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クラウス・マンの闇と光 : 亡命小説 『火山』 をめぐって(その5) 利用統計を見る

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クラウス・マンの闇と光 : 亡命小説 『火山』 を

めぐって(その5)

著者名(日)

斎藤 佑史

雑誌名

経済論集

37

2

ページ

1-18

発行年

2012-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00001737/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

   クラウス・マンの闇と光

亡命小説『火山』をめぐって その5一

斎 藤 佑 史

       はじめに  本稿では、クラウス・マンの亡命小説『火山』の第二部4章から見ていく。第二部は、亡命ドイ ツ人の二つの悲劇的な事件、つまりマーリオンと妹ティリの自殺と、キーキョウの同性愛の相手、 マルティンの病死が重いテーマとしてのしかかるが、同時に第二次世界大戦の前哨戦とも言われる スペイン市民戦争への国際旅団の義勇兵としての参加という大きな問題も加わる。マーリオンの夫 フランス人マルセルは、義勇兵に志願してスペインに赴き、戦死する。これも悲劇に違いないが、 死という悲劇であっても、前の二人のドイツ人の死とは違う性格の死である。前回の「その4」で は、ティリの自殺の問題まで検討したが、本稿ではマルティンの病死から見ていくことになる。        1  第4章はいきなり「マルティンは病気である」で始まり、続いてマテェス博士が「肺炎で、それ は慢性のモルヒネ中毒の最終段階に起こることが珍しくないです」と事態の深刻さを献身的にマル ティンの面倒を見ているダビット・ドイチュに伝え、マルティンの病院への入院と彼の両親への通 知を勧める。入院したマルティンの病状は一進一・退を続けるが、死期にあるマルティン自身は、不 思議にもそのことに余り囚われていない態度を示す。  「死を望んできて、死がそんなにも近づいてきた今、マルティンは死を認識してないのだ。かく も長きにわたって死を呼び寄せてきた彼が、しかし今や死のシグナルを理解しようとせず、死の暗 い手の愛撫に対して感じなくなっているように見えるのである。」  その結果、ダビット・ドイチュに少し元気になったらママとスイスに行きたいなどとあらぬ夢を マルティンは語るのである。これは麻薬の毒がそういう夢を彼に見させ、彼を欺いているとも言え

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ようが、作者マンは、そうとは知らずにその麻薬の力に裏切られて夢を見続けようとするマルティ ンの最後の姿を、突き放すというよりも一種の同情を持って描いている。一進一退を続けながら身 体は確実に死に向かっているのだが、死期が迫ったということでベルリンから駆け付けて彼にとっ ては突然現れた母に対しても、彼は特別に驚いた様子は示さず、息子の衰えた身体を見て涙をこら えて接する母とは実に対照的に描かれている。母に対しては、そういう態度を取ったマルティンも 死ぬまで気になったのがキーキョウのことである。ベルリンからきた母に対して、「一度キーキョ ウにベルリンを見せたい...キーキョウはどこにいるの?!」と突然叫び出す始末である。母がキー キョウという人物をまるっきり知らないのにである。キーキョウは前回明らかになったように、麻 薬に溺れていくマルティンを見限って、彼のもとから去っていた同性愛者である。「キーキョウは 神を信じている」とマルティンは母に説明し、「今、インフルエンザに罹りここにはいないので、 再び元気になれば僕を訪ねてくるよ」と付け加える。この母に語ったキーキョウのことが、いよい よ死期が迫って正常な意識が薄れ、一種の混濁状態に陥ったマルティンの意識のf:に現れる。そし て以下のような言葉が叫ばれる。  「キーキョウは愛の神を発見した一すごい発見だ!でも僕はその神に気に入られていない。その 神の大きくて美しくぞっとするような目から僕に当たる光線はひとつもない。  僕は行く。僕はきっと行く...もしお前が神学と神の言葉を空疎にするならお前は行かねばなら ない...お前が消えてしまっても誰も泣くものはいないだろう...キーキョウが発見した愛の神は、 涙を知らない_」  これは死を前にした意識朦朧状態のうわごとであるが、うわごととして出てきたものの中にマル ティンとキーキョウの関係の破綻の真相が見えてくる興味深い箇所である。キーキョウが神を発見 して自身の危機を脱していったのに、取り残されたマルティンには、その神が信じられず、孤立を 深め、孤独の中で死を迎えるのである。このマルティンの孤独の死は、「最後の戦いは極めて厳し いものであった」と作者クラウス・マンが書いている通り、壮絶なもので決して安らかな死ではな かった。ベッドのヒにやっと座り、何かを掴もうと両腕を伸ばし、見えない握りこぶしで身体を揺 すぶられるような仕草をする一方、こわばった顔には不気味な輝きさえ見えて、最期を看取ろうと する母には息子の死に行く姿に恐怖感すら覚えるほどであった。戦いに力尽きてベッドの枕に崩れ るように倒れ込むまでは、生への壮絶な戦いと言えるものだったのである。  このように最後には苦闘してマルティンは、この世を去るわけであるが、物語の展開は、このマ ルティンの死後すぐにキーキョウが登場し、マルティンを最後まで看病したダビット・ドイチュと

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の再会に移る。この再会はダビットにとってこれまで、泣くことができなかった彼が、薄暗がりの 中、訪ねてきた男がキーキョウだと分かった時、わあっと泣き出さざるを得なかったことからも察 せられるように劇的なことであった。キーキョウは、マルティンの死を知らされるや、両手を組ん で「神が彼の哀れな魂に恵み深くありますように」と祈る。しかしこれに対してダビットは怒りを 隠すことができず、もしあなたのいう愛の神がいるとすれば、あなたの祈りの言葉にもかかわらず、 マルティンの方があなたよりその神に近いと怒鳴りつける。これに対してキーキョウはしばらく沈 黙を守った後、「おそらくあなたの言ったことはIllしいです。神が誰を愛するかは、我々には分か らないのです」と答える。そしてまたしばらくの沈黙の後、「私という人間は不幸をもたらすのです」 とさらに言うのである。またこちらか出した手紙は着いたのか、なぜあなたはマルティンのもとに いなかったのか、その訳が分からないというダビットの問いかけに対しては、手紙は届かず、マル ティンは私を必要としない、彼がもはや私を望まなかったからだと答える。そしてさらに彼は私よ りも他のもの、つまり「黒い天使」を愛したからだと付け加える。黒い天使(der dunkle Engel)とは、 この場合麻薬のことを指しており、「黒い天使が彼を自身の中に引き入れた」という表現で、クラ ウス・マンはマルティンが麻薬中毒に陥っていることを表現している。この天使(Enge1)という 言葉はこの作品では、色々なヴァリエーションを加えて使われているが、このダビットとキーキョ ウの再会の場面でも、ダビットがキーキョウに対して「死の天使」(ein Todesengel)という表現を使っ ている。この作品の後’t「・では、天使がキーキョウに現れ、物語の展開ヒ大きな役割を果たすことに なるが、ともかくもこの天使という言葉、概念はこの作品を解く重要な鍵であることに間違いない。  それはともかくとしてこの1人の再会の最後の場面で、「神が彼の哀れな魂に恵み深くあります ように」と再度手を組んでキーキョウが祈った時、頭を下げないで直立したままで、しかも微笑さ へ浮かべたので、ダビットは驚かされる。このキーキョウの奇妙な行動は、彼には謎として残った ままで、場面は次へと進むのである。  次の場面は墓地で行われたマルティンの葬儀の場面である。ベルリンからマルティンの父も駆け 付け、雨の中、墓地に集まったのはマルティンの両親の他、ムッター・シュヴァルベのお店の常連 客、キーキョウ、ダビット・ドイチュ、プロスカゥアー、マテェス博十、フリーデリケ・マルクス と彼女が連れてきた若いブロンドの男など少数の参列者だった。この葬儀の場面で、注目すべき点 は少なくとも二つある。一つは、友人のダビットが行うべき手筈だった墓前の弔辞が、ダビットが 緊張の余り言葉が出てこなくなるというハプニングがあり、急遽その場を救ったマダム・シュヴァ ルベの弔辞の内容が、通常の意味で弔辞らしからぬ点があったために、遺族、特にマルティンの父 の心を傷つけたということである。このシュヴァルベの弔辞の内容に客観的に見て不適切な面が あったのは、準備がないところに不意に弔辞をアドリブでやらざるを得なかったという背景がある

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が、マルティンの父を不愉快にさせたものが少なくとも二点ある。一’点目は、通常弔辞ではやらな い、故人の欠点、弱点などのマイナス面をシュヴァルベは「私はマルティンが罪深いほど怠惰な人 間だったので、恐ろしく叱りつけなければならなかったのです」などと歯に衣着せずに言ったため にマルティンの父に不愉快な思いをさせたことである。二点目は、これは後々まで影響があって深 刻な事態を招いたのだが、マルティンの死をヒットラーのナチズムと結びつけて、原因は今猛威を 振るいつつあるドイツにあると体制批判にまで及んだことである。弔辞がいつしか政治的色彩を帯 びたのであるが、葬儀に参列しているシュヴァルベのお店の常連客ならいざ知らず、マルティンの 遺族に対しては配慮を欠いた弔辞の内容だった。その話す内容に従って、話し方も身振りも故人を 追悼する弔辞というより、ナチスを批判するプロパガンダのような調子になった。終わり近くなっ たところで、本人も行きすぎに気づいて、通常の弔辞のように軌道修正するわけであるが、ナチス 批判は正しくとも、葬儀という時と場所の配慮にシュヴァルベは欠けるところがあったのである。 この葬儀の場面で作者クラウス・マンはシュヴァルベのことを指して、「荒れた海の船のデッキの ヒの船長」とか「船長の顔」などと「船長」(Kapittin)という言葉を度々使っているが、シュヴァル ベは姉御肌の年長者で、この葬儀を取り仕切り、よかれあしかれそのような立場で弔辞を読んだこ とがこの場面を詳細にみればよく分かるのである。  ところで元に戻って、この葬儀の場面のもう一つの注目点は、シュヴァルベの弔辞が終わった直 後に、参列者の多くが泣いたり、あるいは悲嘆に暮れてぼんやりとものを見ている中、「誰かが小 さく鋭い悲嘆の声をまるで暗闇の中で異様な動物の遠ぼえのように発した」ことである。その声の 主はキーキョーで、ダビットが近くですぐに支えなければ、その場に崩れ落ちかねないほど、ふら ついたのである。このキーキョーの様子は、先ほどの微笑を浮かべたキーキョーの態度とは、180 度変わって、余裕のない自己否定したような様子だったのである。これは今後のキーキョーの展開 を見る上での注目点である。  この葬儀後の展開は、集まった参列者の一団が二手に分かれ、つまり遺族のマルティンの父母は ダビットの案内で、マルティンの暮らしていたホテルの部屋へ、残りの参列者はシュヴァルベの案 内で彼女の店に行き、そこで彼女の昼の手料理に与るのである。そこでまず、マルティンの父母を 見ていくと、母の方は息子の死を悼み涙に明け暮れていたが、後から駆け付けた父の方は、シュ ヴァルベの弔辞に不愉快な思いにさせられる他、そもそもここに参列したシュヴァルベを取り囲む 若いドイツ人亡命者たちに対しては、ダビットを除き信頼を寄せることができず、葬儀後はよそ者 として早々に引き上げる他なかったのである。このマルティンの父と若いドイッ亡命者たちの間の 溝、それは一面において世代間の対立という要素もあるが、作者がここで強調しているのは、亡命 して国を出て行った人たちと、国に残った人たちとの間にある溝、亀裂である。

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 「初めからコレラ氏(マルティンの父)は、マルティンの仲間たちのもとでは、一種の不審の念、 いや嫌悪の念すら向けられた対象であった。およそ情熱的な仲間の向こう側にいる者は、渡ること のできない国境内に滞在している者は、信頼を得、あるいは友好関係を獲得するためには、引き離 された者たちに、特別なやり方で亡命者たちに自分の正当性を弁明し、証明しなければならないの である。」  しかし、ベルリンから駆け付けたコレラ氏は、この関係修復の努力を怠ったのである。というよ り、これはコレラ氏のような人にとってはもともと手におえない複雑な問題であって、何事にも疑 い深い微妙で複雑な亡命者心理を読めるはずのない人物としてコレラ氏は描かれていると言ってよ い。従って彼の頼りは人のよいダビットだけで、ダビットの協力を得てマルティンの部屋を訪れた のである。ダビットにとっては、マルティンがまだ生きていた頃、数えきれないほど訪れた部屋で あったので色々なことが蘇ってきて悲痛な思いに駆られたが、両親、特に父にとっては、初めて見 るこの部屋での息子の生活の贅沢な面だけが印象付けられ、自分たちがベルリンで節約して貯めた お金を送っていたのに、息子の方はここで百万長者のような生活を送っていたと怒りを露わにした のである。その部屋には、マルティンが麻薬漬けの生活をした痕跡も数々残っており、父は怒り心 頭に発して、息子は重要である金の価値が分かっていない、「いわゆる亡命などいうものはものす ごい贅沢なことなのだ」と悲痛な顔をして叫び出す始末だった。その時、「私たちがどこにいるの か忘れないで!」といさめたのは泣いてばかりいたマルティンの母であった。もともと夫妻がダ ビットに頼んでこの部屋を訪ねたのは、息子の遺品整理のためであった。父が探し求めたその遺品 の中の最大の目当ては、何らかの形で公表可能な息子の書いた詩であった。しかし皮肉なことに探 し出された息子の詩の本当の価値を知るには、父の世界は息子の世界とはあまりにもかけ離れてい て、そのことを目の当たりにしたのは友人のダビットだったのである。図式的な言い方が許される とすれば、父は息子の詩の経済的価値にしか関心がなく、文学的価値には無縁の人だったのである。 ここにこの父子の不幸な関係の源があると言ってよい。最後に突然母が小さな声を上げて見つけた 遺品は、マルティンの生涯に切っても切れない関係にあった麻薬が入っている黄銅のケースだっ た。  …方、シュヴァルベの案内で彼女の店に移動した残りの参列者はどうなったかというと、先にも 述べたように、誘いを受けて彼女のレストランで手料理をいただくことになるが、まず初めに断っ ておかなければならないことは、シュヴァルベは、マルティンの両親にも声をかけたが、母は乗り 気だったが父が誘いを断り、結局参列者は二手に分かれたということである。父はシュヴァルベの 弔辞にそれほどまでに憤慨し、また集まった息子の若い亡命者仲間に距離を感じていたのである。

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そこで残りの参列者の展開を見ていきたいのであるが、初めのマルティンの葬儀にも参列し、また レストランでの食事にも参加し、なおかつその後の第4章の物語の展開にも大きな役割を担うこと になる謎の人物に注目して見ていきたい。謎の人物と言ったのは、その人物が物語の結末まで読み 進めれば、なるほどと納得できるが、物語の途中では先が見えにくい人物として描かれているから である。その意味で第4章はある面で推理小説的面白さのある章でもある。その人物とは、フリー デリケ・マルクスがマルティンの葬儀に連れてきた若いブロンドの男、ヴァルター・コンラディで ある。結論を先に言えば、このコンラディはナチスのスパイだったのである。初め面識もないマル ティンの葬儀になぜこの男が参列したのか、不思議と言えば不思議なのだが、しかしこの章を読み 進むうちに葬儀の参列者の中にどんどん入ってきて、気が付いてみると彼と親しくなった人たちが 後で次々と消えていく、これはまさに推理小説の世界である。葬儀直後彼がまず近づいたのは、マ ルティンの母、コレラ夫人である。息子を亡くした母に巧みに同情の言葉を投げかける一・方、彼女 が夫と明日の早朝ドイツに帰国することを何気なく聞き出す。「地獄!へですか」とコンラディは 残念がる。彼はドイツでは強制収容所に入れられていたことがあると言い、その話をキーワード にマルティンの母、そして参列したマルティンの若い仲間たちを次々と信用させていく、その手口 はまさに詐欺師そのものである。その極めつけの行為は、墓地からシュヴァルベの店へと向かう地 下鉄の電車の中で、強制収容所での冒険話をマルティンの葬儀参列者に語った際、強制収容所入所 通知書をわざわざ札入れから取り出して見せた上で、「向かいに座っている人が誰だかまるっきり 分かりません。ここパリにはとにかくスパイたちがうようよしていますからね」と・同に目を細め ながら疑い深い様子でささやいたことである。スパイ自らが、近くにスパイがいるから注意せよと 自分に言い聞かせるように他人に言うような行為こそ、人を欺く詐欺行為である。このような行為 によって、コンラディはマルティンの若い仲間たちの間で急速に反ファシストとして急速に信用を 得ていったのである。反ファシストと言えば、物語の展開h興味深いのは、今・一行が向かっている 先のシュヴァルベの店に、スペインから一時パリに立ち寄った本物の反ファシストがいたことであ る。いわば偽の反ファシストと本物の反ファシストが鉢合わせする結果となったのである。そこで 節を変えて、本物の反ファシストのオランダの青年作家の話を偽反ファシストの問題とからめて次 に見ていきたい。        2  本物の反ファシストは、シュヴァルベの店で、数人のドイツ人に囲まれて熱心に話をしていた。 その青年は彼らの間ではよく知られていて、すでに優れた本を何冊か出していたが、数か月以来本 を書くのをやめて、スペイン戦線で戦い、政治的任務でスペイン戦線から一時離脱してパリに滞在 中、今はスペインで戦うドイッ人たちの報告も兼ねて、シュヴァルベの店で知り合いのドイツ人た

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ちと落ち合っていたのである。この青年はオランダ人であるが、すでにオランダ国籍は剥奪されて いる祖国喪失者であり、一一、二日後にはスペイン戦線に戻る予定であった。シュヴァルベー行が店 に入った時は、その青年の話にドイッ人たちが耳を澄ませていた時だったが、やがてシュヴァルベ ー行のドイツ人たちも、このオランダ青年のスペイン戦線から持ち帰った熱心な数々の話に思わず 引き込まれていったのである。  「僕はスペインと国際旅団の仲間のところで、非常に多くの真の英雄的行為を見てきました! 僕はどんなことが起ころうとも、もはや決して人間に絶望できないような数多くの感動的で、単純 で偉大な行為の証言者なんです!一どんなことが起ころうともですよ!」  このオランダ青年作家の言葉の力強さには自ら志願して国籍を離脱されてまでも、国際旅団の一 員としてスペイン市民戦争に赴いた者にしか得られない確かな響きがあり、それが後からきたシュ ヴァルベー行のドイツ人たちの心を捉えたのである。中には戦いそのものを憎み、反論するものい たが、この青年作家はその声を聞かないで、ともかくもより良い人たちは我々の味方であり、反逆 者たちはドイツとイタリアのはっきりとした支持がなければ、敗れ去るだろうとかなり楽観的な見 通しを語るのである。ムッター・シュヴァルベが手料理を作り終えてご馳走しようと皆の前に現れ たときは、話題はこの青年作家をめぐってスペイン市民戦争の話で持切りであった。その後話題 は、ヒットラー後どういうドイツを望むかということをめぐって議論が交わされ、社会体制を変え るという点では一致しているものの、新しいデモクラシーのあり方、自由の解釈をめぐっては様々 に意見が分かれ、ときに紛糾するこのシュヴァルベの店の様fをクラウス・マンは臨場感を持って 巧みに生き生きと描き出している。この紛糾した若者たちの場で、物語の展開ヒ興味深いのは、意 見が分かれ、反目している二人の間をいさめるように、「君たち口げんかをやめて、平和を保とう よ。まだ現実になっていない問題について今お互いに言い合うのは意味があるんですか。まず我々 は戦いに勝たなければならないんですよ。」とまともなことを偽の反ファシスト、コンラディが言っ ていることである。こういうことを言えば、彼のことをますます反ファシストの仲間として信用す る結果になるからである。ところで物語は、このコンラディが引き起こす事件の前に、キーキョウ の話がが差し挟まれることになる。  マルティンが死んで気落ちしているキーキョウの話は、すでに前に少し触れたが、このシュヴァ ルベの店でも1]立たぬ存在で、店での議論にいたたまれなくて、皆に気づかれないようにして店を 抜け出す。そしてマルティンと過ごした思い出のパリの街角を俳徊するように歩き回り、最後には マルティンと暮らしたホテルに辿り着く。そのホテルには、息子の遺品整理のためにマルティンの 両親がすでに来ていたが、夜も遅いので別れの挨拶をしに行くことは思い留まる。衣服をつけたま

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まベッドに倒れ込んだキーキョウは、シュヴァルベの店での熱い議論を思い返す。議論の中心は、 ヒットラー後のドイツの体制をめぐるものであったが、その勝利の日はいつ来るのか。その日は店 にいた者は誰もが待ち望んだが、マルティンは待ちきれずに死んだ。  「マルティンもまたその日が来ると心から信じていた。しかしその日の到来を待つには、彼は余 りにも疲弊し、高慢で痛ましかった。彼はその実現を急ぎすぎた...」  これはキーキョウの回想の中に出てくるマルティンの姿であるが、店の他の人たちは、彼と違っ て確かに辛抱強かった。しかし彼らはその勝利の日を信ずる賭けに出たのであって、賭けに負けた ら死ぬしかない、そこに救いはあるのかと神を信じる信仰者として立場のキーキョウは自問自答せ ざるをえない。というのは、この店に集まってきた青年たちは、反ファシズム、反ナチズムの立場 に共鳴している亡命者であって、「宗教は民衆にとってアヘン」というドグマに支配されている者 が多く、キーキョウのような存在はこのようなグループでは浮いていたのである。その孤立感、信 仰者としての悩みをこの回想の中で作者クラウス・マンは、キーキョウの立場からよく描いている と言ってよい。この問題については、かつて反カトリックで無神論の立場のマルセルとよくキー キョウは議論したのである。キーキョウは確かにカトリックの立場でこのように回想しているのは 確かだが、注目すべきは、彼自身の信仰も確固としたものではなく、事実マルティンの死をめぐる 対応では心は揺れ動き、あなたの名前を必要以上に用いすぎたと神に臓悔することになるのだが、 彼の本格的な神への臓悔は、第5章の問題なのでそちらに譲る。  この4章の最後を飾るのは、偽物の反ファシスト、ヴァルター・コンラディがフリーデリケ・マ ルクスを通じて、シュヴァルベの仲間に近づき、スパイ活動の結果、三人の犠牲者を出す物語の顛 末である。三人とは、イルゼ・プロスカゥアーとベルリンからきたマルティンの両親である。その 内、マルティンの両親については、ドイツに帰国後何者かによって告発されて、父は強制収容所送 り、母は病院へ移送という結果しか述べられていないが、イルゼに対しては、コンラディがいかに 手練手管を駆使して近づき、彼女を彼の虜にするかが、実に巧みに描かれている。イルゼは男性経 験の乏しいもてない女性で、コンラディは、ブロンドの髪をしたドン・ファンで彼の手にかかって は、イルゼはのぼせ上がる他なかったのである。コンラディの目的は、イルゼの関係するユダヤ人 救済委員会の情報収集であるが、卑劣で残酷なのは、恋人を装いながら彼女から情報を聞き出すば かりでなく、彼女を非合法組織のメッセンジャーとしてドイツ国内の反ナチス活動家と接触させる べくドイツ国内へ送り出したことである。そのために当時若者の心を捉えていた危険をもいとわな い素朴な英雄主義を彼は悪用して、彼女を行動へと駆り立てたのである。つまり、コンラディを愛 してしまったイルゼは、彼の残酷な意図も知らずに、彼に認められたいためだけに、彼の指示に

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従って、危険を冒して喜んでケルンに向かったのである。  ドイツ国内には、ナチス体制を中から崩そうとする様々なグループによる非合法組織があり、亡 命者の反ナチス活動は、この組織と何らかの連絡をとりながら連携して活動することが重要であ る。従って、非合法と聞いただけで当時の若い亡命者たちの心は動かされる心理状態にあり、コン ラディに身も心も許してしまったイルゼは、そこを巧みに突かれてしまったのである。非合法の具 体的な活動とは、たとえばビラや合言葉による反ナチスの団結を呼びかける言葉、秘密ラジオ放 送局の設置作業やヒットラーに反対する呼びかけを行うレコードの路上での販売、工場や弊社での サボタージュを呼びかけるビラなど実に様々である。こういう活動の一端を支える任務が、今イル ゼに与えられたのである。彼女の具体的な任務は、ケルンの非合法組織の特定人物に連絡するため の秘密伝達事項を文書でなくr1頭で伝えるという徹底したものである。そのために二人の胡散臭い 人物から、その伝えるべき秘密事項、旅費、偽造パスポートを与えられるが、使命に燃えたイルゼ は何も疑うことなく、愛するコンラディに見送られて東パリ駅からケルンへと汽車に乗ったのであ る。このイルゼがその後どうなったか。「プロスカゥアーは再び戻らなかった」のである。テオ・ フンムラーは、ドイツ国内にいる仲間から「彼女はドイツ国境で逮捕された。名前と彼女が旅行に 使った偽パスポートの番号は検問ではすでに分かっていた」と知らされた。彼女は、ベルリンで反 逆罪裁判にかけられるとの見通しだった。  このことと、帰国後早々にマルティンの父は強制収容所送り、母は病院へ移送という事実を知っ たシュヴァルベの店の常連客たちは、すぐに姿をくらましたコンラディが怪しいとにらみ、テオ・ フンムラーの調べを通じてそのことを確信したのである。怒り狂ったムッター・シュヴァルベが、 「この犬めが!」と何回も叫んでこぶしで机を叩いても、後の祭りであった。「いつ悪魔がこの犬を 連れてきたのか」と彼女が問うと、当然、彼をマルティンの葬儀に連れてきたブィオラこと、フリー デリケ・マルクスが問題になるが、彼女は悪魔ではなく、彼女もまた彼に唆された犠牲者だったの である。彼女に事の真相を告げる嫌な役割は、テオ・フンムラーが引き受けたが、案の状ことの真 相がわかるまでには時間がかかり、彼のことを逆にコンラディが遣わしたスパイと言ったり、挙句 の果ては、彼がコンラディの後釜になるよう狙ったのではないか、彼は彼女に惚れてしまったので はないかなどとあらぬことをフリーデリケは口走る始末であった。これはことの真相を知りたくな い彼女の深層心理をうかがわせるものであるが、また真相を知った後の、フンムラーが医者を呼ぷ 必要があるのではないかと思わせるほどの彼女の気違いじみた言動、狼狽ぶりは、いかに彼女がイ ルゼ・プロスカゥアー同様にドン・ファンで詐欺師であるコンラディに丸め込まれたかを実によく 物語っている。作者は、この事の顛末を実に巧みに描き出している。

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       3  第5章は、すでに指摘しておいたように、キーキョウの神への繊悔の問題から始まり、その関 連で天使が現れ、さらにアメリカに亡命先を変えるまでのアーベル教授、マーリオンの物語が続 く。そこでまずキーキョウの神への臓悔の場面であるが、後に天使が現れるようにこのキーキョウ にまつわる話だけは、これまでのリアルな表現と違って非現実的な幻想小説風な趣に変わる。第一 にキーキョウが今どこにいるか明示されずに、分かっていることはどこかの田舎のカトリック教会 の近くの質素な小部屋に住んでいて、そこから教会に出かけ、神父の前で自分の犯した罪の繊悔を 行っているということである。ここでは具体的場所より、心の問題が大事ということで、神父に対 してキーキョウは「自分は一人の人間を殺しました、もしくはマルティンの死の共犯者です」と罪 を告白するのであるが、しかしその告白に対して神父は「君は混乱しています、君の話には幻想的 な響きがあり、自慢話のような響きがあります」と大変手厳しい。罪の告白の中に傲慢さが隠され ていると言い、「僕は修道院に入りたいのです」「世を捨てて、自分の人生を主の奉仕のために捧げ たいのです」とキーキョウが願い出ても、「明日もう一度来なさい。今日は混乱しています」と神 父は彼を突き放すのである。そこで彼は寒い部屋に戻り、冷たい床に膝まづき、反省の意を込めて 「私の主なるイエスよ、私を憐れみたまえ!」と悔い改めて、祈り続ける。何時間もの膝の痛みに も耐えて祈り続け、夜になり、宿の人が食事を運んできても、告解の時だとそれに手をつけようと はしない。夜遅くなっても、2,3時間以上は眠らず、膝が擦りむけても、祈り続けるである。こ の長時間の臓悔の祈りの果て、悔い改めの先に、彼は不思議な解放感、何とも言えない至福な感情 に満たされるのであるが、天使が現れたのはその時であった。従って、物語の展開としては、キー キョウの悔い改めの結果、天使が現れ、彼の罪を救うべく彼に救いの手を差し伸べるという形で話 が進んでいくのである。  今、キーキョウの目の前に現れた天使は、天使と言っても金属をこすり合わせたようなガチャガ チャという音をたてる翼をもち、その姿は、エレガントで強い乗物、スマートな自動車やしゃれた モーターボートを思わせるようところがあり、背が高くすらりとしており、彼の受けた第一印象は、 ともかくもこの天使はいかに早く移動できる天使かということであった。この天使のスポーティで 早い乗物というイメージは話の展開上重要である。というのは、この天使の力を借りてキーキョウ は、飛行機よりはるかに速いスピードでスペインその他の国へ自由に飛んでいくことになるからで ある。この天使はまた一方、「アーモンドの花と上質のガソリンの香り」の特別な香りを放つ天使 でもある。この天使はキーキョウに対して、出会った最初に「来なさい、少年よ!」と呼びかける が、彼は繊悔の祈りの中でキリストの礫像の前で一種の催眠状態にあったので、この天使の言葉を 真面目には受け取れない様子だった。「どこへですか」と彼が質問すると、天使は二本の指で外は 雪が降っている窓を指し示す。しかし面白いことに、この天使の誘惑より警告に近い言葉にキー

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キョウは抵抗を示す。物語の文脈から言えば、天使から差し出された救いの手をキーキョウは拒否 しようとするのである。彼にしてみれば、窓の外は雪だし、雪の中どこに行くのか行先も分からず、 いきなり天使に来いと言われても、すぐに動けないのはよく分かるのである。第一・、天使と言って も、今目の前に現れた天使は、いわゆる天使と言われるものから想像される天使とは程遠い姿、形 をしている。作者クラウス・マンは意図的に天使たらぬ天使像を描き出しているようにさえ見える。 従って、この天使に遭遇したキーキョウの戸惑いと抵抗はよく理解できるのだが、窓の外へ出たく ない屍理屈を述べ立てて執拗な抵抗を試みる彼に対して、天使は豪を煮やして強硬手段に出るので ある。つまり、天使自身が怒りのため、姿をミツバチの群れ、氷の雲、炎と次々と姿を変え、一種 の変身する怪獣のようになり、「震える子羊の上のオオタカ」のようにその少年にすごい音を立て て襲い掛かり、怪物に変身した天使は、おそろしく硬い手足で抵抗するキーキョウを掴み、部屋か ら雪の中へ、夜の中へ引っ張り出すのである。その時、天使は「心配するな..雪は止む..私た ちはすぐに目的地に入る、君は期待されているのです」とキーキョウに語りかけるのである。掴み だされた瞬間には目をつぶった彼が目を開けて見るとすぐ隣に空を飛行中の天使がおり、天使から 重要なことを聞かされる。つまり、「今は静かにしなさい、人々は私たちを見られない、君と私は 目に見えない存在なんです」と。  それでは彼らは今どこにいるのか。なんとスペインのマドリッド市の外れの大学の講堂の中にい るというのだ。キーキョウの前に映し出された光景は、戦場と化した大学の講堂で、よく見ると三 人の人がおり、瀕死の重傷を負って横たえている男を囲む女と若い男である。その瀕死の重傷者 は、心臓を銃で撃ち抜かれて血と涙で顔がゆがんで倒れているマルセル・ポワレであった。そのこ とが分かった時、すぐにでもキーキョウは彼のところに駆けつけ、彼を抱きしめたいと思ったのた が、今のキーキョウは天使の囚われ人で人の目には見えない、言わば透明人間なので、ただ見守る ことしかできない。そこでこの場面の描写は、苦痛の中で死へと向かうマルセルの姿をキーキョウ の目を通して見るという形をとるわけであるが、同時にマルセルの死に際して、彼の死の見つめる 作者クラウス・マン自身の目も描き出されていて興味深い。マルセルは、今、砲弾で穴だらけになっ た大学の講堂で、スペイン市民戦争の国際旅団義勇兵の・人として短い命を絶とうとしているの だが、それは彼の望んだ生き方の結果としての死であって、決して犬死などではない。詩人の空疎 な遊びの言葉に疲れて、行動へと駆られた結果としての自己犠牲の死であって、彼にとってはある 意味で望んだ死に方でもあったのだ。その死を看取ったのは、彼のことを知らないスペイン労働者 の女性であり、そばで泣いていたドイツの青年は、ドイッから亡命してプラハでエルンストと一時 共同生活をしていたハンス・ヒュッテであった。彼は今、戦場で将校と兵隊の間の連絡を担当する 「政治局委員」、国際旅団の義勇兵として働き、地元のスペイン人と国際旅団の仲間から非常に愛さ れていたのである。彼はマルセルとスペインの地で共にファシストと戦った仲間の一人だけに悲し

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みは深かったのである。彼はこのマルセルの死を切っ掛けに一匹オオカミで戦ってきた生き方を改 め、党に入り、組織の中で戦うことを決意する。ところでこの様子を見ていた天使とキーキョウは、 マルセルの死を看取った二人が相次いで去った後、このマルセルの死の知らせを、二人の元に届け るべく、この場所を後にして行きと同じようにあっという間にパリに戻るのである。 八とは、マ ルセルの妻のマーリオンと彼の母、マダム・ボアレである。この二人のもとに降りNtf一ったのは、キー キョウにしてみれば白分の小部屋に戻る途中であるが、天使により空中から無理矢理に降ろされた もので、「マルセルは死んだ!心臓に銃弾が当たって、死んだ!」という天使の悲しい知らせを二 人に伝える。この悲しい知らせを天使より告げられて一IAとも、悲しみに我を忘れて取り乱すので あるが、この様子を作者はまるで実際に見てきたように二人の内面にまで分け入って描き出すので あるが、その伝え方の設定そのものがそもそも現実にありえないものであるが故に、その描く悲し みの様r・がいくら精緻なものであっても、読者には伝えきれない部分がある。その意味では、天使 まで使ってこの亡命物語を展開させようとする作者の意図には、この小説を文学作品として成功さ せるためには両刃の剣のような危険性があると言ってもよいであろう。  この天使とキーキョウの話に続くのは、アムステルダムに亡命した後、そこでもうまくいかず、 そのド宿先を後にしたアーベル教授のその後の話である。アーベル教授がユダヤ人であるがため に、ドイツの大学を追われた事情や亡命先のアムステルダムの宿にいられなくなった経緯について はすでに見てきたが、Dここではその後ヨーロッパの各地を転々としなからも、学者としての生活 はまずまず守られ、アメリカの小さな大学に招鴨されるまでの生活が描かれている。彼が学者とし ては抜きん出ていたものの、亡命に際しては優柔不断さを露呈し、恋人のアンネッテの強い勧めで アムステルダムに亡命できたのであった。そのアンネッテとの関係は、彼女がケルンの弁護士と結 婚し、その結婚相手が「筋金入りの国家社会}三義者」と手紙をよこして以来、完全に切れてしまっ た。ヴォルムスに住んでいた母も死に、ドイツに戻りたいというかつて彼を苦しめていた思いも消 えていた。そこで彼は学問の中に慰めを見出し、学問に打ち込み、その成果が認められてアメリ カの大学から招聰を受け、ドイツ脱出の手がかりを得るわけであるが、注目すべきはその過程で、 アーベル教授が亡命に際して見せたような優柔不断な受身的な態度を改め、対ドイツに対する姿勢 も変化し、反ナチス的行動を積極的に示すことになってきたことである。これは彼が打ち込んだ学 問の成果が認められ、ヨーロッパ各地で講演を頼まれたりすることが、彼に自信を与えていったこ  テキストとしては、Klaus Mann:DER VULKAN Roman unter Emigration<edition spangenberg im Ellerrnann Verlag. MUnchen 19.1977を用いた。なお、本文中にテキストから直接引用した箇所があるが、その注は煩雑になるので 省略した。 1)拙稿「クラウス・マンの闇と光一亡命小説『火山』をめぐって(その3)」経済論集 束洋大学経済研究会  第32巻第2号2010年(127頁一131頁)参照

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ととも関連するが、見逃すことができないのは、学問に没頭する余り自分の世界に閉じこもり、世 間とは断絶しがちになり、その結果として周囲の状況が見えなくなった以前とは違い、学問しなが ら一方で困難な人を手助けする余裕も出てきたことである。こうした中で、アーベル教授はアメリ カに旅立つまでの2,3ヶ月滞在した「ある中位のスカンディナヴィアの都市」で行き場を失いみ すぼらしく哀れな恰好をしたエルンストと出会うのである。  エルンストと言えば、第1章ですでに見たように、プラハでのハンス・ヒュッテとの亡命生活を 打ち切り、二人でオーストリアを経てスイスのチューリヒに移動、そこでハンスと別れ、ハンスの 依頼でティリ・カンマーに会い、彼女と恋に陥り、ホテルで・夜過ごした翌朝、警察官にたたき起 こされて連行されてしまう。それ以来、自殺したティリにとっても行方不明であったが、読者に とっても行方不明状態であったが、この段階でスカンディナヴィアのある都市に現れたのである。 行方不明と言えば、ハンスもそうで、先ほど見たようにスペインのマドリッドのマルセルの死の場 面に登場し、読者には二人の消息が第5章にきて分かったということになる。それはともかくこの 久しぶりに読者の前に登場したエルンストの場面で、興味を引くのは、親切を仇で返すようなエル ンストのアーベル教授に対して行ったちょっとした出来事である。その出来事とは、エルンストが 初対面のアーベルに亡命以来の辛かった身のヒ話をし、そしてそれに同情したアーベルが、この都 市にあるユダヤ人のための亡命救援委員会を紹介したいので、君の過去についてメモさせてくれと 言って事務机に座った隙をついて、彼がマントルピースの上に置いてあった金の懐中時計を盗もう としたことである。それにすぐに気付いたアーベルが、「馬鹿な真似は1上めなさい1」ととっさに いさめたところ、エルンストは顔を手で覆わずに激しく泣き出したのである。「あなたは盗癖を持っ ているんですか」というアーベルの質問に「とんでもない!」と自分の行いを悔いながらも、心傷 つけられて思わずエルンストは反論する。亡命生活のような不法滞在をしているので、たえず法と 抵触する生活をしているうちに、人間が腐って堕落したのだとエルンストは泣きながら、自己弁解 するも、罪を憎んで人を憎まずというアーベルの寛容な態度がこの場面ではとても印象的である。 さらに「あなたは政治的な夢を持っているのですか」というアーベルの質問に、「かつては持って いた」が、今は失われてしまったと嘆きながら説明する。ここで注目すべきは、同じ志を持ちなが らプラハで亡命生活を送ったハンスとエルンストの二人が、チューリヒでそれぞれ別れてから、連 絡のとれないまま放浪生活を送っているうちに、一人は政治的な夢を持ち続け、もう一’人は失った ということである。この夢を失った方の若者に出会ったアーベルは、しかしこの哀れな若者を見捨 てることなく、何とか助けようと努める。そのために彼はまだ面識のない先ほど述べたスカンディ ナヴィアの都市の亡命救援委員会の委員長に知人を介してアポイントを取り、会いに出かけるので あるが、この訪問は失敗に終わるのである。  というのは、救援委員会のある建物前の広場は、3、40人の助けを求める人たちでごった返して

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おり、整理番号がなければ委員会の事務所のある二階には行けない状態で、「私は委員長と個人的 なアポイントがある」とアーベルが係りの人に申し出ても、「お待ちください」と言われるだけで 取り次ぐ様子もなく、再度申し出ても整理番号が必要なので、整理番号を取得して二階に上がって くださいと言われ、「例外は認められません」と冷たくあしらわれたために「この恥知らずめ」と 彼はぶちぎれて外へ出てしまったのである。アポイントが守られないほど委員会の事務所周辺は人 で混乱していたというわけであるが、自尊心を傷つけられたアーベルは、宿に帰った後、委員長宛 てに抗議の長い手紙を出すと、翌日お詫びと説明のために委員長が彼を訪ねたいと電話で問い合わ せてきて、二人は会うことになったのである。この二人の会話は、当時の亡命後の状況を考える上 でも重要なので節を改めて検討したい。        4  この委員長の名は、ナータンと言ったが、アーベル教授の宿で顔を合わせるなり、「あなたの手 紙は適切ではなかった!」と切り出す。そういう手紙を書かざるを得なかった気持ちは分かるが、 例外を認めないと強い調子で言った係りの人は、避難民を助けるためにそれを人間の義務とみなし てボランタリーで毎日8時間以上働いている私の友人だと弁護する。「それは分かりませんでした」 とアーベルはちょっとばかり恥ずかしく思うものの、「彼の物言いは、にもかかわらず不愉快でし たよ」と反応する。それに対してナータンは、了解するものの、「ひとは決して冷静さを失うべき ではありませんよ、我々はみんな同じ人間なですから」と応じる。「だからこそ、他の人間の尊厳 は尊重しなければならないんです」とアーベルは反論する。それに対して「確かに、確かに」と委 員長はうなつくも「私たちの所では他の人間の尊厳を尊重することは、容易ではないんですよ」と 答える。しかしこのような会話を続けながら、ナータンがアーベルの宿を訪ねたのは、同僚の振る 舞いを謝り、アーベルの心を宥めるだけが目的ではなく、委員長の仕事の辛さを彼に分かってもら いたいからでもあった。  「ときどき全く希望が持てなくなる時があるんですよ」とその老人は言った。「非常な熱意をもっ てこの仕事に取り掛かったのですが 一 いかに多くの幻滅を味あわなければならなかったでしょ うか。もちろん、素晴らしいことも起こりましたけれどもね。」  その幻滅の最たるものは、助けを求めてきた人の中に後でナチスのスパイであることが証明さ れた人たちがいて、しかもその中にユダヤ人たちも含まれていたと怒りを露わにしてナータンは 語るのである。その他、助けを求める多くの不幸な人たちが、人に頼るばかりで、自ら生きる意志 や、力、礼儀正しさもなく助けるのにいかに手を焼いているか、彼は実情を説明しながら嘆き続け

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る。夫がドイツの強制収容所に入っている若い夫人が銃器で自殺した現場に居合わせた話などは、 ショッキングな例であるが、初め十分にあった義損金が、悲劇的な状況が長期化するに及んで、一 般の人々の関心も弱まり、亡命救援委員会を支える基金が枯渇していく一方なのに、片方で亡命者 が増加し続けているという話も深刻である。ナータンがここで亡命救援委員会の委員長としてアー ベルに漏らす本音とも言える嘆きの言葉は、亡命者の救援活動の困難さをよく描き出していて興味 深いものがあるが、困難さの嘆きの言葉だけならそこに救いはない。引用の言葉にあるように少な いけれど「素晴らしいこと」も同時に起こったのである。その例として救援委員会の援助で世界各 地に職を得た人たちから現地でうまく暮らしていると書いて寄こしてくることなどは、この仕事が 意味があることを示しているとナータンは言う。後に彼を訪ねてくる人もいるし、結婚して奥さん と子供まで連れてくる人もいるという。言わばこの仕事のマイナス面ばかりでなく、プラス面にも 言及するところで、アーベルがナータンを訪ねた本来の意味を思い出し、エルンストの救助をナー タンに申し出て、首尾よく色よい返事をもらったところで、この場面でのアーベルの話はひとまず 終わるのである。  第5章の締めくくりは、マーリオンの亡命先をアメリカに変えるまでの、パリでの最後の日々の 物語、テーマは別れである。1937年の晩夏、マーリオンはあるニューヨークの大物の代理人を通 してアメリカを講演して回る企画の申し出を受け、秋にアメリカに出かけることを決心したのであ る。1933年にパリに亡命して以来の反ファシズム活動をしながらの長い亡命生活に憔悼して、今や 彼女の心境は次のようなものになっていた。  「ヨーロッパにはもはや耐えることができない。余りにも多くの損失があり、至る所余りにも多 くの思い出があった...(中略)私は死ぬか、あるいは何か新しいことを始めなければならない。」  アメリカ行きを決意してからのパリでの残されたマーリオンの日々は、亡命以来親しくしてきた 人々との様々な別れである。その中にはチューリヒに住んでいる母への別れの思いも書かれている が、実際に会って別れを告げた人々の記述が主であり、そこには別れに際しての、マーリオンの後 ろ髪を引かれる思いと、旅立ちの決意の思いが交錯している心理状態がよく描かれている。  マーリオンが旅立つ数日前、スペイン市民戦争のための大衆集会がパリの最も大きなホールの一 つで開催された。夫マルセルをスペインの戦場で失ったマーリオンは、英雄的な殉教者の未亡人と して演壇に立って何千という聴衆に向かって呼びかけた。

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 「彼は偉大な戦いで死にましたが、戦いはさらに続きます。おそらく私たちはやっと戦いの初め に立っているのです。私は今からアメリカに行き、かの地には友人たちがおり、その友人たちにあ なた方の挨拶を送ります。至るところに活動的な仲間を見つけるでしょう。自由が至る所で危険に さらされているが故にこそ、自由を守りたいという勇敢な人たちが至る所にいるのです。最後には 私たちは戦いに勝利するでしょう!」  このマーリオンの呼びかけは、パリに残る人々への別れのメッセージであるが、スペイン市民戦 争の行方が分からない状況の中で、さらなる共闘を呼びかけるメッセージでもある。夫マルセルの ことを語り始めたとき、何千というパリの労働者、知識人、婦人たちが黙って握りこぶしを振り上 げながら額を沈めて彼のことを思い出そうとしている様子を目にした時、マーリオンは涙声になっ た。マルセルが、生涯自分は大衆から理解されていないということを思い悩んでいたので、この光 景を彼が見ることができたらどんなにか幸福だったろうとマーリオンが思ったからである。「大衆 は、彼が殺されたので彼に敬意を表した。素朴な人たちは、彼が血を流したので初めて皆のために そうしたのだと彼のことを理解できたのである」と作者クラウス・マンはコメントする。みずから 死ぬことによってしか大衆と結びつくことができないという芸術家のあり方は、確かに悲劇的では ある。しかしそれでもマルティンのように、キーキョウに裏切られ、麻薬付けの中で死ななければ ならなくなった場合に比べ、マルセルの死にはまだ救いがあるように思われる。  それはともかくとして、このマーリオンの呼びかけを見ても容易にわかるように、この大衆集会 の叙述を通して、注目すべきはこの第5章の最後の場面で、この小説の反ファシズム的要素が全面 的に出てきている点である。もちろんこの集会の目的そのものが、現に進行しつつあるスペイン市 民戦争を支援するために開催され、しかも戦況は1936年に7月にスペイン市民戦争が開始して以 来、一年以ヒたち、フランコ将軍率いる反乱軍がマドリード市を攻撃して以来半年以上たっていた が、優勢なフランコ軍の包囲網に対して、徹底的に抵抗して、スペイン共和国側は奇跡的に持ちこ たえている状況にあった。マドリード陥落は時間の問題とみられたが、1936年10月にフランコ軍に 包囲されて以来、2年半も持ちこたえたのである。2)その背景には、ファシズムと戦うスペイン共 和国、すなわちスペイン人民戦線政府に対する、ヨーロッパ各国の反ファシズム活動家たちの情熱 的な支援があり、多くの若者が国際旅団を作って、国際義勇兵としてスペイン市民戦争に直接参加 してスペイン市民たちと手をとりあって戦ったということがあった。その中の一人が、マーリオン の夫マルセルであることは言うまでもないが、「この集会では、何千という人たちが、椅子から跳 2)斎藤孝著『スペイン戦争 ファッシズムと人民戦線』中公新書104中央公論社 1966年 (173頁一174頁)  参照

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び上がったり、歌を歌ったり、こぶしを振り上げる機会を沢山与えられたのであった。というのは、 様々な演説者が聴衆を鼓舞し、感激させることに成功したからであった。」  これらの演説者のうち、この物語の進行上欠かせない人物、キーキョウを最後に取り上げて第5 章の検討を終えたい。  キーキョウの前の演説者が、その著作と政治的行動で著名な若手のフランスの作家だけに聴衆か ら拍手喝采を浴び、ほとんど無名なキーキョウにとっては印象を与えるには不利な出番であった が、彼の演説は聴衆にとって期待以上のものがあり、演説にみられる彼の変貌ぶりはマーリオンを 驚かせるとともに、これまでのキーキョウを知る読者をも驚かせると言ってもよい。  「私は敬度な一キリスト者であります。まさにそれ故にフランコ将軍と彼のファシストたちが大 嫌いです。彼らは人殺しをするばかりでなく、主の名によって破廉恥な行為をあえて行い、最も気 高い名前を侮辱するのであります。彼らは自分たちのいかがわしい利益を思いそしてイエス・キリ ストについて語るのです。何と言う恥辱、何と言う破廉恥な行動でしょうか。この結果、単純なス ペイン人は、自分の祝福された人の名前と抑圧者、殺人者、山賊と一緒に考えてしまうために、彼 のために十字架のEで亡くなった救世主を憎むことを学んでしまうのです。一私はスペインに出か けたことがあります。(中略)私の印象と活動の記録は沢山のカトリックの雑誌で読むことができ ます。おそらく皆さんの中の何人かはその記録を目にしたことがあります。一私は異教のファシス トの手先に加担してしまっている司祭たちが残念です。彼らがキリスト教に与えた損害は計り知れ ないものがあります。(中略)私はスペインに戻ります…。」  キーキョウが演説を終えて退場する時、彼は握りこぶしを振りヒげるが、これまで内気で人前 で演説することなど考えられなかった彼の変化を作者クラウス・マンは「今や彼はもはや少年では なかった」とコメントする。この演説でも分かるように、キーキョウはスペイン市民戦争を天使の 力を借りることによって思わぬ形で体験することになって、戦争の悲惨さを知り、自分は何ができ るか、何をすべきかに目覚め、その結果がこの演説に現れていると言ってよい。彼のよって立つ立 場は、これまでの彼の行動の軌跡からカトリックの信仰であることは確かだが、その信仰の立場で 見たとき、フランコ将軍率いるファシズムやそれに同調するスペインの保守的なカトリック教会は 許容することができず、それに対して戦う意志をキーキョウは明確にしたのである。このキーキョ ウの変化は先ほども言ったように、これまでのキーキョウをよく知るマーリオンを驚かせるととも に、ヨーロッパと別れて、アメリカに向かう彼女にとっての思わぬ希望のともしびとなるのである。       (続く)

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参考文献 1)Fredric Kroll:KLAUS−MANN−SCHRIFTENREIHE BAND51937−1942 TRAUMA AMERIKA, Edition Klaus   Blahak・Wiesbaden,1986 2)Nicole Schenzler:KLAUS MANN Eine Biographie Campus Verlag Frankt’urtfNew York 1999 3)Uwe Naumann:KLAUS MANN Rowohlt Taschenbuch Verlag Gm bH, Reinbeck bei Hamburg、1984 4)Carol Petersen:Klaus Mann Morgenbuch Verlag 1996 5)Peter Schr6der:Klaus Mann zur Einfuhrung Junius Verlag GmbH, Hamburg 2002

参照

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