持続可能な都市の評価指標に関する基礎的研究
−ヒューマニティ・タウンを目指して−
*A Basic Study on the Evaluation Indicators of the Sustainable City towards the Humanity Town
*石井 裕介**・日野 泰雄***・内田 敬****
By Yusuke ISHII**, Yasuo HINO*** and Takashi UCHIDA****
1.本研究の背景と目的
土木計画学分野における持続可能性(サステナビ リティ)を主題とした研究は、都市構造と自動車交 通との関連性の分析、交通政策の導入による温室効 果ガス排出量の削減といった環境的側面を扱うもの が多く、人の活動やそのための空間に着目した社会 的側面からのアプローチは少ない。
近年、自動車交通による都市空間占有によって、
人の活動の場としての都市空間機能が著しく阻害さ れており、このことが中心市街地の衰退を招いてい るともいえる。しかしながら、超高齢化を迎える中 での持続可能な社会においては、安全で自由に移 動・活動し、ふれあいを感じることができる空間の 整備が求められていることはいうまでもない。
そこで、本研究では、高齢化を見据えた持続可能 な都市を「人間が主体的に自由に移動・活動しふれ あう街:ヒューマニティ・タウン(Humanity Town)」
と定義し、これを評価するために、都市施設と空間 およびそこでの活動量やそれを支える交通システム を対象とした指標を提案し、既往のパラダイムに基 づく都市との比較を通じて、将来の持続可能な都市 の定量的評価を試みることを目的とする。
2.持続可能な都市のイメージ
まず、本研究における「持続可能な都市」と「ヒ ューマニティ・タウン」の概念を定義する。
地球環境問題への対応を端緒とする持続可能性へ の関心は、その多くが地球温暖化に対するものであ り、これまで数多くの研究成果が公表されてきた
1),2),3)。しかし、持続可能性は、社会(コミュニティ)・
経済・環境(エコロジー)の3要素で構成される4),5) といることを考慮すると、環境問題への対応のみで は解決できない社会的問題も数多く存在する。そこ で、本研究では、社会的持続可能性を人の活動の場 である都市空間の整備の側面から考えることとした。
自動車が普及した今日、その利便性を享受しつつ も、多くの人々は安心して自由に歩くことができる 空間に魅力を感じ、その街の人々とのふれあいを期 待していると思われる。そのような社会は、人が主 体 と な り 、 大 規 模 施 設 に 依 存 し な い 人 間 サ イ ズ
(Human Scale)であることに対して、近年の再開発 事業は、むしろ採算性の観点から施設の高度利用や 自動車によるアクセスを前提としたまちづくりの色 合いが強い。しかしながら、環境負荷を抑えつつ、
高齢化時代のモビリティやアクセシビリティの確保、
バリアフリーの促進が求められるこれからの社会に おいては、これらの基本要素を満たす空間(図-1)
が必要となる。そこで、本論ではこれを「持続可能 な都市」の具体的一側面として定義し、「ヒューマニ ティ・タウン」と呼ぶこととした。
3.ヒューマニティの定量的評価の試み
(1)評価指標の抽出
評価指標は、数が少なく、かつ、容易に理解され るものが良い反面、目的を的確に表現できるもので なくてはならない。また、具体的な事例をその指標 で評価することによって、指標としての有用性を判 断する必要がある。そこで、本研究では市街地を事 例として、図-1に示したヒューマニティ・タウンの
*Keywords: 市街地整備、持続可能性
**学生員、大阪市立大学大学院工学研究科 連絡先 〒558-8585 大阪市住吉区杉本3-3-138
大阪市立大学大学院工学研究科土木計画学分野 TEL: 06-6605-2731、FAX: 06-6605-3077
E-mail: [email protected]
***正会員、大阪市立大学大学院工学研究科教授
****正会員、大阪市立大学大学院工学研究科助教授
3 つの基本条件(基本軸)に対応する評価項目とそ れぞれの具体的な指標を抽出することにした(表-1)。
■基本条件Ⅰ
人や環境への負荷が小さ い都市
■基本条件Ⅱ
人のにぎわいやふれあい を感じる都市
■基本条件Ⅲ
人が主体的で自由に活動 できる都市
【課題】
・バリアフリー
・高いエネルギー効率
【課題】
・多彩な共有空間の創出
・多様な人的交流の創出
【課題】
・多様なモビリティ
・容易なアクセシビリティ 持続可能な都市
"Humanity Town"
図-1 ヒューマニティ・タウンの概念
表-1 ヒューマニティ評価のための項目と指標
基本軸 評価項目 指標
移動の安全性 バリアフリー
騒音・振動・大気汚染 CO2排出量
人と出会う回数 歩行者密度 市街地来訪者数 屋外回遊者数 屋外回遊時間・距離 市街地滞在時間 商店売上高 イベント開催数 利用可能交通手段 運行頻度
所要時間 運賃(費用)
モビリティ アクセシビリティ ふれあい
Ⅲ
Ⅰ
Ⅱ
人への負荷
にぎわい 環境への負荷
一般に、これらの指標は相互に関連するものであ り、その重要度も目的によって異なる。例えば、中 心市街地の評価に関する既往研究 6)では、来訪者数 と滞在時間平均値を乗じた値を「活性度」と定義し て評価しているように、複数の指標の組み合わせや、
以下に述べるように、持続可能性の視点に立った新 しい指標の見方も必要になると考えられる。
また、人が主体的に活動できる空間であることを 考慮すると、一つの空間内に複数の交通手段(自転 車や自動車、近年ではコミュニティバス)が混在す ることは、交通手段の基本である歩行者が安全かつ
自由に移動できる空間量を減少させることにもなる ため、可能な限り一定の空間内(例えば都心部)で は利用可能交通手段を純化させることが望ましい。
つまり、多様なモビリティと安全で利便性の高いア クセシビリティの両面を実現する必要がある。
以上のことから、表-1に示す各指標を政策効果と して具体的に評価するため、ここでは表-2のような 定量化指標を用いることにした。
表-2 政策効果の評価指標
基本軸 評価項目 指標
人への負荷 車両による空間占有率 環境への負荷 車両エネルギー消費量 ふれあい 歩行者密度
(回遊者数/有効空間量)
にぎわい 累積徒歩回遊距離
(徒歩回遊者数×回遊距離)
Ⅲ モビリティ
アクセシビリティ 利用可能交通手段
Ⅰ
Ⅱ
(2)市街地のヒューマニティ評価モデル
(1)で提案した指標を用いて市街地のヒューマニ ティを比較評価するために、ここでは以下のような 2 つのプロトモデルと 3つの交通手段条件を組み合 わせた6ケースを考えることにした(図-2)。
○市街地モデル
・基本条件:距離100単位の市街地空間に10単位 の建物を10個配置し、この空間内に交通手 段(後述)を用いて100単位人が来街する。
以下、建物集積区間を「都心部」、それ以外 の区間を「周辺部」と呼ぶ。
・モデルA:高度土地利用タイプの立地。
・モデルB:現況の土地利用タイプの立地。
○交通システム
・交通手段:自動車とバスの2種類。乗車密度は 自動車 1 単位台あたり 2 単位人、バス 20 単位人とする。徒歩は全区間で可能。
・タイプ1:全区間で自動車利用可能。
・タイプ2:都心部で自動車利用不可。
(都心部両端に駐車場を設置)
・タイプ3:全区間で自動車利用不可。
(市街地両端に駐車場を設置)
※駐車場に要する空間量は無視する。
モデルA:土地の高度利用タイプ
モデルB:現況の土地利用タイプ 都心部 距離10
バス 自動車
周辺部 距離15 都心部
距離70 周辺部
距離45
周辺部 距離45
利用可能交通機関 タイプ1
タイプ2 タイプ3
周辺部 距離15
自動車 自動車
バス 利用可能交通機関 自動車
タイプ1 タイプ2 タイプ3
自動車 自動車
バス
バス
図-2 プロトモデルと交通条件
(3)ヒューマニティレベルの評価
表-2の評価指標を用いて、(2)で設定したプロト モデル毎にヒューマニティレベルの定量的評価を試 みた。
(a)基本軸Ⅰ:人への負荷
中心市街地のにぎわいやふれあいは人の主体的な 移動や活動によってもたらされるが、自動車やバス が同一空間内に混在することによって、歩行者が自 由に移動・活動し、ふれあうことができる屋外の空 間が減少する。ここでは車両の走行速度に基づく空 間占有量を指標とした。その結果、以下の設定条件 と算出式を用いることによって、表-3のように空間 占有量を得た。
○設定条件
i. 周辺部車両速度:自動車50km/h、バス30km/h ii. 都心部車両速度:自動車15km/h、バス15km/h
iii. 車両長:自動車5m、バス10m
iv. 単位車両占有量:車頭間隔は、速度に対する車 間距離と車両長の和とする。但し、車間距離は
(速度)mと仮定。
v. 低減率:周辺部の車両占有量は都心部の1/5。
○算出式
∑
× ×周辺部 都心部
空間距離 低減率
車両数 単位車両占有量
,
表-3 車両による空間占有量(人への負荷)
タイプ1 タイプ2 タイプ3
モデルA 106.11 18.61 12.94
モデルB 32.62 20.12 3.12
(b)基本軸Ⅰ:環境への負荷
車両が移動するために消費するエネルギー量を環 境への負荷と考える。このとき、車両が消費するエ ネルギー量は表-4のようになる。
○設定条件
i. エネルギー消費原単位7):周辺部における単位 距離あたりのエネルギー消費を自動車2.2単位、
バス1単位とおく。
ii. 都心部でのエネルギー消費原単位 8)は自動車 が周辺部の1.8倍、バスが1.2倍とする。
○算出式
∑
× ×周辺部 都心部
エネルギー消費原単位 空間距離
車両数
,
表-4 エネルギー消費量(環境への負荷)
タイプ1 タイプ2 タイプ3
モデルA 11,880 9,960 510
モデルB 17,160 3,720 570
(c)基本軸Ⅱ:ふれあい
市街地における人とのふれあい指標は、各交通手 段別来街者の内歩行者として顕在化した人の数を基 に単位空間内における歩行者数(歩行者密度)と定 義し、以下の式で算出した。その結果が表-5である。
○設定条件
i. 歩行者顕在化率:自動車利用者の 1/10、バス 利用者の1/2が回遊。
ii. 回遊率:周辺部の歩行者数は都心部の1/5。
○算出式
∑
× ×周辺部
都心部 空間距離
回遊率 歩行者顕在化率
,
100
表-5 歩行者密度(ふれあい)
タイプ1 タイプ2 タイプ3 モデルA 1.02 5.02 5.11 モデルB 0.21 0.78 1.05
(d)基本軸Ⅱ:にぎわい
前述のように人の主体的な移動・活動やふれあい により中心市街地にぎわいが創出されることから、
空間内を徒歩で回遊する人の回遊距離の合計を、に ぎわいを表現する指標として取り上げた。歩行者が
都心部または周辺部を往復回遊するとき、回遊距離 の合計(累積徒歩回遊距離)は表-6のように求めら れ高度利用では回遊量が著しく低くなる。
○設定条件
i. 歩行者顕在化率、回遊率:ふれあい指標と同じ。
ii. 回遊距離は、都心部または周辺部の空間距離の 2倍(往復回遊)とする。
○算出式
∑
× × ×周辺部 都心部
回遊距離 回遊率
歩行者顕在化率
,
100
表-6 累積徒歩回遊距離(にぎわい)
タイプ1 タイプ2 タイプ3
モデルA 380 1,180 1,900
モデルB 1,460 7,060 7,300
(e)基本軸Ⅲ:モビリティ・アクセシビリティ 多様な移動ニーズへ対応するためには、利用可能 交通手段は多い方が良い。しかし高齢化時代での多 様なモビリティと容易なアクセシビリティを確保す るためには、フリンジパーキングの設置により中心 市街地空間内は可能な限り交通手段を純化させるこ とで、車両の占有空間を削減することが望ましい。
4.まとめと今後の課題
前節で得られた結果について、現況の土地利用や 交通条件に近似するモデルBタイプ1の指標値を基 準とした各モデルの政策効果度を表-7に示す。網掛 けは6ケースの中で最良の結果を得たものである。
表-7 現況からの政策効果度 モデル
交通システム 1 2 3 1 2 3 人への負荷 3.25 0.57 0.40 1 0.62 0.10
環境負荷 0.69 0.58 0.03 1 0.22 0.03 ふれあい 4.88 23.97 24.39 1 3.73 5.00 にぎわい 0.26 0.81 1.30 1 4.84 5.00
Model A Model B
本研究の成果として以下のことがいえる。
i. 市街地内での土地の利用強度の違いよりも、交 通システムを変更することによる影響が大き い。
ii. 土地の高度利用により空間を確保しても、その 空間が移動のための空間として利用されると 車両により活動空間が阻害されるため、人の活
動を誘発しない場合がある。
iii. 市街地の境界部分に駐車場を設置することに
より、人々の回遊行動が誘発され、ヒューマニ ティレベルの拡大に寄与する。
本論では、単純なプロトモデルを用いて社会的ア プローチから持続可能な都市の定量的表現を試みた。
本論で抽出した指標はほんの一部分に過ぎず、評価 されるべき項目は他にも考えられ、さらなる議論を 通して指標を構築しヒューマニティ・タウンを評価 する指標として有効であるか照査する必要がある。
また、都市構造からの視点のみならず、中心市街地 利用者の意識を取り込んだ評価指標も検討すべきで あり、これらを今後の課題としたい。
参考文献
1) 奥村・小林:都市の持続可能性とその分析視角, 土木計画学研究・講演集, 22(1)pp.661-662, 1999.
2) 塚口・早川・松岡:県民意識調査に基づいた環 境負荷が小さい交通システムに関する研究−滋 賀県におけるケーススタディ−, 土木計画学研 究・講演集, 24, 347, 2001.
3) 新田・黄:二酸化炭素排出量とアクセシビリテ ィからみた自転車重視型道路配置地区の評価, 日本都市計画学会学術研究論文集, 36, pp. 547- 552, 2001.
4) P. Newman & J. Kenworthy: Sustainability and Cities –Overcoming Automobile Dependence-, p. 4, Island Press, 1999.
5) Joe Ravetz: City Region 2020, p. 9, Earthscan, 2000.
6) 沖中・大蔵・中村:駅前中心市街地の機能的特 性と活性度に関する基礎的研究, 土木学会年次 学術講演概要集, 55, Ⅳ-441, 2000.
7) 天野光三:都市交通のはなしⅠ, 技報堂出版, pp.
4, 1985より算出(自動車714kcal/人km, バス
159kcal/人kmより距離1単位車両1単位台あ
たりの負荷単位量を自動車2.2 単位、バス1単 位と算出).
8) 燃料消費効率化改善に関する調査報告書(平成 9年度), 第3編, 省エネルギーセンター, 1997 より算出(自動車速度 50km/h での燃費に対し て、30km/hのとき1.2倍、15km/hのとき1.8倍 の悪化する).
9) 新たな「都心」創造に向けた都市交通に関する 研究報告所, 土木学会関西支部共同研究グルー プ, 2001.
10) 海道清信:コンパクトシティ−持続可能な社会 の都市像を求めて, 学芸出版社, 2001.
11) 木村雅彦:過疎地域のゆたかさ指標, 秋田ふる さとづくり研究所第1回セミナー議事録, 1999.