平 成22年12月(2010年) 一1一
研究報文
速度 論 に基づ くマ ウス脂 肪 細胞 分化 過程 の解析
朝 日 ま どか,池 谷 千 咲
吉 良 奈 美 子,小 西 由佳,小 堀 美 佳,
辻
ひ とみ,綱 井
典 子,村
山
涼 子,大 和
亜 紗,
山 本 咲 也 夏,宮
田 堅 司
Analysis
of the Adipocyte-Differential
Process
of Mouse by Kinetics
Madoka Asahi, Chisa Ikeya, Namiko Kira, Yuka Konishi, Mika Kohori,
Hitomi Tsuji,
Noriko Tsunai, Ryoko Murayama, Asa Yamato, Sayaka Yamamoto
and Kenji Miyata
Summary
It is possible to determine rate kinetic constants for cell-differential processes in vivo through the
measurement of the transcription-ratio of some genes by real-time PCR(1). In the previous paper, the
differentiation of adipocytes was investigated and rate constants for the processes, at which PPARy-expressing
cells differentiated into AD(adiponectin)- or Re(resistin)-expressing cells, were determined in the thymus
of BALB/c mouse(2). In this paper, the rate constant for the process of PPARy-expressing cells changing
to HSL(hormone sensitive lipase)-expressing cells. Considering both results, it was concluded that
PPARy-expressing cells change to express HSL firstly, AD secondly and then Re in adipocytes-differential process.
(Received September 11, 2010)
1.は じ め に 生 体 内 で あ って も,細 胞 が 分化 段 階 に応 じて 発 現 す る複 数 の遺 伝 子 問 の転 写 量 比 の加 齢 変化 を,リ ア ル タ イ ムPCR法 で 測 定 す る こ と に よ り,そ れ らの 遺 伝 子 を発 現 す る分 化段 階 問 の分 化 の 速 度定 数 を求 め る こ とが 可 能 で あ る1>。前 報 で は,こ の方 法 に し たが って,マ ウス胸 腺 で のPPAR y(PR),ア デ イポ ネ ク チ ン(Ad)お よ び レ ジス チ ン(Re)の 転 写 量 比 の 加 齢 変 化 を測 定 し,脂 肪 細 胞 系 列 の 細 胞 が, PRを 転 写 す る 分 化 段 階 か らAdお よ びReを 転 写 す る段 階 へ と変 わ る分 化 の速 度 定 数 を求 め た2)。 胸 腺 は,マ ウ ス で は,胎 生12日 頃 に 第3咽 頭 溝 に 由来 す る 上皮 様 細 胞 か ら原 基 が形 成 され,幹 細 胞 が流 入 し,上 皮 様 細 胞 の影 響 下 に リ ンパ 球様 の胸 腺 細胞 へ と分 化 す る3)。 出生 後 リンパ 球 の増 殖 に よ り胸 腺 は 急 激 に増 大 し,生 後 数 週 齢 で 最 大 とな り, そ の後 リ ンパ 球 の減 少 に よ り退縮 す る。 この退 縮 に 伴 い,ト ラベ キ ュ ラや 被膜 に脂肪 細 胞 が 増殖 し,リ ンパ 球領 域 が 脂肪 細 胞 で 置換 され た様 相 を呈 す る様 にな る の で4),胸 腺 は脂 肪 細 胞 の分 化 過 程 を検 討 す るの に適 して い る。 本報 で は,脂 肪 細 胞 系列 の 細胞 が発 現 す る こ とが 知 られ て い るホ ル モ ン感 受 性 リパ ー ゼ(HSL)5)と PR 6)の 転 写量 比 を リア ル タ イ ムPCR法 で 測 定 し, PR転 写 段 階 の 細胞 か らHSL転 写 段 階 の 細 胞 へ と変 わ る過 程 の分 化 の 速度 定 数 を求 め た 。 ま た,そ の結 果 を,前 報 の結 果 と比 較 す る こ とに よ り,マ ウス胸 腺 で の脂 肪 細 胞 分 化 過 程 に お い て,PR転 写 細 胞 か らHSL, Ad, Re転 写細 胞 へ と分 化 す る順 を明 らか に した 。京都女子大学食物栄養学科栄養学第二研究室
一2一 食 物学 会 誌 ・第65号(2010年) 皿.方 法 1.材 料 コ ン ベ ン シ ョ ナ ル な 条 件 下 で 飼 育 し た 雌 雄 の BALB/cマ ウ ス を 用 い た 。 出 生 後3週 間 は 母 親 マ 、ウ ス と 同 居 さ せ,21臼 齢 で 分 離 し た 。 固 型 飼 料(MF, オ リ エ ン タ ル 酵 母)お よ び 水 道 水 は 自 由 に 摂 取 さ せ た 。 頚 椎 脱 臼 さ せ た マ ウ ス よ り胸 腺 を 摘 出 し,サ ン プ ル チ ュ ー ブ に 入 れ 直 ち に 液 体 窒 素 中 で 凍 結 し た 後,-80℃ で 保 存 した 。 2.ト ー タ ルRNAの 抽 出,逆 転 写 反 応 お よ び リ ア ル タ イ ムPCR 凍 結 し た 組 織 よ り,酸 性 グ ア ニ ジ ン チ オ シ ア ン 酸 一フ ェ ノ ー ル ーク ロ ロ ホ ル ム 法 に よ っ て トー タ ル RNAを 抽 出 し た7)。 精 製 し た トー タ ルRNAを,濃 度100ng1μ1に 調 整 し,300ngを 鋳 型 と し て 逆 転 写 反 応 を 行 っ た 。 逆 転 写 反 応 はM-MLVリ バ ー ス ト ラ ン ス ク リ プ タ ー ゼ(ReverTra Ace一 α,東 洋 紡), oligo dT20プ ラ イ マ ー を 用 い,メ ー カ ー の プ ロ ト コ ー ル に 従 い,30℃ で10分 間,さ ら に42℃ で20分 間 行 っ た 。 99℃ で5分 間 処 理 す る こ と に よ り反 応 を 停 止 させ る と と も に 鋳 型RNAを 分 解 し た 。 こ の 反 応 産 物 を 水 で15倍 に 希 釈 し,リ ア ル タ イ ムPCR(Line Gene, Bio Flux)の 試 料 溶 液 と した 。 リ ア ル タ イ ムPCRは, メ ー カ ー の プ ロ ト コ ー ル に 従 い,SYBR Green mix (Real time PCR Master Mix,東 洋 紡)7。5μ を, fbrward primerお よ びreverse primer(4 pmol!μ の を 各1.5μ ¢, 試 料 溶 液4.5μ4,合 計15μ ¢を 反 応 溶 液 と し た 。 PCR反 応 で は,95℃10分 の 前 処 理 の 後,変 性94℃ 15秒,ア ニ ー リ ン グ60℃15秒,伸 長 反 応72℃30 秒 の サ イ ク ル を45回 行 い,各 サ イ ク ル の 伸 長 反 応 終 了 時 点 毎 に 蛍 光 強 度 を 測 定 し,PRお よ びHSLの 増 幅 曲 線 を 得 た 。 増 幅 反 応 終 了 後 に,増 幅 さ れ たDNAの 融 点 解 析 を 行 い,増 幅 さ れ たDNAが 均 一 な も の で あ る こ と を 確 認 し た 。PRお よ びHSLの 増 幅 反 応 に 用 い た プ ラ イ マ ー を 下 記 に 示 す 。 プ ラ イ マ ーPR-R CTGACCCAArGGTTGCTGAr プ ラ イ マ ーPR-F GAGCTGGGTCTTTTCAGAAr プ ラ イ マ ーHsL-RTGACCGAGTCATCTAGCATG プ ラ イ マ ーHSL-F CAGGATGACACCAAAACCCT こ れ ら の プ ラ イ マ ー は,少 な く と も 一 つ の イ ン トロ ン領 域 を 間 に 含 む エ ク ソ ン 領 域 に 相 補 的 に 結 合 し, 110塩 基 対 のDNAフ ラ グ メ ン トが 増 幅 さ れ る よ う に 設 定 し た 。 3.転 写 量 比 の 測 定 リ ア ル タ イ ムPCRの イ ン タ ー カ レ ー タ ー 法 で は, 増 幅 さ れ た2本 鎖DNAに 取 り 込 ま れ た 色 素 が 励 起 さ れ て 発 す る 蛍 光 強 度 を 測 定 す る こ と に よ り,増 幅 曲 線 が リ ア ル タ イ ム に 得 ら れ る 。 増 幅 曲 線 よ り,そ れ ぞ れ 蛍 光 強 度 が 一 定 値 に 達 す る ま で に 要 し たPCR の サ イ ク ル 数np, nHを 読 み 取 っ た 。 試 料 溶 液 中 に 存 在 し たPRとHSLの コ ピ ー 数 比 の 常 用 対 数 値10g HSLIPRは ① 式 に よ り求 め た8)。
皿.結 果 お よ び 考察
0
BALB/c雌 雄 マ ウ ス胸 腺 で の 転 写 量 比log HSL/ PRの 加齢 変 化 の 測 定値 を 図1に 示 した 。生 後 数 週 間 はPRの 転 写量 がHSLの 転 写 量 を上 回 り負 の値 と な った が,そ の後,正 の値 を と る傾 向 を示 した。 前 報 と同様 に,図2に 示 した様 な分 化 過程 を考 え 図1 転 写 量 比log HSLIPRの 加 齢 変化 転 写量 比log HSL/PRは,雌(●)雄(○)と もに,出 生 後 数 週 間 で増 大 し正 の値 とな り,そ の後 はほ ぼ 一定 とな っ た。 表1に 示 した 速 度定 数k1お よびaの 値 を用 い て,② 式 に よ り計 算 した理 論 値 も示 した。平 成22年12月(2010年) る 。 図2 マ ウス脂 肪細 胞 の 分 化 過程 PPARγ を蓼 写 す る細 胞 は 分 化初 期 の 細胞 で あ り, ホ ルモ ン感R性 リパ ー ゼ を転 写す る細 胞へ と分 化 す る。Sは 幹 細 胞, PRはPPARγ 転 写 細 胞, HSLは ホ ル モ ン感 受 性 リパ ー ゼ転 写 細胞 を 表 す 。ko,ki,お よ びk2は 各 分 化 過 程の 速 度 定数 を表 す 。 こ こで,Sは 脂 肪 細 胞 系 列 の 幹 細 胞 を, PRお よ びHSLは,そ れ ぞ れの 転 写細 胞 を表 し, ko, klお よ びk2は 各 分 化 過 程 の 速 度 定 数 で あ る 。 PRお よ び HSLの 転 写 量 は,そ れ らの 転 写 細 胞 数 に比 例 す る と仮 定 す る と,転 写 量 比 の加 齢 変化 の理 論 値 は で与 え られ る2)。 こ こで,[HSL]お よび[PR]は, そ れ ぞ れHSLお よ びPR転 写 細 胞 濃 度 を表 し, tは 日齢,aは 転 写 量 と転 写細 胞 数 との比 例 定 数等 を含 め た定 数 で あ る。 ② 式 は,t》1の 場 合
0
④
とな り,実 測値log HSL/PRをlog tに 対 して プ ロ ッ トした 図3よ り,定 数aお よび速 度定 数klを 求 め た 結 果 を表1に 示 した。 また,こ れ らの 値 を用 い て② 式 に よ り計 算 した加 齢 変 化 の理 論 値 は実 験 値 と良 く 一 致 した(図1) 。 図3 速 度 定 数klお よ びaの 決 定log HSLIPRの 測 定 値 をIog tに 対 して プ ロ ッ ト した 。 tが 大 きい 領 域 の 値 か ら 一10gaの 値 が,ま た,10gt が 小 さ い 領 域 で 傾 き1の 直 線 を10gt→0に 外 挿 す る こ と に よ りlog kl-log aの 値 が 求 ま る 。 一3一 表1に は,前 報 で求 め たAdお よびReの 場 合 の定 数aお よび 速 度 定 数k1の 値 も示 した 。 PRに 対 す る 転 写量 比 か ら判 断 す る と,転 写量 はAdお よ びReと 比 較 してHSLの 方 が 少 な く,お よ そ1110で あ っ た 。 ADと 比 較す る と, PRか ら分 化 す る 速度 定 数klの 値 は,HSLの 方 が わず か に大 きか っ た。 この こ とは, 脂 肪 細 胞 系 列 の 分 化 過 程 に お い て,PRへRγ を転 写 す る段 階の 細胞 か ら,HSLを 転 写す る様 に な り,少 し遅 れ てAdを 転 写 す る様 に なる こ と を示 してい る。 Reを 転 写 す る細 胞 へ の分 化 は,こ れ らよ り も さ ら に遅 れ る こ とが 明 らか とな った 。 ノザ ンブ ッロ トや RTPCRで 検 出 し,特 定 の 遣 伝 子 の 転 写 開始 順 を明 らか に す る従 来 の方 法 は,転 写 量 の 影響 を受 け易 い 。 今 回 示 した様 に,転 写 量 に差 異 が あ って も,あ る基 準 状 態 か ら分 化 す る速 度定 数 を求 め て比 較す る な ら ば,よ り正 確 に転写 開始順 を決 定 す る こ とが可 能 で あ る。
雌
雄
HSL Ad Re HSL Ad Re kl{1/d) 0.207 0169 0.007 0.240 0.232 0.15& a 0.524 0.055 0.055 0.679 0.075 0.075 表1 速 度定 数k1,お よ び定 数aの 値 IV.要 約 BALB/cマ ウ ス の 胸 腺 で の 脂 肪 細 胞 の分 化 過 程 を,PPARγ(PP)に 対 す る ホ ルモ ン感 受性 リパ ー ゼ(HSL)の 転 写 量 を指 標 と して,リ ア ル タ イ ム PCR法 に よ り検 討 した。 PPに 対 す るHSLの 転 写 量 比 は,生 後 直後 は1よ り小 さか っ たが,そ の 後 増大 し一 定 値 とな っ た。 この加 齢 変化 を,遺 伝 子 の転 写 量 は,そ の転 写 細 胞 数 に比 例 す る と仮 定す る こ とに よ り,ま た,脂 肪 細 胞系 列 の 幹細 胞 を考 え る こ とに よ り,速 度 論 に よ り説明 す る こ とが で きた。 この 速 度論 に基 づ く方法 は,細 胞 の 分化 過 程 で発 現 す る 遺 伝子 の発 現 順 を決 定 す る こ とに応 用 で きる こ と を示 した 。文献
1)楠 本 瑠 美,長 尾 由貴 子,橋 本珠 実,舟 木 真 知 子, 三仲 亜 季 子,森 林 さや か,山 田 浄,宮 田 堅 司: 本 誌 62,13(2007)一4一
2)清 水 里 枝,竹 内亜 里 沙,田 中麻 由里,玉 井 千 晶, 中 西美 貴,西 尾依 里 奈,二 田智 恵 子,宮 崎 木 綿 子,山 口文 乃,宮 田堅 司:本 誌 64,ll(2009)
3) R. Rugh
The Mouse, Its Reproduction and
Development (Burgess Publishing) , 253 (1968)
4) D.E.Kelly, R.L.Wood and A.G.Enders : BAILEY'S
TEXTBOOK OF MICROSCOPIC ANATOMY,
18th
ed. (Williams & Wilkins) , 453 (1984)
5) H.Mulder, M.W.Sorhede, A.J.Contreras, M.Fex,
食物 学 会 誌 ・第65号(2010年)
K.Strom, T.Ploug, H.Galbo, P.Arner, C.Lundberg,
F.Sundler, B.Ahren and C.Holm :
278, 36380 (2003)
6) P.Tontonoz, A.R.Graves, I.A.Budavari and M.B.
Spiegelman : Genes & Dev, 8, 1224 (1994)
7) P. Chomczynski and N. Sacchi
Analytical
Biochem., 162, 156 (1987)
8)安 達 綾 希 子,井 上 摩 耶,大 野 理 絵,城 清 佳 長 尾 美 沙 子,宮 田 堅 司: >ttLG 61,7(2006)