1.はじめに 社会福祉でいつの間にかほとんど使われなくなった言葉がある.例えば,措 置制度,公的責任,公務員ヘルパーなど.他方,いつの間にかよく使っている 言葉がある.例えば,就労支援,生活困窮者,そして自立支援である.これら は今ではよく耳にするが,20 年ほど前を思い出すと,それほど使われていな かった.いまこれらの言葉を使うのも,障害者自立支援法や生活困窮者自立支 援法など国の制度政策によるところが大きい.社会福祉の用語,そしてその思 考様式は,政策動向にかなり依存していると改めて気づかされる. そのなかでも,社会福祉分野に見事に浸透し,いまや社会福祉の中心的な理 念にまで上りつめた言葉が「自立支援」である.本書は,生活保護を中心に社 会保障における「自立支援」の用語にこだわって,とことん追求し,分析し, その問題点について鋭く批判的な検討を加えた本格的な研究書である. 2.本書の問いと各章の概要 ⑴ 本書が追究する問い 本書は「『自立支援』という言葉(概念)を通して,現代の社会福祉の特徴 を分析することを目標にしている」という(p. ii).その分析のためには「『自 立』の具体化とその多面的な問い直し」が必要だとしている.つまり,「自立」 とはどのような状態か,「自立支援」は何に貢献しているか,「自立支援」の発 展は社会福祉にどのような影響を及ぼすのか,「自立」と「非自立(依存)」は 何によって分けられるのかなどがあると指摘する(pp. ii-iii).自立支援に関し て様々な問いが上がっているが,著者の中心的な問いは,研究のきっかけにな きのした たけのり—立教大学コミュニティ福祉学部・教授—[email protected] 書 評 桜井啓太著
『〈自立支援〉の社会保障を問う
生活保護・最低賃金・ワーキングプア
』
木下 武徳
BBBBBBBBBBBBBBBBB BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBったという「違和感」,つまり,「なぜ『支援』ではなく,『自立支援』なのか」 であろう(p. iii). ⑵ 各章の概要 その問いへの回答をするために次のような章が構成されている.以下,各章 の概要を見ていきたい. まず,第Ⅰ部「『自立支援』その影響 労働と福祉の領域において」では, 生活保護と最低賃金を採り上げて,「自立支援」が及ぼす制度変容を検討して いる(p. 1). 第 1 章「ワーキングプア化する生活保護『自立』世帯」では,ある自治体 で実施した,就労収入により保護廃止となった 115 世帯の調査結果により, 廃止後の収入が保護基準以下だった世帯が 25%,生活保護水準の生活と考え られる保護基準の 1.2 倍までの収入が 49%,1.4 倍までが 73%を占めた(p. 22).その理由として就労収入が保護基準を上回る「見込み」で保護廃止が行 われていることなどを明らかにした(p. 32). 第 2 章「最低賃金と生活保護 ワーキングプア vs 生活保護受給者?」で は,最低賃金が生活保護の給付水準よりも低い「逆転現象」を解消する国の統 計手法の問題を明らかにした.つまり,祝日や休暇を取らず働き,当時全国最 低の沖縄県の前々年度の最低賃金を基に可処分所得比率を算出するなどして最 低賃金の基準額を高くする.一方,生活扶助は人口加重平均を採用し,勤労控 除を除外し,住宅扶助は家賃のかからない持ち家の人も分母に含めた平均額を 採用し,大都市で生活扶助や住宅扶助が低くなるよう計算した(pp. 52-53). しかし,国民の税・社会保険料負担は増加し,持ち家や公営住宅に住む被保護 者も減ったため逆転現象は解消されなかったという(pp. 67-70).結局,2013 年の生活保護基準の削減により逆転現象が解消したことが解明された(p. 74). 第 3 章「自立助長の放棄と生活保護制度改革」では,国が「こっそりと」 勤労控除を保護の要否判定から外した 2013 年 8 月の運用変更を取り上げてい る.それ以前であれば,保護廃止時に自立した生活ができるよう勤労控除を踏 まえた保護の要否判定を行ったが,それを破棄した(pp. 85-86).その結果, 例えば,東京都では保護廃止の基準が 16 万 4488 円から 15 万 4217 円まで下 げられた(p. 90).こうして保護廃止がしやすくされたことを明らかにした.
次に,第Ⅱ部「『自立支援』の誕生と発展」では,「自立支援」という言葉が どのように生まれ,使われてきたのか,歴史的経緯や概念の持つ特徴や機能, 果たしてきた役割について,テキスト分析や政策史の分析を通して明らかにさ れる(p.97). 第 4 章「『自立支援』のテキスト分析 国会会議録を例に」では,社会福 祉関係法でどのように自立支援が使われてきたのか「テキストマイニング」に より国会会議録を検討したところ,「自立支援」の初出は 1987 年でその後も 年に数件程度であった.しかし,1995 年に 209 件,2005 年 2079 件,2015 年 1010 件と増え,「自立支援」が浸透したことを示している.その要因は,「自 立支援」は高齢者,障害者,児童などどのような分野でも使え,「主張の内容 が正反対であっても,そこで用いられる『自立』,『自立支援』という価値自体 が批判されることはない」「マジックワード」であることにある(p. 125). 第 5 章「『自立支援』を巡る政策史」では,高齢者,障害者,児童などの社 会福祉の各領域で「自立支援」が具体的に法制度に導入された経緯が明らかに される.その結果,「自立支援」は省庁内のプロジェクトや審議会・検討会な どで使われ始め,法制度化されて政策言語として確立してきた.他方,その導 入は当事者不在で,当事者運動の成果でもないと指摘されている. 第 6 章「『自立支援』の使用法 その特徴と機能」では,「選択(自己決 定)・主体性」の強調(と同時に自己責任の強調),「保護から自立支援へ」など の「自立支援」の特徴を明らかにすることで,それがどのように用いられ,ど のような役割と効果を持つのかが分析される. 第 7 章「『自立支援』の拡大と生活保護の変容 〈生〉に介入する自立支 援」では,生活保護の「自立」が「就労自立」のみならず,「日常生活自立」 「社会生活自立」を含むようになったが,そのために経済的問題だけでなく, 金銭管理や健康管理,社会的孤立などの生活上の様々な自立課題を見つけて生 活保護世帯が「問題世帯化」され,貧困の自己責任を前提に「自立支援」の名 の下に生活保護受給者の〈生〉への様々な介入が推進されていることが明らか にされる(pp. 182-184). 第 8 章「自立と依存」では,「自立支援」の対象とすることで「依存」とい うレッテルを貼って社会福祉を利用する人たちの地位を低下させ,社会的排除
をしている(p. 219).しかし,私たちの生のあり方は「依存」が通常の形態 である(p. 229).「自立」していると思っていても,実は,家事や育児を妻に 依存し,自分が高齢になると他者に介護を「依存」しなければならない.そこ で「依存」の復権を図り,「一人ひとりの生活を保障するための社会的な支援 を豊かにもつような,社会の側が変容する可能性」を追求すべきであると本書 を締めくくっている(p. 232). 3.本書の意義と課題 ⑴ 本書の意義 1)多方面から総合的に調査・検討した結果・事実に基づいた政策批判 さて,本書の大きな意義は,生活保護の就労「自立」の実態や,勤労控除の 運用ルールの変更,最低賃金水準の検討など,具体的な制度の実態,政策形成 の歴史的検討等と多方面から「自立支援」の実態やあり方を問い直し,その事 実に基づいて「自立支援」の批判的検討を行っている.本書のタイトルが明示 しているように「〈自立支援〉の社会保障を問う」,つまり,「自立支援」政策 批判であり,この点のスタンスは本書の中で首尾一貫しており,論旨明快であ る. 2)厚生労働省の統計手法への批判的検討 次に,第 2 章,第 3 章で扱った最低賃金の検討や勤労控除の運用ルールの 分析で明らかなように,民主主義,合理主義からは程遠い,行政の恣意的,御 都合主義の集計方法や運用ルールの改定が行われていることを白日のもとにさ らし,その不合理性を喝破したことである.この分析は専門性の非常に高いも のであり,著者の研究能力の高さを表していると言えよう.2019 年 2 月,厚 生労働省の「毎月勤労統計」をはじめ多くの政府統計で不正が行われているこ とが露呈し,国会で議論された.行政統計の正当な手法で社会福祉制度のあり 方を示す研究は今後も必要とされるだろう. 3)「自立支援」概念の批判的検討 最後に,本書は「自立支援」という言葉を追究しているが,それを理念上の 検討に終わらず,その政策形成,また,その影響を統計的に視覚化・客観化し て議論のベースを作り,概念的・規範的な検討を加え,土台のしっかりした検 討が行われている.特に「自立」概念の拡大が,財政抑制も含意しつつ私生活
への行政介入の拡大につながっていること,自立支援の対象とすることで「依 存」というレッテルを貼っていることなど,無自覚に「自立支援」を使うこと の危うさを指摘した. ⑵ 本書の課題 最後に,本書の課題,というより若干物足りなさを感じた点を 2 点だけ指 摘しておきたい.第一に,本書のいわゆる「序章」がなく,研究枠組みが明示 的に示されていないことである.本書は 2 部構成になっているが,その 2 部, また,その中の各章をどう位置づけ,整理づけたらいいのかを最初に明確に提 示して欲しかった. 第二に,「依存の復権」が主張されているが,アメリカはともかく,日本に おいて「依存」がポジティブな意味で使われていたのかの検討がなく,やや的 外れに思われる.それよりも,オーソドックスに社会連帯,人権,公的責任, ナショナル・ミニマム,協同などの復権が思い浮かぶが,どうだろうか. とはいえ,本書の社会に提起した問題意識や研究結果の意義は全く損なわれ ることはなく,社会福祉における「自立」を考え直す重要な研究成果である. (A 5 判・252 頁・本体 5400 円・法律文化社・2017 年)