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経 済 学 に お け る 數 学 ( 三 )

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(1)

経 済 学 に お け る 數 学

︵ 三

酒井彦四郎

経済体系の準械械的の性質は全体として最近の二十五年を通じて現われたように1数理経済学者たちがいよいよその

動的性質の調査に従事した時に著しく明らかになって来ている︒

前述の一般均衛方程式の静的な︑本質的に特定の時陶を示さない体系は限られた経験上の正当さの理想化されたも0

である′︒例えば︑実際の生産の状態をもつとぴったり表わすための技術の変形函数は少なくとも時における異なった点

と関係があるような変数の中のあるものの伍を合まねはならぬ︑すなわち︑今年の収従は昨年の種まき如何による︒例えば︑経済的成長の過程を考慮に入れよ︒それは資本の蓄税の意味を含む範囲ではその政明は;の完成した生産

物の生璧同1時の単位につき︑;の統率として言い表わされたIが必要な投入高の統率にのみ依存するようには記述

できないという根本的な観蜜に連れもどる事になる︒それは又ある特殊な在荷︑すなわち︑地物の在荷︑機械の在荷︑

原料の及び中間の半完成した生産物の物品明細書のあることを必要とする︒しかし在荷は多くは時に冒して積分された

流率︵叉は流率の差︶と述べることができる︒汽本の蓄損の動的過程の猿も楠単な形態は普通の嘉⁝で叙述も説明もできる︒異つた種類の動的関連を採用すれば︑

使

"

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経佑学における数学 七九

(2)

O

洋の経済が経験して知った生産高︑居刷︑取引き及び価格の上り下りがかなり規則的に続いて起ることの瑚論は好適例

である︒最・初の大なる十九世紀の不況が︼∞巴年に英国に打撃を与えた時から︑経済学者たちはその現象の組織的な説

明を捜し求めた︒しかしながら数理経済学者たちが定主又は微八刀方開式の併に屡ミあらわれる絞素数棋のいくつかの組

に対応する自己生起周期的変動の観念をその議論に入れられる問題に関心をもつようになったのはお

ω c

年より前では

︑ ︑ ︑ 晶

︑ ︐ ・ ・

3 2

M

刀ぐ糸れ

'

1

その時分から}一三年前に至るまで︑遊戯の珂一論と線型計画の問題がはやり出した時に︑動的一般均衡哩論が数学的に

傾いた経済学者の有望な猟場となったとて怪しむには込らない︒続八刀と微分︑定者と入りまじった定者と微分方程式︑

線型と非線型振動系の位相図表

l

これらのすべてや多くのこれと兵なる応用解析の道具が経済勤学の最近の議論に自己

の地位を探し出した︒巧丘

g

明氏の独創的な一般均衡体系の極めて簡素な輪廓が椋準になる︑保にされた﹁模型︑吋﹂に

なぞらえたので︑自分は最近の動的模型のあるものを白壁の衣裳から隠れたかんぬきまでのあらゆるものを装備してい

る転用し得るかたい独楽の超特別版と比較せざるを得ない︒

七︑演算上意味のある結論の乏しさ

人はだれでも︑不幸にも︑経済四論のより単純な型もその最も近代的な動的所説もどちらも︑侃見と一一一口われないまで

も︑実に観察された経済体系の特殊な状態の詳細な説明に向いている道路に沿うでさほど遠方へは我々を連れて来なか

った事を認めねばならぬ︒

近代の実託科学では︑それほど苦心して作り上げた瑚論上の建物がそんなに範囲の限られたかっ薄っぺらな事実上の

基礎の上に組立てられたことは滅多にない︒伝統的に

l

かっその伝統は等しく数四及び非数理経済学者に今でも多い

l

EHM50 ・

u m

論は合まれている数を夫わした媒介変数の中のどれかの経験的決定では完噴きれなかった︒右に

示された大ざっぱな梗概からでさえわかるように︑このような理論が基ずいているあらゆる経験上の仮定は相当に定性

的でありかっ︑しかも︑それらは全く不明瞭でかつ一般的である︒それ故に純粋な経済理論が到達する演算的命題は少

R : J g n e r  F r i s c h ,  Prot α g a t i o n  problems and im  p z L l s e   problems i n  d グ n αmic economics

, 

i n  

Ec

onomic Essays i n   honor o f  Gustav C a s s e l

, 

LoudoD

, 

1 9 3 3 .  

〆/ 

1 . 2) 

(3)

h﹄ ︑ ︒

ち し

近代経済理論の体系的戒文化とその論理的構造の純粋化に他の誰よりも貢献した

F E r g s ‑

ロ 氏 8

uは最大限度に

達しさせている行動についてのある意味あるふくみを引出すのに経済学者たちが用いた方法と︼・話口ZEGFZ

有名な論文﹁異極の物質の均衡について﹂

E C

S ミた守詮喜久

ぬ き h a

h a

S h

N h

=

の洗煉された一般的方式との間の類似を力を入れて公にしている︒以下の簡単なけれど典型的な消究者の行動の理論か

ら出た論法を示そうと思うが︑それは私が記憶しているものである︒

負でない行マトリックス︑旬︑の一冗素がドル所得︑司︑を有する世帯が列マトリックス︑可︑の元素で表わされる価

格で時入できる商品の宝を表わすものとしよう︒予算に束縛されて︑

( C N P H F  

ただし下に書いたもの︑民︑はある特殊な価格所得の位置を同一と認めるのに用いられ︑世帯は効用句(し内)を極限ま

で増加するであろう所の特別な堂︑旬︑を買うことを選ぶであろう

o q

(

同﹀に関して︑我々はただ(とそれはし内の非

減少函数であること及び

( 3

l 1

効用は順序を示す意味でのみ比較する事ができる以上

でもによる変形を許すこと︑を知っているだけである︒

しアとし内回はごつの相異なる価格

1

所得の位置︑ピコ及び

M M

5 3

に対応する最適の消費様式を表わすものと仮定

せよ︒もしも

(

)

M H

H 3

W

(

)

Nu

y

そうでなければ価絡

l

所得の位置︑ピコに入れられた時は︑消費者はし

F

よりもむしろし内闘を購入した方がよいのだ

煩似の理由で︑

(

)

N H

)

(

ω M

M M

M H

3

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自然

P a u l   Samuelson

, 

Foundations 01 economic an α 1

s i s

Cambridge

, 

1 9 4 7 .  

1 . 8) 

(4)

経 営 と 怪 諮

1 ¥  

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l

L

回 V

M M

H W

C

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I M

F

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J ﹀ 一

C

の意味を合む

ということになる︒

陳述

ω

ω

はある場合に︑しかし不幸にもどの場合でもでなく消費者の観察された価格

l

購入の型の変化から彼の幸

福の水準の対応する変化の方面までを推測する事を可能にする︒陳述

ω

は何人の需要函数の形状にある制限を課する︒

類似の論法は利潤を極限まで増加している商社の行動方程式の形状に同様の経験上の制限を課することを可能にす

個人の需要と供給の函数が全体として経済の分析に参加する限りでは︑これらの制限はなお一般均衡体系に持ち越 る ︒

す︒特に︑これは経済の生産的尺規の操作を特色づける投入高

l

生産高の関係に当てはまる︒前述のように︑経済が競

争の値段をつけることという骨組の範囲内に作用する時はいつでも︑これらの関係は同じ技術的限界を基礎として経営

している企業を最大限度に達しさせているたった一つの犬儲けをする所で普及したであろう所のものと同じである︒れ

E M M 5 0 3

一般均衡理論が世帯消究を扱う時よりもそれが生産については一一層意味ある経験上の結果を与

えるらしい理由である︒それは又何故経済体系の査に関する方面の研究に人は時々正当にその特別な組織上の構成の細

目︑又はもし聞かれたら私は偶然の事と思う︑を無視しかっ一次資源の供給と﹁技術の状態﹂

E ∞ g

g o h

同宮白

Z

即ち︑技術的に与えられた変換函数のような基本的な資料のみによって完全な分析を行うかの却山を弁明する︒約一一目す

れば︑同一の一般的な純理的な提案は高度に進歩したアメリカの例人の企栄経済︑中心的に計画されたソビエト制度及

び︑例えば︑孤立した原始的な程族の経済に当てはまる︒

あるだけのその事を用いて︑というよりはその事のために︑一般均衡理論の合法に収穫された経験上の生産額は極δ

て・少ない︒それによって決定されるようなすべての価格と数量が正でなければならぬという要件を持ち出して一般均衡

方程式について是認されるべき形状になお一層の制限を認すととの一つの興味ある試みが

k r Z

与 m

g

巧己弘氏によって

為された

o u

もっと綿密に調べてみるとこの議論の操作上のふくみは結局岡山った程でないことが明らかになる︑即ち︑

このような結果に対する十分条件の選択的な例制でも正確に示すことができるが︑それらほ明らかに経済的な見地から

Abraham ¥Vald

, 

On Some  s : y s t e m s   of equαt i o n s   01 mαt h e m a t i c a l   economics

, 

Econometrica 第四巻(1 95 1 ) 368 頁 ‑403 頁.

14) 

(5)

は治んどん加な味なものとなろう︒どんな特別な観山内心される価格産山内全の位置にでも適合するこのような正の鮮のための

必要条件は︑また他方において︑たとえあらわに述べられるとしても︑それらはやはり経験的な興味がない程特殊なも

なおその上︑全体の質問はそれが役に立つと忠われる問題の観点から向け誤られている︒一経済学者が時々答えねば

ならぬ興味のある経験上の質問の一つは(実際上の)作用している与えられた条件の一つの結合を用いて一つの経済体

系が正の産出量を生ずることができるであろうかどうか︑即ち︑それがいやしくも存在する事が出来たかどうかであ

る︒質問を持ち出す点においては︑人は負の答の可能性をしんしゃくしなければならぬ事は明らかである︒

動態分析に関しては︑基本的なH一史的関係の経験的事実に基づいていれられる形の付加的な制限の同様のせん索が安定

な併にさせる収数体系のみを考究すべしという示唆を産み出した︒その提案が真面目に考えられるなら︑我々は近代の

西洋経済学の急速なかっ見たところでは無限の発達を説明するのにどう着手するであろうか?

ー ︑ ︑ 日 刊 廿

F ノ 日 作 什

f t

かかる準

i

経験的な概括に関する妥当性に疑問をもっ聞は︑それらを引起こすそれらの入へ私は循環的な推理の誤り

を非難しないことをどうぞ心に尚めてほしい︒ロにつかないが︑間接に推論される一つの理論体系の構造上の特性が第

一にこれらの特性が引き出されるその直接に観察された特性の中のもののみを﹁説明する﹂

z z z t

ロコのに用いられる

なら︑議論は実際発見的にむだなものとしてはねつけることが出来るのだが︒しかしながら︑間接に推理される理論体

系の構造上の特性が︑明らかには又也接には円以初の推理が根拠としていた第一番目の組の経験的な陳述と関連のない︑

新らしい事実上の命題を引き出すに役立つときは︑その理論の説明力は明らかに増された︒

もしも間接な統計的推埋が我々の体系では数を夫わす媒介変数を千に入れるのに利用することができるならば︑近代

数理統計学の方法は明らかにこのような仕事に対して道具を供給するだろう︒

H

H

UFO

同氏のお

NU

F

V

演の中に︑彼氏は︑その時︑新たに提出された数学の経済学えの応用として﹁統計的時系列︑相関を平滑にする事及び

15)  Henry L .   Moore. Forec α s t i n g  t h e   y i e l d α nd p r i c e  01 c o t t o n ,  New  York ,  1 9 1 7 .  

16)  Henry Schu

¥t

z

, 

The theoryαnd meαsurement 01 dem α nd

, 

Chicago

, 

1 9 3 8 .  

(6)

2 3

Z

門 戸 丘

一 g ‑

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0

1 0

9 0

0 H

H o

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︒ ロ ω

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岳 山

Z 2 3

に言及している︒個々の商品に対する

g

z m E g

‑ L O B S

島 2 2

0 . w

を引き出す独創的な組織立った試みが早くも

‑ 2 2

H O

によって為された

0

日間もなくその後に同程の研究のすべての連続が来た︒

経済体系の構造上の媒介変数の行動の統計的解析によりその変数の間接的決定のねらいをつけられている第一︑私は

それを計量経済学的な著作の﹁真正の﹂

J

ロ 問 ︒ ︒

F U Z 2

円二回と呼びたい︑は出

2

g q m n v

F M

2

‑ u o a

‑ s k

γ

z z

a g

団の諸氏の著作でその高い点に達した︒どちらかといえば一次の統計的資料の注意深い蒐集と企画がそ

れの特色であってそれが真直に行った

l

ある人々は実際の媒介変数の計算において﹁最小二乗﹂

r ‑ g

Z S H O w ‑

曲線当

践の技法の無差別な

l

適加というかも知れぬ︒それには数学から見て興味が殆んどなかったハ変動のはげしい時系列の

いくつかの部分で併戒された成分の経験的な決定のための吋吉

Z H m g

氏の定差方程式の使用だけで)し得られた経験

的結果はどちらかといえば意義の疑わしいもののように見えた︒価格

l

数量のまきちらされたものに一つの一次︑二

次︑又は三次放物線をあてはめてから︑入はそれが問題の商品に関して供給曲線が需要曲線か又は事によるとこつの曲

線のある重みをつけられた平均を表わしたかを知らなかった︒

こんな案外つまらない実在的な結果に対して責任のある統計的手続の生のま与の状態を用いさせることは極めて当然

のことであった︒最近の三十年代及び間十年代は方法論の問題に知的努力の先例のない集中をまのあたり見た︒目新し

い計量経済学的専門学部は数迎統計学の近頃の進歩の容易な適応に満足するどころか︑推計学的体系の理論及び間接な

統計的推理の方法論へ多くの独創的な貢献をした︒同一であることの証明の理論ハ一方において︑観察された推計学的

体系の統計的媒介変数と︑また他方において︑基本的理論模型の定数との聞の関係を分析している)様な意味ある前進

確率論と他の多くの数学的推論の方法はあらゆるこれらの研究において最も変化のある又豊富な応用を見出した︒し

かしながら︑私は今諸君にそれらを考究する事を促がそうとはしないだろう︑何となればそれらは経済学の分野よりも

むしろ一般統計学のそれに属しているから︒さらに︑これらの進んだ方法が観察された経済体系の特殊な丑.的特性の実

17)  Paul H. D o u g l a s ,  Real ω α ges i n   t h e   United S t a t e s ,  1890‑1926 ,  B o s t o n ,  1 9 3 0 .  

1 1 > )   J a n   _Tin?erg~n , _~t~ti~ti~al t e s t i n g  o[ b u s i n e s s  c y c l e s t h e o r i e s ,  n  B u s i n e s s  

c y c l e s  i n   t h e   United S t a t e s  01 America ,  1919~1939 , G e n e Y a ‑ , 1 9 3 9 .  

(7)

際の経験的決定に向かって為すことの出来た所の積極的な貢献はすっかり限られており︑その計四五経済掌的運動の真正

の面に属する研究に用いられている原始的方法によって為されたそれよりも殆んど大きくはない事がわかった︒

この案外つまらない結果の説明は︑多分︑近代の経済の基礎となっている相互関係と同じ位に複雑な一利の量的相互

関係の研究に対して間接の統計的推理は︑如何に方法論的に洗煉されているとはいえ︑ありのままに為さないであろう

という事宍に泣かれているようである品統計的信額皮は︑最も都合のよい立場でさえも刷いられる特性が

l

の関する限りでは

l

千に入れられる数を去わす媒介変数の経験的有款を否定するほどそんなに離れて信頼限界を与える

ならば測られる︒

それはちょうど我々が我々の内燃機関の運転の一般原理の知識と前板に置かれたこ三の面板によって伝えられるそれ

及び主によると密閉したおおいの下から来ている騒音でない他の特殊な情報はないを基礎として複雑な原動機の青写実

を再び造ることを頗まれるかのようである︒かっちょうどその事は経済学者が調査中の機関の構造上の特性がそのうち

続く運転の衝撃によって変化する事が知られるが︑十分にむずかしい事ではないかのように︒

差出されたような認せられた仕事は殆んどな

L

とげる事ができない︒もし我々がおおいの下を見る事が許されるなら

ばそれは確かに一一回容易となる︒勿論︑原動機を止め︑それをばらばらに解きかっその砕成要素の各にどんな欲求され

た試験や洲定でも交けさせるなら︑昨かにもっと便利になるのに︒その事が実験科学者がする事が出来て経済学者がで

きないところのものである︒しかしながら︑・ガレージにおけるように経済学においてもたとえそれが不便なかっきたな

い運転であることが極ミでも︑彼ができるおおいの下をよく見よ

o

明白に︑ヂ1ジの行動からの間接推理によって機関

の青写真を再び造ることができたなら︑このような知的栄践はよほど高い見積額を得るであろうに︒それにもかかわら

ず︑いくらかの経済学者はそでをまくり上げておおいの下を見た︒

経済学的沢一件のぶれについての直接観察と詳細な説明者は我々の訓紋そのものと同様に年数を経ている︒統計的な資

A  五

1 ( 1 )   Tja

1li

og Koopma 凶 . e d .   ,  S t a t i s t i cαl  inf  erence i n  dynamic economic models , 

by Cowles Commission r e s e a r c h  s t a f f   members and g u e s t s

, 

Wiley

, 

N e ' i ¥ "  York

, 

1 9 5 0 .  

(8)

料がますます役に立つようになるにつれて︑記述的な量的経済学がその重要な部門の一っと認められるようになった︒

しかしながら経験的事実に基づいてしたがる研究者の多くは︑理論家と密接な

i

長密なとはいえないまでも

i

連絡を陣

立することをねらうどころか︑経済体系の理論分析の中の必要な記述的補足物よりもどちらかといえばその体系の倒ら

くことの説明への単独の白給し得る近

3

りとしての直接観察を重んずるようになった︒

経験主義の専門学部には独得の一一仰の量的記述的技法までも発達した︒その主なというよりはたった一つの道具は平

均をとることと集団(要去の加古一値を与えられた合計と定義を下された一組の大きさの集合体)である︒理論家が発見する別

な一一一一口実でいえば次のような一部だろう︑測定の出来る経済現象の複雑な多様性を一連の方程式に変えてその多様性の中へ

順序を取入れる聞に︑本来の経験主義者は二三の大まかな集合体と平均によってぞれを述べることによって主的絵画を

簡単にする︒与えられた一年の中に世帯が消党するか又は生産能力を拡充するためにあらゆる種々の生産栄に投資され

るあらゆる多加の財と別役の総額の詳細な夫作戒は︑例えば︑その

H E

一年間の純国民所得と同一視される一つ切りの

図を以て答えさせる︒この図は右に挙げたあらゆる生産主の商品と用役のドルの値の総額を去わす︒同様に︑これに対

応する価格の多次元の初は二般価格水準﹂

w h z c g o

同 丘

p r o

円 2 0

‑ 3

と呼ばれるたった一つの数ーその例々の構成

要素の加古一一位を与えられた平均!を以て替えさせる︒

量的現象の記述が都合よく簡易化される

l

しかしながら必然的にぼんやりとかすんだとはいえ

l

時かかる集合体と平

均は経済学者にとって有効であり︑必要欠くべからざるものであるといっても差支えがないことが判った︒純粋な理論

家たちでさえ実感の登場を彼等の代夫的な一般均衡模型に与える教授上の一千段としてそれを

l

彼等がすべきであるよ

りもたいていもっとしばしば

l

川︑いる︒これらの模型のあるものは全体の経済体系の操作を五つ︑問つ︑又はちょうど

たった三つの集合体の変数によって叙述することを主張する︒理論上の分析と一般化の代用物として︑このような簡易

化された仕掛けは明らかに無価値である

o

大まかな集合体が直接には目につかない(そして集合体の少数しか直接には

自につかない﹀で︑一次の観祭に基づく資料を利用することで︑構戒している変数の側々の測定から収集されねばなら

ぬまで︑いかなる経済もまた集合体の使用によって目的を達する一帯ができな・い︒

20)  Warren v V e a v e r

, 

S c i e n c e  αnd c o m t l e x i t

Americ8n S c i e n t i s t  V o l .   36 ( 1 9 4 8 )  

536 頁 ‑544 頁 。

(9)

直接の事実上の研究と︑内容が詳細で︑範囲が広く︑かつ組織的に適当な理論上の考案の特別な要求をみたすように

設計された︑経済体系の構造上の特性の量的叙述は︑近代経済の操作上の特性の経験的に意味のある理解への唯一の将

来有望な近似を提供するように見える︒

このように最初の事実上の報導の収集者に言いつけられた仕事はこれまで︑経済学又はどんな他の社会科学において

も︑量的経験的研究から要求される如何なるものにもはるかに優っている︒理論家は彼の分析的な計画を有効に周いら

れねばならぬであろう力を利用しかっ観察に基づく資料の欠陥を軽減するように再び立案することによって彼に譲歩す

るようにほのめかすことこそ道理にかなっている︒

このような理論上の明確な系統的説述と観察にもとづく資格との聞の相互の折合いの一例として︑偶然私自ら長い間

興味をもっているいわゆる投入高

l

生産高分析について二三話しゃべらぜてほしいえm

経済学者が具体的な数字で表わした一一一口実で近代国民経済の特殊な操作上の特性を分析しかっ記述する試みに直面する

困難︑ちょう戦はそれが包含する生産栄町の又は︑もっと一般的に︑扇形の聞の関係の復雑のために起る︒たとえば︑

消費者の自動車の時入の縮少が縁で終局シリン︑ダの頭部の製造に加入するアルミニウムの生産に必要な電気エネルギー

の需要の低下になる︒

経済到一論は我々にこのような一連の関係の向から見ょうとして︑人は当経済のあらゆる似々の扇形の変扱(生産)函

数の実際の形を決定し︑それを適当な一般均衡方程式の体系の中へ差込み︑かつ結局は仮定した終局の需要の増加又は

減少が当生産高に及ぼしたであろう影響を計算しなければならぬことを教える︒

例えば︑アメリカ経済の組織の下に包括されているすべての変換函数の実際の形についての完全に詳細な記述は明ら

かに不可能であるから︑理論は一次変換函数

i

実際の函数に対する第一次近似を表わすと考えられるーによって再び簡

明に系統立てて述べられねばならなかった︒一般均衡問題の解はそれ故に一組の一次方程式の係数の行列の逆に変形さ

れた︑即ち︑もしも舎はその各自の生産高の単位当り産栄加によって吸収される産栄民の生産物の単位の数を示し

ている投入荷係数を表わすならば︑国民経済を侍戒するヨ仰の産業の総生産一向︑

N T H u

‑ ‑ : :

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と消究と新投資を

八 七

2L) 

¥V

a s s i l y  L

o n t i e f

,The S

t r u c t u r e   0 /   t h e   American econom

1919

,第2版,

New York

, 

195

1. 

22)  W a s s i l y

L e o n t i e fe t   a l

, 

S t u d i e s  i n  t h e  S t r u c t u r e   0 /   t h e  Americαn  econom

New York

, 

1 9 5 3 .  

(10)

八 八

包含するいわゆる最後の需要との聞の関係は次の行列方程式

( 同

lh

) (

lh

YH

M

を満足しなければならぬ︑ただしhはあらゆる投入高係数(その一般的な要素hさをもっ﹀の負ならざる正方行列で︑

s

仰の総生産高の列行列で︑可はこれに対応する最後の需要の行列である︒行列

h

は特殊の経済の構造上の特性の簡明な数字で表わした記述を表わす︑そしてそれは苦心したしかも体系的な経

/験的な一考察の結果を手短に述べている

o

CC ×

5 0

行列により描写された合衆国経済の高度に一団に集められた絵でさ

O

人の正規経済学者の一年の事実上の研究より以上要したし︑もっと詳しい

NCCXNCC

行列

i

七五人による二年の

仕事︒今までに編集されたアメリカ経済の最も詳しい投入高生産高行列は次数が

h a o x

念︒を有する︒

このような行列の反転は近ごろの大規模の計算器に対してさえも本当の挑戦状を申し込む︒連立一次方程式の係数が

出まかせに選ばれるなら︑一利の同数の連立一次方程式はすこぶる不安定となろうし︑その数値鮮は殆んど丸くする誤

差の泉積より以上を示すことはないであろう︒しかしながら︑一人の経済学者として︑私は経験的な投入高

l

生産高行

列の逆が非常に安定である事を発見しても潟ろかなかった︒合衆国の経済は実際に一種の大規模の計算詩のように動

き︑かつ絶えず問題が問題そのものを持ち出す所の問題の解を算定している︒算定結果の精度について因襲的な標準を

あてはめれば︑人はたれでもこの解はたしかにはなはだしく不安定である事が分らないと言わねばならぬ︒

このすぐ前の溺推をすると勤学的問題えの実行可能な経験的接近についての考慮にまったく無理をしないで出る︒再

び︑事実上の遂行の要件が大いに簡単にされた哩論の骨粗の使用を必要とする︒日下回収初の経験上の試験を党けている

勤学的投入高

l

生産高理論はいわゆる在荷の流れの関係の独創的な静学的機構への愉入に基づいている︒それから次の

定数係数をもっ一組の線型微分方程式が出てくる︒

( 同

lh

)

し 内

( H ﹀

l

切 し 内

( H V H

)

正方行列国の一般項

F

はそのそれぞれの生産高単位当り産業︑加で定められた産業民の生産物の在荷伺苫与を述べて

おり︑回同は一切の個々の産業の︑すべての在荷の時の変化率︑即ち︑生産高の割合︑即ち︑同の変化に依存状態に

(11)

あるあらゆる極演の﹁資本﹂

tS

EE

3

の集積を増加したり又は低下したりする割合︑を述べる︒

資本係数行列切の要素の大きさの決定は流れ係数

h m p

の誘導を志した研究よりもさらにもっと骨の折れる一加の経験

的研究を伴なった︒

アメリカ経済の

hH

co

x

cc

国(在荷)行列が目下利用できる︒アメリカ経済の合併整理した

NO

XN

ch

及 び 切

に基づいたこ O

仰の線型微分方程式の斉次系の数字で夫わした一般鮮は二三週前内

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︒ロ氏によって新 z

国管︿泊三宮

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宅計算機で仕上げられた︒

たとえ私が前述の一次系の形式性の研究を略述するひまをもち l 私はもっていない l そ し て 如 何 に 一 一 層 多 く 一 一 層 よ い

経験的資料は一一周洗煉された分析的考案の使川を詐すであろうかを示したとしても︑私は一般に認められることだが今

ごろはもう諸氏が感づかれたにちがいない知的退却という感覚を追い払うことは出来なかったろう︒大まかに定義され た体系の形式的な特性を叙述している一般定理の高さから︑我々は一歩一歩次に同様に骨の折れる計算が来る凝った事

実上の観察の領域に降りてしまった︑即ち︑

CFZ

氏から未加工の数字で表わした分析へ︒しかしこのような反動は多 分避け難かっただろう︒経済学︑特に︑数理経済学はその発展における非常な伺期に実際直接の︑詳細な事実上の考察

の猛訓紋によって可決される事もなく精密な経験科学の態度と挙動を自力で得た︒多分我々が取逃がした経験に追付く

ために下降することは我々のためによかろう︒そうして人がそれに若手したときは︑人は見たところでは無定形の事実

の集団がきちんとした整理中の数学的思索の命令に従うのを見ることから特別な満足を得るよりほかに仕方がない︒

( 白 河 )

経詰学における数学

ノ 九

参照

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