101 特集:人工血液を用いた出血性ショック制御の基礎研究 人工酸素運搬体について ヘモグロビン(Hb)は酸素を可逆的に結合解離 する蛋白質であり、生命維持にとって最も重要な 酸素輸送機能を担っている。高等動物では、Hb は赤血球(長径:8 μm)の中に極めて高濃度(35 g/ dl)に封じ込まれているが、溶血により赤血球外 に遊離すると様々な副作用(毒性)を生じる。Hb を 使 っ た 人 工 酸 素 運 搬 体(HBOCs, hemoglobin-based oxygen carriers)の研究は長い歴史がある。 Hb の毒性は早くから知られていたので、二量体 への解離を抑制するために分子内架橋をしたり、 血管外漏出を低下させる目的で分子量を大きくす る た め に 重 合 し た り す る 等、 様 々 な Cell-free HBOCs が開発され、欧米では臨床試験が実施さ れた1) 。これは製造法が極めて簡単であることに よる。しかし、これらの修飾 Hb は内因性 NO と 速やかに反応し失活させてしまうため、血管収縮 や心筋毒性などの副作用が確認され、多くの企業 が開発から撤退した2)。 こ れ に 対 し て、Hemoglobin vesicles(HbV)は Hb 溶液をリポソームに封入したタイプの人工酸 素運搬体であるため、血管外漏出を遮蔽でき上述 の NO に関連する副作用も防止できる。Hb 濃度 は 10 g/dL に設定され酸素親和度も適度に調節さ れ、文字通り赤血球代替物として使用できると考 える2), 3)。HbV の原料となるヒト Hb はヒト赤血 球から精製して得ている。ヒト赤血球の確保に関 しては「献血血液の研究開発等での使用に関する 指針」に従い日本赤十字社に申請し承認されたの ち、研究用として非使用赤血球の譲渡を受けてい る。赤血球からの Hb の精製工程には、赤血球の 洗浄、溶血とストロマ成分の限外濾過膜による除 去、一酸化炭素結合(HbO2→HbCO)、60℃加熱 処理、変性夾雑たんぱく質の除去、ナノフィルト レーション、脱塩・濃縮・無菌濾過の各工程が含 まれ、得られる高純度 HbCO 溶液は極めて安定 で原料として備蓄が可能となる2)。 HbV は、赤血球表面にあるような血液型抗原 が無いために、血液型に関係なく投与でき、最長 2 年間は室温保存が可能である。これまでに、循 環 血 液 量 の 40 ~ 50% を 急 速 脱 血 し て 出 血 性 ショックの状態としたラット、ウサギ、ビーグル 犬に出血と等量の HbV を投与することにより蘇 生に成功している。その場合の血行動態や血液ガ ス組成等は、赤血球(脱血血液)を輸血した場合と 同等に推移し、生体の NO を失活することもない ことが報告されてきた4)~ 6) 。本稿では、臨床現場 で循環管理に難渋する重度の出血性ショックに 対しての応用について紹介する。 出血性ショック蘇生における HbV 経骨髄投与の効果 出血量が循環血液の 50% を超えるような重度 の出血性ショック時は末梢血管が虚脱し血管確保 が至難となる。我々は虚脱することのない骨髄 からの投与経路に着目し、粒子径が 200 nm と小 さく粘性も低くて経骨髄投与に好適な HbV を出 血性ショックに対して使用した場合の救命効果 について検討した。 家兎の大腿動脈より 25 mL/kg の急速脱血を行 い 12.5 mL/kg を生理食塩水で補液すると、Hb 濃 度は 5 g/dL 前後、平均動脈圧は 20 mmHg 前後ま で急速に低下する。直ちに脛骨骨頭部に骨髄投与 ルートを確保した(図 1)。血圧低下から 10 分以 内に、① HbV 7.5 mL/kg に引き続き 5% アルブミ ン 5 mL/kg を投与した群、② 5% アルブミン 12.5 mL/kg 投与群、③ L- 乳酸ナトリウムリンゲル液 (ラクテック)37.5 mL/kg 投与群、④全血(脱血 血液を返血)12.5 mL/kg 投与群、⑤赤血球(別個体 よりあらかじめ作成した洗浄赤血球)7.5 mL/kg に 引き続き 5% アルブミン 5 mL/kg を投与した群を 作成した。 HbV の急速骨髄投与により Hb 濃度は 7.1 g/dL に、平均動脈圧は 47 mmHg まで回復し、18 時間 後の生存率は 90% であった。5% アルブミン群と L- 乳酸ナトリウムリンゲル液群の Hb 濃度、平均 動脈圧は、それぞれ 3.4 g/dL、33 mmHg と 4.0 g/ dL、33 mmHg でありショックからの回復は認め られず 12 時間以内に半数が死亡した。全血や赤 * 防衛医科大学校生理学講座
特 集
人工血球を用いた出血性ショック制御の基礎研究6.骨髄投与の有用性
萩 沢 康 介
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102 循環制御 第 41 巻 第 2 号(2020) 血球投与群の Hb 濃度と平均動脈圧はそれぞれ 9.1 g/dL と 68 mmHg、8.0 g/dL と 62 mmHg であり、 全例が 18 時間後も生存していた。また、輸血後 の血液凝固能について Sonoclotにより評価した ところ、5% アルブミン群と L- 乳酸ナトリウムリ ンゲル液群では活性化凝固時間(ACT, activated clotting time)が 400 秒に延長するなど中等度以上 の 凝 固 障 害 を 呈 し た の に 対 し て、HbV 投 与 は ACT が 200 秒程度で全血や赤血球投与の場合と 同様に凝固障害は軽微であった7)。 おわりに このように HbV は、突発的な大量出血に対し て、血液型に関わらず、いつでもどこでも必要時 に投与して救命ができる人工酸素運搬体として使 用が期待される。HbV を投与した後の血中半減 期は数日であり、赤血球の寿命と比較すると短い が、病院に到着して通常の輸血治療ができるまで の数時間ないし半日をブリッジするように機能す れば十分と言える。プレホスピタルでの輸血治療 は補給の観点からも現実的に困難であるが、HbV 投与はそれを代替し、新しい外傷性出血性ショック の止血救命戦略につながるものと期待される。 文 献
1) Natanson C, Kern SJ, Lurie P, et al: Cell-free he-moglobinbased blood substitutes and risk of myo-cardial infarction and death: A metaanalysis. JAMA 2008; 299: 2304-12.
2) 酒井宏水 : 人工赤血球( ヘモグロビンベシクル) 製 剤 の 新 し い 利 用 法 . 日 輸 細 治 会 誌 2018; 64: 589-96.
3) Sakai H, Sou K, Tsuchida E: Hemoglobin-vesicles as an artificial oxygen carrier. Methods Enzymol 2009; 465: 363-84.
4) Sakai H, Seishi Y, Obata Y, et al: Fluid resuscitation with artificial oxygen carriers in hemorrhaged rats: profiles of hemoglobin-vesicle degradation and he-matopoiesis for 14 days. Shock 2009; 31: 192-200. 5) Ikeda T, Horinouchi H, Sakai H: Cellular-type
he-moglobin-based oxygen carriers as a resuscitative fluid for hemorrhagic shock: Acute and long-term safety evaluation using beagle dogs. In: Hemoglo-bin-based oxygen carriers-principles, approaches and current status (H.W. Kim & A.G. Greenburg eds.) Springer-Verlag (Berlin/Heidelberg, Germa-ny) Chapter 28 2013; pp. 501-26.
6) Hagisawa K, Kinoshita M, Takase B, et al: Efficacy of resuscitative transfusion with hemoglobin vesi-cles in the treatment of massive hemorrhage in rabbits with thrombocytopenic coagulopathy and its effect on hemostasis by platelet transfusion. Shock 2018; 50: 324-30.
7) Hagisawa K, Kinoshita M, Saitoh D, et al: Intraos-seous transfusion of hemoglobin vesicles in the treatment of hemorrhagic shock with collapsed ves-sels in a rabbit model. Transfusion in press.