• 検索結果がありません。

北海道地方における古典芸能の稽古と指導

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "北海道地方における古典芸能の稽古と指導"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

はじめに   稿は、を、唄、る。は、楽、を指導してきた杵屋彌三恵(花柳多喜紫恵)氏へおこなった。

  る。も、る。得、導、は、る。京、る、や、か、承、ず、は、いる。

  で、層(取、れ、は、う。い、係、乏しいのが現状であると言える。   稿は、唄、に、氏、て、導、ら、らかにすることを目的とする。  お、を、て、る。稿め、調り、て、る。稿ち、調た。ず、として考えるための一助とした。  杵屋六麗子氏

(一)生い立ちと地域

  杵屋六麗子氏は、大正九(一九二〇)年に三人姉妹の次女として生まれた。炭、が、網元であった。

北海道地方における古典芸能の稽古と指導   ―長唄師匠の聞き取りを中心に―

半    戸       文

(2)

  は、んな後志地方に位置し、近隣郡(寿都、牧、数、く、は、り、ち、り、が「足るべきなり」と記している(二)

  が、ら、て、り、沿た。は、ら、る。経済力をうかがわせる一面である。

  は、る。は、内、田、め、の「し、た。れ、は、 た。と、開所した(三)漁業から商いへと生業は変わったが、父親は商売に積極的だったことから、家は経済的に裕福であったという。  は、で、ろ、た。派、ず、か、い。ら、う。ば、地(め、日本舞踊の師匠を長唄の師匠が兼ねていた可能性も推測される。  も、て、も、た。が、と、とになる(四)

(二)長唄の芸歴

  で、は、か、が、ち、た。も、か、い。し、ね、て、る。た、両親の理解があり、家庭も裕福であったことから、芸の道へ進む環境が整っていたためでもある。

杵屋六麗子氏の略歴 大正 9 年 2 月 20 日 生まれる

昭和 10 年 杵屋六一郎の内弟子へ入る

昭和 12 年 4 月 杵屋名取となる 昭和 14 ~ 15 年 弟子を取るようになる

昭和 20 年秋 結婚

昭和 22 年 8 月 (彌三恵氏生まれる)

平成 6 年 7 月 7 日 逝去

(3)

  て、に、い、た。は、る。は、う。は、れ、り、一、た。が、妓になるためではなく、芸妓へ長唄を指導する立場にあったと考えられる。

  後、四、り、て、た。が、は「ら、域の人から評価されたという。

  り、になり、順調に歩んできたが、戦争の影響で弟子に稽古をつけることが徐々る。に、六、頃、う。何度も手術を繰り返したが、回復せずに失明してしまう。

  婚、婿る。が、し、た。で、も、も、られる環境にあったという。

  は、う。で、た。や、く、二名いたという。

  は、名取弟子である。   頃、で、昼休みは家に帰ってご飯を食べていたの。その行き帰り道にお師匠さん(六て、ね。通るたびに、いいなあと思って、思い切って入門した」  が、て、る。た。が、で、が、る。  常、は、が、は、う。め、か、と、も評価されていたという。  た、し、年、に「の、ら、し、居、え、しいことではない。  は、て「り、)。が、る。が、と、は、

(4)

もとで学んだことが当人の中で重要な期間であると考えられる。

  は、唄、とだが、温習会では三味線を専門とした。演目のなかで、物語性のある「勧」、唄・だ「み、たという。

  き、は「た。て、が、く、た。従って、名取試験以外で宗家や他の師匠と交流を持つことは多くなかった。は、と、で、く、習会には常に一定数人が集まったという。

  杵屋彌三恵氏

(一)生い立ちと地域

  杵屋彌三恵氏は、昭和二十二年に六麗子氏の長女として生まれた。

  は、山、人の町で、「スキーの町」として知られる(一〇)。倶知安は、アイヌの言葉「クッシャニ」から派生しており、倶登山川の旧名である。明治二十五(一八九二)り、た。には小市街が形成され、林業、農業、製造業等によって発展した町である。

  母(り、い、で、た。が、い、 う。  た、た。時、ず、で、み、た。セコの師匠宅へ通うようになった。  が、る。た、で、る。は、え、め、られる。  楽、く、西り、た。は、で「」(勝、で「」(語「O del mio dolce ardor 」)が、う。ら、高校卒業後は声楽の学べる学校への進学も考えたことがあった。しかし、宿る。が、て、とをさせてあげるから、遠くへは行かないで欲しい」と言ったという。

杵屋彌三恵氏の略歴 昭和 22 年 8 月 24 日 倶知安に生まれる 昭和 46 年 3 月 花柳流名取となる

同年 結婚

平成 6 年 7 月 7 日 (六麗子氏逝去)稽古場を引き継ぐ 平成 28 年 2 月 杵屋名取となる

参照

関連したドキュメント

The only thing left to observe that (−) ∨ is a functor from the ordinary category of cartesian (respectively, cocartesian) fibrations to the ordinary category of cocartesian

Lomadze, On the number of representations of numbers by positive quadratic forms with six variables.. (Russian)

Therefore, with the weak form of the positive mass theorem, the strict inequality of Theorem 2 is satisfied by locally conformally flat manifolds and by manifolds of dimensions 3, 4

We show that a discrete fixed point theorem of Eilenberg is equivalent to the restriction of the contraction principle to the class of non-Archimedean bounded metric spaces.. We

Instead an elementary random occurrence will be denoted by the variable (though unpredictable) element x of the (now Cartesian) sample space, and a general random variable will

Using an “energy approach” introduced by Bronsard and Kohn [11] to study slow motion for Allen-Cahn equation and improved by Grant [25] in the study of Cahn-Morral systems, we

It turns out that the symbol which is defined in a probabilistic way coincides with the analytic (in the sense of pseudo-differential operators) symbol for the class of Feller

Then it follows immediately from a suitable version of “Hensel’s Lemma” [cf., e.g., the argument of [4], Lemma 2.1] that S may be obtained, as the notation suggests, as the m A