説 経
・ 古 浄 瑠 璃 を 題 材 と し た 絵 画 資 料 に つ い
粂 て
汐 里
要 旨 能
・ 狂 言
・ 歌 舞 伎 で は 絵 画 資 料 を 用 い た 研 究 が 盛 ん に 行 わ れ て い る
。 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 も
、 演 劇 的 な 観 点 か ら の 絵 画 資 料 の 収 集
・ 分 類 が 必 要 だ が
、 こ れ ま で 個 別 の 作 品 論 に 留 ま っ て い る
。 そ こ で 本 論 で は
、 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 物 語 を 描 く 絵 画 で あ る 絵 巻
、絵 本 を 収 集 し
、系 統 分 類 を 試 み る と 共 に
、個 々 の 資 料 の 傾 向 と 特 徴 に つ い て 基 礎 的 な 考 察 を 行 っ た
。は じ め に
、説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 物 語 を 描 く 絵 画 の 現 存 作 品 四 六 点 を リ ス ト 化 し
、 書 型
、 同 系 統 の 本 文 を 有 す る 正 本 と の 照 合 を 行 い な が ら
、 制 作 時 期 の 整 理 を 試 み た
。 次 に 絵 巻
、 絵 本 と 正 本 の 影 響 関 係 に つ い て
、 本 文
、 挿 絵 の 点 か ら 考 察 し た
。 挿 絵 に お い て は
、 正 本 の 挿 絵 を 流 用 し た 絵 巻
、 絵 本 の 作 例 は 寛 文 頃 成 立 の 絵 巻 一 点 の み で あ る こ と が わ か り
、 主 に 版 本 を 元 に 大 量 生 産 さ れ て き た 舞 曲 と 対 照 的 で あ る こ と が 判 明 し た
。 ま た
、 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 を 題 材 と し た 扇 面 画
・ 屏 風 が 存 在 し な い こ と も 明 ら か に な っ た
。 最 後 に
、 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 か ら 題 材 を 得 た と 考 え ら れ る 絵 巻 や 絵 本 を
、 上 演 記 録 や 内 容 を 手 が か り に 要 検 討 作 品 と し て 列 挙 し た
。
は じ め に
無 類 の 芝 居 好 き で あ っ た 松 平 直 矩 の 日 記『 松 平 大 和 守 日 記
』 万 治 四 年( 一 六 六 一
)二 月 十 三 日 条 に は
、「 昔 と か は り た る 事 は
、 さ ま 〳 〵 有 と い ふ う ち に
、 上 る り の さ う し い ろ 〳 〵 出 来 た り
、 あ ら ま し か そ へ て 見 る に
、 内 に せ つ き や う の さ う し も 有
、よ き 物 の 本 は す く な し
、思 ひ い た し 次 第 に 書 の せ る
」と あ り
、以 下
、一 七
〇 余 り の 作 品 名 が 列 挙 さ れ る
。
( 1
)
当 時 の 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 名 寄 と し て 貴 重 で あ る
。 浄 瑠 璃 史 に お け る 万 治 四 年
( 一 六 六 一
) と い え ば
、 寛 永
( 一 六 二 四
―
) 以 降
、 浄 瑠 璃 正 本 の 形 式 が 整 え ら れ
、 書 肆 に よ る 活 発 な 浄 瑠 璃 本 の 出 版 が 行 わ れ て い た 時 期 で あ る
。 こ こ に 名 を 記 さ れ た
「 さ う し
」 群 は
、 そ の よ う な 状 況 下 で 印 刷 に よ っ て 流 布 し た
、 今 日 の 浄 瑠 璃 史 に お け る
「 正 本
」 と み な さ れ が ち で あ る が
、 同 時 期 に
、 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 は 彩 色 豊 か な 絵 巻 や 絵 本― い わ ゆ る 奈 良 絵 本― と い う 形 で も 受 容 さ れ て い た
。 従 来
、 こ れ ら の 絵 巻 や 絵 本 は
、 中 世 の 成 立 と ひ と く く り に さ れ
、 古 い 語 り を 復 元 す る た め の 資 料 と し て 活 用 さ れ る こ と が 多 い
。だ が
、近 年 で は 多 く の 作 品 が 中 世 よ り も む し ろ 近 世― 特 に 寛 文・ 延 宝 期― に 量 産 さ れ て い る こ と が 次 々 と 明 ら か に さ れ
、 奈 良 絵 本
= 中 世 の 産 物 と い う 捉 え 方 は 再 考 を 迫 ら れ て い る と い え よ う
。 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 研 究 に お い て も
、 書 肆 や 絵 草 紙 屋 の 営 み を 考 慮 し な が ら
、 正 本 と 同 時 代 に 流 布 し た テ キ ス ト と し て 絵 巻
・ 絵 本 を 再 検 討 し
、 個 々 の 作 品 の 成 立 背 景 を 明 ら か に す る 必 要 が あ る
。 加 え て
、 能
・ 狂 言
・ 歌 舞 伎 と い っ た 芸 能 の 分 野 で は 絵 画 資 料 を 用 い た 研 究 が さ か ん に 行 わ れ て い る
。
( 2
)
説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 絵 巻 や 絵 本 も
、 演 劇 的 な 観 点 か ら 収 集
・ 再 分 類 が 必 要 で あ る が
、 個 別 の 作 品 論 に と ど ま り
、 い ま だ 総 合 的 な 観 点 か ら 行 わ れ て は い な い
。 本 論 で は
、 ま ず 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 絵 画 資 料 の 概 要 を 示 し た 上 で
、 特 に 絵 巻 や 絵 本 に 焦 点 を あ て
、 そ の 特 徴 と 系 統 に つ い て 基 礎 的 な 考 察 を 行 い た い
。
一
、 研究 史 概 観 説
経
・ 古 浄 瑠 璃 の 絵 画 化 を 考 え よ う と す る と き
、 同 時 代 芸 能 の 先 行 研 究 が 示 唆 に 富 む
。 近 年
、 絵 画 資 料 を 用 い た 研 究 が 急 速 に 進 展 し た 能 楽 研 究 で は
、 宮 本 圭 造 氏 に よ っ て 六 つ の 絵 画 資 料 の 分 類 案 が 提 唱 さ れ た
。
( 3
)
A 芸 を 伝 え る た め の 絵 画 B 役 者 の 面 影 を 記 憶 す る 絵 画 C 風 景 の 一 つ と し て 演 能 を 描 く 絵 画 D 能
・ 狂 言 の 舞 台 を 描 く 絵 画 E 能 の 興 行 を 記 録 す る 絵 画 F 能 の 物 語 を 描 く 絵 画 右 の 分 類 を 現 在 の 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 研 究 状 況 に 当 て は め る な ら ば
、 C に は
、 近 世 初 期 の 風 俗 画 に 描 か れ た 舞 台 図 を 集 め
、 検 証 し た 人 形 舞 台 史 研 究 会 編
『 人 形 浄 瑠 璃 舞 台 史
』( 八 木 書 店
、 一 九 九 一 年
) が
、 F に は
、『 浄 瑠 璃 御 前 物 語
』 の 諸 本 を 比 較 し
、そ の 語 り の 原 態 を 追 究 し た 横 山 重
・ 信 多 純 一 編 著『 じ や う る り 十 六 段 本
』( 大 学 堂 書 店
、一 九 八 二 年
)や
、松 平 家 と 古 浄 瑠 璃 絵 巻 群 と の 関 連 を 論 じ た 深 谷 大『 岩 佐 又 兵 衛 風 絵 巻 群 と 古 浄 瑠 璃
』( ぺ り か ん 社
、二
〇 一 一 年
)な ど が 該 当 し よ う
。従 来 の 絵 画 資 料 へ の 関 心 は
、舞 台 や 演 出 の 解 明 や
、『 浄 瑠 璃 御 前 物 語
』や 岩 佐 又 兵 衛 と い う 著 名 な 絵 師 の 名 を 冠 し た 限 ら れ た 作 品 に 光 が 当 て ら れ る ば か り で
、 全 体 像 に 関 す る 指 摘 は な さ れ て こ な か っ た
。 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 物 語 を 描 く 絵 画 と い え ば
、 例 外 も あ る が
、 多 く が 絵 巻 や 絵 本 と し て 伝 わ っ て い る
。 そ れ ら は
、 横
山 重 ら に よ る
『 説 経 正 本 集
』 全 三 巻
( 角 川 書 店
、 一 九 六 八 年
)、
『 古 浄 瑠 璃 正 本 集
』 全 十 巻
( 角 川 書 店
、 一 九 六 四― 一 九 八 二 年
)の 附 録 編 に 紹 介 さ れ る
、 あ る い は 徳 田 和 夫 編『 お 伽 草 子 事 典
』( 東 京 堂 出 版
、 二
〇
〇 二 年
) で 指 摘 さ れ る な ど し て
、 徐 々 に そ の 数 が 知 ら れ る よ う に な っ た
。 た だ
、 そ れ ら は
、 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 正 統 な テ キ ス ト と す る に は 問 題 が あ り
、 そ の こ と に つ い て 横 山 重 氏 は
「 説 経 正 本 に 準 ず る 諸 本
」 と 題 さ れ た 論 中 で
、 以 下 の よ う に 述 べ て い る
。
( 4
)
わ た し が
、 説 経 正 本 集 二 冊 を 刊 行 し た の は
、 昭 和 十 二 年 で あ っ た
。 そ の 時
、 小 栗 の 古 い 正 本 を さ が す こ と が 出 来 な か っ た の で
、 と り あ へ ず
、 手 許 の 奈 良 絵 本
「 お く り
」 を 附 録 と し て
、 提 出 し て お ゐ た
。 正 本 集 と 名 乗 っ て ゐ る 本 に 奈 良 絵 本 を 附 載 す る こ と に は
、 内 輪 で も 反 対 説 が あ り
、 わ た し も 気 後 れ が し た の で あ る が
、 特 に こ の 本
( お く り
) に 限 っ て
、 提 出 す る こ と に し た
。 論 で は 続 け て
、 明 暦 二 年
( 一 六 五 六
) 刊 の 佐 渡 七 太 夫 正 本 の 写 し で あ る 縦 型 奈 良 絵 本
『 出 世 物 語
』( 現 在 所 在 未 詳
) と
、 古 説 経 の 本 文 を も つ 宮 内 庁 三 の 丸 尚 蔵 館 所 蔵 の
『 を く り
』 を 挙 げ
、 絵 巻 や 絵 本 の 本 文 の 有 用 性 に つ い て 説 く
。 絵 巻 や 絵 本 の 多 く は 制 作 に 関 す る 記 述 を 持 た な い た め
、 刊 行 さ れ た 正 本 と 比 較 し て 本 文 の 成 立 時 期 を 見 極 め る 必 要 が あ っ た の で あ ろ う
。 そ こ に は
、 絵 巻 や 絵 本 の 本 文 が
、 刊 行 さ れ た 正 本 を 写 し た も の な の か
、 刊 行 以 前 の 古 い 語 り を 元 に し た も の な の か と い っ た 議 論 が 伴 う
。 絵 巻 や 絵 本 が 説 経
、 古 浄 瑠 璃 の テ キ ス ト 研 究 の 傍 流 と さ れ て き た の は
、 こ の よ う な 研 究 背 景 に 起 因 し よ う
。 た だ し
、 絵 巻 や 絵 本 の 資 料 的 意 義 が 等 閑 視 さ れ て き た わ け で は な く
、 諏 訪 春 雄 氏 に 次 の よ う な 指 摘 が あ る
。
( 5
)
奈 良 絵 本 と い う
、 我 々 は
、 中 世 の 産 物 で あ り
、 精 神 も 様 式 も 中 世 を 表 現 し て い る は ず と 考 え て 疑 問 を 持 た ぬ が
、 し か し
、事 実 は
、そ の 大 半 が 近 世 の 制 作 で あ っ た
。( 中 略
)近 世 前 期 制 作 の お び た だ し い 量 の 奈 良 絵 本 を 総 合 的 な 視 野 に お さ め て
、 近 世 初 期 浮 世 絵 と し て 再 検 討 す る こ と が 中 世 か ら 近 世 絵 画 へ の 移 行 を 解 明 し
、 浮 世 絵 の 成 立 と
展 開 の 研 究 に 大 き く 貢 献 す る こ と に な る は ず で あ る
。 絵 巻 や 絵 本 を 初 期 浮 世 絵 と す る こ と に は 問 題 が 残 る が
、 こ れ ら を 中 世 末 か ら 近 世 初 期 に ま た が る 資 料 群 と み な し
、 個 々 の 作 品 が 説 経
、 古 浄 瑠 璃 の 成 立
、 受 容
、 展 開 の
、 ど の 時 点 で 制 作 さ れ た の か を 追 究 す る こ と は
、 研 究 史 を 新 た な 観 点 か ら 問 い 直 す こ と に な る だ ろ う
。そ の た め の 一 歩 と し て
、ま ず は 説 経・ 古 浄 瑠 璃 を 描 く 絵 画 の 現 存 状 況 を 確 認 し
、 個 々 の 作 品 の 検 討 を 試 み た い
。 二
、 説経
・ 古 浄 瑠璃 の 物 語 を描 く 絵 画 こ
こ で は
、「 説 経・ 古 浄 瑠 璃 を 描 く 絵 画 一 覧
」と 題 し て
、現 存 作 品 を 絵 巻
、絵 本 の 順 に 示 し た
。こ こ に 挙 げ た 資 料 は
、 す で に 先 行 研 究 で 本 文 が 説 経
・ 古 浄 瑠 璃 の 詞 章 と 指 摘 さ れ て い る か
、 あ る い は
、 同 系 統 の 本 文 の 正 本 が 刊 行 さ れ て い る も の で あ る
。 紙 幅 の 都 合 上
、 す で に 研 究 が 備 わ る
『 浄 瑠 璃 御 前 物 語
』 と 岩 佐 又 兵 衛 風 古 浄 瑠 璃 絵 巻 群 は 別 途 一 覧 化 し
、 主 要 な 作 品 の み を 挙 げ た
。 説 経 に 関 し て は
、『 か る か や
』『 さ ん せ う 太 夫
』『 小 栗
』『 し ん と く 丸
』『 愛 護 若
』『 松 浦 長 者
』 の み を 対 象 と し た
。 ま た
、 正 本 お よ び そ れ に 関 連 す る 版 本 が 刊 行 さ れ て い る 場 合 は
、 版 に 該 当 す る テ キ ス ト を 示 し た
。《
》 に は
、 閲 覧 媒 体 を 示 し
、
▼ に は 主 要 な 参 考 文 献 を 挙 げ た
。 所 蔵 機 関 に は 略 称 を 用 い た
( チ ェ ス タ ー
・ ビ ー テ ィ ー
・ ラ イ ブ ラ リ
= C B L 等
)。 実 見 で き て い な い 資 料 に 関 す る 書 誌 お よ び 成 立 年 は
、 参 考 文 献 に 拠 っ た
。 こ の 一 覧 は あ く ま で も 仮 の 物 で あ り
、 今 後 の 調 査 次 第 で 見 直 す べ き 点 が 多 々 あ ろ う こ と を お 断 り し て お く
。
絵 古 巻 浄 瑠 璃
『 浄 瑠 璃 御 前 物 語
』
* 岩 佐 又 兵 衛 風 古 浄 瑠 璃 絵 巻 群 に つ い て は 別 項 目
・ サ ン ト リ ー 美 術 館 蔵
( 赤 木 甲 本
)『 し や う る り
』 三 軸
、 十 六 段
、 天 正 後 半 か ら 文 禄
、 慶 長 年 間 の 制 作
・ 赤 木 文 庫 旧 蔵
( 赤 木 乙 本
)『 浄 瑠 璃 姫 物 語 絵 巻
』 三 軸
、 十 六 段
、 慶 長
、 元 和 頃
・ 大 鳥 神 社 蔵
『 浄 瑠 璃
』 二 軸
、 十 二 段
、 近 世 初 期 の 制 作
・ ハ ー バ ー ド 大 学 美 術 館
『 十 二 段 草 紙
』 二 軸
、 十 二 段
・ 班 山 文 庫 旧 蔵 絵 巻
( 零 本
)
・ シ カ ゴ 美 術 館 蔵
『 浄 瑠 璃
』 二 軸
▼ 辻 惟 雄
・ 坂 田 泉
・ 信 多 純 一 解 説
『 上 瑠 璃
』( 京 都 書 院
、 一 九 七 七 年
) 横 山 重
・ 信 多 純 一
『 し や う る り 十 六 段 本
』( 大 学 堂 書 店
、 一 九 八 二 年
) 石 川 透
「 じ や う る り
」 解 題
(『 新 天 理 図 書 館 善 本 叢 書 奈 良 絵 本 集
』 五
、 八 木 書 店
、 二
〇 一 九 年
) 岩
佐 又 兵 衛 風 古 浄 瑠 璃 絵 巻 群
(『 を く り
』 の み 説 経
、 そ れ 以 外 は 古 浄 瑠 璃
)
・ M O A 美 術 館
『 山 中 常 盤
』 十 二 軸
元 和 末 寛 永 初 年
( 一 六 二 三
) 頃 版 幸 田 成 友 氏 旧 蔵
『〔 山 中 常 盤
〕』 零 葉
、 元 和 末 寛 永 初 年 頃 刊
・ 香 雪 美 術 館 他 蔵
『 ほ り 江 巻 双 紙
』 七 巻 残 欠 寛 永 初 年
( 一 六 二 四
) 頃
・ 宮 内 庁 三 の 丸 尚 蔵 館 蔵
『 を く り
』 十 二 軸 寛 永 後 半
( 一 六 三 四― 一 六 四 四
) 頃