時効期間の合意による変更 : 2008年フランス時効法改正以前の議論を中心に
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(2) 時効期間の合意による変更. 論. 2008年フランス時効法改正以前の議論を中心に 説. 川 第1章. 上. 生. 序論. 第1節. 問題の所在. 第2節. フランス時効法の概要. 第3節. 本稿の構成. 第2章. 裁判例の動向. 第1節. 時効期間の合意による短縮. 第2節. 時効期間の合意による直接的延長. 第3節. 時効期間の合意による間接的延長. 第3章. 学説. 第1節. 時効期間の合意による短縮. 第2節. 時効期間の合意による直接的延長. 第3節. 時効期間の合意による間接的延長. 第4章. 分析. 第1節. 時効期間の合意による延長. 第2節. 時効期間の合意による短縮. 第5章. 馬. 結びに代えて. 第1章. 序論 (1). 我が国の民法において, 時効制度は公益のための制度であるとされるが, (1). 梅謙次郎『訂正増補 民法要義巻之一』(有斐閣, 1984年, 明治44年版. 復刻) 369頁, 富井政章『訂正増補 民法原論第一巻』(有斐閣, 1985年, 大正11年合冊版復刻) 625頁など。 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 61( 905 ).
(3) 「公益」の内容, すなわち, いわゆる時効の存在理由としては, 一般に以 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 下の3点が挙げられてきた。まず, 社会秩序の維持, 次に, 立証困難の救 (2). 済, そして, 権利の上に眠る者は保護せずというものである。また, 近時 においては, 松久三四彦教授が,「消滅時効制度は, 法の二つの要請, す なわち, ①債務者といえども永遠に権利不行使という不安定な状態に置か れるべきではない (権利者といえども, 国家の後見的介入により権利の満 足を得る地位は永久不変であるべきではない=公権的解決を望むなら一定 期間内に司法機関へ申し出よ) との要請と, ②債務は履行さるべしとの要 請の調和を図り, 権利不行使という事実の一定期間経過により, 債務者に 形成権たる援用権 (債権者の請求権を消滅させる権利) を与え, 援用権の (3). 行使により法律上の債務者の地位を免れせしめる制度である」と主張され るなど, いまだ議論の一致には至っていない。 筆者の最終目的は, この時効制度の存在理由が現在いかなるものとして 捉えられるのかを明らかにすることにある。本稿で取り扱う「時効期間の 合意による変更」は, 消滅時効の要件である「時効期間」につき, 当事者 が合意によりこれを変更することができるかという議論であり, 時効の存 在理由と密接に関連すると考えられる。 そこで, 時効制度の存在理由を明らかにする手掛かりとして, 消滅時効 制度における「時効期間の合意による変更」に関する分析を試みる。本稿 (4)(5). では, フランス時効法, とりわけ, 旧フランス時効法における「時効期間 たとえば, 我妻榮『新訂 民法総則』(岩波書店, 1965年) 430 432頁 など。. (2) (3). 松久三四彦『時効制度の構造と解釈』(有斐閣, 2011年) 42頁(初出. 「消滅時効制度の根拠と中断の範囲(一)」北大法学論集31巻 1 号(1980 年)280頁)。 (4). 2008年民法改正後のフランス消滅時効制度については, 金山直樹・香. 川崇「フランスの新時効法 62( 906 ). 法と政治. 67 巻 4 号. 混沌からの脱却の試み」金山直樹編『消滅 ( 2017 年 2 月).
(4) の合意による変更」に関する議論の整理・分析を行う。詳しくは後述する が, 旧フランス時効法においては, 明文の規定が置かれないまま, 解釈に. 論. より「時効期間の合意による変更」が認められていたとされる。そして, その議論の際には, 時効の存在理由や時効の事前放棄を禁じた趣旨に言及 するものもあり, これらは時効の存在理由の探究において示唆的なもので あると考えられる。そこで, 本稿では, 旧フランス時効法を分析対象とす る。以下では, 本論に入る前に, まずは我が国における議論状況について ごく簡単に触れ, 次に, 旧フランス時効法に絞って分析する必要性につい て詳述したい。. 時効法の現状と改正提言』別冊 NBL 122号 (商事法務, 2008年) 165頁以 下, 1804年民法典制定までのフランス時効制度については, 金山直樹『時 効理論展開の軌跡』(信山社, 1994年), 時効期間の合意による変更に関す るフランス語文献としては, R. De la prescription conventionnelle :
(5) pour le doctorat, Paris. 1905., R. CARIO, Les modifications conventionnelles de la prescription extinctive, LPA 1998, p. 2 11 などが挙げら れる。(これら仏文献は時効期間だけでなく時効の中断・停止事由に関す る合意までを含めて分析しているため, 今後, 時効に関する合意全般につ いて分析する際に取り扱うこととする。) (5). 本稿では, 民法典中の時効に関する規定を「時効法」と記し, 2008年. になされたフランス民法典改正以前の時効法を「旧フランス時効法」, 改 正後のものを「新フランス時効法」と呼ぶことにする。また, 民法典の条 文については,「民法」を付さず, 2008年改正前の条文については「旧」 を, 2008年改正後の条文については「新」を付すこととする。なお, 条文 訳は, 旧フランス時効法については, 稲本洋之助訳『フランス民法典 物権・債権関係. 』(法曹会, 1982年)を, 新フランス時効法について. は, 金山直樹・香川崇訳「フランス民法典」金山(直) 編・前掲注(4) 243249頁を引用・参照した。 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 63( 907 ). 説.
(6) 第 1 節 問題の所在 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 第 1 款 我が国の議論の変遷 我が国の民法典には, 時効期間の合意による変更に関する規定はなく, これが認められるか否かは, 解釈により判断されてきた。 従来, 多数説は, 時効期間の合意による延長は認められないが, 短縮は 認められるとしてきた。まず, 時効期間の延長合意は時効の事前放棄の禁 (6). 止を規定した民法146条に抵触するため, 認められないとする。他方で, 時効期間の短縮合意を有効とする根拠については様々な見解が示されてき た。たとえば, 時効期間を合意により短縮することは時効の制度趣旨に反 (7). しないとのみ言及するものもあれば, 権利の行使可能期間を定めることの (8). 自由を認めるべきであるため有効であるとするものや, 時効制度は片面的 強行法規であり, 証拠の問題上, 延長は認めるべきではないが短縮は認め (9). られるとするものなどである。 少数説は, 時効期間に関する合意を一切認めないとする。この見解は, 時効を訴訟上における証拠方法が法定されたものと理解する。そして, 事 実状態の存続がいかなる程度に達すれば権利消滅または権利取得の蓋然性 を生ずるものとみるべきかは, 法律が一般的に客観的に妥当とするところ に従って一定したものであるとする。ゆえに, 時効期間に関する合意は認 められないとする。ただし, 時効期間に関する合意を, 時効とは別個に, 時効を排除するのではなく, 当該権利の存続期間を特約したものであると (6). 岡松参太郎『註釈 民法理由 上巻 総則編』(有斐閣, 訂正12版, 1899. 年)373374頁, 中島玉吉『民法釈義巻之一』(金刺芳流堂, 1915年)812 813頁, 金山正信『民法総則』(ミネルヴァ書房, 1956年)253頁, 幾代通 『民法総則』(青林書院, 1984年)548549頁など。 (7) 金山 (正)・前掲注 ( 6 ) 253頁。 (8) (9). 岡松・前掲注 ( 6 ) 373374頁。 中島・前掲注 ( 6 ) 812813頁, 幾代・前掲注 ( 6 ) 548 549頁。. 64( 908 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(7) (10). 理解することで (無効行為の転換), 当該合意は有効であるとする。すな わち, 少数説は, 時効期間の合意による変更は認めないとしつつ, これを. 論. 権利の存続期間に関する合意とみることで, 結果的には有効なものとして 処理するものであると理解できる。 従来の議論に対し, 近時, より踏み込んだ議論がなされるようになる。 金山直樹教授は, 時効期間の合意による変更の可否については,「問題と なる債権の社会的属性を考えるべきであ」り,「現在では消費者保護の視 (11). 点が取り入れられるべきであろう」と述べる。また, 佐久間毅教授は, 時 効期間の定めも一義的には私人間の法律関係に関するものであることから, ある程度は私的自治にゆだねてもよいとするならば, 合意による変更も認 められうるとする。ただし, 私的自治的形成の範囲を超えている場合, す (12). なわち, 公序良俗に反する場合にだけ無効とすればよいとする。吉井啓子 教授は, 我が国における時効期間の合意による変更に関する議論状況をま とめた上で, 延長合意を認めないとする考えの根底には, 時効制度が公益 的な制度であるという理解があるとする。そして, 時効における「公益性」 がどのようなところに求められるのかが問題であると指摘し, 時効期間の 合意による変更の問題を検討するには,「公益性」の意味するところ, す なわち, 時効の存在理由について深く踏み込んだ議論をする必要があると (13). する。 このような近時の学説の中でも, 鹿野菜穂子教授の論文「時効における 公益と私益」は, 時効制度における公益の内容にまで踏み込んで, 時効期 舟橋諄一『民法総則』(弘文堂, 第 5 版, 1955年) 171 172頁。 金山直樹「権利の時間的制限」ジュリスト1126号 (1998年) 233 234. (10) (11) 頁。 (12) (13). 佐久間毅『民法の基礎1総則』(有斐閣, 第 3 版, 2008年) 407 408頁。 吉井啓子「時効期間に関する合意」椿寿夫編著『強行法・任意法でみ. る民法』(日本評論社, 2013年) 76 78頁。 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 65( 909 ). 説.
(8) 間の合意による変更に関する規定の我が国での導入可能性に言及する。鹿 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 野教授は, 時効制度における公益について, 民法制定時の議論や通説, 今 日の議論状況を基に分析した上で,「公益」の内容を広義の公益 (私益 〔本来の権利者の利益, 正当な権利取得者ないし弁済者の利益〕の比較考 量を踏まえた政策的価値判断) と狭義の公益 (社会の安定, 争訟の防止) とに分け, 時効における公益と私益の関係を分析する。また, 時効に関す る合意を一切認めないとする外国法 (ケベックなど) は,「社会の法律関 係の安定という要素を重視し, さらに濫用防止や法律関係の簡明という点 まで考慮に入れて, 時効を公序に関する制度として位置づけ, 時効に関す る合意を排除したものと考えられよう。しかし, 時効が私益にも関わる制 度でもあることに鑑みれば, それに関する合意を一切認めないとすること は, 私的自治に対する過度の制限であるように思われる」と述べ, 我が国 において時効に関する合意を認める一定の余地があるとする。その上で, 時効期間については当事者が合意によって変更することができるとし, 時 効の中断・停止事由の追加に関しては第三者保護の観点から, 認めるべき (14). ではないとする。 以上のように, 近時, 時効期間の合意による変更に関する議論は活発に なりつつある。その背景には, 諸外国における時効制度改正の影響がある といえよう。本稿で取り扱うフランス法においては, 19世紀中頃から時 効期間の合意による変更に関する判例が存在しており, 2008年のフラン ス民法改正では, 時効期間の合意による変更が明文をもって認められるに 至っている。しかしながら, その経緯や2008年改正以前における「時効 期間の合意による変更」に関する詳細な分析はなされてこなかったように. (14). 鹿野菜穂子「時効における公益と私益」慶應法学12巻 (2009年) 261. 頁以下, 特に282 283頁。 66( 910 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(9) 思える。そこで, なぜ, 明文の規定のない中,「時効期間の合意による変 更」が従来認められていたのか, とりわけ, 時効の存在理由との関係がど. 論. のように捉えられていたのかを分析する。次款ではフランス法を参照する 重要性および2008年改正以前の議論状況を分析する必要性について, よ り詳細に述べる。. 説. 第 2 款 旧フランス時効法分析の必要性 (1) 1804 年 フランス民法典制定に向けて議論が行われた 立 法 院 で 時 効 の 存在理由に関する説明を行ったビゴー=ドゥ=プレアムヌー (Bigot de ) は, 旧2220条 (「時効は事前に放棄することができない。完 成した時効は放棄することができる。」) の趣旨及び時効の存在理由から, 時効期間の合意による変更は認められないとする。 すなわち, ビゴー=ドゥ= プレアムヌーは,「民法のあらゆる制度の中で, 時効は社会秩序にとって 最も必要なものである」と述べた上で, 同条が「時効は事前に放棄するこ とができない」と規定するのは, 仮に時効を事前に放棄する合意が有効で あるとすると, 時効がもはや公の安寧 (paix publique) を維持するためのも のではなく, 空疎な防御方法 (moyen illusoire) となってしまうおそれが (15). あるためであるとする。また, 消滅時効は有効な解放の推定 (
(10) .
(11) d’une .
(12) effective) を根拠とするものであり, 法は債務者の相続人の ために債務が弁済済みであることを推定し得るとするだけでなく, 実際に 債務者自身が債務からの解放の証書をもはや持っていない場合に債務者を 救済することをも目的とするものであるとする。 そのため, 時効期間の満 (16). 了前に時効の放棄を認めることは理不尽であると述べる。 そして, 時効 (15). P. A. FENET, Recueil complet des travaux du Code civil, 15. vols, Paris, 18271829, p. 573. (16). FENET, supra note 15, p. 577. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 67( 911 ).
(13) が社会秩序の維持のために必要であるということをふまえると, 時効は 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 各々が自由に背くことができない公けの法の一部をなすものであるため, 「公けの法は私人の合意によって変更され得ない ( Jus publicum pactis privatorum mutari non potest.)」 との法諺が消滅時効には適用されると (17)(18). する。 以上のように考えるならば, 時効期間の合意による変更は認められない こととなる。しかし, 民法典の消滅時効に関する規定を大幅に改正した 2008年 6 月17日の法律 (以下, 2008年法とする) によって, 時効期間の 合意による変更が認められた。すなわち, 新2254条 1 項は「時効期間は, 当事者の合意によって短縮または延長され得る」として, 原則5年とされ る時効期間を合意により変更することを認める。ただし, 同項後段は, 「1年未満に短縮, または10年を超えて延長することはできない」とし て, 一定の制限を設けている。同規定に関して, 2008年法制定に向けて 議論した元老院第一読会の報告書をみると, 以下のように説明されている。 報告書によると, 学説では時効期間の合意による延長は時効期間満了前の 時効利益の部分放棄にあたるため旧2220条に抵触し認められないとされ (19). ていた。他方で, 破毀院が時効の進行停止による間接的な期間の延長を認 (17). Ibid. 法諺の翻訳に際しては柴田光蔵『法律ラテン語格言辞典』(玄文. 社,1985年) を参照した。 (18). ビゴー=ドゥ=プレアムヌーの時効観に関しては,金山 (直)・前掲. 注 ( 4 ) 337頁以下に詳しい。 (19). フランス時効法における時効の停止は時効の進行の停止であり,一定. の場合において,時効が進行することを停止するのに対し,我が国の採る 時効の停止は時効の完成の停止であり,それらは性質を異にする。フラン ス時効法における時効の停止については, 香川崇「消滅時効の起算点・ 停止に関する基礎的考察. フランス法における『訴えることのできな. い者に対して時効は進行しない (Contra non valentem agere non currit praescriptio) 68( 912 ). の 意 義 (1) ( 2・完)」 富 大 経 済 論 集 54 巻 1 号, 同 3 号,. 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(14) めていたとされる判例を引用し, そのような形での時効期間の合意による 延長が認められていたと説明する。次に, 時効期間の合意による短縮は,. 論. 債権者から訴える余地を奪い去る場合を除けば, 債務者を証拠保全の負担 から早期に解放するものであるため, 破毀院および学説で有効とされてい たと説明する。このように, 元老院第一読会は, 旧フランス時効法では, 判例あるいは学説により原則として時効期間の合意による変更が認められ ていたと説明する。ただし, 例外的に, 保険契約に適用される 2 年の法 定期間は強行的な期間 ( . . . ) であり, 被保険者を保護するため のものであるため, 合意によりこれを短縮することはできないとする。く わえて, その他の附合契約に関しても, 時効期間の短縮が約款を承諾する 側である当事者に強いられる場合には, 当該短縮条項は濫用的なものとさ (20). れ, 無効なものであるとも述べられている。. (2) 以上のように, 1804年民法典の起草者は, 旧2220条の趣旨ならびに 時効に関する合意に言及する際, 時効の目的は社会秩序の維持であり, 消 滅時効は弁済により債務から解放された者の解放を推定するというもので あるとの理解を示していた。そして, 時効制度は公けの法としての性質を 帯びているため, 時効に関する規定について私人が合意することは認めら れないと考えていた。しかしながら, 旧フランス時効法の下でも, 判例等. 69 110頁, 461 501頁, (20082009年) などに詳しい。 (20) Rapport fait au nom de la commission des Lois constitutionnelles, de
(15) . du suffrage universel, du . et d’administration . sur la proposition de loi de M. Jean-Jacques HYSET portant . . de la prescription en . . civile, Par M. Laurent . N83, . Session extraordinaire de 2007 2008, Annexe au
(16) de la du 14 novembre 2007 (http://www.senat.fr/rap/l07-083/l07-083_mono. html) 2016年10月15日閲覧。 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 69( 913 ). 説.
(17) が時効期間の合意による変更を認めていたとの理解から, 新フランス時効 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 法では,「時効期間の合意による変更」に関する明文の規定が設けられた。 このように, 旧フランス時効法制定時には, 時効期間の合意による変更は まったく認められないと考えられていたのに対し, 元老院でなされた説明 によると2008年改正以前の判例・学説は, 時効期間の合意による変更を 承認していたということとなる。そこで, 本稿では, 旧フランス時効法に おいて判例・学説により時効期間の合意による変更が可能とされたのはい かなる場面で, いかなる理由によるものであったのかを考察し, (一)時効 の存在理由との関係, および, (二)元老院第一読会報告書で示された改正 理由の妥当性について分析を試みる。. 第 2 節 フランス時効法の概要 本論に入る前に, 以下では主に本稿での分析に関連する範囲で, フラン ス時効法の概要をみておきたい。. 第 1 款 旧フランス時効法 (1) まず, 旧フランス時効法が定める消滅時効の普通時効期間は旧2262 条が定めていた30年であったが (旧2262条「全ての訴権は対物であれ対 人であれ, 30年で時効にかかる。」), そのほかにも数多くの短期消滅時効 が定められていた。たとえば, 旧2271条は「学芸の師匠及び教師の, そ の者が月決めで行う授業についての訴権〔及び〕ホテル業者及び飲食業者 の, その者が供する宿泊及び飲食物に基づく訴権は, 6カ月で時効にかか る」とし, また, 旧2272条第 1 項は「執行吏の, その者が送達する証書 及びその者が執行する受託事務の報酬についての訴権, 寄宿舎主の, その 生徒の止宿料についての訴権及びその他の親方の修業料についての訴権は, 1年で時効にかかる」と定めていた。このような消滅時効期間に関する規 70( 914 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(18) 定の数は, 新フランス時効法の起草に携わったマロリー (Malaurie) によ (21). ると, 民法典以外のものも含めると250以上にのぼったとされる。また,. 論. 時効の起算点に関しては, 旧法には統一的な明文の規定はなかったが,学 説によれば,一般的には訴権を行使することができる時からとされてい (22). た。. 説. そして, 時効の放棄については, 旧2220条が事前放棄を禁止していた。 その理由は, 仮に時効の事前放棄が認められるとすると, 債権者が債務者 に時効の利益を事前に放棄させ, いつまでも権利を行使できる状況を作出 することで, 容易に消滅時効制度を潜脱することが可能となってしまい, (23). 立法者の意向を損なってしまうためと説明される。 最後に, 本稿が分析の対象とする時効期間の合意による変更に関する規 定は設けられておらず, 第 2 章以下でみるように, 解釈によりその有効 性が判断されていたにとどまる。. (2) 旧フランス時効法においては, 数多くの時効期間が設けられており, 起算点についての統一規定も持たなかったのであるが, これに関して, ベ ナバン ( ) は消滅時効制度が複雑化していることに警鐘を鳴らし た論文「消滅時効法の混沌」の中で, 以下のような指摘をした。すなわち, 数多くの時効期間が規定されているために, 当事者が自己の訴権にいかな (24). る時効期間の適用があるのかを理解することが困難となる。その結果とし. LGDJ, 2011, n
(19) 1203, p. (21) Ph. MALAURIE et al., Les obligations, 5e 675. (22). F. et al., Droit civil Les obligations, 9e . Dalloz, 2005, n
(20) 1490,. p. 1402. (23) H. MAZEAUD et al., de droit civil, Tome II, 7e . , par F. CHABAS, Montchrestien, 1985, n
(21) 1189, p. 1194. (24) A. Le chaos du droit de la prescription extinctive, in 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 71( 915 ).
(22) て, 当事者が自身の訴権に適用される時効期間を明らかにするために, 訴 (25)(26). 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 訟を提起するという問題が生じていたとする。そのほかにもベナバンの指 摘するように消滅時効制度の問題点が数多く存在し, そのような混沌とし た状況を解消するため, 2008年法が制定されたとされる。. 第2款 新フランス時効法 2008年法による主な改正点として, ①時効期間の短期化・統一化, ② 時効の起算点に関する規定の導入, ③上限期間の設定, ④停止事由の追加, (27). ⑤中断事由の変更, そして, ⑥時効期間の合意による変更が挙げられる。 本稿での分析に関連するものとして, まずは, ①∼③について, 次いで⑥ の概要について以下で簡単に触れておきたい。. (1) 第一に, 旧フランス時効法では, 消滅時効の基本的な期間は30年と されていたが, この期間は取引社会の実情 (交通手段の発達等) に照らし (28). て長すぎるとの批判がなされていた。これにくわえ, 時効期間の多様化・ 複雑化を解消することを目的として, 新2224条は「人的訴権または動産. Louis BOYER, .
(23) des sciences sociales de Toulouse, 1996, p. 125. (25). supra note 24, p. 126.. (26). ベナバンは例として,契約責任として30年の時効期間が適用されるの. か不法行為責任として10年の時効期間が適用されるのかといった問題や, 商人から個人への売買として 2 年の時効期間が適用されるのか,請負契約 として10年の時効期間が適用されるのかといった場合を挙げる ( Ibid.)。 (27). 金山 (直)・香川・前掲注 ( 4 ) 165頁。. (28). MAZEAUD et al., supra note 23, n1173, p. 1179 ; et al., supra. note 22, n1477, p. 1391 ; M. PLANIOL et G. RIPERT, Droit civil 2e Paris, 1954, n1329, p. 737 ; A. Droit des obligations, 6 e LGDJ, 1997, n893, p. 541. 72( 916 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(24) に関する物的訴権は, 権利者がその権利を行使できるという事実を知り, または知るべきであった時から 5 年で時効にかかる」と定める。これに. 論. より新フランス時効法の普通時効期間は 5 年とされ, 大幅に時効期間が 短期化された。そして, 旧2271条や旧2272条に定められた 2 年, 1 年, (29). (30). 6 カ月の短期消滅時効は削除され, また, 旧2277条に規定されていた継 続的取引に関する訴権の 5 年の時効期間は普通時効期間に吸収され, 商 (31)(32). 法典で10年とされていた商事時効は 5 年へと改められた。ただし, マロ リーは, これにより, 一定程度は時効期間の統一化が図られたといえるが, 依然として数多くの短期消滅時効 (民法典1386条の17の製造物責任に関 する訴権〔 3 年 , 航空法典 L. 321 5 条の乗客が有する海運会社及び航空 会社に対する運搬に関する責任訴権〔 2 年〕など) または長期消滅時効 (民法典2226条の人身損害に対する賠償に関する訴権〔10年 , 環境法典 L. 1521 条の施設や作業により生じた損害賠償に関連する金銭債権の訴権 〔30年〕など) が規定されるなど, 時効期間の統一は十分なものである (33). とはいえないのが現状であると述べる。. (2) 第二に, 時効の起算点については, 新2224条の中で,「権利者が権 (29) MALAURIE et al., supra note 21, n1206, p. 676. (30). 旧2277条「支払いについての訴権は, 5 年で時効にかかる。賃金,永. 久及び終身定期金の支分金及び扶養定期金の支分金,賃料及び定額小作料, 貸付金の利息,及び一般的に年又はより短い定期の期限で支払われるべき すべてのもの。」 (31). 商法典旧189条「他に別段の定めのない限り,商人間もしくは商人非. 商人間で生じた債務は10年で時効にかかる。」 商法典新 L. 1104 条第 1 項「商人間もしくは商人非商人間で生じた債務 は, より短い時効に服さない限り, 5 年で時効にかかる。」 (32). MALAURIE et al., supra note 21, n1208, p. 677.. (33). MALAURIE et al., supra note 21, n1203, p. 675. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 73( 917 ). 説.
(25) 利を行使できることを知った日または知るべきであった日」とされた。マ 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. ロリーによれば,「この起算点に従うと, 時効は主に契約締結日に進行を 開始することになるが, 必ずしもその時点で時効が進行を開始するとは限 らない」。なぜなら, 新たな起算点のうち,「権利を行使できることを知る べきであった時」をも起算点としたのは, 債権者の懈怠を制裁することで, 時効を道義的なものとする (moraliser) ためだからであると説明される。 さらに, 新たな起算点は, 個別的に詳細な起算点を設けずに, (統一的な 起算点を設けることで) 期間の明瞭性 (certitude), すなわち, いつの時 点から時効が進行を開始するのかを明らかにすることをもたらし, 時効に 関する争いが裁判に持ち込まれるリスクを回避することも目的としている (34). とされる。. (3) 第三に, ③に挙げた上限期間 ( butoir) に関し, 新2232条 1 項 は「時効の起算点の延期, 停止または中断は, 権利の発生の時から20年 を超えて時効期間を延長する効果を有さない」と規定する。マロリーによ (35). れば, 時効期間の流動的な起算点や, 債権者にとっての不可抗力 (force majeure), 時効の停止・中断などにより, 時効期間の満了は延期され得る ものであり, また同じく, 債権者が訴権を行使できることを知らない場合 (36). にも, 期間は不明確なものとなり得る。すなわち, 時効の停止等によって, 基本期間である 5 年の時効期間が進行を開始せず, 結果として時効が満 .
(26) de la prescription civile, JCP G, 2009, n 5. (34) Ph. MALAURIE, La (35) 「権利者が権利を行使できることを知った日または知るべきであった 日」という起算点では,権利発生時から時効が進行を開始しない場合が発 生し,結果的に,権利の発生した時を起算点とする上限期間が適用される ことになるというマロリーの理解から,「流動的 (glissant)」の語が用い られていると考えられる。 (36) MALAURIE, supra note 34, n 5. 74( 918 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(27) 了するまでに長期間を要する場合があると指摘している。そのため, その ような場合に対応すべく, 新2232条は「権利の発生の時」を起算点とす (37). 論. る20年の上限期間を定めたとされる。. (4) 第四に, 新フランス時効法は新2254条に「時効期間の合意による変 更」に関する規定を設けた。同条 1 項は,「時効期間は, 当事者の合意に よって短縮または延長され得る。ただし, 1 年未満に短縮, または10年 を超えて延長することはできない」と規定する。これに対し, 同条 3 項は 「賃金, 定期金, 定額小作料, 扶養定期金, 賃料, 賃借人の負担費用また は貸金利息に関する支払訴権または返還訴権, 1 年毎または 1 年より短 期の期間で定期的に支払うべきものに関する支払訴権」については, 当事 者は合意によって時効期間を変更することはできないとの例外規定を設け (38). た。そのほか, 消費法典 L. 137 1 条は事業者と消費者との間で, また, (39). 保険法典 L. 114 3 条は保険契約において, 新2254条の適用がないことを 規定している。 先述の通り, 旧フランス時効法における時効期間に対しては, その複雑 (40). 性が問題を引き起こしているとの指摘がなされており, 新フランス時効法 (41). はこのように複雑化した時効期間を統一することを目的としていた。その (37) Ibid. 消費法典 L. 137 1 条「民法典2254条の例外として,事業者と消費者 の間での契約において両当事者はたとえ合意があったとしても時効期間を. (38). 変更することも,時効の停止事由,中断事由を追加することもできない。」 保険法典 L. 114 3 条「民法典2254条の例外として,保険契約におい て両当事者はたとえ合意があったとしても時効期間を変更することも,時. (39). 効の停止事由,中断事由を追加することもできない。」 (40). supra note 24, p. 125.. (41). AVANT-PROJET DE REFORME DU DROIT DES OBLIGATIONS,. Rapport Monsieur Pascal.
(28) Garde des Sceaux, Ministre de la Justice, 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 75( 919 ). 説.
(29) 中で「時効期間の合意による変更」規定が新フランス時効法においてどの 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. ように機能するのかについて, ストフェル=マンク (Stoffel-Munck) は消 滅時効における当事者の意思の役割について述べた論文の中で主に短縮条 項に関して以下のように説明する。すなわち, 第一に, 合理的な (raisonnable) 制限内で短縮条項は, 時代錯誤に陥った長さの期間(現代社会 にそぐわない長すぎる時効期間)を修正することができる。第二に, 短縮 条項は, いかなる時効期間が適用されるかが曖昧な混成した (hybride) 取 (42). (43). 引において時効期間を統合することができるという機能を有している。 また, 先述したとおり, 旧フランス時効法では一般期間は30年という 非常に長いものであり, 新フランス時効法はこのような現実社会に適合し (44). ていない期間を短期化したとされる。この大幅な短期化に対応して, 新 (45). 2254条が設けられたとも考えられている。 さらに, マロリーは, 時効期間の合意による変更について言及する際, 「新フランス時効法は契約自由を拡大する自由の息吹 (souffle )を p. 171. (http://www.justice.gouv.fr/art_pix/RAPPORTCATALASEPTEMBRE 2005.pdf) 2016年10月17日閲覧。 (42). その例として管理運送契約 (transport avec manutention) が挙げられ. る。(Ph. STOFFEL-MUNCK, La prescription extinctive. Le . de la
(30). La prescription extinctive . de droit . LGDJ, 2010, p. 398.) (43). Ibid.. (44). AVANT-PROJET, supra note 41, p. 171.. (45). これについて,金山教授・香川教授は,「立法の政治力学の観点から. は, 5 年の普通時効期間が短すぎると感じる関係者に対して,当事者が合 意をすれば10年に延長できるから心配するには及ばないと説得するための 方便という側面も見逃し得ない」と述べる。(金山 (直)・香川・前掲注 ( 4 ) 169頁。) また,鹿野教授は,「普通時効期間を 5 年に短縮することと のバランスをとる必要があるとの考慮もある」と述べる。(鹿野・前掲注 (14) 56頁。) 76( 920 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(31) (46). もたらすものである」とも述べている。 このように新フランス時効法下においては, 時効期間の合意による変更. 論. の役割・機能に関する議論が行われているが, この点に関しては次稿にゆ ずることとし, 本稿では, 時効期間の合意による変更がすでに裁判例によっ て認められていたとされている点について分析し, いかなる理由により合 意による変更が認められていたのかを明らかにしたい。. 第3節 本稿の構成 第 1 節で示したとおり, 本稿では旧フランス時効法下での「時効期間 の合意による変更」に関する議論を分析する。第 2 章では, 学説に大き な影響を及ぼしている, 時効期間の合意による変更に関する裁判例を考察 する。なお, 時効期間の合意による短縮に関する裁判例については, 1930 年 7 月13日の法律により定められた保険契約に関する特別法と関連して くる部分があるため, 裁判例の考察にくわえて同法の性質についても言及 することとする。次に, 第 3 章では, 学説について考察する。そして, 以上の裁判例・学説の考察を基に, 第 4 章において, 旧フランス時効法 における時効期間の合意による変更に関して分析を行う。. 第2章. 裁判例の動向. 本章では, 時効期間の合意による変更に関する裁判例について, 時効期 間の合意による短縮, 時効期間の合意による直接的延長, 時効期間の合意 による間接的延長の順で考察する。. (46) MALAURIE et al., supra note 21, n1226, p. 683. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 77( 921 ). 説.
(32) 第1節 時効期間の合意による短縮 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 第1款 1930年 7 月13日の法律 (保険契約関連) 制定以前の状況 (1) 時効期間の合意による短縮を有効とするとの判断を破毀院として初 めて示したのは, ①破毀院民事部1853年 2 月 1 日判決であるが, それ以 前に, 控訴院において時効期間の合意による短縮に関する判断をしたもの としては, ②パリ控訴院1849年12月10日判決と, ③ナンシー控訴院1851 年 7 月25日判決の 2 つがある。まずは下級審においてどのような解釈が 展開されていたのかをみていく。 ②パリ控訴院1849年12月10日判決では, 保険契約において設けられた 「災害または直近の請求 ( poursuite) から 1 年間訴権を行使しな いときには, 保険契約者から保険金 ( . ) に関するあらゆる権利を 剥奪する」とする契約条項の有効性が争われた。 本件につき同裁判所は, 時効は公序 (l’ordre public) の規定であるとし た上で, 時効制度は債務者が解放されているが解放の証拠を紛失したとい う前提 (principe) に基礎を置くものであるとする。そして, 旧2220条に よって債務者は事前に時効を放棄することを許されないから, 時効期間の 満了を早めることも認められないとする。そのため, 短縮条項で定めた時 効期間が満了したとしても, 債務者の解放は推定されないとして, 合意に (47). より時効期間を短縮することは認められないと判示した。 他方, ③ナンシー控訴院1851年 7 月25日判決では, 保険契約において 設けられた「保険会社により補償される目的物の火災により生じる損害の すべての支払訴権は, 火災もしくは直近の請求の時から 6 カ月の期間が 経過すると時効にかかる」とする短縮条項の有効性が争われた。これにつ きナンシー控訴院は, この合意による失権 (.
(33). ) はなんら公序に. 1849, D. 1850. 2, p. 40. (47) CA Paris, 10 78( 922 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(34) 反するものではなく, 合意により権利の存続期間 ( de .
(35) d’un droit) も定められ得るとして, 時効期間の合意による短縮を有効と (48). 論. した。 ③判決の評釈においても, 保険会社は有効に保険契約の契約条項に被保 険者の失権に関する規定を設けることができ,「当該条項はなんら公序 (49). (旧2220条) に反するものではない」とされる。 以上みたとおり, ②判決は合意により短縮された期間の満了では, 債務 者が債務から解放されたと推定することはできないとして, 短縮条項を認 めないのに対し, ③判決は, 短縮条項は旧2220条が維持しようとする公 序, すなわち, 永遠の訴権を認めないとする消滅時効制度を形骸化させな いとする趣旨に反するものではないため有効であるとの判断を下していた と評価できる。前者は消滅時効制度の存在理由のうち,「債務者の有効な 解放の推定」を根拠に挙げ, 短縮条項を否定するのに対し, 後者は時効の 事前放棄を禁ずる旧2220条を根拠に, 債務者を早期に解放することとな る短縮条項は公序に反せず, 有効であるとした。しかしながら, 時効を早 期に完成させる短縮条項が有効であるか否かを判断する際に, 時効の完成 を困難もしくは不可能とする時効の事前放棄を禁ずる旧2220条がなぜ援 用されるのか, すなわち, 短縮条項と時効の事前放棄の禁止がどのように 関連するのかは定かではない。. (2) このように控訴院で分かれていた判断に決着をつけたのが, ①破毀 院民事部1853年 2 月 1 日判決である。本判決は②判決について破毀申立 てがなされたものである。. (48) CA Nancy, 25 juill. 1851, D. 1852. 2, p. 67, note inconnu. (49). Inconnu, note sous CA Nancy, 25 juill. 1851, D. 1852. 2, p. 67. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 79( 923 ). 説.
(36) (50). 破毀院は,「原審には1134条違背及び2220条の誤った適用があった」と 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. の破毀申立事由に対し,「保険契約者の訴権の行使に条件を附す条項は, なんら公序良俗に反するものではなく, 双務契約の本質 (essence) に反 することもない。短縮条項は不意打ちでもなく, 錯誤により合意されたも (51). のでもない」として, 短縮条項は有効であると判断した。 本判決に関する評釈では, ③判決を参照するよう指示した上で, 合意に よる時効 (prescription conventionnelle) を排除する以外の何物でもない原 審の考えは, 保険の領域以外においても論理的に導かれる ( . ) ものであることが必要であったとする。そして, 旧1659条及び1660条を 見よと述べ, その説明についてはトロロン (Troplong) の著書を参照せよ (52). としている。 まず, ここで挙げられている旧1659条は「買戻権は, 売主が主たる代 (53). 金の返還及び第1673条に述べる償還を条件として, 売却物を取り戻すこ とを留保する約款である」と規定しており, 1660条 1 項は「買戻権は, 5 年を超える期間について約定することができない」として, 買戻権に関 する期間を定めている。そして, この買戻権の期間に関してトロロンは以 下のように説明する。すなわち,「買戻特約付売買契約において, 買戻権 が 2 年で行使されると定めたとする。これは, 買主が 2 年の期間が満了. (50). 1134条 1 項 (2016年 2 月10日のオルドナンスにより, 現行民法典では. 1103条に規定される。 以下で引用する場合は, 「1134条」 と記す。) 「適法に形成された合意は,それを行った者に対しては,法律に代わる。」 (51) Cass. civ. 1
(37) 1853, D. 1853 1, p. 77, note inconnu. (52). Inconnu, note sous Cass. civ. 1
(38) 1853, D. 1853 1, p. 77.. (53). 1673条「買戻約款を実行する売主は,主たる代金のみでなく,売却の. 費用及び正当な出費,必要な修繕費及び土地の価額を増大させた修繕費も その増価を限度として償還しなければならない。売主は,それらの債務を すべて満たしたのちでなければ,占有を開始することができない。」 80( 924 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(39) する前に, 当該期間を 5 年に延長することをなんら妨げるものではない。 なぜなら, この期間は買戻権の時効に関する法定期間であり, (期間を合. 論. 意により変更することができることは:筆者注) 買戻しの機能である。疑 いの余地なく, このような延期は満了していない時効の放棄である。 しか しながら, この時効は合意に基づくものであって, 法律に基づくものでは ない。そのため, 公序は, 法律に基づかない時効を放棄することを妨げな (54). い」と述べる。 また, 評釈者は,「最も奇妙なことは, 原審において, 時効期間の合意 による短縮を禁ずる根拠として (旧) 2220条が援用されていたことであ る」と批判する。時効期間の合意による変更と旧2220条が抵触するか否 かの議論は, 時効期間の「延長」に関して, 延長条項が時効の事前放棄と 同視されるか否かが議論される場合に持ち出される問題であり, 短縮条項 の有効性の判断においては, 同条は問題とならないと解釈していると評釈 者の意図を読み取ることが可能ではないであろうか。そして, 先に述べた 買戻権に関する時効期間の合意による延長が認められるということを挙げ, これを一般化して, 時効期間の合意による変更が認められるとしたものと 推測される。 ①判決が評釈のとおり捉えているかは定かではないが, 少なくとも同判 決は, 短縮条項が旧2220条に抵触するものではなく, 当事者の合意によ り短縮条項を設けることは公序に反しないということを示した判決である といえる。 なお, 本判決の特筆すべき点として, 債権者=被保険者, 債務者=保険 会社という保険契約であっても, 債務者たる保険会社に有利な短縮条項が. (54) M. TROPLONG, De la prescription, ou commentaire du titre XX du livre III du code civil, T. 1, Paris, 1838, n44, p. 50. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 81( 925 ). 説.
(40) 公序に反しないと判断されたことが挙げられる。換言すれば, 約款等にお 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. いてあらかじめ契約条項を定めており, 相手方がこれに同意する形をとる 附合契約の場面において, 契約条項を定める側である保険会社が自己に有 利な条項を設けたとしても, 当該条項が公序に反しないと評価されていた こととなる。破毀院においてこのような判断がなされていたことについて は留意する必要があろう。. (3) ①判決により時効期間の合意による短縮が認められた後, 破毀院の 短縮条項を有効とする立場はその後の④⑤判決においてもみられる。 (55). ④破毀院民事部1865年 1 月16日判決は, 海運に関する保険契約におけ る時効期間の短縮条項が認められるかについて,「被保険者の権利行使に 適用される条件は一切公序を侵害する (blesser) ものではない。実際, 時 効の事前放棄を禁じ, 永遠の訴権を認めない (旧) 2220条の規定と, 通 常の時効よりも狭く訴権行使を縮約する条項 (stipulation) は抵触するど ころか, 完全に両立する。また, 時効期間の短縮が自由に合意される場合, 原審が明らかにしたように, 当該合意は,『適法に形成された合意はそれ を行った者に対しては法律に代わる』と規定する1134条の適用対象とな る」と判示した。 ⑤破毀院民事部1893年10月25日判決は, 保険会社と公共事業の請負人 間で締結された保険契約の「保険会社に対するあらゆる請求は事故の日か ら 1 年で時効にかかる」との条項が原審で認められないとされたことに 対し, 保険会社が原審の判断は1134条に違背しているとして破毀申立て した事案である。破毀院はこの申立てに対し,「労働者及び従業員の職業 上の事故を原因とする経営者の民事責任に対する保険契約の条項は適法で. (55) Cass. civ. 16 janv. 1865, D. 1865, 1, p. 12. 82( 926 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(41) あるため, 従わなければならない。また, 被保険者の訴権の行使について (56). 定めた条項はなんら公序を侵害するものではない」と判示した。. 論. 以上のように, ④判決は短縮条項と旧2220条が抵触しない点および短 縮条項が適法に設けられていれば1134条の適用があることを認めており, また, ⑤判決も1134条違背はなく, 短縮条項は適法であって公序を侵害 するものではないとの判断を下すなど, ①判決に倣った判断を下していた。. (4) 以上はすべて保険契約に関する裁判例であるが, ⑥破毀院民事部 (57). 1895年12月 4 日判決では, 運送契約において, 当事者が合意した「運送 契約における料金の返還請求権は発送の日から 3 カ月で時効にかかる」 とする短縮条項の有効性が争われた。これにつき破毀院は「時効の事前放 棄及び永久の訴権を認めない (旧) 2220条の規定は, (短縮条項と:筆者 注) 抵触するどころか, 法により定められた制限よりも厳格な制限の中で 訴権の行使を封じ込めることを目的とする約定と両立する。この点で, 合 意の自由は明文の規定または公序によってしか例外的に制限され得ない」 として, 短縮条項を有効と判示した。 本件につき, サリュ (Sarrut) はその評釈において以下のように述べる。 すなわち, 時効は債務者の利益のために, また, 訴訟の数を減らし, さら に紛争の解決を簡便にするために導入されたものである。それゆえ, 普通 時効期間よりも短い期間で訴権の行使を封じ込めることで債務者の解放を 容易にし, 紛争を回避する合意は法の趣旨に沿ったものであるとする。そ して, 旧2220条が訴権の期間を延長することのみを禁ずるのは, 期間が 延長されてしまうと, 結果として債務者が時効について法により定められ. (56) Cass. civ. 25 oct. 1893, D. 1897, 1, p. 5. (57). Cass. civ. 4 1895, D. 1896, 1, p. 241, note L. SARRUT. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 83( 927 ). 説.
(42) た期間を超えて拘束されることとなるからであると述べる。以上の理由か (58). 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. らサリュは短縮条項を認めてよいとする。 (59). さらに, ⑦破毀院予審部1909年11月15日判決は, 原告たる従業員が, 事業主・保険会社間の保険契約 (経営者の賠償責任に関する保険契約と負 傷した労働者への賠償金に関する団体保険契約の 2 つの性質を帯びた保 険契約) に短縮条項が定められていたことを認識しておらず, そのために いまだ時効は進行を開始しておらず, 時効期間は満了していないと主張し た事案である。本件について破毀院は, 原告 (従業員) は自身の被った損 害が, 経営者と保険会社の間で締結された保険契約により補償されること を知っていた以上, 時効期間の短縮について定めた契約条項についてのみ 不知であったと主張することはできず, そのため, 時効はすでに進行を開 始しており, 時効期間は満了していたといえるとの判断を下した。本判決 の評釈において, 保険契約における短縮条項の有効性については, ⑤判決 (60). を参照するようにとなっていることから, ⑦判決もまた, 先例を踏襲して おり, 破毀院はその立場を一貫して維持しているといえる。. (5) このように, 破毀院は一貫して時効期間の合意による短縮を有効と していたのに対し, 下級審において, 権利者の訴権の保護のために短縮条 項を認めるべきでないとする判決が現れる。 (61). ⑧セーヌ民事裁判所1929年 2 月26日判決は, 1792条 ( 当時) 及び2270 (62). 条 (当時) が定める建築者及び請負人の責任に関する10年の期間を18カ月 (58) L. SARRUT, note sous Cass. civ. 4 1895, D. 1896, 1, p. 241. (59). Cass. req. 15 nov. 1909, D. 1911, 1, p. 393, note P. DUPUICH.. (60). P. DUPUICH, note sous Cass. req. 15 nov. 1909, D. 1911, 1, p. 393.. (61). 1792条「有料で築造された建造物が, 全部またはその一部につき, 建. 造物または土地の瑕疵により朽ちた ( ) 場合, 建築家および請負人は, その瑕疵について10年間責任を負う。」(判決当時) 84( 928 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(43) とする短縮条項の有効性について争われた事案である。本件につきセーヌ 民事裁判所は, 建物の瑕疵は一定期間の居住の後に明らかになるものであ. 論. るにもかかわらず, 18カ月が経過すれば一切の請求ができないとする短 縮条項は, 建物の所有者が権利を行使することができないほど短期の期間 を設けるものであって不当であるため, このような短縮条項を無効とし (63). た。 ⑧判決の評釈をみると, 原則として時効期間を短縮する合意は有効であ るが, 本件において問題となった建物の瑕疵については, その存在が明ら かになるまでに一定程度の期間を要するとの事情があったために, その点 を考慮して, 短縮条項は認められないとの判断が下されたと評価されてい (64). る。. (6) 以上の時効期間の合意による短縮に関する裁判例から, 当初は控訴 院 (②③判決) において分かれていた判断が①判決により確定され, その 後も④∼⑦の破毀院判決は一貫して時効期間の合意による短縮を有効とし ていたといえる。 短縮条項の有効性の判断基準とされていたのは, 短縮条項が公序に反す るか否か,1134条の適用があるか,旧2220条に抵触しないかという点で あった。ここで考慮されていた「公序」とは, 旧2220条が時効の事前放 棄を禁じていた趣旨である 「永遠の訴権を認めないこと」 を指し, 短縮条 項がこの趣旨に反するか否かという基準をもって, 時効期間の合意による. (62). 2270条「10年が経過すると, 建築家および請負人は自らの行ったもし. くは指揮した本工事の保証から解放される。」(判決当時) (63) T. civ. Seine, 7e ch. 26 1929, Gaz. Pal. 1929, 1, p. 783, note inconnu. (64) Inconnu, note sous T. civ. Seine, 7e ch. 26 1929, Gaz. Pal. 1929, 1, p. 783. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 85( 929 ). 説.
(44) 短縮の有効性が判断されていたと考えられる。 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. これに対し, ⑧判決は短縮条項を無効とした判決である。しかしながら, 評釈にもあるように, 同判決は破毀院の立場を否定したのではなく, 建物 の瑕疵に対する請求権であるということ, ならびに, それに関する短縮条 項が過度に短いものであることから, 短縮条項が債権者の権利を不当に侵 害し得るとの評価を下したものである。 次に, 上記裁判例のうち, 6 つが保険契約に関するものであったとい う点に注目したい。後述する学説でも, 時効期間の合意による短縮に関す る議論において附合契約, とりわけ, 保険契約に言及する場面が多くみら れる。附合契約 (contrat . ) とは, 事前に一方当事者が準備して いる定型的な契約条件を一括承認することによって締結される契約であ (65). る。そして, 保険契約を例にその特徴をみると, 保険契約では, 保険会社 が約款を用いて一方的に契約条項を定める。その中で, 保険会社 (債務者) は自己に有利な条項, 具体的には, 被保険者 (債権者) の保険金請求権の 消滅時効期間を短縮する条項を設けていたこととなる。たとえば, 保険会 社は, 海運に関する保険には 5 年 (商法典432条), 陸運に関する保険に は30年 (民法典旧2262条), 不法行為には30年 (民法典旧2262条) の消滅 時効期間が適用されるところ, これら期間を 1 年や 6 カ月へと短縮して いた。このことについて, 破毀院は保険会社に有利な短縮条項は時効の事 前放棄を禁ずる旧2220条と両立するものであり, なんら公序に反しない と判断した。この判断は以下に述べる1930年法制定前まで一貫して維持 されていたものである。. (65). 附合契約の定義については,山口俊夫『フランス法辞典』(東京大学. 出版会,2002年) 124頁を参照した。 86( 930 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(45) 第 2 款 1930年 7 月13日の法律の制定とその目的 それでは, 保険契約における短縮条項に関して1930年法がどのような. 論. 影響を与えたのかについて, 同法の目的も含めて概観する。. (1) 以上みたとおり, 破毀院は短縮条項を公序に反するものではなく有 効であると判断していたが, 短縮条項は附合契約においてしかみられない ものであり, そこでは短縮条項が濫用的に用いられるおそれがあるとの指 (66). 摘が学説においてなされるようになる。. (2) その流れを受けてか, 保険契約に関して規定する1930年法の中に, 保険金の時効に関する節 (25条∼27条) が設けられた。同法25条により, (67). 保険契約に関する時効期間は 2 年, 起算点は保険事故の日とされ, 同法26 条により,「時効期間は保険証書 (police) の条項によっては短縮されえな い」として, 保険契約における短縮条項は一切認められないこととなった。 1930年法に関して議論した議会において報告を行ったゴダール (Godart) とペロー=シャルマンティエール (Perraud-Charmantier) によると, 保険契約において30年の時効期間が主に 6 カ月へと大幅に短縮されてい たことが問題視され, 公序及び社会の平穏に基づく期間として, 同法によ (68). り 2 年の時効期間が定められた。 また, 彼らは, 時効期間の合意による短縮を禁じた1930年法26条は絶 T. 2, (66) A. COLIN et H. CAPITANT, Cours elementaire de droit civil .
(46) Paris, 1924, p. 138. (67). 1930年法25条「保険契約より生ずるあらゆる訴権は,その訴権を生じ. させる保険事故 (
(47)
(48) ) の時から 2 年で時効にかかる。」 (68). J.GODART et A. PERRAUD-CHARMANTIER, Code des assurances. commentaire pratique et complet de la Loi du 13 juillet 1930, relative au Contrat d’assurance,
(49). Paris, 1937, n541, p. 293. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 87( 931 ). 説.
(50) 対的公序 (ordre public absolu) に関する規定であるとする。なぜなら, 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 過去にみられた濫用が起こらないようにと考える立法者は, 当事者が同条 を適用除外とするという条項により, その成果 (oeuvre) を害し得ること (69). を欲していないからであるとする。 また, シコ (Sicot) とマルジェ (Margeat) も, 保険契約に関する訴権 の時効期間が 2 年とされたのは, 保険会社が契約条項の中に短縮条項を (70). 盛り込むという濫用 (abus) に対抗するためであると理解する。また, 保 (71). 険契約における消滅時効制度は, 公序を理由に設けられたものであり, そ (72). して, 1930年法 2 条に規定される合意により変更することのできる条文 番号の中に同法25条が含まれていないことから, 同条の時効期間を 2 年 とする規定は強行規定であるとして, 時効期間に関する合意の余地は認め (73). られないと評価する。 さらに, ピカール (Picard) とブッソン (Besson) によると, 1930年法 は公序の名において被保険者 ( ) を保護することを目的としており, 同法が短縮条項を禁じた趣旨は, 従来みられた (保険会社が保険契約者に 短縮条項を課すという) 濫用に決着をつけることを目的としていたとの見 (74). 解を示す。. (69) GODART et PERRAUD-CHARMANTIER, supra note 68, n559, p. 304. (70). L. SICOT et H. MARGEAT, .
(51) de la loi sur le contrat d’assurance,. Paris, 1962, n251, p. 161. (71). Ibid.. (72). 1930年法 2 条「この法律の時効を合意により変更することはできない。. ただし,当事者に単純な権能を与える, 6, 10,23,30,31,32,33,34, 36,38,40,41,50,51,52,65,70,73,74 条は除く。」 (73). SICOT et MARGEAT, supra note 70, n261, p.166.. (74). M. PICARD et A. BESSON, Les assurances terrestres en droit .
(52). . T. 1, Paris, 1964, n155, p. 233. 88( 932 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(53) (3) このように, 1930年法によって保険契約では短縮条項が禁じられる に至った。あくまで概観したに過ぎないが, 学説の中では, 被保険者の保. 論. 護が1930年法の目的として挙げられ, その表れとして同法26条の規定が 存在しており, また, 同法25条に設けられた 2 年の時効期間は, 公序を 基礎とする期間であると理解されていた。そのため, 保険契約において時 効期間を短縮する条項は公序に反するものであると判断されることとなり, 同法制定により, 破毀院が認めてきた保険契約における短縮条項の有効性 は否定されることとなる。ただし, 1930年法は保険契約のみをその対象 としていた。そのため, 保険契約にみられた濫用と同様の濫用が予想され る他の附合契約における短縮条項に関しては, 従来のまま規制されておら ず, 1930年法のもたらす短縮条項の有効性への影響は限定的なものにと どまっていたと考えられる。. 第 3 款 1930年 7 月13日の法律の制定後の変化 (1) 1930年法制定以降, 保険契約に関する短縮条項に関する裁判例はみ られなくなったものの, 他の附合契約においては引き続き短縮条項が用い られることとなる。ただし, 以下でみる裁判例では, 他国の法の選択によ る時効期間の短縮や時効の停止に関する規定への影響, さらには, 重大な フォートがあった場合においても短縮条項を援用できるのかといったこと に関連して, その有効性が判断されることとなる。そこで, 以下ではそれ ら場面における短縮条項に関する判決をみていくこととする。 (75). ⑨破毀院民事部1950年 1 月31日判決では, セーヌ商事裁判所にてベル. (75). Cass. civ., 31 janv. 1950, D. 1950, p. 261, note P. .
(54) 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 89( 933 ). 説.
(55) ギー銀行 (Bergens Privatbank) の担当者 (清算人:liquidateur) がペトロ 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. グラード商業国際銀行 (Banque international de commerce de Petrograd) パリ支店に支払いを求めた際, ペトログラード商業国際銀行が, ベルギー 銀行との契約には, 3 年で時効にかかると規定しているノルウェー法が 適用されるため, すでに時効が完成していると主張した。これについて破 毀院は, 旧2220条は時効の事前放棄を禁じているが, 法定されているよ りも厳格な制限下で訴権の行使をしなければならないとする条項 (短縮条 項) を禁じてはいないとする。そして, 2国間での国際的な契約 (contrat international) を行い, 外国法に基づく契約上の債務の履行 ( . ) の ためにフランスの裁判所に呼び出される債務者は, 契約に基づく訴権の時 効期間を 3 年とするノルウェー法を主張することで, 自己を有利に保護 することができる権利を有すると判示した。 本判決は一見すると時効期間の合意による短縮の事例ではないようにも 思われるが, 評釈では,「(旧) 2220条の強行的な (
(56) ) 性質は訴権 の行使を法が定めるよりも厳格な制限の下で封じ込めることを目的とする 『条項』と両立する」とされ, また,「判例は, 契約法の任意規定と強行 (76). 規定を区別していない」と述べられている。このことから, 評釈者として は, 裁判所は, たとえ旧2220条が強行法規であったとしても, 当事者の 合意の内容が強行法規の定められた目的に反しなければ有効であると判断 し, 短縮条項が有効と判断したと理解しているのではないだろうか。 (77). ⑩ペリグー民事裁判所1954年 7 月 6 日判決では, 満期を 1 年とする定 期金及び終身定期金に関する訴権について,「定期金債務者が支払いのあっ (76) P. note sous Cass. civ., 31 janv. 1950, D. 1950, p. 261. (77). T. civ. . 6 juill. 1954, Gaz. Pal. 1954. 2. p. 278.. 90( 934 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(57) たことを証する領収証を有していない場合に, 定期金受給権者が支払いを 請求せずに, 3 カ月ごとの支払い日から 1 カ月を経過すると, 定期支給. 論. 金 ( ) は遅滞なく支払われたものとみなす」と定めた短縮条項の 有効性が争われた。これにつき同裁判所は, これまで裁判所の一般的傾向 として法定時効期間の合意による短縮を認めてきたのは, それぞれ問題と なった短縮条項が合理的な制限 (limite raisonnable) を超えるものではな く, 訴え得る余地を排除するものとまでは至らなかったからであるとした 上で, 時効期間を 1 カ月とした合意は濫用的なものであって無効であり, 本件における訴権は 5 年の時効期間に服するとした。. また, ⑪破毀院第一民事部1976年10月 6 日判決は以下のとおりである。 事故当時未成年者であったスポーツクラブの会員が成年に達した後に, ス ポーツクラブに対し損害賠償を請求した。 これに対し, スポーツクラブ側 が, 契約条項に「スポーツクラブに対して訴権を行使し得る場合, その訴 権は事故の日から 2 年で時効にかかる」と規定されているため, たとえ 請求権者が未成年者であっても訴権が発生した日から時効が進行し, すで に時効期間は満了していると主張して争った。これにつき破毀院は, 短縮 条項は時効の性質を変更するものではないため, 短縮条項中にある起算点 の定めをもってして未成年者に対する時効の停止を定めた旧2252条(「時 効は, 未解放未成年者及び後見に付された成年者に対しては進行しない。 ただし, 第2278条に述べる場合及び法律が定めるその他の場合を除く。」) (78). の適用を排除することはできないとした。. 最後に, 近時のものとして, ⑫破毀院商事部2004年 7 月12日判決が挙. (78) Cass. civ. 1re, 6 oct. 1976, D. 1977, p. 25. 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 91( 935 ). 説.
(58) げられる。Y1 社が変圧器の輸送及び設置を訴外A社から依頼され, 設置 (79). 時 効 期 間 の 合 意 に よ る 変 更. 作業をしている最中に, 重大なフォートにより変圧器に損害を負わせた。 この損害につきX社が Y1 社に代わり, A社に賠償した。その後, A社の 権利について代位するX社が Y1 社に損害の填補 ( ) を求めたと ころ, Y1 社が, 契約条項に規定される短縮された時効期間がすでに満了 していると主張した。その後, Y1 社は Y2 社が担保責任者であるとした ため, X社はY2 社に対しても賠償を求めた。本件につき原審は, Y1 社 の消滅時効の主張を認めず, Y1 社の重大なフォートを考慮した上で, Y1 社と Y2 社それぞれに 2 分の 1 ずつ賠償する責任があると判示した。これ に対し破毀院は,「時効期間を短縮する契約条項は, 重大なフォートを犯 した場合であっても適用される」として,「原審の判断は1134条及び (旧) (80). 2220条に違反した」ものであると判示し, 原審の判断を破毀した。 ドゥルベック (Delebecque) は本判決の評釈において, 時効期間の短縮 条項は重大なフォートが存在する場合においても同様に有効であると明示 することで, 破毀院商事部は暗黙のうちに, 短縮条項の有効性を認めてお (81). り, 本判決はこれまでの破毀院の考えを確認したものであるとする。. (2) 以上が1930年法制定後の短縮条項に関連する裁判例である。破毀院 (⑨⑪⑫判決) が短縮条項を有効とする立場は①判決以降, 1930年法制定. (79). フォートについて日本法に即した正確な定義をすることは困難である. が,故意・過失の両方を含んだ概念であり,民事責任を追及するための要 素である。 1382条「他人に損害を生じさせる人の所為はいかなるものであっても,フォー トによってそれをもたらした者に,それを賠償する義務を負わせる。」 (80) Cass. com., 12 juill. 2004, D. 2004, p. 2296, note P. DELEBECQUE. (81). P. DELEBECQUE, note sous Cass. com., 12 juill. 2004, D. 2004, p.. 2296. 92( 936 ). 法と政治. 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月).
(59) 後も一貫して維持されている。しかしながら, これら判決において短縮条 項が有効であるとする明確な根拠は示されていなかった。. 論. 他方, 下級審判決ではあるが, ⑩判決は短縮条項を否定したものである。 ただし, 判旨でも述べられていたように, ⑩判決の判断はこれまでの破毀 院の考えを否定するものではなく, 短縮条項が債権者の権利を奪うほど短 期の時効期間を設けていた場合に, それが濫用的であるために無効とする との判断を下したものである (⑧判決と同旨)。この考えは後述するプラ ニオル (Planiol) とリペール (Ripert) の考えであり, 判旨においても彼ら の著書が挙げられている。 このように, 1930年法制定後の裁判例の傾向としては, 根拠は明らか にされていないものの, 原則として短縮条項を有効としており, そのよう な立場は維持されているといえるであろう。これは, 先に述べたとおり, 保険契約における短縮条項に関する裁判例はないものの, 保険契約以外に おいては, 依然として附合契約における短縮条項は有効とされたままであ ることを意味する。また, 下級審では債権者の権利行使の機会を実質的に 奪うほど短期の期間を設ける短縮条項は濫用的であり無効であるとの判断 が下されていた。下級審においてではあるが, 原則に対する例外として, 過度な短縮条項が認められないという短縮条項の限界が示されていた。. 第4款 本節のまとめ 裁判例をみると, 原則として短縮条項は有効とされていた。その根拠は, 短縮条項が旧2220条の禁ずる時効の事前放棄の禁止に抵触しないことと, 短縮条項が債務者を弁済の証拠保全の負担から早期に解放すること, さら に, 1134条の適用があることであった。他方で, 一部の裁判例において は, 短縮条項が認められないとされた。ただし, これは, それまでの破毀 院の立場を否定するものではなく, 短縮条項が債権者の権利を不当に侵害 法と政治 67 巻 4 号. ( 2017 年 2 月). 93( 937 ). 説.
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