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悲憤慷慨 の系譜

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◎論説中国古典思想・文学

悲 憤 慷 慨 の 系 譜

王 逸 注 ﹁離 騒 ﹂ に み る 漢 代 屈 原 像 田 宮 昌 子

・・⁝

はじめに

小稿は筆者が﹁悲憤慷慨の系譜﹂と名づける研究の一環

である︒この研究は︑いわゆる伝統中国において士大夫文

化の重要なモチーフであり︑社会主義革命を経た現代中国

においても"偉大な"愛国詩人として依然ポピュラーな存

在であり続けている屈原を取り上げ︑そのイメージの継承

と変遷を辿ろうとするものである︒具体的には︑屈原の代

表作とされる﹁離騒﹂を中心として︑屈原の手になると考

えられてきた楚辞(以後屈賦という)がどう読まれてきた

か︑屈原がどう語られてきたかを屈賦の注釈や後世詠み続

けられた屈原を悼む詩文の語彙を手がかりに跡付け︑屈原 像の系譜‑祖型の成立とその後の継承および変遷ーを

辿りたいと考えている︒まず︑その祖型の中身を検討する

意味で漢代の屈原像を明らかにしておく必要がある︒筆者

はすでに他稿で前漢司馬遷の﹃史記﹄﹁屈原傳﹂について検

討を加えた︒﹃史記﹄﹁屈原傳﹂は伝中に劉安﹃離騒経章句﹄

の一部が引かれていることにも示されるように︑戦国末か

ら前漢までの屈賦解釈とそこから生じる屈原像を反映する

ものであり︑今に伝わる最古の屈原の伝であることから︑

後代に書かれる伝のほぼ唯一のソースとなってきた︒前稿

では︑﹃史記﹄﹁屈原傳﹂は屈原の事跡についての具体的記

述に乏しく屈賦を取り込むことで伝が成立していること︑﹁離騒﹂は直接引用されてはいないが︑屈原の苦境の叙述や

人物評は当時の﹁離騒﹂理解を前提としていること︑﹁屈原

悲憤慷慨 の系譜

127

(2)

傳﹂を収める﹃史記﹄巻八十四は正確には﹁屈原頁生列傳﹂

であるが︑後半の頁生すなわち質誼の伝は︑﹁屈原傳﹂の後

日談的役割を果たしており︑左遷中の作賦エピソードが後

世のレクイエムの伝統‑屈原を悼むことで自らの不遇を

屈原のそれになぞらえるーを拓くことなどを確認した︒

漢代屈原像を明らかにする作業の次段階として︑小稿で

は後漢王逸の﹃楚群章句﹄に検討を加える︒この書は王逸

に先行する劉安︑劉向など前漢以来の漢代における屈賦理

解の集大成であり︑先行する注釈書が全て亡んだため︑今

に伝わる中では最古の楚辞注釈書である︒今述べた前稿で

確認したように︑屈原像は﹁離騒﹂を核とした屈賦理解に

依っており︑最古の屈賦解釈を伝える王逸﹃楚僻章句﹄は

最古の屈原伝である﹃史記﹄﹁屈原傳﹂と共に︑後世常に屈

原像の祖型を呈示する作用を果たしたとみることができる︒

小稿ではまず屈原像の核をなす﹁離騒﹂に絞り︑王逸が﹁離

騒﹂をどう読んだのか︑王逸注によって呈示される屈原像

を明らかにしようとする︒

二序ー王逸注﹁離騒﹂世界の額縁

現在に伝わる王逸﹃楚辮章句﹄巻一﹁離騒纒章句﹂には

王逸による二篇の文がそれぞれ前後に付されている︒小稿

ではそれぞれを﹁前序﹂﹁後序﹂と呼ぶことにする︒この二 序は王逸が﹁離騒﹂をどのようなものとして世に呈示しよ

うとするかを示すものであり︑﹁離騒﹂の前後にあって︑あ

たかも額縁のように後世の﹁離騒﹂の読み方を強く規定し

てきた︒そこで︑王逸注﹁離騒﹂世界を検討する前に︑二

序の中身を確認する︒

e﹁前序﹂

離騒経者︑屈原之所作也︒﹁前序﹂は﹁離騒経は屈原の作る所也﹂の一文で始まる︒

﹁離騒﹂を経とする根拠は﹁後序﹂で詳述される︒王逸は﹁離騒﹂を屈原による自叙︑それによって屈原の人生を再構

成するに足る史料として扱う︒この姿勢は︑﹁離騒﹂本文﹁字余日盤均﹂の注で屈原の名と字の由来を﹁離騒﹂により

説くことでより明らかになる︒以下︑屈原の伝が続く︒

屈原與楚同姓︑仕於懐王︑為三閻大夫︒⁝⁝屈原序其

譜属︑率其賢良︑以属國士︑入則與王圖議政事︑決定

嫌疑︒出則監察璽下︑鷹封諸侯︒謀行職修︑王甚珍之︒

同列大夫上官斬尚︑妬害其能︑共譜穀之︒王乃疏屈原︒

楚の王族であること︑官職︑国政上の活躍︑時の楚王懐

王の信任︑他の重臣の妬みと議言︒そして﹁王乃ち屈原を

ロこ疏んず﹂︒これらは﹃史記﹄﹁屈原傳﹂に載せる内容とほぼ

同じである︒

屈原執履忠貞︑而被諜衰︑憂心煩齪︑不知所想︑乃作

(3)

離騒経︒⁝⁝言己放逐離別︑中心愁思︑猶陳直樫︑以

風諌君也︒故上述唐虞三后之制︑下序桀紺葬澆之敗︑

翼君覧悟︑反於正道︑而還己也︒

この段は︑﹁離騒﹂創作の経緯および内容と目的を述べ

る︒﹁離騒﹂がどのような経緯で何のために作られたのか︑

これをどう考えるかは﹁離騒﹂の意境解釈に決定的な意味

を持つ︒﹁屈原︑忠貞を執履して読裏せられ︑憂心煩齪する

も懇ふる所を知らず︑乃ち離騒経を作る﹂︒創作の経緯をこ

のように定めると︑その内容は﹁己放逐離別され︑中心愁

思するも︑猶ほ直径を陳べて以て君を風諫するを言ふ也︒

故に上は唐虞三后の制を述べ︑下は桀紺葬澆の敗を序す﹂

点に集約される︒そして︑創作の目的は﹁君の覧悟して正

道に反り︑己を還すを翼ふ也﹂と定められる︒﹁翼ふ﹂内容

が﹁君の覧悟﹂﹁正道に反る﹂に留まらず︑最終的な目的と

して﹁君の⁝⁝己を還す﹂(君主が自分を召し返す)を指摘

するのが︑先行する﹃史記﹄﹁屈原傳﹂に見られない点である︒

是時秦昭王使張儀︑謡詐懐王︑令絶齊交︑又使誘楚︑

請與倶會武關︒遂脅與倶闘︑拘留不遣︑卒客死於秦︒

其子嚢王︑復用読言︑遷屈原於江南︑而屈原放在山野︑

復作九章︒援天引聖以自誰明︑終不見省︒﹁離騒﹂の後︑﹁九章﹂を創作するまでの経緯︒楚の懐王

は秦に欺かれて秦で客死し︑楚では裏王が即位する︒する

と裏王もまた読言を信じて︑屈原を江南に流す︒﹁屈原放た れて山野に在り︑復た九章を作る︒天を援き聖を引きて︑

以て自ら謹明するも終に省みられず﹂︒

不忍以清白久居濁世︑遂赴泪淵︑自沈而死︒

自沈の原因理由︒﹁清白を以て久しく濁世に居るを忍び

ず︑遂に泪淵に赴きて︑自ら沈みて死す﹂︒屈原の自沈を志

の高さ︑清潔さのもたらしたものとする解釈は︑すでに﹃史

記﹄﹁屈原傳﹂に﹁其の志や禦︑故に其の物を構すること芳

し︒其の行ひや廉︑故に死して容れられず︒自ら濯潭汗泥の

中なるを疏んじ︑濁稼に蝉蜆し︑以て塵埃の外に浮游す︒

世の滋垢を獲ず︒噛然として泥して津れざる者なり︒此の

志を推すや︑日月と光を争ふと錐も可なり﹂として見えて

いる︒そのうち﹁濁稼に蝉蜆し﹂より後の一段は︑前漢劉

安﹃離騒経章句﹄からの引用であると考えられており︑王

逸に先行して早くから行なわれていることになるが︑濁世

と相容れず︑﹁清白﹂を保つために死すというこの解釈が次

章で見る﹁清潔﹂のテーマを導く︒

離騒之文︑依詩取興︑引類讐諭︒故善鳥香草︑以配忠

貞︒悪禽臭物︑以比識倭︒婁修美人︑以娩於君︒慾妃

侠女︑以讐賢臣︒虻龍鴛鳳︑以託君子︒瓢風雲覧︑以

為小人︒﹁善鳥香草﹂対﹁悪禽臭物﹂は︑﹁忠貞﹂対﹁諜倭﹂︒﹁璽

修美人﹂と﹁慾妃侠女﹂は︑﹁君﹂と﹁賢臣﹂︒﹁虻龍鷺鳳﹂

対﹁瓢風雲覧﹂は︑﹁君子﹂対﹁小人﹂︒王逸は﹁離騒﹂中

129‑一 悲 憤 慷 慨 の 系 譜

(4)

に現れる必ずしも常に対照的とは言えない事物を二項対立

的に捉え︑これらを人間類型の象徴としてそれぞれに政治

道徳領域における正邪︑上下︑優劣の価値を配す︒これら

が王逸注﹁離騒﹂世界を構成する対概念となる︒

其詞温而雅︑其義咬而朗︒凡百君子︑莫不慕其清高︑

嘉其文采︑哀其不遇︑而関其志焉︒

最後は評価である︒﹁其の詞﹂は﹁温にして雅﹂︑﹁其の

義﹂は﹁咬くして朗らかなり﹂は﹁離騒﹂評価であり︑結

びの一文︑凡そ君子であれば必ず﹁其の清高を慕ひ﹂﹁其の

文采を嘉し﹂﹁其の不遇を哀れみ﹂﹁其の志を関む﹂は屈原

評価となっている︒

口﹁後序﹂

昔者孔子叡聖明詰︑天生不王︑偉定纒術︑乃剛詩書︑

正禮樂︑制作春秋︑以為後王之法︒⁝⁝臨終之日︑則

大義乖而微言絶︒其後周室衰微︑戦國並争︑⁝⁝於是

楊墨郷孟孫韓之徒︑各以所知︑著造傳記︒⁝⁝而屈原

履忠被諜︑憂悲愁思︑濁依詩人之義︑而作離騒︒上以

謁諌︑下以自慰︑遭時暗齪︑不見省納︒不勝憤癒︑遂

復作九歌以下凡二十五篇︒楚人高其行義︑璋其文采︑

以相教傳︒至於孝武帝︑恢廓道訓︑使准南王安作離騒

経章句︑則大義粟然︒後世雄俊︑莫不謄仰︑捻箭妙思︑

績述其詞︒ ﹁後序﹂は﹁昔︑孔子叡聖明詰にして﹂で始り︑孔子が詩

書礼樂春秋の五経を﹁後王の法﹂として定めたことを言う︒

孔子の死によって︑﹁大義乖きて微言絶ゆ﹂︒周室は衰え︑

乱世に諸子の学が興る︒その中で屈原は忠にして諦られ︑﹁憂悲愁思して濁り詩人の義に依りて離騒を作る﹂︒これに

より君主を謁諌するも容れられず︑さらに﹁九歌﹂他25篇

を作ったとする︒楚の国人は屈原の行ないと文采とを称え

て︑その辞を伝える︒漢の孝武帝の命により︑劉安が﹃離騒経章句﹄を作るに至って﹁大義緊然たり﹂︒このように︑

孔子による経書の制定から説き起こし︑その死によって失

われた﹁大義﹂﹁微言﹂を伝える﹁纒﹂としての位置付けを﹁離騒﹂に与える︒

逮至劉向︑典校纒書︑分以為十六巻︒孝章即位︑深弘

道藝︒而班固質逡︑復以所見︑改易前疑︑各作離騒経

章句︒其鯨十五巻︑閾而不説︒又以肚為状︑義多乖異︑

事不要撮︒今臣復以所識所知︑稽之薔章︑合之経傳︑

作十六巻章句︒錐未能究其微妙︑然大指之趣︑略可見 ︒

王逸﹃楚僻章句﹄までの楚辞学史である︒屈賦25篇は劉

安﹃離騒経章句﹄の後︑劉向によって16巻に分けられる︒

班固︑質蓮がそれぞれ﹃離騒纒章句﹄を作るが︑﹁離騒﹂以

外の15巻には注がなく︑字の誤りも多く︑解釈も妥当でな

い︒そこで︑自らが﹁復た識る所知る所を以て之を薔章に稽へ︑之を経傳に合せ﹂︑﹃楚欝章句﹄16巻を作ったとする︒

(5)

且人臣之義︑以忠正為高︑以伏節為賢︒故有危言以存

國︑殺身以成仁︒是以伍子胃︑不恨於浮江︑比干不悔

於剖心︒然後徳立而行成︑榮顯而名稻︒

ここで︑﹁離騒﹂が伝えるところの﹁大義﹂の中身が語ら

れる︒それは︑﹁人臣の義﹂(臣下が踏み行なうべき道)で

ある︒その核心を﹁忠正﹂と﹁伏節﹂(節義のために死ぬ)

の二つとし︑その実行として﹁言を危しくし以て國を存す﹂ムむ(国のために直言する)﹁身を殺して以て仁を成す﹂(わが身

を犠牲にして仁を成し遂げる)を挙げる︒

若夫懐道以迷國︑伴愚而不言︑顛則不能扶︑危則不能

安︑碗娩以順上︑逡巡以避患︑錐保黄看︑終壽百年︑

蓋志士之所肚︑愚夫之所賎也︒

﹁大義﹂が即ち﹁人臣の義﹂であることを明らかにした

後︑この﹁義﹂を踏み行なわない﹁人臣﹂の処世態度が列

挙され︑﹁志士﹂のみならず﹁愚夫﹂でさえも蔑む生き方と

して退けられる︒﹁道を懐きて以て國を迷はせ﹂﹁愚を伴り

て言はず﹂﹁碗娩として以て上に順ひ﹂﹁逡巡して以て患を

避く﹂という非難は︑司馬遷﹁任少卿に報ずるの書﹂にお

ける﹁躯を全うし妻子を保つの臣﹂への司馬遷の非難不満

を想起させる︒このような具体的表現には王逸の同時代人

への不満が多分に投影されているものと思われるが︑﹁人臣

の義﹂をめぐって王逸が把握したところの相反する人生態

度・人間類型が王注﹁離騒﹂世界における﹁忠賢﹂と﹁識 倭﹂︑﹁衆﹂と﹁濁﹂の対立のテーマを形成することになる︒

今若屈原︑膚忠貞之質︑膿清潔之性︑直若砥矢︑言若

丹青︒進不隠其謀︑退不顧其命︒此誠絶世之行︑俊彦

之英也︒

今屈原の若きは︑忠貞の質を膚き︑清潔の性を膿し︑

直きこと砥矢の若く︑言は丹青の若し︒進みて其の謀

を隠さず︑退きて其の命を顧みず︒此れ誠に絶世の行︑

俊彦の英なり﹁忠貞﹂﹁清潔﹂﹁直﹂が︑﹁大義﹂すなわち﹁人臣の義﹂

を備えた者の属性として挙げられ︑屈原の諫言と自沈が肯

定︑賛美される︒

而班固謂之︑露才揚己︑競於量小之中︑怨恨懐王︑識

刺椒蘭︑苛欲求進︑強非其人︑不見容納︑盆悉自沈︒

而れども班固之を謂ひて︑才を露はし己を揚げ︑璽小

の中に競ひ︑懐王を怨恨し椒蘭を識刺し︑苛も進むを

欲求し︑強ひて其の人を非り︑容納せられざれば急志し

て自沈すと︒

有名な班固による屈原批判︒屈原の人格を批判するもの

となっている︒﹁露才揚己﹂は屈原批判を象徴するフレーズ

となった︒

是庸其高明︑而損其清潔者也︒昔伯夷叔齊︑譲國守志︑

不食周粟︑遂餓而死︑豊可復謂有求於世︑而恨怨哉︒

且詩人怨主刺上日︑鳴呼小子︑未知減否︑匪面命之︑

:31‑一 悲 憤 慷 慨 の 系 譜

(6)

言提其耳︒風諌之語︑於斯為切︑然仲尼論之︑以為大

雅︒引此比彼︑屈原之詞︑優游碗順︑寧以其君不智之

故︑欲提捲其耳乎︒而論者以為︑露才揚己︑怨刺其上︑

強非其人︑殆失蕨中 ︒

班固の批判に対する王逸の反論︒まず﹁是れ其の高明を薦き其の清潔を損ふ者也﹂と批判し︑孔子により﹁賢人﹂ ユと認められている﹁伯夷叔齊﹂の行為を根拠に︑屈原の諌

言と自沈が﹁進むを欲求し⁝⁝容納せられざれば盆悉して

自沈す﹂に当たらないと反論する︒さらに﹃詩経﹄大雅 ヨそし﹁抑﹂の一節を引いて︑このように﹁主を怨み上を刺﹂るこ

と﹁切﹂なるを︑孔子は﹁大雅﹂と評している︒これに比

して︑﹁離騒﹂の語はよほど﹁優游碗順﹂(ゆったりと穏や

か)なものであり︑班固の批判は﹁厭の中を失ふ﹂(当を得

ない)ものであると結論づける︒

夫離騒之文︑依託五纒︑以立義焉︒帝高陽之苗商︑則

詩豚初生民︑時惟姜姫也︒細秋蘭以為侃︑則將顯將翔︑

侃玉顔据也︒夕撹洲之宿葬︑則易潜龍勿用也︒駆玉虻

而乗驚︑則易時乗六龍以御天也︒就重華而陳詞︑則尚

書轡縣之謀護也︒登箆器而渉流沙︑則禺貢之敷土也︒

故智彌盛者︑其言博︒才益勘者︑其識遠︒屈原之詞︑

誠博遽 ︒

夫れ離騒の文は五纒に依託して以て義を立つるなり︒

﹁帝高陽の苗商﹂とは則ち﹃詩﹄の﹁豚の初て民を生ず るは時れ惟れ姜娠﹂なり︒﹁秋蘭を細いで以て侃と為はかうけズヨす﹂は則ち﹁將た覇し將た翔す︒侃玉は瑳鋸﹂なり︒﹁夕には洲の宿葬を撹る﹂は則ち﹃易﹄の﹁漕龍なり︒

用ふること勿れ﹂なり︒﹁玉軋を駆として驚に乗る﹂はムむ則ち﹃易﹄の﹁時に六龍に乗りて以て天を御す﹂なり︒

﹁重華に就いて詞を陳ぶ﹂は則ち﹃尚書﹄の﹁替縣のぼうも せ謀護﹂なり︒﹁良器に登りて流沙を渉る﹂は則ち﹁禺

貢﹂の﹁土を敷つ﹂なり﹁離騒﹂評価である︒﹁離騒﹂のフレーズを経書のフレー

ズに対応させ︑五経に匹敵する権威を﹁離騒﹂に与えよう

とする︒

自孔丘終没以來︑名儒博達之士︑著造詞賦︑莫不擬則

其儀表︑祖式其模範︑取其要妙︑霧其華藻︑所謂金相

玉質︑百歳無匹︑名垂岡極︑永不刊滅者也︒﹁孔丘終没してより以來︑名儒博達の士︑詞賦を著造する

に其の儀表に擬則し︑其の模範に祖式し︑其の要妙に取り︑其の華藻を窟まざるは莫し﹂︒結びは︑﹁金相玉質にして百

歳も匹無く︑名を岡極に垂れ︑永く刊滅せざる者なり﹂と

いう絶賛である︒

以上︑二序の述べるところをみてきた︒ここから王逸の﹁離騒﹂解釈の前提を整理してみると︑以下の七点を指摘で

きる︒

①﹁離騒﹂は屈原の自叙である︒すなわち︑﹁離騒﹂を

(7)

以って屈原の人生および人物を見ることができる︒

②﹁離騒﹂は屈原が懐王に自分を召し戻すよう訴えるも

のである︒

③屈原の自沈は己の志を守るためである︒

④﹁離騒﹂には象徴的比喩を用いて︑﹁忠貞﹂対﹁諜倭﹂︑

﹁君﹂と﹁賢臣﹂︑﹁君子﹂と﹁小人﹂という正邪︑上

下︑優劣の価値を持った対になる人間類型が読み込ま

れている︒

⑤﹁離騒﹂は孔子亡き後に﹁大義﹂を伝えるもので︑五

経に匹敵する︒

⑥﹁大義﹂とは﹁人臣の義﹂であり︑その中心は﹁忠

正﹂と﹁伏節﹂である︒これら二つが行為として表れ

るのが︑﹁言を危しくし以て國を存す﹂と﹁身を殺して

以て仁を成す﹂であり︑屈原の諌言と自沈は﹁人臣の

義﹂を二つながら行なったものである︒

⑦﹁大義﹂をめぐる正反二極の人生態度とそれぞれへの

道義的非難と称賛︒

王逸注に読むテーマー1漢代屈原像の基調

二序が示す前提を念頭に王注を読んでいくと︑王注﹁離

騒﹂世界の諸テーマが浮かび上がる︒それぞれのテーマを 構成する語彙の﹁離騒﹂本文および王注における出例状況

を見てみると︑王逸による﹁離騒﹂本文の"読み方"が明

らかになる︒以下︑︿﹀で示すのは︑検索対象あるいは検

索の結果得られた語彙である︒

eメインテーマー﹁登用﹂

前章で確認したように︑王逸は屈原が﹁離騒﹂を制作し

た動機を﹁君の覧悟して正道に反り︑己を還すを翼ふ也﹂

としている︒﹁離騒﹂は︑君が非を悟り正道に戻って︑自分

を召し戻すことを願うものだというのである︒﹁離騒﹂を忠

臣の君への訴えとして読むこと︑その訴えの核心に臣とし

て登用されることがあるとするのが王逸の﹁離騒﹂解釈の

前提となっている︒このため︑王注では君が賢臣忠臣を登

用すること︑その結果として︿人臣﹀が︿位﹀︿職﹀を得る

ことが関心の中心となっており︑﹁登用﹂が王注﹁離騒﹂世

界のメインテーマとして浮上する︒具体的にはこれからみていくが︑象徴的であるのが︑乱の﹁已んぬるかな︒國に

人無く我を知る莫し﹂への王注である︒長篇詩﹁離騒﹂を

締めくくる最も深い嘆きであるはずのフレーズに付された

注は︑﹁我濁り徳を懐くも用ひられず﹂︒ここに﹁登用﹂が

王注﹁離騒﹂世界のメインテーマであることが鮮明に現れ

ていると言える︒

関連語彙"︿用﹀︿畢﹀︿任﹀︿進﹀︿事﹀

悲憤慷慨 の系譜

133

(8)

1 語彙出例数本文王注王注該当例内訳 用 単純出例

7 42

単独+的語墨用任用雑用施用進用発用聴用 該当例

2 29 0 M 5 4 2 2 1

r.

1

"︿能>1︿己>1︿>1 墨 単純出例

M

r.単独+畢用薦畢 該当例

2 O 0 4 5

r..

"︿賢>3︿>1 任 単純出例

0 9

単独+任用 該当例

D 7 0 M 4

目 的 語 内 訳 " ︿賢 智 > 1 ︿ 一 人 > 1 ︿ 能 > 1

進 単純出例

3

00単独+進用 該当例

M

00

5 2 1

"︿信>1︿賢V1 事 単純出例

0 20

単独+服事輔事 該当例

0 12 0 9 2 1

"︿>7(︿君>1)︿>1︿陽>1

出例状況"表‑参照

これらの出例状況を検討すると︑︿用﹀︿畢﹀︿任﹀はいず

れも君主が臣下を登用する行為を指すが︑︿畢﹀︿任﹀が︿用﹀と結合して使用される例が最も多いのに対して︑︿用﹀

は︑単独あるいは目的語をとって一字の動詞として使われ る例が︿用﹀の全出例29の約半数に当る13件に上ることか

ら︑臣を用いる行為そのものを指す語として﹁登用﹂の語

彙の中心にあることが分かる︒一方︑︿畢﹀︿任﹀は︑︿畢

用﹀︿任用﹀というように︿用﹀と結びついて﹁登用﹂語彙

のバリエーションを生んでいる︒一方︑︿進﹀︿事﹀は臣が

(9)

﹁出仕する﹂行為の方を指している︒これらの語彙の出例を

分類・検討して︑さらに以下の六つのサブテーマを得た︒

(1)君への忠言

王注﹁離騒﹂世界の中心には︑登用を求めての君への訴

えがある︒内容を具体的に見てみると︑そこにはまず君へ

の忠言および戒めがある︒以下︑紙幅の関係上︑主要な出

例に限って挙げる︒出例には論述の順に番号を付し︑﹁離

騒﹂本文を原文で︑続いて括弧を付して王注を訓読で示す︒

①乗駅騨以駝駒分(駿馬に乗らば一日にして千里に致

るべし︒以て賢智を任ずれば則ち治に成る可きを言ふ

也)

②願埃時乎吾將刈(君は亦た宜しく衆賢を畜養し︑時

を以て進用し︑其治を待仰すべし)

③固衆芳之所在(夏禺︑股湯︑周文王の能く⁝⁝聖明

の稻有る所以は皆な衆賢を畢用して顯職に在らしむる

の故に道化興りて萬國寧する也)

④既遵道而得路(尭舜の能く光大聖明の稻有る所以は

天地の道を循用し︑賢を畢げ能を任じ︑萬事の正を得

しむるを以てなり)

まず︑﹁賢臣を登用すれば﹂と君にその効用を説く忠言が

ある︒①注②注のように︑賢臣の補佐を得れば世が治まる︑

世が治まれば明君たれるのであって︑古の聖王が聖王たる

所以も③注④注のように︑﹁賢人を登用したから﹂であると 説く︒さらには︑﹁賢人を登用しなければ﹂どうなるか︑と

いう君への戒めが行なわれる︒

⑤恐美人之渥暮(君道徳を建立して賢能を畢用せざれ

ば︑則ち年老毫晩暮たれども︑功成らず事遂げざる也)

⑥何桀紺之昌被分夫唯捷脛以窓歩(桀紺は愚惑にして

天道に違背し︑施行慢遽なり︒⁝⁝故に身は階隣に鯛

れ滅亡に至る︒法を以て君を戒むる也)

⑦湯禺嚴而求合分摯省蘇而能調(湯禺は至聖なるも︑

猶ほ天道を敬承し其の匹合を求めて伊サ轡縣を得て乃

ち能く陰陽を調和して天下を安んずる也)

⑤注は君が﹁道徳を建立して賢能を墨用﹂しなければ︑

﹁功成らず事遂げず﹂という穏当なものであるが︑④注﹁尭

舜の能く...﹂に続く⑥注では︑桀紺が身を滅ぼしたのは︑﹁愚惑にして天道に違背し...﹂であったためで︑﹁法を以

て君を戒む﹂のだとしている︒つまり︑尭舜となるか桀紺

となるか︑君の位にある者の成敗の鍵を握るのが﹁賢を畢

げ能を任ず﹂となる︒君に対する忠言ではあるが︑﹁人材登

用を誤れば﹂という脅しの嫌いさえある︒⑦﹁湯禺﹂﹁摯答

縣﹂という聖王と賢臣の組み合わせも︑王注は﹁至聖﹂の

君ですら賢臣を得てはじめて﹁天下を安んず﹂ることが可

能になるのだと読む︒これは裏返せば︑﹁賢臣の登用﹂なし

には︑﹁湯禺﹂ですら﹁天下を失ふ﹂と言うに等しい︒

135‑一 悲 憤 慷 慨 の系 譜

(10)

(2)忠臣の願い

君への訴えの中には臣下の願いが込められている︒

⑧來吾導夫先路(己如し任用せらるるを得れば︑將に

騙りて先行せん︒願はくは來りて我に随へ︒遂に君が

為に聖王の道に導入せん)

⑨苛中情其好修分又何必用夫行媒(誠に能く中心常に

善を好まば︑則ち神明を精感せしめ︑賢君自ら之を墾

用す)

⑩時亦猶其未央(己汲汲として君を輔佐せんと欲する

所以の者は年の未だ曇晩たらざるに及んで以て徳化を

成さんことを翼ふ也⁝⁝三賢の遭遇の若きを翼ふ也)

⑧注は﹁己如し任用せらるるを得れば﹂︑君を導いて﹁聖

王の道﹂に入らせ申し上げたいと忠臣が君に願いを訴える

ものである︒賢人はその理想を世に行なうためには︑己を

認め用いてくれる君を得なければならない︒そこで︿賢君﹀

と︿賢臣﹀の︿匹合﹀(組み合わせ︑⑦注)を賢人は求める

こととなる︒それは⑨から⑩までの一段の注に最もはっき

りとした形で現れる︒この一段︑王逸は﹁離騒﹂本文に股

武丁︑周文王︑齊桓公が賢臣を見出す伝承が列挙されるの

に注して︑﹁誠に能く中心常に善を好まば⁝⁝賢君自ら之を

畢用す﹂とする︒このように﹁汲汲として君を輔佐せんと

欲する所以﹂は﹁徳化を成す﹂︑つまり理想の政治を世に行

なうためであり︑そのためには﹁三賢の遭遇の若きを翼ふ﹂︑ 三賢人のように︿賢君﹀に見出されて︑その臣下とならな

ければならないのである︒次にこの点をみる︒

(3)臣としての賢人

春秋戦国期には︑賢人は諸侯に仕えるといっても一応そ

の︿賢﹀や︿能﹀をもって師として迎えられる形をとるの

であって︑例えば﹃論語﹄に見える︑為政者が礼のことよ

りも軍事を問うた時︑あるいは女楽にうつつを抜かして政

務を怠った時︑孔子がその国を去るエピソードが示すよう

に︑賢人として為政者に対し相対的に独立した姿勢を保と

うとしている︒しかし︑秦以降の天子一尊の天下ではもは

や賢人も君を選択することはできず︑(出仕しない道もある

ものの)明確な上下関係として確立された君臣関係におけ

る臣下として君上に仕えることになる︒前章で見たように︑

王逸の﹁前序﹂は﹁離騒﹂中に描写される事物を正邪︑上

下︑優劣を表わす三対の人間類型の象徴として類型化して

いるが︑︿君﹀と︿賢臣﹀はそのうちの上下の一対である︒

こうして︑﹁離騒﹂本文に比して︑王注﹁離騒﹂世界では︑

後で見るような先秦以来の賢人の︿去﹀の伝統や﹁道行は

るれば則ち兼ねて天下を善くし︑用ひられざれば則ち濁り

其の身を善くす﹂(⑰注)という出処進退の伝統に混じっ

て︑賢人の臣としての側面が強くみられる︒それはすでに

見た君への忠言︑願いにもよく表れているが︑以下に挙げ

る語彙の出例状況にも明確に表れる︒

(11)

関連語彙"︿君﹀︿臣﹀ま 出例状況"

︿君﹀本文0︑王注76(単純出例数"本文0︑王注79)

︿臣﹀本文0︑王注26(単純出例数"本文0︑王注31)

⑪衆女嫉余之蛾眉号(衆女は衆臣を謂ふ也︒女は陰也︒

専檀無きの義なり︒猶ほ君の動きて臣の随ふがごとき

也︒故に以て臣に喩ふる也)

⑫日勉升降以上下分(上は君と謂ひ︑下は臣と謂ふ也)

⑬日雨美其必合分執信修而慕之(忠臣を以て明君に

事ふ︑爾美必ずや合はん︑楚國誰か能く善悪を信明に

し︑忠直を修行して相ひ慕及するを欲せんや︒己宜し

く時を以て之を去るべき也)

⑭求築獲之所同(當に自ら勉強し︑上は明君を求め︑

下は賢臣にして己と法度を合はする者を察すべし︒因

りて同志と共に治を為す也)

⑬の﹁雨美﹂を王逸は︿忠臣﹀︿明君﹀と注し︑君臣関係

の上下それぞれにおける理想とする︒その﹁爾美﹂は⑨注﹁賢君自ら之を畢用す﹂⑬注﹁爾美必ずや合はん﹂と︑自ず

と巡り会うはずのものとして繰り返し説かれる︒登用は君

臣の上下関係において生じるものであって︑王注のメイン

テーマの展開の中で臣臣間の対立と共に︑君臣の上下関係

は主要な関係であり︑このことは﹁離騒﹂本文においては

︿君﹀︿臣﹀共に1件もないのに対し︑王注では︿君>76件︑ ︿臣>26件という出例数に鮮やかに表れる︒

(4)﹁在位﹂﹁在職﹂

関連語彙"︿位﹀︿職﹀

出例状況"︿位﹀本文0︑王注5(単純出例数"本文0︑王注5)︿職﹀本文0︑王注2(単純出例数"本文0︑王注2)

⑮愚不厭乎求索(在位の人︑清潔の志有る無く︑皆な

並び進趣して財利に貧禁し︑中心満つと錐も猶ほ復た

求索し︑厭飽を知らざる者也)

⑯各興心而嫉妬(在位の臣︑心は皆な貧焚にして︑内

に其志を以て他人を恕度す︒己と同じからざれば則ち

各嫉妬の心を生じ︑清潔を推棄して用ひらるるを得

ざらしむ)

ここに挙げた︿位>2件の他にも︑③注﹁衆賢を畢用し

て顯職に在らしむ﹂とあるように︑王注では臣として登用

されている状態を︿在位﹀︿在職﹀として表現する︒﹁離騒﹂

本文には︿位﹀︿職﹀共に出例がないことを見ても︑王注に

おける﹁登用﹂の関心がどこにあるのかを示すものといえ

る︒︿位﹀︿職﹀は︑後に見る﹁忠倭の対立﹂における究極

の争点だとも言える︒︿忠﹀は登用をめぐって敗れた側であ

り︑王注では︿在位之臣﹀︿在位之人﹀は⑮注⑯注が示すよ

うに︿忠賢﹀と対立する︿講俵﹀の代名詞にさえなっている︒

悲憤慷慨 の系譜

137

(12)

(5)否定形‑敗者としての賢人

前章で確認したように︑王注は﹁離騒﹂を﹁己を還すを

翼ふ﹂ものとして読む︒屈原あるいはそれに同化して﹁離

騒﹂を読む﹁己﹂は︑﹁登用﹂のテーマにおいて敗者の側に

ある︒このため︑﹁登用﹂テーマの語彙は否定される形をと

ることが多い︒出例状況は以下のようになる︒

︿用﹀該当例29のうち19件が否定

⑰唯昭質其猶未薦(我外には券芳の徳有りて⁝⁝施用

せらるるを得ず︑故に濁り其身を保明して薦歌有る無

き而已︑所謂道行はるれば則ち兼ねて天下を善くし︑

用ひられざれば則ち濁り其の身を善くする也)ムミ︿畢﹀該当例10のうち4件が否定

⑱哀朕時之不當(自ら生れて畢賢の時に當たらず︑殖

醸の世に値るを哀しむ)

︿任﹀該当例7のうち3件が否定

⑲謡講謂余以善淫(猶ほ衆臣の忠正を嫉垢し︑己淫邪

にして任用す可からずと言ふがごとき也)

︿進﹀該当例8のうち4件が否定

⑳進不入以離尤号退將復修吾初服(己誠に遂に進みて

其の忠誠を蜴くさんと欲すれども︑君納るるを肯ぜず︒

恐くは蹄すれば重ねて禍に遇はん︒故に將に復た去り

て吾が初始の清潔の服を修めんとす)

︿事﹀該当例10のうち2件が否定 ⑳將往観乎四荒(己忠信を進めて以て君を輔事せんと

欲すれども︑省みられず︑故に忽然として反顧して去

り︑將に遂に目を游ばせ牲きて四遽の外を観て以て賢

君を求めんとする也)

﹁登用﹂の語彙の中心である︿用﹀は︑ほぼ三分の二が

︿不得用﹀(用ひらるるを得ず)︿不見用﹀(用ひられず)な

どの否定形で現れている︒︿進﹀︿事﹀は上述したように出

仕することであって︑行為の主体は臣の側であるので︑例

に挙げたように︑その語自体は否定されてはいないがその

志は叶えられないという形で実質的には否定されていると

言える︒そして︑その結果として︿去﹀という選択肢が浮

上する︒

(6)﹁去﹂1国を去る︑君を去る

すでにみたように︑賢人はその理想を世に行なうために

は︑己を認め用いてくれる君を得なければならない︒君が

賢君でなく︑国に道が行なわれない時︑賢人はその国を去っ

て︑天下に賢君を求めるべきである︒それが古の賢人のと

るべき﹁出処進退﹂の道であったことは︑既述した﹃論語﹄

の例が示している通りである︒

関連語彙"︿去﹀

出例状況"

︿去﹀本文0︑王注23(単純出例数"本文0︑王注35)

⑳懐朕情而不獲分余焉能忍與此終古(我忠信の情を懐

(13)

くも畿用せらるるを得ず︑安んぞ能く久しく此の闇齪

の君と終古にして居らんや︒意は復た去るを欲する也)

⑳時績紛以愛易分又何可以滝留(時世瀾濁し︑善悪愛

易す︑以て久留す可からず︑宜しく速かに去るべき也)

⑳敦云察余之善悪(當世の人君皆な闇昧惑齪にして善

悪を知らず︑誰か當に我の善情を察して己を用ふべけ

んや︒是れ去り難きの意也)

⑳忍尤而擬詣(己の能く心志を屈案し罪過を含忍して

去らざる所以の者は︑恥辱を除去し論倭の人を諌すこ

と︑孔子の少正卯を諌するが如きを欲するなり)

王注該当例23件中17件は⑳注⑳注のように﹁去る﹂決意

を述べる︑﹁去る﹂ことを勧めるものであり︑他は⑳注のよ

うに﹁去り難さ﹂を述べるものが2件︑﹁去らない﹂理由を

述べるものが‑件(⑳注)である︒

口派生テーマー﹁登用﹂をめぐる葛藤

メインテーマからはまたいくつかの派生テーマが生じて

いるのが見られる︒これらの派生テーマは王注﹁離騒﹂世

界に彩りと陰影を加え︑またその後の﹁悲憤慷慨﹂の系譜

の中で継承発展していくものと思われる︒ここでは主要な

五テーマを採り上げて順にみていく︒

(1)忠倭の対立

登用をめぐっては︑臣から君への訴えに留まらず︑君の 信任(つまるところ寵愛)とそれによって得られる︿位﹀

︿職﹀をめぐって臣臣間に対立・葛藤が発生する︒前章でみ

たように︑王逸は﹁離騒﹂本文中の植物や鳥獣などの対照

的表現をこの登用をめぐっての臣臣間の対立の象徴として

読む︒﹁善鳥香草以て忠貞に配し︑悪禽臭物以て読侵に比

す﹂である︒これが王注﹁離騒﹂世界の中心的対立軸となる︒

(1・1)

関連語彙"︿忠﹀︿賢﹀

出例状況"表2参照︒

⑳審吾法夫前修骨非世俗之所服(我忠信審審たるは乃

ち上は前世の遠賢に法る︒固より今時の俗人の服行す

る所に非ざる也⁝⁝己の服飾法り難しと為すと錐も我

前賢に倣ひ以て自ら潔を修む︒本より今世の俗人の服

侃する所に非ず)︿忠﹀は︑全出例数48のうち︿忠信﹀と熟しているケース

が17件と約三分の一を占める︒他に︿忠﹀と結びついて道

徳的に正の価値を持つ熟語を形成するのは︑出例数の多い

順に︿直>9︑︿正>8︑︿貞>2︑︿誠>1件︒ここから︿忠﹀の側の徳の中身を見ることができる︒このように︿忠﹀

は忠臣が持つ徳を表わす︒一方︑︿賢﹀は︿賢>1字の出例

が15件で最も多い︒その場合︑︿害賢﹀︿敬賢﹀︿求賢﹀︿挙

賢﹀⁝⁝というように︑目的語になっている例が15件中n

件とほとんどを占める︒この場合の︿賢﹀は︑︿賢人﹀︿賢

139‑一 悲 憤 慷 慨 の 系 譜

(14)

表2 語彙出例数本文王注王注該当例内訳 忠 単純出例

O 48

単独(修)+忠信忠直忠正忠倭忠貞忠誠 該当例

0 48 2 6 17 9 8 M 2 1

臣V3︿言>2︿策>1 賢 単純出例

2 55

単独(修)+修飾語+賢智賢良賢愚賢能賢芳真賢

該当例

2 55 15 18 11 M 2 2 2 1 1

名詞 内 訳 " ︿ 人 > 6 ︿者 > 3 ︿ 君 > 3 ︿ 士 > 2 ︿ 臣 > 2 ︿ 大 夫 > 1 ︿ 子 > 1

修 飾

語 内

訳 " ︿ 衆 > 5 ︿ 華 > 1 ︿ 遠 > 1 ︿ 前 > 1 ︿ 古 > 1 ︿ 三 > 1 ︿ 不 > 1

表3

語彙出例数本文王注王注該当例内訳 倭 単純出例

1 23

単独(修)+読俵忠俵俵偽詔俵柾倭俵談俵媚輩倭 該当例

23 1 4 8 M 2 2 1 1 1 1

名 詞 内 訳 " ︿ 臣 > 1 ︿ 人 > 1 ︿ 夫 > 1

諜 単純出例

1 22

単独(修)+識倭護邪 該当例

1 22 2

r.

8 1

名 詞 内 訳 " ︿ 人 > 4 ︿ 言 > 4 ︿ 賊 > 3

士﹀︿賢臣﹀︿賢大夫﹀⁝⁝など王注に登場する︿賢﹀なる

人々を指す語彙に相当すると見てよいであろう︒こうして

みると︑これら︿賢﹀なる人々が備える徳を示すのが︑先ほ

ど挙げた︿忠﹀の語彙であるといえる︒⑳注﹁我忠信春審

なるは乃ち上は前世の遠賢に法る﹂は︑この︿忠﹀︿賢﹀の 意味関係を表しているといえる︒

(1・2)

関連語彙n︿倭﹀︿読﹀

出例状況"表3参照︒

⑳侮間闇而望予(己賢を求めて得ず︒諜を疾み倭を悪む)

(15)

︿倭﹀と︿講﹀は結合して︿識俵﹀の形で用いられる例が

︿侵﹀全23件中8件︑︿諸﹀全22件中8件と双方において最

も多く︑︿識侵﹀で︿忠賢﹀に対立する人間類型を表わすと

考えられる︒⑳注﹁謙を疾み倭を悪む﹂という用例はこの

ことを裏付ける︒しかし︑相対立する価値を持つ二つの語

彙グループのうち︑結びついて一語を形成し︑正邪の人間

類型を示すのは︿忠侵﹀のみであり︑︿忠﹀と︿倭﹀がそれ

ぞれの価値を代表する語(概念)であると言える︒﹁忠倭の

対立﹂と名づける所以である︒︿倭﹀︿議﹀と結びついて道

徳的に負の価値を持つ熟語を形成する語を見てみると︑︿偽﹀

C詔>C柾﹀︿諌﹀︿媚﹀︿邪﹀となり︑︿倭﹀︿護﹀側の行為︑

属性が表われている︒

⑱不撫肚而棄稼分(百草は稼稿の稼為り︑識倭は亦た

忠直の害為る也)

⑳豊理美之能當(以為へらく草木は禽獣より別ち易く︑

禽獣は珠玉より別ち易く︑珠玉は忠倭より別ち易しと︒

人を知るは最も難しと為す也)

⑳蘭並攣而不芳分茎恵化而為茅(君子更めて小人と為

り︑忠信更めて侵偽と為る)

⑱注⑳注には︑︿忠倭﹀が相対立する価値︑人間類型であ

ることが表れている︒また︑⑳注は︑﹁前序﹂に示されてい

る﹁離騒﹂本文の描写を︿君子﹀対︿小人﹀︑︿忠貞﹀対︿読

倭﹀という優劣や正邪の属性を持った人間類型の象徴とし て読む典型例の一つである︒

⑳反信講而齎怒(懐王徐徐として我が忠信の情を察せ

ず︑反て識言を信じて我を疾怒す)

⑫傷璽修之数化(我れ忠を蜴して過めらるるも君と別

離するを難るに非ざる也︑君の諜言を信用し︑志数

愛易し常操無きを傷念する也)

⑳世瀾濁而嫉賢分好蔽善而稻悪(懐嚢二世明ならず︑

故に箪下好んで忠正の士を蔽ひ︑邪悪の人を畢ぐる也)

⑭謂幽蘭其不可侃(君の識倭を親愛し︑忠直賢良を憎

遠して之を近づくるを肯ぜざるを言ふ也)

⑮判濁離而不服(衆人皆な黄蔑菓を侃ぶるのみ︒諜倭

の行ひを為し︑朝庭に浦ちて富貴を獲︒汝は濁り蘭恵

を服し忠直を守りて︑判然として離別し︑衆と同じか

らず︒故に斥棄せらるる也)

⑳注⑫注からは︑︿忠倭﹀の対立が君の信任をめぐるもの

であること︑⑳注⑭注からは︑その信任の先にあるのが登

用であることを見ることができる︒そして︑⑳注には︑︿忠

倭﹀の対立とその根源である登用をめぐる争い︑その勝者

が獲得する︿位﹀︿職﹀がもたらす︿富貴﹀︑敗者の﹁受難﹂︑

その受難を支える﹁孤高﹂(後述)の精神という︑王注﹁離

騒﹂世界諸テーマの相関関係が表れている︒

(2)忠賢の受難

忠倭の対立において︑加害行為は︿倭﹀から︿忠﹀に対

悲憤慷慨 の系譜

i4t

(16)

してのみ行なわれる︒ここから︿忠賢﹀の受難が引き起こ

される︒

⑳警朝辞而夕替(己絶逮の智︑嬌好の姿有りと錐も︑

然れども己諜人の鞭羅して係累する所と為る︒故に朝

に諌めて君に審答たりて︑夕暮れて身は廣棄せらるる

也)

⑰恐嫉妬而折之(楚國の人忠信の行ひを尚ばず︒其れ

我が正直を嫉垢し︑必ずや折挫して之を敗殼せんと欲

す)⑱汝何博審而好修今紛濁有此姶節(汝は何為ぞ濁り往

古を博采し︑修を好んで答審たりて︑此の姶異の節有

るや︒衆と同じからずして世に憎悪さるる也)

⑳使夫百草為之不芳(読言の先に至りて忠直の士をし

て罪過を蒙らせしむ)

⑳申申其署余(己の施行衆と合はず︑以て流放せらる)︿読倭﹀の加害行為のほとんどは︑⑯注︿推棄﹀⑳注︿係

累﹀⑰注︿折挫﹀︿敗殼﹀など﹁害する﹂ことが述べられる

のみで︑具体的な手段として表れるのは︿謹言﹀のみであ

る︒その︿謹言﹀の出例は4件あるが︑⑲注﹁淫邪にして

任用すべからずと言ふ﹂のように実質的には︿論言﹀が行

なわれているが︑︿護言﹀の語は現われない例もある︒⑲注︿嫉妬﹀⑱注︿憎悪﹀など加害行為に結びつく感情を表わす

語も多い︒結果として︑︿忠賢﹀が受ける難であるが︑まず 君の不興や怒りを買い(⑳注︿疾怒﹀)︑君から退けられ(⑳

注︿斥棄﹀⑯注︿屡棄﹀)︑轡めや罰を受けることになる︒

この替めや罰を受けるという表現は︑﹁過めらる﹂(⑫注)﹁罪過を蒙る﹂(⑳注)等々⁝⁝バリエーションに富むもの

の︑具体的処遇を示す語は︿流放﹀(⑳注)︑あるいは︿放

流﹀の他に見られない︒この受難を引き起こす要因として

は︑⑲注のように︿忠賢﹀の徳が︿護倭﹀の︿嫉妬﹀を引

き起こすのであるが︑⑱注⑳注などに現れる﹁衆と合はず﹂(不與衆合)﹁衆と同じからず﹂(不與衆同)などの表現に注

目したい︒これについては︑後の﹁孤高﹂のテーマで今少

し詳しく検討する︒

しかし︑︿忠賢﹀の受難は︑︿読倭﹀からの加害のみによっ

て引き起こされるのではない︒

⑪余忍而不能舎也(己忠言審審として君の過を刺らば︑

必ずや身の患を為すを知る︒然れども中心自ら止みて

言はざる能はず)

⑫固前修以殖醜(臣︑君の賢愚を度らず其の忠信を蜴

さば︑則ち睾過を被り身殆し)

⑬豊其有他故骨莫好修之害也(士民の直を愛じて曲と

為る所以の者は︑上忠信の人を用ふるを好まず︑其の

善志を害するを以ての故也)

⑭惟滋侃其可貴分委蕨美而暦鼓(己内は忠正を行ひ︑

外は衆香を侃ぶ︒此れ誠に貴重す可し︒意はざりき︑

(17)

明君其の至美を棄てて此の轡に逢はんとは)

⑳注︑⑪注〜⑭注のように︑︿忠賢﹀は︿倭論﹀の︿読

言﹀を介さずとも︑君の不明によって︑志を生かせず禍に

遭う︒また︑⑳注⑪注が示すように︑そもそも忠臣は諌言

によって君の不興を買う運命にある︒それでも︑王逸が批

判する所の﹁愚を伴りて言はず⁝⁝逡巡して以て患を避く﹂

(﹁後序﹂)道を選択しないのが︿忠﹀の︿忠﹀たる所以なの

である︒

(3)不遇

ここまで見てきたように︑︿忠賢﹀は﹁忠信の情を懐くも

獲用さるるを得ず﹂(⑳注)︑﹁朝に諫めて君に審審たりて︑

夕暮れて身は屡棄せらる﹂(⑯)注)︒司馬遷には﹁悲士不遇

賦﹂があるが︑己の﹁不遇﹂1ふさわしい時︑賢君の治

世に﹁めぐり遇えない﹂ことーへの嘆きが王注﹁離騒﹂

世界の通奏低音として流れている︒

関連語彙"︿遇﹀︿當﹀︿世﹀︿時﹀

出例状況"︿遇﹀本文0︑王注5(単純出例数"本文0︑王注H)︿當﹀本文1︑王注1(単純出例数"本文2︑王注H)︿世﹀本文0︑王注1(単純出例数"本文6︑王注35)︿時﹀本文1︑王注3(単純出例数H本文8︑王注28)

⑮望嶋磁而未迫(我日は暮れ年は老ひて︑道徳施さず

用ひられざるを恐る⁝⁝盛時に及んで賢君に遇ふを翼 ふ也)⑯珈假日以諭樂(己徳は高く智は明し︒宜しく舜萬を

輔け︑以て太平を致し︑九徳の歌︑九紹の舞を奏すぺ

し︒而るに其の時に遇はず)

︿當﹀︿時﹀それぞれ本文に1件ずつあるのは︑⑱﹁哀朕

時之不當﹂からである︒その注﹁自ら生れて畢賢の時に當

たらず︑殖醜の世に値るを哀しむ﹂に端的に表れているよ

うに︑﹁不遇﹂のテーマにおいては往々にして︑理想は否定

形で︑現実は逆に肯定形で語られる︒そのふさわしい時︑

賢君の治世に行なわれるはずの理想の内容は﹁賢を畢ぐ﹂

であって︑ここにもメインテーマの関心が貫かれている︒⑩

注⑮注は︑︿遇﹀(賢君にめぐり遇うこと)への願いを述べ

るものである︒⑯注には︑己が︿時世人君﹀(⑱注)よりも

古の賢君にこそ相応しいという思いが表れている︒

⑰好蔽美而嫉垢(時世︑君は齪れ臣は貧り︑善悪を別

たず︑好んで美徳を蔽ひて︑忠信を嫉垢す)

⑱既莫足與為美政骨吾將從彰威之所居(時世の人君無

道にして其れと美徳を行ひ善政を施すに足らざる者な

り︒故に我將に自ら泪淵に沈み︑彰威に從ひて居庭せ

んとす)

他に︑︿世﹀︿時﹀は﹁不遇﹂の語彙の出例からは外し

たが︑理想に当たる︿前世﹀に対し︑現実に当たる︿常世﹀

︿時世﹀などの語彙を形成し︑⑳注﹁當世の人君皆な闇昧惑

悲憤慷慨 の系譜

夏43

(18)

齪にして善悪を知らず﹂や⑰注のように︑己が生まれあわ

せた﹁殖醜之世﹂(⑬注)への不満︑批判を導いている︒現

実の人君への不満には激しいものがある︒それは最後には

絶望となり︑屈原の自沈を肯定するものとなっている(⑱

注)︒

(4)孤高

先に︿忠賢﹀の受難の項で︑受難を引き起こす要因とさ

れている︿不與衆合﹀(衆と合はず)︿不與衆同﹀(衆と同じ

からず)などの表現に注目した︒登用をめぐる︿忠倭﹀の

対立の展開の中では︑この︿不合﹀︿不同﹀︿異﹀という概

念が重要な働きをしており︑⑯注のように︿識俵﹀の側か

ら見た︿與己不同﹀という表現もあるものの︑主に︿忠賢﹀

の側から見た︿不與衆同﹀︿不與衆合﹀︿與衆異﹀などの表

現が繰り返されて︑︿衆﹀という存在がクローズアップされ

る︒王注では︑︿衆〜濁〜﹀という印象的な構文が繰り返さ

れるが︑これは﹃史記﹄﹁屈原傳﹂に屈原の自沈前を伝える

史料として引用されている﹁漁父﹂中の﹁世を畢げて皆濁

り︑我濁り清めり︑衆人皆酔ひ︑我濁り醒めたり﹂を否応な

く想起させる︒

関連語彙"︿衆﹀︿濁﹀

出例状況川︿衆﹀本文4︑王注20(単純出例数"本文8︑王注唱)

︿濁﹀本文5︑王注10(単純出例数"本文7︑王注18) これまで見てきたテーマが本文にほとんど出例がないの

とは異なり︑﹁孤高﹂のテーマは︑﹁離騒﹂本文中に︿衆﹀

︿濁﹀の出例がそれぞれあり︑形こそ王注のような明確な

︿衆鴨濁﹀の構文を呈していないものの︑内容的にはすでに

︿衆鴨濁﹀の対立構造を見せている︒﹁孤高﹂のテーマは﹁離

騒﹂本文中の構図を直接的に反映するものである︒

⑲長頗頷亦何傷(己清潔を飲食して︑誠に我が形貌を

して信にして美好︑中心をして簡練にして道要に合は

しめんと欲す⁝⁝何者衆人萄も財利に飽かんと欲し︑

己濁り仁義に飽かんと欲する也)

⑳余濁好修以為常(萬民天命を稟けて生る︒各樂しむ

所有り︒或ひは詔侵を樂しみ︑或ひは貧淫を樂しむ︒

我濁り正直を脩むを好んで以て常行と為す)

⑪吾濁窮困乎此時也(我憧俺として自ら念じ︑中心欝

侶して恨然として住立して志を失ふ所以の者は︑世俗

に随從し︑屈して容媚を求むる能はざるを以て︑故に

濁り時人の窮困する所と為る也)

⑫巳 哉國無人莫我知号(我濁り徳を懐くも用ひられ

ざるは︑楚國賢人有りて我が忠信を知る無きを以ての

故なり)

王注での︿衆㎎濁﹀の構文は⑳注⑲注など3件︒それら

を見てみると︑︿我﹀(あるいは︿己﹀)が︿濁﹀り︿仁義﹀︿正直﹀︿忠直﹀の側にあり︑︿衆人﹀は︿詔倭﹀︿貧淫﹀︿論

(19)

侵﹀︿俵偽﹀︿構貴﹀︿財利﹀︿富貴﹀の側にある︒明らかに

︿衆﹀と︿独﹀は︑道徳・倫理上の正邪の価値と対応してお

り︑双方の属性を見ると︑︿忠侵﹀の対立そのものである︒

また︑この︿衆人﹀の部分に︑︿萬民﹀(⑳注)︿時人﹀(⑪

注)などが入って︑外見上は︿衆鴨濁﹀の構文ではないが︑

意味的には︿衆㎎濁﹀の対立構造を内包している例もある︒

このように︑︿濁﹀に対立する側の語彙を見てくると︑︿衆

人﹀が世俗全体を指すことが分かる︒また︑⑱注﹁衆と同

じからずして世に憎悪さる﹂と⑫注は共に︿衆鴨濁﹀構文

ではないが︑︿濁﹀り優れているために︑孤立・不遇をかこ

ち︑排斥されるという︑︿不與衆同﹀が﹁受難﹂を引き起こ

す所以を説いている︒この﹁孤高﹂のテーマを集約した典

型例と言えるのが︑⑳注である︒その︿衆㎎濁﹀の構造を

示してみると表4のようになる︒

︿衆鴨濁﹀は明らかに意味的に︿忠倭﹀と対応している

が︑︿忠俵﹀が正邪の対立であるのに対し︑︿衆鴨濁﹀は︿萬

民﹀対︿我﹀独りという多寡の関係を表わしている︒群れ

る︿衆﹀に対し︑孤立する︿濁﹀︒その状況を支える衿持が

表4 ﹁孤高﹂のテーマを形成し︑次に見る﹁清潔﹂のテーマを導

Ov

(5)清潔

前章でみたように︑王逸の屈原評は﹁此れ誠に絶世の行

ひ︑俊彦の英なり﹂という絶賛であるが︑このような絶賛

をもたらすのは︑﹁忠貞の質を膚き︑清潔の性を髄し︑直き

こと砥矢の若く︑言は丹青の若し﹂という︑屈原の志への

強い共感・賛美である︒すでに見たように︑こうした屈原

の︿清白﹀︿清潔﹀イメージは︑王逸に先行する劉安﹃離騒

経章句﹄︑司馬遷﹃史記﹄においても強く︑﹁其の志や禦⁝⁝

其の行ひや廉︑故に死して容れられず︒自ら濯潭汗泥の中

なるを疏んじ︑濁稼に蝉蜆し︑以て塵埃の外に浮游す︒世の滋垢を獲ず︒噛然として泥して津れざる者なり︒此の志

を推すや日月と光を孚ふと錐も可なり﹂と一点のけがれも

受け付けない︿清潔﹀を屈原に見ている︒このような屈原

像を受けて︑王注﹁離騒﹂世界には︑けがれへの強い拒否

感︑︿清潔﹀へのこだわりが顕著にみられる︒﹁登用﹂がメ

インテーマであるとすると︑このテーマは諸テーマをひた

主語多寡社会的状況世俗的結果 衆衆人(を)識倭朝庭 富貴を獲 濁汝(を)離別/衆

悲憤慷慨 の系譜

X45

(20)

す全体のムードを形作り︑︿清潔﹀の象徴として解される本

文中の数々の香草や花︑露︑月光などのイメージと響きあっ

て︑﹁離騒﹂世界に独特の香気を与えている︒

関連語彙"︿清﹀︿潔﹀︿白﹀

出例状況"

︿清﹀本文1︑王注16(単純出例数"本文1︑王注16)

︿潔﹀本文0︑王注15(単純出例数"本文0︑王注15)

︿白﹀本文1︑王注6(単純出例数"本文2︑王注H)

⑬捻余轡乎扶桑(我乃ち性きて東極の野に至り︑馬を威池に飲はせ︑日と倶に浴して以て己の身を潔め︑我

が車轡を扶桑に結び︑以て日の行を留む︒不老延年を

得て壽高大なるを幸ふ也)

⑭細秋蘭以為侃(蘭は香草也︒秋にして芳し︒侃は飾

也︒徳を象る所以也︒故に清潔を行ふ者は芳を侃び︑

徳光明なる者は玉を侃ぶ︒⁝⁝己身を修むること清潔

にして乃ち江離辟並を取りて以て衣被と為し︑秋蘭を

細索して以て侃飾と為し︑博く衆善を采りて以て自ら

約束するを言ふ也)

⑯登閲風而繰馬(己中國の潤濁するを見て則ち白水を

度りて神山に登らんと欲す︒⁝⁝白水は潔浄にして閲

風は清明なり︒己清白の行ひを修めて解らざるを言ふ

也)

︿清潔﹀のテーマの展開を追ってみると︑まず"きよめ る"行為が目に付く︒それは⑬注﹁日と倶に浴し以て己の

身を潔む﹂のように︑直接的に汚れを落とす行為として現

れることもあるが︑多くは香草や玉石などを食したり身に

帯びることによって︑︿清潔﹀を保ち︑増す形をとる︒ある

いは︑そのような飲食︑衣服︑環境など外在の︿清潔﹀で

徳︑志︑節操といった内在の︿清潔﹀を象徴させている︒

⑭注はその一つの典型である︒外在の美と内在の美質とを

強く関連づける表現が王注の随所に見られる︒⑮注もその

内の1件である︒ここではその外在の要素は︑身を置く場

所の︿清潔﹀である︒

⑲の本文は﹁朝には木蘭の墜露を飲み︑夕には秋菊の落

英を餐ふ﹂を受けている︒王逸はこれを︿飲食清潔﹀と注

し︑︿形貌﹀と︿中心﹀︑つまり内外両面の美質を増すもの

とする︒その後︑︿衆人⁝⁝財利︑己濁⁝⁝仁義﹀と続くこ

とから︑︿清潔﹀は﹁孤高﹂のテーマの︿濁﹀の側︑つまり

︿忠賢﹀の属性であることが分かる︒このことは︑︿清潔﹀

が⑮注﹁在位の人︑清潔の志有る無く﹂⑯注﹁在位の臣⁝⁝

清潔を推棄して﹂と︑︿読倭﹀の代名詞たる︿在位之人﹀︿在

位之臣﹀と対立する形で現れることや︑⑳注にみえる︿忠

誠﹀と︿清潔﹀の関係からも明らかである︒

⑯亦余心之所善分錐九死其猶未悔(己忠信を履行し清

白を執守するは︑亦た我が心中の美善とする所也︒過め

らるるを以て支解され九死すと錐も終に悔恨せず)

表 1 語彙 出 例 数 本 文 王 注 王 注 該 当 例 内 訳用単純出例742単独+目的語墨用任用雑用施用進用 発 用 聴 用該当例2290M54221r.1目的語内訳"︿能>1︿己>1︿忠信之人>1墨単純出例Mr.単独+目的語畢用薦畢該当例2O045r..目的語内訳"︿賢>3︿邪悪之人>1任単純出例09単独+目的語任用該当例D70M4目的語内訳"︿賢智>1︿一人>1︿能>1進単純出例300単独+目的語進用該当例M00521目的語
表 2 語 彙 出例 数 本 文 王 注 王 注 該 当 例 内 訳忠単純出例O48単独(修)+名詞忠信忠直忠正忠倭 忠 貞 忠 誠該当例048261798M21名詞内訳ス臣V3︿言>2︿策>1賢単純出例255単独(修)+名詞修飾語+賢智賢良賢愚賢能賢芳真 賢該当例255151811M22211名詞内訳"︿人>6︿者>3︿君>3︿士>2︿臣>2︿大夫>1︿子>1修飾語 内訳"︿衆>5︿華>1︿遠>1︿前>1︿古&g

参照

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