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エントロピー経済学の成果と限界

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(1)

著者 岡 敏弘

雑誌名 經濟學論叢

巻 65

号 3

ページ 309‑331

発行年 2014‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/00027407

(2)

エントロピー経済学の成果と限界

岡   敏 弘  

は じ め に

 経済に対する,資源と環境の制約が強い関心を引き始めた1970年代に,そ の問題を中心に据えて,それに本格的に取り組めるようにするために経済学 を作りかえようとする動きが現れた.熱力学のエントロピーの概念を経済学 に導入し,それによって経済過程を解釈し直そうとしたジョージェスク=レー ゲンの試みがそれである.物理学者の槌田敦は,それに触発されて資源物理 学を提唱し(槌田1976, 1978),経済学者の室田武は,その考え方を発展させて,

代替エネルギー論を批判し,水土に根ざす経済を構想した(室田1979).経済 学史家の玉野井芳郎は,エントロピーの視点を取り入れて,エコロジーとエ コノミーとを融合した広義の経済学を打ち立てようとした(玉野井1978).  この考えは,一時,経済学に新風を吹き込んだが,その後,従来の経済学 はほとんど無傷で存続し,従来の方法で従来の経済問題に取り組んでいる.

なぜそうなったのかを,ジョージェスク=レーゲンの提案に内在する特徴に よって明らかにするのが本稿の目的である.その特徴は,19 世紀に『石炭問題』

を書いて,(それと意識せずに)エントロピー視点を経済学にもたらしたと言わ れたジェボンズにも見られる.そこで,本稿では,まず,ジョージェスク=

レーゲンの問題提起と,槌田と室田がそれに触発されて提唱したこととから,

エントロピー経済学の基本ビジョンを,「文明を存立させる低エントロピー資 源という視点と,そこから導かれる経済命題」と特定化した上で,このビジョ ンで既存経済学を果敢に作りかえようとしたジョージェスク=レーゲンの試 みとその失敗を明らかにする.最後に,ジョージェスク=レーゲンとジェボ

(3)

ンズに共通する特徴が,自然科学の法則によって経済現象を説明しようとし たという点にあることを指摘し,エントロピー視点と経済理論との結合のあ り方を展望しよう.

1 ジョージェスク=レーゲンの問題提起

 ジョージェスク=レーゲンは,数理経済学分野の12の論文を集めて1966 年に出した『分析経済学』(Georgescu-Roegen 1966)に,「経済学の方向性に関 する若干の問題」と題する長大な序文をつけた.そこで彼は,新古典派経済 学が,可逆な世界を対象にしていることを批判し,経済過程が不可逆である ことを強調し,質的発展を扱う必要があると論じた.新古典派のそのような 特徴の源泉を,力学をモデルにしていることに求め,熱力学モデルをこれに 対置したのである.この序文の主張を全面展開したのが,1971年に出版した『エ ントロピー法則と経済過程』(Georgescu-Roegen 1971)である.

 この本で彼はまず,従来の経済学が力学的認識論に支配されていたと言う

ibid., p. 1,邦訳1頁).第1に,経済学はホモ・エコノミクス(経済人)を仮定

しているが,これは人間を機械のように見ていることを意味する.第2に,

経済学は繰り返す循環として経済過程を描いているが,これは質的変化のな い過程である.第3に,経済学は自然資源の必要性を無視し,自然を土地と してのみ扱ったり,マルクスのように労働生産物だけが価値をもち自然の役 立ちは無償であると見なしたりしている(ibid., p. 2,邦訳2頁).

 ところが,経済学が範とした物理学では,とうに革命が起こっていた.す なわち,質的変化と不可逆過程を扱う熱力学の誕生がそれであると言う.熱 力学は,経済価値の物理学として始まったのだとジョージェスク=レーゲン は言う(ibid., p. 3,邦訳3頁).それは,熱力学誕生を画したサディ・カルノー

の1824 年の論文の関心事が,熱の流れから,人間にとって利用可能な仕事を

最大どれだけ取り出すことができるかというものであったことを指す.ここ から,熱力学は,利用可能なものが利用不可能なものへと不可逆に変化する

(4)

ことを「エントロピー増大則」として法則化したが,この法則こそ,「あらゆ る自然法則のうちで最も経済的な法則」(ibid.)だというわけである.

 ジョージェスク=レーゲンは,「熱力学は概して経済価値についての物理学 なのである」(ibid., p. 276,邦訳358頁)ということを,次のような論理で説明する.

まず,生物はエントロピー法則に抗して生きているが,それは,環境から低 エントロピーを取り込み,それを高エントロピーに変換することを通じて自 らの構造体の定常性を維持しているということである.自らを含む環境全体 では,エントロピーの増加は避けられない.人間も生物である以上,それと 同じ仕組みによってその活動を維持するほかない.すなわち,「我々の経済生 活全体は低エントロピーを取り入れることによって成り立っている」(ibid., p.

277,邦訳360頁).たとえば,布,木材,陶磁器,銅など,我々に役立つもの

は高度に秩序ある構造をもっているのに対して,銅の分子が拡散してしまっ たら,我々にとって無用のものになる.だから,低エントロピーは,ものが 有用であるための必要条件である(ibid.).しかし,有用であるだけでは経済 価値があるとは言えず,ものが経済価値をもつには稀少性が必要であるが,

この稀少性の究極の原因もまた,熱力学によって与えられる.すなわち,環 境中の低エントロピーが常に減少していくことこそ,稀少性の最も重要な原 因なのである(ibid.).

 物理的に見れば,「経済過程は,低エントロピーの高エントロピーへの変換,

言いかえれば,再帰不可能な廃物への変換,あるいははやりの言葉で言えば,

環境汚染への変換から成っている」(ibid., p. 281,邦訳364頁)と彼は言う.高 エントロピーの銅鉱石から低エントロピーの銅板を造り出すように見える生 産過程も,そのために石炭の燃焼などで,そのエントロピー減少を上回る高 エントロピーを発生させているのである.だから,物理的に見れば,人間の 経済過程は,単に有用物を廃物に変える過程に過ぎない.それでは,経済過 程を単純な物理過程から区別するものは何かと言えば,それは,第1に,人 間は,目的をもって環境から低エントロピーを選り分け,第2に,真の産出

(5)

物としての「生の享受(enjoyment of life)」を取り出すということである(ibid. p. 281―2,

邦訳365頁).

 こう論じた後,ジョージェスク=レーゲンは,低エントロピーは,経済価 値の必要条件であるが,十分条件ではないと断り,その例として毒きのこを 挙げる.毒きのこは,低エントロピーだが,経済価値はない.また,オムレ ツは生卵よりもエントロピーが高いが,経済価値は大きい(ibid., p. 282,邦訳 365―366頁).

 かくして,ジョージェスク=レーゲンは経済過程を次のように描く―す なわち,土地・資本・人口から成るストックに,低エントロピーが投入され,

高エントロピーがそこから出て行くというフローがあり,その過程で精神的 フラックスとも呼べる生の享受が取り出される.この生の享受が経済過程の 真の産出物であり,所得の適切な内容に当たる.―と(ibid., p. 284,邦訳367頁).  以上が,ジョージェスク=レーゲンの経済学革新への問題提起である.し かし,これは問題提起に過ぎない.この考えを取り入れた経済学はいったい 何を明らかにし,どんな成果を出すのか.『エントロピー法則と経済過程』に は,それについての答えはほとんどない.これに触発されて,エントロピー 法則の経済問題への含意について考察を進めたのは,槌田敦と室田武である.

2 エントロピー経済学の基本視点

 槌田敦は,ジョージェスク=レーゲンが,経済過程とエントロピー増加とを 結びつけ,経済価値とエントロピーとの関連を論じたのに触発されて,「エン トロピー経済学を資源の物理学へ発展させよう」とした(槌田1976).槌田の

「資源物理学」は,経済を動かす原動力は何かという問いから始まり,労働な ど,従来の経済学が着目している要因は経済内部の要因であるが,エントロ ピー法則から見て,内因は原動力になり得ないとして,環境から資源が入り,

環境へ廃物が出て行くという流れに,真の原動力を求めた(槌田1978).そし て,石炭や石油が,それ自身を拡大再生産しうる優れた「低エントロピー資

(6)

源」であるがゆえに,石炭文明や石油文明が成り立ち得たのだと述べた.また,

生きていることの必要条件としての「定常開放系」という概念を提出した.

 室田武は,この考えを発展させて代替エネルギー批判に具体化した.まず,

エネルギー分析の結果を,前提を変えながら解釈し,原子力が石油の代替に ならないどころか,火力発電よりもかえって多くの石油を消費する結果にな るかもしれないと指摘した.すなわち,100万kWの原子力発電は,400億 kWhの石油を消費することによって710億kWhないし926億kWhの電力を 作り出すということに基づいて,「原子力発電はけっしてウランを第一次燃料 とする発電方法ではなく,その本源的な4 4 4 4燃料は石油」であり,また,「原子力 発電は,石油火力発電に比べてそれほど極端に石油利用効率がよいというわ けではない」と結論する(室田1979,76頁).さらに,この計算に入っていない,

原発の日常の点検・修理などに支出されるエネルギーや,放射性毒物の処理・

保管のためのエネルギーや,廃炉になった発電所の管理のためのエネルギー を加えると,原子力発電は,火力発電よりも石油を多く消費する技術である かもしれないと述べた(同80頁).

 次に,原子力が自らを拡大再生産して「原子力文明」を存立させるに足る 低エントロピー資源であるかどうかを問い,それに否定的に答えた.すなわ ち,原子力は電力しか生産できないが,電力はエネルギーを運ぶ手段に過ぎず,

この電力によって,ウランを掘り,そこから核燃料を生産することはできな い(同95頁).原子力で作った電力で水素を生産し,これを燃料にすれば,核 燃料を再生産できるではないかという議論についても,水素自体,自らを創 造するような動力源ではないとして退けた(同96頁).太陽光利用技術につい ても,太陽電池やそれを支える構造物を作るのに石油が必要である一方,得 られるのはやはり電力だけだから,自らを再生産し得ないというのである(同 103頁).

 現代文明を支える低エントロピー資源としての石油と石炭の役割をこのよ うに捉えた上で,その低エントロピー資源が経済社会を通ってまた環境へ出

(7)

て行くところでの障碍に,現代文明の中心問題を見たのが,エントロピー経 済学である.すなわち,定常開放系であるためには,低エントロピーが消費 された後の廃物がうまく系外へ捨てられなければならないが,それが滞って いるのが環境汚染であり,これが石油・石炭に基づく文明の最大問題だとい うのである.

 こうして,エントロピー経済学から出てくる命題が,従来の経済学のそれ とどう違うかが明らかになる.従来の経済学では,代替エネルギーが成立す るかどうかは,それが市場経済で競争力を持つかどうかによって決まると考 えるだろう.太陽エネルギー利用が成り立たないとしたら,それは,化石燃 料利用と比べて費用が高いからであるというのが従来の経済学の見方になる.

それに対して,エントロピー経済学では,それが文明を支える低エントロピー 資源ではないからだという見方になる.また,環境汚染は,従来の経済学では,

環境汚染の被害が,行動を決定する経済主体の私的な経済計算に入らないか ら起こると捉える.つまり,外部性の問題と捉える.それに対して,エント ロピー経済学では,エントロピーの廃棄障碍と捉える.これを視点の違いと 見て,異なった視点が共存しうると見なせば,従来の経済学の見方もまた有 効なものとして,エントロピーの視点によって取って代わられるものではな いと見ることも可能になると思われる.それに対して,ジョージェスク=レー ゲンは従来の経済学の見方を否定し,排除しようとしたように見える.彼は,

それをどうやって行おうとしたか.それを次に見てみよう.

3 ジョージェスク=レーゲンの挑戦

 1979年の「エネルギー分析と経済評価」という論文(Georgescu-Roegen

1979)でジョージェスク=レーゲンは,技術が自立的かどうかということを,

伝統的な経済学の分析道具である投入産出表を使って表現し,太陽エネルギー に基づいた技術が自立的でないことを証明しようとした.彼はまず,自立性

(viability)を実行可能性(feasibility)から区別する.実行可能性は,個々の生産

(8)

方法(recipi)について定義されるもので,生産方法は,ある1つの生産物を 一定量生産するのに必要な種々の投入物の数量の組によって定義されるもの であり,それら投入物を適切に投入すれば,生産物を取得できるとき,その 生産方法は実行可能であると言われる.実行可能でない生産方法を考える必 要はないから,すべての生産方法は実行可能と仮定されている(ibid., p. 1028,

邦訳219頁).これに対して,自立性は,経済全体のすべての生産物の生産方 法の総体―それをジョージェスク=レーゲンは「技術(technology)」と呼ん でいる(ibid., pp. 1025, 1051,邦訳213,260頁)―について定義されるもので,

すべての生産物の粗産出量が,必要生活水準を維持するに足り,かつ,生産 過程への総投入量を下回らないものであるときに,技術は自立的であると定 義されている(ibid., p. 1029,邦訳220頁).

 ジョージェスク=レーゲンは,この概念を用いて,太陽エネルギーに基づ いた「技術」を評価しようとする.そのために彼は,太陽エネルギー,集熱 器,資本設備の3つの生産物を生産する3つの生産方法から成る技術を考え

る(ibid., p. 1051,邦訳260頁).その技術の投入産出フローを彼は第 1 表のよう

に表現している(表の注に記したように記号は変えてある).この例では,自立性 の条件は

    

{

y1=x1-x12-x1320

     y3=x3-x31-x3220

によって与えられる(y1, y3は資本と人口の維持に必要な純フロー)(ibid., p. 1052,

生産物 P1 P2 P3 純フロー

太陽エネルギー  x1 -x12 -x13 y1

集熱器 -x21  x2 * *

資本設備 -x31 -x32  x3 y3 第 1 表 太陽光に基礎を置く技術の投入産出表

(注)ジョージェスク=レーゲンの表でxii(i=1, 2, 3)となっているものをxiとしている.

(9)

邦訳262頁).

 自立性が実行可能性と違うことは既に述べたが,ジョージェスク=レーゲ ンは,技術に関するその他のいくつかの性質とも違うということを指摘して,

太陽エネルギーに基づく技術が,それらその他の性質を満たさないから普及 していないのだという観念を退け,この技術に自立性がないのだということ を証明しようとしている.その他の性質の1つは,「正の価格が成立する」と いう性質である.これは実は「生産的である」ことだと言ってもよい.もう 1つは,「市場で競争力がある」という性質である.まとめると,ジョージェ スク=レーゲンが検討対象とした,技術についての性質は,

 1.自立的であること  2.生産的であること  3.競争的であること の3つである.

 自立的であることと生産的であることとの関係から見ていこう.生産過程 から得られる任意の付加価値vi(i=1, 2, 3)(ただし6i; vi0かつ7j; vj>0)に 対して

     p x1 1=p x2 21+p x3 31+v1

    

{

p x2 2=p x1 12+p x3 32+v2 (1)  

     p x3 3=p x1 13+v3

を満たす正の価格pi>0 (i=1, 2, 3)が必ず存在するとき,この技術は生産的で ある.

     , , , , , ,

x x x

x x

x x x x

p p p v v v

X p v

1 21 31

12 2

32 13 23 3

1 2 3 1 2 3

= - -

-

- -

- = =

>

xx

H

, 6 , ,@ , 6 , ,@

x x x

x x x x

p p p v v v

X p v

1 21 31

12 2

32 13 23 3

1 2 3 1 2 3

= - -

-

- -

- = =

>

xx

H

, 6 , ,@ , 6 , ,@

x x x

x x x x

p p p v v v

X p v

1 21 31

12 2

32 13 23 3

1 2 3 1 2 3

= - -

-

- -

- = =

> H

6 @ 6 @

とすると,(1)式は

(10)

    pX=v (2)  

と書ける.任意のv≥0に対して(2)を満たすp>0が存在するとき,生産的 である.(2)から

    p=vX-1

であるから,正の価格が必ず存在するための必要十分条件は,Xが非負逆行 列X-1(≧O)をもつことである.

 このとき,技術が「生産的」であるというのは,この技術を用いてどんな 数量の純生産物でも生産することができるからである.aij=xij/xj (i, j=1, 2, 3; i!j)とおいて,行列A, Z

     a ,

a a

a a a

x x

x

A Z

0 0

0

0 0

0

0 0 0

21 31

12

32 13 23

1 2

3

=

>

a

H

, =

> H

a a

a a a

x x

x

A Z

0 0

0

0 0

0

0 0 0

21 31

12

32 13 23

1 2

3

=

> H

=

> H

と定義すれば,

    X=^I A Z- h .

よって,(2)から,p>0であるようなpについて     p I A Z^ - h =v

である.これに右から

    

x x

x Z

1 0 0

0 1 0

0 0 1

1 1

2

3

- =

> H

(11)

をかけると,

    p I A^ - h=u (3)  

を得る.ただし,u=6u u u1, 2, 3@=6v x1 1, v2 x2, v3 x3@である.u≥0, p>0 だから,I-Aは非負逆行列をもつ.そこで,任意の純生産物 y=6y y y1, 2, 3@T(≥ 0)に左からその非負逆行列をかければ,正ベクトル

    x=^I A- h-1y

が得られる.すなわち,任意のy≥0を純生産する^x=Ax y+ h粗生産ベクト ルx>0が存在する.

 ジョージェスク=レーゲンは,技術が自立的であれば,必ず正の価格が存 在する(すなわち生産的である)が,逆は必ずしも真ではないと主張した(ibid., p. 1052,邦訳263頁).

そのような例として彼は

    X 4

1 1

2 1

2 3 0 5

= - -

-

-

>

-

H

を挙げている(ibid., p. 1056,邦訳269頁).この行列は非負逆行列

     5 5 3

16 17 10

3 3 2

> H

をもつから,正の価格が存在する.しかし,y1=-1だから,定義により自立 的ではない.正の価格を成立させるのに自立的でない,つまり,生産的なの に純生産物を生まないことがあると,ジョージェスク=レーゲンは言ってい るわけである.なぜそうなるかと言えば,わざわざ純生産物を生まないよう

(12)

な粗生産物の数量の組を仮定しているからである.上の例では粗生産ベクト ルは[4, 1, 5]Tであり,その結果,純生産ベクトルが[-1, 0, 2]Tになっている のであるが,たとえば,粗生産ベクトルに[32, 8, 25]Tを選べば,純生産ベク

トル[1, 0, 1]Tを生み出すことができる.そうできない現実的な理由があると

すれば,それは,Aで表される技術そのものの中にではなく,労働力の不足か,

Aでは表されていない資本ストックの不足の中にあるであろう.

 したがって,ジョージェスク=レーゲンが言う,技術が自立的でない場合 というのは,そもそも技術が生産的でない(その場合,正の価格を生まない)場 合か,技術は生産的だが,粗生産物の数量と構成が純生産を生まないような ものである場合ということになる.

 次に,自立的であることと競争的であることとの関係について,ジョージェ スク=レーゲンが言っていることを検討してみよう.彼はまずこう言う―

「我々がまだ太陽輻射に基づく技術の中で生活していないという厳然たる事実 は,この技術が自立的でないことを証明するものではない.それは,現在の 貨幣価値と現在の人間の労苦の点から評価して化石燃料技術よりも効率が劣 るからかもしれない」と(ibid., p. 1052―1053,邦訳263頁).また言う―「太 陽エネルギーがなぜ他の動力源に取って代わっていないかについての最も受 け入れられている説明は,集熱器が高価すぎるというものだ.この問題が解 決されたら,近代産業を支えうる太陽技術は実際自立的だろうというのであ

る.」と(ibid., p. 1053).「しかし」と言いながら彼は,過去5年間太陽エネルギー

利用のために投じた大量の資金にも関わらず,太陽利用技術が自立的である ことを証明するような技術革新は起こらなかったという事実を指摘し,結局,

現在のところ集熱器で集めた太陽エネルギーで集熱器を作ることはできない のだと述べる(ibid.).そうである限り,たとえ太陽エネルギーが利用されたと しても,その生産方法は現在の技術への寄生者にすぎない.その意味を明ら かにするために,ジョージェスク=レーゲンは,第 2 表の例を挙げる(ここで も整合性のために記号法はジョージェスク=レーゲン自身のものと変えてある).

(13)

 ここでは,集熱器と資本設備の製造に必要なエネルギーは化石燃料によっ て供給される.化石エネルギー供給部門がP4と書かれている.これを用いて 彼が導いた命題は2つ,

 1. 寄生者である生産方法は,経済全体としては,その純産出物の2倍のエ ネルギーを消費する

 2.太陽エネルギーの価格は,化石エネルギーの価格よりも高い

である.ジョージェスク=レーゲンはそれを次のように論証する.まず,x’3>x3

=x31+x321)からx’43>x13であり,それゆえ,x’4=x’42+x’43>x12+x13と言う(ibid.,

p. 1053,邦訳265頁).さらに,第1表の技術が非自立的だったことから

    x1x111x12x,12x1,x111x13x13 (4)  

を仮定し,そこから,

    xl422x1=2y1 (5)  

だと言う.

 しかし,この論理には間違いが多い.まず,第2表の純生産物y1が第1表 のy1と同じだとすると,第2表では,太陽エネルギーが他の工程に投入され

1) ジョージェスク=レーゲンはx32x22と書いているが,これは間違いだろう.邦訳ではx32 なっている.

生産物 P1 P2 P3 P4 純フロー

太陽エネルギー  x’1 * * * y1

集熱器 -x’21  x’2 * * *

資本設備 -x’31 -x’32  x’3 -x’34 * 化石エネルギー * -x’42 -x’43  x’4 *

第 2 表 寄生者投入産出表

(注) 純生産物はx11とあったのをy1とした.y1以外は第1表とは大きさが異なるので,「’」をつ けて区別した.第1表と同様にxiiとあったのはすべてxiとした.ジョージェスク=レーゲン の元の表で-x12とあったのはx’42とした.また,y33, -y34, -y43, y44とあったのはそれぞれx’3, -x’34, -x43, x’4とした.

(14)

ないから,x’1<x1となると思われる.そうすると,x’21<x21, x’31< x31であろう.

そうなると,x’2<x2,x’32<x32,x’42<x12となり,P4という生産方法が加わっ たとしても,x’3>x3となるかどうかわからない.よって,x’43>x13となるか どうかもわからない.さらに,第1表の技術の非自立性を表すのは

    x1Ex12+x13

であって,(4)ではないだろう.したがって,(5)は論証されていない.

 2つ目の命題についてのジョージェスク=レーゲンの論証は次のようなもの である.第2表の技術の下でのPjの付加価値をv’j (j=1, 2, 3, 4),生産物の 価格をp’j (j=1, 2, 3, 4)とすると,

    

{

p xl l1 1-p xl l2 21-p xl l3 31=vl1

     p xl l2 2-p xl l3 32-p xl l4 42=vl2

であり,x’2=x’21であるから,

    vl1+vl2+pl3^xl31+xl32h=p xl l1 1-p xl l4 42F0 (6)  

ここから,ジョージェスク=レーゲンは,x’1x1, x’42x12とを同一視し,

さらに,(4)を仮定して,p’1>p’4だと結論づけている.すなわち,「太陽エネ ルギーの価格は化石エネルギーの価格よりも高い」.

 上で述べたようにx’1<x1だが,x’21=x21x’1/x1=x2x’1/x1であろうから,

x’42=x12x’1/x1であろう.したがって,(4)を仮定するなら,x’1<x’42と見なし てよいだろう.そうすると,(6)から,p’1>p’4は得られる.しかし,(4)が仮 定できなければ,これは言えない.

4 「自立性」概念の失敗

 実は,2つめの命題は他の方法で論証できる.その方法でも,1つめの命題 は言えないが,太陽エネルギーの純生産物の量が,化石エネルギー生産量よ

(15)

りも小さくなる条件を特定化することができる.そのためには,投入係数を 使うのが便利である.

 第1表と第2表とで共通する部分の投入係数は等しいとして問題ないから,

aij=x’ij/x’j (i, j=1, 2, 3, 4, i!j)としよう.さらに,a42=a12, a43=a13として も問題ないだろう.すると,

     pl1=p al2 21+p al3 31+u1

    

{

pl2=p al3 32+p al4 12+u2

     pl3=p al4 13+u3

     pl4=p al3 34+u4

が成り立つであろう.これから

    pl1=pl4^a a12 21+a a13 31+a a a13 32 21h+ +u1 u a2 21+u a a3^ 32 21+a31h

(7)  

が得られる.他方,第1表についての(3)式は      p1=p a2 21+p a3 31+u1

    

{

p2=p a1 12+p a3 32+u2

     p3=p a1 13+u3

に等しいが,ここから

    p a a a a a a a

u u a u a a a

1 1

12 21 13 31 13 32 21

1 2 21 3 32 21 31

= - + +

+ + +

^ ^

hh

(8)  

である.そこで,a=a a12 21+a a13 31+a a a13 32 21, V=u1+u a2 21+u a a3^ 32 21+a31h とおくと,(7),(8)はそれぞれ

    pl1=pl4a+V

(16)

    p V

1=1 a - となるから,

    pl1=pl4a+p1^1-ah (9)  

である.

 ここで,集熱器と資本設備の生産にエネルギーを供給するのに,化石燃料 を用いるのが,太陽熱発電を用いるよりも競争的であるがゆえに,第1表で はなく第2表の技術が成立しているとすれば,p1>p’4となるはずである.そ うすると,(9)式から

    pl12pl4a+pl4^1-ah=pl4

となる.つまり,p’1>p’4という関係は,太陽エネルギー利用技術が自立的で ないという前提からではなく,それが化石燃料利用技術と比べて競争的でな いという前提からこそ,正しく導出できるのである(上で見たように,自立的で ないという前提からは正しく導出できなかった).

 投入係数を使うと,第2表の物量関係は      xl1=y1

    

{

xl2=a x21 l1

     xl3=a x31 l1+a x32 l2+a x34 l4

     xl4=a x12 l2+a x13 l3

と書ける.ここから,

    ^1-a a13 34hxl4=^a a12 21+a a13 31+a a a13 32 21hy1

である.ここでb=a13a34とおけば,

(17)

    x y

4 1 b 1

= a l -

したがって,ジョージェスク=レーゲンが言うように,電力の純生産量の2 倍以上の化石エネルギーが必要になるのは

    1 F2 b a -

のときであり,2倍と言わないまでも,電力純生産量よりも多くの化石エネ ルギーが必要になるのは

    1 21 b a -

のときである.前者は

    a+2bF2 (10)  

後者は

    a+b21 (11)  

に等しい.

 aは,第1表の技術で,太陽エネルギーを1単位生産するのに必要な太陽 エネルギーの量を表すから,この技術が生産的であれば,1を下回らなけれ ばならない.bは,第2表の技術で,化石エネルギーを1単位生産するのに 必要な化石エネルギーの量である.これも,この技術が生産的であれば,1 を下回らなければならない.そうすると,どちらかの技術が非生産的であれ ば,(11)は成り立つ.どちらの技術も生産的であるときでも,生産性が非常 に低ければ,これが成り立つだろう.また,(10)は,第2表の技術が非生産 的であれば成り立つ.第1表の技術が非生産的であっても成り立つとは限ら ないが,どちらかの技術の生産性が非常に低ければ成り立ちうる.重要なこ とは,(10)の場合は完全に対称的ではないが,(11)の場合は,完全に対称的に,

(18)

abとがこの事態に貢献しているということである.つまり,太陽エネル ギー利用技術がきわめて生産的でaが非常に小さく,化石エネルギー利用技 術の生産性が低くbが大きい場合も,(10)や(11)は成り立つ.つまり,これは,

太陽エネルギー技術の劣位を表現していない.

 要するに,ジョージェスク=レーゲンは,太陽利用技術の非自立性が,投 入産出表でどのように現れるかを追究していって,その技術の自立性とは関 係のない,太陽利用技術と化石燃料利用技術との結合技術全体の生産性4 4 4(「自 立性」とは違う概念としての)と密接に関係する性質 ―x’4≧2y1―や,化 石燃料利用技術の競争性4 4 4(これも「自立性」とは違う概念)から帰結する性質

p’1>p’4―に到達したのである

 あるいは,太陽エネルギー利用の非自立性,あるいは寄生者としての性格 は,こうした結果ではなく,第2表の投入産出関係そのものの中に現れてい るというのが,ジョージェスク=レーゲンの言いたかったことかもしれない.

つまり,太陽エネルギーは他の生産物の生産には決して入っていかないのに 対して,化石エネルギーは他のすべての生産物(太陽エネルギーを含めて)の生 産に直接間接に入っているということそのものの中に,である.後者のよう な財は,スラッファが「基礎的生産物」と呼んだものであり(Sraffa 1960),前 者は「非基礎的生産物」と呼んだものである.そうすると,あるエネルギー に基づく技術が自立的であるとは,その技術の中で,そのエネルギーが基礎 的生産物になっている状態を指し,自立的でない(すなわち寄生的である)とは,

そのエネルギーが非基礎的生産物になっている状態を指すことになると思わ れる.しかし,基礎的か非基礎的かの区別こそ,まさに競争性に関わるので ある.太陽エネルギー利用技術に競争性があれば,p1<p’4となって,第2表 の中に,x12x13の項が現れるだろう.そうなると,太陽エネルギーは基礎 的生産物になる.

 結局,ジョージェスク=レーゲンの問題意識に関係するもので,投入産出 表がもちうる性質としては,生産的かどうかということと,競争的かどうか

(19)

ということの2つしか取り出せない.それらと独立のものとして追究された,

自立的かどうかという性質は,意味のある命題を生み出さなかったのである.

経済現象としては,技術が現に成立して,我々がその中で生活しているとい う事実だけが観察される.その根拠は,その技術が生産的でかつ競争的だか らである(ただし,市場原理から外れたところには,必ずしも競争的でない技術も行 われうる).

5 ジェボンズは何に失敗したか

 ジェボンズは,1865年に『石炭問題』(Jevons 1865)を著し,イギリスが直 面する石炭枯渇問題を様々な観点から論じた.室田武は,石炭代替エネルギー 論へのジェボンズの反論の論理が,今日の石油代替エネルギー論へもそのま ま当てはまる普遍性と先駆性とをもっていたとして,この著作を高く評価し

た(室田1979,16―26頁).ジョージェスク=レーゲンも,石炭に代わるものが

ないと主張したいう1点では,ジェボンズは,同時代人と歴史の両方から批 判されたが,ジェボンズが述べたことが,「石炭」だけでなく,「地球の地殻 の低エントロピー」のことだったのだと解釈すれば,真理を明瞭に述べたも のと見なせると述べた(Georgescu-Roegen 1971, 邦訳380頁).

 ケインズは,ジェボンズの『石炭問題』について,「その予言は実現され ず,その根底をなしていた議論は根拠が薄弱で,今日読み返してみると,こ の本は強引すぎて誇張があるように思われる」と書いた(Keynes 1972, p. 112,

邦訳151頁).特にケインズの批判は,マルサスの人口法則の拡張として,ジェ ボンズが,イギリスの重工業が等比級数的に拡張すると仮定するところから,

石炭資源の枯渇を導いていることに向けられている.確かに,そのことから 荒唐無稽な数字が出てくるのだが,その点は,ジェボンズの主題にとっては,

必ずしも重要ではないように思われる.ジェボンズの議論の特徴がどこにあ り,本当の問題はどこにあるのかを検討しなければならない.

 ジェボンズは,文明を支えうる資源としての石炭という観点からの代替エ

(20)

ネルギー論批判という見方を出した点で,エントロピー視点からの代替エネ ルギー論批判の先駆と見なされたのであるが,それ以外にも,既存経済学の 見解に取って代わるものを打ち出そうとした面がある.

 彼の『石炭問題』は,全編を通じて,イギリス経済の優位性の根拠を石炭 資源に求め,これが枯渇するかもしれないという問題を,物理的枯渇の問題 としてではなく,石炭生産費用の高騰問題として捉え,そうなった場合に,

イギリス鉄鋼業の優位が失われ,その結果,イギリスの有利な地位が失われ るという問題として捉えている(Jevons 1865, pp. 56, 116, 215, 273).通常の経済 学では,一国経済の優位を生産性によって捉えるだろう.生産性は様々な要 素からなり,安い石炭が近くに存在するという自然条件にそれを還元するこ とはない.こうした標準経済学的な診断に代わるものとして石炭資源一元論 をジェボンズは提出したのである.また,通常の経済学では,仮に,イギリ スの安く掘れる石炭が枯渇し,その生産費が高くなれば,イギリスが穀物を 輸入に頼り,工業製品の生産に特化していったように,石炭を輸入に頼るよ うな代替が進むと考える.これに対してジェボンズは,石炭は本源的な資源 だから,石炭に限ってはそのような代替は起こらず,石炭業とそれに依存す る鉄鋼業とがもろともに,外国産品よって駆逐され,イギリスの優位は一挙 に失われると説いたのである(ibid., pp. 221―224).

 石炭が文明を支える本源的な資源であるという1点が―「低エントロ ピー」という概念は当然ながらまだなかったが―ジェボンズの立論の源泉 になっていて,そこから,通常の経済学なら別の論理をもってくる現象を説 明しようとしている.この点で,ジョージェスク=レーゲンと似ているので ある.この共通性は,自然法則によって経済現象を説明しようとする立場と 見てよさそうである.ジェボンズは後に,景気循環の太陽黒点説も唱えたが,

それも同じような傾向の現れである.

 ジェボンズの議論のどこが失敗していたかを見るとき,等比級数的成長を 仮定した点とか,石油による石炭の代替を見損ねたという点よりも,この,

(21)

石炭資源の特性による,経済上の地位の決定論や代替否定論の正否に注目す る必要がある.イギリス経済の地位はその後確かに低下したが,それは必ず しも,石炭生産費が高くなったためではないし,現に石炭や石油の乏しい国 で工業で優位に立ったところがある.また,資源価格の変動は,何らかの代 替を引き起こしてきたというのもまた事実であって,この点にこそ,ジェボ ンズのビジョンの問題点があったのではなかろうか.

6 お わ り に

 ジョージェスク=レーゲンの議論を中心にして,自然法則によって経済現 象を説明しようというアプローチの苦闘を見てきた.エントロピー法則を無 視したエネルギーやリサイクルや環境対策についての夢物語は確かにあった し,今後も繰り返し登場するだろう.その不可能性を暴く上で,エントロピー 法則への着目は有効だった.この法則を正しく理解することの重要性は今後 も減らないだろう.しかし,エントロピー法則に反しない範囲での政策選択 肢もまた無数にあり,その間でどれを選ぶかという場面でエントロピー法則 に頼っても答えは出ない.

 また,ある資源のエントロピーを測って,その資源の利用可能性を判定す ることにも,まだ成功していないようである.観察できるのは,エネルギー 収支や経済性や現に使われているかどうかといった事実であって,資源の利 用可能性は,そのような分析や事実の観察によって判定する他はなく,エン トロピーが低かったか高かったかは,そこから推測し得るのみである.

 太陽エネルギーの直接利用には依然として経済性はないし,原子力発電は 放射能汚染の危険を抱えている.それらが電力しか生み出さないのは事実だ し,この文明を支える動力の供給源として化石燃料に劣っていることは明ら かである.しかし,その理由がエントロピーにあり,それゆえ今後も文明を 支える動力源となることが不可能どうかは,今でもはっきりしていない.そ れらの技術は,今の段階では主としてCO2排出を減らす方策として意義があ

(22)

ると見なされている.

 室田が原子力発電の化石燃料投入量を利用したエネルギー分析はその後発 展を遂げ,生産物の生産や消費や廃棄のすべての過程での,直接間接の化石 エネルギー投入量だけでなく,種々の資源の消費量や,種々の環境負荷の排 出量を算出する,いわゆる「ライフ・サイクル・アセスメント」が盛んに行 われるようになった.この手法は,ジョージェスク=レーゲンが格闘した投 入産出表と密接な関係を持つ.投入産出表自体は,生産物の経済的費用を算 出するのにも使えるし,直接間接の労働投入量を算出するのにも使えるし,

直接間接の化石エネルギー投入量を算出するのにも使えるし,種々の環境負 荷の排出量を算出するのにも使え,その1つであるCO2排出量を算出するの にも使えるのである.

 こうした手法を使って,ある種の生産物や技術は別のものと比べて,経済 的費用は高いが,化石エネルギー消費が小さく,したがって,CO2排出量は 小さいが,その他の環境負荷のあるものはより多く排出するといった量的な 評価ができるようになっている.それらを結合して例えば,どれだけ多くの 費用をかけてどれだけの環境負荷を減らす技術かといった評価もできる(Oka

et al. 2005).このような分析では,経済的費用の評価と,エネルギーや環境負

荷の評価とは,質的に違うものと見なされ,混ぜ合わせられることはない.

一方によって他方が決定されるという見方もとらない.

 エントロピー法則に限らず,一般に自然法則に反しない諸現象の中からど れが選ばれるかとか,どれを選ぶべきかという場面で意味のある答えを出す ために,自然法則から独立した社会の法則を求めて経済学は発展した.それ が経済学の主流をなしてきた.エネルギーや環境といった,自然法則を無視 できない現象に直面したとき,経済学が作ってきた理論が無力に見えること がある.そのとき,自然法則を直に取り込んで経済現象を見ようというアプ ローチが生まれるのも無理はない.しかし,そこで提起された視点を取り込 んで,自然法則から独立した理論を発展させるというのが,経済学の通って

(23)

きた道であり,これからも繰り返し起こることではないかと思われる.

参考文献

[1] Georgescu-Roegen, N. (1966) Analytical Economics, Harvard University Press.

[2] Georgescu-Roegen N. (1971) Entropy Law and the Economic Process, Harvard University Press.(高橋正立・神里公・寺本英・小出厚之助・岡敏弘・新宮晋・中釜浩一訳『エ ントロピー法則と経済過程』みすず書房,1993年.)

[3] Georgescu-Roegen N. (1979) “Energy Analysis and Economic Valuation,” Southern Economic Journal, 45, pp. 1023―1058.(小出厚之助・室田武・鹿島信吾訳「エネルギー 分析,経済的価値評価,およびテクノロジー・アセスメント」『経済学の神話』東 洋経済新報社,1981年,209―276頁.)

[4] Jevons, W. S. (1865) The Coal Question; an Inquiry Concerning the Progress of the Nation, and the Probable Exhaustion of Our Coal-Mines, Macmillan.

[5] Keynes, J. M. (1972) Essays in Biography. The Collected Writings of John Maynard Keynes,

Volume 10, Macmillan.(大野忠男訳『人物評伝(ケインズ全集第10巻)』東洋経済

新報社,1980年.)

[6] Oka, T., Ishikawa, M., Fujii, Y. and Huppes G. (2005) “Calculating Cost-effectiveness for Activities with Multiple Environmental Effects Using the Maximum Abatement Cost Method,” Journal of Industrial Ecology, 9, pp. 97―103.

[7] Sraffa, P. (1960) Production of Commodities by Means of Commodities, Cambridge

University Press.(菱山泉・山下博訳『商品による商品の生産』有斐閣,1962年.)

[8] 玉野井芳郎(1978)『エコノミーとエコロジー』みすず書房.

[9] 槌田敦(1976)「核融合発電の限界と資源物理学」『日本物理学会誌』第31巻,938―941頁.

[10] 槌田敦(1978)「資源物理学の試み」『科学』第48巻,76―82頁,176―182頁,303

―310頁.

[11] 室田武(1979)『エネルギーとエントロピーの経済学』東洋経済新報社.

(おか としひろ・福井県立大学経済学部教授)

(24)

The Doshisha University Economic Review, Vol. 65 No. 3 Abstract

Tosihiro OKA, Achievements and Limitations of Entropy Economics

  This paper examines N. Georgescu-Roegen’s attempts to reconstruct economic science by introducing the entropy law. He insists that technology based on solar energy did not prevail because the technology itself is not viable, and not because it was not competitive in the market economy. However, the input–

output table he used to reach this assertion reveals, rather, that the technology’s noncompetitiveness was what ultimately underpinned its nonprevalence in the market. The reason for his failure of insight, it seems, stems from his proclivity to explain economic phenomena in terms of “natural laws.” This paper highlights the similarities between the approaches of Georgescu-Roegen and Jevons, and discusses a methodology that can be used whenever economics faces questions that relate closely to natural laws (e.g., energy and environmental questions).

参照

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