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長崎県五島列島における生活関係圏について

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長崎県五島列島における生活関係圏について

長崎県五島列島における生活関係圏について

は  じ  め  に

 日本の最西端に位置する五島列島は他の多くの離れ島と共に︑後進性

の著しい地域である︒かxる離島の開発推進に資する基礎的資料の完成

を目標に︑さる昭和三十三年に長崎大学五島列島総合学術調査団が結成

された︒はからずも筆者は一員に加えられ︑目標の一部即ち︑五島島民

の生活関係の様相の把握について分量し︑努力を続けてきた︒その結      ①果︑すでに学術調査報告の一部として︑福江島の場合だけを暫定的に報      ②告し︑さらに統計資料によって分析した中心集落の分布についても報告した︒しかし乍ら︑本格的な発表は各種の事情により︑予期したように

整理が進まず︑今日まで成果の発表が遅れてしまった︒地元の方々の大

きな麦援を得ながら︑か契る遅延をいたしたことを誠に遺憾に思うと同

時に︑島民の皆様にお詑び申し上げなければならない︒しかし漸く︑こ

xにまとまりをえたことで︑御協力の一端に報いることができた︒研究

者として︑肩の荷を下ろした感がひとしおである︒本調査にあたって︑

御助力を惜しまれなかった五島列島各市町村の官民多くの方々に深く感

謝の意を表すると共に︑調査団の一員に加えて下さった吉田敬市教授︑

各種の御示唆を賜わった石井泰義助教授に厚く御礼申し上げる︒叉資料

の整理のために協力した本学部学生諸⁝君とくに浦本丈朝・高増滋文︵現

小値賀中学校教官︶ ・宮本正美︵現宇久小学校教官︶の諸君に謝意を表

したい︒なお昭和三十四年度以降の調査については文部省科学研究費に

よって実施した︒ 調査地域の概観

 五島という地域概念は丈字通り五つの島即ち福江・久賀∵奈留・若

松・中通の比較的大きい島を指すものかれしれないが︑実際には宇久.

小値賀両島を含めて五島と呼ぶ人もあり︑下地図上では五島列島として

前記七つの島を中心とした島腕ハ群を指示している︒このように五島という概念はあいまいに使用されている︒その一因として︑旧藩時代に五島

︵宇久︶藩の他に︑松浦藩の領域︵小値賀島︶が混在したこと︑明治以

降北の宇久・小値賀両島は北松浦郡に属し︑東側の江島・平島は西彼杵

郡に属し︑他が一括されて南松浦郡に所属することになったことなどに

よるものと思はれる︒またかxる複雑な概念に加えて︑本旨は一般に︑

上・中・下或いは上・下の三〜二地域に分けて︑上五島などと呼称され       ③ている︒この区分は通解若松島・奈留島・久賀島を中心に以北・以南を

上下に三区分したり︑中通島以北を上五島とし︑若松島以南を下五島と

二区分したりして明確でない︒叉︑本域には三十余のカトリック教会が

分布するが︑本列島が湾入の著しいリアス海岸の発達する大小さまざま

の島球菌からなり︑隔絶性と孤立性の顕著な地のために︑島原の乱を契

機とする強いキリシタン弾圧によって移住した人々の後えいにあたる人

々のカトリック集落が多いことも注目しておかなければならない︒

 本列島の産業構造は全体として農漁業を中心としている︒即ち流町共

第一次産業人口の割合が六〇%以上で︑とくに若松・岐宿・三井楽の三

町は八○%をこえる︒そして農業の盛んな島は最大の面積をもつ福江島

(2)

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(3)

で︑中でも山内盆地をもつ岐宿町︑熔岩台地上にひろがる富江・三井楽

両町と福江市において盛んで︑米麦・甘藷の栽培を主体としているが商

品化の高いものは甘藷のみといってよく︑殆んど本土へ移出されて澱粉

の原料となる︒一方北部の宇久・小値賀両島も富江町に匹敵する農業人

口率︵六〇%︶を示す︒又漁業が重要な役割を占めているのは奈良尾・

若松・奈留・新魚目の各町で︑漁業人口率は二五%以上を示している︒

そしてこの漁業者の多くは零細で︑半農半漁の形である︒この様に第一

次産業を主体とする中で︑わっかに福江町・奈良尾・有川・富江・小値

賀町笛吹の各町が商業︑奈留町が水産加工業の機能に特色をみせるにす

ぎない︒ 交通は本土との関係が第一図の如く︑主に長崎と下五島︑佐世保と上

五島とが密に連絡している︒また宇久・小値賀両島では博多と結ぶ航路

をもっている︒一方列島内の交通は渡海船に依存し︑パス交通はわずか

に福江島・中通島︵奈良尾i宿の怯者・鯛の浦一有川−榎津一奈摩一青

方一有川︶・小値賀島・宇久島に路線があるだけである︒この内福江島

のバスについては既報したが︑他の場合も道路条件が劣悪で︑中には危

険を伴なうような道路で運行している所もある︒

 従って渡海船の果たす役割は極めて大きい︒その状況をみると︑町営の玉の浦と中須・荒川間︑富江と黒島間︑若松町には私営で道土井1若松i桐古里︑若松i荒川︑若松i佐尾︑漁生繭−日島i間伏などの列島

内でも局地的な渡海船が走るが︑中通島の売方・鯛の浦を結ぶ線より南       ④の地域は︑ほとんど福江と結合する小経営の渡海船が一日一往復位つつ

運航されている︒また中通島中部以北では︑とくに大きな拠点はなく︑

佐世保・長崎・博多との間を走る三〇〇屯前後の定期船の寄航と若干の       ⑤局地的な渡海船によって︑入・物の移動が行なわれているにすぎない︒

かxる沿岸航路の経営体は︑九州商船・野母商船などの比較的大きい企

業以外は︑ほとんどが定員二〇〜三〇人の五〇屯以下の船で運航され︑

長崎県五島列島における生活関係圏について 一〇屯未満が⊥3をしめる状態である︒パス交通がなく︑付随する小島興の多い中五島の島々や︑中通島の多くの地域では渡海船が唯一の交通機関となり︑島民の生活行動範囲は極めて狭くならざるをえない︒

調査目的と方法

 筆者は島民が毎日の生活を送る上に︑必要な各種の商品の購入や医療

などの要用を通じて生ずる行動範囲を把握することによって︑逆に人々

の集まる中心地を核として︑周囲にどの位の広さで中心地の勢力が及んでいるか︑いわばサービス圏の広さを知り︑それが本土とは異なった島

喚独自の性格即ち島興性によってもたらされた実時を明らかにする︑所謂生活関係圏における地域構造の把握を目的としたが︑同時に前述した

如き複雑な地域概念との関連を究明することも重要な使命と考えた︒従

って研究対象地域は第一図で解るようにかなり広義の地域を五島列島と

称してとりあげている︒かくて調査方法は複雑な構造をもち︑かつ点在

する集落間に展開する生活関係圏の状況を知るためには︑極力多数の調

査表を配布する必要性を感じ︑それに即応した調査表を作製して︑それ

を五島列島の各中学校を通じ︑中学生をもつ家庭に配布解答して貰い︑

それを学校及び教育委員会を通じて回収・整理することによって研究を

進めていった︒

 できるだけ多くの調査結果をえたいためと︑費用の関係から調査表の

配布は昭和三十三年夏と三十四年夏の二回に︑久賀島・樺島以南と奈留

島以北とに分けて実施せざるをえなかった︒また三十三年の調査によっ

て欠陥が指摘されたので︑三十四年には調査内容・質問形式を改めた

為︑両年の調査には若干の相違がで︑統一を欠くが︑本域では両年にお

いて著しい社会的変化のない類似した年と思われたので︑問題にする程

の欠陥ではないと考え︑調査項目の相違は個々に関しては吟味すること

にして︑両年の調査表の集計・整理を同じ処理方法によって進めた︒な

お回収率は三十三年が六七%︑三十四年は八七%︑回収された総数は

(4)

長崎県五島列島における生活関係圏について

五一〇〇枚で︑本土の全世帯数は三三一〇〇戸であるから︑六・五戸に         ⑥一枚の割合となる︒調査表の内容は魚︒肉など二四品目について﹁主にどこで買ったか﹂という商業サービス面と︑病院・美容院など八項目に

ついて﹁主にどこに行って用をたしているか﹂という一般サービス面に       ⑦ついて︑その欲求の充足先の部落名を記入して頂いた︒しかし第一表の

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如く︑前年度の調査における品目及び

項目が若干食い違いがあり︑両年に共

通するものは二一となっている︒

中心地の勢力圏

 集落立地条件・交通条件等のため︑

大字単位で整理することは正当なる結

果を期し難く︑一方さらに細かい部落

単位で集計することは配布枚数の点から正確を期しがたい︒従って聞きとり

によって得た資料に基いて︑大字︵郷︶

単位と部落単位とを混用し︑その単位

を本論では便宜的に地区と称した︒そして各地区で品目ごとにその欲求をみ

たしている状況を知るために︑回答の

あったものの内指向する中心地ごとの

占める割合を算出した︒しかし高次の買物ともなると︑回答数は少なくな

り︑ある場合には一例の回答を得たに

すぎぬときもある︒この様な場合には

極めて回答に偶然性を伴なう場合が考      ⑧えられるので︑一例の場合は除外した︒ そして各地区において︑そこの人々が指向する中心地のえた%を次のような規準によって区分した︒

︐A 第一位の中心地が八○%以上を占めた場合︒この時は︑その地区

   のある品︵項︶目についての指向地は第一位の中心地に限定され

   ていると考えて第二位以下の指向中心地は無視してしまう︒

 B 第一位の中心地が七九〜五〇%を占めた場合︒この時は第二位以

   下の申心地についても考慮する必要性を感じ︑次のように細分し

   た︒

     取 第一位を占めた中心地の%が第二位の中心地の値の一・

       五倍以上を示した場合︑即ち第二位の中心地との差が甚

       しい場合の第二位︒

     町 取の次位︵第二位︶の値が二五%をこえているときの第二位︒

     恥 同様に︵騰一欝δ丑︑ワ薔㊦酸︶︿︵藩口才㊦丑ウ諄×一・㎝︶︶       18       の場合の第一位︒       ︵

     恥 恥の場合の第二位︒

 C 第一位の中心地が四九〜二五%を占めた場合︒

  但し Q  ︵鵬一欝㊦丑︑ワ蒔㊦訳︶W︵腿口欝㊦丑㌔ワ諄㊦颪×﹃㎝︶

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     蟻 ︵器一二㊦丑ウ薔㊦鹸︶︿︵藩口欝㊦丑ウ薔㊦颪×一●㎝︶

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     ら らの場合の第二位

     ら らの場合の第三位

 以上の規準に従って︑指向の中心地を地区別に︑項目ごとに︑明記した表を作製し︑項目ごとに一枚つつの分布図に表現した︒その表現方法

はA︑B︑Cの各規準別に指向方向を矢印によって行なった︒これらの    ⑨三一枚の図によって︑勢力圏の分布を検討した︒

(5)

商業サービスにおける勢力圏

 買物に関する二四図を本土との結合度︑福江町の勢力圏︑それに次ぐ中心地の勢力圏の分布によって︑分類を試みた︒その結果次の三つに大

別できた︒

︵1︶酒の例の様に︑ほとんど自地区の商店に集中しているもので︑地

域的な依存度からいえば︑極めて狭い範囲内で満たされている場合であ

る︒反面福江町の勢力のもっとも弱い品物である︒しかし︑かxる低次

の品物については︑他の研究者では殆んど除外されているが︑筆者は交

通機関の未発達な︑地形の複雑な島喧の特殊性を考慮に入れて︑調査項

目の中に低次のものを幾つか挿入したのである︒しかし質問形式の不備

から︑充分な解答を得ることはできなかったが︑ほゴ自地区で充たされる低次の品物と思われるものは酒・魚・米・くすり・炭であった︒これ

らの勢力分布は購入範囲が極めて狭く︑福江町の勢力圏は自町内に限ら

れ︑現福江市域の崎山・奥浦等においても︑それぞれ中心を有している︒しかし詳細に分布をみると︑異なった面をそれぞれもっている︒特

色ある点を幾つかあげてみると︑炭は本地域では多く自家或いは自地区で欲求が満たされているが︑奈留・宇久・小値賀の三町では各中心地へ

指向する︒筆者は笛吹で中通島方面から運搬された薪の山を見たが︑こ

れらの三町は木炭生産が少ないか或いは全くない︵後二者︶ために︑各中心地の燃料販売業者から︑購入する結果である︒叉薬については行商

による割合が極めて高く︑行商によった場合を自地区で欲求を充たした

として集計したため︑本分類に薬は該当したが︑薬店で求めた場合だけ

に限定した場合には上位の分類に当然入るものである︒なお行商の占め

る率を町ごとにみると︑福江町を除き︑最低は奈良尾町の一八%で群を

抜き︑三〇%台の上五島・有川・奈留の三町がこれに次ぎ︑四〇%台が

宇久・小値賀・若松・富江の各巻で︑ほとんどの町村では五〇%〜七五

%である︒

長崎県五島列島における生活関係圏について ︵皿︶福江町の勢力圏が海を渡って︑久賀島・赤島等に及んだり︑島内では他の町域にも及ぶ場合である︒又上五島では笛吹等の高次の中心地の勢力が隣接町村例えば新魚目町にも及んでいる場合である︒一方遠く離れた崎戸町の勢力が江島に及んでいるが︑同じ本土の長崎・佐世保の勢力は本列島にはまだ及ばぬ品物の場合である︒か\る形態の品物は洋  ⑯服︵第二図︶をはじめとして一四品目があった︒これらの内でも︑その勢力の大小・強弱によって︑さらに三区分できる︒即ち︵a︶もっとも勢力の弱いもの⁝⁝丈具  ︵b︶中言的のもの⁝普段着・Yシャツ・荒物・下駄・下着・足袋     ︒さらし・野良着  ︵c︶もっとも勢力の強いもの⁝肉・晴着・せともの・洋服 福江町の勢力圏からみると︑ ︵a︶では学校区ごとに中心地をもち乍ら︑福江町へもかなり指向するという状況から︑︵b︶になると︑赤島・久賀島・玉の浦と岐宿町の一部が福江町の勢力圏に入り︑︵c︶では黄島・樺島そして奈留・若松両町の一部も弱いながら福江町に指向する様になる︒一方富江町の如きは︵a︶から︵c︶まで︑−ほとんど差がみられないという所もある︒しかし多くはかなりの差が認められる︒例えば有川町友住は︵c︶では有川に指向するが︑︵b︶では友住自身がかなり強い中心地となっている︒又新魚目町の北部では︵b︶及び︵c︶の大勢は隣接の小値賀町笛吹に指向する・が︑︵b︶では自運の中心地津和崎に弱い乍らも指向している状況がうかがえ︑︵c︶においては皆無となってしまう︒かくて︵皿︶の品物を買い求める時には︑例えば玉の浦大宝からは約一時間五〇分もバスにのって︑赤島・樺島からは約一時間舟にゆられて福江町に買いに来る︒︑叉笛吹へは新魚目町の中でもっとも近い津和崎から定期船で四〇分もかかってやってくる︒従って赤波江などのさらに離れた部落からは一時間以上を要するが︑これらでは自家の漁業用小舟を使って笛吹までくる場合が多い︒又有川の勢力圏内の頭ケ島や崎戸町江島は各中心地まで舟で一時間の航程である︒このように

(6)

長崎県五島列島における生活関係圏について

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膨師輝5 ま:印合印・場矢 ︒の線率上実向以

︵皿︶の品物になると一時間前後も舟にゆられて︑又バスの場合には運

行回数が少ない乍らも一日五往復はあるためか︑遠距離を二時間近くも

ゆられて欲求を充足している︒

 なお舟の場合にはほとんど一日一往復︵朝島を出て午后に島に戻る︶ である︒従って︵皿︶の品物を買いに出かけることは一日がかりの仕事となり︑かxる欲求の充.足は一年に二回︑即ち盆と正月の買物に限定きれてしまう︒

︵皿︶さらに高度のそして広範囲の結合状況を示すもので︑具体的には

(7)

福江町の勢力がさらに拡張され︑強度になったこと︑そして本土の長

崎・佐世保・福岡などとの結合が現はれてきたことの二つの要素によっ

て︑他形と区別できるものである︒そして強弱によってさらに二分でき

る︒即ち︵a︶福江町の勢力が奈留・若松町域などに強く現はれるが︑本土との    結合は弱いもの⁝⁝家具・本

︵b︶本土とのつながりが強く現はれているもの⁝時計・ラジオ・皮靴

 これらは南部と北部とで明瞭な地域差がある︒︵a︶においては︑奈

留島以南では本土との結合は現はれないのに対し︑若松島以北では弱い

乍らも現はれる︒一方︵b︶では福江町の入が買物において本土との結

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長崎県五島列島における生活関係圏について

(8)

長崎県五島列島における生活関係圏について

合は現はれないが︑周縁部の岐宿町などには弱いが現はれ︑さらに北部

では︵a︶よりさらに強く結合する︒そして︵a︶・︵b︶を通じ︑若

松・奈良尾・有川︵有川郷を除く︶三町では長崎と︑有川郷・新魚目

町・小値賀町・宇久町では佐世保と強く結合する︒又上五島町は長崎・

佐世保両者と結合する他に︑福岡とも結ばれる︒なお福岡と結ぶ所はそ

の他に小値賀・宇久両町がある︒これは青黛−笛吹i宇久平一平戸−博 多航路に依存するからである︒なお崎戸町の江島︑平島は前者が崎戸と結合するに対し︑後者が家具・時計で佐世保と︑ラジオで崎戸と︑そして本で有川と結合して︑複雑な様相をみせる︒ かくて南部は福江町の強力な商圏によって︑本土との結合度は弱い︒福江町の勢力の及ばぬ北部はその中の大きい中心地の有川・青照・笛吹にしても︑福江町と比する勢力を有し得ず︑結局高次の品物の購入とな

   野

(9)

ると︑本土に依存してしまう傾向を示している︒北部でも福江町に最も

近い奈良尾町に鋳ては︑福江との結合も多少現はれているが︑長崎との

関係が強い︒この事象を奈良尾を中心に交通状況を考えると︑福江まで    ⑪の所要時間が二〜三時間を要するに反し︑長崎までは四時間で達し︑と

りわけ大きな差がない︒その上奈良尾町は揚繰網の根拠地であり︑漁獲

物の市場への運搬を通じて︑叉本土の漁業者の出先地ともなっていて︑

本土との交流も激しく︑必然的にわずかの時間的不利は克服されてしま

うようである︒ 一般サービスにおける勢力圏医者・理容・美容・映画・市︒産院︒

病院の一般サービスについて︑その指向地を買物の場合と同様に︑分布

図を作製して考察した︒それによって次の特色を知り得た︒

︵1︶福江町をはじめ︑本域の各中心地の勢力圏がもっとも狭く︑多く

は自地区で欲求が充たされている場合である︒たゴ福江町の如き大きな中心地周辺では︑その範囲が広くなるが︑その力は弱い︒これに類する

ものは理容と映画である︒理容はともかく︑映画が低次にあることは︑

誰しも奇異の感を抱かせるかと思うが︑先にも報告した如く︑調査方法

にも欠陥があったが︑調査対象家庭内の全家族の平均値的な解答が記入

された為と︑比較的大きな中心地を除く一般農漁村では︑映画をみるこ         ⑫とは極めて少なく︑特殊な人を除いては︑わずかに公民館などで行なわ

れる巡回映画などをみるだけという実情であり︑その欲求充足地は従っ

て自地区付近に限られてくるといった結果がでてくる︒叉理容について

も理容店を利用せず︑自宅ですませてしまうことが多く︑本集計では自

地区での充足という結果が出る︒これらの点は後進地域の特異性と呼ぶ

ことができるかもしれない︒

︵皿︶小さな中心地が消え︑福江町・笛吹・有川等の大きな中心地の勢

力圏が拡大したもの︒しかし本土との結合は殆んど現はれていない︒こ

れに属するものは産院・美容・医者・市である︒ ︵第四図︶

長崎県五島列島における生活関係圏について ︵皿︶福江町の勢力がさらに拡大すると共に︑本土との結合が現はれているものは病院だけである︒たぼし病院は上五島の資料のみであるので︑確実な所は解らぬが︑調査範囲内で︑福江町の勢力が奈留・若松両町にも現はれている︒又買物の場合と同じく︑上五島は佐世保に指向するが︑中五島では本土との関係は現はれない︒従って下五島の調査表による資料はないが︑公立病院における昭和三十

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容市美︒︒院院医産・

 ︒足  の ツ ・着も ヤ着旧と シ下野せ Y ・ ︒ ・ ・駄し着 着下ら三具段・さ・服文普物・肉洋  弓袋  ・︶ ︶       \ノa  ︑D   ・   C︵ ︵        ︵

 靴 皮 O オ ジ本う

む    む具計家時

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二年中の入院患者延数調査からみると︑半数が福江市内からで︑七五劣

が福江島の各市町から︑九七%が若松町より南の市町からで︑奈良尾町

以北からきた入院患者数はわずか三%にすぎないという結果からみて

中・下五島は福江の公立病院・日赤などで欲求がみたされているのであ

る︒ 以上の様に三群に大別できたが︑これを買物サービスと比較すると︑

両者の三群にほゴ第二表の如く対応できる︒しかし両サービスの指向地

分布の状況を細かく検討すると︑かなり異なった形態を示している︒こ

れは各中心地のサービス機能の特色とその相違によってもたらされるも

のであらう︒例えば同じ皿群の普段着と産院とを比較すると︑北魚目地

区で前者は殆んど笛吹に指向し︑極めてわずかだけが津和崎で充.たされ

ている︒一方後者はかなり強く津和崎に指向している︒これは津和崎に

秀れた産院のあることによるものであろう︒しかしかxる細部の相違点

(10)

長崎県五島列島における生活関係圏について

はあるにしても︑基本的な分類には食い違いはなく︑全体として充分対

応できるものとして異論はないと考える︒      ・

中心地の構造

 商業サービス及び一般サービスの幾つかをとって︑それらの欲求の主

要なる充足先を求めて︑地域的分析を加え︑各品︵項︶目を三つに分類した︒そして各分類が即ち総合的な意味での第一次圏︑第二次圏そして

第三次圏となるということは他の各種の要素を加えた考察を行なった結

果言いうることであらうから︑筆者の調査においては速断は早計であら      ⑬う︒しかし︑その分類によって豊橋市の場合において︑高野氏がやられ

たと同様に︑一応の圏域決定を行ない考察を加えることも無意味ではな       ⑭いと考える︒唯こxで問題になるのは長野県において行なった小出氏の

高級品・中級品の区別︑豊橋市での高野氏の第二・三次圏決定の指標と

して選定した品物の区別と比較してみると若干の相違を認めることであ

る︒即ち小出氏との差は高級品に入っている晴着・洋服が筆者の場合は

恥に属して︑中級品的扱いとなっている︒高野氏との相違は第三次圏指

標に用いたよそ行き着と映画が本丁では皿及び一に属している︒皮靴は

一般に値段は高いものであるが︑晴着・洋服に比し農漁村では靴は必需

品とはいえず︑それに伴ない靴販売店も極めて少なく︑結局漁船員達が

本土において︑例えば長崎で町を歩くために求めるという様なことにも

なり︑買物の欲求充足先の分布からみれば広範囲のものとなり高級品扱

いされることになる︒一方晴着は高額所得者は別として︑一般には長崎

まで出るには︑少くとも一泊しなければ行けないのであるから︑必然的

に︑列島内の中心地で満足しなければならぬので低次となる︒叉映画は

前述の如く︑巡回映画などを見るにすぎない所が多く︑その様子が現は       ⑮れているから低次となってしまう︒又森川氏が電話通話圏でも指摘され

ており︑多言を要せぬことであらうが︑五島列島をとりまく地域におい て︑福江市の上位にあるものは当然本土の長崎・佐世保そして博多との関係であり︑この点からの結合度を規準に分類することが行なわれなければならない事である︒従ってより遠い所で充足されるものほど︑即ち本土との結合度の高いもの程︑最高次の品物となることも必然であらう︒ かくて晴着・洋服は本土と陸続きであるならば︑或いは県域では高級品として取り扱われるかもしれぬが︑本域では中級品として処理されなけれぽならぬものとなり︑これが配本域の特殊性とも言うことが出来る︒ 以上によって︑本列島の圏域決定は前節で分類した一・皿・皿群の内で︑もっとも典型的と思われるものを代表として選び︑それらに共通する状態をもって︑各転出を決定した︒即ち1群に属するもの五品目と二項目の内典型的な状況を示すものとして︑前者から酒︑後者から理容を選び︑この二つによって第一次圏を定めた︒ ︵第五図︶たゴし本域が島嘆であり︑海岸線が複雑な上︑部落界の決定が難しいので︑図における圏域界の表現は正確に描くことは困難であり︑又描きうる部分があっても返って判断しにくい図となるので︑模式的な閉曲線によって描いた︒その結果第一次圏の場合︑勢力の広がりは一般に海を渡って伸長することは極めて少ないことが明らかである︒しかし岐宿町域の姫島が三井楽町浜の畔の圏域にあることをはじめ︑笛吹の勢力の及ぶ四つの島︑青方の折島︑日島の有福島︑奈留浦の葛島の如きは海を隔てx勢力が拡大している︒叉第一次圏であるから当然二〜三部落ごとに一つの中心地をもつといった例が多い中で︑浜の畔・富江・浦・笛吹・平はかなり広い範囲に勢力圏を拡げている︒この様に本域の第一次圏の分布はかなり地域的差異があることが解る︒この原因については各中心地において異なるものをもっているであらうが︑三井楽・富江・宇久の場合には本域内では地形的に比較的業平であり︑人口も分散的である上に︑バス交通もあ

ることによって中心地の勢力圏が広く拡つたということも考えられる︒

(11)

⑰◎

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@ 

一方奈留浦や笛吹の如く各小島は二〇〇入前後の人口しか有せず︑さら

に海上の交通路に制約されて︑特殊な勢力圏の伸長形態を示す場合もあ

る︒叉福江町の場合は︑第一次圏は細分化されて︑福江町の勢力圏は狭

くみえるが︑さらに細かい分析をすると︑弱い結合度ではあるが︑かな

り広い勢力圏を潜在することが判る︒潜在的勢力圏は面積的には笛吹・ 奈留浦の勢力圏と似て広いが︑福江の場合には︑これらとは全く異なった高次の性質をもった中心地であることが特色である︒次に皿群によって第二次圏を決定してみる︒典型的な分布形を示すと思はれるもの五枚をとって境界を決定した︒抽出したのは買物サービスの中から普段着・下着・洋服︑一般サービスの中から医者・美容である︒その結果は第六

長崎県五島列島における生活関係圏について

(12)

長崎県五島列島における生活関係圏について

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 ︑ ︐︐bノンO

@奪騰

図の通りである︒境界線の輻奏する部分は新魚目町・上五島町・有川町

の交叉する付近で︑とくに七目は七目自身も中心地であり乍ら︑青方の

勢力圏の中にも入り︑さらには図に表われる程でないが︑有川町の勢力

も少し入りこんでくる︒その他浦桑・青砂浦も馬方・榎津・立直の勢力 が入り乱れる︒津和崎はそれ自身は笛吹に指向するが︑反面北の西郷良・池尾両部落から指向されている︒若松町域の佐尾は奈良尾町域に接続するので︑鳶尾自身が中心地となり乍ら︑奈良尾圏にも入る︒なお晴

着は本土への指向はなく︑本分類中に入れたが︑その分布をみると︑上

(13)

0

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︒/多︑  z\ 〆

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五島には変化はなく︑下五島において︑福江の勢力圏は上に定めた第二

次圏と差をみせている︒即ち荒川・樺島を包含すると共に︑岐宿自身も

福江圏に入ってしまう︒従って晴着は本土との関係から皿群に属せしめ

たが︑信徳に近い品物ということがいえる︒これは第二次圏の設定の指 標として使用しなかった曲線でもある︒ 次に二面.の五品目・一項目によって第三次圏を決定する︒但し病院は上五島のみの資料だけのため参考資料に止める︒それによれば第七図の如くである︒中心地は宇久平︑神の浦・笛吹・平島・榎津・有川・青

長崎県五島列島における生活関係圏について

(14)

長崎県五島列島における生活関係璽について

方・岩瀬浦・奈良尾・若松・奈留浦・岐宿・三井楽浜の畔・玉の浦・富

江そして福江の一六である︒ほとんどが現市町役場の所在地である中

で︑岩瀬浦・宇久神の浦のみが異なる︒神の浦は同じ五島藩でも富江支

藩︵旧平村は福江支藩︶下にあり︑最近の町村合併によって村役場所在

地の名を返上した所で︑独自の法域を構成しているのもうなずける︒一

方岩瀬浦は徳川時代に代官所がおかれた所であるが︑以後は奈良尾町域

の一三として役場の三所がおかれているにすぎない︒しかし揚繰網一四

灘︵昭三〇︶を有し︑漁業根拠地として栄えてきたことが︑かxるサー

ビス機能を発達させたものと思はれる︒

 福江の勢力圏は極めて大きいが︑福江島全域を被うことは出来ない︒

過去において︑福江に匹敵或いは凌駕した富江は別としても他の三町域を包含できぬことはやはり︑交通の不便に起因するとしか考えられな

い︒叉崎戸町江島は第三次圏において︑崎戸の圏内に含まれてしまい︑

五島の性格は薄いといはなければならない︒立串・小串・浜の浦などの

第二次圏の中心地も夫々の現町役場所在地の榎津・払方に包含される︒

一方旧日島村の領域は現在若松町に属するが︑第三次圏においては福江

町圏域に入る︒実質的な意味の町村合併がなされていない例かと考えら

れる︒叉同様に崎戸町平島についてもいえる︒即ち︑平島は調査項目

中︑本の購入だけが有川に依存し︑他は三島か佐世保で欲求が充足され

ている︒ この様に第一︑二︑三次圏の分布を決定したが︑以上を通じての特色

は次の様に云えよう︒

 一︑福江市の勢力圏は列島の軸の方向を長径とした楕円状に第二︑第

三次圏と漸次拡大している︒そして福江島内のバス交通の未発達と渡海

船に依存すること等の不利を負い乍らも︑かなり広範囲に拡がり︑とく

に第三次圏において岐宿町・玉の浦町のほとんどを吸収してしまう︒

 二︑富江・三井楽町浜の畔の勢力圏が第二・三次圏においては全く差 がなく︑両者が独自の生活圏をもつことを示すものと思はれる︒しかし富江は旧藩時代五島藩の分藩であったし︑大正時代には鰹・サンゴ漁とその加工業が般賑を極め︑大正九年目国勢調査の町人口は一五︑○○○を越え︑県下で長崎・佐世保に次ぐ町村最大の人口を有して大きな町勢を示し︑城下町と南松浦郡中心地としての福江と競合し︑競争意識も強く︑両町間のバス交通は五島列島中もつとも良好であり乍ら︑両者が独自の生活圏をなお形成しているものと思はれる︒一方浜の畔は三井楽町域内においてバス交通もかなり良好であるが︑岐宿・三井楽町間の道路が不良で︑福江より二時間近くを要すること︑叉一方ぶり定置網の漁業が盛んであり︑さらに戦後は米軍のレーダー基地が設けられたこと等と相まって︑浜の畔のサービス機能が活澄化したことによって︑独自の生活圏を形成しているものと考えられる︒そしてかxる両町の紅毛構成によって︑福江の勢力圏が円状ではなく︑楕円状にゆがめられるという結果を生んでいる︒ 三︑福江島・中通島に挾まれた若松・奈留・樺島・久賀の四島についてみると︑後二者は福江市域でもあり︑第三次圏で完全に包含されるが︑奈留・若松は一部のみが福江圏に入っている︒そして奈留浦・若松を中心に独自のかなり強い勢力圏を形成している︒この様な点にも海上交通の制約が現はれている︒ 四︑中通島は各町ごとにまとまっているが︑これは町の結合の強いことを示すと同時に︑地形因子も見逃せない︒その中で新魚目町北部において第二次圏から笛吹の圏内に入ることは顧著な源泉である︒叉中通島の若松町域は中心地若松と瀬戸を挾んだ対岸であるが︑この間は比較的渡海船の交通が頻繁であるため︑一部奈良尾に吸収されるが︑ほとんど若松圏内に止まっている︒中通島の中部︑有川・新魚目・上五島三町の境界附近とくに榎津周辺で圏域の輻奏が目立つ︒これは有川・榎津・奈摩・青方を結ぶバス循環路線が整備されていることと︑東支那海の漁業  ⑩基地撃方の勢力の伸長とによって︑説明できよう︒

(15)

 五︑小値賀島笛吹の勢力が町域の島々はもちろん︑隣接町まで進出し

ていることは前述した︒これは新魚目町北部の人達を奨め︑他の島の人

達が自家用の漁船で︑笛吹まで行って用をたしているからであるが︑反

面笛吹は商業機能をはじめ医療機関などのサービスにおいても︑かなり

完備していることを示すものである︒

 六︑本列島には既述もしたが︑カトリック部落の多い事が一つの特色      ⑰である︒これに関して菱谷氏は彼等の﹁信仰の自由﹂を一般入との融

合︑封鎖性を打破して社会性とマッチさせない限り︑カトリック部落の

社会的解放も進展も期待できないと思っているので︑︵A︶一般人と混在

する場合と︵B︶部落が一般部落と近接する場合︵例えば玉の浦町の大

宝と零幸部落など︶について検討したいと述べて居られる︒この点につ

いて筆者も興味をもち︑菱谷氏の指摘された一般部落の大宝とカトリッ

ク部落の立谷との関係を本調査では如何なる状況にあるか︑少しく詳細

に検討してみた︒その結果︑第二・三次圏では大宝が福江へ︑四谷が玉

の浦に指向し︑大宝と立谷の間に明瞭な境界線が引ける︒そして第一次

圏においても立谷は酒を除いて自部落か或いは所要時間二五分の舟に依

存しなければならない玉の浦かで欲求を充たしている︒しかし酒のみが

大きな差はないが︑わずかに玉の浦よりも大宝に指向する割合が高くなっている︒酒の場合はこの様な土地ではとくに常備している家は少な

く︑必要に応じて買い求める場合が多いのではないかと思はれるし︑玉

の浦で買っても︑大宝で買っても品質・種類にはほとんど変りないもの

であり︑かxる場合には歩けば何時でも求めることのできる大宝に行く

ことが多くなるのも無理からぬことであらう︒そしてこのような酒の場

合でも大宝に匹敵するほど多く玉の浦にも指向しているのであり︑他に

ついては勿論玉の浦への指向が極めて高い状況にあって︑交通上の問題

はあるとしても︑隣接し︑かつ同じ校区内にある大宝・立読両部落がそ

の指向地において︑福江と玉の浦という相反する方向に向うことは奇異

長崎県五島列島における生活関係圏について の感を免れない︒これはやはり菱谷氏のいわれる様なカトリック部落の封鎖性の現われと解釈できるのではあるまいか︒か\る例として︑三井楽町の淵の元部落の場合をあげることができるだろう︒わずかに距離的に近いという関係もあるが︑淵の元の人々は︑同じカトリック部落であり︑教会のある岳部落に指向して︑一般部落の柏には指向しないということが本調査において明らかである︒その他菱谷氏も指摘された奈良尾町の浜町・福見カトリック部落と旧藩時代に代官所があった岩瀬浦との関係などにもそれらしい点がうかがえるが︑この点は極めてデリケートな面をもつもので︑筆者の調査の如き表面的なものだけでは︑なかなかその把握は困難であるといわざるをえない︒当然インテンシブな聞き取り調査が必要であらうが︑本調査における一応の結果だけを報告した︒

評点法による中心地の勢力分布

 三群に分類した品︵項︶目を指標として決定した第一〜三次圏の分析

によって︑各中心地の勢力圏の分布形態は把握できた︒しかし調査表に

とりあげた全品︵項︶目を通じての勢力圏の分析を行なって︑各中心地

の勢力圏の変化を考察することも必要と考える︒そこで筆者は二回に分

けた調査内容が一致していれば問題はないが︑食い違いがあるために︑

こxでは便宜的に共通するものだけを採り上げて分析を試みた︒又これら共通の項目は島民の生活の全部を示すものではないことは勿論である

し︑又代表するすべてでもない︒従σてこNに明らかにする内容は今後

の研究を進めるに当っての一資料を提出するといった意義しかもたない

かもしれぬが︑筆者は先の一〜三次圏の分析とこxで実施した分析とど

の位の差が現はれてくるかも検討してみる必要を感じたので︑その結果

を報告したいと思う︒

 採り上げた指標は前記の如く︑共通するもの二一品︵項︶目である︒

それらについて︑地区ごとに指向地を階級分けした表を使って各階級に

(16)

長崎県五島列島における生活関係圏について

評点を与えて︑地区ごとの指向地別の合計点を算出した︒その評点はA

に一〇点瓦に八︑恥に五︑恥とqに三︑践.馬・らに一点を尊えた︒こ

の評点は指向地の階級分けの際の指標とした%にほご準じて設定したの

である︒そしてこれらの各地区が夫々の自地区で欲求が充たされている

点数がどの位あるかを検討してみた︒

 まず自地区内での充足の点数を分布図に描くと共に︑頻度曲線をとっ

てみた︒その結果大きく三群に分けられると共に︑さらに二階区分でき

た︒即ち︑①三?=ハニ

②エハ?五二

③五?・︷

一一

黶Z〜一八六

一八五〜一六一

一六〇〜一〇一一〇〇〜 五一

 五〇〜 一六 一五〜  ○ ⁝⁝⁝︵U9⁝⁝⁝eげ⁝⁝⁝⑲p⁝⁝⁝⑲ σ⁝⁝⁝㊥p⁝⁝⁝㊥σ

 この内③に属するものが最大で八割近くを占め︑その内でもエハ〜二

〇の例が全体の一六%をしめ最大値となる︒又②に属するものが割含に

少なく全体の一五%である︒

 本区分に従って︑分布図を描いてみると︑㊥げは一部の例外を除いて

は中心地としての機能を全くもっていないといえる様なものばかりで

あり︑叉前節の第一次圏中心地は福江町に近い大津と有川町に近い浜を

除いて︑全部一六以上の値を示す︒かくて㊥びの集落は㊥9以上の集

落に従属するものとして︑除外してよいと考える︒なお中心地の機能を

かなり有していると思われるもので︑一五以下の値を示した例外と云えるものは殆んど大津のような高次中心地に近接したもので︑サービス機

能をかなりもち乍ら︑その集落の平均的な状況としては︑福江町の如き中心地に吸収された結果︑評点に現われてこなかったものと思はれる︒

叉前記第一次圏中心地の決定方法がほとんど酒を中心に決定した為に不

都合の点が出てきたと思はれるので︑サービス機能全体からみたなら ば︑第一次圏の中心地は㊥動以上の中にすべて含まれているといえよう︒ 次に⑲9・⑲σの分布をみると︑二九地区ある内︑一二地区が第二次圏の中心地と一致しない︒これらの一二地区はすべて㊥σのクラスで︑その約半分が第二次圏中心地に入っていないαしかしこれらの内五地区は福江の圏内であり︑②は有川の圏内︑残りは夫々富江・浜の畔圏のもので︑江の浜は友住圏でもあるが有川圏にも入り︑佐尾・神部・津和崎も同様の関係にある︒即ちすべて高次の中心地の圏内にあるものである︒従って高次の中心地︑例えば福江町などの勢力の強大さに注目すべきである︒ 次に㊥9・⑭8の分布をみると第三次圏の中心地に適応しているが︑たゴ岩瀬浦が評点の割に勢力圏の狭小なこと︑榎津が評点の割に四域の広いことが認められる︒孤立性と共存性の現われと考えることができるのではないか︒ 次に高次の中心地について︑その勢力の拡大の様相を把握したいと考え︑評点法によって各中心地の各地区の各中心地への指向する点を分布図に表はしてみた︒その結果︑福江町をはじめ︑各中心地とも完全な同心円ではないが圏状構造をみせると共に︑か鴨る構造から次の特色を知りえた︒ 評点法において︑満点は二一〇点であるが︑それに達したのは福江町のみである︒これに次ぐのは二〇六点の富江町である︒以下完全に比例はしないが︑低次の中心地になる程に自地区での欲求の充足は少なくなって︑各中心地のえた点は漸減する︒減少した点は富江の場合でいえば︑さらに高次の中心地の福江にとられた訳である︒有川町についていえば一九七点をもつが︑減点二二は佐世保などにとられたものである︒従って各中心地を中心に︑そこへの各地区の指向点の分布によって︑一〇〇・五〇の様に等値線を引きえて︑その結果によって集中地域・外延     ⑲地域・縁辺地域の決定も可能である︒然し乍ら前述の如く中﹄胞の点豪

(17)

低次になるに従い低くなるので︑中心地の点を基準にして︑その%をし

めた線を集中地域とするという様に決定するのが正しい見方であらう︒

そこで筆者は各中心地の指向点の分布を検討した結果︑次の如き基準が

もっとも妥当と考えた︒即ち  中心地の点の九〇%以上を示す範囲を集中地域 〃   〃 五〇% 〃   〃  外延地域 11   −−  五% −−   −−  縁辺地域恥

としたのである︒その結果聞きとりによって得た実情と合致するし︑

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琳馳高縁

長崎県五島列島における生活関係圏について

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長崎県五島列島における生活関係圏について

れによって得た集中地域は第一次圏に︑外延地域は第二次圏に︑縁辺地

域は第三次圏に相当するようである︒かくてその地域区分の結果は第八

図の通りである︒そして小さな勢力圏しか示さぬ中心地については等値 線挿入に疑問の点があるが︑広範囲に及ぶ中心地については夫々同心円構造がよく現はれている︒そして福江町の如きはバス及び船の交通状況

に即応した結果がえられていると共に︑比較的近距離にある富江町域へ

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