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高峰 修

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男性学からみたスポーツをめぐる「女性の商品化」問題

1)明治大学 〒 168-8555 東京都杉並区永福 1-9-1 [email protected] 抄 録 本稿では、スポーツ領域における女性の商品化の問題を男性学の視点から検討した。この問題を 検討するための事例として “セクシーラグビールール動画”、“女子プロ野球の美女9総選挙”、“プロ 野球における女性の始球式” が取り上げられ、その内容が分析された。ワールドカップやプロリー グというホモソーシャルな場において、女性という存在はそもそも馴染まないか異質な存在である。 そうした場に女性は受け入れられたが、その場に生じる違和感を緩和するために、女性はパロディ 化されていた。さらに3つの事例における女性の表象には、異性愛主義を前提とする、女性に対す る男性からの性的欲求、そして女性嫌悪が描かれていた。 次に、伊藤による男らしさを示す三つの志向性(優越志向・権力志向・所有志向)と性的欲望と の関係について検討した。これらの志向性が女性に向けられるとき、男らしさは異性に対する性的 欲求として表れる。スポーツの実践が現代社会における男らしさを学ぶ場になっているとすれば、 そして男らしさに異性への性的欲求が含まれているのであれば、現代の男たちはスポーツを通じて、 異性への性的欲求を自覚し、再確認し、あるいは実現しようとしていることになる。男たちがスポー ツを通じて異性への性的欲求を実現しようとしている例として、始球式に登場した女性タレントが 男子中学生たちに取り囲まれる事例を示した。 キーワード:女性の商品化、男らしさ、性的欲求、パロディ、女性嫌悪

■特集:「男性性」からみたスポーツの現在

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An Examination of the Commoditization of Women

in Relation to Sports from the Perspective of

Men’s Studies

TAKAMINE Osamu

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1) Meiji University

Abstract

This paper examines the commoditization of women in relation to sports from the perspective of men’s studies. To examine this issue, the “Sexy Rugby Rules” video, a poll on the nine most beautiful professional female baseball players, and women throwing first pitches at professional baseball games were used as examples, and the details were analyzed. In homosocial situations such as the World Cup and professional leagues, the presence of women is unfamiliar and unusual. The presence of women in such situations has been accepted, but in order to mitigate the feelings of discomfort, women are parodied. Furthermore, the representations of women in the three examples are premised on heterosexuality and depict the sexual desire of men for women as well as misogyny.

Next, the relationship between three intentionalities (superiority, power and ownership) that depicts masculinity indicated by Ito and sexual desire was investigated. When these intentionalities are directed towards women, masculinitiy is expressed as sexual desire for the opposite sex. If the practice of sports serves as an opportunity to learn masculinity in modern society and if masculinity includes sexual desire for the opposite sex, modern men seek to realize, reconfirm, or achieve sexual desire for women through sports. One of the aspects of men seeking to achieve sexual desire for the opposite sex through sports is seen in the case where a female celebrity appearing in first pitch ceremonies was surrounded by junior high school baseball boys.

Key words: commoditization of women, masculinity, sexual desire, parody, misogyny

1-9-1, Eifuku, Suginami Tokyo, 168-8555 [email protected]

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1.はじめに フェミニズムおよびジェンダー論における論 点の一つに「性の商品化」がある。性の商品化 とは「人間の性つまりジェンダーやセクシュア リティを、人格から切り離し、金銭と交換可能 なモノにすること」[渋谷,2005:283]と定 義される。この言葉は日本において、1980 年 代に始まるミスコンテスト批判や性差別表現 に対する反対運動の中で使われ始めた。渋谷 [2005:283]によれば、この概念が批判する 現象としては次の 4 点がある:1)女性の性を 断片化しモノに還元すること、2)商品化され る性は圧倒的に女性のそれが多いこと、3)商 品化に値する性とそうでない性とに女性の性が ふりわけられること、4)美の基準の創造 ・ 再 生産を行うだけの資源と権力を有しているのは いまだ男性が主流であること。これらの現象か ら、性の商品化とはまずは女性の商品化と捉え ることができるだろう。 この女性の商品化の問題は、スポーツ領域に おいてもしばしば問題視されてきた。その事例 としてよく取り上げられるのが、ビーチバレー ボールの女子用ユニフォームである。ビーチバ レーボールの公式ルールにおける男女の違いは ネットの高さだけである。つまりほぼ同一の条 件下で同一のプレーをする競技でありながら、 しかしユニフォームの形状は男女でまったく異 なっている。男子のユニフォームはタンクトッ プにショートパンツであるのに対して、女子の それはセパレートの水着型であり、肌への密着 度や肌の露出面積は明らかに異なる。これに対 して梅津[2004]は、ビーチバレーボールの 女子用のユニフォームが国際バレーボール連盟 による「ドレスコード(服飾規定)」1)によっ て定められ、規定違反を取り締まる「ファッシ ョンポリス」制度が導入されていることを報告 し、こうした施策の背景にある発想がプレイヤ ーという被写体を『女性の身体』という被写体 へとシフトさせることを批判している。また阿 部[2004]は、そもそもビーチバレーボール の女子と男子のメディア露出が異なり、そこに はメディアを通じた「男の眼差し」があること を指摘している。 こうした梅津や阿部の批判からすでに 15 年 が経とうとしている。この間、スポーツ領域に おける女性の商品化の問題は、あるいは社会全 体におけるその問題は解決する方向に向いて きたのだろうか。この点について田中[2012] は「かつて第二波フェミニズムが批判してきた セクシズムが現在でも横行していることは間違 いない」[ibid: 223]、そしてむしろ「こんにち では、こうした表象に目くじらを立てる人は減 っているし、批判して見せたとしてもシラけた ムードが漂うのが常である」[ibid: 224]と評 している。さらに現状を以下のように分析する。 つまり、フェミニズムが「セクシズムだ」 と批判することすら、すでにこんにちの商業 資本主義のサイクルのなかに取りこまれてし まっているため、第二波フェミニズムの視点 から物事を批判しても、フェミニズム批判 は機能するどころか、過去の集合的イメー ジに属する古びたものとして捨て去られる だけになってしまっているのである[田中, 2012:226]。 こうした田中の主張を視野に入れつつ、本稿 ではスポーツ領域における女性の商品化の問題 を、男性学の視点から考えてみたい。男性学を 上野は「女性学の視点を通過したあとに、女性 の目に映る男性の自画像をつうじての、男性 自身の自己省察の記録」[上野,1995:2]と 定義する。そうした男性学においては、自らの 性的欲望や性行為の「自己省察」が行われてき た。例えば谷口[1994]は自らの売春行為を 振り返るなかで、成長過程において膨張する性 欲を抑制し切れず、そこで自分の感性がいかに 変わっていってしまったか、またどのように自

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分の性欲と向き合い直してきたかなどについて 内省している。もちろんこうした営みによって 日本人男性による売春問題が解決したわけでは ない。しかし、ことスポーツ領域における女性 の商品化の問題については、これまで男性学の 立場から問いかけることすらされてこなかった のではないか。本稿はこうした問題意識に基づ いている。 2.事例 スポーツ領域における女性の商品化の問題を 検討する材料として、まずは最近確認された 3 つの事例について説明する。 事例 1:セクシー★ラグビールール動画 この動画は、2015 年9月に開催されたラグ ビーワールドカップ 2015 イングランド大会 (以下、W 杯)の地上波放映権を取得した日本 テレビ放送網株式会社(以下、日テレ)によって、 2015 年 8 月 20 日に日テレのホームページ内 に開設した W 杯公式サイトに掲載された。そ の内容に対しては主にインターネット上で元選 手やラグビーファンに加え一般市民からも批判 的な意見が出されたため、動画は 3 日後の 23 日には削除された。 公式サイトに掲載された動画は 2 本あり、1 本目は 1 分 54 秒、2 本目は 1 分 15 秒である。 これらの動画はラグビーのルールを説明するた めに作られたものであるが、そこに登場するの は日テレのバラエティ番組に出演する 8 人の 若い女性タレントである。服装はビキニタイプ の水着に近く、下はバレーボールのショートパ ンツ状、上はスポーツブラ状であり、いずれも 身体のラインを強調するような服装である。ラ グビーのユニフォームを知っている人であれ ば、まずはこの服装に違和感を覚えるだろうし、 ラグビーのプレーを観たことがない人は、ラグ ビー(特に女子のラグビー)はこういったユニ フォームでプレーするものなんだと勘違いする かもしれない。1 本目の動画では基本的なルー ルとして、ボールを相手側に進めるために「ボ ールを持って走る」「パスをする」「キックをす る」、得点をあげるための「トライ」と「コン バージョンゴール」「ドロップゴール」「ペナル ティゴール」について取り上げ、テロップで説 明すると同時に出演者がそのプレーを演じてい る。 問題はその映像である。プレーやルールの説 明とは関係のない、女性タレントのバストのア ップシーン、あるいはローアングルから撮った 太ももやお尻のシーンが 11 回ほど出てくる。 1 本目の動画は 2 分弱なので、ほぼ 10 秒に 1 回はそうした “セクシー★” なシーンが登場す ることになる。そうした映像が表わしているの は、西山[2009]がポルノ的イメージの特徴 としてあげる「女性の性的対象物への一元的還 元」であるといえよう。パスやキックといった 動作から判断すると、彼女たちにラグビーの経 験はない。ラグビー特有の軽快なステップ、あ るいは楕円のボールを遠くに飛ばすピンポイン トのキックを披露するわけでもなく、単に身体 の一部であるバストや太もも、お尻が映し出さ れる映像は「女性を完全な性的対象物、鑑賞物 として描く」[西山,2009:79]性差別的表 現でしかない2) あえてまじめに評価するならば、これらの動 画によってラグビーという競技のルールを理解 したり、その醍醐味を感じることはできない。 しかしこうした性差別的動画が、W 杯の放映 権を獲得した全国ネットのキー局であるテレビ 局の傘下において企画、制作され、そしておそ らく組織内のチェックを受けて、W 杯公式サ イトに掲載されたのである3) 事例 2:女子プロ野球リーグ美女 9 総選挙 日本では 2010 年に女子プロ野球リーグが創 設された4)。設立当初は 2 チーム 30 人だった 選手数は 10 年目を迎えた現在、4 チーム 71 人に増えている(育成チームを含む)。ただし

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観客動員数等の面でリーグの経営は厳しいよう であり、「遠征時に敵チームと同じバス」「週 6 日はチラシ配り」といった実情が報告されたり もしている[livedoor ニュース,2014]。 さて、この女子プロ野球リーグでは、2018 年度のシーズンオフに “女子プロ野球美女 9 総 選挙” という企画を実施している。リーグ公 式 Twitter をフォローしたファンだけが投票で きるシステムであり、投票は 2018 年 1 月 12 日に始まり約 1 週間で〆切られた。1 月 23 日 にはその結果発表があり、美女として選ばれ た 9 人の氏名と所属チーム、顔写真がリーグ の公式ホームページ上に公開されている(図 1)。この “美女 9 総選挙”、2019 年のシーズ ンオフには装いも新たに “近畿日本ツーリスト PRESENTS 女子プロ野球美女 9 総選挙・イケ メン 9 総選挙” と題して実施された。変更点は 主に 3 つある。1 つ目として、新たに “イケメ ン 9” 5)が加わった。2 つ目は企画にスポンサ ー(近畿日本ツーリスト)がついたこと、3 つ 目は投票の結果が公式戦 1 試合目の試合後に、 試合会場にて発表されることである(同日にホ ームページ上でも発表されている)。新たに “イ ケメン 9” を加えたのは、投票の対象や話題性 を広げるためであろうか6)。変更点の 2 つ目と 3 つ目については、この企画がよりビジネス化 されたと表現できよう。つまり、スポンサー企 業との関わりが生じ、また投票結果を試合会場 で試合後に発表することで、この企画と観客動 員数の増加という経営課題との関わりも生じた のである。 リーグやチームに所属する選手を対象として ファンが投票する企画は日本のスポーツ界にお いてはこれまでも行われてきており、また現在 でも行われている。例えば男子のプロ野球では オールスター戦に出場する選手を選ぶ際に、フ ァン投票の結果も使っている。ファンは基本的 にオールスター戦という場にふさわしい実力を 備えた選手を選ぶであろうし、選ばれた選手は オールスター戦に出場し活躍する機会を与えら れる。他方、“美女 9” や “イケメン 9” は、ま さに美女やイケメンという外見、容姿を評価す る企画として行われている。こうしたアスリー トの外見や容姿を評価する投票企画は、男女を 問わず、過去にも行われてきただろう。しかし、 その実施主体はあくまでもメディアやスポンサ ーであり、アスリートを抱えるリーグや組織の 企画として行われることはなかったのではない だろうか7)。女子プロ野球リーグが実施してい る “美女 9 総選挙” は、野球という競技の能力 で評価すべき登録選手たちの外見や容姿を、リ ーグ自らがビジネスのために商品として利用し てしまっているのである。 ちなみに、この女子野球リーグを運営するの は一般社団法人日本女子プロ野球機構である。 当該法人のホームページをみると、法人の役員 (名誉理事、名誉顧問、代表理事、理事)とし て 4 名の氏名があがっているが、このうち名 誉顧問と理事は女性の元アスリートであり、オ リンピックのメダリストでもある。つまり、問 題は男性か女性か、ではなく、男性性/女性性 の問題なのである。 事例 3:プロ野球における女性の始球式 男子のプロ野球では試合開始時に始球式を行 うことがある。プロ野球の始球式にみる女性 のジェンダー表象について調査した林[2019] によれば、2018 年シーズンにおいてセ ・ リー グでは少なくとも 51 回、パ ・ リーグでは 58 回の始球式が行われている。これだけの回数の 図1 “美女9総選挙” の結果を公表する画像 https://www.jwbl.jp/news/detail/:d/6780 の画像を転載

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始球式において誰が投球をしているのかという と、近年ではタレントやアイドル、有名人な ど、基本的に野球とは関係のない人物が “登板” している。そしてその性別をみると、セ ・ リ ーグでは男性が 58.8%を占めるのに対して女 性は 41.2%、パ ・ リーグでは男性 46.6%、女 性 53.4%、つまりおよそ半数を女性が占める。 登板者の職業は男女ともタレント、俳優、アイ ドル、お笑い芸人などの芸能人に加えミュージ シャン、アスリートなど多岐にわたる。各試合 の始球式登板者がどのように決まるのかについ てはわかっていないが、芸能人にとって始球式 の登板は、番組や楽曲の宣伝という意味をもっ ているようである。さらに登板者がその試合を 中継しているテレビ局が放映する番組の出演者 ということになれば、マーケティング戦略にお けるメディアミックス手法の一つのパターンで もある。 さて、この始球式をめぐるメディア報道にお いては “ノーバン” という語がよく使用される。 ノーバンはノーバウンドを意味し、つまりピッ チャーズマウンドから投げたボールがキャッチ ャーまでバウンドせずに届いたか否か、が注目 される。あるインターネット上の記事によると、 女性による始球式でノーバンという表現が初め て使われたのは 2004 年 5 月のことだそうで ある。この表現の使用頻度は 2000 年代は年に 1 件くらいであったが、2010 年代に入ると増 加し、2015 年には 11 月の段階で 20 件の使 用が確認されたという[withnews, 2015]。今回、 スポーツ新聞 5 社のサイト内検索システムを 使って “ノーバン” “始球式” のキーワードで検 索してみると、ヒット数は計 903 件であった8) 確かにノーバンという語の使用頻度は増えてい るようである。 こうした増加の背景をめぐっては下世話な話 がある。パソコンや電子デバイスの画面上で ノーバンという語は、誤って “ノーパン” に見 えるのだそうである。つまりアイドルの名前と “ノーバン” “始球式” という語が並んでいると、 そのアイドルが下着をはかずに始球式にて投球 をした、という記事だと誤解してアクセス数が 増えることを期待した、いわゆる “釣り見出し” だというのである[withnews, 2015]。企業によ るインターネットへの広告費が新聞のそれを抜 き、さらに地上波テレビの広告費に肉薄する中 [MarkeZine ニュース,2019]、テレビの視聴 率に対してインターネットではアクセス数が評 価の基準となる。たとえアクセス数を稼げるの であれば、たとえその背景に性的欲求があろう とも(むしろ「性的欲求があるからこそ」かも しれない)釣り見出しであっても使用する。ノ ーバンという表現が増加した背景には、そうし たメディア戦略的な発想がある。 女性による始球式は、ジェンダー論的にはま た別の意味を持つ。女性の芸能人やミュージシ ャン、場合によってはアスリートの始球式がノ ーバンという表現とともに語られるとき、(上 述の “釣り見出し” に引っかからなかった)読 者の興味は、彼女らがピッチャーズマウンドか らキャッチャーまでボールをまさにノーバウン ドで投げられたのか否かという点に向けられ る。林[2019]は 2018 年シーズンにおける 99 件の始球式を動画で確認し、始球式のピッ チングが実際にノーバウンドで届いたか否かに ついて男女別に集計している。その結果、ノー バウンドでは届かなかった投球の割合は男性で 15.7%であったのに対して女性では 62.5%で あった。筆者もいくつかの投球映像を見たが、 投距離以前に基本的な投球動作に至っていると は言い難いものが多い。始球式に登板したほと んどの女性たちに野球経験がないことは言うま でもなく、これまでボール状のものを投げると いう動作を繰り返し経験してきておらず(経験 することを推奨されてきておらず)、そのため に投球フォームが極めて稚拙な女性たちが何ら かの宣伝広告を目的に大観衆の前で始球式を行 う。しかしそれによって、彼女たちは彼女たち 自身の投球動作の未熟さ、つまり女性の運動能 力の低さを繰り返し演じていることになるので

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ある9) 3.何が起こっているのか:   パロディ化と女性嫌悪 これまでスポーツ領域における性の商品化問 題は、主として「男性が女子アスリートを消費 する」という文脈で捉えられてきたと言えよ う。具体的には、メディアを通じた女子アスリ ートの表象の問題、あるいは女子競技のユニフ ォームの問題などであり、そこでは異性愛主義 が前提となっていることをまずは確認しておき たい。 ところで、女子アスリートの表象やユニフォ ームの問題における主体はあくまで “女子アス リート” 本人たちであった。しかしながら、今 回取り上げた事例のうち “セクシー★ラグビー ルール動画” と “プロ野球における女性の始球 式” では、いずれも実際にプレーしているのは アスリートではなく女性タレント等の素人たち である。彼女たちがそこで演じているときの服 装やプレーの成熟度、あるいはプレーをめぐる 演出や描かれ方は、ワールドカップやプロ野球 リーグに出場するエリートアスリートたちのそ れとはまったく異なり、エリートスポーツの大 会や試合という文脈においては不適切ですらあ る。こうした表象は、むしろパロディ10)と捉 えたほうが適切かもしれない。ラグビーのプレ ーとはまったく関係のない女性の身体的特徴を フォーカスして表象すること、ピッチャーズマ ウンドからキャッチャーまでボールを届かせる ことが期待できない女性に投球をさせること。 これは、真剣で真面目な4 4 4 4 4 4 4スポーツの諧謔である。 最近のスポーツ領域における女性の商品化は、 こうしたパロディ化を通じて、その主体が女子 アスリートから素人の女性たちへと拡大しなが らスポーツの場面において展開されていること を確認できる。 さらに、女性のバストやお尻に焦点を当てた 映像、アスリートの外見や容姿を評価しようと する企画、女性の稚拙な投動作を披露させる企 画には、女性嫌悪を感じとることもできよう。 岡田[2004]によると、女性嫌悪は同性愛嫌 悪とともに、男らしさの価値観を担保するホモ ソーシャリティに内包される。そもそもラグビ ーや野球といった集団競技は男らしさを象徴す る競技の代表的なものだと言えよう。そうした 競技の、特に競技レベルが高いワールドカップ やプロリーグというホモソーシャルな場におい て、女性という存在はそもそも馴染まないか異 質な存在である。したがって、そうした場から は女性を徹底的に排除するか、あるいは異質な 存在として受け入れつつ、そこに生じる違和感 を緩和するためにパロディ化された存在として 女性を描くのだと解釈できる。女性のパロディ 化は一種の女性嫌悪の表れであり、さらにもと もとが異性愛主義を前提としているので、女性 の描き方には男性から女性への性的欲求が深く 染み込むのである。 4.何が問題か:   男性学の立場からの考察 さて、既述のように男性学の発展過程におい ては性的欲求や性行為といった男性のセクシュ アリティの自己省察が行われてきた。その中で も、戦時下性暴力の問題に向き合い、男性学に おける主たる論点でもある “男性性=攻撃性” とセクシュアリティとの関わりについて考察し た先行研究に彦坂[1991]がある。氏は帝国 主義時代の大日本帝国軍隊による慰安所設置を めぐって、次のように述べている。 自分の妻や恋人や姉妹や母親が強姦された ときの男の怒りはきわめて大きくまた根強い ものである(中略)、そしてこの感情はきわ めて容易に、我が国の・わが民族の女たちが おかされている! という国民的・民族的憤 怒の激発に転化拡大しうるものである[彦坂, 1991:44]

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また戦場における性のありようについては以 下のように例える。 戦場における強姦とは、殺すこと・ものに すること、つまり戦争することの象徴的行為 とも言うべきではないのか? いささか逆説 めくかもしれないが、兵隊はよりよく兵隊に なるために、すなわち、よりよく殺し・殺さ れるために、「女」を犯さなければならない(中 略)のではないのか?[彦坂,1991:98] 戦時下性暴力をめぐるこうした議論はあまり にも突飛であり、本稿における議論とは次元が 異なると思われるかもしれない。しかし彦坂 は、この点について以下のように思いを述べて いる。 書きすすめていくうちにあらためて私が感 じさせられたのは、戦場における日本兵と女 たちとの関係のありようとは(中略)、私た ちのこの<平和>な<日常>における男と女 の関係のありようの集約的表現なのだ、とい うことでした。[彦坂,1991:195] とはいえ、戦時下性暴力の問題とスポーツ環 境における女性の商品化の問題にはまだ距離が あると感じられるかもしれない。しかし岡井 [2009]は、日本代表メンバーとしての経験を もつアマチュアレスラーのライフヒストリーを 探る中で、レスラーの次のようなコメントを紹 介している。 「全日本合宿の前、みんなで西川口や池袋の 風俗に行ったりする。海外遠征の時は大会前 のバンケット(パーティー)で飲んだあとナ ンパする。対戦相手の国の女を食う。『女を 食わずしてその国の男に勝てん』と言われて いる。」[岡井,2009:97] 彦坂が考察した戦時下の性暴力をめぐる男性 のメンタリティは、代理戦争とも評される現代 の国際競技の場において、ナショナリズムと交 差しながら確かに生き残っているのである。 議論を先に進めたい。“男性性” とセクシュ アリティとの関わりについて検討するにあた って、伊藤[1993]が男らしさの三要素をも とに示した三つの志向性(優越志向・権力志 向・所有志向)と性的欲望との関係について考 えてみる。伊藤によれば「優越志向とは、他者 に対して優越したいという欲求であり、権力志 向とは、自分の意志を他者におしつけたいとい う欲求であり、所有志向とは、できるだけ多く のモノを所有したい、また所有したものを自分 のモノとして確保したいという欲求」[伊藤, 1993:167]である。ここに出てくる「他者」 としては同性と異性があり得る。同性の場合、 周りの男に対して優越し、周りの男に自分の意 志をおしつけ、周りの男を所有したいというこ とになり、イメージとしては産業労働社会とい う公的な場において組織の上層部に登りつめて いく男の姿を想像できるだろう。他方、他者を 異性に設定すれば、男性にとっての男らしさと は女性に対して優越し、女性に自分の意志をお しつけ、女性を自分のモノとして所有したい、 つまり異性愛主義の男性が女性に対して持つ、 私的であり一般的な性的欲求と考えても違和感 はないだろう。 さらに付け加えると、伊藤が示した三つの志 向性は、もともとはファルコネとルフォーシェ が男らしさのイデオロギーとして示した「力・ 権力・所有」という価値に基づいているが、こ こでの「力」の一要素としては「性的な力」が、「権 力」としては「家長としての権力」があり、ま た「所有」としては「すべての女の占有への欲 望」があるという[伊藤,1993:112]。つま り、男らしいという価値を構成する「力」「権力」 「所有」が、やはり異性に対して発露する場合は、 それらは異性に対する性的欲求として姿を現す と考えられる。

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伊藤はさらに、こうした男らしさとスポーツ の関係について、「近代スポーツは、男性性イ デオロギーを男たちに植えつけるうえで、き わめて機能的に作用した」[伊藤,1998:89] と述べる。また Messner もこうした関係につい て「少年や男たちは、スポーツすることを通し て、男であることは何を意味するのかについて の現在の文化で優勢になっている諸概念を学 ぶ」[Messner, 1992: 145]11)と説明している。 日本の文脈においては西山が、一昔前の体育会 系クラブや求道的スポーツ少年団において指導 者から受ける精神面を強調した厳しい指導を通 過儀礼と捉え、男子はそこで受ける苦痛を受け 入れる必要があるが、女子にはそうしたことは 期待されないとしている[西山,1998:164-165]。 スポーツの実践が現代社会における男らしさ を学ぶ場になっているとすれば、そして男らし さの発露が女性へと向かうとき、そこに異性へ の性的欲求も含まれているのであれば、現代の 男たちにとってスポーツは、異性への性的欲求 を自覚し、再確認し、あるいは実践する場でも ある。 5.おわりに:スポーツを通じた   性的欲求の実践例 以上のような、スポーツを通じた性的欲求の 実践という主張は少し極端すぎると思われるか もしれない。しかしこれを裏付けるような事例 も起こっている。最後にその事例を紹介したい。 注 9 でも紹介しているタレントの稲村亜美 氏は、小中学校時代に 9 年間、野球を経験し ている。某自動車メーカーの CM において洗 練されたバットスイングを披露したことから有 名になり、女性タレントとして野球関連の仕事 にかかわるようになった。その一つとして彼女 は、2018 年 3 月 10 日に明治神宮野球場で開 催された日本リトルシニア中学硬式野球大会の 始球式に登場し、3 球ほど投球を行った。1 球 目を投げる頃には 10m 以上離れて彼女を取り 囲んで見学していた中学生たちは、3 球の投球 を終えた彼女がピッチャーズマウンドの近くで あいさつをし始めるとじりじりと近づき、最終 的には最前列にいた男子中学生たちが彼女に突 進するように群がり、彼女はそのあと 1 分間 ほど男子中学生たちに取り囲まれた。 この件について、主催者の日本リトルシニア 中学硬式野球協会関東連盟は 3 月 12 日付けで、 役員による事前検討が不十分だったという内容 の謝罪文を発表した。また稲村氏自身はテレビ 局のインタビューで、体はさわられていないと コメントしている。しかし一方で SNS 上には、 その場にいた中学生たちによると思われる、彼 女の体に触れたことを暗示させるコメントが掲 載されている。 果たして男子中学生たちがあの混乱の中で稲 村氏の体にさわったのか否かはさておき、一人 の女性に対して男子が集団で突進するという構 図は明らかに映像で確認できる。そうした状況 に陥った一部の男子中学生たちは、男らしさ の一要素でありそうな “自己抑制” をまったく 効かせることができなかった。その姿は、彦坂 [1991]が自著中のある章につけた副題「それ はみんながやったこと」によってこの上なく表 現される。戦時下の性暴力、アマチュアレスラ ーのコメント、男子中学生たちの突進、そして スポーツにおける女性の商品化は、思っている ほど離れてはいない。 【注】 1) 以前は女子ユニフォームのパンツについて、 サイド(脇丈)が 7cm 以下、あるいは 6cm 以 下と規定されていた。 2) 男性向けの消臭剤メーカーである Lynx(イギ リス)が 2011 年に同じようにラグビーのル ール説明の動画を作成しており、そこでは日 テレ動画と同じような服装をした女性が登場 している。日テレ動画はこの Lynx 動画をコ ピーしたのではという推測もある。ちなみに Lynx 動画には一週間で 1,500 万件のアクセス があったそうで、デイリーメール紙はこの動

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画を「これまでになく性差別的な宣伝?」と 評している。 3) これらの動画に関しては、日テレに対して 2015 年 9 月 7 日付で一般社団法人日本体育 学会ならびに日本スポーツとジェンダー学会 が、2015 年 11 月 16 日付で日本スポーツと ジェンダー学会が質問状を送っており、それ ぞれ 9 月 24 日付、12 月 2 日付で回答を得て いる。その質問内容には「当該動画の立案、 制作、HP への掲載、HP からの削除までの経 緯に関する全体像」があるが、回答書におい てこの点についての具体的な説明はなかった。 ちなみに、これらの動画をめぐる一連の騒動 に、公益財団法人日本ラグビーフットボール 協会の関与はないとされる。 4) 日本では過去に、1950 ~ 51 年の 2 年間、女 子のプロ野球リーグが存在していた。 5) リーグの公式ホームページの説明によると、 「イケメン 9」の「イケメンとはかっこいい、 イケてるウーメン(ウーマンの複数形)の略称」 であり、やはりリーグに登録する女子プロ野 球選手から選ばれる。 6) この点については、投票者のある一定割合が 女性である可能性もあり、もう少し丁寧に検 討する必要がある。本稿では投票者ではなく、 この企画の主催者に着目して議論をしている。 7) 公平を期すために紹介すると、J リーグも「平 成最後のイケメン♂パラダイスへようこそ」 という記事を公式ホームページ上に掲載して いる(2018 年 12 月 2 日付)。この企画はサ ポーターによる投票ではなく、記事の執筆者 が独自に選んだ 11 人の「イケメン」を紹介し たものである。 8) 各新聞社のヒット数はスポーツニッポン 189 件、日刊スポーツ 202 件、デイリースポーツ 166 件、スポーツ報知 109 件、サンケイスポ ーツ 237 件である。ただしこれらの件数には 男性による始球式等の記事もすべて含まれて いる。 9) もちろん女性の運動能力が本質的に低いと考 えているわけではない。筆者は、始球式に登 板する多くの女性たちの稚拙な投球フォーム はまさに構築されたものであるという立場に ある。このことを示す事例として、稲村亜美 や上杉あずさ、坪井ミサトといった野球やソ フトボール経験のある女性タレントは洗練さ れたフォームで 100km/h 前後の球を始球式で 投げている。 10) ここではパロディを、オリジナルの模倣にお いて滑稽や風刺、諧謔、教訓などの意味を盛 り込んだものとして捉える。 11) 日本語訳は吉川康夫,2004,スポーツと男ら しさ,飯田貴子 ・ 井谷惠子編著『スポーツ ・ ジェンダー学への招待』,明石書店,91-99. による。 【文献】 阿部潔,2004,「スポーツとジェンダー表象」,飯 田貴子 ・ 井谷惠子編著『スポーツ ・ ジェンダ ー学への招待』,明石書店,100-109. 林亨,2019,「プロ野球の始球式にみる女性のジ ェンダー表象」,明治大学政治経済学部高峰ゼ ミナール編『明治大学スポーツ文化研究』,3, 170-185. 彦坂諦,1991,『男性神話』,径書房. 伊藤公雄,1993,『<男らしさ>のゆくえ』,新曜社. 伊藤公雄,1998,「<男らしさ>と近代スポーツ -ジェンダー論の視座から」日本スポーツ社 会学会編『変容する現代社会とスポーツ』世 界思想社,83-92. Livedoor ニュース,2014,「周囲も驚く,女子プ ロ野球の過酷な実情」2019 年 7 月 25 日取得, https://news.livedoor.com/article/detail/8469412/ MarkeZine ニ ュ ー ス,2019,「 電 通,2018 年 日 本の広告費を発表」2019 年 7 月 25 日取得, https://markezine.jp/article/detail/30509

Messner, M.A., 1992, POWER AT PLAY: Sports and the Problem of Masculinity, Beacon Press.

西山千恵子,2009,「視角メディアと性暴力的表 現」,林博史 ・ 中村桃子 ・ 細谷実編著『暴力と ジェンダー』,白澤社,65-108. 西山哲郎,1998,「遊ぶ-スポーツがつくる『ら しさ』」,伊藤公雄 ・ 牟田和恵編『ジェンダー で学ぶ社会学』,世界思想社,160-177. 岡井崇之,2009,「男たちはなぜ闘うのか―格闘 技競技者にみる『男らしさ』の現在―」宮台 真司 ・ 辻泉 ・ 岡井崇之編『「男らしさ」の快楽』, 勁草書房,79-106. 岡田桂,2004,「喚起的なキス」,日本スポーツ社 会学会編『スポーツ社会学研究』12,37-48. 渋谷知美,2005,「性の商品化」,井上輝子 ・ 上 野千鶴子 ・ 江原由美子 ・ 大沢真理 ・ 加納実紀 子編『岩波 女性学事典』,岩波書店,283-284. 田中東子,2012,『メディア文化とジェンダーの 政治学』,世界思想社.

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谷口和憲,1994,「性―女と男の豊かな関係」豊 島区男女平等推進センター編 ・ 発行,『男が語 る家族 ・ 家庭』. 上野千鶴子,1995,「『オヤジ』になりたくないキ ミのためのメンズ ・ リブのすすめ」,井上輝子・ 上野千鶴子 ・ 江原由美子編,『日本のフェミニ ズム 男性学』,岩波書店. 梅津迪子,2004,「女性スポーツの商品化」,飯田 貴子 ・ 井谷惠子編著『スポーツ ・ ジェンダー 学への招待』,明石書店,110-117. Withnews,2015,「アイドルのノーバン見出し,ス ポ ー ツ 紙 の 本 音 」2019 年 7 月 25 日 取 得, https://withnews.jp/article/f0151112000qq0000000 00000000W0110501qq000012716A

参照

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