持続可能な地域づくりに貢献しうる市民参加による 地域政策評価枠組みの開発
2014 年 12 月
長崎大学大学院生産科学研究科
本 田 圭 助
目次
【序】
[問題意識と目的] p.1
[論文の構成] p.3
[用語の定義] p.4
第 1 章 SD戦略と SD 指標
1.1 SD 指標に求められる特性について p.5
1.2 海外における SD 戦略について p.7
1.3 海外の SD 指標 p.9
1.4 国内における持続可能性評価指標の概要 p.15
1.5 本研究の位置づけ p.16
第 2 章 持続可能な地域社会のための政策とその評価について
2.1 総合計画の潜在的持続可能性 p.19
2.2 住民参加による政策評価 p.21
第 3 章 市民参加による地域政策評価指標枠組みの開発
3.1 研究事例としての長崎市の総合計画の概要 p.23
3.2 基本構想の諸課題の抽出 p.24
3.3 評価指標の開発 p.24
第 4 章 政策評価枠組み開発
4.1 政策の持続可能性貢献度評価枠組みの概念 p.34
4.2 持続可能性貢献度評価マトリクスの形成 p.37
4.3 事務事業の貢献度の上部階層へのフィードバック p.41
4.4 持続可能性貢献度評価マトリクスとフィードバック
システムの結合 p.42
第 5 章 評価の試行と結果
5.1 試行 p.43
5.2 試行結果 p.45
第 6 章 まとめ
6.1 基本構想のキーワードの持続可能性評価指標としての
適否について p.51
6.2 貢献度評価枠組みについて p.51 6.3 総合計画における持続可能性貢献度評価枠組みの位置づけに
ついての考察 p.52
6.4 今後の課題 p.53
[謝辞] p.54
[引用参考文献] p.55
付録 1 EU 各国の SD 指標
(1)ベルギー p.58
(2)フィンランド p.59
(3)フランス p.59
(4)英国 p.60
(5)ドイツ p.62
付録2 海外における地方自治体の SD 指標
(1)USA シアトルの持続可能なコミュニティーのための指標作成 p.65
(2)オランダブラバント地方におけるサステナビリティの指標開発 p.66
付録参考文献 p.70
1
【序】
[問題意識と目的]
持続可能な発展の概念は 1992 年の「環境と開発に関する国際連合会議(地球サミ ット) 」で採択されたアジェンダ 21 の中心的コンセプトとされており、アジェンダ 21 の第 28 章
1には次のような記述があり、持続可能な発展における地方自治体の役 割の重要性が強調されている。
(28.1)Because so many of the problems and solutions being addressed by Agenda 21 have their roots in local activities, the participation and cooperation of local authorities will be a determining factor in fulfilling its objectives. Local authorities construct, operate and maintain economic, social and environmental infrastructure, oversee planning processes, establish local environmental policies and regulations, and assist in implementing national and subnational environmental policies. As the level of governance closest to the people, they play a vital role in educating, mobilizing and responding to the public to promote sustainable development.¹
住民に一番近い立場にある地方自治体が持続可能な開発を促進するための公衆へ の教育、参加の促進、支援において重要な役割を果たすべきであるとされており、さ らに同章の以下の部分ではアジェンダ 21 の地方版ともいうべきローカルアジェンダ 21 の作成が推奨されている。
このように、地域社会に於ける住民相互のコミュニケーションに基づく信頼と互恵 を基本として認識し、さらに後世代との公平の確保についても視野にいれながら社会、
環境および経済の均衡のとれた持続可能な地域社会を構想し、構築していくことが時 代の要請である。
我が国のほとんどの自治体が行政運営全体を見渡した最上位に位置づける計画とし
て総合計画を作成している。総合計画は、地域の社会福祉に関する長期的な方針と展望
を示す「基本構想」、基本構想に沿って各分野の政策の方向性と大綱を示す「基本計
画」 、そして基本計画に沿って具体的な事業を示す「実施計画」によって構成される
ことが多い。そのなかで基本構想は、地域社会の長期にわたる福祉、経済の発展及び
環境保全を包括的に展望した将来像を示す役割を担っている。アジェンダ 21 に指摘
されているところの社会における諸課題を地域社会の視点で把握し、将来に向けた方
2
向性が示されていると考えることができる。つまり、地域住民の嗜好をも含めた地域 特性を勘案するためのプロセスを経た社会的な正統性を持つと考えられる基本構想 は、持続可能な地域社会の将来の姿をよく描いたものととらえることができる。
従って、総合計画における「基本計画」及び「実施計画」が基本構想の描く将来像 の実現に貢献することのできるものであるかどうかを継続的に確認し、計画の見直し や修正を行いながら施策を推進していくことができれば基本構想に描かれた持続可 能な地域社会の将来の姿に近づいていくことが可能になる。また社会・経済動向の不 確実性や社会・経済・環境側面の相互作用の複雑性の環境下においても、地域社会の 特性をもっとも熟知した住民参加による総合計画の計画・実施・評価・見直しの繰り 返しを持続することにより地域社会の持続可能な発展(以下 SD と表わす)を実現する ことは可能である。
つまり、①基本構想はその地域社会の長期にわたる福祉、経済及び環境の 3 側面を 包括的に展望した将来像を描いたものであるか、②その基本構想は地域住民の嗜好や 価値観を反映するためのプロセスを経て策定されたものであるか、③基本計画と実施 計画は基本構想の描いた将来像の実現に貢献するものであるか、という以上 3 要件が 満たされることを確認できれば、自治体の行政運営が持続可能な地域の将来像に向か って着実に前進していると評価することができる。
本論文では、アジェンダ 21 にも指摘されている「住民相互のコミュニケーション に基づく信頼と互恵及び社会福祉・公正」、 「自立的で持続性のある地域経済」 、及び
「地域の自然環境の保全」が自治体の基本構想において包括的に展望されているかど うかを長崎市の総合計画において確認し、さらに自治体の政策/施策が基本構想に描 かれた持続可能な地域社会づくりのために貢献しているかどうかを評価しうる行政 評価の仕組みを考察及び開発する。総合計画(基本構想)に示された将来像達成のため の諸課題に対して政策/施策がどの程度貢献しているかを測定することにより、計画 期間内における地域社会の持続可能な社会への発展を評価し、その結果をもとに政策 の修正を提案することのできるような評価の枠組みである。
なお、平成 23 年 8 月に施行された地方自治法の一部を改正する法律(平成 23 年法
律第 35 号)では、従来あった「市町村は、その事務を処理するに当たっては、議会
の議決を経てその地域における総合的かつ計画的な行政の運営を図るための基本構
想を定め、これに即して行うよう にしなければならない」という義務付け規定が削
3
除された。しかし、基本構想を議会の議を経て定めるかどうかは各自治体の裁量に任 された形になっており、一定以上の業務規模と社会的責任を有する組織が、業務を計 画的に行うために業務全体を対象とした何らかの計画を策定することは、市区町村に 限らず不可欠と言える。その意味では、地方自治法改正により義務づけがなくなった からといって総合計画に類する計画を一切策定しない市区町村が出てくる可能性は まずない。その意味においてここで開発する政策評価の枠組みは今後とも十分意義あ るものと考えることができる。
[ 論文の構成]
第1章 「SD戦略と SD 指標」では、 本研究を進めるにあたって参考とした the UN,EU 等の国際機関による SD 戦略、海外の国家レベル及び地方レベルの SD 指標の開発状 況、国内の SD 指標開発状況およびその中での本研究の位置づけに就いてのべる。第 2章「持続可能な地域社会のための政策とその評価について」では、総合計画の潜在 的持続可能性とその顕在化について述べ、住民参加による政策評価の必要性と効果に ついて述べる。次いで、第3章「市民参加による地域政策評価指標枠組みの開発」で は、階層性を特徴とする政策体系の持続可能性貢献度評価指標の開発に就いて、長崎 市の第 3 次総合計画を一事例として、下記の2項目を中心として述べる。①基本構想 の諸課題に対するアンケートにより求めた住民のニーズを因子分析することにより 得られた共通因子(以下基本構想のキーワードと表わす)を持続可能な発展に対する 政策の貢献度を評価する指標(以下貢献度評価指標と表わす)とする。②地域社会の 持続可能な発展の評価尺度としてキャピタルアプローチを採用する。本研究ではオラ ンダの地域社会の持続可能な発展の評価のために開発された Telos Method
2の社会キ ャピタル、経済キャピタル及び環境キャピタルの基本的要素であるストックと①項に おける基本構想のキーワードがきわめて類似していることをから当該キーワードが 貢献度評価指標として妥当であることを示す。第4章「政策評価枠組みの開発」では、
地方自治体の政策体系における階層的持続可性貢献度評価枠組の開発に就いて;①事
務事業の貢献度評価マトリクスと、事務事業の貢献度評価の結果を上位の政策体系に
フィードバックする変換式を開発する。② ①項で開発された事務事業の持続可能性
貢献度評価マトリクスとフィードバック変換式を統合した政策体系全体の階層的持
続可能性貢献度評価マトリクスを作成する。評価のための人的資源の最小化と迅速化
4
のためにこのマトリクスは自動計算を意図したものとする。第5章「評価の試行と結 果」では 第4章で開発した階層的持続可能性貢献度評価マトリクスに第3章で開発 した持続可能性貢献度評価指標を適用して長崎市の第3次総合計画の政策体系の1 部について持続可能性貢献度評価を試行する。
第6章「まとめ」では、本論文のまとめと今後の課題を示す。
[用語の定義]
本論に先だって、持続可能性及び持続可能な地域社会、貢献度評価および基本構想 のキーワードに就いて定義する。
①持続可能性、持続可能な発展、持続可能な社会:
矢口
3は「持続可能性とは、①自然および環境をその負荷容量の範囲内で利活用で きる環境保全システム=環境的持続可能性、②公正かつ適正な運営を可能とする経済 システム=経済的持続可能性、③人間の基本的権利・ニーズ及び文化的・社会的多様 性を確保できる社会システム=社会的持続可能性として、これらの 3 つの持続可能性 が均衡した定常的状態のことである。持続可能な発展とは 3 つの持続可能性の質的水 準が向上した状態をいい、持続可能な社会とは持続可能性をもつ社会もしくは持続可 能性をもちつつ発展する社会のことである」と定義している。本稿における「持続可 能性」 、 「持続可能な発展」 、 「持続可能な社会」に上記の矢口氏による定義を適用する こととする。つまり持続可能な地域社会とは社会、経済、環境 3 側面において社会、
経済および環境 3 つのキャピタルが均衡しつつ向上する(少なくとも維持される)社 会と定義する。
②持続可能性貢献度評価:
持続可能な地域社会をつくるための政策は社会、経済、及び環境の 3 側面において それらの持続可能性に貢献するものでなければならない。かかる意味合いにおいて持 続可能性貢献度評価あるいは持続可能性貢献度評価指標という用語を使用する。
③基本構想のキーワード
本研究における基本構想のキーワードは、基本構想のなかに指摘されている将来像
達成のための諸課題を抽出し、それら諸課題に対する住民のニーズをアンケートで求
め、その結果を因子分析することにより住民の潜在的意識を反映した共通因子を求め
ることにより作成した。つまり基本構想に指摘されている諸課題を市民の意識のレベ
5
ルで集約した課題群のことを基本構想のキーワードと呼ぶ。当該キーワードは社会、
経済および環境の 3 カテゴリに分類される。
④SD 戦略、SD 指標
持続可能な発展戦略を SD 戦略と表わす。 持続可能な発展指標を SD 指標と表わす。
第1章 SD戦略と SD 指標
総合計画の潜在的持続可能性を顕在化するための地域政策評価枠組みに関する論 述の前に、海外並びに国内の SD 戦略と SD 指標の開発状況について概観し、本研究 の位置づけを明確にしたい。
1.1 SD 指標に求められる特性について
1.1.1 国家レベル
政府が政策・施策を決定し且つその実施結果を評価するにあたって、これまで大部 分の政策策定者が参考とする指標 は、伝統的に統計的手法で得られた数値(例えば、
GNP、失業率、公害規制値等)で表示されている。一国の経済指標としての GNP や 社会、経済及び環境関連の個々の事象の基準値、公害規制値等は経済成長あるい はそれに伴う生活の質の変化や公害の発生等をそれぞれ単独の事象として捉えて、社 会的制約条件の中で、改善のための技術のレベル及び経済的に実施可能な範囲におい て設定された基準値や規制値であり、政策決定者に総合的な持続可能性の視点で確固 たる判断根拠を与えている指標とは言い難い。
政策評価のための SD 指標は通時的には国家のエネルギー政策、通商政策等の戦略 を反映したものでなければならず、さらに合法性、科学的合理性、社会的合理性が求 められる。アジェンダ 21 の第 40 章では SD 指標の特性として、全ての政策レベルに おける政策策定者あるいは決定者に、政策の策定あるいは決定に際して持続可能性の 視点で確固たる判断根拠を与え得る指標でなければならないとしている。これに対し
て Bedrich Moldan ら
4は「持続可能性は人類・社会、及び経済システムの開発を
持続的に地球のエコシステムと調和のとれた状態に維持するとともに、世代内及び世
代間の公正を通して全ての人に人間としての尊厳をもたらすことである。そのために
は、固い絆による社会的結束, 地域社会への積極的参加及び, 健全な環境に関する普
遍的基準が必要である」と指摘し、さらに、 「此れまでEUを中心に幾多の SD 指標
6
セットが研究・開発されているが、そのうち大部分のものは社会、 経済 及び 環境 の3側面ごとに複数の指標が集約され、これら3側面のそれぞれの持続可能性を測定 する指標として使用されている。しかし3側面の持続可能性の測定値間の関連は無視 されており、持続可能性の視点で政策の適切性を評価する上でこれらの関連を明確に することは今後の重要な研究課題である」としている。
国家レベルの SD 指標の機能としては「目的の明確さ」 、 「指標の計測性」 、 「代表性」 、
「信頼性と実行可能性」 、 「情報発信性」等を有し、また政策評価のための指標は現実 の課題と政策のギャップに対してのシグナル、あるいは新しい課題発生を裏付ける不 都合な傾向に就いての初期警告を発信して、当事者の自覚を促すものでなければなら ない。
指標枠組みの設計に際して特に留意すべき点は社会、経済および環境のそれぞれの 側面間でのトレードオフの存在である。例えば厳しい規制等の環境政策が環境側面以 外の側面即ち社会、経済のいずれかに負の影響を与えることなどがその典型的な事例 である。一つの側面における持続可能性を追求するプロセスの中で、トレードオフを 透明にし、その障害を如何に避けるべきかを考慮したアルタナティブな政策について も検討すべきであろう。指標枠組みの選定に際してはこれらの観点を考慮に入れるこ とが重要である。
1.1.2 地方レベル
地方レベルでは、指標の作成に当たっては国家レベルの指標との合理的な関連は当 然のことながら、地域依存性、可変性、住民の嗜好、価値観等を考慮しなければなら ない。J.Grosskurth
5らは地域社会の SD 指標としては事象の科学性、規範性、主観 性 、 曖 昧 さ 等 を 評 価 し う る も の で な け れ ば な ら な い と し て い る 。 更 に 、
L.Knippenberg
6は更に地方の多様性(地域の歴史・文化・教育レベル、価値観の相
違など)およびこれらの多様性の通時的変化を考慮したものでなければならないとし ている。
地方レベルの持続可能性評価枠組みの代表例としては次の2例が挙げられる。
①評価ための尺度として社会・文化、経済および環境の3分野におけるキャピタル/
ストックを採用しているオランダのキャピタルアプローチ
7がある。例:オランダの
ブ ラ ン バ ン ト 地 方 の 持 続 可 能 性 開 発 セ ン タ ー で 開 発 さ れ た Telos Method や
7
Grosskurth が開発した Scene Model
8がある。
②都市或は市民団体が中心となって開発した地域社会に密着した社会、経済および 環境指標である。例:持続可能な発展に対する住民の関心を高め且つ議論を活発化す るためスイスの Winterthur 市が開発した SD 指標枠組み、 USA のシアトル市の市民 団体が中心となって開発した地域特性の色彩が濃厚な SD 指標セット「サステナブル シアトル」等がある(付録を参照のこと)。これ等の共通点はそれぞれの地域社会独自 の条件下でアジェンダ 21 の第 28 章で要求されている持続可能な発展を意図して地域 社会牽引の役割を果たしている事である。
1.2 海外における SD 戦略について
海外の SD 戦略は一連の国際会議(the 1992 Rio World Summit、the 2001 Gothenburg European Council、the 2002 Johanesburg World Summit、the 2006
EU SD Strategy (final )とそれに対する EU のコミットメントを背景として開発され
てきた。 the 1992 Rio World Summit (環境と開発に関する国際連合会議)において、
各国の政府内の部局にまたがるSD政策の横断的統合を含む国家レベルの SD 戦略の コンセプトが始めて言及されている。さらに同会議で採択された Agenda21 は各国に 対して社会、経済、環境のそれぞれの課題を統合して対応できるような制度の確立と、
国家レベルの SD 戦略の採用を求めている。この時点での SD 戦略は Brundtland
Report による SD 定義に則って将来の世代の利益を確保するために、社会的責任を持
った経済開発、資源と環境の保全に的を絞っている。Agenda21 の要請に応じて翌年 度までに国家 SD 戦略を開発した国は Iceland, Ireland, Switzerland, UK のみであっ た
9。1997 年 6 月の the so-called Rio +5 Summit in New York において、2002 年ま でに国家 SD 戦略を仕上げる事が決定された
10。Reinhard & M. Hametner
11による と、2001 年 6 月の Gothenburg European Council は参加国に対して 2002 年の Johanesburg World Summit に間に合うように国家 SD 戦略の開発を促している。
EU 諸国の国家 SD 戦略の開発は国家レベルのSD戦略策定のための詳細なガイダン スを具えた新 EUSD 戦略
12の発表により急速に進展している。即ち SD 開発の先進 国は既存の SD 戦略計画を見直し、後発国は国家 SD 戦略の開発を促進している。こ
の新 EU SDS の主要な目的は政府の部局間の政策策定の横断的統合及び EU―EU 諸
国家-地方自治体間の縦断的統合である。SD 統治における縦断的統合(vertical
8
integration)が重要な理由は、異なった司法権管轄区域を越えた課題を超国家的政体
(例えば European Commission)から連邦政府、地方政府を経て市庁に至るまでの範
囲で首尾一貫して処理できるということにある。すなわち SD への貢献を強化するた めに全ての政策ならびに、地方、地域、国家、国際的活動の首尾一貫性を求めている。
グローバルな経済競争の中でのEU諸国の経済の停滞と雇用率の低下に歯止めを かけることを目的として、国際的に最も競争力がある知識型経済の持続可能な発展の 達成とそれによる良質の雇用の確保ならびに社会の団結を求めたリスボン戦略が
2000 年にスタートしている。この知識型経済の発展を目指すリスボン戦略は EUSD
戦略(国家レベルのSD戦略の開発を意図している)と並行して実施されているが、
EUSD 戦略は経済政策を除外して環境政策と社会政策を統合する国際的なガイダン スに基づいた戦略として特徴づけられる。2000 年から10年間の間に EU は SD に 関して、リスボン戦略 と EUSD 戦略の2つの戦略を別個に併行して追い求めてきた が、両者は 2010 年に the ‘Europe 2020’ Strategy に集約されている
13。the ‘Europe
2020’ Strategy はSDの中の環境側面をより重要な対象として位置づけている。The
‘Europe 2020’ Strategy で示された気候変動に対するヨーロッパ諸国間の政策の調 整はSD戦略の影響によるものではなく、近年の国際政治における気候変動に対する 関心の高まりによるものと云われている。2000 年代の半ばまでヨーロッパの環境政 策の開発を主導してきたものはSDに関連したプログラムや措置ではなく、気候変動、
水の欠乏や都市部の大気汚染のような、より直截的な環境問題であった
14。
つまりEU諸国においては現時点において最も重要な課題として、総合的な持続可 能な発展よりも気候変動、エネルギー政策、水及び大気汚染等の緊急の環境問題に取 り組んできている。このように総合的な持続可能な発展のための政策が停滞している 理由として、M. Sediacko ら
15は「従来の持続可能な発展政策はゴールを設定し、
過去の経験の延長線上で使用可能な科学的知見或は技術を使って、あらかじめ準備さ れた SD 計画を実行することによりゴールへの到達度をSD指標で通時的に評価する ことができ、最終的にはゴールへの達成も可能であるという前提に立って、此れまで の SD 戦略が進められてきた。しかし大規模な社会的転換をともなう持続可能な発展 のための政策策定が遭遇する複雑な諸問題に応えるためにはこれらの仮定は必ずし も 実 情 に 適合 し た もの で は ない 」 と して、 そ の 代 替策 と し ての 未 来 予測 手 法
(Foresight Method)のSD戦略への適用を提案している。つまり現在の社会的問題
9
を象徴するものとして事実が不確実である、価値判断に混乱がある、 利害関係者が 多岐にわたる、緊急な政策決定に迫られる、予測不可能である、完全なコントロール ができない、法的見解 も多岐にわたる等の問題のために、民主的政治体系を特徴と する EU 諸国の政府は持続可能な発展を実現する過程で、これらの複雑な問題を抱え ながら多様な利害の衝突に悩まされるなど、過去の政策決定者が直面していたものよ りもはるかに先鋭化した状況に直面している。つまり持続可能な発展のゴールは多様 かつ複雑で、グローバルに相互に連関する社会において多くの摩擦(例えば気候変動 のごとき)が生じている。
A. Bagheri ら
16は 各国の政策決定者がこれらの課題を克服するために持続可能な発
展を下記に示すごとき新たな観点より見直さなければならないとしている。
・持続可能性は動いている目標である。
・社会環境システムへの理解が深まるにつれ持続可能性が求めるものも絶えず進化し ていく。
・持続可能性への移行は革新的で、いつ終わるかわからない期限のないプロセスであ る。
J. Meadowcroft
17は「持続可能な発展政策は単一の巨大で理想的な SD 戦略プロセス
によるものではなく、持続可能な発展の目標の推移に適応するべく、これまでの結果 を反省し、既存のプラクティスを見直し、現状の制度を厳密に評価し、アルタナティ ブな将来像を探求することによってのみ持続可能な発展の軌道を維持することが可 能となる」としている。さらに持続可能な発展の重要な基盤の一つとしてステークホ ルダー参加の原則を提起している。
1.3 海外の SD 指標 1.3.1 概観
海外における国家レベルの持続可能な発展に関して、政策策定支援のための SD 指
標として、Millennium Development Goals(MDGs), UNCSD indicators, Well-being
Index(barometer of sustainability), OECD core environmental indicators(CEI),
Eurostat sustainable development indicator、Ecological Footprint など多く国際機
関や国家が SD 指標セットを開発している
18。本研究では持続可能な発展の研究と実
施の先進地域である EU の SD 指標セットを主として取り上げる。 1992 年の UNCED
(the United Nations Conference on Environment and Development)において、各
10
国のSD政策を支援する上で SD 指標が重要な役割を果たすことが確認され、
UNCSD ( the United Nations Conference on Sustainable Development ) は
Agenda21 が提唱した持続可能な発展を進める枠組みの課題(大気汚染、森林伐採、
生物種の損失、健康、人口過剰、貧困、エネルギー、消費、廃棄物、交通)を対象と して 1996 年に SD 指標セット(PSR*枠組み)を開発して、世界的規模でこの SD 指 標セットの試行を実施した。 UNCSD はこの試行プログラムの結果と反省を踏まえて、
あらたに代表的な国家レベルの SD 指標枠組みとしてテーマ・サブテーマアプローチ を開発して、2007 年の 3 次報告書で公表している
19。
このテーマ・サブテーマアプローチの SD 指標枠組みは、Tom Bauler ら.
20が提 示している「国家レベルの SD 指標枠組みのモデル、即ち総合的な「持続可能な発展」
を頂点としてその下に環境、経済および社会の 3 領域、さらにその下にそれぞれの領 域に属する課題、個別指標と順次に配置し、最後に客観的・科学的データを基盤とし た指標群で構成されるヒエラルキーモデル」を形成している。Tom Bauler 等は指標 作成の基準として、①目的の明確さ、②計測性、③代表性、④信頼性と実行可能性、
⑤情報発信性の 5 項目を提示している。つまり国家レベルの SD 評価指標枠組みは、
客観的・科学的データをベースとして上記 5 項目の特性を持った指標で社会、経済お よび環境の 3 領域における持続可能性を通時的に評価する枠組みといえる。
1.3.2 海外における国家レベルの SD 指標開発
1992 年の the United Nations Conference on Environment and Development
(UNCED)に於いて各国のSD政策を支援する上で指標が重要な役割を果たすこと が確認され、1995 年に UNCSD は Agenda21 の要求にもとづいて SD 指標の開発を 行うことが決定された。其のモデルとなったのは OECD が開発した PSR モデルの環 境指標セット(1989 年着手)である。 UNCSD はこの PSR モデルの環境指標セット をベースにして、 1996 年に前述の国家レベルの SD 指標セット(PSR モデル
*)を開 発した。
注)
*PSRモデル:経済協力開発機構(OECD)は、環境情報を体系的に整理し、指標化するた
めの概念的枠組として、「PSRモデル」を開発している。これは、人間の活動と環境の関係を、「環 境への負荷(pressure)」「それによる環境の状態(state)」「これに対する社会的な対策
(response)」という一連の流れ(PSR)の中で包括的に捉えようとするもので、他の国 際機関や各国等が環境指標を開発する際の基礎として広く世界に浸透してきている。
11
さらにこの指標セットの適切性を確認するため世界の 22 カ国に対してその試行プロ グラムを実施している
21。参加国はそれぞれの SD 政策の一環として UNCSD の PSR 指標枠組みによる自国の社会、経済および環境側面における持続可能性の評価を行っ ている。参加国の PSR 指標枠組みに対する評価は次の通りである。
①大部分の国はこの試行プログラムを成功と判定している。
②特に SD 政策部門における人的資源の確保、既存の政策と協調した制度上の改革に 着手する必要を認めている。
③今後、SD 政策を成功させるためには国家による SD 指標開発政策と恒久的な行動 計画「統合的指標イニシャチブ」 が重要である。
④大部分の国は当初のCSD 指標セットは使用するには大きすぎ、且つ PSR アプロ ーチは社会側面の持続可能性の評価に困難さがある。
以上の参加国の報告に基づき 2002 年の「持続可能な発展のための世界サミット会 議」の決定によって、UNCSD 指標の新しい改訂版(テーマ/サブテーマアプロー チ)が UNCSD 3
rdEdition として開発されることになった。
UNCSD はこの改定された指標セットをもって、世界各国が自国の社会・経済・環
境の条件と優先順序に従って SD 指標の開発を進めるよう促し、更に先進国に対して は、この指標セットを使用して開発途上国のSDに対する努力を支援するように呼び かけている。以上の推移の中で各国はそれ自体及び国際的な連携の中でSDに対する 知識と経験を蓄積して、それぞれの SD を促進している。これらの協調により、この
UNCSD 指標の改定は自国のSD指標開発とその実施に努力している国々にとって
極めて重要な支援となっている。
以上の経緯を経て 2007 年に公表された UNCSD 3
rdセッション において SD 戦略 の基本路線を PSR 枠組みからテーマ・サブテーマアプローチに転換している。2007
年の UNCSD の 3 次報告書
22で公表されたテーマ別指標の枠組みにおけるテーマと
サブテーマの構成を表1にしめす。このテーマ・サブテーマアプローチの SD 指標セ
ットの特徴は①国家の政策策定の支援のための強い配慮と、②持続可能な発展の進捗
度の計測を強調している事である。それらを考慮して、貧困、統治、健康、教育、人
口動態、自然災害、大気、土地、海洋・海・沿岸、清水、生物多様性、経済発展、国
際経済協力、消費・生産パターン等 14 個のテーマを決定し、各テーマのもとに96
個の SD 指標が開発されている。そのうち50個がコア指標である。この指標セット
12
は、各国がこれ等の指標の中から自国の社会、経済及び環境の特性に適した指標を選 び、自国のサステナビリティに対する包括的な評価ができるように設計されている。
コア指標はテーマ/サブテーマごとの政策のサイクル管理の目標としての機能を有す る。例えばテーマとして教育、そのサブテーマとして「読み書き能力」をとると、そ のコア指標「成人の識字率」が政策のサイクル管理のための指標となる。UNCSD が めざす国家レベルの SD 評価指標セットは、客観的・科学的データをベースとして、
Tom Bauler 等が提示した前述の5項目の特性を持っており、社会、経済および環境
の 3 領域における政策の持続可能性を通時的に評価する枠組みといえる。
表1UNCSD のテーマ別指標の枠組みにおけるテーマとサブテーマ
表 1 に示す如くサブテーマは世界的に持続可能な発展を推進していく上で最も基 テーマ サブテーマ テーマ サブテーマ
社 会
貧困 極低所得 環 土地(続) 砂漠化
所得格差 耕作
衛生 森林
飲料水 境 海洋・海・沿岸 沿岸ゾーン
エネルギー入手 漁業
生活条件 海の環境
統治 汚職・腐敗 清水 (使用可能)水量
犯罪 水質
健康 死亡率 生物多様性 エコシステム
介護・ヘルスケア 種
栄養状態
経 済
経済開発 マクロ経済状態 健康状態とリスク 持続可能な公共融資
教育 教育レベル 雇用
識字率 情報・コミュニケーシ
ョン技術
人口動態 人口 研究開発
ツアリズム ツーリズム