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国立歴史民俗博物館研究報告 第209集2018年3月
[論文要旨]
「現実界」の蝶番,あるいは『あの 日見た花の名前を僕たちはまだ知
らない』に現れた物語の三層構造
KAWAMURA Kiyoshi
川村清志
Hinge of the Real or Three-layered Structure of Story Seen in the Analysis of an Animation “Ano Hi Mita Hana no Namae wo Bokutachi wa Mada Shiranai”
❶転位の蝶番
❷『あのはな』という物語
❸日記の登場とその結末
❹もう一つの蝶番
❺象徴界と想像界と現実界
❻『エヴァンゲリオン』における 3 層構造
❼三島由紀夫の眼差し
本稿は,現代日本の大衆文化における表象の特質について考察するために,『あの日みた花の名前を僕た ちはまだ知らない』という地方都市を舞台としたアニメーションを取りあげる。この物語は 2011 年の春期 に放映されて人気を博し,映画化や実写化もされて話題を呼んだ。埼玉県秩父市が舞台として描かれ,物語 に引かれた人びとによる現地への聖地巡礼も盛んである。
本稿の目的は,アニメーションによる物語と現実世界の我々をつなぐ想像力が,どのような経緯を経て喚 起されるのかを考えることにある。そこで物語の内容に踏み込んだ分析を行いつつ,物語の外部である視聴 者へと繋がる回路を探るという方法をとる。まず,三島由紀夫による柳田國男の『遠野物語』についての評 論で示された「転位の蝶番」という仕掛けを切り口として,アニメーションの表象過程の分析に適用する。
そこで得られた視座に精神分析学派の重鎮,ジャック・ラカンの理論を援用することで,物語の深層構造を 明らかにしていった。ラカンが主体の成立過程に措定した象徴界・想像界・現実界についての視点を物語の 構造論として理解することで,物語内部と外部の境界を横断する「転位の蝶番」の存在を指摘した。『あの 日みた花の名前を僕たちはまだ知らない』では,主人公と彼だけに見える幼馴染の霊との世界と,霊の存在 に気づかない友人や家族の世界が並行して描かれる。その二つの世界をつなぐ仕掛けを指摘したうえで本稿 は,物語の内部とそれを見る視聴者たちのいる現実世界とをつなぐ仕掛けについても検証を試みた。
また,議論の後半では,このような視点が他のアニメーションを始めとする物語表象にも転用しうること を示した。それは,民俗学や文化人類学,社会学がフィールドワークで出会う聖地巡礼などの諸実践のモチ ベーションを探る作業へとリンクしうると考える。その意味で本稿の議論は,現代の民俗文化や大衆文化に おける「心意」や「心性」の探求に他ならない。
【キーワード】三島由紀夫,遠野物語,あの日みた花の名前を僕たちはまだ知らない,ラカン,現実界