国立研究開発法人
調査報告書
米国「科学イノベーション政策のための科学」
の動向と分析
米国「科学イノベーション政策のための科学」の動向と分析平成
27年 11月
略語標記について
AAAS
アメリカ科学振興協会American Association for the Advancement of Science AAU
全米大学協会 Association of American UniversitiesAIR American Institutes for Research
APLU
公立ランドグラント大学協会Association of Public and Land-grant Universities
ARRA
アメリカ復興・再投資法American Recovery and Reinvestment Act
CIC
中西部を中心とした大学コンソーシアム、CIC
大学連合Committee on Institutional Cooperation
CSPO
アリゾナ州立大学科学・政策・アウトカムコンソーシアムConsortium for Science, Policy & Outcome DOE
米国エネルギー省Department of Energy
EPA
米国環境保護庁Environment Protection Agency
IRIS
ミシガン大学科学イノベーション研究所Institute for Research on Innovation and Science NAS
米国科学アカデミーNational Academy of Sciences NBER
全米経済研究所National Bureau of Economics Research NIH
米国国立衛生研究所National Institutes of Health
NOAA
米国海洋大気庁National Oceanic and Atmospheric Administration NSF
米国国立科学財団National Science Foundation
OMB
米国行政管理予算局Office of Management and Budget OSTP
米国科学技術政策局Office of Science and Technology Policy SBE
米国国立科学財団 社会・行動・経済科学局Directorate for Social, Behavioral and Economic Sciences
SciREX
科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」Science for Redesigning of Science, Technology and Innovation Policy
SciSIP
科学イノベーション政策の科学Science of Science Innovation Policy SES
米国国立科学財団 社会・行動・経済科学局 社会・経済科学部Division of Social and Economic Sciences SOSP
科学政策の科学Science of Science Policy
STAR METRICS Science and Technology for America's Reinvestment. Measuring the EffecTs of Research on Innovation, Competitiveness and Science UMETRICS Universities: Measuring the ImpacTs of Research on Innovation,
Competitiveness, and Science
USDA
米国農務省U.S. Department of Agriculture
目 次
報告書概要
1.はじめに(調査の背景と目的) ··· 1
2.調査方法 ··· 3
3.米国動向調査 ··· 4
3.1 米国科学技術政策を巡る環境と SciSIP··· 4
3.2 SciSIP プログラム ··· 7
3.2.1 SciSIP プログラムの歩み ··· 7
3.2.2 採択研究分析 ··· 8
3.2.3 SciSIP 周辺機関の役割と現状 ··· 14
3.2.4 その他科学技術イノベーション政策に関連した活動 ··· 17
3.2.5 関係者の評価 ··· 18
3.2.6 今後の方向性 ··· 22
3.3 「科学イノベーション政策の科学」における研究とデータ・情報基盤の関係 ···· 23
3.3.1 STAR METRICS レベル I ··· 24
3.3.2 STAR METRICS レベルⅡ(Federal RePORTER) ··· 26
3.3.3 UMETRICS (Universities: Measuring the ImpacTs of Research on Innovation, Competitiveness, and Science) ··· 30
3.4 日本への示唆 ··· 35
添付資料 ··· 39
参考文献 ··· 104
報告書概要
全体概要
1 . 米 国 で は 、
2007
年 に 「 科 学 イ ノ ベ ー シ ョ ン 政 策 の 科 学 」(Science of Science Innovation Policy :SciSIP)の公募が開始されて以来、 7
年以上にわたり、毎年6~900
万ドル、約30
件弱の研究が採択されてきた。採択研究の多くは、計量経済モデルを使 用する傾向にある。2.STARMETRICS1は、2015 年初めに
STARMETRICS
レベルⅡとUMETRICS
2 の2
つにその機能が分離された。前者は政府のファンディング機関のためのクローズド な デ ー タ ベ ー ス と な り 、 後 者 は 政 府 が 支 援 し な い デ ー タ ベ ー ス ( 従 来 のSTAR
METRICS
のデータに特許局や国勢調査局のデータが加わり拡張したデータベース)になった。
米国 SciSIP 調査結果概要
【採択研究について】
SciSIP
の採択研究は2007
年から開始され、その採択件数は毎年約30
件である。また、予算は増減あるものの
700
万ドルから800
万ドルの範囲で措置されている。
採択研究の多くは3
年間実施されるが、中には単年度のものもある。採択研究はNSF
の分類3によって6
つに分けられている4。分類ごとの採択数、資金配分は本 文の図5、図 6
に示した。 6
つの分類のうち、「①イノベーションの測定と追跡」と「②構造とプロセスが科 学へ及ぼす影響」に分類される採択研究の多くは、計量経済学的モデルの使用や データの統計的処理を行っている定量分析である。これら分類に属する研究は2008
年以降、順調に採択件数を伸ばしている。
「③イノベーションにおける起業家精神および企業の役割」は、産業や企業の側 からイノベーションを捉えようという研究分類だが、これに属する採択研究は、近年では
2~3
件に留まっている。
また、「⑤科学政策の実装」に属する採択研究は、限られた分野内での「実装」研 究5、科学技術投資の経済効果分析と評価、幅広い社会全体への科学技術投資の影 響評価のためのサーベイ調査、および様々な会合の開催、と多岐に渡っている。
一方、「⑥科学イノベーション研究への新たなアプローチ」に分類される採択研究1 詳しくは
23
ページ参照2 詳しくは
28
ページ参照3 「①イノベーションの測定と追跡」、「②構造とプロセスが科学へ及ぼす影響」、「③イノベーションにおける起 業家精神および企業の役割」、「④知識の創造・適用・普及」、「⑤科学政策の実装」、「⑥科学イノベーション 研究への新たなアプローチ」というカテゴリー分けが
NSF
によってなされている。4 単年だけで終了した研究分類も図には加えている。
5 「研究と政策のための学際的審議:花粉媒介者の減少危機解決に向けて」や「NIH(国立衛生研究所)のアクセ ス政策: 科学政策評価のための基礎の確立」などが挙げられる。
は毎年数件採択されている。この分類に属する採択研究は、定性的なアプローチ を試みているものであるが、そこで開発されたアプローチは研究者間で共有され る継続的な手法にはなっていない。
【採択研究機関について】
当該公募プログラムの開始から現在までにおいて、最も多く採択されている研究機関は
NBER(経済学における実証分析の研究に特化している 1920
年創立の非営利的民間研究組織:NPO)である。このことから多くの
SciSIP
の採択研究が経 済モデル、特にマクロおよびミクロ計量経済モデルに関連していると考えられる。(本文図
8
参照)
また、歴史的に定量分析が強いCIC
大学連合6(米国中西部を中心とした大学間連合体で
UMETRICS
を推進)に属する大学が、全採択の中で大きな位置を占める。(図
8:薄赤で示した大学が CIC
加入大学)。CIC
大学連合に属するミシガン大学に
UMETRICS
は本拠を移し、研究の基盤となるデータ整備に注力している。【採択研究の特徴】
前述したようにSciSIP
の採択研究の多くが計量経済的手法を使用した政策分析 だが、その結果が政策立案に参考にされているかは不明である。また、数理分析モ デルに比べて、定性的な「政策デザイン」を重視した研究は少ない。
訪米時(2015
年5月)のインタビュー調査で、我が国のSciREX
センターの領域 の一つにデザイン領域がある点について、非常に興味を覚えるとする発言が複数 の関係者から聞かれた。【米国における行政担当と研究者のギャップ】
「科学政策の科学: 連邦研究ロードマップ7」(2008 年11
月出版)の共著者であ り 、 米 国 海 洋 大 気 庁 (NOAA
) の 代 表 と し て 省 庁 間 ワ ー キ ン グ グ ル ー プ(Interagency Working Group)の一員だった
Avery Sen
は「ロードマップ」に 示されている研究課題に対する2015
年現在の意識調査を行った。その結果、SciSIP
の「省庁間ワーキンググループ」と研究者が主流の「SciSIPコミュニティ」との間で、「ロードマップ」の設定した研究課題に対する認識において大きなギャ ップの存在が示された。(本文図
11、図 12
参照)
具体的には、省庁間ワーキンググループに代表される行政担当者側は「まだ政策 立案に必要なエビデンスとしての研究成果は得られていない」という認識だが、研究者が多数を占める
SciSIP
コミュニティは「充分な研究成果が得られた」もし くは「政策立案への情報になる研究成果を得た」という認識を示し、両者の成果に 対するギャップが明らかになっている。
訪米時のインタビューの結果によると、研究者と行政担当者のギャップを埋める6 詳しくは
13
ページ参照7
‘The Science of Science Policy: A Federal Research Roadmap’ SOSP Interagency Task Group. November
2008.
ため、AAAS やアリゾナ州立大学ワシントン事務所のコンソーシアムは積極的に 行政担当者と研究者の対話の場を設けている。
米国 SciSIP のデータ・情報基盤としての STAR METRICS および UMETRICS の概要
【STAR METRICS概要】
2009
年米国復興・再投資法(ARRA)の「研究開発投資の及ぼす社会的影響の計 測」という要請に応えるためにアメリカ合衆国科学技術政策局 (OSTP)およびNIH、NSF、DOE、EPA、USDA
により大学の経営データと各省庁の公募研究データの連結がパイロット事業として開始された。
2010
年の正規事業化時には6
つ の省庁および80
以上の大学が参加した(現在の参加大学は100
数校)。 STAR METRICS
は、政府による科学への研究開発投資が雇用を始め社会に対してどのような影響を及ぼしたかを測定するデータ基盤および分析ツール等の開発 を図る事業である。
STAR METRICS
には開始当初からのレベルⅠと2012
年から開始されたレベルⅡがある。前者は、ARRA の要請により政府の研究開発費の影響を雇用と企業へ の波及という
2
点に絞ってデータ構築と分析を試みたものである。後者は、レベ ルⅠを発展させ、より広範な社会的影響を計測することを目標に掲げている。【STAR METRICSの現状】
2015
年1
月にレベルⅠは大学・研究所の参加募集を停止し、そのデータは研究に 使われるなくなった。また、レベルⅡの活動からUMETRICS
というイニシアチ ブが2015
年に分離独立した。
レベルⅡは、NSF
と NIHの共同出資により2012
年から運用されている。レベルⅡは
NIH
主導ではあるが、NSF は引き続き年間百万ドルの出資をしている。現 在レベルⅡは政府のファンディング機関のためのクローズドのデータベースとなり
Federal RePORER
8といったツールで検索機能・視覚化機能を充実させている(検索機能は
NIH
のホームページ上で一般に公開されている)。【STAR METRICSの成果と今後】
レベルⅠの成果は、2014
年Science
誌で発表された9。この論文では、政府の研究 開発投資の大学・研究機関における雇用の創出と大学に研究機器等を納入してい る企業への波及効果を測定している。またマッピング技術10によりどの地域にどの8
Federal RePORTER
はSTAR METRICS
のレベルⅡで使用されているポートフォリオ・ツールである。NIHのホームページに置かれており、特定の分野の専門家の個人データや研究資金、成果等を検索できる。専門 家が何処に所属しているか、どの機関・地域に密集しているか、資金の配分等が検索可能になっている。ま た視覚的に表示することもでき、マッピングなども表示できる。現在は詳細な機能は許可がないと使用でき なくなっている。
9
Weinberg, Bruce., et al.
“Science Funding and Short-Term Economic Activity” Science 4 April 2014.Vol. 344 no. 6179.(NSF SciSP Awards 1064220 and 1262447.)
10
Science
誌など広い読者を持つ雑誌に論文を公表しているが、マッピング技術は視覚的にインパクトがあり読者の理解を助けると思われる。
くらい雇用が生み出され、どの地域経済に影響があったかを視覚的に示している。
レベルⅡは、Federal RePORTER のツール機能を充実させており、「如何に使え るツールにしていくか」に特化している傾向が見て取れる。レベルⅠで見られた 研究者個人ベースでの資金や労働時間などのデータだけではなく、研究内容と担 当研究者を網羅的に把握し、周辺研究も検索できるものとなっている。また視覚 的編集機能も加わっている。【UMETRICS】
CIC
大学連合を中心としたUMETRICS
は、2015
年1
月ミシガン大学に科学イノ ベーション研究所(Institute for Research on Innovation and Science)というセ ンターを設立し、STAR METRICSから分離独立した。UMETRICSは、従来の大 学の個人レベルの研究および経営に関するデータに加えて、国勢調査局の家計、企業データや特許局の特許情報を統合し集積し始めている。政府の科学技術投資 の影響を広範な社会的対象とするため、企業や一般家計への影響を測定するとこ ろも視野に入れている。
UMETRICS
は、連邦政府資金に頼らず、大学からの出資 金および財団からの寄付により運営されている。 2015
年から開始されたUMETRICS
のデータを活用した研究の成果は現在出てお らず、米国の「科学イノベーション政策の科学」に与える影響は未だ不透明であ る。しかしUMETRICS
は参加大学を全米各地に拡大し、包括的なデータ構築を 目指すと共に、多くの研究者を取り込み、裾野を広げることを目指している。1.はじめに (調査の背景と目的)
文部科学省で「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」
(SciREX)が開始された
2011
年以降、様々な取組みが行われてきた。2015
年には事業 開始から5
年経つことから、得られた研究成果を総合的に評価し構造化する方法論の開 発や政策形成においてエビデンスを活用するプロセスに関する検討も必要である。その 取組みに向け、日本のSciREX
事業より5
年早く米国で開始された、政策の立案のため に必要な科学的根拠を生み出すための研究促進事業であるSciSIP
を調査し、その現状 と成果を把握することは非常に有意義だと考えられる。米国における当該研究促進事業の嚆矢は、
2005
年にマーバーガー前米国科学技術政策 局長兼大統領科学顧問が科学政策の決定における政策担当者をサポートするために必要 なデータ、ツール、方法論を生み出す実践コミュニティの構築の必要性を提起したこと による。以降、省庁連携タスクグループが発足し、学術研究促進のためのプログラムである
SciSIP
が2007
年から開始されたのに合わせて、2008 年には「科学政策の科学:連邦研究ロードマップ」が発表され、2011年にハンドブック11が出版された。また、事 業の枠組みが順調に整っただけでなく、SciSIPの採択研究数においては、初年度以降年 間
30
件前後の研究が採択されており、NSF のSciSIP
予算も1
千万ドルでほぼ横ばい で推移している。また、2009 年に制定された米国復興・再投資法の要請で、SciSIP の研究の基礎とな るデータ・情報基盤として
STAR METRICS
が整備・拡大されている。これは、大学に 所属する研究者ごとの公的研究資金、研究成果、支出に関わるデータをSTAR METRICS
に参加する大学間で統合し、さらに省庁が保有するデータとリンクさせるものである。これにより、公的研究開発投資の大学研究への影響評価が可能になり、SciSIPの採択研 究に広がりがもたらされることになった。
2009
年のオバマ政権誕生以降、SciSIP プログラムは比較的順調な発展を遂げている ように見える一方で、緊縮財政の影響は依然として変わらず、連邦政府による科学技術 投資を巡る環境はますます厳しいものになっている。その結果、政府資金の使途ともた らされた成果について厳しい精査を求め、そのエビデンスに基づいた政策立案を要求す る動きが強いものになっている。このような状況下で、米国科学技術政策の中での
SciSIP
の変遷と、現況を把握するこ とは、2011
年に日本において文部科学省が開始した「科学技術イノベーション政策にお ける『政策のための科学』推進事業」(SciREX)にとって、海外の先行事例として重要 と考えられる。併せてデータ情報基盤としてのSTAR METRICS
の現状と役割や、SciSIP
以外の米国におけるSciREX
に類似する活動も概観する。本調査では、米国科学技術政策において
SciSIP
プログラムに課せられた役割とその 変遷を辿る一方、現在のプログラムの目指す方向性を明らかにする。米国の先行事例を 俯瞰することで、5 年目を迎える日本のSciREX
事業の俯瞰・構造化の一助とすること が目的である。11
‘The Science of Science Policy: A Handbook’ Edited by Kaye Husbands-Fealing, Julia I. Lane, John H.
Marburger lll, and Stephanie S. Shipp. Stanford University Press. 2011.
本報告書の構成は次のとおりである。「2.」で調査の方法を記し、「3.」で調査報告お よび入手した情報を基に分析を行う。また、付録において
CRDS
が作成した年毎のSciSIP
採択課題リストおよび図表を添付した。2.調査方法
(訪問調査)
・ ウェブおよび文献による事前調査
・ 訪問先選定
・ 訪問先への質問項目の事前送付: 本調査の趣旨説明及び質問項目の
・ 現地での調査: 訪問当日は、おおむね質問票に沿ってインタビューを実施
(文献調査)
・
SciSIP
関連の出版物、ウェブ上の文献・
Science of Science Policy(SOSP)ウェブ
12上で入手可能なデータと分析12
Science of Science Policy
ホームページ: http://www.scienceofsciencepolicy.net/3.米国動向調査
3.1 米国科学技術政策を巡る環境と SciSIP
ここでは
SciSIP
プログラムについて述べる前に、近年の米国科学技術政策の置かれている状況について述べる。政権誕生以来、オバマ政権は比較的基礎研究に予算を多く 分配してきた。特に金融危機に対応する形で施行された
2009
年のアメリカ復興・再投 資法(ARRA:American Recovery and Reinvestment Act)では、NSF に30
億ドル(2009年の為替レート13で約
2806
億円)、NIH に104
億ドル(約9500
億円)そしてDOE
に16
億ドル(約1450
億円)の予算が付き、その多くが研究費に配分された。しかしながら、ブッシュ前政権から引き継いだ
GDP
比9.8%
(2009年会計時)という 債務超過のため、財政再建化策をとる必要があり、2011
年の予算管理法(Budget ControlAct)によって裁量的経費に上限を設けるなど政権誕生以降緊縮財政を、押し進めねばな
らなかった。図1
は米国の科学技術投資(政府および民間)の歴史的推移を示したもの である。図 1:米国研究開発投資の推移
13 財務省発表資料によると
2009
年の平均は1
ドル=93.52円http://www.customs.go.jp/tetsuzuki/kawase/kawase2009/monthly-average.pdf
年
米国全体の研究開発投資は増加の一途を辿っている。しかし、政府投資と民間投資は
1978
年頃に逆転し、2012 年のデータによると民間による科学技術分野での研究開発投 資は政府支出の2
倍近くになっている14。政府の科学技術投資も増減はあるものの、全体 的に見て増加傾向を示している。しかしその増加率は低く、近年特に伸びはあまり見ら れない。図
2
では、GDPにおける研究開発費の比率を時系列的に示している。図 2:米国連邦予算に占める R&D の割合
図
1
では、金額ベースで研究開発費は上昇していることが判るが、図2
で見るように 研究開発費が政府支出に占める比率はほぼ横ばい状態である15。理由として、分母である 政府支出(GDP)が、分子である研究開発費と同程度増加し続けているためである。オ バマ政権が科学技術に関心を寄せているため、緊縮財政下でも比率が減少しなかったこ とが予想されるが、大学や研究機関などからは実績を挙げている研究者だけでなく、次 世代を担うべき若い研究者が研究資金にアクセス出来にくくなっており、米国の科学技 術の持続的成長に対して危惧する関係者もいる16。14
2015
年4
月に出版された英国ビジネス・イノベーション・職業技能省(BIS)の報告書’What is the
relationship between public and private investment in R&D?’によると、英国では政府の科学技術投資は倍以
上の民間投資を誘発する結果を示した。https://www.gov.uk/government/publications/research-and-development-relationship-between-public-and-private-investment
15 図
1
と図2
から、研究開発費が増加しているのに政府支出における研究開発費の比率が変わらないのは政府支 出(GDP)が増加しているため。16 科学者によるイニシアチブ:‘Close the Innovation Deficit’ http://www.innovationdeficit.org/facts/ また米国 大学協会(AAU)、公立大学及びランドグラント大学協会(APLU)そして米国教育協議会(ACE)は共同で
2016
年度科学技術予算制限に対し議会へ抗議文を提出した。年
また一方で、債務超過という状況から無駄な政府資金の支出に関して厳しい見方をす る人々も多い。近年様々な団体17が、エビデンスに基づく政策に対する政府資金の拠出が 常態化することの必要性を主張している。
各省庁の研究開発費の配分から見た予算の推移を図
3
に示す。図 3:省庁別研究開発費
オバマ大統領は
2009
年1
月の就任以来、科学技術投資の社会・経済的効果向上(雇 用創出効果を含む)、そして医療制度改革に関連した生命科学研究の推進、クリーンエネ ルギーに代表される持続可能性の推進などの政策を一貫して目指してきた。それら政策に関連する省庁である、
NSF、 NIH、 DOE
の予算は緊縮財政下でありつつ も安定的な研究開発費を有している(図3)。そして、オバマ政権下での研究開発は、大
統領が就任当初から掲げた「透明性とオープンガバメント」という情報テクノロジーを 活用し、企業や大学など様々なステークホルダーの参加を促していくものであった。緊縮財政の中でも、オバマ政権は研究開発費に対し、ある程度の認識を示し予算の急 激な削減は行わなかった。しかし一方で、アメリカ復興・再投資法(ARRA)に代表され る「目に見える効果」は科学技術研究にも強く求められている。NSF の
SciSIP
プログ ラムにおいても政策立案のためのエビデンスとなる研究成果が強く期待されている。http://www.aau.edu/WorkArea/DownloadAsset.aspx?id=15937
17 例えば、ブルームバーグ元ニューヨーク市長のフィロンソロピーが後援する、エビデンスを基にした政策を推 進する団体として
Results for America http://results4america.org/
や超党派の非営利団体である’Coalition forEvidence-based Policy’ http://coalition4evidence.org/
がある。年 単位:100万ドル(2015年基準)
3.2 SciSIP プログラム
3.2.1 SciSIP プログラムの歩み
2005
年のマーバーガー氏のスピーチを受けて、同年9
月よりOSTP
とOMB
協力の 下、NSFは「科学政策のための科学(Science of Science Policy)」の事業を2007
年度 予算から計上出来るように活動を開始した。一方、NSF
にプログラムを設置しようとし ている中、OSTPはInteragency Task Group(ITG)を 2006
年に設立し、各省庁の連 携強化するに努めた。ITG
は2008
年に「科学政策の科学・連邦研究ロードマップ」を上 梓し、2008年以降のプログラムの道筋を示した。このような背景の中、2007年から
SciSIP
採択研究が開始され初年度は19
件が採択 された。その後は毎年約30
件の採択件数があり(図7
参照)、増減はあるもののプログ ラム全体の研究費は600
万ドルから900
万ドルの範囲で実施され続けている。図 4:SciSIP 採択研究費推移
年
3.2.2 採択研究分析
<採択研究の分類>
本報告書の巻末に
2007
年から2014
年までのSciSIP
採択研究についてタイトルと内 容、研究代表者および実施金額のリストを資料として添付している。このリストに基づ き分析を行った。採択研究は3
年間実施されるものが多く(中には単年の会合や研究に 使われるものもある)、NSF
によって6
つのカテゴリーに分類されている18。(図5、 6
参 照)。NSF
によって示された分類は以下の通り:① 「イノベーションの測定と追跡」
② 「構造とプロセスが科学へ及ぼす影響」
③ 「イノベーションにおける起業家精神および企業の役割」
④ 「知識の創造・適用・普及」
⑤ 「科学政策の実装」
⑥ 「科学イノベーション研究への新たなアプローチ
⑦ 「単年カテゴリー」19
図
5
は2007
年~2014年までの採択研究について、カテゴリー毎の採択数から見た分 類を示した。一方、図6は、資金配分から見たカテゴリー毎の採択研究の分類である。2007
年から2014
年までのカテゴリー別採択数と資金配分を比較すると、相関係数が0.9465
となり高い正の相関20を示している。採択研究によっては資金にバラつきがあるものの、一部カテゴリーに突出した資金配分をすることがなく、採択研究一件あたり配 分される資金はほぼ一定していることがわかる。
18 但し
2014
年はNSF
による分類が公表されておらず、筆者が分類を行った。19 単年だけで終了した研究分類も存在するため、煩雑さを避けるため統合した。
20 相関係数とは
2
つの変数の間にどのような関係があるかを数値的に示したもの。Rxy =Cov(X,Y)/{√Var(X)√Var(Y)}で算出する。1に近づくほど高い正の相関を示す。
図 5:SciSIP 研究カテゴリー採択数
図 6:SciSIP 研究カテゴリー別資金配分
採択数
次に各年ごとのカテゴリー別採択件数の推移を比較する。(図
7)
「①イノベーションの測定と追跡」と「②構造とプロセスが科学へ及ぼす影響」に属 している採択研究は、科学技術イノベーションの社会(主に経済的なもの)に与える影 響の計測をするものや、科学技術の進歩の測定を行うものが主流であり、多くがマクロ およびミクロ計量経済学的モデルの使用やデータの統計的処理を採用している定量分析 である。これら分類に属する研究は
2008
年以降、順調に採択件数を伸ばしている。「③イノベーションにおける起業家精神および企業の役割」という分類は、産業や企 業の側からイノベーションを捉えようという研究分類だが、初年度には採択数が多かっ たものの、近年では
2-3
件の採択に留まっている。一方、「⑥科学イノベーション研究への新たなアプローチ」というカテゴリーは毎年数 件採択されている。この分類に属する採択研究は、哲学をベースにした定性的なアプロ ーチや既存の経済モデルとは異なる手法を試みているものが多い。しかし当該アプロー チに採択された研究によって開発された手法は、未だ研究者間で共有され、継続的に研 究に用いられるようにはなっていない。
図 7:各年の公募研究カテゴリー別採択件数
採択数
年
また、「⑤科学政策の実装」というカテゴリーには、当初、意欲的な研究(理論と実装 の関係、Basic Researchの価値の変遷等)が見られた。しかし現在は、限られた分野内 での「実装」研究21 や
STAR METRICS
レベルⅠデータを使用した科学技術投資の経済 効果分析と評価、幅広い社会全体への科学技術投資の影響評価のためのサーベイ調査、様々な会合の開催、と多岐に渡っている。
「⑦単年カテゴリー」には採択された研究課題が単年だけ行われ、継続性のなかった ものを集めた。例えば、2009 年米国復興・再投資法(ARRA)により
SciSIP
採択課題 に特別枠が設けられた事例や2011
年に「米国における科学R&D
の評価と強化」という テーマで化学産業を対象にした研究枠のことを示している。またSciSIP
のプログラム 初年度に存在したカテゴリーで継続性がなかったものもここに含めた。SciSIP
採択課題の実装に関しては、上に示すとおり、多くが計量経済手法を使用した数理モデルを使った分析を中心としたものだが、実際に政策立案に有効な情報として活 用されたかについては不明である。また、ARRA の要請によりデータ情報基盤として整
備された
STAR METRICS
のデータを基に、SciSIP
採択研究を行ったものが数件22ある。ARRA
は科学技術投資が社会や経済にどのような効果をもたらせたかを計測することを 念頭においているため、上記の研究もごく限られた分野23であるが、定量的に投資効果を 計測している。しかし、そのような計量分析は、科学技術イノベーションの社会に対す る影響のごく一部を切り取っただけで政策の参考になりにくいことが推測され、実際STAR METRICS
はその後ツールとしての機能に特化している。<SciSIP担当ディレクターについて>
2007
年から2014
年にかけてNSF
のSciSIP
担当ディレクターは4代変わっている。以下は、歴代
SciSIP
ディレクターの在籍期間である。表 1:歴代 SciSIP ディレクター
SciSIP
ディレクター 就任 離任 期間Kaye Husbands-Fealing 2006 6
月 年2007 12
月 年1
年6
ヶ月 当初はSOSP
アドバイザーJulia Lane 2008 1
月 年2012 3
月 年4
年2
ヶ月 重複時期ありDavid Croson 2010 9
月 年2012 9
月 年2
年1
ヶ月 重複時期ありJoshua Rosenbloom 2012 10
月 年2014 9
月 年2
年Maryann Feldman 2014 10
月 年 - -初年度の研究採択は、Husbands-Fealingによって主導されたが、特徴として、「イノ ベーションにおける起業家精神および企業の役割」、「国際的知識フロー(単年カテゴリ ー)」が多く採択されている。
21 「リサーチパークとパーク内企業の業績の関係」「花粉媒介者の減少危機解決に向けた政策とその効果」等
22 「科学からの経済的スピルオーバー」、「科学政策のための新しいデータ基盤とコミュニティ創造」「大学による 連邦研究開発投資の経済的・科学的影響評価」などがある。
23 科学技術投資の大学研究者の雇用および納入業者への波及効果に限定されている
’The Economic Spillovers
from Science’ (SciSIP Award Number 1064220) Bruce Weinberg.(PI)
Lane
が2008
年に後任に着いた当初は前年の採択研究の傾向と似ているものの、後に 大きな割合を占めることになる「①イノベーションの測定と追跡」と「②構造とプロセ スが科学へ及ぼす影響」が追加されているのが大きな特徴である。2009
年は前述の米国 復興・再投資法の施行によりSciSIP
採択研究の構成も変わっているものの、翌年からは「イノベーションの測定と追跡」と「構造とプロセスが科学へ及ぼす影響」が次第に大 きな比重を示すに至った。関係者へのインタビューから、
2015
年募集時より募集時期を 大学のスケジュールに合わせたため申請数が倍増し、その中でもビジネス学部の人材か らの応募も増えたということであるが、今後のSciSIP
研究カテゴリーの構成にどのよ うな影響が見られるか留意すべきであると考える。<採択機関について>
図 8:採択数の多い大学・研究機関
次に、SciSIP採択研究の採択機関の内訳をみる(図
8)。特筆すべきは、2007
年から2014
年までの8
年間、SciSIP 公募の中で最も多く研究採択されている研究機関はNational Bureau of Economic Research(NBER)という点である。NBER
はアメリカ で最大の経済学の実証分析を中心に行う研究組織であり、全米各地の大学で教鞭を執る1000
人を超える経済学の様々な分野の教授陣が本研究所の研究員を務めている。このこ* 青は公的研究機関、赤は大学、薄赤は CIC
大学連合(UMETRICSを実施している大学連合)に加入している大学を示す。
採択数
採択機関名
とからも
SciSIP
研究の多くが経済モデル、特にアメリカで分析手法の主流である計量 経済モデルに因っていることが推測される。採択研究機関のうち、CIC 大学連合24(米国中西部を中心とした大学間コンソーシア ム。UMETRICS25を推進している)の占める割合は、大きな位置を占めている(図
8:
薄赤で示した大学が
CIC
加入大学;図9:緑色で示した数値が SciSIP
総研究数に占め る比率)。2015年1
月にSTAR METRICS
から分離独立したUMETRICS
は参加大学を 拡大することを目標に掲げており、今後SciSIP
に占めるCIC
の位置は更に大きいもの になる可能性がある。同時に、国勢調査局や特許局のデータとの連携が進められているため、
UMETRICS
の個人・家計レベルのデータ・情報基盤を使った研究が多く出てくることが予想され、
SciSIP
採択研究にミクロ計量経済分析の傾向がさらに強まる可能性も あるだろう。図 9:SciSIP 採択数に見る CIC 加盟大学
24 参加大学は
University of Chicago, University of Illinois Indiana University, University of Iowa, University of Maryland University of Michigan, Michigan State University, University of Minnesota, University of Nebraska-Lincoln, Northwestern University, Ohio State University, Pennsylvania State University, Purdue University, Rutgers University, University of Wisconsin-Madison
の15
大学25 大学と省庁のデータをリンクさせた
STAR METRICS
から分離独立したデータ・情報基盤。ミシガン大学を 中心に、特許局、国勢調査局データとの連携を図るなど新たな拡大を見せている。採択数(青、赤) / 割合%(緑)
年
3.2.3 SciSIP 周辺機関の役割と現状
(SOSP-IWG)
SciSIP
関 連 の活 動でまず挙げ なければならないのは 、省庁 間ワーキンググ ループ(Science of Science Policy Interagency Working Group, SOSP-ITG)である。この組
織は、
SciSIP
プログラムがNSF
で設立が検討されていた2006
年、その動きに連動してマ ー バ ー ガ ー 科 学 技 術 政 策 局 長 の オ フ ィ ス で あ っ た
OSTP
を 中 心 に 組 織 さ れ たInteragency Task Group
に端を発する。SOSP-ITGはその後、SOSP-IWGという名称 は変わったが、各省庁の担当者から組織され(現在、NSF
とDOE
が共同議長)、SciSIP の運営状況を精査し、プログラムの方向性についての提言を行っている。また、定期的 にNSF
のSciSIP
統括部署である社会科学・行動科学・経済学局(Social, Behavioraland Economic Sciences
:SBE)へレポートを提出している。関係者へのインタビューによると、現在は年に
3-4
回程度会合を持っているとのことである。2008 年SOSP- ITG
として「科学政策の科学: 連邦研究ロードマップ」を出版した後、現在、ロードマッ プに記されている研究課題や提案の改訂について議論をしている26。図 10:SciSIP プログラム関係機関
(アリゾナ州立大学)
SciSIP
採択研究のうち、多くが経済モデルを使用しているが、定性的な分析(「教育における発明力の強化」や「科学、技術、政策イノベーションを最大化するための複合 チームシステムの策定」、「公共価値のマッピング:科学・イノベーション政策における 社会的価値の非経済的モデルの構築」等の採択研究)を主に行っている機関は、アリゾ ナ州立大学である。この大学は図
3
の採択機関の中でも上位であり、SciSIPプログラム の研究の多様性に寄与している。26
SOSP
ホームページ掲示板より [SCISIP] AGENDA SETTING SURVEY: PROGRESS ON THE SOSPROADMAP http://www.scienceofsciencepolicy.net/listservmessage/scisip-agenda-setting-survey-progress-
sosp-roadmap
(AAAS)
ア メ リ カ 科 学 振 興 協 会 (
American Association for the Advancement of Science;
AAAS)の科学政策部門( Science Policy Division)も SciSIP
プログラムの進展に寄与 している。2009年の3
月に初めて“Toward a Community of Practice”と題したワーク ショップを開催し、研究者と政府関係者の直接対話の機会を与えた。 翌2010
年にも”Building a Community of Practice II “と題して、ワークショップが開かれている。両ワ
ークショップとも、NSF
とAAAS
が科学技術イノベーションに関連する行政官庁(NSF,NIH, OSTP, DOE, EPA, USDA
等)および議会関係者から招待者を選別した。また研究者側からは
SciSIP
採択研究に採択されたプロジェクト研究者が招待され、その研究発 表の後、政策担当者と議論する機会が設けられた。その他、いくつかの議題が設定され 議論するセッションも設けられた。2009
年のワークショップでのセッションの議題は以下の通り:・ 人的資本と協力(Human capital and collaboration)
・ 企 業 、 イ ノ ベ ー シ ョ ン 、 そ し て 科 学 的 進 歩 (
Firms, innovation, and scientific progress)
・ 創造性と組織(Creativity and organization)
・ 科学技術政策(Science policy.)
2010
年のワークショップセッションの議題は以下の通り:・ データ収集と分析に関わる新しいツールと手法(New Tools and Methods of Data
Collection and Analysis)
・ 米国の科学労働者はどのくらい競争力があるか?(How Competitive is the U.S.
Scientific Workforce?)
・ 科学とイノベーションの理解(Understanding Science and Innovation)
・ 科学への公的投資の価値(What is the Value of the Nation's Public Investment in
Science?)
上記の議題は、2008年に発行された「科学政策の科学:連邦研究ロードマップ」から 反映されたものであり、
AAAS
がSOSP-ITG
の提示したロードマップに沿ってプログラ ムを洗練させようという意図が理解できる。2014
年にはSciSIP
採択研究として、「AAAS会議の中での『政策のための科学』省庁間ワーキンググループ(IWG)会合の開催」が採択されており、SciSIP プログラムと
AAAS
が密接な協調関係を保っていることがわかる。長年、AAAS に携わっていた関係者によると、SciSIP 研究者と行政担当者の間には、
依然として大きなギャップが存在しているという認識が
SciSIP
関係者にあるという。そのため、AAAS では行政担当者と研究者との対話の場を大規模なワークショップだけ でなく、小さな意見交換の場においても積極的に設けているとのことである。
また、政府関係者の興味・関心を拡大することの必要性が
SciSIP
関係者の中に存在し ている。例えば、科学的知見が示されたとしても、政治などの介入により必ずしもその知見が政策立案に参考にされない場合があるという意見も聞かれた。そのようなアメリ カの現状から、政策デザインは必要であるがそれ以前に政策決定プロセスが合理的であ るべきである、との考えが関係者から示されている。
3.2.4 その他科学技術イノベーション政策に関連した活動
SciSIP
の採択研究以外でも、科学技術イノベーション政策に関連した取組みが存在する。例えばアリゾナ州立大学では、科学博物館と大学が連携し、様々なプログラムやゲ ーム、イベントを企画することにより、市民の科学技術への関心を捉え社会との接点を 増やし、広範な科学技術政策の社会全般に対する影響を把握するのに役立てている。本 取組みでは科学の普及という意味で社会に対する
Outcome
を正確に検証するには、1)ツール、
2)プロセス、 3)デザインが必要不可欠という理念の下、 Political Engagement
と
Societal Engagement
が政策のデザインのためには欠かせない要素として研究に取り込まれていることが特徴である。また、NASAとプロジェクトを組み、宇宙探査に対す る一般の関心についてのデータをアリゾナとボストンの
2
つの都市で収集し分析を行っ ている。そのデータはNASA
を通じWhite House
で活用されたという。2015
年訪米時 の関係者インタビューでは、「現在のSciSIP
採択研究に採択されているものの多くが、計量モデルを使った経済分析に負っている。しかし、科学技術、特にイノベーションの 社会に与える影響を経済指標だけで測ることは極めて部分的な分析でありより広範な社 会的分析を行う必要がある」という考えを述べており、その実践として
SciSIP
採択研究 の内外で、上記のようなアプローチをしているものと思われる。SciSIP
の公募研究を多く採択している大学で、ワシントンDC
に拠点を置く大学は,ジョージメイソン大学、ジョージワシントン大学と多く、採択研究以外でも
SciSIP
プロ グラム関連の取組みを行っている。その中でもアリゾナ州立大学はワシントンDC
に科 学・政策・アウトカムコンソーシアム(Consortium of Science, Policy, and Outcomes) を拠点として有しており、教育だけでなく、行政担当者や政治家と研究者の交流に力を 入れている。具体的には、ランチミーティング等で対話の機会を増やすとともに、若手 行政担当者や研究者を対象にした相互理解を目的にした研修も行っている。また、
SciSIP
公募研究の採択数が第2
位であるジョージア工科大学(Georgia Instituteof Technology) は 欧 州 の 科 学 技 術 イ ノ ベ ー シ ョ ン 政 策 ネ ッ ト ワ ー ク で あ る PRIME
(Policies for Research and Innovation in the Move towards the ERA)に加わってお り 独 自 の 活 動 行 っ て い る 。2014 年
7
月 に は 、 初 代SciSIP
デ ィ レ ク タ ー のKaye
Husbands-Fealing
が同大学の公共政策学部長に就任した。SciSIPプログラム立ち上げの当初より行政と研究との間にいた
Husbands-Fealing
氏の就任により、より行政のニ ーズを反映した研究が促進されることが予想され、研究の実装に向けたジョージア工科 大の今後の活動に注目される。また同大には、政策研究大学院大学客員教授であるJohn
Walsh
や科学技術・学術政策研究所(NISTEP)で特別研究員をしていたDiana Hicks
など在籍しており日本との繋がりも深い。
3.2.5 関係者の評価
ここでは、SciSIP関係者がプログラムの進捗をどのように感じているかを探る。以下 で用いたサーベイ資料27は
Avery Sen
による2015
年5
月のAAAS
政策フォーラムの発 表資料から引用した。Sen は、2008年11
月に出版された「科学政策の科学: 連邦研究 ロードマップ」28の共著者であり、米国海洋大気庁(NOAA)の代表としてInteragency Working Group
の一員でもある。Sen
は2008
年の「科学政策の科学: 連邦研究ロードマップ」に示されている「研究課 題」の現在における重要性について関係者の認識を探るため、2
つのグループ(①SOSP-IWG
のListserv
と呼ばれるメーリングリスト参加者、②SciSIPのメーリングリスト参加者)でアンケートを行った。(図
11
および12) Listserv
は参加資格を持つ個人が使用 できる掲示板のような役割を持っており、Sen はここで任意の参加者を募り、アンケー トの回答を得た。前者の①SOSP-IWG のメーリングリストおける回答者は、IWG に参加している省庁 の担当者である。一方、②については、SciSIPメーリングリストは広範な関係者、主に 採択研究を行っている研究者や
AAAS
やコンソーシアムの関係者などが想定される。し たがって、前者はより行政担当者の意見を代表していると考えられ、後者は研究者または
SciSIP
のステークホルダーと考えられる。「科学政策の科学: 連邦研究ロードマップ」で挙げられている
3
つのテーマ(①「科 学とイノベーションの理解」、②「科学とイノベーションへの投資」、③「国家的優先課 題に対処するための『科学政策のための科学』」)に基づく10
個の研究課題(課題1~3 はテーマ①、課題4~7
はテーマ②、そして課題8~10
がテーマ③に含まれる)につい て、「現在も重要な課題であるか?」「(既に)充分研究され、良い解決策が見出されたか?」そして「研究成果が政策立案の情報として使用されたか?」という質問への回答が示さ れている。
このアンケートでは、「Yes」の回答は正の数値で表され「No」の回答は負の数値で表 される。回答の限界値は
2
もしくは-2である。つまり図11~図 14
での目盛りにおいて、2
は「完全に同意する」を意味し、1は「同意する」、同様に、-1は「同意しない」を意 味し、-2は「全く同意しない」である。例えば、青で示されているグラフについて見て みると、IWG もSciSIP
コミュニティも、ほぼ全ての研究課題について「現在も重要な 研究課題」であることに「同意」している。(唯一の例外は、IWGが「5.発見を予想で きるか?」という課題に対して負であった。これは、「現在も重要課題である」に対する 負の値なので、「現在はあまり重要課題ではない」と理解すべきであろう。)27
'SoSP: Are We There Yet? ' Avery Sen. 2015 AAAS
フォーラムでの発表よりhttp://prezi.com/mmvsh7kff5ao/?utm_campaign=share&utm_medium=copy
28 巻末に添付
図 11:SOSP ロードマップ研究課題に対する行政担当者の回答
図 12:SOSP ロードマップ研究課題に対する研究者・関係者の回答
(回答スケールについて)
2:完全に同意する 1:同意する -1:同意しない -2:全く同意しない
(回答スケールについて)
2:完全に同意する 1:同意する -1:同意しない -2:全く同意しない
次に、赤で示されたグラフ(「充分研究され、良い解決策が見出されたか?」)につい て見ると、
IWG
とSciSIP
コミュニティの回答者で意見が大きく異なっている。IWGの 回答者が全ての研究課題について負の数値(「充分研究され、良い解決策が見出された」の逆であることから、この質問に対し「同意していない」という意見に解釈される)で ある。一方、
SciSIP
の回答者は「5.発見を予想できるか?」を除いて、全て正の数値で あり研究課題は「充分研究され、良い解決策が見出された」という感想を持っているこ とを示した。最後に緑のグラフで示された「研究成果が政策立案の情報として使用された」という 課題は
IWG
の見解によると「8.科学がイノベーションと競争力に与える影響」以外は 全て実現されていないという回答になっている。一方SciSIP
コミュニティの回答では、「2. 科学技術の採用と拡散の解明」、「8. 科学がイノベーションと競争力に与える影響」、
「9. 米国の科学労働者はどのくらい競争力があるか?」、「10. 科学技術政策における 異なった政策手段の相対的重要性」で実現されているという結果になっている(「3. 科 学イノベーション・コミュニティの創造と進化」は中立であった)。
この結果から、IWG と
SciSIP
コミュニティの回答から研究内容と政策実装について 大きな認識の違いが浮き彫りになっている。IWG(行政担当者)にとって研究成果は未 だ課題に対する最良の結果とはなり得ず、また政策実装における情報としても不十分と 考えられている。その反面、研究者が中心であるSciSIP
コミュニティの認識は、多くの 課題で良い成果がSciSIP
採択研究によって挙げられ、一部では政策立案に有益な情報 を提供しているというものである。このギャップこそ、現在のSciSIP
が直面している問 題を明確に示していると考えられる。図
13
と図14
で示されているのは、SciSIP ロードマップに示された研究課題解決の ための提案について、現在における有効性ついての回答である。12 個ある提案のうち、提案
1~4
は前述のテーマ①「科学とイノベーションの理解」、提案5~7
はテーマ②「科 学とイノベーションへの投資」、提案8~12
はテーマ③「国家的優先課題に対処するため の『科学政策のための科学』」にそれぞれ含まれる。12個の提案は2008
年時点での、研 究課題を解決のために必要と考えられるツールや手法について述べられたものだが、そ れに対する認識はIWG、SciSIP
コミュニティとも現在も重要な提案であり、引き続き 充実させる必要があると回答している。図 13:SOSP ロードマップの提案についての行政担当者の回答
図 14:SOSP ロードマップの提案についての研究者・関係者の回答
(回答スケールについて)
2:完全に同意する 1:同意する -1:同意しない -2:全く同意しない
(回答スケールについて)
2:完全に同意する 1:同意する -1:同意しない -2:全く同意しない
IWG
とSciSIP
コミュニティの回答を比較して見ると、SciSIP
の方が回答の絶対値が 大きく、IWG の回答より「強く」提案の推進を期待しているのがわかる。3.2.6 今後の方向性
2014
年10
月よりNSF
のSciSIP
ディレクターとして5
代目のMaryann Feldman
が 就任した。ノースカロライナ大学公共政策学部での教授を併任しており、専門は地域経 済の発展や産業振興である。その背景を活かし、2015年のSciSIP
公募には多くのビジ ネス系研究者の公募申請を促したという。図7
で見るように、当初は多く採択されてい た「イノベーションにおける起業家精神および企業の役割」は近年採択数が減ってきているが、
Feldman
の意向を受け企業や産業の視点からの科学技術イノベーションに関わる研究がなされる可能性があるだろう。
一方で、依然として計量経済的分析が
SciSIP
採択研究で占める割合は非常に高いも のになっている。NBERの採択件数が大きな比率を占めているだけでなく、計量経済モ デルを得意とする経済学者、社会学者が多く採択を受けているのが現状である。この傾 向 は 、 大 きな 方針 の転換 が なけ れば 引き 続 き存 続 する もの と 考 えられ る 。 さ らに 、UMETRICS
が独立し国勢調査局や特許局のデータと連携をしており、CIC 大学連合を中心とする多くの研究者がこの研究者個人や、企業、家計レベルのデータを使った、ミ クロ計量分析をすることが予測される。
Sen
の分析で明らかになったように、依然として行政担当者のニーズとSciSIP
研究と の間にギャップが存在するという認識がSciSIP
の関係者に共有されている。その需給 のアンバランスを是正するため、AAAS やゴードン会議などにおいてSciSIP
研究資金 を利用した討議の場が開催されている。研究と行政ニーズとの間のギャップを埋める取 組みが、今後更に行われるものと推測される。3.3 「科学イノベーション政策の科学」における研究とデータ・情報基盤の関係
2009
年米国復興・再投資法の要請により、公的研究開発投資が雇用に与える影響を測 定 す る 目 的 で 始 ま っ たSTAR METRICS (Science and Technology for America’s Reinvestment: Measuring the EffecTs of Research on Innovation, Competitiveness
and Science)は、NSF
とNIH
から資金援助を受け大学と官庁のデータを連結することにより、広範な拡大を見せている。予算については、NSFは
2009
年以降平均百万ドル の予算措置をしており、少なくとも2018
年までは引き続き省庁間連携であるSTAR METRICS
を支援していくこととしている(NSF Strategic Plan 2014 – 2018)29。現在、
STAR METRICS
のホームページはNIH
のサイトで運営されていることから、NIH
が主導的な役割を果たしていることが推測される。しかし、現在の
STAR METRICS
の 運営費におけるNIH
の支出額は公開資料から見出すことは出来なかった。同様にDOE、
USDA、EPA
等、STAR METRICS参加省庁の予算措置の額も不明であった。STAR METRICS
は当初、研究開発費によって生み出される大学・研究機関における雇用と関連企業への資金波及を測定するレベル
I
から始まりその成果30とともに、特許 情報や論文情報とリンクしたSTAR METRICS
レベルII
へ移行した。しかし、NIHの ホームページにおいて、研究情報の検索や図表の作成機能の充実化を図っていたレベルII
は 、2015 年ツールとしての機 能に特化したSTAR METRICS
レ ベ ルII/Federal
RePORTER
と具体的な研究開発投資の社会的影響の測定(レベルⅠの目標の精緻化)を目指す
UMETRICS
とに分離した。29
NSF FY2016 Budget Request to Congress (2015
年2
月2
日)https://www.nsf.gov/about/budget/fy2016/pdf/fy2016budget.pdf
30
“Science Funding and Short-Term Economic Activity” B. Weinberg et al. Science . 4 April 2014. This research was supported by NSF SciSP Awards 1064220 and 1262447.
http://www.sciencemag.org/content/344/6179/41.full?ijkey=lnvXPGbrC0UpY&keytype=ref&siteid=sci
3.3.1 STAR METRICS レベル I
レベル
I
では、特に公的研究開発費が①研究機関の雇用に与える影響と②波及効果と しての企業への支払に与える影響について着目している。米国中西部の大学連合(CIC)を中心に、全米大学協会(AAU)と公立ランドグラント大学協会(APLU)からの協力 も得て、大学および研究機関の財務や人事の運用データを比較・分析できるようにデー タの単位等を揃えて統合したものが
STAR METRICS
の基礎となっている。そこにNSF
や
NIH,DOE
等省庁の採択研究費のデータが連結され、研究者、ポスドク、事務員等個々のデータとリンクされている。2015年初めにレベル
I
は実質的に終了しているため、研 究機関が新たにプログラムへ参加することは出来ないが、参加研究機関は100
程度にな っている31。STAR METRICS
レベルI
に参加した大学および研究機関が提出するデータは以下の通り:(採択研究に関する情報)
研究番号
政府ファンディング機関の固有番号
研究者固有番号
一人当たり費用
期間において雇用した個々人の費用(個人情報)
研究者固有番号
研究番号
研究者の非特定化されたID
番号
職業分類
教授、准教授、ポスドク、院生、学部生、研究補助、技術スタッフ、事務職等々
フルタイム当量
フルタイム勤務=1、ハーフタイム勤務=0.5 等
給料に対する比率
研究による人件費が総給与の中でどれくらいの比率を占めるか(間接費用情報)
一人当たり費用に占める給与および追加給付額の比率
(業者への支払い情報)
研究番号
研究者固有番号
業者の企業識別コード
業者へ支払われた金額31
2016
年1
月1
日でレポート発行等全てのレベルI
の活動は停止する。(下請けおよび委託に関する情報)
研究番号
研究者固有番号
委託業者の企業識別コード
委託業者へ支払われた金額大学および研究機関から提出されたデータは、STAR METRICS のチームにより統合 される。STAR METRICSチームのうちで
7-8
名のみ原データにアクセス権を持ってい る。また、データを提出した大学および研究機関は自らのデータおよび分析結果の使用 権を有している。チームによって分析された内容(各機関を通じて起こった雇用への効 果、企業への波及効果)は、4
半期ごとレポートとして当該機関に関する部分のみ配布さ れる。個別分析結果は、大学および研究機関がどのように使うかに委ねられている。一方、連結された大学と省庁のデータは
STAR METRICS
に参加した政府機関の参考 資料となっている。またレベルⅠデータの解析結果は、STAR METRICS チームによっ てScience
誌に分析・可視化され”Science Funding and Short-Term Economic Activity”(Weinberg et al.)として掲載された。レベルIに参加している大学および研究機関の
研究者は
STAR METRICS
のデータを使用して研究することが出来るが、その目的や研究範囲によりデータは加工・制限される。この意味で、STAR METRICS のデータ基盤 はオープンなデータソースとは言えず、利用は制限されている。