ゲルマン語派と印欧語族
著者 吉田 育馬
雑誌名 明治学院大学教養教育センター紀要 : カルチュー
ル = The MGU journal of liberal arts studies : Karuchuru
巻 5
号 1
ページ 163‑181
発行年 2011‑03
その他のタイトル Germanic Branch and Indo‑European Language Family
URL http://hdl.handle.net/10723/811
ゲ ル マ ン 語 派 と 印 欧 語 族
吉 田 育 馬
Ⅰ. 本稿の目的
本稿ではゲルマン語派の歴史をその最終的な淵えん源げんともいうべき印欧祖語から辿たどり, ゲルマン語派の特 徴ともいうべき第
だい
一
いち
次
じ
子
し
音
いん
推
すい
移
い
(独erste Lautverschiebung), すなわちグリム・ヴェルネルの法則
(英Grimm-Verner’s law) がいつ起こったのか, そしてゲルマン祖語はどのような姿をしていたのか
をケルト語からの借用語やローマ時代の古典作品に記されたゲルマン語の記録から推定し, タキトゥス ゲルマーニア に記された西ゲルマンの3区分が言語的にいかなる意味を持つのかを説いた上で, 所いわ 謂
ゆる
ドイツ語に起こった第
だい
二
に
次
じ
子
し
音
いん
推
すい
移
い
(独zweite Lautverschiebung) がいつ頃起こって, どのように 広がっていったのかを推定していくということを目的としている。
Ⅱ. ゲルマン語派の印欧語族における位置付け
英語やドイツ語やオランダ語, デンマーク語をはじめとするゲルマン語派の諸言語は印欧語族という 大言語家族に属するが, 印欧語全体の詳細分類とゲルマン語派の位置付けは以下の通りである。 印欧語 族, 正式にはインド・ヨーロッパ語族 (印イン度ド欧ヨー羅ロッ巴パ語族。 略して印欧語族) は次の10の語派と11の独 立言語に分かれた。
新印欧語大グループ 東部方言グループ
印度・イラン語派
印 度 語 派 ヴェーダ・サンスクリット語, 古典梵語, パーリ語, 現代インド諸語 (ヒンディー 語 [インド共和国], ウルドゥー語 [パキスタン], ベンガル語 [バングラデッシュ], シンハラ語 [スリランカ] 等)
イラン語派 東 アヴェスタ語, メディア語 (B.C.8世紀に今のイランに王国を建国。 B.C.550年 アカイメネース朝ペルシャのキュロスによって滅ぼされた。 古代ペルシャ語への 借用語やヘロドトス 歴史 に記録された単語に残る。 歴史 第1巻110節に 出て来る 「犬」 を意味するや第1巻98節に出て来る [古代ペル
シャ語碑文ではHagmatana。 現イラン領Hamadan] 等), スキタイ語 (現ウク ライナ〜南ロシア。 ヘロドトス 歴史 に記録された単語に残る。 第1巻106節 の「おんな病」 や第4巻59節に出て来る竈かまどの女神 等), パシュトー 語 (アフガニスタン) 等
西 古代ペルシャ語 (楔くさび形がた文も字じ), 現代ペルシャ語 (アラビア文字) 等 アルメニア語派 アルメニア語 (A.D.5世紀〜)
ギリシャ語派 ギリシャ語 (B.C.15〜B.C.12世紀 ミュケーナイ・線文字B, B.C.8世紀〜ギリ シャ文字), 古代マケドニア語 (現ギリシャ北部。 ギリシャ古典に記録された固 有名詞や普通名詞に残る。 アレキサンドロス大王 [歴山王] の母語)
独立グループ
アルバニア語派 アルバニア語, ダーキア語 (現ルーマニア) (?) 北部方言グループ
バルト・スラブ語派
バルト語派 東 リトアニア語, ラトビア語
西 古プロシア語 (現ドイツからポーランドにかけてのバルト海沿岸) スラブ語派 東 ロシア語, 白ロシア語, ウクライナ語
西 ポーランド語, チェコ語, スロバキア語, ソルブ語 (ドイツ領内)
南 古代教会スラブ語, ブルガリア語, マケドニア語, セルボ・クロアチア語, スロ ベニア語
ゲルマン語派 東 ゴート語, クリミア・ゴート語 (現クリミア半島), ヴァンダル語 (北アフリカ に王国を建国), ブルグンド語 (南東フランスに王国を建国。 地域名Burgundia
>Bourgogne
ブ ル ゴ ー ニ ュ
) 等
北 原ノルド語 (A.D.2〜7世紀のルーン文字碑文), アイスランド語, ノルウェー語, スウェーデン語, デンマーク語, フェロー語 (デンマーク領フェロー諸島) 西 英語, フリージア語 (蘭領Friesland (Du.)/Fryslan (Fries.) 州, ドイツ連邦
共和国西北Saterland地区, Schleswig-Holstein州西北海岸並びに北フリージ ア諸島とHelgoland島) (以上, アングロ・フリージア語群), フランク語 (紀 元後5世紀にフランク王国を建国。 故郷に残った低フランク語がオランダ語の祖 先), オランダ語, ドイツ語, ランゴバルド語 (紀元後6〜8世紀に北イタリアに 王国を建国。 Milanoを州都とするLombardia州に名が残る)
古印欧語大グループ 西部方言グループ イタリック語派
オスク・ウンブ
リア語群 オスク語 (現南イタリア), ウンブリア語 (現ローマ北東Umbria州), パエ リーグニー語, マルシー語, マッルーキーニー語, サビーニー語, ウェスティー
ニー語, ウォルスク語 (いずれも現ローマ周辺の東部及び南部) ラテン・ファリ
スク語群 ファリスク語 (ローマの北), ラテン語 (B.C.6世紀〜A.D.5世紀), ロマンス 諸語 (イタリア語, ルーマニア語, レト・ロマン語, フランス語, プロバンス 語, ガスコーニュ語, カタルーニャ語, スペイン語, ガリシア語, ポルトガル 語, ダルマチア語 [19世紀末死滅])
ケルト語派
大陸ケルト諸語 ガリア語, ブリタンニア語 (現ブリテン島。 ブリティッシュ語群に発展), ガ ラティア語 (現トルコ中央部), レポント語 (現アルプス湖水地方), ケルトイ ベリア語 (現スペイン中央高地), ルシタニア語 (現ポルトガル)
ブリティッシュ語群 ウェールズ語 (英領ウェールズ), コーンウォール語 (英領コーンウォール 18世紀末死滅), ブルトン語 (仏領Bretagne)
ゴイデリック語群 原アイルランド語 (A.D.4〜6世紀のオガム文字碑文), アイルランド語, スコッ トランド・ゲール語 (スコットランド西北海岸, へブリディーズHebrides諸 島), マン島語 (英領Man島 1974年 [昭和49年] 死滅)
独立グループ
トカラ語派 トカラ語A, トカラ語B (現中華人民共和国新
しん
疆
きょう
維吾爾
ウ イ グ ル
自治区で1895年 [光緒 21年] に (当時は清国ジュンガル部) 発見された中世語)
アナトリア語派 東 ヒッタイト語 (B.C.17〜B.C.12世紀 楔
くさび
形
がた
文
も
字
じ
記録された最古の印欧語 ト ルコ共和国中央部)
西 パラー語 (楔形文字), リューディア語 (アルファベット B.C.7〜B.C.4世紀 世界初の鋳ちゅう造ぞう貨か幣へい トルコ共和国西部), ルウィ語群 (ルウィ語 [楔形文字], 象
しょう
形
けい
文
も
字
じ
ルウィ語, リュキア語 [アルファベット。 B.C.5〜B.C.4世紀 トルコ 地中海岸]), カーリア語 (アルファベット歴史の父ヘロドトスはこのカーリア王 国の首都ハリカルナッソス
[現トルコ共和国Bodrum] で生まれ た トルコ・エーゲ海岸)
独立言語
プリュギア語 (現トルコ共和国中央部) トラーキア語 (現ブルガリア)
イリュリア語 (現アルバニア, 旧ユーゴスラビア) パイオニア語 (現ギリシャ北部)
ペラスギア語 (ギリシャの先住民)
ウェネト語 (現イタリアVeneto州 イタリック語派か?) ラエティア語 (現北東イタリア)
リグリア語 (現北西イタリアLiguria州)
メッサーピア語 (現南イタリア イリュリア語の方言か?)
シケル語 (現イタリア領シチリア島 イタリック語派か?) ピクト語 (現英領スコットランド ケルト語派か?)
以上が印欧語族の詳細分類であるが, ゲルマン語派は印欧祖語の新しい層からの枝分かれであり, そ れ故ゆえにラテン語やケルト語やヒッタイト語ほどには古い言語特徴は残していない。 ともかくも北バルカ ンともウクライナともコーカサスとも言われる印欧語民族の原郷を離れ, 今日のデンマークを中心にド イツ北部 (Elbe川とOder川の間) からスウェーデン南部に至るまでの地域に定住した。 そこで遺体を ドルメンに埋葬する習慣のあった原住民と出会い, 印欧祖語北部方言グループと原住民の両民族が融合 して出来たのがゲルマン民族であり, その言語がゲルマン祖語なのである。 その推定年代はB.C.2000 年からB.C.1200年の間である ( 講談社オランダ語辞典 [東京都文京区, 1994] 1027頁, Paolo Ramat1998:381383)。 但ただしこの頃にはまだゲルマン語を他の印欧語から区別たらしめる特徴はでき ていなかった。 それができたのは恐らくB.C.5世紀からB.C.4世紀にかけてであったろうと思われる (我が説)。
Ⅲ. 第一次子音推移, すなわちGrimm-Verner’s law
はいつ起こったのか?
近隣諸言語への借用語やローマ時代の記録に残るゲルマン祖語の姿
ゲルマン語をゲルマン語たらしめるのは印欧祖語時代の閉鎖音のゲルマン祖語への変化である第一次 子音推移 (独erste Lautverschiebung) と呼ばれるものである。 これは発見者二人の名前をとり, グリ ム・ヴェルネルの法則 (英Grimm-Verner’s law) と呼ばれる。
Ⅰ. 無声無気閉鎖音 (羅tenues) あるいは摩擦音 (羅frcatvus)
Ⅱ. 有声無気閉鎖音 (羅mediae) (Grimm’s law)
Grimm’s law Verner’s law
印 欧 祖 語 p t k kw s p t k kw s 初期ゲルマン祖語 f w s f w s ゲ ル マ ン 祖 語 f w s w z
英 語 f th// h-〜-gh(-) wh/hw/ s v d y w r
ド イ ツ 語 f d h-〜-ch(-)/x/ w/v/ s b(〜p) t g w r
※Grimm’s law直前母音にアクセントか語頭 Verner’s law直前母音無アクセント
印 欧 祖 語 b d g gw
ゲ ル マ ン 祖 語 p t k kw
英 語 p t k qu/kw/
Ⅲ. 有声有気閉鎖音 (羅mediaeaspratae) (Grimm’s law)
この音韻変化はケルト人と出会ってから起こったらしいのである。 次のような例が挙げられる。
ガ リ ア 語 Novio-dunum (>スイスNyon, 仏Nevers, Nievre) (原義 「新しい町, 新しんきょう京」) 英 語 town 「町」 <古英語tun
ド イ ツ 語 Zaun/tsan/「生け垣」<古高地ドイツ語zun (アレマン語Zuun)
ガ リ ア 語 Bitu-rges (>Bourges [Cher県県都]) (原義 「世界の王達」) 英 語 rich 「富んだ」
オランダ語 rijk 「王国」
ド イ ツ 語 Reich/ra/「王国」
ゲルマン人がケルト人と出会ったのはゲルマン人の南方進出が進んだB.C.5〜B.C.4世紀であり, ケ ルト語からの古い借用語が 悉ことごとく第一次子音推移を経ているという事実に鑑かんがみるに, この子音推移がこ の時代以降に起こったのはまず間違いない (服部正巳1962:156157, Paolo Ramat1998:387388)。
一方B.C.330年頃現在のスコットランド沖まで航行したマルセイユのギリシャ商人ピューテアース は /thu:l:/ (現英領Shetland諸島のMainland島か?) なるゲルマン祖語の島名を記録してお り, これがギリシャ語の「膨ふくらみ, 胼た胝こ」 に対応するところを見ると, 無声閉鎖音のtがそれに 対応する摩擦音のにまで成っておらず, その前段階のthに留まっている。 つまりこの子音推移はこの当 時現在進行形であった訳わけであり, ここにゲルマン語第一次子音推移, 所いわ謂ゆるグリムの法則 (発見者である Jacob Grimmの名をとる) がB.C.5〜B.C.4世紀に起こったと言えるのである (吉田育馬2003:99)。
また, ゲルマーニア世界に麻あさが伝わったのは西暦紀元前6世紀頃, ギリシャ世界からであるが, 「麻」
を表すギリシャ語の/kannabis (これはラテン語に借用されて, cannabisと写され, 学名に もなった) がグリムの法則を経ており, グリムの法則が紀元前5世紀頃起こったことを裏付けている。
ギ リ シ ャ 語 /kannabis
→ ゲルマン祖語Ⅰ annapiz (Grimm’s law)
> ゲルマン祖語Ⅱ anpiz (アクセント直後音節の母音aの脱落)
ド イ ツ 語 pf-, pf〜f z-/ts/, z/ts/〜s k-, k〜ch/x/ qu/kv/
印 欧 祖 語 bh dh gh gwh ゲ ル マ ン 祖 語 b-〜-- d-〜-- w-〜(-)w- 英 語 b-〜-v(-) d y-〜g-, -y(-) g-,(-)w-
ド イ ツ 語 b(〜p) t g g-,(-)w-/v/
> ゲルマン祖語Ⅲ ampiz(鼻音nが後続の両りょう唇しん閉鎖音pに調音点をあわせ, 両唇鼻び音おんmに)
> 西ゲルマン祖語 hampi (複音節語の語末で-z>zero)
> 先 古 英 語 hempi (第1音節の低てい母ぼ音いんaが後続音節の高こう母ぼ音いんiに引き寄せられて, 舌 の位置が上がり, 中母音eに。 i-Umlaut)
> 英 語 hemp
ともかくもこうやって成立したゲルマン祖語であるが, これがローマ時代の五賢帝時代の最後の方, 西暦紀元後150年頃一つの言語であったことは (方言差があるとはいえ) 明々白々である。 このゲル マン祖語を現実に証明するものとしてはカエサル (B.C.1世紀) やディオドーロス・シクルス (B.C.1 世紀中葉) やストラボーン (B.C.1世紀〜A.D.1世紀), ポンポーニウス・メラ (A.D.1世紀中葉), プリ ニウス (A.D.1世紀), タキトゥス (A.D.1〜2世紀), プトレマイオス (A.D.2世紀中葉) などに出て来 る数
あま
多
た
の固有名詞があるが (Sueb族 [独領Schwaben地方に名残る], Ariovistus, Scadinavia [>
Scandinavia], saltus Teutoburgiensis [トイトブルクの森], Visurgis川 [>Weser], Mannus神 [>英man, 独Mann], Nerthus神 [>古ノルドNjorr] 等), これ以外にも英語のringやドイツ語 のRing, 古アイスランド語のhringr等から推定されるゲルマン祖語形reaz(1) 「輪」 がフィンラン ド語にrengas,エストニア語にrongasとして借用されていたり, 英語のlambやドイツ語のLamm等 から推定されるゲルマン祖語形lambaz「子羊」 が同じくフィンランド語にlammasとして (Boutkan 1995:266)(2), 英語のkingやドイツ語のKonig等から推定されるゲルマン祖語形kunias 「王」 が フィンランド語にkuningas, リトアニア語にkunigas 「領主」 として借用されている等周辺諸言語に 借用語としても残っているが, ローマ時代に古典作家が記録した普通名詞としては以下のようなものが あった。
armi-lausa前分i-幹, 後分o-幹f. 「袖そで無しの衣装」 イシドールス 語源論 第19巻22章28節
前分〉 英 arm, 独Arm 「腕」
後分〉 ゲルマン祖語 lausaz (Grimm’s law)
<印 欧 祖 語 louHX-s-o-s
← leuHX-
>英独 looselos 「離れた, とれた, 解かれた」「離れた, 緩い」, >羅希ヴェーダ語 lulunoati「支払う, 贖「解く」<印欧祖語しょく罪ざいlu-n-する, 償う」eHX-t-i(1) 印欧祖語のkregh-o-sに 遡
さかのぼ
り, このo階梯形krogh-o-sがスラブ祖語のkroguを経て, ロシア語の/ krugとなった。
frameao-幹f. 「ゲルマーニア人が用いた細い短い鉄の刃の手槍」 タキトゥス ゲルマーニア 6章 [2回], 11, 13, 14, 18, 24章
←ゲルマン祖語 framjo f.
<印 欧 祖 語 prom-j-eH2
cf.羅 premo 「抑える, 圧迫する」 >印欧祖語prem-o-H2 (e階梯形) (泉井 1979:4951)
hosao-幹f. 「ズボン」 イシドールス 語源論 第19巻34章9節 独Hose 「ズボン」
glesum a-幹n. 「琥
こ
珀
はく
」 タキトゥス ゲルマーニア 45章 glaesum a-幹n.プリニウス 博物誌 第37巻42節
←ゲルマン祖語 lsamn. (Grimm’s law) (プリニウスの表記aeはこのの長音を表 している)
>英独 glassGlas 「硝子ガ ラ ス」(2) この語は嘗かつての印欧祖語時代のs-音幹の名残であり, フィンランド語における借用形はゲルマン語が印欧 祖語時代のアプラウト (独Ablaut) (母音交替) を保存していた極めて貴重な証拠である。
▼印欧語のs-音幹
ラ テ ン 語 opus<oposC.I.L.Ⅰ.2546 (Orvieto出土) 属格operis 「仕事, 作品」
印 欧 祖 語 H3ep-os 属格H3ep-es-es
ラ テ ン 語 genus 属格generis 「種族, 生まれ, 血統, 民族, 家門, 性, 種類」
ギリシャ語 属格「誕生, 血統, 系統, 種族, 民族, 血族, 種類, 性」
印 欧 祖 語 genH1-os 属格genH1-es-es
印欧祖語のs-音幹では単数主対格では接尾辞部がo階梯 (印欧祖語-os), それ以外の格, すなわち斜格で は接尾辞部がe階梯 (印欧祖語-es-) をとり, 常にe-階梯の語根部にアクセントが落ちたが, この大原則が 問題のゲルマン語の単語においては保存されていたようなのである。
この語はドイツ語ではLamm, 複数Lammerであるが, 古期高地ドイツ語ではlamb, 複数lembirであっ た。 単数形はフィンランド語の証拠に鑑みるに, 本文中にも記したように, ゲルマン祖語では間違いなく lambazであり, 印欧祖語のH1l-om-bh-osに 遡
さかのぼ
る。 従って, 複数主対格は印欧語のアプラウト理論に照らし 合わせてみて, 印欧祖語ではH1l-om-bh-es-eH2であったはずであり, これは以下のように変化していった。
印 欧 祖 語 H1l-om-bh-os(nom. -acc. sg) 〜H1el-m-bh-os>ギリシャ語 「鹿」
〜 H1l-om-bh-es-eH2(nom. -acc. pl)n.
> H1lombhesaH2
> lombhesa
>先ゲルマン祖語 lambesa(印欧o>ゲルマンa)
>ゲ ル マ ン 祖 語 lambezo(Verner’s law,a>o)
>先西ゲルマン祖語Ⅰ lambezu (ゲルマン祖語-o>西ゲルマン祖語-u)
>先西ゲルマン祖語Ⅱ lambizu(最終音節の高
こう
母
ぼ
音
いんuによる直前音節e>iのraising,すなわちu-Umlaut)
>西ゲルマン祖語 lambiru(rhotacism)
>先古期高地ドイツ語 lembiru (第二音節の高母音iによる直前母音のa>eのraising,すなわちi-Umlaut)
>古期高地ドイツ語 lembir (>ドイツ語Lammer)
<印 欧 祖 語 ghl-eH1-s-o-m(3)n.
alces i-幹 「大
おお
鹿
しか
」 カエサル ガリア戦記 第6巻27節, プリニウス 博物誌 第 8巻39節
←ゲルマン祖語 aliz (Grimm’s law) (>英 elk, 独Elch 「大鹿」)
<印 欧 祖 語 olk-i-s
>露 「大鹿」
brutis i-幹f. 「嫁」 CILⅢ.4746 (Noricum)
←ゲルマン祖語 brus (Verner’s law)
<印 欧 祖 語 bhruHx-t-s
reno n-幹 「トナカイの皮で出来た胴着」 カエサル ガリア戦記 第6巻21節
←ゲルマン祖語 rnon- (>英rein-deer 「トナカイ」)
<印 欧 祖 語 wrH1en
>希
(クレタ方言) [Gortyn法令碑文] 「子羊」
sapo n-幹 「石せっ鹸けん (髪を赤く染めるためのガリアの発明品)」 プリニウス 博物誌 第28巻191節
←ゲルマン祖語 saipon-(cog.羅sebum 「皮脂, 脂肪」)
(このゲルマン祖語からの借用語の末裔がポルトガル語のsabaoで, これからの日本語への借用語が
「シャボンsabon」, 因みにフランス語でもゲルマン祖語からの借用語の末裔形のsavon) bison, 属格bisontis nd-幹 m. 「野牛」 プリニウス 博物誌 第8巻38節
←ゲルマン祖語 wsun- (Grimm’s law)
(>独 Wisentm.「バイソン (野牛)」)
medus u-幹 「蜂はち蜜みつ酒しゅの一種」 イシドールス 語源論 第20巻3章13節
←ゲルマン祖語 meuz
<印 欧 祖 語 medh-u(-s)
>古 英 語 br分に嘗ydかつ>英てのbride,i-音幹保存蘭bruid, 独Braut 「花嫁」 (Brauti-gam 「花婿」 の前 >英蘭独 soapzeep,Seife 複数「石鹸」zepen (嘗かつてのn-音幹の名残), >古高地独逸語古 英 語 metumeodu>独>英Metmead《古》「蜂「蜂蜜酒」はち蜜みつ酒しゅ (ゲルマン人の)」(3) 1単語にeとoのふたつの母音があるときはギリシャ語の ()n. 「仕事」 (独Werkn.), n.
「大地」 (ヒッタイト語pedan/pedan/n.),, 対格m. 「牧人」 (リトアニア語《対格》m.
),()n. 「望み」, n. 「怪物」, n. 「あかし」 に見られるようにe母音にアクセントがあっ た。 ヒッタイト語との一致も参照。
>ガ リ ア Medu-genus リトアニア medus 「蜂蜜 (酒)」
希 「葡ぶ萄どう酒しゅ」
ヴ ェ ー ダ madhu 「蜂蜜酒」 (全印欧語でu-音幹)
urus u-幹m.「原牛, オーロックス〈学名〉Bos primigenius(16世紀にリトアニアで捕獲されたの を最後に絶滅)」 カエサル ガリア戦記 第6巻28節, ウェルギリウス 農耕詩 第2歌374行 (uri), 第3歌532行 (uris), プリニウス 博物誌 第8巻38 節, 第11巻126節, タキトゥス 年代記 第4 巻72節, イシドールス 語源論 第12巻1章34節
←ゲルマン祖語 urus, 属格 urausm.
burgus 「城砦都市」 イシドールス 語源論 第9巻2章99節
←ゲルマン祖語 bur-
<印 欧 祖 語 bhrgh-s, 属格bhrgh-es
>ガ リ ア 語 Admageto-briga (カエサル ガリア戦記 第1巻31節)
brunicusm. 「ガリアの仔馬 (原義 「茶色い奴」) イシドールス 語源論 第12巻1章55節
← ゲルマン祖語 brunaz
(>英 brown, 蘭bruin, 独braun 「茶色い」)
<印 欧 祖 語 bhr-uHx-no-s
>ギリシャ語 希 m., f. 「蟇
ひき
蛙
がえる
」 gantaf. 「鵞がちょう鳥」 プリニウス 博物誌 第10巻53節
←ゲルマン祖語 ans (Grimm’s law)
(>蘭 gans, 独Gans, 英goose <古英語gos, フリージアgoes)
<印 欧 祖 語 ghans, 複数属格ghans-om
>リトアニア 複数属格 (old consonant stem) 「鵞鳥」
希 << 複数属格 「鵞鳥」
《複数対格
(ボイオーティア方言)
羅 anser 「鵞鳥」
以上が主なものであるが, 現代ゲルマン語とも非常によく似ており,2000年前の記録とはいえ, 一目でそ れと分かるというのが見てとれると思う。 また,armi-lausam.(英loose,独los) 「袖そで無しの衣装」,glesum
〜glaesumn.(英glass,独Glas) 「琥
こ
珀
はく
」,alces(英elk,独Elch) 「大鹿」,bison,属格bisontism.(独 Wisentm.) 「野やぎゅう牛」, 蘭gans,独Gans,英goose,フリージアgoes「鵞がちょう鳥」 に見られるように直前母音にア
>古ノルド語独 urr,Auer-ochse属格urarm. 「西欧野牛」(<原ノルドuroz) m. >独 Burg「[山] 城, 騎士の居城」英 Canter-bury,borough「(勅許状により特権を有する, 地方の) 自治都市」
クセントがあるときはGrimm’s lawが働き, brutis brusでは直前母音にアクセントがなかったので, Verner’s lawが働き, 有声化している。 この語では曾
かつ
てのi-音幹が現代ドイツ語のBrauti-gamm.「花
はな
婿
むこ
」 の前分に保存されているのも興味深い所である。 「蜂蜜酒」 を意味するmedusではゲルマン語のみならず, 全印欧語で第2音節がu母音で対応するのも見事である。 尚
なお
,glesumn.「琥珀」 に関してはプリニウスは glaesumn.と記しており, ゲルマン祖語の長母音のeがゴート語, 原ノルド語, 古高地ドイツ語, 古英語等 の現実の言語資料から推定される(>Goth.e, pNorsea, OE, OHGa) であったことを示
し
唆
さ
している。
また, この時代のゲルマン祖語では曾かつての幹かん母ぼ音いん (英thematic vowel) の-o-が複合語前分でも保 存されており, 通常の変化では印欧祖語のoはゲルマン祖語ではaとなったので, -a-でも保存されて いるが, 唇しん音おんb, m, wの前では-o-のまま保存されていた。
▼ゲルマン祖語における複合語前分の幹かん母ぼ音いん
Ⅰ. 幹母音-a-
Nasuam《対格》 カエサル ガリア戦記 第1巻37節 Cat-ualda タキトゥス 年代記 第2巻62, 63節 Chario-valda タキトゥス 年代記 第2巻11節 [2×]
Ulma-nectes プリニウス 博物誌 第4巻106節 Idisia-viso タキトゥス 年代記 第2巻16節
Ⅱ. 幹母音-o-
Ario-vistus カエサル ガリア戦記 第1巻31節以下 ディオ・カッシウス ローマ史
Inguio-merus タキトゥス 年代記 第1巻60, 68節, 第2巻17, 21, 45, 46節 Lango-bard タキトゥス ゲルマーニア 第40章1節, 年代記 第2巻45, 46節 プトレマイオス 地理学叙説 第2巻11章9, 15節
Marco-man カエサル ガリア戦記 第1巻51節, タキトゥス ゲルマーニア 第42章 1
節 [2×], 2節, 第43章1節, 年代記 第2巻46, 62節
Ⅳ. タキトゥス ゲルマーニア における西ゲルマンの3
区分と
Ingvaeonic groupについて
ともかくもこのようにして成立したゲルマン祖語はA.D.150年頃まで (我が説) 方言差があるとはい え, 均一性を保っていたのであるが, それ以後3つに枝分かれする。 すなわち, 上の詳細分類表にも載 せたとおり, 東ゲルマン, 北ゲルマン, 西ゲルマンである。 しかるに, タキトゥスがその著 ゲルマー ニア の第2章でいみじくも言っているとおり, A.D.1世紀段階でこの区分は成立していた模様である。
東と北は初めから別枠として捉えられているが, 西ゲルマンも3つに分けられているのである。 ことの 次第は以下の通りである。
まず最初に始原神としてふたなり (両性具有) の神Tuisto (英語twist, 独逸語Zwist 「不和, 仲た がい, 反目」 と同源。 ゲルマン祖語twis-tas「ふたつに分かれた」 からの派生) 又はTuisco(>Tiw- isc-o泉井1979:3132北欧神話のTiu神の祖語形式からの派生か? だとすると英語のTues-dayの 前分と同源。 但
ただ
し, 記録された形を崩れのない形とし, ドイツ語zwischen「間に」 と同源で, ゲルマン祖 語twis-kas「2倍 (二重) の」 からの派生とする説も) なる神がいた(4)。 彼が人の始祖であるMannus (>英man, 独Mann) を息子としてもうけ, この人間の始祖から生まれた3人の息子の種族がそれぞ れIngaevones(プリニウス 博物誌 第4巻99節ではInguaeones/gwaenes/),Istaevones(プリ ニウス 博物誌 第4巻100節ではIstiaeones), Herminones (プリニウス 博物誌 第4巻100節, ポンポーニウス・メラ 世界地理 第3巻32節ではHermiones) である。 そのうちIngaevonesは今 日のオランダからドイツを経てデンマークにかけての北海沿岸部に居住し,Istaevonesはライン川 (古 代名Rhenus<ケルト祖語Reinos→ゲルマン祖語Reinaz>Rnaz>独Rhein,蘭Rijn) 右岸 (東岸) の中下流域に, Herminonesはそのさらに東, 内陸部の今日の中央ドイツに居住していた。 これが西ゲ ルマン語の区分と妙に重なるのである。
Ingaevones 今こん日にちアングロ・フリージア語群という名で呼ばれる英語とフリージア語の元となった方 言が話されていた地域とほぼ重なる。 アングロサクソン人と呼ばれた人々の先祖であっ たEudoses族 [>Iut所いわ謂ゆるジュート族で,Jutland半島の語源] とAngli族とReudign 族はユトランド半島に住んでいたし [タキトゥス ゲルマーニア 第40章], フリージ ア人の先祖であったFrsi族は蘭領Friesland州とIjssel湖の南に住んでいた [タキトゥ ス ゲルマーニア 第34章]。
Istaevones プリニウス上掲箇所に拠ればSicambr族 (カエサル ガリア戦記 第4巻のSugambr と同じものか?) がこれに属するが, 今日のオランダ語と低地ドイツ語の分布地域とほ ぼ一致する。
Herminones プリニウス上掲箇所に拠ればSueb族 (>Schwaben),Hermundur族 (>Thuringen), Chatt族 (>Hessen), Cherusc族がこれに属するらしいが, 今日の高地ドイツ語の 分布とほぼ一致する。
すなわちこのタキトゥスの3区分は出
で
鱈
たら
目
め
なものではなく, 恐らく言語的な相違によって行われてい たものであり,A.D.1世紀に言語的に違いが出来ていたと見て間違いなかろう。 このうち就中なかんづくIngaevones (プリニウスInguaeones) は 「母なる大地」 であるNerthus女神 (再建形Ner uz>古ノルドNjor r) を尊崇し, 泉井久之助先生によれば (岩波文庫 ゲルマーニア (1979年) 195197頁), 今日のスウェー
(4) いずれにせよゲルマン祖語tws 「2度, 2倍」 からのそれぞれ-tas (<印欧祖語-to-s>希-[動形容 詞語尾], 羅-tus<-tos,リトアニア-tas[完了分詞語尾], ヴェーダ-tas),-kas(<印欧祖語-ko-s>希, 羅-cus,リトアニア-kas,ヴェーダ-kas) による派生形ではあるが, このtwsという形自体が印欧祖語の dw-s「2度,2倍」 にさかのぼり, これからギリシャ語の,ラテン語のbis<duis,ヴェーダ語のdvsが出る。
デン領Gotland島かと思われる島でこの女神への儀式を行ったという点でも共通している。 故ゆえにかれら は古代ゲルマン史学ではNerthus八族とも呼ばれている。 また, 今日ではフリージア語の話されている 地域は蘭領Friesland州 (フリージア語名Fryslan) とドイツ連邦共和国西北部のSaterland地区 (3 つの小村Strucklingen, Ramsloh, Scharrelを含む), そしてドイツ連邦共和国内ではあるが, デンマー クとの国境近くのSchleswig-Holstein州西北海岸, 北フリージア諸島, Helgoland島の3地域に分断 されてしまったが (児玉1992:2932), 西暦紀元後8〜9世紀まではフリージア語地域は蘭領Friesland 州からJutland半島西南端の北海沿岸に及んでいた訳わけであり, 今日の3つの言語圏は一つにつながっ ていたのである。
実際にタキトゥスのIngaevones, プリニウスのInguaeones (余談ではあるが, この語根Ingu-から スウェーデンの皇室の名称Ynglingarが出て, ドイツ人やオランダ人の女性名Ingeもここからである) にあたると思われるアングロ・フリージア語群では他の西ゲルマン語と比べて次のような点で決定的な 相違がある。 イギリスに移住しなかった英語の片割れである, 所
いわ
謂
ゆる
古ザクセン語の資料も入れると次の ようになる。
. an>on,a>o (摩擦音の前) (初期中世には進行中) 1. 英on, フリージアoan, 古ザクセンan>on
:蘭aan, 独an cf.希
2. 英 brought
<古英語 brohte (フリージアbrocht<古フリージアbrochte)
<アングロ・フリージア祖語 broto
< brato
<ゲルマン祖語 brato
>ゴート brahta
独 brachte 「持って来た」 (Markey1976:18)
(この事実より.の方が.よりも先に起こったということが分かる) 3. 英語goose<古英語gos, フリージアgoes, 古ザクセンgas>gos
:蘭gans, 独Gans . a>>フリージア
1. 英apple//:蘭appel//, 独Apfel/a/「林
りん
檎
ご
」
2. 英day/dei/<古英語dg, フリージアdei:蘭dag/dx/, 独Tag/tak/「日」
3. 英glass/gls/, フリージアgles/gls/:蘭glas/gls/, 独Glas/glas/ 「ガラス (硝子)」
. ゲルマン祖語>西ゲルマン祖語a>アングロ・フリージア祖語>古英>英ee/i/, フ リージアie/i/
1. 英sheep, フリージアskiep/skip/;蘭schaap/sxap/, 独Schaf/af/「羊」
2. 英sleep<古英語slpan, フリージアsliepe/slp/:蘭slapen, 独schlafen 「眠る」
. Vn>V/_f, , s
1. 英 five<古英語ff
古ザクセン ff, フリージアfiif
:独 funf “5” (蘭vijf/feif/)
<西ゲルマン祖語 finf
< fimf (ゴートfimf)
<ゲルマン祖語 fmfe
< femfe (IE kw[直前母音強勢]>p>pGerm. f, Grimm’s law)
<先ゲルマン祖語 pempe
<印欧祖語 pkwe
>羅 qunque
希 「5」
ガリア 「蛇苺の一種」 (原義は 「五つ葉」) ヴェーダ panca
2. 英 other, 古ザクセンaar>oar
:蘭 ander, 独ander 「他の, もう一方の, 反対の」
<ゲルマン祖語 an eraz (IEt[直前母音強勢]>pGerm. , Grimm’s law)
3. 英 tooth<古英語to
:蘭 tand 「歯」 (独Zahn)
<ゲルマン祖語 tan -un (acc. sg.) (IEt[直前母音強勢]> pGerm. ,Grimm’s law)
<印欧祖語 H1d-ont-m (acc. sg.)
〜 H1d-en-s (nom. sg.), gen.H1d-nt-es
>羅 dens, gen. dentis
4. 英 us <古英語us, 古ザクセンus, フリージアus/ys/
:蘭 ons, 独uns “us”
<ゲルマン祖語 uns (IEs[直前母音強勢]>pGerm. s, Grimm’s law)
<印欧祖語 ns
〜 nos
>羅 nos
5. 英 goose<古英語gos, フリージアgoes/gus/, 古ザクセンgas>gos
:蘭 gans, 独Gans “goose”
ゲルマン祖語 ans (IE s[直前母音強勢]>pGerm. s, Grimm’s law) cf.羅 anser 「鵞がちょう鳥」
リトアニア 複数属格
. ゲルマン祖語>/j/ (主に前舌母音i, eと語中子音の前並びに語末)
1. フリージア jaan
:蘭 geven, 独geben 「与える」
2. 英 yarn, フリージアjern
:蘭 garen, 独Garn 「織り糸」
3. 英 yellow
:蘭 geel, 独gelb 「黄色い」
<ゲルマン祖語 elwaz
<印欧祖語 ghel-wo-s
>羅 helvus 「薄黄色の, 淡黄色の」
4. 英 yester-day, フリージアjustern
:蘭 gisteren, 独gestern 「きのう」
cf.羅 hesternus 「きのうの」
<印欧祖語 dhghes-ter-i-no-s (同じ構成法の希臘語の 「夜の」 のアクセント 位置を参照)
← dhghes
>希
古愛蘭土 in-de
羅 her「きのう」 (<イタリック祖語esei<印欧祖語dhghes-ei [地格])
5. 英 day/dei/, フリージアdei
:蘭 dag, 独Tag 「日」
6. 英 way/wei/, フリージアwei
:蘭 weg/vx/, 独Weg 「道」
<ゲルマン祖語 weaz
<印欧祖語 wegh-os (o-grade)
〜 wegh-es-bhi [具格] (e-grade)
>希 (Hesychius)
7. 英 wain《古・詩》「荷馬車」, フリージアwein 「馬車」
:蘭 wagen「自動車, 車, 乗り物, 車輛」, 独Wagen「車, 自動車, 車輛, 馬車」
<ゲルマン祖語 wanaz
<印欧祖語 wogh-no-s (o-grade)
〜 wegh-no-s (e-grade)
>ケルト祖語 wegnos
> wignos
>ブリタンニア語 co-vinnusポンポーニウス・メラ 世界地理 第3巻52節, ルーカーヌス パルサリア 第1歌426行 (covinn)
(フリージア語のデータは全て蘭領Friesland州の西フリージア語のもので, 児玉仁士 フリジア語文 法 大學書林 (平成4年) に拠る)
つまり, タキトゥスやプリニウスの言っていることは言語的にも証明される訳
わけ
であり, 古代における 分類は強あながち出で鱈たら目めではなく, 寧むしろ意味があるといえるであろう。 かかる事実に基づき, アングロ・フリー ジア語群を形成するこういった特徴は既に紀元後1世紀に生じていたという意見もあるのである (ヨア ヒム・シルト著 橘たちばな好よし硯み訳 ドイツ語の歴史 大修館書店 (平成11年)16頁)。 よってタキトゥスやプ リニウスに倣
なら
ってアングロ・フリージア語群のことをゲルマン言語学ではIngvaeonic groupというこ ともあるのである。
Ⅴ. 第二次子音推移はいつ起こったのか?
そして西ゲルマンの3区分のうちの最も内陸部に位置するHerminones (プリニウス, ポンポーニウ
ス・メラHermiones) であるが, これが今日の高地ドイツ語の分布にほぼ一致するのは先程述べた。
ところでドイツ語を高地と低地に区分する最大の根拠はゲルマン祖語の有声閉鎖音と無声閉鎖音系列が そのまま保存されているか変化しているか否
いな
かであるが, 簡単に言えば, そのまま保存されているのが 低地ドイツ語で, 変化したのが高地ドイツ語である。 ただこれは非常に単純な区分けで, 実際には完璧 な高地型と完
かん
璧
ぺき
な低地型の間にはグレーゾーンがあり, 徐々に段階的に高地型に推移していく (これに 関しては高橋輝和 古期ドイツ語文法 大學書林 [平成6年] 2532頁に詳しいが, 南西部のアレマン 語でほぼ完璧に行われた)。 では実際にどういう変化が起こったかというと, 掻
か
い摘
つま
んで言うと第一次 子音推移がもう一度繰り返されたのである。
Ⅰ. 無声閉鎖音>無声破擦音あるいは無声摩擦音
Ⅱ. 有声閉鎖音>(一部) 無声閉鎖音
ゲルマン祖語 p t k
ド イ ツ 語 語 頭 pf- z-/ts/ k- それ以外 pf〜f z/ts/〜ss/s/ k〜ch/x/
英 語 (参考) p t k
ゲルマン祖語 b-,-- d-,-- 先 ド イ ツ 語 b d g ド イ ツ 語 b(〜-p-) t g
英 語(参考) b-, -v(-) d g-(+back vowel)〜y-(+front vowel), -y(-)
これを第二次子音推移 (独zweite Lautverschiebung) (高地ドイツ語のみに特有) という。 この変化 が起こったのは通説では西暦紀元後5世紀頃だとされている。
この第二次子音推移は南西ドイツのアレマン族の定住地域を起点として漸
ぜん
次
じ
広がっていったという意 見が多いが (ヨアヒム・シルト著, 橘たちばな好よし硯み訳 ドイツ語の歴史 大修館書店 (1999年) 4647頁), 5 世紀の初め頃からアルプス地方で起こっていた模様である。 アメリカのJoshua Whatmoughに拠れば, Germania Inferiorでのnassas 「魚をとる籠かご」 (ゴートnati, 英net) なる形より通説より2世紀早く3 世紀にはこの変化が起こっていたという (蛭沼寿雄著 ホワットモー その業績と言語理論 [大阪言 語研究会, 1975年] 63頁)。
ただ文献学的にはっきりと第二次子音推移が確認されるのは西暦紀元後6世紀中葉のことであり (Markey1976:3031), アレマン語辺りからである。 例えばアレマン語では標準高地ドイツ語ですら 起こらなかった語頭や母音間や鼻音のあとのbがpに変化している。 現代ドイツ語の祖形ともいうべ き東フランク方言と比べてみる。
例) Ⅰ. 英 語 pool apple deep ten water yoke
ドイツ語 Pfuhl Apfel tief zehn Wasser Joch
Ⅱ. 英 語 sib deep under
ドイツ語 Sippe tief unter
ゲルマン祖語 Chatt(〜A.D.4c.) Strabo4.6.8 Hermun- durTac.Germ.
41, 42
ド イ ツ 語 Hessen(5) Kempten(6) Thuringen(7) A. D.8c. Hass, Hess
東フランク方言 beran 「運ぶ」 bintan「結ぶ」 geban「与える」 umbi 「周りに」
現 代 ド イ ツ 語 ge- baren binden geben um ア レ マ ン 方 言 peran pintan gepan umpi
(高橋輝和1994:2729)
(5) ライン川中流域右岸 (東岸) 地域。 Hessisches Bergland (北緯51度, 東経910度) 辺りにChatt族は 住んでいた。
(6) 現代のBoden Seeの東北東, Lech河畔の町。 前分のはアイルランド語のcam「曲がった」, ウェー ルズ語のcam 「曲がった, 歪
ゆが
んだ」 と同源で, 後分はアイルランド語のdun 「砦
とりで
」 と同源なので, 全体とし ての原義は 「曲がった砦」。
(7) 第1音節の母音uがu/y/になったのは後続音節である第2音節の高
こう
母
ぼ
音
いん
iによる引き寄せ現象 (独i- Umlaut)。
ともかくもこうやって西暦紀元後1〜3 (または5) 世紀にかけてIngvaeonic changeと第二次子音推 移が起こり, アングロ・フリージア語群 (嘗
かつ
てのInguaeonesまたはIngaevones) と高地ドイツ語 (嘗てのHermionesまたはHerminones) が成立し, 自動的にその中間の地域に位置するものが低地 ドイツ語並びにオランダ語 (嘗
かつ
てのIstaevonesまたはIstiaeones) と成り, 現代の西ゲルマン語グルー プの 礎いしづえが築かれたのである。
Ⅵ. ローマ時代の記録に残る東ゲルマンと北ゲルマン
この西ゲルマン語グループ以外のゲルマン人, すなわち東ゲルマンと北ゲルマンに関しては古代にお いては漠
ばく
然
ぜん
としか分かっていなかったようであり, タキトゥスの ゲルマーニア にも4344章に纏
まと
め て載っているだけである。
このうち第43章には東ゲルマン諸族が載っており, 歴史上名高いゴート族Gotonesが出て来るが, 東ゲルマンのうちで南方グループはLugiという名で一括されている。 唯一プリニウス 博物誌 第4 巻99節にはやや詳細が載っており, 東ゲルマン諸族はVandilの名で纏
まと
められ (勿
もち
論
ろん
いうまでもない が, 西暦紀元後6世紀初頭に雄王Geiserichに率いられて北アフリカにヴァンダル王国を建てたヴァン ダル族のことである), その中にBurgodiones (南東フランスに王国を建てた所
いわ
謂
ゆる
ブルグンド族), Varinnae, Charin, Gutonesの諸族がいると記述されている。
更
さら
にタキトゥス ゲルマーニア 第44章には北ゲルマンの代表としてSuones(8)が出ているのみだ が, これがのちのSverige(Suones族の王国rige), すなわちスウェーデン (英Sweden) の語源となっ た。 尚
なお
,Gotonesはプリニウス 博物誌 第4巻99節ではGutones,ストラボーン 地誌 第7巻1章3 節では( /u/) と第1音節はいずれもuで出て来るが, 恐らくこちらの方が原形であろうと 考えられる。 ゴート族発祥の地と言われるスカンジナビアにはGautae(9)という部族がいたらしく (プ トレマイオス 地理学叙説 第2巻11章35節には の名で出て来る), このアプラウト (母音交 替) 形だと推定されるからだ。 ならばuの方が正規の形で, タキトゥスの記録している, 第1音節がo の形はウムラウト形か (?) と考えられる。 実際にゴート族の発祥が現在のスウェーデンだというのは スウェーデンにイェーテボリGoteborg(原義 「ゴート族の城
じょう
砦
さい
都市」) という有名な都市があることか らも察せられる。 尚プリニウス 博物誌 第4巻96節には今こん日にちのScandinaviaがScatinavia(これは
(8) スウェーデン語Svensk 「スウェーデンの, スウェーデン語」 にn要素が残る。
(9) 英語最古の文献Beowulf (西暦紀元後8世紀) ではイェーアタスGeatas, 北欧のサガではGautarと呼ばれ ており, ゲルマン祖語ではGautosなる形であったと考えられる。 これはこのゲルマン祖語形の元となった 印欧祖語形ではghou-d-os(幹かん母ぼ音いん型がた曲用男性複数形) であったと推定され, ラテン語のfundo「注ぐ」 (<印 欧祖語ghu-n-d-o-H2 [n-接中辞現在] n-接中辞形らしく, 語根母音は零階梯をとっている) やドイツ語の gieen, ゴート語のgiutan 「注ぐ」 (<印欧祖語gheu-d-ono-m [幹母音型曲用中性形]) と同語基であり, 原義は 「注ぐ者達」 であったと思われる。 何を注ぐのかはよく分からないが, 儀式の際のお神
み
酒
き
であろう。 ち なみにGutonesはこれの語根の母音度零階梯のn-音幹形ghu-d-on-esのゲルマン語的発展形であるゲルマン 祖語形Gutanezをラテン語的に音写したものであろう。
ゲルマーニア語, すなわち西暦紀元後1世紀のゲルマン祖語であり, 原義は 「蔭深い島」 であろう。 前 分のScatin-が英語のshade, ドイツ語のSchatten 「陰」 に当たり, 後分の-avia(10)の末裔がドイツ語 のAue 「雅
美しい牧場, 古
緑豊かな水すい郷ごう, 川かわ中なか島じま」 である) という形で出て来ており, そこに Hilleviones族なる部族がすんでいるとある。 原文ではHillevionum gente quingentis incolente pagis 「ヒッレウィオネース族は500の郷ごうに住んでおり」 とあり, かなりの大部族であったことが窺うかがい 知れるが, これも詳細は不明である。 恐らくスウェーデン最南端にSuones族, その北くらいにGautae 族, 具体的な地域は不明ではあるが, Hilleviones族と少なくとも3つの部族が住んでいたと分かる。
Ⅶ. 纏 め
以上を纏まとめるに古代といっても西暦紀元後1世紀ではあるが, その頃にはゲルマーニア人, すなわち ゲルマン祖語を話した人達のかなり詳細な分類が出来ていた。 恐らくは言語的な乃
ない
至
し
は宗教的な違いに より今こん日にちの東ゲルマン, 北ゲルマン, 西ゲルマンといった大おお雑ざっ把ぱな分類が出来ていたのみならず, 就中なかんづく ローマに近かった西ゲルマンではIngaevones (またはInguaeones), Istaevones (またはIstiaeones), Herminones (またはHermiones) の3区分が出来ており, Ingaevonesは今日のアングロ・フリージ ア語群,Istaevonesは今
こん
日
にち
のオランダ語並びに低地ドイツ語,Herminonesは第二次子音推移を起こし た高地ドイツ語のそれぞれの分布にほぼ対応し, 古代の分類というのは強あながち出で鱈たら目めではないということ がはっきりと分かるのである。 北ゲルマンがSuones, Gautae, Hillevionesとたった3つの部族で乏し いが, 北ゲルマン語グループは西暦紀元後7世紀まで間違いなく一つの言語であり, 原ノルド語として A.D.2〜7世紀にかけてルーン文字で記されてはっきりと記録にも残っているので (その最初期は殆
ほとん
ど ゲルマン祖語である), タキトゥスが ゲルマーニア を記した西暦紀元後1世紀当時 (具体的には A.D.98年) には完全に一つの言語であり, 分布もスウェーデン南部に局限されていたのであろう(11)。 以上がタキトゥスやプリニウスを初めとするローマ時代の資料より読み取れるゲルマン祖語の分類並び にその後の各ゲルマン語グループへの発展である。
参考文献
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(10) -avia←ゲルマン祖語aw<aw(Verner’s law)<aw<印欧祖語aw-H2〜aw-(e)H2>羅aqua 「水」, ゴートaa (Grimm’s law) (Streitberg1974:132)
(11) 北部は異民族 (ゲルマーニア人ではなく, 印欧語族でもなかった) であったと思われる。 タキトゥス ゲル マーニア 第46章にはFennの名が現われ, 形的には現代のFinnに対応するが, 恐らくは現代のラップ人 Lappを指しているのではないかと思われる。 但
ただ
し確実ではない。 ちなみにこの民族はA.D.2世紀中葉のプト レマイオス 地理学叙説 第2巻11章35節にはという現代に近い形で現われるが, タキトゥス ゲ ルマーニア (A.D.98年) からプトレマイオスまでの半世紀の間にこの民族名を伝えたゲルマーニア語で
enC>inCという変化が起こったからだと思われる。 この他
ほか
にこの章にはHellusiやOxionesなる民族が出 て来るが, ここ以外には記述がなく, 詳細は全く不明である。
服部正
まさ
巳
み
1962 (昭和37) ゲルマン古韻史の研究 養徳社 (奈良県天理市)
蛭
ひる
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雄
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泉
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久之助訳注 1979 (昭和54) タキトゥス ゲルマーニア 岩波書店 (東京都千代田区) 児玉仁
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てる
和
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1994 (平成6) 古期ドイツ語文法 大學書林 (東京都文京区) 吉田育
いく
馬
ま
2003 (平成15) 「ローマ時代の古典に現われるガリア語・ゲルマーニア語の固有名詞・普通名詞による
ケルト語・ゲルマン語先史音韻史」 (学習院大学人文科学 研究所紀要 人文 第1号73102頁)