静岡県立大学短期大学部
研究紀要20−W号(2006 年)−6
イギリスのケア基準法
2000 と介護職業資格
−
1984 年『施設ケアの実践綱領』とケア基準法の比較から−
三富 道子
Care Standards Act 2000 and Care Vocational Qualification in
Great Britain
−From Comparison of Center for Policy on Aging,Home Life:A Code of Practice of for Residential Care,1984 and Care Standards Act 2000−
MITOMI Michiko はじめに イギリスにおける高齢者介護の問題は,高齢者人口の増加に伴い大きな社会問題となっ ている.特に施設ケアの需要が増大したこととあわせ,サッチャー政権下で公共サービス の抑制と民営化政策の推進により,1980 年初頭において,民間部門の施設が急増し劣悪な 施設の存在も問題になってきた.1984 年にケアサービスを改善するため,施設登録法や『施 設ケアの実践綱領』が制定された.1997 年に登場したブレア政権は,「第三の道」のスロー ガンの下,2000 年に介護の質の保証のためにケア基準法を制定した.ここでは,『施設ケア の実践綱領』とケア基準法を比較する中で,介護の質に関わる職員の職業資格に着目して 検討しようとするものである. 1.『施設ケアの実践綱領』 施設ケアの実践綱領はその序文で「地方ソーシャル・サービス当局がこれらの施設に関 して職務を遂行する場合,『地方ソーシャル・サービス法1970年』の第7項の権限にもとづ いてわれわれが定めた一般基準と同様に本綱領を尊重するように要望するものである.1 )」 と位置づけられ法的強制力は伴っていない.この綱領の目的は次の3点である. (1) 地方ソーシャル・サービス当局による施設の認可および査察の職務を円滑に援助 すること. (2) 当局が施設の事業主,管理者に対して助言および助言者の役割を果たすことがで きるように援助すること. (3) 事業主および管理者を直接に援助すること.
この綱領の特色は,すべての対象集団に共通する項目を明記することを主とし,必要に 応じ特定の対象集団に具体的指針を示す.またこれらの指針は,最低基準を示すのではな く優れた実践を育てようとするところに,その特徴がある. 具体的項目は,下記のように構成される.後のケア基準との比較対象になる項目につい ては,詳細に述べることとする. 1.ケアの原則 1.1 はじめに 1.2 居住者の権利 1.2.1以下では,その実現をはじめ,尊厳,経験の質,情緒的なニーズおよびリスクの 選択について定めている. 2.社会的ケア 2.1 入所の手続き 2.1.1以下では,施設要覧をはじめ予備的な訪問,ショート・ステイのケア,試験的な 滞在,入所の適否についての評価,全般的な評価,個人の所有物,個人の衣服について 定めている. 2.2 入所についての取り決めと条件 2.2.1以下では,とりきめと条件に関する書類をはじめ,保健について定めている. 2.3 施設の運営 2.3.1以下では,記録をはじめ,施設の日課,規則,決定過程への居住者の参加,名前 の呼び方,個人の能力,不平処理の手続き,居住者へのケース記録の公開について定め ている. 2.4 施設生活の継続性の保障 2.5 プライバシーと個人の自主性 2.5.1以下では,プライベートな空間をはじめ,諸活動,訪問者,ボランティアについ て定めている. 2.6 経済的な問題 2.6.1以下では,遺言書をはじめ居住者の存命中の贈与,貴重品,法的能力を有する居 住者の代理人,受託者,法定代理人の指名,法的に無能力な居住者の財務管理,児童の 金銭管理について定めている. 2.7 医療 2.7.1以下では,医療サービスをはじめ治療の同意,薬剤の管理,同意なしに治療をお こなうことのできる場合,死ぬこと(原文のまま)と死について定めている. 3.施設の物理的条件 3.1 はじめに 3.2 場所 3.3 規模
3.4 設備と空間 3.5 居住者の居室 3.6 洗面台,浴室,シャワー,トイレ 3.7 洗濯の設備 3.8 食事と調理 4.個々のクライエント集団 4.1 はじめに 4.2 身体障害者 4.2.1以下では,一般原則をはじめコミュニケーションが困難な居住者,特別なサービ ス,居住者に相談することについて定めている. 4.3 精神障害者とリハビリテーション 4.3.1以下では,はじめにから職員への助言と援助,評価の手続き,居住者の自由の制 限,自立を奨励すること,医療について定めている. 4.4 精神薄弱者 4.4.1以下では,一般原則をはじめ入所,ソーシャル・ワークの援助,活動,教育およ び訓練,一般的な福祉について定めている. 4.5 児童と青少年 4.5.1以下では,はじめにから一般原則,目標の計画,制限と賞罰,両親との関係,障 害児,児童の法的地位,地方教育当局について定めている. 4.6 老人 4.6.1以下では,一般原則をはじめ精神障害のある老人,特別な補助具とケアについて 定めている. 4.7 薬物常用,アルコール乱用から回復しつつある人びと 4.7.1以下では,はじめにから一般原則,職員と管理,医療,保護観察ないしは指導監 督下にある居住者について定めてある. 5.職員 5.1 はじめに 5.2 職員の選抜 上級の部署およびスーパービジョンを行なう部署の多くは,有資格者を当てることが 必要である.採用するに当たり2通の推薦状(友人ではなく,前にいた職場の雇主,ボ ランティア活動の指導者など)を受け取る必要がある. 5.3 職員の編成 5.4 管理職員とケア職員 5.4.1以下最低必要な職員数をはじめ職員の定数について定めてある. 5.5 夜間の職員 5.6 補助職員
5.6.1以下では,調理をはじめ,洗濯と繕い仕事,清掃,庭仕事と手入れ,事務の仕事 と管理について定めてある. 5.7 専門家 5.8 管理,スーパービジョン,支援 5.9 訓練,資格および経験 施設は職員が訓練に参加できるように,また参加するように奨励すべきである.地方 ソーシャル・サービス当局は訓練に便宜を図るべきである.訓練を行なうのに都合のよ い時間や,代替職員によるカバーのできる勤務体制に充分配慮する.
ソーシャル・ワーク教育・訓練中央協議会(Central Council for Education and Training in Social Work)が認可している資格附与を目的としたコースおよび資格 附与を伴わないコース,その他の団体が実施している居住職員のための訓練コースにつ いて,情報の提供と参加の奨励. 5.10 ボランティア 6.私立・民間居住施設の管理と査察における地方ソーシャル・サービス当局の役割 6.1 地方ソーシャル・サービス当局の責任 6.2 申請の段階 6.3 私立・民間施設の財政と入所措置 6.4 申請者の適格性 6.5 認可の過程 6.6 事業主,管理者およびケア職員のための継続訓練の機会 6.7 認可の承認 6.8 事業主あるいは管理者の変更 6.9 設備あるいは方針の変更 6.10 二重の認可 6.11 査察 6.12 不平処理の手続き 6.13 利用者一般への助言 7.勧告の要約−チェック・リスト 2.ケア基準法 ケア基準法は,「①高齢者,障害者,児童なども含め極めて広範囲を対象とした公立およ び民間の施設ケア・在宅ケアサービスを監督する全国ケア基準委員会(National Care Standards Commission)を新設する,②各種のケアサービスごとに全国最低基準を定め る,③ケア従事者を監督し,教育・研修を行う全国社会的ケア委員会(General Social Care Council)を新設するなど,ケアサービスの質の保証・向上のための実効性あるシス テムの構築について規定した 」2 )ものである.ちなみにソーシャル・ケア監査委員会
(Commission for Social Care Inspection)によると以下の部門に全国最低基準が定 められている. ・ 高齢者のケアホーム ・ 成人の一時収容のケアホーム ・ 18−65歳の成人のためのケアホーム ・ 在宅介護 ・ 看護事業所 ・ 児童施設 ・ 養子縁組サービス ・ 家族収容センター ・ 里親サービス ・ 全寮制の学校 ・ 居住施設つきの特殊学級 ・ 継続教育による18歳未満の収容設備 ここでは,1との比較のために高齢者の入居施設における全国最低基準を例に用いる. 高齢者ケアホームとは,1984年の施設登録法で登録されている高齢者入居施設(Residential Care Home),ナーシングホーム(Nursing Home),地方自治体のケアホームおよび借 り上げの家である.最低基準は,全7項目38基準からなる.各基準ならびに項目と1との 関係でその細目についても触れることにする. (1) ホームの選択 基準1.情報 基準2.契約 基準3.ニーズのアセスメント 基準4.ニーズとホームの適合性 基準5.ホームの見学 基準6.経過的な介護サービスの適用 (2) 医療と介護 基準7.サービス利用者計画 基準8.医療ケア 基準9.与薬 基準10.プライバシーと尊厳 基準11.ターミナルケアと死 (3) 日常生活と社会活動 基準12.社会的関わりと活動 基準13.地域との関わり 基準14.自主性と選択
基準15.食事と食事時間 (4) 苦情と保護 基準16.苦情 基準17.権利 基準18.保護 (5) 環境 基準19 前提(サービス利用者は,安全でよい生活環境の中で生活すること) 基準20.共同設備の割り当て 基準21.洗面・トイレや洗濯設備 基準 22.適応と設備(サービス利用者の自立にとって最も必要とする設備を有す ること) 基準23.個別の宿泊設備:必要な空間 基準24.個別の宿泊設備:家具と備品 基準25.サービス:暖房と照明 基準26.サービス:清潔と空調 (6) 職員 基準27.職員の補充 基準28.資格 基準29.職員の採用 基準30.職員訓練 (7) マネージメントと管理 基準31.日常の業務 基準32.精神 基準33.質の保証 基準34.財務の手続き 基準35.サービス利用者の金銭 基準36.スタッフのスーパービジョン 基準37.記録物の保管 基準38.労働業務の安全 以上の項目及び基準のうち本研究に直接関わる細目は,(6)職員の基準 27 から同じく 30 である.さらにこの 4 つの基準には,期待される成果が示された上で,いくつかの細目 が以下のように示されている. 基準27 職員の補充 期待される成果 サービス利用者のニーズは,職員数および職員の技術の混合により充足 される.
27.1 職員数および技術資格を有する職員と非資格者は,評価された利用者のニーズをは じめ施設の規模や構造および目的に常に対応すること. 27.2 職員が昼と夜間を問わず,法令にしたがって勤務に就いている事を示す勤 務表を施設として備えていること. 27.3 サービス利用者当たりの介護職員の比率は,保健省により勧告されたガイダンスに 従い,入居者の評価されたニーズと算出された職員数に従って,決定されなけれ ばならない 27.4 追加補助的な職員は,一日のうちで仕事がピーク時の職務にあたること. 27.5 夜勤の職員は,サービス利用者の数やニーズ,およびホームの構造を反映した人数 で勤務に当たること. 27.6 サービス利用者に介護を提供する職員は,少なくとも 18 歳であること.施設の責 任者には,少なくとも21 歳の職員をあてること. 27.7 家事援助にあたる職員は,食物や食事および栄養に関する基準が十分に満たされ, 施設が清潔で汚れや不快な臭いがないように,十分な人数を雇うこと. 基準28 資格 期待される成果 サービス利用者は,いつも安全な保護の下にいる. 28.1 全国職業資格レベル2あるいは同等以上の資格を持つ介護職員が,2005 年までに 最低 50%に到達すること.但しこの際に施設マネージャーあるいはケアマネージ ャー,また,ケアホームで看護を提供する者,登録看護師は,介護職員の数から 除くこと. 28.2 施設で働く人材派遣会社の職員も 50%比率に含まれる. 28.3 訓練生(18 歳未満のすべての職員を含む)は,ソーシャルサービス訓練機構 (Training Organisation for The Personal Social Service,TOPSS)の 認証を受けた教育TOPSS を保証された訓練プログラムに登録されること. 基準29 採用 期待される成果 サービスの利用者は,施設の人材採用政策を介して援助され保護される. 29.1 施設の代表者は,雇用機会の均等に基づくとともに,サービス利用者の保護を担保 するにふさわしい人材採用の手続きを用いること. 29.2 2通の書面による推薦状が,職員の任用に先立って提供され,実際の就業履歴と書 面におけるそれとの違いを確かめること. 29.3 新規に採用された職員は,警察によるしかるべき点検ならびに児童と成人等の保護
法に基づき必要な査証の後にのみ職務に配属されること.
29.4 職員は,総括ソーシャルケア評議会(General Social Care Council,GSCC) の策定になる業務規則に従って就業すること. 29.5 すべての職員は,雇用期間と就業条件について書面を受け取ること. 29.6 施設に関わるすべてのボランティアの選考と任用の過程は,人材採用に関わる点検 を含むこと. 基準30 職員訓練 期待される成果 職員は訓練され,仕事をする力を備えている. 30.1 登録された人は,次のことを保障される.全国訓練協会(National Training Organisation,NTO)の労働訓練に合致する職業訓練と能力向上計画が実施され, 職員が施設の目的を充足しサービス利用者の変化するニーズに対応できるように すること. 30.2 すべての職員は,職員として採用後6週間以内に全国訓練協会の設計になる導入訓 練を受ける.その内容は,介護の原則,安全に働く実務,組織やワーカーの役割, また,サービス利用者グループの経験と特別なニーズ,サービス提供の影響と特 別な配慮を含む. 30.3 すべての職員は,就任した最初の6ヶ月以内に全国訓練協会の基礎訓練を受けるこ と.サービス利用者の個別の介護計画(基準3および7を参照)3 )に定義されてい るように,サービス利用者のアセスメントされたニーズを充足するに足る個別の 介護計画を職員として作成できるようにすること. 30.4 すべての職員は,1年間に在宅訓練を含めて最低3日の有給の訓練を受けるととも に,個別の訓練を受けること.職務能力向上に向けたアセスメントと必要な資料 の作成も合わせて受けること. 高齢者入居施設の職業資格は,全国職業資格レベル2あるいは同等以上の資格を持つ職 員が全職員のうち50%以上であることが必要である.資格に関していえば,次のことも重 要である.介護を提供する職員の年齢は,18 歳以上であることとあわせ,この年齢に満た ない訓練生は,ソーシャルサービス訓練機構(2005 年4月1日からは,介護のための技術 機構(Skills for Care)に名称変更)に保証された訓練プログラムに登録することとし て,若年者を職業訓練制度に組み込み,積極的に資格の取得を奨励している.
3.両者の共通性と差異性
両者の共通性として,居住者は尊厳を持って生活すべきであること.そして援助に当た る人々から尊重されること.さらに市民としての権利の保障と能動的な生活を営む権利を 有し,選択および自己決定の権利を有するという理念があげられる.また,居住環境であ
る施設の物理的条件としてのトイレ,洗面所,浴室ならびにプライベート空間として居室 の個室化が挙げられる. 他方,差異性について比較すると以下の表1のようになる. 表1 施設ケアの実践綱領 ケア基準 法的強制力を持っていない. 法の制定であり,遵守期限が指定されてい る. 最低基準ではなく,優れた実践を育てること を目的にすることと,地方自治体の職務の円 滑化がねらいであ. 最低基準として,全国で統一されている. 施設種別の分類をせず共通する規則である. 高齢者など対象の特性にあわせ細くしてい る. 各サービスに最低基準を制定している. スーパービジョンを行う部署には,有資格者 を求めているが,それ以外は最低職員数と定 数のみ明示. 職員の年齢制限. 職員の職業資格は,全国職業資格レベル2ま たは,同等以上の職員が50%であること. その中には,登録看護師は除外する. 人材派遣会社の職員も50%に含む. 職員の職業訓練受講するよう,情報の提供と 参加の奨励. 地方ソーシャル・サービス当局が便宜を図る べき. 職員の訓練の義務付け(導入訓練,スキルア ップ訓練). 無資格および若年労働者の職業訓練制度へ の組み込みの奨励. おわりに 以上のように『施設ケアの実践綱領』とケア基準法の比較を行ってきた.『施設ケアの実 践綱領』の理念がその後の高齢者施設における「ケアの質」を保障するために,2000 年の ケア基準法として,国の最低基準に定められた意義は大きいといえる.また,中でも「介 護の質」に直接影響する職員の訓練制度の義務付けと,職員の資格基準と具体的数値を期 限付きで求められていることは,重要である. 今後は,これらの基準が高齢者の入居施設で,どのように実施されているか検討してい きたい. 〔本稿は,科学研究費補助金基盤研究(C):(研究課題「イギリスの痴呆症の介護基準と 痴呆症の介護職員の職業能力形成に関する実証的研究」代表者・三富道子,研究期間 平 成16 年∼平成 18 年 課題番号 16530392)による作業の一部である.〕
引用文献
1)Center for Policy on Aging,Home Life(1984)A Code of Practice for Residential Care. (=1985,松井二郎訳『施設ケアの実践綱領』響文社,9). 2)岩間大和子(2002)「イギリスにおけるケアサービスの質向上のための政策−ケア基準 法(2000 年)制定と高齢者ケア−」『レファレンス』国立国会図書館調査及び立法考査局, 66−67. 3)基準3及び7については、本稿の5ページを参照のこと. 参考文献
Department of Health(2001)Care Homes for Older People National Minimum Standards, Regulations,DH.