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パーリ学仏教文化学 (3) - 007書評・島 岩「Richard Gombrich & Gananath Obeyesekere, Buddhism Transformed : Religious Change in Sri Lanka」

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全文

(1)

〈 書

 

 

Richard

 

Gombrich

Gananath

 

Obeyesekere

Buddhism

 

Transformed

Religious

 

Change

 

in

 

Sri

 

Lanka

1

. は じ め に

 

現代ス リ ラン カの 仏 教に関 す る研究 とし て は,我が国で は

1986 年

で に

田恵 学

『現

ス リ ラソ カ の上座 仏 教 』 (山喜 房 仏 書

) とい う大

(全

671

頁 )が刊 行され, 現代ス

y

ラ ン カの上 座 仏教に つ い て の

れた

括 的な研 究が発 表され て い る。 その ち ょ うど二 年 後の

1988

年に ,

度は 現 代

ス リラ ン カ の仏 教 研 究の 二 大 大家で

Richard

 

Gombrich

Gananath

Obeyesekere

に よ る大

作 Buddlzism

 

T

γansformed  : 

Reiogious

 

Cha

π

Sri

 

Lanka

484

頁 )が 出版 さ れ た の で る。

 

両 書は と もに ,長 年の フ n 一ル ド 。 に基づ く現 代 リ ラ カ の 仏 教 に 関する大 著で あ りなが ら, 次の 点で好 対 照を示して い る。

な わ ち,『

現代

ス リ ラ ン カ の 上座 仏教 』が 主 に 農 村部を フ ィ ール ド と し, 仏 教 学 の 立 場 か ら, 様々 な 理論 的枠 組みを用い る こ とを意 識 的に避 けて,現 代ス リラ ン カの 仏 教の 現 状をあ りの ま まに記 述 す るこ とに専 念 し て い るの に し,

Buddlzi

− sm  

Transformed

, コ ロ ン ボ お よ 周辺 都 市 部 フ ィ ール ド と し,

会人 類学の 立 場 か ら, 様々 な 手法と理論 的 枠 組み を縦 横に駆 使 しな が ら,

市 化に と も な うス リラ ン カ の

を分 析 する こ とに重 点を置い て い るの で ある。

 

こ の

Buddhism

 

TransfOrmed

に 見られ る 主要な関心, す なわ ち, 近 代 化 ・

市 化 ともな う宗 教の 変 容 と う関心は , 世

各地域に お ける宗 教 研 究を視 野に い れれば, 関心 自体 とし て は, どち らか とい う と 一 時 代 前の

(2)

 88                          パ ー学 仏 教 文 もの に属 する か と思わ れる。 ま た, ス リラ ン カ ・東 南 ア の 座 仏 教 圏 地 域を限っ て も, 研 究の 関心 は ,現 在で は, 木 書の よ うな宗 教 プロ パ ー 点を置い た研 究か ら, 政 治 (モ権) と宗 教の

わ りに

焦点

い た研

究 (

た とえ ば, 日本でも, 渋 谷 利 雄, 杉 本 良 男等に 見 られる よ うに

へ と移っ て き てい る よ うに思わ れ る。 し か しな が ら,ス リラ ン カ に関し て 言 え ば, 近 代 化 ・ 都 市 化に ともな う宗 教の 変 容に関 する個 々 事 象 い て の

論文

数多

くある もの の

本書

の よ うな形で, こ の間

々 な 具体的

象 に 基 づ な が ら々 な

角度

か ら

包括

的に論 じた もの は, これ ま で存 在 しなか っ た と言 えるで ろ う。 その

意味

本書

価値

は大 き く,

今後

も本 書は , 現 代ス リ ラン カ の

お よび宗教

究の

も重

な基 本

的文献

の 一つ とな であろ う と思 わ れ るの で あ る。

 

そ こ で 本 稿で は, こ の

BZtddhism

 

Transformed

を取 り上げて , ま

, その所 説を紹 介 し,次に, それ に た いす る若干 の 疑 問 点

詣摘

し て い た い。 亙.所

紹介

   1

.本 書の テ ーマ と

 

本 書は, ス リラ ン カ 独立以 降の 近 代化 なか で も

都市

化に ともな うシ ソ ハ 仏教

変容関 す記 述 と分 析お よび解釈を 目と し 。 そし て , 都 市 化に よるシ ン ハ ラ仏 教 徒の 宗 教の

変容

を分 析 する

に,

著者

た ち は, 次の よ うな二 つ の 構 図 ・ 枠 組みか ら , そ れ を 理

して い こ うとするの で ある。

 

, 一

構 図

枠組

み は , シ ン ハ

仏教徒

教が , 次 元の 異な る二 つ の か らな るとするもの で る。 すな わ ち, その 二 つ の

とは, (

1

)上座 仏

に そ の ア イ デン a ーを置 く 「シ ン ハ ラ 仏 教」 と ,   「霊 の 宗 教」

spirit religion

ち,

者は, 聞 き慣れ ない タ ー

る が,こ の 「霊の

教」 とは, 「神々 の

崇拝

悪 魔

慰 撫

超 自

然 的な力 を操 作 できるとい う信 仰お よび操 作 し よ うとする こ と」 だ と され て い る。

(3)

≦重晝評〉.Richard Gombrich 《} Gananath  Obeyesekere , 89

 

さ らに , も う 一 図 ・

み は , 歴 史 的な差 異 と担い

い に よ り, シ ン ハ 仏教

宗 教に 三 種 類考 え うも の で , その 三 つ と ほ ,

な わ ち, (

1

伝統

的な

の仏 教」 と  厂プ ロ テス タ ン ト仏 教」 と(

3

) 「都 市の 仏 教 徒た ちの 現 代宗教る。 こ の うち, まず, 「伝統 的 な

仏 教は村の農 民た ちに よっ て 担われ て い る。 次に , 「プ μ テス タ ソ ト 仏

」 は, イギ リス 植

地 下で , 西

近 代の 影響下 で起こ っ た, ダル マ パ ー

心 とする仏 教

革 運 動で あ る。 そ れは, イギ リス お よびキ リス ト教の プ P ス タ ン テ ィ ズ ム に プロ テ ス ト (抵 抗 ) する とい 意味と, ス リラ ソ カ の 中

階 級の ニ ー ス に 対 応 する よ うなプ P ス タ ン

F

な 運

る とい

意昧

意 味で, プロ テ ス タ ン ト仏 教 と呼ぼれてい る。 た だ し, そ の 担い は , 中産 階 級 とい っ て も,植 民地 下の 現地 の エ リー ト層が中心 で あっ た。

に , 「

市の 仏教

たちの 現代の 宗 教」は,

市の 中産 階 級 ・ 労 働 者

階級

とな っ てい る宗教で ある。 す な わ ち, ス リ ラ ン カ独立以 降,近 代 化 ・都 市 化の進 展 と ともに,都 市で は, 一 は , 近代 的教 育を受 けた

産 階級 (

ブル ジ ョ ワ ジー

大 し, 他

で は , 村か ら流れ 込ん で

た 単

者 を中 心 とす る労 働 者階

(プロ レ タ リ ア急 速

, そ の 結 果, それま で の 農 村を基 盤 とす る伝 統的 な

の 仏 教 とは異なる様々 な宗 教 現 象が生じ て きてい るが, この よ うな

市の

中産階

級 ・ 労働 老

階級

が担

となっ て い る現 代の

教の こ とを 「都 市の 仏 教 徒た ちの 現代の 宗 教」 と呼ん で い るの で

る。

 

以上 の よ うな

・ 枠 組み を 前 提としな が ら , シ ン ハ 仏 教 徒 宗 教

に つ い て

じ られて い

わけで あるが, それは , 大 き く, 以 下の よ うな四 部 構 成に なっ て い る。 す なわ ち, まず, 第 一 な宗 教の 動

」 (

1

63

頁 )で は, (

1

)宗 教の 変容の 要 因,  

変容

伝統

的 な村の 宗 教の

概観

, (

3

) 変 容の ポト の つ い て , 簡 潔に述べ られてい る。次 に ,第二 部 「霊の

宗教

に おける

化」 (

65

199

頁 )で は, フ ー= ン , カ ー 一 , カ タ ラ ガ マ 信 仰を中心に, コ ロ ン ボ周 辺の 都 市部に お い て霊 の

教 とい うレ ベ ル で 生 じ た様々 な変化に つ い て論 じ られてい る。 さ らに , 第三 部 「仏 教 的 展 開」 (

201

(4)

90 ノsc一り学イ文 イヒ学

381

頁)

宗教

とい うレ ベ ル で生 じた

々 な

化 に 影響 さ れ な が ら, プロ テス タ ン ト仏教の 展 開の

結とし て, 仏 教 プ Ptパ ー

々 な

化につ い て論 じ られて い る。 そ して ,

後に , 第四部 「新た な統

へ 向 けて

338

463

頁 )で は,霊 の 宗教

仏教

プに パ ー じ た変 化 えた上で , 霊の

宗教

を再

へ と取 り込ん で 位 置 づ けてい こ うとす る,再 統 合へ の 動 きが, 菩 提 樹 供

や カ タ ラ ガ マ の 火

りの

儀礼

に 認め られ るこ とが, 指 摘 されてい るの で

る。    

2

.宗 教の 変 容の要 因

 

で は, まず, 上

の よ うな霊の 宗教 と仏 教プ ロ パ ーに 生 じ た変 化は, どの よ うな要 因に よ るの で あ ろ うか 。 その 要 因を,著 者た ちは 大 き く

1

)社 会 的要 因 (内的 要 因) と 

的要 因

外 国か らの

けて と ら え て い る。  (

1

) 社 会 的要 因 (内的要 因)

 

こ の ち, まず,社 会

的要

的要 因 )とは, 一 で い えば

都市化

で ある。

な わち, 経 済の 成長 と近

教 育の 浸 透に伴 う社 会 変 動に よ る 「仏教

分 極 化 」(

fragmentation

 of the authority  of 

Buddhism

て, まず霊の 宗 教に , そ れか らシ ン ハ 仏 教 (すな わ ち , その ア ィデソ テ ィ テ ィ ーを 上 座仏 教に

く仏 教

に変 化が生 じ て きた とす の で る。 すな わ ち, 経

の 成 長に

い ,

村か ら都 市へ の 人 口移 動 と都 市 部へ の 人 口集 中が 生 じ, その 結 果,都 市部へ 村か ら 出て きた人々 は, 村に お い て

在 して い た よ うな

伝統

的 な共 同体の 喪 失経験 こ とに な る。 ま た ,

農村

か ら都 市 部 へ 移

た人々 のほ とん どは

労 働に従 事する こ とに な る の だ か ら,

市 部で は , プ ロ レ タ リア ー

者 階級 )が増 大 するこ とになる。 ま た,近 代教 育の 浸 透に

近代 教 育を受 けて 社 会 的に 上 昇しえた ブル ョ ワ ジ ー

中産階級)

大し, その 結 果, 都 市 部で の 彼 らの 社 会 的 影 響 力 が増 大 する。 さ らに, これ まで , 教

機会

が与 えられなか っ た女 性 も, 教 育の機 会

る こ と に よっ て , 社 会 的 地 位が向上す る。 しか しな が ら ,

教育

(5)

      〈 書 評> Richard Gombrich & Gananath  Obeyesekere ,       91 水準に み あっ た職

業選択

がすべ て に可 能 なほ ど , ま た,

農村

か ら

市へ と移 動 して きた人 口 のすべ て を

用で きる ほ ど,ス リ ラ ン カ の 経 済 成 長は 成 功 し て い ない の で , そ の結 果, 中産 階 級, 労 働 者階 級の 両者の 聞 に , と も に, 雇用 不

に よ る フ ラ ス トレ ーシ た ま , 社 会不

が生 じる。 ま た , そ の

従 来伝 統 的

仏教

がこ れ ま で提 供 し て きた伝

的 な仏 教 的 世 界 観と, 近 代教 育に よ る近 代 的 世 界観 とが混 在 す るとい うよ うな現 象も 生 じて くる。 等々 。

 

こ の よ うな現 象が, 宗

容を生み 出す 社 会 的

的 要 因 ) として

在し て い る の で る。

 

 

 

外 的要 因

 

一一一方,

的要因 とし て は, (ユ)西欧

に イ ギ リス と(

2

>イン ドの

文化

的 影 響が 考え られて い る。 ・すな わ ち, まず, (

1

)イ ギ リス 植 民地 下 の 西欧 特に イ ギ リ ス の教 に た い る文 化 的影

が , 先の プ ロ テ ス タン ト

仏教

を生み 出す 契

とな っ て い っ た。 さ らに, (

2>

ス リ ラ ソ カ独 立 以

の イ ン ドの

化 的影 響

に , ヒ ン ドゥ ーの バ ク テ ィ とタ ソ トラが ,ス リラ ン カ の

市 部で霊の 宗教 に 与え た影 響に は ,

め て大 きな もの があ る と さ れ るの で ある。

  

3

て にっ た

内容

の 紹 介

 

こ の よ うな, 内 的 ・外 的 よ り , シ ン ハ ラ

仏教徒

の 宗教に変 容 が生 じて ぎた の で あ るが , で は,

容 以

の,

伝統

的 なシ ン ハ ラ

仏教

とは , どの ような もの で っ た の であろ うか。 その 点につ い ては

本書

の 第一部に おい て,次の よ うな 形で 理解され てい る が , その 理 解は,基本 的に は,

Gombri

− ch ,

1971

に基づ くもの で ある。

 

1

) 伝 統 的な シンハ ラ 仏

 

伝 統 的な シ ン ハ 仏 教 と , まず, 一 言 え ば , a .解 脱, 悟 りとい う 価値を実 現 するため に理的に 形成 され た

値 合 理 性の

で あり,

b

。 上 座仏教が霊の 宗教完 全み込 んだ形の もの , 言い 換え れば,霊の 宗 教が, 上座仏教の

へ と完 全に取 込 ま , 上座 仏教 の権

の もとで 極め て低い 地 位に位 置づけ られ の であ る とされ て い るの で ある。 それを さ ら

(6)

 92      パ ーリ学仏教 文 化学 に,

a)教 義 と

践,

b)

宗教的権威

けて

し く

べ れ ば,

以下

の 通 りで ある。   (a) 教 義と実 践

 

まず,伝 統 的な シ ン ハ

特徴

, 出

と在

の 区別が明確な

である。 すな わ ち,

脱, 悟 りが 可能なの は,

戒を受 けて 出家 し, サ ン ガ に所 属 する 出家 僧の み で あ り, 在 家の 人

に は,現世に お い て は,解 脱,

りの

在しない 。 在 家の 人

は,サ ン ガ とい う功徳を 生 む 田 畑 (福田)に た い して ,

布施

を行 うこ とに よ り, 功 徳を積み, 来 世に お い て, 出家して,

脱, 悟 りを得る とい う可能 性が生 ずるの で ある。 また ,サ ン ガ

出家僧

た ち

に た い

布施

に よる功 徳は, 来 世ばか りで な く, 現 世に お い て も, 良い

結果

を生み 出すと され てい る。 こ の よ うな形で , 出家 と在 家は 福田思想に よっ て

がっ て お り 在 家は 出家の 側へ と

り込 まれ てい るの で ある。

 

次に

なシ ン ハ 仏 教

世 界 観 , 因 果応 報 ・ 六道 輪廻 世 界で ある。 すな わ ち,

果, 悪因悪

とい う因 果 律が世 界を規 定 し て お り, その

因果応報

っ て,

, 人, 阿 修羅,

生,

餓鬼

, 地 獄の 六道

廻の 世

廻 するの である。 こ の よ うな世 界の なか で , 人 と神

k

や阿 修羅 ・ 餓

の 霊的な存在 との を繋 ぐもの は , 福田思想 と回向とい う

で ある。 すなわち, ま

と人 との 関わ りに 関し て は , 神々 も また, 解脱,

りを

るため に は, 功 徳を積 む 必 要がある と されて お り, その た め , 神々 は, 人 々 を

り, その 願い を叶え る こ とで功 徳を

み, 解 脱, 悟 リへ の 道を歩 もう とするの で る。 また, 人と阿修羅 ・

鬼等 と関わ り は, 例 えば , 祖 霊を 例に とれ ぽ,

い て バ

儀 礼 布 施行 う に よ だ功徳を, 祖霊 に 回

向 (

ける) こ とに よ り, 祖 霊は その 回

された

徳を

に つ け こ とに よっ て , よ りよい

遇へ と生まれ変わ るこ とがで きる とされ る。 こ の よ うな形で, 悟 り, 解 脱を 目的とする出家に よ る上座 仏 教の

へ と

宗教

まれ てい るの で

 

次に,

脱, 悟 リ へ の 実 践に関し て は, 一 言で 言 えば, 戒 ・ 定 ・

(7)

      <書 評> Richard G・m rich & Gananath  Obeyesekere ,     

93

に よ り, 諸

行無常

我, 一切 皆 苦 っ て , 涅

に 到 るとい う形にな っ てい る。 受

は 出家の 条 件で ある か ら, こ の 実践は ,

然, 出家の もの で ある。 た だ , こ こで ,

とで

ぺ る仏教の 変容 との

わ りで 重

なの は, 定 (

瞑想)

に つ い てで る。 す なわ ち, 村の 寺に 住む普 通の

うcalming

(samatha meditation 心 を静め る瞑 想 ) よ り, 森

僧が

insight

(vipassana meditation 諸 行無 常 , 諸 法 無 我, 一切 皆 苦

の ほ うが

度であるが, い

れ に せ よ, 伝 統 的 なシ ン ハ 仏 教

瞑 想

と は, 心 を静め て い く とい う

向で 行わ れ る もの で あっ て ,バ ク テ ィや タ ン ト ラ的な観 想 法の よ うな感 情を

め て い く とい う方 向の とは,逆

方 向

の で ある とい う点で ある。   (

b

> 宗 教 的権 威の 在 り方

 

次に ,伝 統 的な シ ン ハ ラ

仏教

の 世界の 中で の 宗 教 的 権威の 在 り

で あるが それは まず, 一 言 え

・ 法 ・

を頂 点 とす道徳 的 な ヒエ ー が貫 徹し た もの だ と言 え るで ろ う。 まず, パ ン テ オ ン の世 界で は, 仏

を 頂 点と し, その 下に , ナ ー , ヴ ィ シ ュ ヌ , カ タ ラ ガマ , パ ッ テ ィ ニ ー とい う四大

がお り, その 下に, 地 域の

々 , 村の

, 悪 霊がい る とい う形 に な っ て い る。 そし て, 上 ほ ど浄で あ り

徳性 が高 く 下ほ ど不浄で 道徳 性 が

い と されて い る。 また, 神々 か ら悪 霊に い た る霊 的 な存 在が備えて い る 超 人

闘的

源泉

はパ ン テ オ ン の 頂 点に立つ 仏

に よ り

付与

い る の で り, 上 ほ どその力は強い とされるの で あ る。

 

こ の よ うに パ い て , 仏 陀が権 威の 源で あるが, 仏 陀は, す で に亡 くなっ て お り, 現 存 し ない 。 従っ て, 現 実の 世 界で は , 残され た仏 陀 の 言

, すな わち, パ ー 聖典が ,宗 教 的権

と なるの で

り, また, その

えて て い るサ ン ガ お よ び ’ナ ン

る出家 僧が,

教 的な

権威

と なるの で る。

 

その ような意 味で,僧 ・ ガを

頂点

とす ラ ル ヒ ー が , 伝

的な シ ン ハ

, 認め られるの である。 だが, こ の よ うな ヒ エ ラル ヒ ー

し てだけ 見 られるわけで は ない 。 神 と人, 悪霊 と人 との 間を

(8)

94       パ ・づ 学仏 教文化 学 ぐ霊 媒の 間に も, 同 じヒ エ ー が貫

て い 。 た と えぽ,

と人との 間を繋 ぐ霊 媒 (カ プ ラ ー ラ

が, 悪霊 と人と を繋 ぐ 霊

よ り も, カ ー

なわ ち

とい よ う例に も

られ る ように 。  そ し て , こ の ようなパ ン テ オ ン や僧, 霊 媒に 見られ る ヒ エ , ス リラ ン カの 中世に 成立 した王国の

王 を頂点 とす る ヒエ ル ヒー)が反 映された もの なの で ある。  な お ,の ちに触れ る 仏 教の 変容 との 関 わ りで 重 要に な っ て くるの は, サ ン ガの なか に尼さ ん は お らず, ま た,霊 媒の なか に も女 性はい ない とい うよ う に , 伝統 的な シ ン ハ 仏 教

1

t

, 上座 仏教 の なかに も,霊の 宗 教 の な か に も, 女性の

め る位

在しない とい う点で ある 。

 

2

) 霊の 宗 教にお け る変 化

 

次に, 本 書 第二 部で は, こ の よ うな伝

的 な シ ン ハ 仏 教 都 市 化 よ る 変 化の ち, まず, 霊 の

教 に お け る

化 につ い て , 以 下 の よ うに論じ られ て い る。  西欧で は,近 代 化に よっ て生 じ た ブル ジ ョ ワ ジ ーの エ ー トス が, プ ロ テ ス タ ン テ n ズ ムへ と向 い , プ ロ レ タ リア ー エ ー , 共

へ と

か っ た。 ス リ ラ ン カ の

場 合

に は, 近

代教

育の 浸 透に よっ て 生 じて ぎた ブル ジ ョ ワ ジ ーの エ ー トス は , プ ロ テ ス タ ン ト仏教を生み 出 す こ とに なっ たが ,

市化に よ る都 市へ の

に よ っ て生み 出された プ P レ タ リア ー トの エ ー トス は, 西

に 比 べ

成 熱 た た め , 共 産 主義 (マ ル ク ス 主義)へ と 向か うとい よ り はむ しろ ,霊の 宗 教に そ の充 足を求め, 霊 の 宗 教が勃 興 し て くる こ とに なっ たの であっ た。

 

こ の 近 代化 ・

市化に よ る宗 教の 変 容を, まず, 一 え ば

k

座 仏 教 の仏 ・ 法 ・

を頂 点とす る宗 教 的 権 威の 分 極 化だ と言 うこ とがで ぎる で あろ う。 それ までの , 伝統 的な シ ン ハ 仏 教に おける上座 部 仏教 を 中 心とする宗 教 的 権 威が分 極化 し, そ れ が ,伝

的権 威の なか に閉 じ込め られて い た霊の 宗教の 勃 興を もた らし てい っ た の である。

 

こ の宗 教

は, イ ン ドの 宗 教の 用語を 用 い れぽ, タ ン トラ とバ ク

(9)

        

≦蠻評二 型黶藝ard  Gombric 一豪G靼 堅璽 塾Obeyesekere ,

      

95 テ

勃興

だ と言 うこ , 世

観 とし て は, タ ン トラ的な状 況へ , 言い 換 え れ ぽ , カ ル ト的 (あるい は オ カル ト的 )匪界理

へ と

容が 生 じ た 。 す な わ ち,伝 統

な シ ン ハ ラ仏 教の 価

値合

因果応報

世界

か ら, 神 秘

然が世 界 を支 配 する 「世 界の 非 合理化 , 再神 秘 化 」の 世 界へ と変容して い っ た の で ある。 ま た ,

教 実践 として は , 伝 統 的な 心 を静め て い くよ うな形の 瞑想の 瓧界か ら, 感

め て 神へ と近づ くよ うな形の バ ク テ 隆 盛へ と ,

況が変 化 して い っ たの で

る。 そ し て , こ の タ ン ト ラ

・バ ィ 的な 形 の霊 の 宗 教が, プPt レ タ リア ー ト の エ ー ピー した の で っ た。 以上の よ うな

況 を よ り具 体 的に述べ れ ば , 以 下の 通 り である。

 

(a) 共 同体用物 と して の 宗 派グル ー プの 形 成

 

農 村か ら都 市へ と流れ , プ ロ レ タ リ ア ー

F

とな っ た人 々 は, 故

在して い た よ うな共 同

を喪失 す る こ とに なる。 し か し, その 共 同体に た い る愛着は,依 然強い もの がある。 そ こ で,都市で 喪失 した村 落共 同体 的 な繋が りの 代 用

と して さ まざ まな宗派グル ープ形 成さ れ , その グル ー プに おい て,喪失

の 埋 め合わ せ を行う。 そ れ が, 都 市に お ける カ ー ー 女神, フ ー ニ

, カ タ ラ ガ マ 神を中心 とする宗 派 グル ープの 隆 盛 とい う 現象 となっ てい っ たの だ と されて い るの で

る 。 (こ こに は,宗 教 社 会学で い う奪 奪理論の 応 用 が 見 られ る。 )で ぽ, こ の よ うな

派グル ープ は ,何 故 カ ー 女 神 ー=

, カ タ ラ ガマ 神を中心 に 形 成 された の で あろ うか 。

 

b

社 会

動 と神々 変化 )

 

その 背 景に は, 社 会変動に と もない , 仏 陀を頂 点 とす るパ ン テ オ ン の ヒ エ ラル ヒーに も変 動が生 じ て きた とい う現 象があ り, ま た , イン ドお よび ヒ ン ドゥ ー教の 影 響に よ るバ ク テ とタ ン ト ラ流 行とい う現象が る。

 

すなわち まず, イ ン ドお よ び ヒ ン ドゥ ー教の 影

けて ,

己 の 守 神 (

adevat

に た い する信

が, 盛ん にな っ た 。 そ して , 守 神 とし て選ば れ る

良 きに つ け強 力

え た

々 , すな わ ち, フ ー ニ ン, カ ー ー , カ タ ラ ガマ で あっ た の で あ る。

(10)

96      バ ーリ学仏教 文化 学

 

こ の うち, まず, フ ーニ , 伝

統的

な シ ン ハ

で は

で はな く悪

で あ っ た。 しか し, 悪

で あるか らこそ, 強力 な 力 を

え て お り,

病 気直

し, 世

俗 的繁

の 現

世利

な人々 の

い を, それが,た とえ, 黒 魔 術 的 な形で も, 強 力に叶 えて くれる神 として , 悪

か ら神へ と上

した の で あっ た。

 

次に , カ ー

, もともとは , ヒ ソ ドゥ ー

, 血 と殺 戮を好む 女神で あ る。 従 っ て, 従来の 伝統的 なシ ン ハ 仏教 , 仏 陀を頂 点 とする道徳 的 ヒ エ ル ヒ ー を形成 し て た パ ン テ オ ン 世 界で は ,所 詮 ,

め る もの で はなか っ た。 そ れが,

市 部で , その 位 置 を上昇させ て い っ たの は , 一 , フ ーニ と 同 じく , 恐 ろ しい

だか らこ そ強 力 である とい う理 由もあるが , も う一つ の理 由は, 以 下 の 通 りで あ る。 すな わ ち, 伝 統 的な シ ソ ハ 仏 教 テ オ なか で四大

守護神

め て い た

慈愛

パ ヅ テ t ニ ーの 凋

と恐ろ しい 女

カ ー リーの 隆 盛 とい う現 象を比 較 すれ ば ,次の ような こ とが言 える。 すなわ ち ,都 市に で て きて プ ロ レタ リア ー トと な ら ざるを え なか っ た 人々 は, 子 供た ち に, 社 会 的上

の 期

をか る。 その ため に は , ま

高度

育 を

けさせ るこ とが必要で あ る。 その さい , 子

の 母親は, ち ょ うど, 日本の マ マ ゴ ン の , 教 育マ マ と , 子

の尻 を た た く必要が 生 じる。 こ の よ うな, 農 村に おける慈

に満ちた母か ら,

都市部

での

子供

を た た

く (

罰す

母へ の

変化

が, 慈 愛の 女神パ ッ テ ィ = 一の 凋落と罰 する女

カ ー り一の 隆盛 と対 応 する の で ある。 つ ま り, 都 市 部の 母親の エ ー ス の

化とカ ー り一の隆盛 がマ るの で

る。 こ の よ うな

変化

背後

に は,

に おけるプロ レ タ リア ー の 上

昇志

向があるの で あ る。 (こ こ で は , エ ー ッ ヒ ・ フ ロ ム流の社 会 心 理 学 的

釈が応 用さ れて い る。)

 

次に , カタ ラ ガマ 神と は ヒ ソ ドゥ ー教の 神ス カ ソ ダで , シ ヴ ァ

子で

るが, ス リ ラ ン カ の 女

ヴ ァ ッ リ ー ・ ー と

に お ち て, ス リ ラ ン カ に 帰化し た神である と される。 その た め もあっ て, ヒ ン ドゥ ー教 徒 仏 教 徒 両 者崇 拝 され 。 こ の 神は, 伝 統 的な シ ン ハ

(11)

      〈 書 評 > Richard Gombrich & Gananath Obeyesekere ,      g7 ラ仏教の 世

, 仏 陀に 次 ぐ四大 守 護神の 一 として も と もと

っ た もの で

るが, そ れ が, ス リ ラン カ独 立 以降, さ ら な る隆盛を誇 る よ うに な っ たの は ,次の よ うな 理 由に よ るの で ある。 すなわ ち ,近 代 化に と も な う社 会の 流 動 化 と ともに , 行為 とその 結 果の 対 応 関 係が非 常に 不

実 になっ て くる。 その 場 合, その 不

確実

さ を

えて

人 的な成

安泰

を 願 う人々 が増 加 し, 目的達 成の ために は手段 を選ば ない とい う倫 理 的雰囲気 が生 まれる。 そ して , その 祈 願の 対 象 として ,

力強

く障

を克 服して い く神 で , シ ヴ ァ 神 とい う

権威

者を

背後

に持ち,神で ありな が らデモ ーニ ッ ク な面 も

ち,

剣に頼る者に対して は , 反 道 徳 的な行 為 も許容 す るとい う性 格を もっ た神カ タ ラ ガマ が ,就職 ・ 事 業 ・選 挙 ・結 婚 等 の 問題につ い て も

対処

し うる神と して , 信

を集め る よ うになっ た の で ある。

 

なお, 以上 の 神々 にたい す る信

は, そ れ らの 神k にパ ク テ ィ (

依)を

げるこ とに よ り, 願い が

え られる とい う面が あ り, その 意

で , バ ク テ ィ と密 接に

関係

して い る の で ある。 (ま た, 以 上の 論

は,

Obeyesekera

1977b

1978

長線上 に位 置 するもの で ある。)

 

以上は,霊の 宗 教に おけるハ ン テ オ ン の

化で っ た が 次に , 霊 の 宗 教 に おける憑 依の 盛 とい う現 象につ い て は,

の よ うに

じられて い る。

  (

e

憑 依隆 盛

 

伝統

的な シ ン ハ

憑 依 の 評

との相 違は, 一 言で 言え ば,

伝統

的な シ ン ハ 仏 教 , 狐 憑 きとい う病 気 とい う否 定 的 評

しか

えられて い なか っ た もの が ,有 力な神が憑 く神がか りとい う形で ,

定 的な

評価

をされ る よ うに っ た とい うこ と

る。 これは , 上記の パ オ ン の 変 化 (すな わち,

従来

否 定 的に評 価さ れ て い た

が 上昇 し た)に対 応 す るもの で る。 また, こ の 憑 依は ,憑い た神に 霊

は バ ク テ (帰 依 )を 棒 げてい るとい う

で , バ ク テ ィ とも結びつ い て い る。

 

ま た, 神で は な く霊が憑 くこ と も あるが, こ の 霊 も, 例 えば,

先 の霊 あ るい は

餓鬼

preta )

場合

な ど,

従来

伝統

的な シ ン ハ ラ仏 教 で は,餓 鬼 は,

い もの に決ま っ て い た の に , 良い 餓

だ とされ,

鬼が 神の カ テ ゴ リ

(12)

98       /R一り’学≧イム教:文 イ匕学 一

属す

よ うに ある とい う

象 も見 られ るの である。

 

また ,霊の 宗 教に 見られ る こ の よ うな伝 統 的な宗 教 的権 威の

極 化 あるい は 崩壊とい う現 象は,霊 媒 自体に も見 られる。 それ は,

伝統

的な 霊

カ プ ラ ー ラ(出身カ ース トが決 まっ て い る)以外に, 自分で 勝 手に 霊

と な る者が 出て

た とい う現

で ある。 すな わ ち,

の霊

場合

に は , ス ワ ー svami と呼 ばれ, 女性の 場合に は , メ ー一…: ヨ ー (m 訌1

iy6

呼ぼれた ち

る。 こ こ で ,

に , 注 目す べ , 女性 の霊 媒 (m

恥 iyb

)の 出現で ある。

な わち, これ まで の, 伝 統 的な シ ン ハ 仏 教 世 界で は , まっ た く,

宗教

的な受 け皿の なか っ た女 性が, 女 性へ の 教 育の 浸 透 と女 性の社

会的

上に い , まず, 霊の 宗 教の レ ベ ル で , 霊 媒 とい う形で , 一 宗 教 的 役 割 を果たす よ っ て きた の で ある。 (なお, 以上 の 論

は ,

Obeysekere

1967

1975

・a :

1977a

長線

上 に

る もの で

る。

 

3

) 仏

的展開

 

以上 の よ うな, 主に ,都市の プ 卩 レ タ リア ー ト を に し て 宗 教に お ける変 化が, 上 座仏 教を は じめ とす る仏 教 自体に も, 変 化を及ぼす こ とになるの で るが, その 点に 関して は, 本

第三 部に おい て 次の よ うに 論 じられて い るG

 

まず, イ ギ リス 植 民地 下で , 出家だ けが解 脱 し悟る こ とがで きるの だ とい う出家至 上 主義を排し, 在家に も平等に解 脱, 悟 りの 可

性はあるの だ とす る宗 教 的平等主義に基づ 出家 とい うよ うな世 俗 外

欲に よ る救

だけで な く, 在 家 とい う形で も世 俗 内禁 欲を行 うこ とに よ り救 済の 可

性 は あるの だ とする, プ ロ テス タン ト仏 教が, ダル マ パ ー に よ っ て 打ち 立 て られてい た が , こ の プ ロ テス タン ト仏 教が, 独立 以降, 都 市部に お けるブル ジ ョ ワ ジ ー (巾産 階 級 )の増 大 と ともに , 彼らの ピ ー ピ ール して , 勢 力を広め てい っ た 。 (

Gom

.,

1983

Obey

1976

も参 照 )

 

そ して こ の

傾向

の よ うな二 つ の 在 家 的な新 しい 運動を生み 出し て い っ た。 一 て の例 外な く覚醒 , 救

しよ う とす るサ ル ボ ー ヤ運 動で ある。 これは, 仏教 的 世

観に基づ く農村 開 発 運 動で, 出家と在 家

(13)

< 書 評 > R三chard  Gombrich ・弖 Ga量}anath  Obeyesckere , 99 が

協 力

う形

れ て い る。

伝統的

なシ ン ハ ラ

仏教

の 世界で は, 労働や社 会 改

等に 全 く関わ ら ない 世俗

の 出 家 こそが , 宗教 的権 威の 源で あっ たが , こ の 運

で は, 出家 も労働や

会 改

革等

の世 俗 的 ・ 社 会 的な事 柄 に関わ るべ

従 来

の 世

俗外

の 出

家中

心の 伝統 的 な宗 教 的 価値の ヒ エ ヒ ーが , 経

的 な局面 で

されて い るの で ある。

 

も う一 つ , 仏 式 結 婚の 登場で ある。 出家が宗 教 的に 理 想 的な 在 り方で あ る とすれ ぽ, 結 婚な ど とい う在 家 的 e 匿俗 的 な

事柄

は 本

来関

わ るべ き もの で は ない は ずで る。 そ れが, キ リス ト教の 結 婚 式をモ デル に し た 形 で , 出家 僧が式に 関わ り, 式 中に ピ リッ ト儀 礼 等を行っ て

新郎新婦

を祝 福す る とか , 式が寺で 行わ れ る とい う形の 仏 式

婚が生 じて きたの で ある。 こ の 現 象は, 儀 礼 とい う局 面で , 従 来の 出家 中心 主義の

伝統

的な

教 的

鱶値

の ヒ エ ヒ ー , 覆 されて た もの で ある と言 え よ う。 ま た , こ の 仏 式 結 婚は, 従来の

結婚

式とは 異な り, 人を超えた

在 (仏 )へ の 誓い とい うサ ク ラ メ ソ トで あっ て , 厳

な 一婦 制 性 的表 現極 力 抑え ら れ る等の 特 徴が あ る。 これ は , ま さに , 西欧の ブル ジ ョ ワ ジ ー リ タ 的なエ ー と 同 じよ うな意

で の リ ラ カ の ョ ワ ジ ーの ピー リ タ ン 的エ ー ス に 対 応す る よ うな形の

結 婚

な の で ある。

 

さ らに , また, 伝統 的な シ ン ハ ラ仏 教 仏 ・ 法 ・ 僧 (サ ガ)を

心 とす る宗 教 的 権 威の分 極 化 現 象は, サ ン ガ で 受 戒 する こ と な く,

手に受 戒 して 僧と なる とい う人々 が 生 じ, か つ , それ らの 僧た ち が社 会 的 影

力 を も つ とい う現 象 とも なっ て 現れて きて い るの である

 

その か で, ま

, 挙 げ られ るの が, 比丘尼 の 出 現で あ る。 従 来の 伝 統 的 な シ ン ハ ラ仏 教で は , サ ン ガ に尼さ んに 受戒させ る シ ス テ ム が な か っ た の で さん は

在しなか っ た の で ある が, 女 性の 社 会 的地位の 向上 と

に , 自ら, サ ン ガ と は無 関係に受 戒 し, 勝 手 に にな る女性た ちが 出 現 し て き た 。 こ の 現 象は ,霊の 宗教に おけ る女 霊

(m

y6

)の 出現に対 応 する現象 で る。 (な お, こ の

所の 論 考は ,

Gombrich

1972

 ab の延 長

上 に位

す るもの である。 )

(14)

 ユGO      パ ーり学仏教文 化 学  また, 出家 僧な らぬ 在 家 僧が出現し て きた。 た とえ ば ,

Peresas

は, サ ソ ガ とは

関 係に 自 ら受 戒し た在 家の で ある。 そ し て , 彼は, 伝

的 な仏 教 の 瞑想 (心 を 静め る形の もの と憑 依 (神がか り)を, 目的に応 じて使い 分 けてい る。

 

Uttama

 

Sadhu

在家

るが ,

は ,

ら,

りを

開 き

陀と 同じ

地に到達 し た と して い る。 また,

通の 人が

める よ うな パ ー 典のわ りに , シ ン ハ 語に よ る仏 典を新た

編纂

すべ きだ と主 張 し る。

 ま た,

Sun

 

Buddha

D

A

JayasLiriya

)の よ うに , 自分は, 仏 陀その もの

るとい

在家

出現

し,

多 く

信者

して い る。

 

以上は , サ ン ガ

在家

るが, サ ン ガ 内で

僧と される者の なか にも, マ イ トレ ー , 従 来の 伝 統 的な シ ン ハ 仏 教で は否 定 的 に扱われて きた, 神智 学や 占星術の よ うな神 秘 的な傾 向の もの を も,評

し, 用い る僧 も出て て い る。

 

なお, 以 上 の よ うな, サ ル ボ ー 運 動 ・ 仏 式結 婚 ・ 在 家 僧 出現は,イ ギ リス

地 下現れた在 家 主 義 的 なプ ロ ス タ ン ト仏 教の 一つ の 必 然 的 帰

で あ る と されて い る。

 

4

た な統合へ 向 け   都市 化に よ る宗教 的 権 威の 分 極 化に よっ て, 霊の 宗教お よび 上座 仏 教を中 心 とする仏教プ ロ パ ー生 じた 以 上の よ うな

化は, 今

も ますます, 進 行 し てい の で あろ うか。   こ の よ うな問に たい し て ,著 者たちは ,否 定 的な解 答を抱い てい る よ うで ある。 とい うの は,

で に , バ ク テ ィ とタ ン トラ の

教 的 再 取 込み とい う形 で の仏 教側か らの対 応, すなわ ち,

た な

合へ の 動 きが生 じ て きてい る か らで る。

 

その一 つ は, 森 林 僧に よる菩提 樹 供養であ る。 す な わ ち, 仏 陀の象 徴 と し て の

に た いるバ クテ n 的な (感 情を高め る よ うな形で の) 供 養 儀礼 が, 行われる よ うに なっ て きて い る。 これは , パ ク テ ィ の

教 的取 込み だ と

(15)

      〈書

1

平> R1c 耳ard  Gombrich & GaiiaiiLith Obeyesckcrc,     

101

言えるで ろ う。

 

ま た , もう一 つ は , カ タ ラ ガ マ 信

の 仏教へ の 取込み で ある。 すなわ ち, もともと, ヒ ン ドゥ ー

っ た カ タ ラ ガマ に関し て, シ ン ハ ラ の

Du

− ‡ugtimupu の 神 話とい うシ ン ハ

な神 話創 造 , シ ン ハ 的な仏 教の とい う色合い を

くして い とい とが , まず

わ れ た。 次 に , もともと, タ ミル の ヒ ン ドゥ ー 職 能 者 なっ て い た カ タ ラ ガマ の 火 渡

儀式 (

憑依

儀礼)

を,

仏教側

の 職

者が行 う よ うに 変 更 し, さ らに,火 渡 りの

礼 自体 仏 教

け (た とえば ,神へ の パ ク テ タ ン トラな憑 依の

わ りに 三 宝 に

し心を 静め るよ うな

瞑 想を行 っ た の ち, 火渡 りの

儀式

うとい うよ うに)を与 えた の で あ っ た。 さ ら に, ま た , カ タ ラ ダマ の 祭 りか ら, 猥 雑 な要 素を取 り除 くとい うよ うな, ブ ル ジ ョ ワ ジーの 倫理的ニ ー トス に

対応

する よ うな

革 も ,

われて い る。

 

5

) 結 論

 

最後に,結 論 部で,著者 た ちは, 以 上 の よ うな仏 教の

変容

将 来

に つ い て 過 去に イン ドで起こ っ た宗教の 歴

変化

との 比較の 上 で , 次の よ うに 論 じて い る。 すな わ ち, イン ドで は, 禁 欲 的で 主 知主 義 的な ブ ラ フ マ ニ ズ ム や原 始仏 教 ・ 小

仏教 , オ カ ル ト的で情緒 的なタ ン トラやパ ク テ ィの

に 飲み込まれてい っ たが シ ン ハ 仏 教 未 来 , それ とは

なる と言 うの で ある。 何 故な ら, 対 外 的に は, (

1)

ク テ ィ ・ ト ラ

ヒ ン ゥ ー教の 大 国イン ド に た い る仏 教の 小 国ス リ ラ ン カ とい

, 国 内 的に は,   ヒ ン ドゥ ー教の タ ミル 人に たい る仏 教の シ ン ハ 人と う対 立 構 る以上, シ ン ハ 仏 教 徒

ィ テ ィ ーは , 最終 的に は, 上 座 仏 教に求め る ほ か ない で あ ろ う。 従っ て これ まで 述べ て きた よ うな , 霊 の 宗教に お け るバ ク テ ィ 的・タ ン ト的 変化 , お よび, 仏 教 プ ロ パ ーに お け る

在家

義的

変化

か か わ らず, シ ン ハ 仏 教 , こ の よ うな変 化を, 上 座仏 教の 側へ 再度取 り込 むこ とに よっ て

たな統 合へ と向 う, とされ るの で

る。

(16)

02

バ ーリ学 仏 教 文 化 学

iil

.本 書の 論考にたいする若 干 の 疑 問 点

 

以上, 本

の 内容を ,章だて に従っ て 紹介 して きた。 全 体 とし て は, 基 本 的に はマ クス ・ウ ェ ーバ ーの 近 代化 論に

づ き,

剥 奪

理論 等の 宗教 社 会 学 の 諸理 論や, エ ー リ ッ ヒ e フ ロ ム

社会

心 理

的 解 釈, 結 婚 式に 花 嫁が用 い る白い

象 徴を見る とい う よ うな象 徴 人類 学 的解 釈 等さ ま ざ まな

手法

と理

を駆 使 しなが ら,

市化に よ る ス リ ラ ソ カ の 宗 教の

容とい う現 象が読み解かれて お り,

に , ス マ ー 見 事 な分 析 わ れ 言 え る であろ う。 しか し なが ら, あま りにス マ ー ト で 見事分 析 る だ , 「都市 化に よ るス リラ ン カの 宗教の 変 容 とい う複 雑な事象 が本 当に こ んなふ うに

見事

分析

し きれるの だ ろ か」 とい う

素朴

な疑 問が ,わい て くるの で ある。 以 下若干の 疑 問 点を指 摘し て い きた い 。

 

疑闘

, た と え コ ロ ン 周 辺 と現 象だ と て も, 本書に 述ぺ られて い るよ うな ドラ ス テ n ッ クな宗 教の 変化 が 本 当に 生 じて い るの だ ろ うか とい う点で る。 すなわ ち, ア ジ アの なか で ス リラ ン カ を

え た場 合, 日本は例

と し て も,

NICs

等の 国 や イ ン ド・ イな ど と 比べ , ス リ ラ ン カ は,

経済

成 長が遅 く, ア ジ ア の なか で も比 較 的社 会 変 化のス ピー ドが 遅 い 国で あ る。 そ こで も,

本当

に , こ ん な ドラ ス テ a ッ ク な 宗 教の 変化が 本当に 生 じて い る の だ ろ うか 。 変化の 面に 焦 点を当てす

てい る ので はない か。 そして, そ の た め に , 逆 に , 「霊の宗 教に お けるバ ク テ ィ 的タン ト ラ 的変 化お よび仏 教プ ロ パ ー 在 家主

義的

化に もか か わ らず, シ ソ ハ ラ仏 教は , こ の よ うな変 化を , 上座仏 教 の 側へ と再

度取

り込む こ と に よ っ て, 新たな統 合 へ

か うで あろ う」 とい うよ うな楽

的な見 通 し を

抱 く

よ うに な っ てい るの で は ない か。 こ の よ うな疑 問で ある。

 

次に 二 の 疑 問は,

伝統

的な シ ン ハ 仏 教の と らえか たに 関わ るもの で ある。

本書

で は , (1)シ ン ハ

の ア イデ ーは上 座 仏教に あ り , (

2

)上座仏 教 と霊 の 宗教は 明確に 区 別 され, その うえで, 霊 の

教が

全に上 座 仏教の

り込まれ, 上 座仏 教の 側か ら低い 地

に 位

づけ ら れ て お

(17)

      一く書 評 > 1くicha互d Gornbrich & Gananath  Obeyesekere ,      

G3

り, (

3

)い わ ゆる両者の 混

とい う現象は, ピ リッ ト儀 礼を除い て は考 え られ て い い よ うで ある。 し か し,

橋,

1985

批判

に もある よ うに,

混淆

と呼 び うる現 象の 幅を もっ と広 く取っ て お い たほ うがい い の で は ない だろ うか すなわ ち , 言い 換え れ ぽ, シ ン ハ 仏教

教を , 上座 仏 教 と霊の 宗教 と 両 者の 混 淆 とい 三 つ の 層を

つ もの とし て と ら えた ほ うがい い の で は ない か と思われるの である。 とい うの は,

高橋

1985

の 論点 以外に も,次の よ う な こ とが考え られ る か らである。

 

本 書で は

座仏教

教 的権 威分 極 化に よっ て , その 権

を離れ て勃 興 して た霊 の

を, 再度, 上 座 仏 教の 側が取 り込み, 仏教的位

づ けを与え る こ とに よ り, 再統 合へ と向か うとい う方 向で,

教の

変容

が とら え られてい る。 だ が, 日本の

新 宗

教 あるい は新新 宗教な どの 例な ど を 見 れ ば, 逆に, 上 座仏 教が霊 の

教の 側へ と取 り込ま れ る とい う現 象が

将来起

こ りうる可能 性 も十

考え られ る。 そ して , その 場 合に は , 上 座

仏教

と霊の

教 の 境 界はますます

曖昧

になっ てい き

混淆

と呼ぱ ざるを えない よ う な領 域が広が っ てい くと思わ れる か らで ある。

 

三 の 疑 問は, パ ッ テ ィ ニ ー 凋 落 と

関す

社会

理 学

的解

釈の 妥

当性

る もの で ある。 本 書で は , こ の 現象 に つ い てすで に紹 介 し た よ うに ,

農村

て て 都 市に で て きた プロ レ タ リ ア ー ト の 社 会上昇 志

との

わ りか , 社 会心理 学 的な解 釈を

っ て い る。 とこ ろで, こ の よう な,

都 市

へ の 人口

集 中

に よ る労

者 階 層の 増大 お よ び彼らの社 会上昇 志 向と 教 育マ マ (罰 する母 現 象 , 過 去に お い て , 日本に も

在 し た。 し か し, 日本で は, 罰 する女 神 (た と え ば,

子母

神)

興 とい う現 象は

存在

しなか っ た。 こ の よ うな違い

1

t 何

故 生 じ た の か。 も し, 社 会心 理学 的な

釈 が, 一 社会的 条 件に たい る人 間の 理的対 応は共 通で ある と い うこ と を

前提

に して い る と

れ ば, ス リ ラ ン カ に お け るカ ー リー女 神の 勃 興 とい う現 象に は, 上 記の よ うな社 会心 理学 的理 由以 外の なに か, ス リラ ン カ に は存 在 し β本に は存 在 しなか っ た社 会 的 ・ 文 化 的要因があ っ た の で はな い か 。 その 要 囚に つ い て の説 明に 欠け て い るの で は ない か 。

(18)

 104      パ ーリ学仏教文 化学

  第

四 の 疑 問は, カ タ ラ ガマ

興に つ い ての

釈に関 す るもの で

る。 こ こ で も, すで に

介し た よ うに , お お む ね, 社

心 理学

点か ら

釈 がわれて い る。 だ が, カ タ ラ ガ マ

勃興

背後

に , こ の よ うな

社会

心 理 学

な要 因以

に, なん らに の

政治的要

因は なか っ た の で あろ うか。 すな わ ち, 本

に もふれ られて い る よ うな, シ ン ハ ラ人 , タ ミル 人の 両者か ら

拝 されて い るカ タ ラ ガ マ

シ ン ハ 化 と

現象

背後

に は

当然

, シ ン ハ ラ e ョ ナ リ ズ ム の

ま りとい う政

治的

要 因が あるもの と思わ れる が, カ タ ラガ マ 神の

とい う現 象それ 自体に も, その よ うな政 治 的要 因 あるい は シ ン ハ ョ ナ リ ズ ム の ある種の 政 治 約シ ン ボル として カ タ ラガ マ 信

を利 用 し か つ ぎあげ うとい ような政 治 的 意 図 との わ りは , なか っ たの であろ うか 。

 

最後

の 疑

は , 霊の 宗教の 評 価に 関わ るもの である。 本

で は,

基本的

に は, ウ ェ ー 近代 化 論応 用 な が , ブル ジ ョ ワ ジ ー エ ー ス がプ μ テス タ ン ト仏 教お よびその 必 然 的な帰 結として の一

仏 教 的展開と

応 し, プ ロ レ タ リア ー エ ー

1

・ス が霊

興 と対 応す る とい う形で , ス リラ ン カの

教の

化が と ら え られ てい る。 そ し て , そ れ ほ どは っ ぎり と 述べ て はい るわ けで は ない が, (

1

>ス リ ラ ソ カ の プ ロ レ タ リア ー ト の エ ー トス が未 成

なために

宗教

に その

を求め るの だ とい な 西

基準

とし た理

仕方

や, (

2

価値合

る上 座

教 とオ カ ル ト

な 要 素を多分に含んだ霊の 宗 教 との 比に られ る よ うに, 上 座 仏教に 比 べ て 霊の

価 値 評

え る傾

が, 見え隠れする よ うに 思わ れ る。 し か し な が ら, 大

英 昭 ・ 西 山

茂編

1988

に もある よ う , 仏 教 や 神道が と言 うよ りは む しろ ,民俗 宗 教が ,仏 教 あるい は神 道の を ま とっ て近 代 化の節 目ごとも

興し て くる とい 日本の 状 況か ら, ア ジア の 民 俗 宗 教 (こ こ で はス リラ ン カ の 霊の 宗 教)を考え る と ア ジア の 場 合に は 西欧 的基 準か らは とか く否 定 的

され が ち な民

俗宗教 (

霊の

宗教)

し た上で, それが近 代化 。都 市 化に お い て果たす 役 割を と ら え直 す 必 要がある の では ない か と思われるの で ある。 そ して, そ うする こ とに よっ て , 本 書 と

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