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不安定性の論理構造
近 藤
下 1.はじめに 資本制経済がそれ自体として不安定性を有すること,すなわち,一旦発生し たマクロ的不均衡が安定的に調整されるのではなく逆にますます拡大してゆく, という性質は資本制経済の一般的特徴を巧みに理論化したものと考えられる。 すなわち,生産と消費の事前的・社会的調整メカニズムを持たず,市場による 事後的調整を基本とする資本制経済においては,生産能力の増加率と有効需要 の増加率が一致することは偶然による以外にはありえず,従ってマクロ的不均 衡の発生は不可避である。そして,私企業の蓄積需要を経済成長の最大の推進 力とし,その決定が利潤動機により行われる資本制経済においては,一旦発生 した不均衡は容易に解消されず,逆に累積性をもつのである。こうした不安定 1) 性の論証はハロッドの先駆的な業績以降様々なモデルにより論証されている。 本稿の目的は,こうした不安定性の論理構造を説明しうる一つのモデルを提示 することである。以下のモデルは従来のモデルと本質的に異なるものではない が, (1)資本家の蓄積需要の私的決定が不安定性を生じさせる最大の理由で あることを明確化する, (2)さらに(1)の背後に「労働者消費の狭隆性」 という資本制的生産関係が存在することを明確化する, (3)生産関数の性質 と不安定性の関連を明確化する,という諸点に関し若干の改良を加えている。 さらに次の点に注意されたい。不安定性が資本制経済の一般的特徴であると しても,生産能力と労働者消費需要との相対的・構造的格差が一般には拡大し ていると考えられる寡占経済においては,不安定性の内実に一定の変化が生じ 1)ハロッド[13],[14],[15]。置塩[2],[3],[4],[5]。篠崎[12]。る客観的可能性がある。また,国家による財政・金融政策や産業構造政策等の 全面的介入や,寡占企業の価格支配力の強化,投資決定の慎重化などの諸要因 は不安定性の内実を変化させ,例えばスタグフレーションのような新たな現象 を惹起させるであろうと考えられる。本稿の分析はこうした寡占経済における 不安定性を考察する場合の出発点としても位置づけられる。 II.議論の前提とモデル (仮定1)生産は有効需要の水準により決定される。(有効需要の原理と生産能 力の相対的過剰の想定)また,投資需要は,「乗数過程」を通じて有効需要の水 準を決定する。 (仮定2)投資は次期以降の生産能力を増大させる。 (仮定3)潜在生産量は生産能力に依存する。 (仮定4)資本家は事前に今期の総需要に対する潜在生産量のギャップ(これ をGNPギャップまたは稼働率ギャップとよぶ)を知ることはできない。それゆ え資本家の今期の投資は,前期のGNPギャップの情報にもとづいて今期の GNPギャップを予測し,今期のGNPギャップ(または需要に比しての設備不 足)を私的に調整しようとして行われる。 [記号とモデル] y:総:需要または現実の生産量,y*:潜在生産量, K:生産設備能力, Gp:GNP ギャップ,g:資本蓄積率(=1/K),1:投資需要(実質) y/KID(g), Df>0, D(0)>0 (仮定1) (1) △K/K=k(g),k「>0, k(0)=0 (仮定2) (2) y*=φ(K),φ’>0,K>0 (仮定3) (3) Gp ・・ Y/y* (GNPギャップの定義式) (4) △g=h(G。一1),0=h(0),hノ>0 (仮定4) (5) 変数 y,y*, K, g, Gpの5コ ケインズの国民所得決定論によれば,投資は「乗数過程」を通じて経済全体
不安定性の論理構造 83 の総需要の水準yを決める。その際,設備ストックKは一定であるから,資本 蓄積率gは資本ストックに対する総需要の水準y/Kを決めるというのが(1) 式の意味である。(2)式は資本蓄積による生産能力への効果をより一般的に示し 2) たものである。(3)はわれわれの場合の生産関数である。この生産関数は固定係 数以外の場合も含む。(4)はマクu的不均衡または稼働率の定義式。(5)式は投 3) 資関数であるが,この妥当性については後に議論する。 III.モデルの安定性 (1)と(3)を(4)に代入すると, G,=y/ y“ == KD (g)/ di (K) = G, (g, K). (6) すなわち,GNPギャップは資本蓄積率と生産能力の関数となる。これより,
aG,/ag=KD’/ di (K)>O. (7)
aG,/aK 一D(g) (1一 cr)/ di (K) (8) 4) となる。ここで,σはy*のKに関する弾力性である。関数φが固定係数型の場 合にはσ=1であるが,より一般の場合にはσ≠1である。 また,経済的にみて合理的な仮定として, (仮定5)任意のK>0にたいし,g=0のときGp(0, K)<1 を付け加えておく。 ここで,σに関して以下のように場合わけを行う。 2)実質設備投資金額は常に生産能力への追加分を表すとは限らない。例えば企業が土地を 取得しても遊休化した場合や,設備の導入に大きなタイム・ラグが存在する場合には実質 投資金額は生産能力の増大を表現しない。こうした可能性を排除しないために関数kを導 入した。 3)このモデルでは資本家の供給態度が明示的に考慮されていない。すなわち,私企業は需 要がありさえずれば生産を行うという形式になっており,実質賃金率の決定が明示的に考 慮されていない。置塩[3]p.76。しかし,実質賃金率と資本蓄積率の対抗性を盛り込ん でも議論の大筋は変わらない。 4)正確にはσ(K)と表記すべきであるが,混乱の恐れがないから本文のように表記する。3.1 σ=1の場合の不安定性 (8)より,∂Gp/∂K=0となり,今期のGNPギャップGpは今期の資本蓄 積率のみの増加関数となる。また, (仮定5)よりGp(0)<1であるから, G, (g) == 1 図1
を満足する資本蓄積率g>0が必ず存在す
る(第1図参照)。これをg*と書き,均衡蓄積 率と呼ぼう。 さて,(6)を(5)に代入すれば, Ag = h[G, (g) 一 1] となるから,これをgで微分すると, ∂g+1/∂g=1十h’(∂Gp/∂g)>1。 また,g=0のとき, g+i 〈 O. Gp 1 * 9 (仮定5)よりh(Gp(0)一1)〈0となるから, g よって,体系は不安定性をもつ。すなわち,一旦正または負のGNPギャップが 生じれば,それは累積性をもつ。 また,最初,g=g*>0であれば, Gp(g*)=1,すなわちgは毎期一定とな り,正の均衡成長が実現する。 3.2 σ‡1の場合の不安定性 (8)より∂Gp/∂K≠0となり, GNP・ギャップは資本蓄積率gと生産能力 Kの関数となる。生産関数の弾力性σの大小に応じて,aG,/aK>o o
aG,/aK〈o o
が成り立つ。 体系の運動は, AK 一一 k(g)K Ag == h(G, (g, K) 一 1) により記述される。O〈o〈1
1〈6
(9) (10)y 図2 0<σ〈1のケース y
y* /D(go)K
ip (K) 不安定性の論理構造 1〈σのケース y* di (K) D(go)K 85L(ge) .1 K mp/ K
Ko 一一 Ko
均衡点は,△K=0より,g=0すなわちK軸と,△g=0すなわちGp(g, K) =1を満たすある曲線との交点である。曲線Gp(g, K)=1は,(6)より,KD (g)= ip (K) (11)
であるから,図2のようにK。を任意に一つ決めれば,点(K。,φ(K。))に対応し て勾配D(g。)が一つ決まり,既存の生産能力K。を正常の稼働するために必要 な資本蓄積率g=g。が一つ決まる。 また,0〈σ<1の場合には,図2より明らかなように,φ〆(K。)〈D(g。)が 成り立ち,1〈σの場合にはφ’(K。)>D(g。)が成り立つ。また(仮定1)よ 5) り,g=0のときD(0)>0であるから,これに対応するKも正値をとる。 従って,曲線Gp(g, K)=1のグラフは,(11)より,ag/aK=一(D−di’)/KD’ (12)
となり,0〈σ<1の場合には∂g/∂K<0
1<σの場合には ∂g/∂K>0 となる。 よって,図3のような2つの位相図の場合を検討すれば十分である。 曲線Gp(g, K)=1上に初期値があればgは不変であるが, Kはg>0のとき 増加し,g<0の時減少する。従ってgは一定に留まることはできない。(第V 5)g=0のとき,K=0もGp(0,0)=1を満たすが, K>0と仮定しているのでこのような ケースは排除する。g 彦根論叢 第282号 図3 0<σ〈1のケース
K
g 恵=0 1〈σのケースK
﹂ 恵=0 章の数値例参照)g=0のときは均衡成長(ただし単純再生産)となる。 曲線G。(g,K)=1より上方に初期値があればgは増加し,逆は逆。 従って,どちらの場合も,初期値(K,g)がたまたま均衡点(K*,0)上にある場 合を除けば体系は不安定である。また,σ≠1の場合に経済が安定となるのはg =0すなわち.単純再生産の場合のみである。 体系(9)(10)の局所的安定性について吟味しておこう。体系を均衡点(K*,0) で線形近似し,行列表示で書けば,圖一R、司圏+[IK]
となる。ただし, a 一: h’K*D’ (O)/ di (K’) 〉 O b 一 h’D(O) (1 一 6)/ ip (K*) c = k’ (o) K*〉 o である。従って,特性方程式f(ρ)は f(p)= p2 一 (2 + a)p +(1 + a一 bc) = (p 一 1) (p 一(1 + a))一 bc.従って,0<σ<1のときb>0,bc>0であるから,図4のように特性根は
異なる2実根をもち,1つの1より大なる実根をもつ。1=σのときbc=0であるから,特性根は1と1+aの2正根。1<σのときはbc<0であるが,実
根の場合には2実根(重根を含む)とも1より大。虚根の場合にも極半径は1図4 1十a 0 1 1十a み ろ6>O p bc=O bc〈O 不安定性の論理構造 87 より大となる。 よって,不安定である。 生産関数の弾力性σが不安定性に与 える影響については,大略,次のように 言える。0<σ≦1の場合には,単調な発 散運動が生じる。1<σの場合には振動 発散などの複雑iな運動が生じる。 IV.均衡成長 ある変数xの成長率をG(x)であらわすことにする。(1)より G(y) := G(K) 十 EG (g) = k(g) 十 EG (g) 6) が成り立つ。ただし,εはy/Kのgに関する弾力性である。 同様に,(3)より G(y“) == 6G (K) = ck (g) が成り立つ。 よって,(4)(13)(14)より G(Gp)=G(y)一G(y*)=k(g)(1一σ’)十εG(g) となる。 均衡成長を, G(Gp)=0 かつ G(g)=0 と定義すると,均衡成長が存在するためには,(15)より, G(Gp) =k(g) (1 一 6) = Oe (13) (14) (15) (16) すなわち,1=σの場合には,g>0なる均衡成長が存在するが,σ≠1の場 合にはg=0が均衡成長となる。 次に,σ=1の場合の均衡成長における諸変数の動きを考える。もし,初期に おいて,Gp=1すなわちg(0)=g*が成り立てば,(5)より毎期gは正かつ一定 6)(仮定1)よりε>0。
88 彦根論叢第282号 となり,(1)よりyの成長率=Kの成長率=k(g*)>0となる。他方,Gp=1よ りyの成長率=y*の成長率となるから,結局,y, y*, K,1の成長率は同一の k(g*)の率で増大し,正の均衡成長が実現する。 σ≠1の場合の均衡成長では,g(0)=0かつGp(0, K)=1が成り立てば, K の成長率=yの成長率=y*の成長率=1の成長率=0となる。 これより,次のように言える。固定係数型の生産関数の場合には,σ=1であ るから,g*>0なる均衡成長経路が存在する。σ≠1の場合には, g>0の均衡 成長経路は存在しない。ただし,どちらの場合も体系は不安定である。σ=1す なわち資本係数一定の条件は,g>0なる均衡成長の存在のための必要条件で 7) はあるが,不安定性の必要条件ではない。 V.需要追随型投資関数の現実妥当性 次に,(5)の投資関数の現実妥当性について吟味する。(5)の意味を個別資本 の立場からみれば,市場の有効需要に比して保有している生産能力が不足して おれば蓄積率を増大させ,逆は逆ということである。こうした投資態度は短期 的な予想に基づく投資態度であり,需要追随的な投資態度といえる。しかし, 有効需要の原理に従う限り,稼働率の上昇という市場のサインを,需要に対す る設備能力の不足と判断し,需要に追随できるように生産能力を増強しようと することは個別資本にとって当然の対応であり,決して不自然ではない。また, 生産シェアの競争的拡大を目指す個別資本にとっては,たとえ利潤率が不変で 8) あろうとも,売れる限りの生産拡大を行なおうとするのは必然的でさえある。 さらに,(5)の投資関数は社会的にみても合理性を持っている。即ち,投資の 7)g*=0なる経路を均衡「成長」経路と呼ぶのは形容矛盾であるが,我々のモデルでは生 産の弾力性σ≠1なるとき,均衡成長は存在しない。この点で,我々のモデルにおいては生 産の弾力性σ=1の想定は長期平均的な成長の重心を考える場合には特別の重要性をもっ ている、しかし,逆にσ≠1のモデルは,資本蓄積が生産能力と有効需要の両面の規定者と なり,その決定が私的動機により行われる場合には短期的な経済成長がいかに困難となる かを直載に表現していると考えることができる。尚,第VI節も参照。 8)需要追随型投資関数が景気循環論において非現実的となるのは不況期において見られる/
不安定性の論理構造 89 増大とともに,生産と消費のギャップ=現実生産:量一社会的必要消費量=y− RN=y一(R/e)y=(1−c)y(ただし, R:実質賃金率, N:雇用量,2:労 働生産性,c=R/2)も拡大しており,従って,増大する生産物の販路を保証 するためには労働者の社会的必要消費需要の増大のみでなく,投資需要の累積 的増大をも不可欠としているからである。 こうみてくると,(5)の投資関数は資本制経済一般の特徴を捉えたかなり一般 的な投資態度を表現するものと考えられ,現実への第一次接近としては十分是 認されるだろう。そして,現実の過程は,次に見るような2重のギャップを抱 え,これらのギャップを調整しようとする行動が,かえってギャップを拡大さ せるという矛盾に満ちた形で進行しているのである。
GNPギャップ
生産と消費のギャップ 好況過程マ衡成長
s況過程
1以上に拡大@1
P以下に縮小 一定率以上で拡大 齟阯ヲで拡大 齟阯ヲ以下で拡大または縮小 (数値例) ここで,収穫逓減型および収穫逓増型の生産関数をもつモデルの数値例を与 えておく。 D(g) = O.2 十 O. 5g k(g)=g φ(K)=Q。)K一,。:牒窪鑑鎧l
h= O.1 \「生き残り投資」=技術革新型投資の場合である。このタイプの投資は,短期的な需要へ の追随ではなく,新市場の開拓や新商品の開発,産業構造の改善や生産効率の向上など長 期的な判断によって行われると考えられる。シュンペーター[10],[11]。また,北野[6] 第6章は,不況の累積過程における「生き残り投資」のもつ景気浮揚効果を,蓄積率と利 潤率のpositive feedback mechanismに対抗しうる実現利潤率と生き残り投資とのnega・ tive feedback mechanismと位置づけ,景気回復過程を内生的に説明しようと試みている。とした。初期値は,ともにK(0)=100とし,Gp(g,100)=1を満たすようにg =0.2とした。 (収穫逓減型) 時点 K g
Gp 1
O 100 O.2 1 20
1 120 O.2 1.095 24 2 144 O.210 1.219 30.174 3 174.2 O.231 1.389 40.313 4 214.5 O.270 1.636 57.986 5 272.5 O.334 2.019 90.999 (収穫逓増型) 時点 K gGp 1
O 100 O.2
1 120 O.2
2 144 O.169
3 168.4 O.118 4 188.3 O.054 5 198,4 一〇.019 1 20 0.692 24 0.490 24.369 0.358 19.903 0.272 10.175 0.214 一3.725 収穫逓減型生産関数の場合にはσ=0.5,逓増型の場合はσ〈2であるか ら,どちらも均衡成長率はゼロである。どちらの場合も,最初,経済がGp=1 という理想的な状態(K(0)=100,g(0)=O.2)にあったとしても,体系は単調に 発散してゆくことがわかる。(ただし収穫逓増型の場合には振動発散となる)ま た,両者の方向は生産関数の構造パラメータσの違いを反映して対称的であ る。すなわち,逓減型の場合には上方発散的であり,逓増型の場合には下方発 散的である。 VI.不安定性の根拠とその累積性 資本制経済は生産拡大のテンポと有効需要の拡大テンポをあらかじめ必要な レベルに事前的・社会的に整合させることができない。その理由は,主要な生 産設備が私的に所有され,資本の蓄積が利潤動機により決定されるからである。 また,一旦生じたマクロ的不均衡がスムーズに解消されるのではなく,ますま す拡大してゆくからである。この事情をやや詳しく説明すれば,次のようであ る。 今,歴史的に与えられた資本ストックK。のもとで,マクロ的不均衡を起こさ ないようにするためには,資本蓄積率gは,(6)より,D(g) Ko= ip (Ko) (17)
y 図5 0<σ<1のケース * y D(go)
E
B/D(gi)K /D(go)K F,一 di (K) iA K 不安定性の論理構造 91 最初,(Ko,90)のとき市場は点Eで均衡 しているとする。9i>g。なる蓄積が行 なわれると,生産能力はK。からK1に移 行し,潜在生産量ゾは点Aの高さとな る。他方,9iの蓄積によって勾配はD (90)くD(g1)となO,有効需要は点Bの 高さとなる。従って,市場はBAの分だ け超過需要状態となる。 Ko 一 Ki を満たすように決められなければならない。しかしながら,生産設備が私的排 他的に所有されている資本制経済では,個別資本に対し資本蓄積率を望ましい 水準に計画ないし誘導することは一般に困難である。従って潜在生産量と有効 需要の水準を事前的・計画的に一致させることはできない。そして,個別資本 が任意に資本蓄積率g,G(g)>0を行うとすれば,資本設備は(2)より,k(g)の テンポで,従って潜在生産量y*は(14)より,σk(g)のテンポで増大してゆく。 他方,有効需要の水準yは(13)より,k(g)+εG(g)のテンポで増大する。 従って,両者は,σ=1+(εG(g)/k(g))という特殊な場合を除けば一致す ることはない。 0<σ<1十(εG(g)/k(g))のケースでは常に,σk(g)<k(g)十εG(g), すなわち, 潜在生産量の増大テンポく有効需要の増大テンポ となり,稼働率は増大する。 1十(εG(g)/k(g))<σのケースでは, 潜在生産量の増大テンポ〉有効需要の増大テンポ となって,稼働率は低下する。 もし,σが十分大なることが寡占経済の特徴を反映しているとするならば,潜 在生産量の増大テンポは有効需要の増大テンポを上回り,稼働率は下方への累92 彦根論叢第282号 積運動が生じ易いと言える。すなわち,寡占経済は停滞的な構造的特質をもつ 可能性が高い。 さらに,資本制経済のもとでは,一旦発生したマクロ的不均衡は容易に調整 されえない性質をもっている。例えば有効需要の増大テンポが潜在生産量の増 大テンポを上回っているとしよう。均衡成長の状態に近づけるためには有効需 要の削減か生産能力の増強かのどちらか,または両方が必要である。然るに, 有効需要の削減のためにはgの削減が必要であり,他方,生産能力の増強のた めにはgの増大が必要である。そしてこの場合,個別資本の立場から見れば投 資の削減は極めて困難である。なぜなら市場では品不足が生じており,設備投 資の削減は一層の品不足を引き起こす原因となることは明かである。また,個 別資本間のシェア争いの存在は容易に適正水準以上の投資を強要するであろう。 こうして資本蓄積の矛盾した二面的性格と個別資本による投資の私的決定とが 一旦生じた不均衡をますます拡大させてゆくのである。 ところで,資本蓄積の矛盾した性格は何故生じたのだろうか。それは資本の 蓄積が生産能力ばかりでなく,総需要の規定者となっているからである。では, 資本蓄積がいわゆる「乗数過程」を通じて総需要の規定者となるのはどの様な 根拠に基づいているのか。それはまずなによりも今期の生産量を総需要が飲み 込むためには,今期の消費需要だけでは決定的に不足しているということによ る。すなわち,もし
純売上高py=人件費wN
なる関係が成り立てば,純売上高py=労働者消費需要wN
となり,仮に投資がゼロであっても,マクロ的不均衡は生じない。ところが,純売上高py=人件費wN+正の利潤
なる関係の中では,必ず, 純売上高py>労働者消費需要wN (18) となり,労働者の社会的消費需要だけでは生産量を飲み込むことができないの不安定性の論理構造 93 9) である。これはマルクスによって「生産と消費の矛盾」と呼ばれたものである。 また,次のように言うこともできる。もし労働生産物yがすべて労働者のも のとなり(y=RN),彼らが自己の全所得を個人的消費と社会的投資に回すこ とが可能ならば,常に生産と消費は一致し,マクロ的不均衡は生じない。実際, 1二sRN (sは労働者実質所得からの貯蓄割合) C= (1 一 s) RN ならば,
y==C十1=(1−s)RN十sRN=RN
となり,マクロ的不均衡は生じない。 さらに,次のように言うこともできる。資本蓄積が総需要の規定者となるの は,「乗数過程」が1より大であるからである。1より大なる乗数効果が生じる ためには0〈c<1なる条件が必要であった。これより,0<R/2<1,すな わちo〈R〈 e. (lg)
この条件は,(18)と同一であり,結局,利潤存在と労働者消費の狭隆性と1よ り大なる乗数効果の存在とは同一の内容を言い替えたものに過ぎない。 資本制経済の不安定性 含 投資の総需要規定的性格←⇒投資乗数>1 ←⇒「生産と消費の矛盾」←⇒労働者の消費の狭隆性 ←⇒利潤の存在←⇒搾取関係の存在 9)「生産と消費の矛盾」とは,Marxによれば次のように説明されている。「全社会がただ産 業資本家と賃金労働者だけで構成されているものと考えてみよう。…そうすれば,恐慌は, ただ,いろいろな部門の生産の不均衡からのみ,また,資本家たち自身の消費と彼らの蓄 積とのあいだの不均衡からのみ,説明できるものであろう。しかし,実際には,生産に投 下されている資本の補損の大きな部分は,生産的でない諸階級の消費能力にかかっている のである。他方,労働者の消費能力は,一方では労賃の諸法則によって制限されており, また一方では,労働者は資本家階級のために利潤をあげるように充用されうるかぎりでし か充用されないということによって制限されている。すべての現実の恐慌の究極の原因は,/結局,蓄積需要の総需要規定的性格は,実に資本制生産関係の根幹に深く根 ざしたものと言わなければならない。 最後に,次のことを指摘しておこう。既に見たように,不安定性の存在は資 本制経済に固有の構造的特質,特殊な生産関係に深く根ざしたものであるが, そのことを理解するだけではまだ不安定性の潜在的可能性を指摘しただけに過 ぎない,と言うことである。すなわち,不安定性が到るところで発生しうるこ とを認めたとしても,それが緩和されたり,その発現を遅らせたりすることが 容易に可能であるならば,資本制経済にとって不安定性は何等重大な問題では なくなってしまうことは明かである。例えば,地球が死滅することは大変困っ たことであるとしても,それが100年後,1万年後,50億年後に生じる場合に は,それぞれの死滅のもつ意味はガラリと変わってしまうであろう。これと同 様に,不安定性の問題にとっては,その潜在的可能性を一般的に認識するに留 まらず,どの様な,またどの程度の不安定性が,どの様にして生じるか,そし てこれをどう制御すればよいのか…といった不安定性の発現過程ないし累積過 程を現実に即して適切にモデル化することの方がはるかに重要である。そして 経済の寡占化はこうした不安定性の発現過程に新たな変化をもたらしていると 考えられるのである。 (1993. 4. 1) 参 考 文 献 [1]相葉洋一『貨幣と景気循環』,遺稿集編集刊行実行委員会,1991年 \やはり,資本主i義的生産の衝動に対比しての大衆の窮乏と消費制限なのであって,この衝 動は,まるでただ社会の絶対的消費能力だけが生産力の限界をなしているかのように生産 力を発揮させようとするのである。」マルクス[16]第5分冊p.618。「社会の消費力は…敵 対的な分配関係を基礎とする消費力によって規定されている…。社会の消費力は,さらに 蓄積への欲求によって,すなわち資本の増大と拡大された規模での剰余価値生産とへの欲 求によって,制限されている。…それだから,市場は絶えず拡大されなければならないの であり,…内的な矛盾が生産の外的な場面の拡大によって解決を求めるのである。ところ が,生産力が発展すればするほど,ますますそれは消費関係が立脚する狭い基礎と矛盾し てくる。」第4分冊p,307。
不安定性の論理構造 95 [2] [3] [4] [5] [6] 置塩信雄『蓄積論』,筑摩書房,1976年 「現代経済学』,筑摩書房,1977年 『現代経済学II』,筑摩書房,1988年 (編著)『景気循環』,青木書店,1988年 北野正一「資本制経済の安定性と不安定性』,神戸商科大学研究叢書XXX,神戸商科大 学経済研究所,1988年 [7] Keynes. J, M. The Gene2al Theoiy of EmPloyment, lnterest and Money, 1936 [8]近藤学「総供給関数と『独占』」,彦根論叢第245号,1987年 [9] 「書評 相:葉洋一著「貨幣と景気循環』」,彦根論叢第272号,1991年 [10] シュンペーター,J. A.「経済発展の理論一一企業者利潤・資本・信用・利子および景気 の回転に関する一研究』塩野谷裕一・中山伊知郎・東畑精一訳,岩波書店,1980年 [11] 『景気循環論 資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析』吉田昇三監 修,金融研究所訳,有斐閣,1958年 [12] 篠崎敏雄『ハロッドの動学的経済学の研究』,風間書房,1973年 [13] Harrod. R. F. Towards a llynamic Economics, 1948 [14] 『景気循環論』宮崎義一・浅野栄一訳,東洋経済新報社,1955年 [15] Economic Illynaneics,1973(『経済動学』宮崎義一訳,丸善,1976年) [16] マルクス,K.『資本論』(全5分冊)大内兵衛・細川嘉六監訳,大月書店,1968年