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遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定(民法903条)の解釈適用について 利用統計を見る

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遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻

し規定(民法903条)の解釈適用について

著者

坂井 芳雄

著者別名

Y. Sakai

雑誌名

東洋法学

30

1・2

ページ

59-82

発行年

1987-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003577/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産

持戻し規定︵民法九〇三条﹀の解釈適用について

坂 井芳雄

問題の提起  私有財産制度の下においては、財産の所有者は処分の自由を有する。第三者に贈興することが自由であるのと同様 に、自己の相続人中の特定の者のみに贈与することもまた自由である。その結果として、相続人間の公平を害したと しても差しつかえない。ただその点に牽制を加えているのは遺留分制度だけである。換言すれば、相続入は、被相続 人の財産について遺産相続によりこれを取得し得るであろうとの期待を持つことは人情の自然として当然であるが、 そのような期待は、遺留分制度の枠内においてのみ法律上の保障が与えられているにすぎない。子供等はすべて平等 に親の遺産を取得しなければならないという法理はどこにもない。民法九〇〇条︵法定相続分︶は何のための規定 か、と問われるならば、それは親が死亡時に自己の所有財産について何らの意思表示をもしないで死亡した場合、残 された財産は誰かに帰属きせねばならないが、民法九〇〇条はこの場合の帰属の方法を定めたものと理解すれば足り     東洋法学      五九

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   六〇 る。民法九〇〇条が適用きれる以前に財産の所有者である親が子供等に対してその贈与額において不平等に取扱うこ とは、何ら差しつかえない。ただ、そのような不平等的取扱いが極端に走って特定の被相続人の遺留分を侵害するに 至ったとき、そして、当該被相続人が親の措置を不満とし、相続開始一年以内の生前贈与または遺贈の減殺請求権を 行使した場合においてのみ、親の意思がその限度において歪められるだけである。  親が子供等に対し不平等な取扱いをするのは、何も特定の子供に対する偏愛からとは限らない。概していえば、親 はどの子供も皆平等に可愛いい。ただ子供等は全員経済的に不自由がない状況にあるとは限らない。極端に落ち込ん でいる子がいるとすれば、不幸な子にならないように計らってやりたいと思うのが本当の親心なのである。また、不 幸な子がいるというわけではないが、たとえば嫁に行った娘は夫の財産があるのでかなり裕福に暮している。これに 対し自分の財産を相続させるのは屋上屋を架すようなものである。一方息子の方は妻の実家が資産家ではないのでそ の方からの遺産相続は期待できない。そうであれば娘よりは息子の方に多く自分の財産を分けてやらないと両者の釣 合いがとれない。このような配慮から二人の子供に対し不平等な取扱いをすることもあるだろう。要するに親という ものは、色々な諸條件を総合的に配慮して生前贈与あるいは遺贈の方法により自己の財産の分け方を然るべく按排す るのである。このような親の意思は尊重きれねばならない。なぜならば彼は所有者であり、もともと彼は自分の財産 をどのように処分しようともそれは勝手な筈であるからである。相続人共は、これに不服を唱えてはいけない。遺産 相続とはもともと貰い物なのであって、自分の勤労によって得た所得ではない。貰い物の額が多いとか少ないとか文 句をいうのは、あまりみよいことではない。

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 さてこのような前提で現に家庭裁判所で行なわれている家事調停の実際を見ると、申立人や相手方の代理人︵弁護 士︶のみならず、私の見るところでは家事調停委員や家事審判官に至るまで、遺贈や生前贈与財産の持戻し計算を規 定した民法九〇三条を杓子定規に解釈適用して、持戻し免除の明示の意思表示がないかぎり当然に持戻し計算により 相続分を決定すべきものと理解しておられる向が多いのに気付いた。 ﹁持戻し計算﹂とは、生前贈与による財産の顔 を遺産に合算して、これを法定相続分により各相続人に分配し、生前贈与や遺贈を受けた相続人にはその額だけ減額 したものをもつてその者の相続分と定めることである。これでは折角の親の措置は緩消しになってしまう。親が前記 のような配慮の下に生前贈与ないし遺贈をするのは、残余財産はそのまま民法九〇〇条に従い平等分配されることを 前提とし、それに色をつけることを目的としているのであるが、それが控除されたのでは元の平等分配に還元される からである。  法曹関係者はどうして財産の所有者である親の意思を生かすような法の解釈適用をなさらないのか。そもそも世の 中には法の杓子定規的な適用の仕方をする人がある程度出ることは当然に予定しなければならないことであるから、 これはどうも九〇三条の規定の仕方がまずいのではなかろうか。、そうであれば法の改正にまで進まねばならない。あ れこれを考えると、この点の実務の運用には大いに検討すべきところがあるように思われる。  本稿は、この問題の解明を目的としたものである。 二 民法九〇三条の沿革 東洋 法 学 六一

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   六二 私が提起したこの問題を解明するためには、民法九〇三条の沿革に遡ってその立法趣旨を探らねばならない。  民法九〇三条の沿革は、遠くローマ法に起源を求めることができる。注釈民法㈲︵野轍郁頗馴執︶では、この点を次のよ うに適切に解説している。  ﹁ローマ法で、,相続人間の持戻し︵8澄ぎ︶が認められたのは法務官法によってである。それまでの揖ーマ市民法  ︵甘ω9昆①︶では、家内相続人︵毘ぎ3留ω!被相続入の家長権に服していた家子︶は特有財産を所有する能力  はなく、したがって、その取得したものはことごとく家長の所有に帰するものとされていたから、相続人が自己の  財産を持戻すというようなことは問題とならなかった。しかも、家子が父権の免除︵oBき9聴ぎ︶を受けて独立の  自主権者となれば、この者は家長権者たるその家父の相続に参加することはできなかった。ところが、その後の法  務官法時代の相続体系とされた血族のための遺産占有︵ぎぎ霊9℃8器艶o︶の制度により、父権免除を受けた者  ︵の欝き9饗器︶がその血族のゆえに父権免除を受けていない他の兄弟姉妹と共同に相続に参加しうることが認めら  れるにいたると、これらの者に他の相続人と等しく遺産占有を許すのは父権免除を受けていない子に対して衡平を  失する結果を招く。父権免除を受けていない者にとっては、その取得する一切の財産は被相続人たる家長の所有に  帰し、遺産の中に組み込まれるのにたいして、父権免除を受けた者はその免除後相続開始までの間に取得した財産  に対して排他的な所有権を有するからである。そこで、法務官法は衡平の観念から、父権免除を受けた者が、父権  免除を受けていない他の家内相続人と共同に遺産占有の申請をするときには、特定額の財産を供出してこれを遺産  に持戻す義務を課したのである。この父権免除を受けた者の財産の供出がそもそも。亀呂oぎき議奪だったわけ

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 である。   四七二年に、レオ皇帝は直系卑属間の性別、父権免除を受けた者とそうでない者との区別をとわず、彼らが相続  をなすすべての場合に、その受領した嫁資︵α8︶および婚姻前の贈与︵号憲蓼餌導①雲℃瓢聲 ユスチニアヌス法  では婚姻故の贈与︵魯鍔ぎ鷲o糞段渇唇鼠の︶の持戻しの義務を課した。ユスチニアヌス時代に、父権免除を受け  た者とそうでない者、男系の親族と女系の親族の区別がなくなり、血族関係に基づく相続制度が確定されるにおよ  んで、従来の父権免除を受けていた者に課せられていた8蒙ぎぎき譲簿はその意義を失うにいたった。新勅法︸  一八号以後は、被相続人から分与きれた主要財産を持戻しに服せしめられ、父権免除を受けたか否かの区別、被相 続人が父方か母方かの区別、あるいは男女の性別は消滅し、ここに、かつての家内相続人の受くべき損失の填補と  いう、かの古典時代以来の持戻しの観念は純化され、共同相続人問の衡平を維持することを目的とする持戻しの観  念が登場するようになった。﹂  すなわち、持戻制度のはじまりは、父権免除を受けて個有財産を所有できる者と父権免除を受けないが故にその勤 労の結果がすべて家長の所得に帰する者とが家長の財産を共同相続するときの衡平を図ることを目的として設けられ た。従って、この制度は家長の意思如何とはかかわりのないものとして出発したのである。  ゲルマン法でも同様の制度が見受けられ、フランス、イタリヤ、ドイッ等西欧の近代諸国家において設けられた持 戻制度は、この環ーマ法の制度に由来するものである。  わが国においては、明治民法は当時のわが国の習俗に従って家督相続制度をとった。家督相続は単独相続であるか

    東洋法学      六三

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   六四 ら、共同相続であることを前提とする持戻制度は必要がない。しかしながら、家督相続制度の下においても、家族︵た とえば妻︶が特有財産を有することがあり、その場合には共同相続が起る。たとえ例外的な現象であるとしても、共 同相続が起り得る以上は立法技術を西欧諸国に範を求めていた明治民法は、当然の如く持戻制度を採用した。すなわ ち、  民法一〇〇七条︵糊儲雛た騨六月一二欝︶  ﹁共同相続人申被相続入ヨリ遺贈ヲ受ケ又ハ婚姻、養子縁組、分家、廃絶家再興ノ為メ若クハ生計ノ資本トシテ贈  与ヲ受ケタル者アルトキハ被相続人力相続開始ノ時二於テ有セシ財産ノ価額二其贈与ノ価額ヲ加ヘタルモノヲ相続  財産ト看倣シ前三条ノ規定二依リテ算定シタル相続分ノ申ヨリ其遺贈又ハ贈与ノ価額ヲ控除シ其残額ヲ以テ其者ノ  相続分トス   遺贈又ハ贈与ノ価額力相続分ノ価額二等シク又ハ之ヲ超ユルトキハ受遺者又ハ受贈者ハ其相続分ヲ受クルコトヲ  得ス   被相続人力前二項ノ規定二異ナリタル意思ヲ表示シタルトキハ其意思表示ハ遣留分二関スル規定二反セサル範囲  内二於テ其効力ヲ有ス﹂  しかし、家督相続制度の下においては、婚姻、養子縁組、分家、廃絶家再興のためなどで分与きれる財産は、通常 は戸主が有する家産の中から贈与きれる。むしろ、これらの場合は、家族が戸主の保護を離れる場合であり、再び戸 主の資力による思恵を受ける機会がなくなるところから、原則として戸主はかなり多額の財産を分け与えるのが常で

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あった。その反面として、家族の特有財産の中からこれらの手当をするという現象はほとんど起らない。従って、民 法一〇〇七条は当時の国民生活上の需要を予定して制定されたものではなく、単に西欧諸国にその制度があるから、 立法体系上こときらにこれを除外する理由もないとして定められたものにすぎない。従って実際に適用きれる事例も 乏しいところから、右一〇〇七条に関する解釈上の間題が生ずることもなかった。立法当時の理由書には次のとおり 記載きれているが、わが国の実情との関連については何もふれるところがない。  明治三一年七月民法修正案理由書第千七條 ﹁︵理由︶ 本條ハ各共同相績人力受クヘキ相績分ノ公季ナランコトヲ期シ且之二實際上ノ便宜ト被相績人ノ意思トヲ欝酌シテ制 定シタル規定ニシテ從來多敷ノ立法例ハ之ヲ遺産ノ分割二闘スル規定中二於テ叉ハ其後二掲クルカ如シト難モ本條ハ寧鷺相績分 ノ定方二關スルモノナレハ本案ハ之ヲ相綾分二闘スル規定中二編入セリ  抑モ被相績人力共局相績人申ノ或者二遺贈ヲ爲シ或ハ生計ノ資本トシテ特二財産ヲ興フルコトハ常二見ル所ニシテ殊二共同相 績人中ノ或者ヲシテ婚姻ハ養子縁紐ヲ爲サシメ或ハ分家セシメ若クハ慶繕家ヲ再興セシムルニ當リ之二相當ノ資財ヲ興フルコト ハ普通二行ハルル所トス而シテ斯ノ如ク既二被相綾人ヨリ遺鱈又ハ贈與ヲ受ケタル相績人ヲシテ更二遺産ノ分割二付キ他ノ共同 相績人ト同等ノ法定相績分ヲ受クルコトヲ得セシムルニ於テハ分割ノ公李ヲ失シ且ツ被相績入ノ意思二適セサルコト多カルヘシ 是レ郎チ遺産分割ノ場合二於テ豫贈物ノ庭置二付キ種々ノ立法主義ノ存スル所以ニシテ或立法例二依レハ偶二分割ノ公李ヲ保タ ンカ爲メニ受遺者叉ハ受贈者ヲシテ蓋ク予贈物ヲ返還セシメ之ト遣産ヲ合併シテ更二各共同相績人ノ相績分ヲ定ムヘキモノトシ 他ノ立法例二依レハ被相績入ノ意思ノ存スル場合二限リテ豫贈物ヲ返還セシムヘキモノト爲スモ其間二於テ右ノ意思ハ必ス明示 タルコトヲ要スト爲スモノァリ或ハ獣示ノ意思ヲ推測スヘシト爲スモノアルカ如シ而シテ更二他ノ立法例二依レハ豫購物ハ敢テ 之ヲ返還スルヲ要セスト爲セリ今此等ノ立法主義ノ得失ヲ講究スルニ縄封的返還主義ハ理論上公李ナリト錐モ實際上二於テハ永 ク財産上ノ法律關係ヲ不確定ノ状態二存セシムルノミナラス親族間二於テ往々紛孚を生セシムル弊ヲ免レス又被相績人ノ意思ヲ    東洋 法学       六五

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   遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   六六 重スル立法主義ハ頗ル安嘗ナリト錐モ被相綾人力相綾分ナルコトヲ明示シテ豫贈ヲ爲スコト極メテ少カルヘク叉其意思ヲモ推測 スヘキモノトセハ往々蟹際ノ事情二適セサル結果ヲ生スルノミナラス執レノ場合二於テモ豫贈物二關スル法律關係ヲ永ク不確定 ノ状態二存セシムル弊ヲ免レサルヘシ然レトモ豫贈物ハ全ク之ヲ返還スルヲ要セスト爲ス立法主義モ亦或相績人ノ利盆ノ保護二 偏シ遺産ノ分割上公李ヲ歓クモノタルコト更二疑ナシ是二於テ本案ハ條理ト實際トヲ斜酌シテ本條ノ規定ヲ設ケ先ツ其第一項二 於テ豫贈物ハ之ヲ返還スルヲ要セスト難モ之ヲ愛ケタル各共同相績人ノ相績分ハ前敷條ノ規定二依リ法律上又ハ任意上指定セラ レタル相績分ヨリ遺贈叉ハ贈與ノ贋額ヲ控除シテ之ヲ定ムヘキモノトシ之二依リテ現物返還ノ不便ヲ避クルト同時二分割上ノ公 季ヲ保タシメタリ然レトモ本項ノ通則ハ固ヨリ命令的規定二非サレハ被相綾人力反封ノ意思ヲ表示シタルトキハ遺留分二關スル 規定二反セサル以上ハ之ヲ妨クヘキモノニ非ス是レ本條第三項ノ規定ニヨリテ此趣旨ヲ明カニスル所以ニシテ此場合二於テハ共 同相綾人中ノ或者力既二遺贈又ハ贈與ヲ愛ケタルモ其便額ヲ此者ノ受クルヘキ相績分ヨリ控除スルコトナシトス 本條第一項ノ場合二於テ遺贈叉ハ贈與ノ便額力受遺者又ハ受贈者ノ受クヘキ相績分ノ贋額二等シク又ハ之ヲ超ユルコトハ實際上 往々生スヘキ事實ニシテ此場合二於テ同額ナルトキハ其相績分ヲ愛クルコトヲ許サス若シ其贋額か相績分ノ贋額二超過スルトキ ハ其超過額ヲ返還セシムルヲ以テ最モ公卒ヲ得タルニ似タリト錐モ實際上二於テ之力爲メニ受遺者叉ハ受贈者二意外ノ損害ヲ被 ムラシムルノミナラス容易二紛孚ヲ生シ徒二煩雑ヲ加フル庭アルニ因リ本案ハ實際上ノ便宜ヲ斜酌シテ特二本條第二項ノ規定を 設ヶ右ノ場合二於テハ受遺者又ハ受贈者ハ超過額ヲ返還スルヲ要セスト雄モ自己ノ受クヘキ相績分ハ全ク之ヲ受クルコトヲ得ス トシ之二依リテ法律闘係ノ煩雑二照ルコトヲ避ケタリ﹂  右理由書においては、一〇〇七条制定の根拠を分割の公平と被相続人の意思に求めている。被相続人の意思が持戻 し計算を期待しているときは、この両者は両立し得る。しかし、被相続人の意思がこれと反対の時は、必然的に相続 人間の公平を失することになるから、この両者は両立しない。この場合はどちらを優先きせる趣旨かといえば、被相 続人の意思を優先きせる趣旨である。このことは、一〇〇七条に第三項が設けられたことにより明らかである。結局

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のところ一〇〇七条の立法趣旨は、被相続人の意思の実現ということに一元化できる。 当時の代表的民法学者梅謙次郎の﹁民法要義巻五相続篇﹂は第千七条について次のとおり説明している。  ﹁本條ハ共同相績人ノ一人力被相績人ヨリ贈與又ハ遺贈ヲ受ケタル場合二於テ其者ノ相績分如何ヲ定メタルモノナ  リ此場合二關シテハ各國ノ立法例旺睡三旦レリト錐モ新法典二於テハ主トシテ被相績人ノ意思ヲ重シ萄モ遺留分ヲ 侵ササル範園二於テハ全ク其意思二從フヘキモノトナリ唯被相綾人力何等ノ意思ヲモ表示セサリシトキハ法律ハ當 事者ノ普通ノ意思ヲ推測シ原則トシテ其贈與又ハ遺贈ヲ相績分ノ計算中二加フヘキモノトセリ唯外國二於テハ一旦 其財産ヲ返還セシメテ然ル後其相績分ヲ定ムルノ例ナキニ非スト錐モ是レ徒二煩雑ヲ加フルノミナラス若シ之ヲ以  テ第三者二封抗スルコトヲ得ルモノトセハ爲メニ取引ノ安全ヲ妨ケ其不便言フヘカラサルカ故二本條二於テハ輩二 其贈與又ハ遺贈ノ便額ヲ相績分中二算入スヘキモノトセリ    ︵申略︶ 遺贈ハ総テ本條ノ適用ヲ受クヘシト雛モ贈與二付テハ大二癌別ヲ要スルモノァリ蓋シ通常ノ贈與殊二特定財産ノ贈 與ノ如キハ之ヲ直系卑厨若クハ直系奪属二爲スト他ノ者二爲ストニ因リ其性質ヲ同シウセサルモノト爲スノ理由二 乏シキカ故二之ヲ以テ相績分ヲ豫贈シタルモノト爲スハ贈與者ノ意思二反スルコト多カルヘシ之二反シテ受贈者ノ 婚姻、養子、縁組、分家、慶紹家再興ノ爲メ若クハ其生計ノ資本トシテ贈與ヲ爲シタル場合二於テハ若シ受贈者力 推定相績人ナランカ之二由リ豫メ其相績分ヲ分與シタルモノト覗ルヘキ場合多カルヘシ故二此種ノ贈與二限リ本條  ノ適用ヲ受クヘキモノトセリ﹂

    東洋法学  

自       六七

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    遺産相続制度における遣贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   六八 右梅氏の説明によれば、わが国において持戻制度を採用する根拠を端的に被相続人の意思に求めている。そして、 ﹁婚姻、養子縁組、分家、廃絶家再興ノタメ若クハ其ノ生計ノ資本トシテ﹂贈与した場合とその他の贈与とを区別 し、前者に関する限りそれは相続分の前渡しの趣旨であるのが原則であることを強調している。しかし、遺贈につい ては何の説明もない。  これは実は少しずるい説明の仕方なのであって、遺贈は相続分の前渡しという趣旨ではありようがないから、この 場合の持戻し計算を被相続人の意思に求めようとすれば、それは、法定相続分通りの割合で相続を行わせるのである が、ただ特定の相続人が取得すべき財産を特定の物件に指定するという趣旨にすぎなくなる。すなわち、分配財産の 特定化だけの趣旨ということになるのである。もちろんそれだけの趣旨の場合もあるだろうが、むしろ多くの場合 は、法定相続分をその限度において変更し、受遺者には他の相続人より多く与えようとしたもの、すなわち、この意 昧で相続人間に不平等な与え方をする趣旨が含まれているといわなければならない。この点は、フランスの法曹界に おいても当時問題視きれたと見えて、フランス民法は、一八九八年三月二四日法によって、遣贈を生前贈与と同じく 原則として持戻しの対象にしていた八四三条を改正し、受遺財産は反対の意思表示がないかぎりその持戻しは免除さ れたものとみなすに至った。一八九八年は明治三二年に該当し、梅氏のこの著書は、明治三三年初版であるから、梅 氏はここに一つの問題があることを意識きれていたとは思うが、著書では、この問題を説くべき箇所を前掲の表現で 軽く通過している。このことは、問題点を十分研究する暇がないままに脱稿をいそがきれた経験のある筆者にも思い 当る執筆者心理が垣間見られるような気がして、興昧深い。

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 さて、今次大戦がわが国の敗北に終ったことから、占領軍によるわが国の社会組織改革政策の一環として、家督相 続制度が廃止されることになった。今までは、婚姻、養子縁組、分家、廃絶家再興のため若くは生計の資本として贈 与を受けても、それは戸主の財産から行われるのが常態であり、そして彼等はもともと戸主の相続には預り得なかっ だから、そこでは持戻しの問題は起りようがなかった。しかしながら、民法の改正により今までの戸主でなくなった からといって家産の所有者である実体は変らず、分与される財産も家産から分与される実情も変らない。しかるに今 度は共同相続になったから、分与を受けた者が重ねて相続に預ることができるようになる。そうするとこの持戻制度 が全面的に適用されるので、今までは利用されることがなかった持戻制度がにわかに脚光を浴びることになった。  しかし、明治民法において既に遺産相続における持戻しの規定ができているから、立法上の手当は容易であった。 すなわち、  民法九〇三条︵淵齢鑑二華監月壬百︶  ﹁共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受け  た者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産  とみなし、前三条の規定によって算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除し、その残額を以てその  者の相続分とする。   遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を  受けることはできない。     東洋法学      六九

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   七〇   被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に反しない範  囲内で、その効力を有する。﹂  これを、前掲の明治民法一〇〇七条と対比されたい。 ﹁分家、廃絶家再興ノ為メ﹂を削り、文語体を口語体に直し ただけの改正である。  しかしながら、既にフランス民法では、遺贈の持戻原則の制度は問題であるとして法律改正を行っている。わが国 においても、折角法文の全面改正を行うのであれば、この点の手当をしてもよかろうと思われるのだが、その手当が なされていない。終戦直後の民法改正はそのほかに考慮しなければならないことがすこぶる多く、とてもそのような 細かな配慮をするまでの余裕はなかったのであろう。しかし明治以来の法律実務において、その点の不都合を感ずる 事例が続出していたのであれば、いくら忙しくてもその点の配慮ぐらいはしたことであろう。しかし、既述したよう に、わが国の社会においては、民法一〇〇七条は死文化していて、そのような事例が法曹界に注目される形では起っ ていなかったから、新民法の起草者には別段の問題意識はなかったものと思われる。民法改正に関する国会関係資料 によっても、その点の問題意識があったことはうかがわれない。  昭和二二年八月二日衆議院司法委員会速記録  ﹁奥野政府委員 この九百三条と申しますのは、現行法の千七条をほとんどそのままといたしたのであります。た  だ現行法の千七条の中には、分家、廃絶家再興のために贈与を受けたものもいることになっておりますが、今後分  家とか廃絶家再興というようなことがなくなるわけでありますから、その部分を削っただけで、大体千七条をその

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まま承継踏襲したわけであります。 ︵中略︶  なお次に、計算した結果足りなければ、不足分はとれるが、余っても返きないというのは不公平ではないかとい う御意見も、結果においてはその通りの解釈になろうかと思うのであります。従来も大体において家督相続であり ますから、遺産相続の場合は、ほとんど問題が起らなかったのでありますが、将来はすべて遺産相続で共同相続と いうことになりますと、今までほとんどあまり重く見られてなかった共同相続に関する規定が、非常に大きく働く ことになろうかと思うのでありまして、これらの点は将来の問題として、十分検討いたさねばならない問題であろ うかと思うのであります。﹂ 三 新民法後における社会意識の変化と民法九〇三条の役割  さて、法律が改正になっても、国民の社会意識はそれと同時に一八○度の転換をするものではない。贈与のやり方 にしても、家督相続制度の下における戸主から推定家督相続人以外の家族に対する生前贈与ないし遺贈は、いわば打 ち切り分与である。従って、その額もそれにふさわしい多額のものが与えられる。一方、推定家督相続人は、戸主の 有する残存財産は所詮全部自分の所有になるのだから、ニコニコしてそれを見ていることができる。それが昭和壬二 年一月一日を境として既に分与を受けた者でも共同相続人として平等分配を受けることになると、これは贈与者が贈 与をなした前提が崩れることであるから、その意思に反することはもちろんであるし、何ももらわなかった推定家督

    東洋法学      七一

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   七二 相続人に対する関係では不公平となる。ここにおいて民法九〇三条の持戻し制度がおおいにその効用を発揮すること になった。民法九〇三条の規定の仕方の特徴は、別段の意思表示をしない限り持戻し計算によるものとしたことであ る。別段の意思表示が行われるかどうかは、その当時における国民の社会意識がこれを決定する。家督相続の意識が 残存する間は、家族に対する贈与ははじめから相続による分与は考えないでなされているから、共同相続によること を余儀なくされるのであればせめてもの持ち戻し計算にして欲しいところである。従って、別段の意思表示がないか ぎり持ち戻し計算となるという民法九〇三条の規定の仕方は、当時の国民の意識に丁度適合したことになるのであっ て、その間に何らの不協和音は発せられなかった。つまり、国民は民法九〇三条の存在を意識して行動しているわけ ではないのだが、未だ国民の間になじんでいない共同相続の制度と家督相続的国民の意識とのギャップを民法九〇三 条がうまく埋めてくれたのである。  しかしながら、新民法施行後四〇年近くたった現在では、共同相続の制度はすっかり国民の間に定着し、被相続人 は自分が死亡すれば共同相続になることを意識し、それを前提として色々の財産上の手当をするようになった。昔の 分家に相当するところの﹁生計の資本として﹂多額の財産分与をする時は、むしろ遺産相続の前渡しであることをこ とさらに念を押した上で財産分与をする。そうでないと誤解を与えることになるからである。娘の嫁入り仕度は、昔 のように不必要なまでの多数の衣類や調度を持たせない。これで打切りとなるところの財産分与とは思っていないか らである。  相続制度は最も国民の生活に密着したものであるが故に、他の法律上の諸制度に比べると国民の間に浸透し易いも

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のである。しかしながら浸透して行くのは、単独相続か共同相続か、共同相続であるならばその相続分はどうかとい う制度の大筋のことである。贈与財産の持戻し計算の制度のような末端の技術に属することを知っている人は少な い。しかしそのことを知らなくても、それが贈与者の意識と合致しているならば、その制度は少しも不協和音を発し ない。 ﹁婚姻、養子縁組のためもしくは生計の資本としての贈与﹂は、昔であれば打切り贈与であり、今であっても 相続分の前渡しの趣旨であるのが通常であるから、民法九〇三条の存在は、法を知らない人にとっても贈与者の意思 に丁度適合するので問題はない。しかしながら、形の上ではこの定義に合致するものであっても、その額が少額であ って相続分の前渡しの趣旨というのは仰々しすぎるときは、贈与者には持戻し計算の意識はないであろう。最も問題 になるのは遺贈の場合であって、共同相続であることを意識しながらあえて特定の相続人に遺贈するときは、むしろ 当該の相続人にそれだけ余計に与えるつもりであることが多い。このような場合にまで持戻し計算されたのでは、被 相続人の意思に沿わない結果となる。  このようにして、新民法の定着によひ、国民が共同相続であることを意識した上でなされる生前贈与ないし遺贈に ついて、持戻し計算をすることは贈与者の意思と乖離する結果となることを警戒しなければならなくなったといわな ければならない。 四 民法九〇三条の解釈適用に当りいかなる配慮をなすべきか ローマ法の昔においては、持戻し制度は当時の財産制度と密接にからんでおり、

   東洋法学

贈与者の意思如何にかかわらずこ        七三

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   七四 れを適用しなければならなかった。そうしなければ社会制度としての整合性が保たれないからである。しかしなが ら、現行法制度下における持戻し制度は、贈与者の意思の推測にその根拠を求めるほかはない。このことは、個人意 思自治の原則と私有財産制度の基本にかかわることであり、民法の起草者もこれを認めていることは上来考察して来 たところである。ところで贈与者の意思というものは、すぐれて個々的なものであって、その意思の推測は、実のと ころ当該ケースにおける諸般の事情を総合しなければなしうるところではない。  さしずめ、遺贈はすべて持戻しさせる意思であるなどとは到底いえない。もしそうであれば、遺贈とは、単に相続 財産中特定人の取得すべき財産を特定物に指定するだけの意味のものになってしまう。また、﹁生計の資本として﹂と いう定義にしても、学資は﹁生計の資本﹂に当るというのが通説判例になっているが、明治の時代に子供を大学にや るということは家産を傾けるに至る大事業であったからこのことが妥当したのである。今日においてこれを遺産の前 渡しであると意識してなされることはまずない。筆者は家事調停で、成績がよくて一流の国立大学を卒業した娘であ る当事者から、﹁私は国立大学なので学費は安くてすんだが、兄さんは私立大学に行って金がかかったから、その差 額分だけ持戻し計算すべきだ。﹂と主張されて驚いたことがある。親は、成績が悪いので金がかかった息子には、その 分だけ相続財産を減らしたいなどとは少しも思っていない。むしろ、よい会社に就職ができなくて、弟や娘婿に比べ て収入が少いのを何とかカバーしてやりたい位に思っているに相違ないのである。このようなわけで、 ﹁学費ー生計 の資本ー持戻し免除の意思表示欠如−持戻し計算﹂という論理構成で民法九〇三条の杓子定規的な解釈適用を主張さ れては困る。

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 実をいえば、民法九〇三条の立法技術がまずいのである。もともとは、贈与者の意思如何にかかわりなく適用する ことを予定して作られた制度が、贈与者の﹁遺産の前渡し﹂という意思に根拠を求めざるを得なくなった時代におい て、それを、 ﹁持戻し免除﹂という特段の意思表示を媒介とすることによって賄おうとしたところに立法技術的な無 理がかかっている。意思の推測は所詮諸般の事情に頼らざるを得ない事柄であって、画一的な法規制に親しむ事では ない。さらに基本に立返って考察すれば、もともと財産の所有者は処分の自由を有するのであるから、所有者が所有 財産を贈与したということは、それだけの法律効果に止めるべきものである。それを相続分に影響させようとするな らば、その法律効果を生ぜさせるためのもう一つの法律行為、すなわち持戻しの意思表示を必要とする筋合のもので ある。特定の子に持家を建ててやった場合のように、法律行為の類型によってその意思が推測されることはあるだろ う。ごの場合は明示の意思表示を要しないと解釈すれば足りることである。ともあれ、現行の民法九〇三条は、法律 行為と法律効果発生のルールをはき違え、原則規定と例外規定をとり違えているのである。従って、民法九〇三条 は、以上の条理をすなおに法文に表現しようとすれば、 ︵用語は推考していないが︶次のような条文に改められるべ きものであろう。  ﹁共同相続人中に、被相続人から婚姻、養子縁組のため若くは生計の資本として贈与を受けるなど遺産相続の場合  に相続分から控除して算定すべき趣旨で贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財  産の価格にその贈与の価額を加えたものを相続財産とし、前三条の規定によって算定した相続分の中からその贈与  の価額を控除し、その残額をもってその者の相続分とする。     東洋 法学       七五

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   七六   贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受贈者は、その相続分を受けることができな  い。   前二項の規定は、被相続人が相続分から控除して算定すべき趣旨をもって遺贈した場合における受遺者の相続分  について準用する。﹂  右の表現ならば、被相続人の意思に反する結果は起らないであろう。  さて、法律改正が行われない現時点においては、我々法律実務家はいかに対処すべきであろうか。  九〇三条三項の﹁持戻免除の意思表示﹂は、黙示の意思表示で足りるのであるから、私は、黙示の意思表示の法技 術をフルに活用することを提案したい。  元来、意思表示の存否、その趣旨の解釈は、諸般の事情をしんしゃくして決定せぎるを得ない事柄である。そして、 諸般の事情をしんしゃくしてその存否内容が確定できるときは、すなおにそれに従うべきであって、背いてはならな い。意思表示が明示されているかどうかなど形式的なことにこだわってはいけない。それにこだわる程度に応じて被 相続人の意思から遠ぎかることになるからである。ことに遺贈については、遺贈がなされるに至った事情をくわしく 調べれば、必ず被相続人の意思がどうであったかということは浮び上ってくるものである。嫁家先に家がある娘と固 有の家がなくて被相続人家に同居している息子とのバランスをとるつもりでなされた土地家屋の遺贈とか、老後の面 倒を見てくれたことの感謝の趣旨での財産の遺贈であるときは、当然の如く持戻し免除の黙示の意思表示を認定して よい。なかには、家督相続意識を残存していて﹁OO家の財産の保持﹂との気持をもづてなされた遺贈もあるかもし

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れない。しかし、その場合でも、持戻し計算をしてもらっては困るという意思ははっきりしているから、黙示の持戻 免除の意思表示があることは疑いがなく、ただその意思表示が民法九〇条に違反するかどうかという別個の法律問題 が登場するだけである。被相続人と共に家業に精励した息子に対する遺贈などは、案与分︵民九〇四条の二︶の清算 の趣旨が含まれるので、持戻し免除の黙示の意思表示を認定してよい。さしたる寄与があったわけではないが、特定 の息子あるいは娘に対する偏愛からなされた遺贈もあるかもしれない。その場合でも、 ﹁その子供に対してはより多 く﹂との趣旨ははっきりしているから、持戻し免除の黙示の意思表示を認定しなければならない。ただそれがあまり 極端にわたれば民法九〇条が問題となるかもしれないが、概していえば、財産の所有者は処分の自由を有するのであ るから、これを無効之することは困難であり、親にうとまれた相続人は遺留分の範囲内での保護を受けうるに止まる のはやむを得ないところである。  生前贈与についても、同様のことがいえるであろう。問題は﹁生計の資本として﹂の事項について起るが、学資は もはや﹁生計の資本﹂の定義から外してよい時代になったと思われる。弟に店をもたせるなど明白に﹁生計の資本と して﹂の定義に該当するものでも、他の兄弟との能力上のハンデキャップを埋めてやる必要があったなどの特殊事情 があれば、持戻免除の黙示の意思表示を認定してよいであろう。しかしその生前贈与額が著しく大きい場合には、遺 産の前渡しの趣旨を含むものとして持戻し計算に親しむであろう。これらは残存財産とのバランスを見て判断すべき 事柄である。  よくあるケースで、被相続人と同居して長く家業を手伝って来た息子に対し、営業用の資産を生前に売買引義で遂     東洋法学       七七

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    遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   七八 次息子名義に切替えて来たという場合はどうか。この場合でも、息子が財産の維持形成に大きく寄与したケースであ れば、それだけで結論が出てしまうから、被相続人はワンマンで一切を一人で切り盛りして来たというケースを想定 しょう。一般に、被相続人が生前に自己の財産を少しづつ相続人名義にすることはよく見かけるが、それには死亡時 の遺産相続税軽減の目的であることが多い。この目的の時は、厳密にいえば通謀虚偽表示であるから、売買ないし贈 与自体が無効であり、その財産は依然として相続財産を形成しているといえるかもしれない。しかし親というもの は、一般に自己の死亡後相続人が遺産分割をめぐって争いを起すことを念頭においていない。生前に特定の相続人に 名義を移したものはそのままその名義人に、そして死亡時に被相続人名義のまま残存していた財産は、相続人全員に よって法定相続分に従って分割されるであろうと思っている。そして、世問で行われるほとんどの相続はそのような 形で納っている。誰も、親が生前に配慮したことに楯をつかないが、その場合の基準となるのが名義なのである。こ のようなことを考えると、たとい名義変更は実質虚偽表示であり、従って、被相続人は生前はその取戻権を留保して いたとしても、被相続人が死亡して相続が開始すれば、これを真意をもってした生前贈与とし、そしてその措置には 持戻し免除の黙示の意思表示が内在しているものと判断してよいであろう。この場合、被相続人は、概ね相続人全員 に対し各相続人がその名義通りに財産を取得しても被相続人の目から見てバランスがとれるような割合でそれぞれ名 義替えを行うものである。さて本題に戻って、被相続人は、営業用の資産を特定の相続人のみに名義を変更したとき はどうか。この場合の被相続人の意思は、相続税軽減の目的を果しつつ特定の相続人による家業の維持存続を図るこ とにあるものと見なければならない。そこには古い家督相続的意識が残存しているのかもしれない。しかしその当否

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はさておき、その名義変更の措置には持戻し免除の黙示の意思表示が内在しているものといわなければならない。こ れを持戻し計算にされたのでは、営業用の流動資金に事欠くような結果も起りかねない。被相続人の意思は、このよ うな結果の招来を容認するところにある筈がないのである。  五 判  例  民法九〇三条三項の意思表示につき、黙示の意思表示を肯定した判例として、次があるので紹介する。  e 福岡高裁昭四五・七・三一決定・昭四四︵ラ︶一ニニ号︵家裁月報二二巻二・二一合併号九一頁︶  ﹁︵被相続人︶馬場均作成名義の遺言書にょると、 ﹃私が全財産を三男浩へ譲渡す⋮﹄旨の記載があるけれども、  日付としては昭和三五年八月とあるだけであって日の記載を欠いており、この点において右遺言書は自筆証書遺言  の要件を欠き有効な遺言とみることはできないので、被相続入が遺産全部を浩に遺贈したものとみることはできな  い。しかしながら、右遺言書の記載および︵証拠︶によると、被相続人馬場均︵明治一八年生れ︶は、本籍地にお  いて農業を経営してきたものであるが、昭和三三年から昭和三五年二月二九日までの間数回にわたりその三男であ  る浩に対し田、山林、原野、農地および居住家屋を贈与したこと、右不動産は金額にして均の所有していた不動産  の約三分の二に相当し、浩の法定相続分をはるかに越えるものであること、均の長男である篤は、当時均とは独立  して肩書住所に居住し瓦製造等を営んでいたこと、均の二男である明もまた均とは独立して別居し、当時郵便局に  勤務して農業には従事していなかったこと、浩は当時均及びその妻馬場ハツと同居して農耕に従事していたもので  あることを認めることができ、右事実によれば、均は自身の営んできた農業を浩に継がせる意思であったことを推     東洋 法学       七九

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   遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   八○ 認することができる。しかして、これらの認定事実によれば、被相続人均は前記不動産を浩に贈与するに際し、こ れらの特別受益の持戻免除の意思を表示していたものと認めるのが相当である。﹂ 口東京高裁昭五一・四・一六第一民事部決定・昭四七︵ラ︶第九六二号︵判例タイムズ三四七号二〇七頁︶ ﹁理由 一ないし三︵省略︶ 四 生前贈与に関する原審の判断︵原審判書理由二臼記載︶については、当裁判所は、これと異なる判断をする。 すなわち、  e 原審判書理由第二日ω記載と同じ認定事実関係のもとで、被相続人の抗告人および相手方両名に対する別紙 第二目録記載の甲野屋印刷株式会社の株式の生前贈与は、いずれも民法九〇三条所定の生計の資本の贈与に当り、 いわゆる特別受益に該当するものといわなければならないが、︿証拠﹀によると、被相続人と相手方星子との間の 長女である相手方花子︵大正七年生︶は日本女子大学卒業の翌年ころより強度の神経症となり、その後入院再発を 繰返し、右株式が贈与された昭和三三年五月当時、四〇才に達しながら結婚もできない状態で両親の庇護のもとに 生活していたこと、特に母である相手方星子が右花子の身の廻りの世話をしていて、将来にわたってその状態を続 けなければならないことが予測されていたため、被相続人としては甲野屋印刷株式会社の利益配当をもって相手方 花子と相手方星子の生活の安定を計ろうとして右株式の贈与を決意したものであることが認められ、しかも、その 際、既に他に嫁していた抗告人月子に対しても前示のとおり株式の贈与を行っていることを考え合せると、被相続

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人としては、右株式の生前贈与にあたり、相手方両名のみでなく、抗告人に対しても、同条三項所定のいわゆる持 戻免除の意思を少くとも黙示的に表示したものと推認することができる。しかして、別紙第二目録記載のごとく認 定できる相続開始時の価額を後記認定の相続開始時の遺産総額に対比すれば、右持戻免除によって各相続人の遺留 分を害することにならないことは明らかである。  口 また、原審は、別紙第三目録︵原裁判書別紙第二目録︶記載の各土地は相手方らがそれぞれ第三者から直接 自らの資金をもって買受けたものであつて、被相続人が相手方らに右各土地を贈与した事実ないし相手方らの右買 受け代金を被相続人が相手方らに贈与した事実は認められないとしているが、︿証拠﹀によれば、右第三目録記載 の各土地はいずれも被相続人が第三者から買受け取得したものであつて、被相続人が右買受け当時これを同目録記 載の登記名義のとおりそれぞれ相手方に対し、その生計の資本として生前贈与したものであることが認定できる。 ︿証拠﹀申、右認定に反する部分は、相手方らが自ら買受けを主張する昭和三〇年ないし三三年当時これを買受け るに十分な資力を有していたことを認めるに足りる証拠が他にないことに照らし措信できず、原審挙示の登記簿謄 本の記載によつては右認定を覆すに足りない。  しかして、この生前贈与につき相手方星子に対しては、被相続人が民法九〇三条三項所定の持戻免除の意思を表 示した事実を認めるべき証拠が見当らないが、前認定のごとく相手方花子が強度の神経症のため独身のまま両親の 庇護のもとに生活して来た者であり、その後も社会的活動によつて独立した生計を営むことを期待することの困難 な心身の状態にあつたという状況下で、相手方星子に対する四筆の土地と区別して特に一筆の宅地のみを相手方花    東 洋 法 学       八一

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   遺産相続制度における遺贈ないし生前贈与財産持戻し規定︵民法九〇三条︶の解釈適用について   八二 子に贈与することにした点を考慮に入れれば、父被相続人としては相手方花子に対する右贈与については、その贈 与にあたり、相続開始の場合にも持戻計算の対象とすることを免除する意思を少くとも黙示的には表示したものと 推認できるところ、この分についても別紙第三目録二記載の相続開始時の価額を後記認定の相続開始時の遺産総額 に対比し、同持戻免除によつて他の相続人の遺留分を害することにならないものということができる。﹂       ︵お○ 。9笠嶺脱稿︶

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