ミトコンドリアから出発して
山 本 雄 造
秋田大学医学部外科学講座消化器外科学分野 (平成 16年 3月 24日掲載決定)
Surgical Research started from Mitochondria
Yuzo Yamamoto
Division of gastroenterological Surgery, Department of Surgery, Akita University School of Medicine, Akita 010‑8543, Japan
Key words:ミトコンドリア Mitochondria,脳死 brain death,肝移植 liver trans- plantation,肝切除 liver resection,虚血再灌流障害 ischemia‑reperfusion injury
は じ め に
研究のきっかけは人それぞれで異なるであろう.自 分で興味あるテーマを見つけ出して生涯をそれに捧げ る者と,無理矢理テーマを与えられて訳の分からない まま始め,いつの間にかその中に吸い込まれて時流と 必要性にしたがって研究内容が変化してゆく者に大き く分けられるように思う.前者は研究者の鏡のような 人であり,臨床医学の世界ではそれほどいないように 思う.もちろん私は後者であり,多くの臨床医学研究 者もそうであろうと信じている.しかし,研究を始め るきっかけはどうあれ,まず,始めることが大切であ り,中途半端な取り組みをしないことと,見つけたも のを一つずつ残してゆくことが大切であると先輩から 教えられ今も続けている.
ミトコンドリアへのきっかけ
ミトコンドリアはかつてエネルギーの産生工場とい う役割からその重要性が認識され数多くの研究成果が 報告されている.そして,今,また,細胞死の形を制 御する役割が見いだされ,新たな展開をみせているオ ルガネラである.1980年代,ミトコンドリアの前者に おける研究が終盤に近づいていた頃,生化学的な側面 よりのミトコンドリア機能の解析は完熟期にあった
が,この成果を臨床の場で如何に利用するかの手段は 開発されていなかった.京都大学の小澤教授(当時講 師)は肝切除手術の際に肝に生じる虚血に基づく肝実 質障害を客観的に評価し,術後肝不全のリスクをさげ るための研究をされていた.この研究室で は TCA cycleの発見者である Krebsらにより 1967年に証明 されていた肝組織のアセト酢酸/3‑ヒドロキシ酪酸比 を測定することによって肝ミトコンドリアの redox stateを知ることができるという事実に着目し,これを 動脈血中の[アセト酢酸]/[3‑ヒドロキシ酪酸]比から 推測するという技術を開発していた .
3‑ヒドロキシ酪酸+NAD⇄アセト酢酸+NADH+H
K= [アセト酢酸]×[NADH]
[3‑ヒドロキシ酪酸]×[NAD ] したがって
[NAD ]
[NADH]= [アセト酢酸]
[3‑ヒドロキシ酪酸]×1 K
(K は pH=0における本反応の見かけの平衡定数) この時,ミトコンドリア内の NAD や NADH はミト コンドリア膜を通過できないが,アセト酢酸と 3‑ヒド ロキシ酪酸はミトコンドリア膜,細胞膜を自由に通過 できる事実とこの平衡を掌る 3‑ヒドロキシ酪酸脱水 素酵素が,主に肝臓のミトコンドリアにのみ存在する ことから,肝静脈血液の[アセト酢酸]/[3‑ヒドロキシ
()7
Akita J Med 31:173‑184,2004
平成 15年 12月 9日 新任教授就任講演
酪酸]比は肝ミトコンドリア内の[NAD ]/[NADH]
比,すなわち redox stateを反映することになる.さら に,右肝動脈塞栓術により低下する右肝静脈血の[ア セト酢酸]/[3‑ヒドロキシ酪酸]比が肺のみを通過して きた動脈血中の[アセト酢酸]/[3‑ヒドロキシ酪酸]比 と極めて良い相関をすることが見出され,小澤教授ら は臨床でも動脈血の[アセト酢酸]/[3‑ヒドロキシ酪 酸]比を測定することで肝ミトコンドリアの redox stateを推測できると考えた.そして,1983年に Ar te- rial ketone body ratio(AKBR)という概念を発表し ていた.
京都大学では 1979年頃から肝移植のための基礎研 究が始まっていたが,私が研究室にはいった 1987年に は移植肝の viabilityを先の AKBRで判定できないも のかという研究に取りかかっていた.私を含めた研究 の初心者 3人に与えられたテーマはある日のカンファ レンスで小澤教授がポツリといわれた「脳死の肝臓の AKBRは高いかい 」というものであった.そして訳 のわからぬまま外科医がミトコンドリアと肝虚血再灌 流障害の世界に足を踏み入れることになった.
脳死肝のミトコンドリア機能
動物実験モデルとして犬を用い,硬膜外腔にバルー ンを挿入し,次第にバルーンを膨らませることで脳圧 亢進の擬似モデルを作成した.脳圧を次第に上昇させ て ゆ く と Cushing現 象 が 生 じ,収 縮 期 血 圧 が 300 mmHg超となる.さらにゆっくりとバルーンを膨らま せると急速に低下を始め,60‑70 mmHgあたりで落ち 着き,それ以上バルーンを膨らませても血圧の再上昇 がみられない状態が得られる.このとき,瞳孔は散大 固定し,筋弛緩をリバースしても自発呼吸がなく,脳 波が平坦となる.これを脳死のモデルとして AKBR の推移を解析するというプロトコールをたてた.一般 に,AKBRはショック状態で肝血流量が低下すると肝 ミトコンドリアの酸化的燐酸化反応がスムーズに動か なくなり低下する.このため,Wiggersモデルを用い て,脳死と同じように血圧が 60 mmHgで維持される 失血性ショックモデルの犬を作成し,対照とした.図 1に示すように同じ収縮期血圧が 60‑70 mmHgであ りながら,出血性ショック状態の肝臓では AKBRが 0.4以下になるのに対して,脳死の肝臓では 1.0以上を 維持していた .
図 1 犬脳死モデルと Wiggers出血性ショックモデルにおける血圧と AKBRの時間的推移 (a)脳死モデ
ルn=6,(b)Wiggers出血性ショックモデルn=4ともに収縮期血圧が 60 mmHgに低下するが,脳死では
AKBRは高く維持され,Wiggers出血性ショックモデルでは 0.4以下に低下する.MEAN±SEM(文献 2よ り改変)
海外の臨床移植で銃創による出血性ショックの蘇生 などから脳死となったドナーから得られた,いわゆる
“ショック肝”の移植は移植後に初期グラフト機能不 全が多いといわれていた.我々の実験結果はこの事実 をミトコンドリア機能から説明するきっかけとなっ た.
Trimetaphan Camsylate誘導性低血圧とミトコンド リア機能
脳死低血圧肝と出血性ショック肝ではミトコンド リアにとって何が違うのであろうか 」が先の結果か
ら次に浮かんでくる疑問である.決定的な違いとして 循環血液量が考えられる.脳死の場合,神経遮断によ り vascular bedが開き,それにより血圧が低下してい る.一方,出血性ショックでは循環血液量の不足を補 うために血管収縮が生じ,vascular bedが小さくなっ た上で,なお,血圧が低下している.それでは,交感 神経節遮断により vascular bedが開いて循環血液量 を変化させずに血圧を下げれば肝臓のミトコンドリア にとっての脳死状態を再現できるであろうかがテーマ となる.図 2は Trimetaphan Camsylateを用いて平 均血圧を 60 mmH にした場合と Wi ersモデルに 秋 田 医 学
図 2 犬 Trimetaphan低 血 圧 モ デ ル と Wiggers出 血 性 ショック モ デ ル に お け る 血 圧 と AKBRの 関 係 Trimetaphan低血圧モデル(n=7)では脳死モデル(n=7)と同様に低血圧にも拘らず AKBRは高く保た れる.MEAN±SEM(文献 3より改変)
図 3 犬脳死モデルにおける Dopamine投与 5時間までの AKBRの推移
矢印は脳死の誘導開始(左)と完成時(右)を示す.各群n=4の MEAN を示す.(文献 4より)
()9
より平均血圧を 60 mmHgにした場合の AKBRを測 定したものである.明らかに AKBRは異なる反応を 示し,交感神経節遮断低血圧肝では脳死低血圧肝と同 等の AKBRを示すことが証明された .
脳死とカテコラミン
臨床では脳死状態になっても当然のことながら血圧 を正常範囲内に維持しようとする努力が払われる.特 に,移植を前提とすればショック肝にならぬようカテ コラミンを使って血圧を維持する努力が払われてい た.一方,血圧維持にカテコラミンを使用していたド ナーからのグラフトは初期グラフト機能不全になりや すいとの経験則が移植医たちの話題になっていた.
図 3は脳死モデルを作成した後にドーパミン量を 5
〜50γに調整して血圧を上昇させた時の AKBRの値 を示す.10γ以下の投与であれば AKBRは一過性の 上昇傾向をみせたが,2時間以上の連続投与では投与 しないよりもかえって AKBRは低下する結果であっ た.しかも,10γ以上の投与群においては明らかに AKBRの低下を導き,脳死状態におけるカテコラミン 投与による血圧是正はかえって肝ミトコンドリアのエ ネルギー代謝を損ねていることが判明した .図 4は 日本の救急部で海外の脳死クライテリアを満たす状態 となっていた患者(当時,日本においてはまだ脳死法 案が採択されておらず,海外のカテゴリーにおいて脳 死と判定される患者も治療が継続されていた.)におい て測定された AKBRを示す.低血圧であってもカテ コラミンを使用していない患者は AKBRが高く保た れているが,血圧が正常に維持されていてもそのため にカテコラミンを投与している患者は AKBRが低値 を示していることがわかる.図 5に症例としてカテコ ラミン投与と AKBRの変動を示すが,カテコラミン 投与量に応じて血圧は上昇するが AKBRは低下し,
カテコラミンの投与中 止 と と も に 血 圧 が 低 下 し て AKBRが上昇している .
脳死と甲状腺ホルモンとADH
医師であれば脳死と聞いて誰しもが思い浮かべるの が ADH の分泌不良による尿崩症である.尿崩症によ る脱水が循環血液量に影響を及ぼし,結果的に血圧に 影響していることはよく知られている.しかし,脳死 と聞いて甲状腺ホルモンを思いつく医師は少ないと思 われる.表 1は犬脳死モデルにおける T (triiodthyr- onine)と FreeT および ADH の変化を示す.この表 に示されるように脳死状態では血中の T ,特に Free T が低下しており,いわゆる eut hyroid sick syn- dromeを 呈 し て い る.図 6は 脳 死 状 態 の 犬 に T , ADH (vasopressin)を投与したときの血圧,並びに AKBRの変動を示す.血圧に関しては T ,ADH とも にわずかには上昇させるが,有意な上昇は得られない.
ところが,この両者を補充することによって血圧は正 常化することがわかった.ADH 補充が循環血漿量を 保つために役立つであろうことは容易に想像できる が,T がなぜこれほどの効果を発揮するのかのメカニ ズムはよくわかっていない.さらに面白 い こ と に,
ADH の単独投与は AKBRにそれほど影響を与えな いか,反対に低下させる傾向にあった.この理由は ADH が腸間膜血管の収縮を誘発し,門脈血液量を低 図 4 脳 死 の criteriaを 満 た す 臨 床 患 者 に お け る
AKBR
◯ Dopamineまた は Dobutamine投 与 の 合 計 が 10 γ 以下の症例
● Dopamineまた は Dobutamine投 与 の 合 計 が 10 γ 以上の症例
(文献 5より)
表 1 犬脳死モデルにおける T ,Free T ,ADH の血中濃度
脳死導入前 脳死完成 1時間後 脳死完成 2時間後 T (ng/ml) 0.72±0.07(n=16) 0.19±0.04 (n=16) <0.1(n=4) Free T (pg/ml) 2.33±0.26(n=16) <0.7 (n=4) <0.7(n=4) ADH (pg/ml) 2.38±0.41(n=16) 0.67±0.30 (n=16) <0.15(n=4)
p<0.01 vs脳死導入前,それ以外は測定限界値以下に低下(文献 6より抜粋)
図 6 犬脳死モデルにおいて T または ADH を投与した場合の血圧(a)と AKBR (b)
Group A:コントロール,Group B:T 1μg/kg/hrのみ,Group C:ADH 0.1 U/kg/hrのみ,Group D:
T と ADH の両者を投与. p<0.05, p<0.01 vs Group A.(文献 6より)
図 5 喘息の重責発作にて無呼吸を生じ,治療にも拘らず深昏睡となった症例.発症 3日目に瞳孔が散大固定 され,自発呼吸が消失.脳波が平坦化し,急速な血圧低下のため,カテコラミン投与がなされた.発症 4日 目(矢印)の時点で脳死の criteriaを満たす状態となった.この時血圧は維持されたが,AKBRは 0.55に低 下したままであった.発症 5日目に家族の承諾のもとカテコラミン投与が中止されたところ,血圧が 55mmHgに低下し,AKBRは 1.20に上昇した.
◯ AKBR ● 収縮期血圧(文献 5より)
( )11 秋 田 医 学
下させることによるものと考えられた.一方,T の単 独補充は AKBRを通常以上に上昇させることができ た.この結果は Sterlingらによって scienceに 1980年 に報告された,T がミトコンドリア内膜に存在する T receptorを介して働き,極めてよくカップリング された酸化的燐酸化を起こすことで ATP合成を促進 する効力を持つという事実とよく一致した.そして,そ の両者を投与することでカテコラミンではできなかっ た脳死状態における血圧と AKBR両者の改善が実現 できた .残念なのは T のこのような効果を期待した い患者は経口投与が不可能であり,当時,臨床で静脈 投与が可能な T 製剤がなく(今もないが),協力して もらえる製薬会社を見つけられなかったことである.
移植に使われている脳死患者のAKBR
図 7は旧西ドイツ Hannover医科大学で測定され た,彼等の経験則にしたがって肝移植が可能と判定さ れたドナーの AKBRを示す .正常のヒトの AKBR は 0.7以上と考えられており ,0.4を下回ると肝のエ ネルギー代謝は極めて criticalな状態になっている . これら脳死ドナーの AKBRのほとんどは確かに 0.7 以上であった.すなわち,修練されたドネーション外 科医の経験と直感によって選択されたドナー肝のミト コンドリア機能は正常に保たれていたのである.これ らのドナーから肝移植を受けたレシピエントの術後の AKBRを示したものが図 8である.AKBRが正常に 保たれていたドナーから摘出した肝の 90.5% は初期 グラフト機能不全に陥ることなく移植に成功した.し かし,21例中 2例はドナーの AKBRが高いにも拘ら ず初期グラフト機能不全となり,再移植を受ける結果 となった.この結果はドナーの AKBRが肝の viabil- ityを判定し損ねているのではない.移植にとってド ナー肝の viabilityが高いことは必要条件であるが十 分条件ではない.肝の移植後の viabilityに影響する要 因には大きく分けて 3つある.脳死状態のドナー肝の viability,肝摘出後の冷却保存中の障害,そして植え込 み手術そのものにおける障害である.脳死状態にある ドナー肝の viability評価は AKBRの研究で解決でき る見込みがついた.3番目の植え込み手術における障 害は予測をしても解決の仕様がない.レシピエントを 初期グラフトの機能不全で不幸な目にあわせないため には最後のチェックポイントとして保存終了後,即ち,
移植直 前 の グ ラ フ ト の viabilityを 評 価 す る 必 要 が あった.
移植直前に肝のviabilityを判定
移 植 直 前 に グ ラ フ ト の viabilityを 評 価 す る に あ たっての問題は摘出されたグラフトでは AKBRを測 定できないことであった.変わりに肝ミトコンドリア の機能を知る方法は肝組織から直接測定することであ ろうと思われた.しかし,そのために大切な肝を傷つ けることなく,しかも迅速に結果が出ることが要求さ れた.「針生検で得られるほどのサンプルからミトコン 図 7 西 ド イ ツ Hannover医 科 大 学 の ド ネーション チームにより肝移植に使用されたドナーの AKBR(文 献 5より)
図 8 ドナーの AKBRとそれより摘出されて移植を受けたレシピエントの術後 AKBRグラフの左端の丸 印はドナーの AKBRを示し,その同じグラフトのナンバーがレシピエントに示されている.(a)移植手術 術後 24時間以内に AKBRが 0.7以上になった症例.#17の症例では肝動脈の屈曲が生じ,一旦上昇した AKBRが再度低下したため,この後再開腹手術が施行された.(b)術後 AKBRが 0.7以上を示すことがな く,この 2症例は翌日初期グラフト機能不全の診断で再移植を施行された.(文献 5より)
( )13 秋 田 医 学
ドリアを無駄なく抽出し,そのミトコンドリアの機能 を 1時間ほどで測定する方法を開発する.」が新たな テーマであった.即ち,極少量のミトコンドリアから その機能を安定して,しかも迅速に測定することが要 求されたのである.
少量とはいえ,肝組織からミトコンドリア分画を抽 出するためには一定の時間がかかる.しかも,得られ る ミ ト コ ン ド リ ア は 微 量 で あ る た め に そ の redox stateを正確に測定するのは困難と思われた.このた め,ミトコンドリアの膜電位形成が redox stateと密 に 連 動 し て い る こ と と,膜 電 位 に 応 じ て Rhoda- mine123がミトコンドリア内に取り込まれ,その量を 吸光度の変化として鋭敏に定量できることに着目する ことになった.
約 40 mgの肝組織からミトコンドリア分画を抽出 し,得られた微量の試料からその蛋白量と,state 4呼 吸(酸 素 と 基 質 が 十 分 与 え ら れ て い る 状 態)時 の Rhodamine123の取込み量を分光光度計にて測定する 過程を 1時間以内で完結する方法を開発した .図 9 に 37°Cの温生理食塩水に摘出肝を保存した場合と,通 常移植で使われている University Wisconsin(UW)
液に 1°Cで保存した場合の保存時間と state 4呼吸で のミトコンドリア膜電位を示す.実験はラットの肝を 用いて行ったものであるが,それまでの研究から UW
液でラット肝を保存した場合に移植後のグラフト生着 率は 12時間まではほぼ 100% であり,その後時間経過 とともに生着率が低下することが知られており,ミト コンドリアが state 4状態で正常の膜電位を保つこと ができる期間と良く一致していた.これとは対照的に 37°Cの温生理食塩水に保存した場合にはミトコンド リア膜の透過性が亢進してしまい 3時間以内に un- coupleした状態となり,もはや ATPを合成するため の膜電位を維持できなくなっていた.
UW 液を工夫することで,移植後再灌流が行われ state 4状態になったときミトコンドリアが膜電位を 回復できる状態に,より長時間保てればグラフトの機 能がよくなる可能性が高い.図 10は UW 液に 0.5μg/
ml,1μg/ml,5μg/mlの Chlorpromazineを添加した 場合の state 4膜電位の保存時間に対する値を示して いる.0.5μg/mlの添加では有意の差は認め ら れ な かったが,1μg/ml以上添加することによりほぼ 72時 間までミトコンドリアが膜の integrityを保ち,移植後 に ATP合成を行える状態で保存できることが判明し た .もちろん,肝移植後にグラフトが正常に機能する ためには他にもクリアーしなければならない要因はあ るが,少なくとも移植肝が生着するための最低条件と 考えられるエネルギー生成機構の破綻までの時間を Chlorpromazine添加で延長できることが示された.
図 9 肝ミトコンドリア膜電位の保存時間および保存条件との関係
■ 正常肝の state 4呼吸時のミトコンドリア膜電位(n=4)
⃞ uncoupler(CCCP)にて処理した時のミトコンドリア膜電位 (n=4)
● 1°Cの UW 液にて肝を保存した後の state 4呼吸時のミトコンドリア膜電位 (n=5)
◯ 37°Cの温生理食塩水に肝を保存した後の state 4呼吸時のミトコンドリア膜電位 (n=4) 図中編みがけの領域は正常肝のミトコンドリアが示す state 4呼吸時の膜電位.
MEAN±SD,p<0.05, p<0.01 vs正常肝のミトコンドリア膜電位(文献 8より)
肝を評価するから肝を保護するへ
ミトコンドリアを中心に肝の viabilityを正しく評 価する技法を探る研究の中で,外科の研究手法という ものを教わってきたわけであるが,外科医として挑戦 すべきもう一つのテーマがあった.それは,評価の結 果,肝機能が不十分であった患者は手術の適応外でい いのだろうか 術前の評価は良好であっても手術の 侵襲が大きい場合には先の移植の 2例に示されるよう に不幸な転機をとらせることになる.現実の臨床で評 価を云々するためにはその対策と表裏一体になってい なければならない.即ち,肝の viabilityを保護するた めの研究が必須であると思われた.肝移植では臓器の 冷却保存液の開発がそれに相当していた.しかし,一 般の肝切除手術では冷却保存ではなく,肝の温阻血再 灌流障害に対する対策が必要となる.虚血再灌流障害 を防ぐための薬剤としてプロスタグランディンをはじ めとするいくつかの肝保護剤が紹介されていたが,ど れも臨床効果は十分とはいえなかった.このような中 で,これ以降,heat shock proteinの誘導を中心とし た肝の Preconditioningに関する研究に携わることと
なり,分子生物学や遺伝子導入も外科医として扱うこ ととなった.Preconditioningに関係する研究の内容 は他稿に詳述した ので本稿では紙面の都合もあ り既発表の論文 をあげるのみとする.
お わ り に
外科医に手の出せる範囲で行ってきた研究の流れを 紹介させて頂いた.基礎医学の研究者から見れば研究 とはいえない内容かもしれないが,たまたま与えられ たきっかけから,自分なりに問題と思われるテーマに ついてひとつずつ答えを探して来たつもりである.そ して,まだ臨床応用ができる段階にまで解決できたも のはなく,試行錯誤の途中である.しかし,今後も分 子生物学の方面から Preconditioningのメカニズムを 解明してゆく過程で,よりよい Preconditioning法を 開発し,肝胆道系の手術の安全性をさらに向上させる ことにより,現在,手術の侵襲性が高いという理由で 手術適応外とされ,外科治療の恩恵をうけていない患 者にも手をのばせるようにしてゆきたいと考えてい る.このような Surgical researchを臨床と併行して 図 10 Chlorpromazineを添加 1°Cの UW 液に肝を保存した後の state 4呼吸時のミトコンドリア膜電位
◯ UW 液単独 (n=6)
● UW 液+0.5μg/ml Chlorpromazine(n=5)
⃞ UW 液+ 1μg/ml Chlorpromazine(n=5)
■ UW 液+ 5μg/ml Chlorpromazine(n=5) (C):control value(n=5)
p<0.05, p<0.01 vs control value;p<0.05,p< 0.01 vs UW 液単独保存(文献 9より)
( )15 秋 田 医 学
進めてゆく仕事を一緒にやってやろうという若い研究 者が消化器外科に集まってくれる事を期待したい.
文 献
1) 小澤和惠 (1989) ミトコンドリアから肝臓外科 へ.メディカル トリビューン.東京.
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