情 の表 出を 、 これ で よ い のだ と他 者 と の共 感 に よ って 自身 を 受 け い れ させ 、 客 観 化 させ る こ とに よ り、 洞 察 が 生 じ自 信 が つ い て 、 自分 自身 を 対 象 化 させ る とい うこ とを 意 図 して い る。 (3)帯 状 回 の機 能 に つ い て 海 馬 や 扁 桃 体 か ら の情 報 は 帯 状 回 に 行 き、 帯 状 皮 質 運 動 野 か ら一 次 運 動 野 へ 送 られ る。 帯 状
回 は 自発 的 ・積 極 的 行 動 に か か わ る動 機 づ け の機 能 に 関 して 重 要 な部 位 で あ る と考 え られ て い る。 帯 状 皮 質 運 動 野 は 大 脳 辺 縁 系 と運 動 系 の接 点 に 位 置 す る こ とが 知 られ て お り、 こ の こ とか ら帯 状 皮 質 運 動 野 は 内的 欲 求 に 基 づ い た 自発 性 の行 動 発 現 に 関 与 す る こ とが 推 測 され て い る。 指 示 に した が って 命 ぜ られ る ま まに 選 択 を 行 うとい うよ りも、 自己 の決 定 に 基 づ い て 自 ら選 択 す る と きに 帯 状 皮 質 運 動 野 は 活 動 が 高 ま る と考 え られ て い る。 そ して 意 欲 と密 接 な関 係 に あ り、 帯 状 回 が 機 能 しない と意 欲 喪 失 と な る。 仲 間 と の信 頼 感 の形 成 に よ って 行 動 意 欲 を 養 う例 と して 「ロー プ」 課 題 が あ げ られ る(日 本 放 送 協 会 放 映 、 「私 の 中 の他 人 」 よ り)。身 体 を ロー プで 結 び 、 地 上3メ ー トル 程 の高 さに 登 り、 水 平 に つ る され て い る丸 太 に 立 つ 。 仲 間 達 は 滑 車 を 介 して ロー プ の他 方 を しっか りとに ぎ り、 下 か ら大 き な声 で 飛 び 降 りる よ うに 呼 び か け る。 仲 間 に 対 す る信 頼 が なけ れ ば こわ くて 飛 び 降 りる こ とは 出来 ない 状 況 で あ る。 呼 び か け に 応 じて 思 い 切 って 飛 び 降 りる。 仲 間 は 地 面 に 軟 着 陸 で き る よ うに ロー プで 支 え る。 親 とは 心 が 通 じない け れ ど、 仲 間 の期 待 に 沿 い 、 仲 間 を 信 頼 し、 支 え られ て 飛 び 降 りる決 断 を し、 実 行 す る。 そ して 周 りか ら讃 え られ 、 抱 き合 って 喜 ぶ こ とに よ り、 人 に 対 す る信 頼 感 を 自か ら の行 動 で 得 させ よ うとす る課 題 で あ る。 親 と の新 しい 関 係 が 成 立 す る とす れ ば こ の後 に な るで あ ろ う。 6.お わ り に さい ごに 養 育 す る側 に つ い て ふ れ る。1990年 代 に 入 って 、 今 まで 見 か け る こ と の少 なか った 幼 児 虐 待 の記 事 が あ る新 聞 に 「親 達 の家 庭 内暴 力 」 とい う見 出 しで 連 載 され た 。 そ の後 マ ス コ ミで次 々 に取 り上 げ られ る よ うに な り、 「自身 も虐 待 を して しま うの で は な いか 」 とい う不 安 が 切 実 な問 題 と な り、 児 童 相 談 所 に 相 談 に い く母 親 の件 数 が 増 え て きた 。 20世 紀 なか ば 、 エン ロジ ーを 体 系 化 した ロー レン ツは 、 動 物 に は 生 得 的 に 種 を 維 持 す る働 き が あ り、 種 内で の殺 し合 い は しない 、 と言 った 。 個 は 種 に 従 属 して お り、 動 物 の世 界 は 種 を 維 持 す るた め に うま く出来 て い る も の と思 わ れ て い た 。 しか し ドーキン ス(1991)は 「ハ ヌ マン ラン グ ール とい うサ ル の ツ ガイ と子 供 が い る と こ ろに 、 新 た な雄 ザ ル が 割 り込 ん で 雄 ザ ル 同士 が 戦 い 、 ツ ガイ の雄 ザ ル を 追 い 出す 。 新 た な雄 ザ ル は 、 雌 ザ ル に 子 供 が い る と雌 は 交 尾 を しな い ので 子 供 を 殺 して しま う。 雌 ザ ル は 最 後 まで は 戦 わ ず 、 子 供 が 死 ん で しま うと新 た な雄 と の 間 で 交 尾 を し、 新 た な子 供 を 産 む 。 こ の よ うな こ とは 種 に よ って 雌 に もみ られ 、 動 物 の世 界 が ロー レン ツ の言 うよ うに 美 しい 世 界 で は な く、雄 も雌 もそれぞれ の個体が 自分 の遺伝子を残す こ とだ け を 考 え て お り、 オ ス も メ ス もそ れ ぞ れ が 自分 の適 応 度(フ ィ ッ トネ ス)を 高 め よ うと、 自分 の遺 伝 子 を 残 す こ とだ け を 考 え て い る のだ とい う。 動 物 が 利 己 的 な のは 遺 伝 子 が 利 己 的 だ か らで あ り、 これ は 利 己 的 な遺 伝 子 が 利 己 的 で ない 遺 伝 子 を 淘 汰 して 駆 逐 した 結 果 で あ る」 と
い う。 ドウ モ ー ス(1982)に よ る と、 子 供 へ の虐 待 は 今 に 始 ま った こ とで は な く、 子 供 期 の歴 史 は ゾ ッとす る よ うな物 語 で あ り、 西 洋 の親 が 子 供 に 共 感 しなが ら世 話 を す る こ とが で き る水 準 に 進 化 す る まで に は 長 い 時 間 が か か った 。 そ れ まで 親 は 子 供 を 自分 の感 情 や 不 安 のは け 口 と して 利 用 して い た のだ 、 とい う。 しか し前 頭 葉 の発 達 した ヒ トの場 合 、 他 の動 物 とは 異 な って 自分 と の血 縁 は 無 くと も子 供 を 育 て た い 、 自分 の存 在 とか 名 とか い うも の、 あ るい は 意 義 のあ る こ とを した のだ 、 とい う美 学 の よ うな も のを 残 した い とい う傾 向が あ り、 ドーキン ス(1992)は これ を ジ ーン(遺 伝 子)の 話 で は な く ミー ム(文 化 子 あ るい は 模 倣 子)の 話 で あ る、 と言 う。 これ は 愚 か に 利 己 的 に な る ので は な く賢 く利 己 的 に な る こ とで あ り、 子 供 を 含 む 社 会 に 対 して 利 己 的 に な る ので は な く、 自己 に 対 す る文 字 どお りの"利 己 的"な 振 舞 い 、 あ るい は 合 理 的 な振 舞 い を す る こ とで あ る。 エ リ クンン に よ る と、 人 生 に は8つ の大 き な心 理 社 会 的 な危 機 が あ る。 乳 児 か ら幼 児 に か け て 遭 遇 す る危 機 は 「信 頼 対 不 信 」、 「自律 性 対 恥 疑 惑 」、 そ して 「自発 性 対 罪 悪 感 」 で あ る。 最 初 の 「信 頼 対 不 信 」 に つ い て 鐘(1986)は 『我 々が 生 き るか 死 ぬ か の ぎ りぎ りの線 で 悩 む と き、 心 の も っ と も深 い と こ ろで 自己 を 信 頼 で き るか 、 自分 を 取 り巻 く人 々や 社 会 を 信 じられ るか に よ って 、 私 達 は 生 き るか 死 ぬ か を 決 め る よ うに 思 う。 こ の心 の も っ と も深 い と こ ろで 自己 を 肯 定 し、 自分 を 取 り巻 く世 界 を 肯 定 す る こ とを 「信 頼 」 とい う。 こ の心 の も っ と も深 い と こ ろに 「不 信 感 」 が あ る時 、 周 囲 は 悪 意 に 満 ちて 見 え 、 そ れ に 対 して 防 衛 す る猜 疑 的 な態 度 で 生 きて い く しか な くな る し、 孤 立 感 と孤 独 感 のた め に 生 きて い くこ とに 耐 え られ な くな るか も しれ な い 。 乳 児 は 外 界 や 自己 へ の信 頼 を 、 摂 食 時 の くつ ろ ぎ、 睡 眠 の深 さ、 便 通 の よ さに 伴 う快 の刺 激 を 、 母 な る人 物 を 通 して 得 て い く。 これ らを 通 して 母 親 と の関 係 は 母 親 の姿 が 見 え な くと も や た ら心 配 しない で 母 親 の不 在 を 受 け 入 れ られ る よ うに な る。 これ は 母 親 が 予 測 で き る信 頼 の あ る外 的 存 在 に な った ば か りで な く、 内的 に 心 の中 に 確 実 性 を もつ 存 在 に な った こ とを 意 味 す る』 とい う。 しか し最 初 の発 達 課 題 で あ る こ の基 本 的 信 頼 の欠 如 の状 態 と して 、 鐘(1986)は 「分 裂 病 の人 や 抑 うつ 状 態 に 陥 りや す い 型 の成 人 の中 に も不 信 感 が 見 出せ 、 これ ら の病 理 的 状 態 か ら の回 復 や 治 療 に 当 た るに は 、 人 や 世 界 に 対 す る信 頼 感 を 再 確 立 させ る こ とが そ の基 本 的 な必 要 条 件 で あ る」 とい う。 「自発 性 対 恥 ・疑 惑 」、 「勤 勉 性 対 劣 等 感 」 そ して 「自我 同一 性 対 同 一 性 拡 散 」 の危 機 か ら、 自己 を 失 う危 機 に さ ら され て も 自己 を 失 わ ず 、 他 者 と の親 密 な関 係 を 形 成 す る能 力 に か か わ る 「親 密 性 対 孤 独 」 の危 機 に 遭 遇 す る。 こ の時 期 、 性 的 な関 係 が 心 理 的 な 内実 を 伴 って 実 現 す る 時 期 で あ り、 そ して 親 の親 密 性 へ の課 題 が 達 成 され て い る と親 は 「世 代 性 対 停 滞 」 の課 題 へ と 進 み 、 子 供 も 「信 頼 対 不 信 」 の危 機 を 克 服 しや す い が 、 今 まで の課 題 が 達 成 され て お らず 、 両 親 の間 に 親 密 性 の課 題 が 達 成 で き なけ れ ば 破 綻 し離 婚 に い た る ケ ー ス も生 じ、 子 供 の信 頼 性 獲 得 も厳 しい も のに な る。
海 馬 ・扁 桃 体 ・帯 状 回 な ど の脳 構 造 は 胎 児 期 の早 い 段 階 で 形 成 され るけ れ ど も、 こ の構 造 は 初 め か ら機 能 して い る ので は な く、 上 記 の よ うに 母 子 関 係 を 中 心 に した 家 族 の相 互 作 用 の中 で 機 能 が 開 発 され 、豊 か に な って くる。母 親 が 発 達 初 期 の子 供 に か か わ る こ とは 、海 馬 ・扁 桃 体 ・ 帯 状 回 等 へ の刷 り込 み 、 あ るい は 初 期 学 習 に か か わ る こ とで あ る。 従 来 、 遺 伝 か 環 境 か?発 達 か 学 習 か?と 二 分 法 的 に 割 り切 られ る こ とが 多 か った が 、 学 習 とい うのは 遺 伝 子 の プ ログ ラ ム の中 に あ るひ とつ の指 示 で あ り、 ど の よ うな時 に ど の よ うな こ とを 手 本 に せ よ と、 学 習 そ の も のが 遺 伝 的 に プ ログ ラ ム され て い る ので あ り、 こ の場 合 手 本 が なけ れ ば 学 習 が で き ない 。 子 育 て に よ り手 厚 い 施 策 が 望 まれ る。 文献 Altman,J.&Das,G.D.1965Autogradiographicandhistologicalevidenceofpostnatalhippocampalneuro-genesisinrats.Journalcomparativeneurology,124,319-336. Bremner,J.D.,Randall,P.,Scott,T.M.,etal.1995MRI-basedmeajuresofhippocampalvolumeinpatients withPTSD.Americanjournalofpsychiatry.147,10,1308-1312. Bremner,J.D.,Randall,P.,Vermmetten,1997MRI-basedmeasurementofhippocampalvolumeinposttrau-maticstressdisorderrelatedtochildhoodphysicalandsexualabuse;Apreliminaryreport.Biological psychiatry,41,23-32. Bremner,J.D.1999Doesstressdamagethebrain?Biologicalpsychiatr;,45,797-805. ブ ル ー ム 他(梶 田 叡 一 他 訳)1973教 育 評 価 ハ ン ド ブ ッ ク 第 一 法 規 ド ー キ ン ス(日 高 敏 隆 他 訳)1991利 己 的 な 遺 伝 子 紀 伊 國 屋 書 店 エ リ クン ン(小 此 木 啓 吾 訳)1959自 我 同 一 性 誠 信 書 房 Eriksson,P.S.,Perfilieva,E.,Bjork-Eriksson,T.,他1998Neurogenesisintheadulthumanhippocampus. Naturemedicine,4,1313-1317. Field,T.M..,Woodson,R.,Greenberg,,R.,Cohen,D.1982Discriminationandimitatationoffacialexpres-sionsbyneonates.Science,218,179. ド ゥ モ ー ス 、L.(著)宮 澤 康 人(訳)1982親 子 関 係 の 進 化 海 鳴 社 Gulvitz,T.G.,Shenton,M.R.,Hokama,H.etal.1996Magneticresonanceimagingsrudyofhippocampal volumeinchroniccombat-relatedposttraumaticstressdisorder.Biologicalpsychiatry,40,192-199. Gould,E.A.B.,&Tanapat,P.1999Stressandhipocampalneurogenesis.Biologicalpsychiatry,46,1472-1479. Gould,E.A.B.,Tanapat,P.,Reeves,A.,&Shors,T.J.1999Learningenhancesadultneurogenesisinthe hippocampalformation.Naturereviewneuroscience.2,260-265. Gross,C.G.2000Neurogenesisintheadulthumanbrain:deathofdogma.Naturereviewneuroscience.1,
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新讐
側脳室 ↑ ↑ CA3/
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脳 弓 一海li馬采 Fig.2. 記::"ろ 塒 ・'ゾ影
貫通線維 穎 粒 細 胞 ラ ッ トの 海 馬 の 模 式 的 構 造(古 川 、1998)感 覚 諸 器 官 か らの情 報
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Fig.3記 憶 を つ か さど る パ ペ ッツ の 回 路 と周 辺 領 域 に お け る情 報 伝 達 経 路(古 川 、1998) 海馬(歯
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詳細 図の部分 軸索華
・/へ 錐体細胞 終 板 歯 状 回 の 穎 粒 細 胞 層 Fig.4.海 馬 に お け る 終 板 の 位 置(ケ ン ペ ル マ ン と ゲ ー ジ 、1999) CA3ヨ