長 崎 大学 水 産 学部 研 究 報 告 第59号(1986) 23
淡水産紅藻オキチモズクの室 内培養
右 田 清 治
Culture Studies of Freshwater Alga Nemalionopsis
tortuosa (Rhodophyta, Nemalionales)
Seiji MIGITA
The freshwater red alga Nemalionopsis tortuosa YONEDA et YAGI is only one species of the genus Nemalionopsis and has been recorded from a few places in Japan. In the present paper, I report on completion of the life history of Nemalionopsis tortuosa in laboratory cultures.
Monosporangia, subspherical in shape and measuring 15~20 µm long and 8~11 pm wide, are formed on the terminal cells of assimilating branches. The sporangia were abundantly found in spring in nature. Monospores released from adult fronds were about 12 µm in diameter and germinated immediately by pushing out germ tubes.
They developed into prostrate filamentous thalli. These cells were often bent and densely crowded, and some parts of the thalli seemed to be pseudo-discs.
These prostrate thalli produced many erect branches and grew into closely bran- ched tufts ; the so-called Chantransia-stage. After successive branching, one of the branches of the prostrate became a growing apex to develop into an erect frond. The erect fronds finnally grew up to 18 cm in length and formed monosporangia. In the culture experiments at various temperatures, monosporangia were abundantly formed
at the warm temperatures such as 20° and 25°C.
オ キ チ モ ズ クNemalionopsistortuosaは,愛 媛 県 川 内 町,長 崎 県 土 黒 川,熊 本 県 志 津 川 な どの 国 の 天 然 記 念 物 に 指 定 さ れ た3産 地 の ほ か,長 崎,熊 本 県
な ど数 カ所 で そ の 生 育 が 報 ぜ ら れ た が(森1955,岡 田 ・ 右 田1956),生 育 地 の 環 境 悪 化 の た め最 近 急 に絶 滅 し て お り,現 在 熊 本 県 志 津 川 の1ヵ 所 で 生 育 が み
られ る の み で あ る。
著 者 は,以 前 に本 種 の 発 生 実 験 を行 っ た が 大 き く 成 体 ま で育 て る こ とが で き ず(岡 田 ・ 右 田1956),増 殖 の た め の 基 礎 知 見 を得 る 目 的 も あ っ て,再 び1983 年 に 室 内 培 養 を 試 み た 。 今 度 の 培 養 で は18cm以 上 の 成 体 に育 て る こ とが で き,生 態 に 関 す る2,3の 実 験 も行 っ た の で,そ れ らの 結 果 を 報 告 す る 。
材 料 と 方 法
材 料 の オ キ チ モ ズ ク は長 崎 県 土 黒 川 で1983年4月
28日 に採 集 した 。 単 胞 子 を 有 す る体 の 一 部 を よ く洗
浄 した 後,フ ラ ッ トシ ャ ー レ 内 で 単 胞 子 を放 出 さ せ,
マ イ ク ロ ピペ ッ トを用 い て 単 胞 子 を 別 の シ ャー レ に
分 離 し培 養 を 開 始 し た 。 培 養 は,温 度20゜〜22℃,照
度2,0001uxの 白 色 蛍 光 灯 光,12:12の 日 周 期 の も
と で 行 い,培 養 液 に は 河 川 水 をPES処 方 で 補 強 した
液 を 殺 菌 し て 用 い,1週 間 お き に換 水 した 。 ま た,
発 芽 体 が2〜4㎜ に生 長 した もの は 枝 付 き丸 フ ラ ス
コ(100,200mlの で 通 気 培 養 し,2日 お き に 換 水 し
た 。 培 養 で 数cmに 生 育 し た 体 の 同 化 糸 を カ ミ ソ リで
切 断 し,切 断 同 化 糸 を ピペ ッ トで 分 離 し そ の 再 生 生
長についても観察した。
培養生態については,小ガラス板に付着した単胞 子を温度,照度,塩分など種々の条件下で10日間培 養し,発芽体の生長を比較した。また,約2cmの体
を10,15,20,25℃の温度のもとで1カ月間枝付フ ラスコで通気培養したり,切断同化糸をシャーレに 入れ同じ温度条件下で1カ月止水培養して,単胞子
形成の有無を調べた。A
E
e
xS
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B
塵
黛
Xb薪謹酔
み、酒
噸難擁 ・馨嚇
騨曝潟 畿
8・艦葦 。
譜
c
F
鶴翼ず 霧
D ︐三λ
ヘノ
凝
燕薄霧
グ職譲
魅鋼織
欝
欝\
ε浩8
職
Fig.1. Monospore development of IVemalionoPsis tortuosa.
A, two monospores ; B, C, germination of monospores ; 2一 and 4−day−old germlings ; D, 15−day−old ; E, F, 20一 and 35−day−old germlings with erect branches (Chantransia−stage) ; G, formation of growing apex ; H, a young erect frond,
forming main axes. Scale in A applies to B, C. Scale in D appies to E 一G.
長崎大学水産学部研究報告 第59号(1986) 25
結 果
オキチモズクの単胞子嚢は,径8〜11μm長さ 15〜20μmの卵形,楕円形で同化糸の先端に形成さ れ,春に採集した体で多く観察された。単胞子は淡 紫色,灰緑色を呈し,大きさは径11〜14μm平均12.4
μmの球形であった(Fig.1,A)。単胞子は付着後直ち に発芽管を出し(Fig.1,B),細胞内容は発芽三部に移行し原胞子は空となる。発芽体は初め太さ5μmで
A
B
c1列細胞となるが(Fig.1,c),その後不規則に枝を出
し,分枝したほふく糸状体となる。糸状体の細胞は 太さ4〜6μm長さ8〜20μmで,枝はある部位で は屈曲し互に相接するため仮盤状を呈する(Fig.1,
D)o
糸状体はシャーレの止水培養で半月後には長さ 80〜100μm,1月後には180〜220μmに生育し,直立
枝を出すようになった(Fig,1,E)。直立枝は,その細胞の太さ7〜8μm長さ8〜10μmで,ほふく枝よ
りやや太く短く,直線的に伸出し(Fig.1,F),細胞内
D
F
s
ノx〆
εε鴇.O
E
癌辛9
G
郵訟鐘ぎ ぎ笹 藝 釜ぎ嚢 識︷簸ぎ驚霞蕪 ぎ 霧 塾蹴嚢 睾
Fig.2. Development of erect fronds ofハlemalionopsis o吻。ε鳳
A−D, young erect frorids after 4 months culture in petri dishes ; E−G, erect fronds developed from the stages in D by aerating culture ; E, 140−day−old ; F, 5−month−
old ; H, 6−month−old. Scale in A applies to B and C. Scale in G applies to
D 一vF.
容も充実し色も濃く,成体の同化糸とよく類似して いる。直立枝は分枝するものが多いが,単列のもの もあり,400μmまたはそれ以上長くなり,2カ月後 の発芽体は直立枝が四方に面出し,いわゆる
Chαntransia・stageの叢状を呈するようになった。
その後,直立枝の1本が急に密に分枝し,分枝した 枝がすべて内部に屈曲した生長点細胞群となる
(Fig.1,G)。これらの枝がからみ合って,内部には髄
層を外部には同化糸をつくり,噴水型の直立体を形 成していくようになった(Fig.1,H)。しかし,
Chantransia−stageの体を25℃の高温に移したもの では,直立体の発生はほとんどみられず,分枝した 直立枝のみ繁茂し,それらの先端に単胞子を形成し
た(Fig.3,C)。
直立体の生長は,シャーレ内の止水ではきわめて
A .ij
/
c
懸隔難 響獲麟蕪撒繊
麗懸盤臨B
遅く,3カ月後には。.5〜1㎜に(Fig.2,A,B),4カ
月後には3〜4.5㎜に達し,またこの頃ほふく体より 2温まれに3本の直立体を出すものも観察された (Fig.2,c,D)。その後2〜4㎜の直立体を基質より 離して枝付フラスコに入れ通気培養したところ,急 に生長が速くなり,通気20日後には長さ1.5〜2cmに なり下部で数本の枝を形成するようになり(Fig.2,
E),さらに通気1カ月(培養開始5カ月)後には5.5 cm,2カ月後には7〜10cm(Fig.2,F),3カ月後には
18cmの長さに達した(Fig.2,G)。直立体の分枝は天然のものに比べきわめて少なく,
10cm以上の体でも下部で数本みられるだけで,とく
に上部ではほとんど枝を出さなかった(Fig.2,G)。単胞子形成は,直立体を定期的に検鏡して調べたが,
培養4カ月頃に初めて単胞子嚢の形成を直立体の中 央付近の同化糸上で観察し,
その後徐々に増え体の上部,
藩毅/・灘轍藻1
餅
轍たも(2) (,.,より多くの形成が
{樫賊
訟ヅ灘;諜雛論≒難≒三郎
Fig.3. Formation of monosporangia.
獅
︑海︑−式 タ ・麟
礁A,B, monosporangia (pointed by arrows) formed on the erect frond in culture ; C, monosporangia on a thallus of Chantransia−stage ; D, mono−
sporangia formation on cutted assimilating filaments.
Scale in A applies to B一一D.
みられた。
数cm以上の藻体をカミソリ の刃で切断し,同化糸の断片
をシャーレ内に静置すると,ほふく枝を再生しやがて直立 体が発生した。これは単胞子 のない時期に多数の固体を得
るのに有効であった。また,切断同化系を25℃前後で培 養すると,1,2週間で同化 糸の先端や新しくできた側枝 上に単胞子嚢が形成され
(Fig。3,D),その単胞子も繁
殖の一方法とみなされた。培養生態については,単胞 子の発芽体の生長に及ぼす温 度,照度,塩分濃度などの影 響を調べた。水温の生長に及 ぼす影響は,Table 1に示す ようになり,10日後の生長は
20℃で最もよく,次いで15.,20℃の順で,10。Cでは不良で
あった。また,照度の影響は
Table 2のようになり,生長
長崎大学水産学部研究報告 第59号(1986) 27
は4,0001uxで最も良好で,次いで2,000,1,0001ux で良く,6,0001uxの高照度では不良であった。塩分濃
度の影響については,淡水から海水までの4段階の 濃度で実験したが,結果はTable 3のようになり,
生長は塩分濃度が高くなる程不良ではあったが,塩
分34.0%oの海水でも枯死することなく生長した。単胞子の形成について,約2cmに生長した体を各 温度で1カ月間通気培養して,単胞子形成の有無を 調べてみた。その結果はTable 4のようになり,単
胞子は10.,15℃では形成されず,20.,25。Cで形成され,とくに25℃で多かった。また,切断同化糸を各 温度下で1カ月間シャーレ内で培養したところ,前
実験と同様に20.,25。Cで単胞子の形成がみられた。Table 1. Growth of monospore germlings at
various temperatures after ten days culture.
Temperature
@ ℃ 10 15 20 25
Growth
@ Length
@ Number of cells
57μm
R.3
125
X.5
164 P2.8
97
T.5
Table 4. Monosporangia formation of erect
fronds cultured at various temperatures for 30 days.
Temperature
@ 。C
10 15 20 25
Monosporangium l
一 一
÷
斗Light intensity : 2,000 lux
Table 2. Growth of monospore germlings
under various light intensities after ten days culture.
Light intensity
@ lUX 1,000 2,000 4,000 6,000
Growth
@ Length
@ Number of cells
121μm
X.3
162 P2.6
183 P9.0
112 W.7
Temperature : 200C
Table 3. Growth of monospore germlings in
various salinities after ten days culture.
Salinity
@ %o 0 8.2 21.4 34.0
Growth
@Length
@Number of cells
153μm
P2.5
132 P0.7
127 W.3
75 T.3
Light intensity : 2,000 lux, Temperature : 200C
考 察
オキチモズクの発生や生活史については,以前に 培養と天然の産地での観察から,一応の知見は得ら
れているが(岡田・右田1956),室内では初期発生の段階までを培養したにすぎなかった。本研究では,
室内でほぼ天然の大きさの成体まで育て上げ,単胞 子を形成した成熟体も得ており,培養で生活史を完
一:none,十:1ittle,十:many 結させることができた。
単胞子の発芽は,発芽管部に細胞内容が移行して,
糸状のほふく体となる間接糸状型をとることは従来
の報告と同様で,またBischoff(1965),新崎(1937)が報じた近縁のチスジノリ属の単胞子の発生ともよ く一致する。単胞子の発芽体は,直立枝を密生した ほふく体を径て本体の直立体をつくるが,25。C前後 の高温では直立枝の先端に単胞子を形成する真の Chantransia−stageを経るのに,20℃以下ではこの stageの発達は顕著ではなく,単胞子も形成せずに 直ちに直立体を発出するようである。
直立体は通気培養でよく生長し,天然の体に比べ 分枝がきわめて少なかったが,枝が下部で多く上部 で少ないのは,八木・米田(1940)の記載とよく一 致し,本丁の一つの特徴とみなされる。温度条件を
変えた培養で,単胞子形成が20.,250Cでみられ,とくに25℃で多かったが,これは天然での単胞子形成 が冬には少なく流失期前の春に多いとする観察(岡 田・右田1956)と一致するようである。
切断同化糸が成体に再生することがわかったが,
このような増殖は天然でも行われている可能性が強 い。また,切断同化糸は高温下では短期間に単胞子 を形成したが,これは従来知られていなかったこと で,このような増殖法は単胞子がない時期に室内で 発生体を得るのに役立つと思う。
オキチモズクは,その産地がきわめて限定されて いるため,3生育地が国の天然記念物に指定されて
いる。しかし,そのうち愛媛県川内町の産地では1975年頃よりすでに絶滅しており(森川ら1979),長崎県 土黒川でも1984年より消失していて,現在生育がみ
られるのは熊本県南小国の志津川の産地のみである。
また,これらの国の指定地のほか,九州の数カ所で 一時期生育が知られたが(森1955,岡田・右田1956,
外山1967),これらの産地ではすべて絶滅している。
このようなオキチモズクの生育の現状から,三種の
存続の保護はもちろん,より積極的には人為的増殖
を計る必要がある。その手段として,同化糸の再生
により室内で発生体を育て,その種苗を天然へ移植
することが考えられ,今後そのような実験を試みた
い。