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草地型酪農における技術の迂回化と経営管理

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(1)

1.は じ め に

これまで酪農経営の規模拡大は,つぎのように主 に技術論的に説明された。

まず農業市場論の分野では,1970年代の生乳過剰 に対して 専業的酪農および複合的酪農は,一応酪 農生産部門としての基盤を持っているので,市況が 悪化しても直ちに乳牛飼育を中止するようなことは ない。つまり,不可逆である とした 。

また農業経営学の分野では, 近年の多頭化は,飼 料生産関係の機械化と畜舎・施設の増築・新築とを 並行的ないしは連鎖的に進めることを求めており,

この一連の投資が,たえず循環的・増幅的に進行し ている ことに加え, 1つの投資が他の投資を連 鎖的に呼び起こさずにはおかないという,今日の酪 農技術のあり方が問題 と指摘した。

これらの後に 土地利用型酪農における規模拡大 は……飼養管理部門の拡大と……飼料作部門の拡大 とが並行しなければならない , 一連の機械,施設 装備のため,投資も 循環的,増幅的 に拡大し,

固定資本投下額も多額化せざるを得ない と必然 化し, 負債償還と金利支払いに促進された〝増産メ カニズム" と表現された 。

酪農での規模拡大は技術論的に説明され,農業者 の意思決定の結果として管理論的には説明されな かった。しかし多くの農業者の目的は技術的な体系 化ではなく,生活や経営をより良くすることにある。

農業者は技術装備は不十分であっても,経済的な成 果が得られるように工夫しあるいは妥協して,技術 と経済の関係を調整してきたと見られる。同一の技 術装備でも経営成果に大きな差が生じることはすで に示してきた 。この格差は同一の技術装備を,どれ

だけ保有するかではなく,どう的確に利用するかに よる。各種の技術装備を的確に利用し,経営全体と しての体系化を捉えるために,酪農技術と意思決定 の関連を整理する必要がある。

本稿では草地型酪農における技術の体系化と意思 決定の関係を,以下のように考察する。

第1に,既存の農業技術論に関する研究をベース に,他の耕種農業や畜産と比較して,草地型酪農の 技術論的な特徴を,部分技術が連続する迂回生産と 示す。第2に,酪農技術の体系化に際して農業者に 求められる意思決定の特性を,部分技術間のバラン ス調整にあることを示す。第3に,技術変化により 農業者の意思決定は複雑化しているため,今日では 逆に意志決定の単純化への対応が進みつつあること を示す。最後に今日の技術変化を理解する上で管理 論的な視角が重要なことを示す。

2.草地型酪農の特性

酪農の技術的な特性は草地型以外に,これまで畑 地型,加工型,企業型,資本型など様々な類型とし て示されてきた。しかし,それぞれの定義に共通認 識はない 。技術的な類型が多様に表現されうる理 由を,まず草地型以外も含めて酪農を耕種農業と比 較することから整理しておこう。

1)家畜の技術的な特性

工業を含めた全ての生産活動は,労働能力を発揮 する主体となる労働力と生産手段によって成り立 つ。生産手段はさらに,労働を加える作物などの労 働対象,労働を伝える道具や機械などの労働手段に 分けられる。これらの要素の結合を通じて生産物は 生成する。

酪農学園大学酪農学部農業経済学科農村計画論研究室

Department of Agricultural Economics, Rural Planning, Rakuno Gakuen University, Ebetsu, Hokkaido, 069‑8501, Japan (所属学会名 日本農業経済学会)

草地型酪農における技術の迂回化と経営管理

吉 野 宣 彦

Farm  Management on Round-about Production of Dairy Technique  

Yoshihiko YOSHINO

(June 2005)

(2)

工業と対比すると,稲作や畑作などの耕種農業に は以下の特性が見られる。まず主な労働対象が作物 のように生物であること。また農地が重要な生産手 段として機能し,たとえばその地力が問われるよう に工業にない独自の機能を発揮していること。さら に主な労働対象となる作物が農地に固 着 し て い ため,工場での半製品のようにベルトコンベヤ 上で生育途中の作物を移動させて,労働者が移動せ ずに作業することは不可能に近い。この耕種農業に 比べた酪農の特徴は図1のように模式化できる。

第1に主な労働対象となる乳牛は農地と固着して いない 。このため乳牛を草地に放して給餌するこ とも可能になる。乳牛を搾乳室に移動させて労働者 の作業線を短縮することもできる。半製品とも言え る育成牛を別の農場に移動して預託し,生乳生産を 続けうる。外国の土地で生産された飼料を輸入して 利用もできる。乳牛と農地には,放牧という密着し た関係から,国外の農地で全飼料を収穫する隔絶し た関係までが可能になる。土地と乳牛との多様な関 係は,酪農技術の多様な形態として目に映る。

第2に乳牛は労働対象と同時に労働手段としても 機能しうる。搾乳牛は,まず反芻胃によって微生物 の増殖・消化過程を経て栄養を吸収し,発酵槽のよ うに脈管系の労働手段として機能する。また農地に 固着した飼料を採食して,収穫機械のように筋骨系 の労働手段として機能する 。同時に飼料給与や人 工授精,搾乳などの労働対象となる。通年舎飼によっ て集約的な労働の投下対象としての機能を強く発揮 させる場合と,昼夜放牧によって労働手段としての 機能を強く発揮させる場合があり得る。乳牛の多様

な機能の発揮は,酪農技術の多様な形態として目に 映る。

第3に乳牛が成長のいかなる時点でも販売しうる 生産物になる 。生まれたての ヌレ子 でも,受 胎後の はらみ でも,搾乳後の経産牛や 老廃牛 も販売できる。このため一方では育成牛を全く置か ない 一腹搾り と,逆に育成牛だけを置く農家と の分業も可能になる。搾乳後に肥育し肉牛として販 売する複合的な形態も可能となる。生乳生産の過程 では,途中で販売可能な様々な中間生産物が生じ,

これらを経営外部と取引できる。この取引の介在が,

酪農技術の多様な形態として目に映る。

乳牛の技術的な特性を理由に,酪農は多様な形態 となって現れる。その形態を簡単な言葉で示すため に,多様な 型 が用いられた。

2)生産の迂回性

個々の経営草地を飼料給与に利用している草地型 酪農では,同じ生乳生産の中でも次の特性が際だつ。

第1に,生産がより迂回的になる。迂回生産は一 般に 本源的生産要素のみによって行われる<直接 的生産>にたいして,機械・原材料などの生産され た生産手段を用いて行われる生産様式 を示す 草地型酪農においては,まず農地に対して資金や労 働を投下して飼料を生産する。農地に投下した資金 は,土地生産物では回収できずに,乳牛飼養を通じ て生乳を生産し販売して初めて回収できる。飼料生 産部門と飼養管理部門のそれぞれに,種々の機械や 原材料を用いることができる。これらの生産手段に は経営外部から購入するだけではなく,自給飼料や

⑵ 酪農の場合

⑴ 耕種農業の場合

図 1 生産要素結合の概念図

注)七戸長生 日本農業の経営問題 北大図書刊行会,1988年,p23を一部参照した。

(3)

乳牛のように経営内部で自家労働によって生産され たものが含まれる。

第2に,販売可能な中間生産物を生産する部分技 術に分割できる。図2には土地利用から生乳生産ま での全体技術を部分技術の組合せとして示した。ま ず農地を利用して飼料を収穫・調製する部分,その 飼料を貯蔵・発酵する部分,貯蔵飼料を購入飼料と 混合して給餌する部分,飼料を給与して乳牛を育成 する部分,乳牛から搾乳する部分,生乳を冷却し貯 蔵し出荷する部分,ふん尿を発酵し肥料化する部分 などに分割できる。それぞれの部分では中間生産物 を製品として販売可能であり,逆に主原料を自家生 産ではなく購入可能でもある。自給飼料を利用する 草地型での生乳生産は,途中に外部との取引はあっ たとしても,ひととおり全部分を通過しなければ完 了しない。

第3に,部分技術間のバランスが強く求められる。

部分技術の改善に当たっては,同時に他の部分技術 を変更する必要が次のように無数に生じる。

まず,生産過程の前半部分の変更にあわせて,後 半部分を変更する必要が生じる。飼料生産で草種を 変更する場合,飼料給与時に混合する購入飼料を変 更する必要が生じる。飼料の収穫処理能力を高める と,飼料の貯蔵能力を高める必要が生じる。飼料の 調製方法を乾草から細断したサイレージに変更する と,給餌時の運搬方法をフォークなどによる手作業 からワゴンやトラクターのローダーなどの機械作業

に変更する必要が生じる。昼夜放牧から通年舎飼に 変更すると,牛舎に堆積するふん尿が増加するため,

ふん尿の運搬・調製作業の能力を高める必要が生じ る。

また,生産過程の後半部分の変更に合わせて,前 半部分を変更する必要が生じることもある。乳牛の 個体改良を進めて高い泌乳能力に変更した場合,自 給飼料の栄養価を高めるために草種の変更や収穫時 期,調製方法を変える必要が生じる。収穫時期に合 わせて施肥の量や時期の変更も生じる。堆肥舎から スラリーストアに施設を変え液肥として利用する場 合に,牛舎内の敷き料として長い牧草をやめゴム マットやおが屑に変更する必要が生じる。残滓とな る飼料も長い牧草から短いサイレージに変更が必要 となる。昼夜放牧から通年舎飼への変更に伴い,草 地は放牧地から採草地に変更し,飼料収穫で機械の 処理能力をを高める必要が生じる。

こうして,ある部分技術の改善に合わせて,他の 部分技術を変更して,全体の技術的なバランスをい かに取るかが農業者に強く求められる。

2.技術の体系化に向けた意思決定

部分技術間のバランスが取れない場合に,ある部 分技術の改善による効果は,以下の例のように全体 に波及しない。まず飼料の機械化を進めて,牧草の 収量や品質が最高になっても,牛乳への給与や繁殖 管理が不適切であれば,生乳生産は高まらない。ま

図 2 酪農における生産の迂回性

(4)

た搾乳牛の個体改良が十分に進み,繁殖管理も十分 になされても,飼料の収量や品質が低ければ,生産 乳量は増大しない。

部分技術間のバランスが取れた場合には,ある部 分技術の成果の低さを他の部分技術の成果の高さで 相殺しうるし,各部分技術のわずかな成果は,累積 して全体の大きな成果となりえる。

図3の模式図には,ある部分技術の変更に対応し て,他の部分技術を変更する場合に農業者に必要と なる意思決定の項目を示した。項目は網の目のよう に張り巡らされている。

意思決定項目の一部は,乳牛の生命活動によって 調整しうる。例えば飼料の不足は生産乳量の減少と なり,繁殖成績の低下となりえる。乳牛の泌乳能力 の向上は,採食行為の増加となって調整しうる。こ の生命活動そのものは農業者の意思決定ではない。

しかし生命活動にゆだねるか否かの判断は農業者の 意思決定になる。やはり多くの部分技術間の調整は 農業者の意思決定による。

農業者の意思決定は,次のように阻害されやく,

歪められやすい条件にある。

第1に,予期せぬ部分技術の変更が生産過程の後 半で進み,すでに完了した前半の部分技術で変更が 必要となる場合である。前半で変更したのち後半を 変更する場合には,結果を確認しながら意思決定を しやすい。しかし後半を変更した後に前半を変更す ることは難しく,意思決定が 手遅れ となる事態 が生じる。例えば生乳生産量が生産調整で規制され た時に,すでに飼料生産や乳牛の育成は進んでいる

事態。また例えば産乳能力の高い乳牛の導入や改良 を進めたあとに,良質の粗飼料生産を進めようとす る場合。さらに放牧を開始したあとに,放牧場の通 路やパドックを整備する場合などになる。

第2に,全体技術の評価には一般的な基準がない ため,部分技術の緻密な評価基準が優先されやすい。

一頭当たりの生産乳量が生産性指標にしばしば使わ れてきた 。しかし,これは飼養管理部門の技術成 果とは言えるが,酪農生産全体の技術成果ではない。

全体的な技術評価について,たとえば耕種農業では しばしば土地生産性(単位面積当たりの生産物量)

が使用されるが,草地型畜産では使われてこなかっ 。これは酪農で全体技術の成果を把握すること が困難なことを象徴している(図4)。

第3に,部分技術の評価は技術的には容易だが経 済的には難しい。今日では多くの部分技術の成果は 部外者によっても測定が可能になっている。圃場の 土壌分析,飼料の量や成分の分析,給与する飼料の 成分,生産された生乳の量や成分・品質測定はどの 農業者でも一定の料金を支払うことによって可能に なっている。しかし経済的評価は農業者自身の記帳 をもとに始めて可能になる。2001年の全国の酪農家 , 貸借対照表の作成が可能な記帳をしている 比率は 18.5%, 損益計算書の作成までが可能な記 帳をしている 比率は 21.2%に過ぎない。残りは 資 材 や 購 入 な ど の 簡 単 な 記 録 だ け し て い る で 37.8%, とくに何もしていない が 19.6%となって いる。自家労働時間を記帳している農業者はさらに 少なく,部分技術ごとに直接費を仕訳し,共通経費 を按分している農業者はほとんどいない。例えば自 給飼料の費用価を把握している農業者はほとんどい ない。

部分技術は,その評価が技術的には緻密に,経済 的には大ざっぱな状態で利用されてきた。農業者は 多くの場合に,新しい部分技術の経済評価を十分に 把握し,蓄積し,比較して利用を決定してはいない。

酪農での部分技術間の調整は,不明確な全体の技術 的評価と不明確な部分技術の経済的評価のもとで,

緻密な部分技術の評価に強く左右されやすい条件に あった。

3.迂回性の深化と課題

1)部分技術の推移

酪農技術の過去 30年程度の変化で,飼料生産から 生乳生産までの間に,しだいに自家生産,あるいは 購入された生産手段が用いられて,迂回性が深化し た。この迂回性の深化は,中間生産物に対する労働 図 3 酪農における意思決定項目

※部分技術間の包括的な関係のみで,外部との取引,

作業の実施に関する決定は除いた。

(5)

や生産手段の増加として示しえる。あるいは中間生 産物の生産期間の長期化によって示すことができ る。一定の技術の体系を前提とすると,これらの追 加的な投入分から得られる産出の増加は,追加的な 投入が大きくなるに従って小さくなる。つまり迂回 性が深化するに従い,産出の増加分は逓減的になる。

図5には,搾乳牛への飼料給与の推移を生産費調 査をもとに示した。生乳生産の迂回化は,配合飼料

などの生産手段を購入しただけではなく,自家生産 によっても次のように進展した。

第1に,放牧が減少した。搾乳牛1頭当たりの放 牧時間は 1970年代には 1,200時間に及んでいたが,

2000年には 800時間程度と3分の2に減少した。同 時に生牧草も減少した。飼料給与は草地から乳牛に 直接給与するのではなく,一度調製し,貯蔵してか ら給与する方法に変化した。直接的な生産から迂回 図 4 酪農における土地生産性の主な形成過程

図 5 搾乳牛1頭当たり給与飼料重量の変化 資料: 生産費調査 北海道分による。

(6)

的な生産に明確に進んだ。

第2に,搾乳牛1頭当たりのサイレージ給与量は,

1970年代には 7,000kg程度であった が 2000年 に は 9,000kgへと 1.3倍程度に増加した。牧草の調製 方法は大きく乾草とサイレージに区分できるが,乾 草は調製時に生産物としての品質が固定する。サイ レージは調製後にサイロの中で発酵をへた後に,生 産物としての品質が固定する。生産手段として利用 可能になるまでの期間が長期化したことは,生産の 迂回化を示している。

第3に,いわゆる TMR などの混合飼料の普及 も迂回性を深化させた。2000年3月に発表された道 庁の調査 では,フリーストール牛舎を使用してい る 1,007戸のうち, TMR を利用している農業者 は 740になる。 TMR では飼料は,直前に均一に 混合して始めて給与が可能になる。飼料の収穫調製 に,混合作業が加わって生産の迂回化が進んだ。

2)意思決定の複雑化

迂回性の深化により,意思決定の対象項目は著し く増加した。この点を先の図3を用いて,次のよう に示しえる。

いま仮に混合飼料という部分技術が加わった時,

他の部分技術は,農地改良・作物栽培・貯蔵飼料・

育成牛飼養・搾乳牛飼養・生産物保存の6つに及ぶ。

これらと混合飼料技術とは相互に影響する。例えば まず搾乳牛の群数に合わせたメニューの飼料を混合 しなければならない。また飼料混合機械に合わせて 粗飼料は短く裁断して調製しなければならない。部 分技術間の関係数は7要素から方向性のある2要素 を選出する順列で 7×6=42になる。飼料混合技術を 導入する以前は6要素から2要素を選出する順列で 6×5=30の関係であった。部分技術の導入に伴い,

意思決定は 12項目増加した。

仮にさらに新しい部分技術を導入すると,全意思 決定項目は 8×7=56になるため,14項目が増加す る。この模式図では,部分技術導入につれて意思決 定の項目は 2×1,3×2,4×3,5×4,6×5,7×6,

8×7……と増加する。部分技術数をnとすると,意 思決定項目数は,n×(n−1)の級数になる。

しかもこの項目数は模式化したものであり,部分 技術内にある複数の作業の時期・順序・投下資材量 の決定などを包括的に示し,無視している。新たな 部分技術の付加は,数え切れない意志決定項目数の 増大となって農業者に認識される。

加えて,この意思決定は,多くの場合に作業と同 時に行う必要がある。家族や雇用による作業の分担

が進むと,問題が顕在化する。意思決定の材料を収 集し,蓄積し,分析し,使用可能な状態にするなど の管理作業は急速に増加する。生産規模の拡大に 伴って判断ミスによるリスクは高まる。

3)意思決定の単純化と課題

限られた人員の家族経営内で,増加する管理作業 にどう対応するかが求められる。その対応に次の方 法があり,それぞれに課題が示しうる。

第1に,管理作業の処理能力をコンピュータなど の機械によって高める方法になる。コンピュータの 導入は急速に進んでおり,最先端は搾乳ロボットに なる 。センサーによる乳頭の位置確認,自動搾乳 と同時に,生産乳の量や質,搾乳回数,配合飼料な どの採食量,乳頭の形状などを自動記録して,飼料 給与の調整や淘汰の意思決定に役立てる。

この場合の課題は,まず自動化された機械・施設 を導入する費用の評価,つまり搾乳と給餌の部分技 術の自動化への経済的評価が課題となる。さらに他 の部分への波及をいかに考慮し調整するかが課題と なる。例えば,待機場に牛群を待たせてミルキング パーラーで搾乳する場合と異なり,1頭1頭を別個 に搾乳するこの機械では,フリーストール牛舎内に 乳牛が常時滞在するために,ふん尿の除去・清掃に は独自の方法が必要になる。

第2に,部分技術を委託することにより,意志決 定を家族経営の外部に排出する方法になる。例えば 牧草の収穫を委託すると収穫費用や収穫物の品質は 明確になり,収穫時期や調製方法の判断は不要にな る。さらに混合飼料を定額で配送する TMRセン ター を利用すると,給与する飼料の品質,価格ま でが明確になる。哺乳牛も外部に預託する 支援組 織 が徐々に作られつつあるが,これを利用すると 育成費用も明確になる。草地更新などの作業委託は すでに広く行われてきた。このように部分技術を外 部に委託するならば図6のように意思決定の対象項 目はほとんどなくなり管理作業は軽減する。この場 合でも自家草地を利用している場合には,草地型酪 農とは言えないことはない。

この場合の課題は,まず管理作業が減少しうるが,

委託費用が増加するため総じて費用が低下する保証 がない点になる。また自分で調整可能な部分技術が 減少するために,費用の削減には生産技術よりも,

受託作業や購買品などの取り引き相手との交渉能力 が求められる。交渉能力のためにスケールメリット を重視すると,際限のない規模拡大が必要になりか ねない。

(7)

第3に,家畜の生命活動を利用し,部分技術を統 合する方法がある。たとえば自給飼料を収穫をせず に全面放牧にした場合には,図7のように,意思決 定の対象項目は減少しうる。ここでの課題は,一般 的には効率的と考えられてきた迂回生産から非効率 と考えられてきた直接的な生産に戻ることにある。

以前よりましな成果が得られるかどうかが疑わし い。つぎの場合に成果が得られる。

まず個々の農業者でこれまで迂回生産として体系 化されていなかった場合に,以前よりも効率がよく なり経営成果は改善しうる。また迂回生産によるっ て長期化する将来の利益確保の危険性が増大する場 合に成果が生じうる。例えば生産物価格が低下する 場合。外国に依存している飼料が確保し得なくなる 場合。

また種々の部分技術が改善したもとで,特定の部 分技術を結合する場合になる。たとえば個体改良が 進み,機械化が進み,施肥技術が整い,牧柵資材が 改良し,通路やパドック,ゲートなどの放牧装備が 整備された今日での放牧は,かつての消極的な放牧 とは異なる成果を生じうる。

5.お わ り に

今日の酪農の展開には,生産の迂回性という技術 的な特性を無視しては考えられない。迂回性の深化 により,農業者は意志決定の対象項目が増大し,的 確な判断は困難になる。全体技術の体系化には,部 分技術間の適切な調整がますます重要になったとい える。

しかも農業者が部分技術の経済性,全体技術の生 図 6 搾乳に専門化した場合の主な作業と意思決定

図 7 放牧のみに転換した場合の主な作業と意思決定

(8)

産性を的確に把握し,分析し,計画しているとは考 え難い。技術が体系化する過程を知るには,少なく とも以下の管理論的視点が不可欠になる。

第1に,各部分技術の技術的情報を農業者がどれ ほど把握しているかが問題となる。例えば特定の部 分技術に偏って情報を収集し分析している場合に は,経営全体の適切な分析は困難となる。例えば乳 検データでは特定部分の技術情報のみが収集でき,

仮にその情報のみによって経営全体を評価している 場合には,バランスの崩れた状態に陥りやすい。現 実には農業者は数値化していない情報を含めて判断 材料とし,他の部分技術間とを調整するしかない。

この数値化していない情報収集の手法を明確にしな ければならない。さらに大規模化が進んだ場合に,

雇用労働力を使用し,各部分技術毎に作業を分担し ている場合,経営者が情報を収集し担当者と調整す る管理作業が顕在化する。これらの管理手法の確立 は技術の体系化に欠かせない。

第2に,部分技術の経済性をどう評価しているか が問題となる。まず自家労力のみで作業している場 合には,詳細な記帳を元に初めて部分技術の費用価 を計算できる。また各種部分技術を外部委託した場 合には部分技術の費用を市価計算できる。費用価と 市価を比較して初めて委託するか否か経済的な判断 が可能になる。現実にはほとんどの農業者が費用価 を計算せずに外部委託を進めている。その場合の評 価基準を明確にしなければならない。

第3に,経営全体の技術を農業者がどう評価して いるかが問題となる。部分技術の改善と部分技術間 の調整の結果として,経営全体の技術成果が生じる。

評価手法は大きく2種に区分できる。

まず,全体成果で評価する場合になる。オーソドッ クスな基準は労働生産性や土地生産性(経営面積当 たりの自給飼料生産乳量)になる。労働生産性は雇 用労働力の導入に従い,土地生産性は農地の外延的 な拡大が制約されるに従いより重視される。

また,部分技術ごとに多角的に評価する場合にな る。例えば牧草の収量と乳牛の産乳量で評価する場 合になる。あるいは堆肥の完成度によることも想定 できる。この場合に各部分技術の評価基準のいずれ を重視するかについては,農業者の主観が入りうる。

その主観を表現することが,農業者の技術的評価の あり方を示すことにつながる。

いずれにしても部分技術の緻密な技術評価と曖昧 な経済評価を,農業者が駆使して,部分技術間を調 整した結果,経営全体の技術は変化し体系化する。

部分技術と全体技術の各成果を関連させて全体の経

済成果を生み出している。歴史の浅い日本の酪農で,

開発政策に強く左右されてきた創業時期の未熟な段 階から,今日までの急速な淘汰の過程で,存続して きた農業者の管理手法がより厳密になったと考える ことに疑いはないであろう。技術の変化や規模拡大 を,技術論的に示すだけではなく,意思決定の結果 として示す視点は,その重要性を増している。

⑴ 山田定市 牛乳過剰 と乳業資本 日本農業 年報 第 19集 御茶の水書房,1970年,p.230。

⑵ これを批判して 酪農民は価格に対して 不可 逆的 反応をしているとはいえないし,価格低 下そのものが 過剰 のあらわれなのだから,

それから 過剰 を説明することはできない

(鈴木敏正 不足払い法 下の牛乳 過剰 の 性格について 農業経済研究 第 45巻1号,

1973年,p.12)と指摘されたが実証はしていな い。

⑶ 七戸長生 北海道酪農の構造と再編方向 特別 研究 日本農業の構造と展開方向研究資料 第 10号 農業総合研究所,1983年,p.20。

⑷ 七戸 同上 p.25。

⑸ 田畑, 前掲 1989年,pp.56〜57。

⑹ 田畑保 北海道酪農の農家経済構造と農民層分 解 美土路・山田編著 地域農業の発展条件 御茶の水書房,1985年,p.254には 規模拡大 競争の中で存続していくために借入金によって 規模拡大をはかり,更にその借入金の利子支払 いと償還のために一層の規模拡大を行わざるを 得ないと言うような経営も少なくなかった。負 債償還と金利支払いに促進された〝増産メカニ ズム" である。……平均的に見る限り 70年後 半はそうであった 。

⑺ その後も昭和 40年代後半以降の急激な多頭 化, 増産メカニズム の展開過程は,……農家 経済の特質をより強化し,増幅させる過程で あった 負債整理対策がそれに対して講じら れ,……一定の解決・緩和がはかられてきた。

しかし,……北海道酪農の持つ……特質は基本 的に変化してこなかった とした(田畑 酪農 経営の展開と農家経済構造 ⎜ 昭和 50年代北 海道酪農の展開の特質 ⎜ 農総研季報 No.

1,1989年,p.30)。

⑻ 例えば,拙稿 根室区域農用地開発公団事業に よる 新酪農村 の形成過程 酪農学園大学 酪 農学園大学紀要 2003年,p.66を参照。

(9)

⑼ 田先威和夫監修 新編 畜産大事典 養賢堂,

1996年,p.767には, 酪農の経営類型 として,

放牧・採草型酪農 飼料作物型酪農 流通飼 料型酪農 が見出しにある。渋谷佑彦・小沢国 男・島津正編 畜産経営学 文永堂,1984年,

p.150〜151には,畜産についての 経営方式別 の類型区分 が表示され,酪農では肉牛などの 他の畜産に比べて3倍以上の 15類型が示して ある。 酪農大百科 デーリィマン社,1990年,

p.669〜672には, 粗放酪農 集約酪農 をは じめ数類型が示してある。農林水産省農林水産 技術会議事務局編 昭和農業技術発達史 第4 巻 畜産編/蚕糸編 農文協,1995年,p.64に は, ミルキングパーラー・フリーストール牛舎 方式 が記述してある。高等学校の文部科学省 検定済み 高等学校 畜産 農文協,1993年,

p.256〜257には, 草地型 耕地型 複合経営 搾乳専業型 があげられている。なお,七 戸長生・萬田富治 日本酪農の技術革新 酪農 事情社,1989年,p.13では, 土地利用型 や 施設型 などの区分を 再点検する必要性があ る と指摘している。

⑽ 七戸長生(1980)農業経営と農業技術。農業経 営学。文永堂,東京,p.22‑43を参照した。

加用信文(1976)農畜産物生産費論,p.316を参 照のこと。

七戸長生(1980)農業経営と農業技術。農業経 営学。文永堂,東京,1980,p.24。

加用信文(1976)農畜産物生産費論,p.316を参

照のこと。

経済学事典 第2版 岩波書店,1979年,pp.

44〜45。

たとえば七戸長生 再編成期 における農業生 産力展開の特質と構造 川村琢・湯沢誠編 現 代農業と市場問題 北大図書刊行会,1976年,

p.404に 資料的な制約のため,さしあたり乳牛 個体を耕地になぞらえる形を取らざるを得な かった と断った上で,p.409〜411に,搾乳牛 1頭当たり年間生産乳量での生産力の動向が示 されている。

吉野宣彦 酪農規模拡大構造の再検討 (北海道 農業経済学会 北海道農業経済研究 第4巻,

第2号,1995年5月を参照のこと。

中央酪農会議 酪農全国基礎調査 2002による。

北海道農政部酪農畜産課 新搾乳システムの普 及状況について 2000年3月。

2002年3月で道内 41農場に導入されている

(堂腰顕 搾乳ロボット 上 日本農業新聞 2003年 10月 22日付)。また畜産技術協会によ ると哺乳ロボットの普及台数は 571台( 日本農 業新聞 2003年4月8日付)。

例えば,荒木和秋 飼料生産・TMR製造協業に よる農場制農業への取り組み 農 ⎜ 英知と進 歩 ⎜ 農政調査委員会,2001年,志賀永一 自 給飼料生産地帯のTMRセンター 畜産の情 報(国内編) 2002年8月号などに紹介されてい る。

参照

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