民俗芸能の現場から捉える身体動作の伝承-後続者への変化を保障する民俗芸能の記録に向けて-
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(2) Vol.2009-CH-82 No.7 2009/5/23. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. ら独立した個」を対象としており、個が生まれる前から受け継がれたものを継承する 先行者と自らが死んだ後に皿に次の世代に伝える後続者との間の関係性、つまり、 「世 代に埋め込まれた個」といという視点は十分に研究されてこなかったことが指摘され ていた。このような世代間の関係から独立した個という発達の見方に対して異議申し 立てを行い、世代間の関係性を捉える際の一つの分析視座を提示したのがやまだの生 成的ライフサイクル(Generative Life Cycle Model:以下、GLCM)である 7 8。GLCM はエリクソンの生成継承性という概念に東洋の循環思想を取り入れた新たな世代間の 関係性を捉えるモデルであり、世代を経るごとに生成的に変容していきながらも世代 と世代の持続的な関係性を捉えることができる点が大きな特徴である。このように心 理学では世代を通じて変容していきながらも、世代間の関係性を捉える研究の必要性 が言及されるようになってきているのである 9。 そこで、本稿では伝承において世代を通じての「変化」は必然的なものとしてみな す.その上で、 「伝統」を維持しつつ、変化を保証するものとして「教える」という行 為を捉え、いかに伝承者が先行者から継承したものを後続者に伝えているかを明らか にすることを通じて、伝統の変化を保障しているメカニズムを明らかにする.具体的 には数世代にわたって伝承されてきた民俗芸能を対象にフィールドワークを行い、伝 承者が後続者に伝えようとしている内容やその内容を先行者からどのように継承して きたのかということを示す.そして、このような伝承者の世代間における意味づけを 通して、 「伝承の変化保障」に関する新たな知見を提示し、連続性を保持しつつ、伝統 芸能の記録を行う見通しについて考察する.. おり、地域の冠婚葬祭とも深い結びつきを維持している. 現在、法霊神楽は八戸市にある龗(おがみ)神社と二子石稲荷神社で伝承されてい るが、本稿が対象とするのは二子石稲荷神社で中心となって指導をしている松川由雄 氏である.松川氏は法霊神楽の中でも江刺家手と呼ばれる流派を継承しており、舞を 習い始めてすでに 60 年以上のキャリアを持つベテランであり、法霊神楽を継承する 人々の中でも生き字引的な存在である.また、松川氏は漁師などで生計を立てながら、 神楽を本業として生活を送ってきた.特に神楽の習得に際しては、師匠の家に 12、3 年ほぼ住み込みといっても良い状態で習ってきた.このような意味で、正に法霊神楽 とともに人生を歩んできた神楽士と言え、法霊神楽において唯一無二の存在である. さて、ここまでで明らかなように、本稿は法霊神楽の優れた踊り手である松川氏を一 事例として研究を行う.本稿が松川氏を対象とした事例研究を採用するのは、法霊神 楽の中でも神楽士としてのキャリアや神楽にかけてきた情熱などが群を抜いた存在で あり、その傑出した存在である松川氏の伝承及び伝承に関するライフストーリーを調 べることで、松川氏を対象とした時間軸に沿った状況に密着したデータを取得できる. そして、そのデータを分析することを通じて法霊神楽の世代間の関係を浮き立たせる ことができると考えたからである. 尚、本稿では「伝承の連続性を成り立たせる仕組み」を法霊神楽という具体的な民 俗芸能の「伝承者」に焦点を当てて明らかにするという性質上、法霊神楽の中でも「誰」 の伝承観であるのかということが非常に重要な点となる.そこで、本稿では対象者で ある松川氏を実名で表記する.もちろん、実名を出すにあたって、調査中に松川氏に 口頭で実名を出して論文を書くことについて許可をいただいている.また、フィール ドワークの中で撮影した動画や静止画に関しても研究目的で使用することがあるとい うことに対しても同意していただいている. さらに、観察の最中に松川氏から「使わないで欲しい」と意思表明された部分に関 してはデータとして採用していない.また、はっきりと言明されていなくても、松川 氏の価値基準からして、公にして欲しくないだろうと推定される点に関しても意図的 にデータから排除した.また、宗教的・文化的側面にも留意し、祈祷や稽古の撮影の 際には必ず許可をとり、撮影が許されない場所や場面のデータは一切取得していない.. 2.方法 2.1.対象 本稿が対象とするのは青森県八戸市で伝えられている法霊神楽である.法霊神楽は 1986 年から青森県指定の無形民俗文化財に指定されており、以後、青森県伝統文化伝 承総合支援事業の一環として伝承マニュアルが作られたり、民俗芸能を披露する場を 提供したりと県が積極的に伝承のための記録作成(青森県教育委員会、1999)や民俗 芸能を披露する場を開くなどして支援をしている.また、舞の評価も高く第 33 回の全 国民俗芸能大会にも出席している. 法霊神楽では早春には獅子を持って歩きながら、町中の家々を訪れる春祈祷と呼ば れる行事があったり、神楽祭と呼ばれる神様に踊りを祭りが行われたりしている.神 楽祭では、地域の人々が神社にやってきて手料理をふるまったり、祭りに多くの地元 の人々が訪れたりするなど、地域に開かれた祭りでもある.また、今なお葬式・結婚 式で儀式を取り行なったり、様々な施設に出向いてお祝いなどで舞を披露したりして. 2.2.フィールドワーク 本稿では仮説生成的な視点に立ってフィールドワークを行なった.フィールドワー クを行った期間は 2005 年 10 月から 2006 年 11 月までである.フィールドワークの期 間中、著者は松川氏らの舞をデジタル化するプロジェクト(渡部、2007)に関わりな がらデータを取得した.このプロジェクトでは松川氏らの舞をモーションキャプチャ と呼ばれる装置を用いてデジタル化するというものであり、モーションキャプチャの 実施、コンテンツ化、そして、松川氏らによる評価という一連のプログラムからなる. 2. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(3) Vol.2009-CH-82 No.7 2009/5/23. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 本稿ではこのプロジェクトに参与することで得たデータに加え、神社で行われる稽古、 さらに祈祷や祭りなどにも参加し、データ取得を行った.特に 2006 年 10 月から 2006 年 11 月までは集中的にフィールドワークを行い、毎回の稽古に参加した.稽古に参加 した際に著者は二子石稲荷神社に 19:30 に行き、21:00 の稽古の終了時まで観察を行な った.この集中的なフィールドワーク期間中に著者は松川氏から直接、舞の指導を受 けた.指導を受けたのは特に杵舞の「剣の手」と呼ばれる動作の部分である.また、 剣の手以外にも杵舞の他の動作や杵舞以外の舞に関しても部分的に指導を受けた. また、観察の他に適宜フォーマルあるいはインフォーマルな形でインタビューを実施 し、松川氏が舞をどのように捉えているかということに関して聞いた.また、松川氏 だけでなく、松川氏のお弟子さんにも松川氏の舞の特徴や稽古でよく指摘される点な どに関してインタビューを行い、データを取得した. 観察においては松川氏が指導している場面をビデオで撮影した.著者が指導を受け ている場面も同様にビデオで撮影しており、フレームの設定などは近くにいた松川氏 の弟子に依頼した.また、インタビューはインタビューイーの許可が下りないケース と、録音機器が使えないようなケースを除いてボイスレコーダーを使って記録した. フォーマルな形で実施したインタビューは全てトランスクリプトを作成し、インフォ ーマルなインタビューは必要に応じてトランスクリプトを作成した.観察やインタビ ューが終わり帰宅した後にフィールドで取ったメモやビデオ・ボイスレコーダーなど をもとにフィールドノーツを作成した.. このようにすることで、データに即したカテゴリーが生成されるのである. その結果、先行者からどのように受け継ぎ、後続者にどのように伝えているかと いう点から「特別なこだわりを持たず伝承している動作」、 「厳格に伝承している動作」 という二つの分析カテゴリーを抽出した. これら二つの分析カテゴリーを抽出するにあたって、内容によるデータの区分と 整理を行い、各カテゴリーに区分された語り及び伝承の様子を繰り返し照らし合わせ、 各々の特徴を捉えるための分析の観点の抽出を行った.その結果、 「先行者から受けた 指導の意味づけ」、「伝承者の現在における意味付け」、「後続者への継承の様子」とい う先行者から現在へと至る動作の意味づけ及び現在の継承の様子を捉える分析観点を 抽出した. 「先行者から受けた指導の意味づけ」では先行者から受けた指導を松川氏が どのように意味づけているのかという観点から分析を行った.また、 「伝承者の現在に おける意味づけ」では熟達者として、現在、松川氏が該当する動作に関してどのよう な意味付けをしているのかという点に焦点を当て分析を行った.最後の「後続者への 継承の様子」では松川氏がどのように後続者に対して動作を指導しているのかという 点に焦点をあて分析を行った. これらの分析の結果、つまり、二つの分析カテゴリーとその分析カテゴリーを構 成する三つの分析観点に「習熟によって自らが構築した意味づけ」における具体的な 語りを付け加えたものをマトリックスにした結果、表 1 が得られた. 共通の認識 カテゴリー. 2.3.分析 本稿では、フィールドデータの分析に関して、動作の意味づけの特徴を世代間の 関係性という観点から捉えることを目的とするため、質的コード化の手法(Coffey & Atkinson, 1996)に基づき分析を行った.質的コード化の手法とは、データに即した分 析カテゴリーを生成するための質的分析法の一つであり、あらかじめ設定された枠組 みではなく、データそのものからカテゴリーを生成し、分析に用いるものである(徳 田、2004). 本稿では、先行者から舞を受け継ぎ、現在へと至る中で舞の意味づけがいかに変化 してきたのか、そして、その変化の結果、後続者にはどのような形で伝承されている のかという点を中心に松川氏のフォーマル及び、インフォーマルなインタビューでの 「語り」、そして後続者への伝承の様子に着目し、コード化を行った.分析の具体的な 手順としては次の通りである.最初に松川氏の指導のやり方や語りの特徴に沿ってデ ータを区分し、そこに適宜ラベルを与えコード化する.続いてそのラベルについて繰 り返しデータ間の比較を行い、各々のフィールドデータの類似性と差異から、個々の ラベルを整理、統合するカテゴリーを生成していく.そして、生成されたカテゴリー は、再度データに立ち戻って検討され、修正を加えられることによって洗練される.. 該当の踊りの例 先行者から受けた 指導の意味づけ 現在の伝承者に とっての意味づけ. 厳格に伝承している動作. 特別なこだわりを持たず伝承している動作. ・「先行世代との関係での意味づけ- 特に意味づけは行われない」 カテゴリーの特徴 ・「自世代における意味づけ-自明」 ・「後続世代への伝承の形- 特別なこだわりをもだず伝承」 立ち上がる動作. からだを回す動作. 特に語られない. 自明. ・「先行世代との関係での意味づけ-厳しい指摘を受けた動作」 ・「自世代における意味づけ-熟達に必須の動作」 ・「後続世代への継承の形-先行者から継承したものを厳格に伝承」. 膝を高く上げるという動作. 手を遊ばせない. 前はかかと、後ろはつま先. 強い叱責を受けた. 厳しく指導を受けた. 繰り返し指導を受けた. 隙のない踊りに必要. とにかくひざ曲げる時はな、かかと上げる…ひざをあ げてそれで手をこう動かすこと、それから、扇子を持 「現在の伝承者に 意味なんかないの、師匠 小難しいこったねぇんだ。 たない手は腰、たもと、これはぜったいだからな。何 とっての意味づけ」 さ、やれっていったからや そういうもんなんだから、 の踊りでもまずな。…こうなったら絶対隙のない踊り に関する語りの具 ただそれだけだ るんだから になってくるんだ。そこで、やっぱり、この人は20年か 体例 ら24,5年やってる芸人だなってわかってくる. 後続世代への 継承の様子. ある程度形ができていればよい. 良い「型」に必須. 本当黙ってれば、自分たち 勝手に踊っていくから型が 悪くなっていくんだ。前さ出 したらかかとつけ、後ろさ いったらつまさき。やかまし く言ってんだ、俺は。にくま れることはわかってるんだ けども…. 舞が不十分であると強い叱責とともに繰り返し指摘. 表1.変化の一覧 3. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(4) Vol.2009-CH-82 No.7 2009/5/23. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. える際にも厳しく指導したり、執拗に注意したりということは無く、手や足、体の動 作が間違っていなければ次の動作に進んでいる.また、からだを回す動作(図2)に 関しても松川氏は基本的な手順が守られているようであれば特に何か注意するという ことは無いのである. このようなこだわりを持たない動作に関して、例えば、松川氏に立ち上がる動作に 関する過去の経験などを尋ねても、 「意味なんかねぇんだ.意味なんかないの、師匠さ、 やれっていったから、やるんだ」と述べにととどまる.また、先に紹介した行う体を 回すという動作に関しても「小難しいこったねぇんだ.そういうもんなんだから、… ただそれだけだ.」と述べるなど、習得の過程での生み出されたと思われるような新た な意味づけなどが語られることはない. また上に紹介した杵舞における剣を回す動作や体を回す動作における松川氏の語 りからも明らかなように、先行者との関係については語られないか語られたとしても 師匠から指導を受けた経験があるという「事実」を述べるのみなのであり、極めて自 明なものとして松川氏が捉えていることがわかる.. 3.結果. 図1.杵舞における立ち上がる動作. 3-2.厳格に伝承している動作. 図3.膝を高く上げるという場面において松川氏が注意している場面 (左が膝が上がっていない学習者の例で右がそれを指導する松川氏) (1)膝を高く上げるという動作 松川氏は「膝を高く上げる」という動作を非常に重要視して指導している.松川氏 の弟子は松川氏の「膝を高く上げる」という動作について「松川さんは練習の時も膝 あげろ、足上げろって、言ってますね」というように膝を上げるという動作が繰り返 し指導されていることを指摘している.実際、稽古でも頻繁に「膝上げろ」という言 葉は頻繁に聞かれるのであり、松川氏の弟子が膝があがっていないと、松川氏は弟子 の隣に行き、膝を上げるというのはどういうことか、繰り返しやって見せているので ある(図3). 松川氏はこの「膝を上げる」という動作に関して「とにかくひざ曲げる時はな、か. 図2.杵舞におけるからだを回す動作 3.1.特別なこだわりを持たず伝承している動作 松川氏の伝承において、特別なこだわりを持たず後続者に伝えている動作というの がある.例えば、杵舞の所作であらわれる立ち上がる際の動作(図1)に関して、伝. 4. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(5) Vol.2009-CH-82 No.7 2009/5/23. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. かと上げる…ひざをあげてそれで手をこう動かすこと、それから、扇子を持たない手 は腰、たもと、これはぜったいだからな.何の踊りでもまずな.…こうなったら絶対 隙のない踊りになってくるんだ.そこで、やっぱり、この人は 20 年から 24、5 年やっ てる芸人だなってわかってくる」と指摘しており、この動作がしっかり出来ることが 熟達には欠かせないということを述べている. また、松川氏は、この「膝を高く上げる」という動作に関して、師匠から指導を受け たときの様子として「自分が踊るときに、(師匠が)太鼓を叩きながら、躍らせてて、 見てて、そいで太鼓とめて、立たせて、そこはそうでない、それで、(扇子でたたくし ぐさ)これだ.な、もっとあげろって」と述べている.ここでは「膝を高く上げる」 という動作の習得に際しては師匠から扇子で叩かれたといったような厳しい指導を受 けたというライフストーリーが語られているのである. つまり、松川氏は前の世代からきつく指導され、自らも熟達において欠かせないと 考えているものを、松川氏が師匠から受けた指導同様、弟子に対しても繰り返し指摘 しているのである.. っぱり、この人は 20 年から 24,5 年やってる芸人だなってわかってくる」と語り、こ の動作がしっかり出来ていることが熟達者の舞であることを指摘している. また、松川氏は「教える人が注意するから、その手遊んでるからだめだよって.俺た ちのときだら、太鼓の撥で、(たたくしぐさ)、はたかれた」と述べており、師匠から 「手を遊ばせない」という動作を厳しく教えられてきたことを語っている.. 図5.足を前に出すときはかかとをつき(左図)、後ろに下げるときはつま先をつく という動作を指導している場面(右図) (3)前はかかと、後ろはつま先 前はかかと、後ろはつま先という松川氏の指導は「手を遊ばせない」という指導に ついで、稽古ではよく聞かれる言葉である.前はかかと、後ろはつま先というのは、 足を前に出すときはかかとをつけ、足を後ろに引くときはつま先がつけるようにする という動作のことである(図5). 松川氏はこの「前はかかと、後ろはつま先」という動作を舞の中でも重要視してい て、繰り返し弟子にも言って聞かせている.稽古でも足が前に出た際にかかとがつい ていなければ、 「右足、かかと!」と厳しいことばが飛んでいた.また、稽古以外の場 でも、 「とにかく、基本は前はかかと、後ろはつま先だ.…そりゃ、忘れんな」と弟子 との話し合いの中でも普通に出てくるほどである. この動作に関して松川氏は「本当黙ってれば、自分たち勝手に踊っていくから型が 悪くなっていくんだ.前さ出したらかかとつけ、後ろさいったらつまさき.やかまし く言ってんだ、俺は.にくまれることはわかってるんだけども…」と述べており、前 はかかと、後ろはつま先という動作ができていることがしっかり踊るためには必要で あることが指摘されている. また、この動作に関して、「基本はとにかく前はかかと後ろはつま先、回る時はつ ま先で回るけどな.師匠に口すっぱく言われたんだ」と述べており、この「前はかか と、後ろはつま先」という動作が前の世代から繰り返し指摘されたということを語っ ている. 加えて、興味深いことに松川氏は自らのモーションキャプチャデータに基づくコン. 図4.手が腰にいっておらず松川氏が注意している場面 (2)手を遊ばせない 「手を遊ばせない」とは刀や扇などを持っていない方の手をしっかりと腰やたもと に添えることをさす.初学者は刀や扇に気が行ってしまい、片方の手をぶらぶらさせ てしまうので、そのような状態を「手が遊んでいる」として厳しく指導されるのであ る. この「手を遊ばせない」という動作は松川氏の指導でも非常に厳しく指導されてい る.舞を習っている最中に左手がぶらぶらしている状態になっていると、言葉で「左 手!」と厳しく注意されるときもあれば、隣り合って踊っている状態であれば、扇子 や剣の鞘などで「遊んでいる」と手を叩くこともある(図4). 「手を遊ばせない」という動作に関して「膝を高く上げるという動作」の語りでも言 及されていたように、 「扇子を持たない手は腰、たもと、これはぜったいだからな」と 述べており、さらに「こうなったら絶対隙のない踊りになってくるんだ.そこで、や 5. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(6) Vol.2009-CH-82 No.7 2009/5/23. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. テンツを評価する際に足を前に出すときにペタッとついてしまっていてこれではダメ だという評価を下している.実際にビデオを見てもその場面はベタッとついている様 子がわかる.つまり、松川氏は自分自身がモーションキャプチャの際の動きに関して 十分ではないという評価を下したのである.. 導されていない動作に関しては、先行者との関係において特別な語りは語られず、そ れほど厳しく指導されないのである.すなわち、伝承者の伝える「わざ」というのは すべてにおいて同じように厳格に受け継がなくてはならないということではなく、そ れぞれの動作ごとに意味づけが異なり、意味づけに応じてその動作をどのように受け 継がなくてはいけないのかということが決まってくるのである. このように伝承においては単に身体動作だけが後続者に伝わるのではなく、身体動 作と同時に伝承者の持っている先行者から受け継いだ意味づけが後続者に伝わってい ることが理解されよう.本稿では伝承において変化を必然なものとみなし、伝承者は 変化をどのように保障しているのかということを問題としていた.本稿で明らかとな ったのは、このような変化を保障するために、意味づけの次元で連続性を保とうとし ているということなのである.. 4.考察 4.1.身体動作と不可分な意味づけ 「厳格に伝承している動作」に関しては、松川氏は後続者に対して非常に厳格に動 作を伝えている.このパターンにおいて、松川氏は先行者から繰り返し、そして時に 扇や撥で叩かれるといったような厳しい指摘をうけたという語り方をする.そして、 先行者からの「厳しい」指導を現在では「熟達において必要である」という意味づけ をしているのである. このように厳しく指導している動作は一見すると、伝承者の個人的なこだわり、あ るいは世代間の関係から独立した個人的な熟達化の結果でしかないように思える.し かし、実際は厳しい指導を受けていたり、叱責を経験していたりと、先行者との密接 な関係の下に築かれた「伝承において欠くことのできない動作」なのでもある.その ように先行者と密接な関係の中で築かれた動作を伝承者が改めて自らの時代で再文脈 化することを通じて、後続者への厳しい指導として顕在化していることが本稿におい ては示されている. 一方、伝承の際に特にこだわりをもたず、ある程度形ができていればよいとみなし ているパターンが「特別なこだわりを持たず伝承している動作」である.伝承の場面 において松川氏はこのパターンで弟子に厳しく叱責をしたり、繰り返し指摘したりと いうことはなく、手や足、体の動かし方がある程度できていれば次の動作へと移るの である. 松川氏はこの「特別なこだわりを持たず伝承している動作」に関して、先行者から 受けた指導に関して厳しい指導などの経験が「特に語られない」.また、この「特別な こだわりを持たず伝承している動作」に関して、松川氏の現在の意味づけでも極めて 自明なものとして捉えられており、上手に舞うために必須の動作であるとか、自らが 変化させたなどの語りを言及したりすることはない. このような「特別なこだわりを持たず伝承している動作」は「厳格に伝承している 動作」と比較したときに明らかに指導の際の厳しさが異なる.重要なのは、そのよう な厳しさが師匠の先行者との関係における意味づけの差異として表されるという点で ある.すなわち、先行者から厳しく指導された動作というのは、伝承者も自らが熟達 の過程で再文脈化した意味づけに応じて厳しく伝えるのであり、一方、特に厳しく指. 4.2.総合考察―伝承者の意味づけと身体動作の記録の結合に向けて― 最後にここまでのデータによって明らかになったことを伝承の現場からボトムア ップで記録を行っていく必要性という観点からまとめる. 本稿によって明らかとなったのは、伝承者は単に身体動作だけを伝えているのでは なく、同時に、自らが先行者から受け継いだ意味づけも伝えているということである. 身体動作に関しては伝承者が舞っている場面をビデオやモーションキャプチャな どを用いることで、かなり正確に捉えることができる.しかし一方で、もしビデオや モーションキャプチャのデータだけをもって、民俗芸能の記録とするのであれば、動 きにおける意味づけはすべて等価なものとなってしまう.意味づけが等価ということ になれば、必然的に変化が伴う芸能において、どのような点を変化させてよいのか、 あるいはどのような点は厳格に守らなければいけないのか、という情報がないため、 結果的に伝承の動きとは違うものになってしまう可能性が大いにある. このように民俗芸能の記録において「伝承が変化する」という前提に立つのであれ ば、その変化を保障するための仕組みを記録の中に組み込む必要があるのであり、そ れが伝承者の意味づけということになろう.伝承者自身がすべての動作に同じように 意味づけを行っていない以上、どのような動作を重視しているのか、あるいは、その 動作が伝承においてどのような意味づけを有するのかということは稽古などの伝承の 現場で明らかにする必要があると考えられるのである. 謝辞 フィールドワークにご協力いただきました松川由雄氏には、ご無理を言って舞 の指導までご教授いただきました。また、法霊神楽の優れた神楽士でいらっしゃる松 本徹氏には稽古の終了時に常に適切なご助言を賜りました。そのほか、ここには書き きれないくらい多くの関係者の方々にお世話になりました。私のような部外者がこの 論文を執筆することができましたのも、皆様の支えがあったからでございます。ここ 6. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(7) Vol.2009-CH-82 No.7 2009/5/23. 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. に記して心より感謝を申し上げます。. 参考文献 1 2 3 4 5 6 7. 8 9. 八村広三郎(2007) 「伝統舞踊のデジタル化」映像情報メディア学会誌、61(11)、pp.1557-1561 渡部信一(2007)「日本のわざをデジタルで伝える」 大修館書店 渡部信一(2008) 「モバイル社会では「状況の中で学ぶ。」」Mobile Society Review、No.12、pp.6-13 吉田憲司(2005)「有形・無形文化遺産とミュージアム―ユネスコにおける無形文化遺産保護 条約採択を機に―」『民博通信』108, pp.2-3 俵木悟(2004)「民俗芸能の変化についての一考察」東京文化財研究所編『民俗芸能の上演目 的や上演場所に関する調査研究報告書』pp.15-33 師茂樹(2005) 「「デジタル・アーカイブ」とはどのような行為なのか」情報処理学会研究報告。 CH66, pp.31-37 Yamada, Yoko(2004)“The Generative Life Cycle Model: Integration of Japanese Folk Images and Generativity.” In de St Aubin, Dan P. McAdams, Tae-Chang Kim (Ed) The generative society - caring for future generations - pp.97-112, Washington, DC: American Psychological Association Yamada, Yoko. & Kato, Yoshinobu(2006)”Images of Circular Time and Spiral Repetition: The Generative Life Cycle Model.” Culture & Psychology, 12(2), pp.143-160 竹内一真(印刷中)「心理学の課題としての無形文化財保護―世代間の関係性という時間の枠 組みによる発達心理学の新たな可能性―」教育方法の探究. 7. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
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