ニックリッシュの『経営経済』についての一考察
(その⑤)
牧
浦
健
二
要旨 本稿では,ニックリッシュの経営学の体系を明らかにするため,彼の著『経営経済』 の第3巻を2分割し,その前半(S.573661)を,適宜に翻訳しながら,検討する。 本稿では,給付計算( Leistungsberechnung )を取りあげる。そこでは,まず,彼の著 『経営経済』の研究対象である,共同体としての経営での, 必要経費, 売上げと成果の計算 で発生する特殊な問題が検討される。具体的には,共通必要経費,結合して発生する[経営 による]給付,操業度の変動,内部経営上での決済価格である。 キーワード ニックリッシュ,共同体としての経営,共同必要経費の解決という特殊な課題 原稿受理日 2018年4月10日Abstract In this treatise, we conducted research on Nicklisch’s book“Business Economy”, in German“Die Betriebswirtschaft”. This paper divides the third volume in two parts, and traces the first part(pp.573661). We considered the particular problem of how to estimate of operation costs and effects, by discretionary translation. He investigated into the business units under a community(a joint operation)that has special tasks of solving the common indispensable cost(Gemeinaufwand), the effect by groupe working(gekoppelt entstehende Betriebsleistung), the fluctuations on operation(Bescha¨ ftigungsschwankung)and the setting an account with business partners(innerbetrieblicher Verrechnungspreis).
Key words Nicklisch, H., the business units under a community(a joint operation), special tasks of solving the common indispensable cost(Gemeinaufwand)
は じ め に
第3巻の前書き(Vorbemerkung)には,以下のように書かれている。すなわち,「ま ず前書き。以下の叙述は,全く処置(Rezept)を与えず,むしろ関連(Zusammenhang) を説明しようとする。また,説明が,展望と一覧表の形式を採用する所でも,全く異なら ない。 このような所では, たとえ,著者がこの種の資料を充分に手元に有していても, 実践を実写するような試みは行われない。 ただ関連のみが問題になる。 実践上での活動 (Leben)を促進するという,著者の意図が,これにより特に強調される。というのは,経 営の関連は,主として,他の処置の移植により解決される,問題ではないからである。し かし,これら問題は,内部の関連から出てくる,方策(Maßnahme)から生ずる。このた め,これらを知ることが最高の要求である」(Nicklisch, H. 1929/32. S.573.)。 ところで,前稿では,ニックリッシュは,「経営プロセスの肢体は,調達,製造,販売, 成果の分配(Ertragsteilung)である。財の調達,製造と販売を結び付け,全体に統合す る(zusammenfaßen),管理(Verwaltung)の過程により,統一性は惹き起こされる」 (Nicklisch, H. 1929/32. S.506507.)という見解の下で,経営プロセスで運動する規模 (kinetische Gro¨ ße)として,支出,必要経費,原価(Kosten),[経営による]給付(Betriebs-leistung),売上げ(Erlo¨ s),売上高(Umsatz),収入,成果,[経営による]余剰(Betriebs- u¨
berschuß)と利益をあげた(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.512.)。このため,これら経営 プロセスでの運動の規模を予測し,結果を把握するために,必要経費,売上げと成果の事 前計算(Vorrechnung)と事後計算(Nachrechnung)が行われるが,その際,特に重要 な計算が必要経費の計算である。彼は,前稿で,その根拠として,「[経営による]給付の 原価は,経営に結び付いた,外部価値(fremder Wert)に対する支出の合計」(Nicklisch, H. 1929/32. S.527.)であるが,「調達の方向から販売(Absatz)に転向すれば,原価より, むしろ,必要経費に関係すべきであり,必要経費は,製造過程で費消される,総ての価値 になる」(Nicklisch, H. 1929/32. S.527.)とか,「原価と必要経費の区分なしには,観察者 に,[経営による]給付も,[経営による]成果(Betriebsertrag)のいずれも明らかにな りえない」(Nicklisch, H. 1929/32. S.528.)と主張した。その際,「最近の経営経済学は,
ニックリッシュによれば,原価と必要経費(Kosten und Aufwand)のシュマーレンバッハ流 の区分では,後者の方向〈【筆者補足】販売〉が解説されたモノに対応している。 原価という名 称は,彼により,単位,[経営による]給付の個々の単位での必要経費のために用いられる。こ のようなケースでは,常に,このような言葉の意味は,調達側より販売側に転向される。その際,
利益(Gewinn)の概念のために必要とは思われないため,必要経費と原価を区分しない。 しかし,これは非常に誤っている。むしろ,成果の概念を明確に考え,実践で適用するた めには, 原価と必要経費の厳格な区分が必要である」(Nicklisch, H. 1929/32. S.529. )と いう見解を呈示した 。そして,必要経費に係わる特殊問題として,共通必要経費(Gemeinauf-wand)の問題,結合して(gekoppelt)発生する[経営による]給付の問題と,操業度の 変動(Schwankung)の問題を検討する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.601.)。 本稿では,『経営経済』の第3巻の前半の枠組みに即して, Ⅰ[経営のための]意識と 計算制度と,Ⅱ計算制度の個々の肢体の内,A)給付計算:後計算と前計算について検討 する。 1 [経営のための]意識と計算制度 [経営のための]意識は,常に,共同体意識(Gemeinschaftsbewußtsein)であるのでは ない。ワンマン経営(Einmenschbetrieb) ―ただ1人が活動するような経営―が問 題になるケースでは,[経営のための]意識は,経営の目的設定と,統一体としてのこれ に関連のある動機がはっきり( positiv )要求される限り, このような人間の意識である (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.574.)。 しかもまた,経営で1人の補助員(Hilfskraft)のみが協働すれば,[経営のための]意 識は,共同体意識(Gemeinschaftsbewußtsein)である(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.574.)。 現在の巨大経営(Riesenbetrieb)では,その[動機付けのための]資料(Motivmaterial) は広範囲であり,個々の人間により全くもはや支配されえない。このような経営では共同 体意識の意味での[経営のための]意識が特に明確になることは明らかである。[経営の 生ずる,困難の第一は,このような原価が,成果の獲得から本来の製造プロセスで用いられる以 前に,原価は対価と引き替えに発生することに本質がある。このように,原価と必要経費は時間 で異なる。この相違が大きい程,より多くが手元在庫として購入される。これによる結果は,原 価の対価が差し当たりは新たな評価に従えることにある。このような業績は,低下する価格では, 通常,原価発生日と必要経費発生日の間に決算日がある時に,現われる。そこで,原価と必要経 費の間に継続した損失の調整の1つの側面,最低価値の原則からの結果を填め込む(einbetten) (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.528.)。第二の困難は,その方向による原価と必要経費の区分なし には,観察者に,[経営による]給付も,[経営による]成果のいずれも明らかになりえないこと に示される。〈【筆者補足】ニックリッシュの継続記帳の特徴でもあるが(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.684 u. S.687. )〉,証明は,前者の[経営による]給付が,必要経費価値と,この必要 経費で消耗された,原価の対価の間での差異として,第二の[経営による]成果が,売上げと, これに含まれている,原価(外部価値)の補償の間での差異から生ずる。しかし,これら規模に ついての観念が不可能になれば,労働と資本の協働作用での洞察に対する正確な基盤を失う (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.528529.;参照。市原季一1971. 144頁)。 今日〈【筆者補足】1931年〉の経営経済学は,まだ,常に,利益を[経営による]業績(Betriebser-gebnis)と呼ぶ。これは誤りである。このような誤った見解は,利益に経営の経済性に対する評 価基準を見付けるように誘導する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.535.)。
ための]意識が,第三の,人間の意識とは独立した意識であるという観念は間違っている であろう。むしろ,定評のある(anerkannt)目的設定により同様に方向付けられ,彼ら の人間らしい目的の実現のために有効である, 若干の人間らしい意識が問題になる。「定 評のある」という言葉では,もちろん,参加する人間による承認が考えられている。この ような承認がなければ,参加する意識は,中立的,あるいは,経営に反するようになり, 労働に係わる参加は,着想の豊かさがない(ohne Fruchtbarkeit),上辺のみであろう。 [経営のための]意識は着想の豊かさでは乏しいであろう(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.575.)。 このため,共同体意識としての[経営のための]意識では,経営の目的設定,そして, これにより統一体としての関連した動機,意志と行為により,はっきり要求される限り, 人間らしい意識が問題になることが繰り返される。このような限定(Abgrenzung)の意 義は,ここでは,経営での個々の人間において上記と同様である。制限は,正に,初めて, 人間らしい活動( Wirken )のための基礎が見付けられうる,深み( Tief )ではなくて, 経営参加者の意識に関与する,範囲(Breite)に対してのみ妥当する。また,共同体意識 としての[経営のための]意識のためには,他の[動機付けのための]資料(Motivmaterial) により,収集され,用意される,記録上の[動機付けのための]資料の補完が重要であり, これにより,単に記録の名残り(Erinnerungsrest)に基づいて行動するのではなくて, むしろ,目的をより正確に,効果的に跡付けられうる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.575 u. S.574.)。 それどころか, だいたい, 些細な生の記録(bloße Einnerung )を放任することが問題 になる。このためには,経営のための作業での個々人の経験が客体化されること,これは, これら個々人の経験が,記録され,準備され,しかも,これらが,招集された,他者によ り,利用されうる形式で,記録され,準備されるような,様式でのみ行われうることが必 要である。この必要性にとっては,[経営のための]意識が, 個人の意識であっても, 共 同体意識であっても,どちらでも良い。この[経営のための]意識が充たされれば,どち らかと言えば,問題になる人間の能力での相違を全く無視すれば,障害が純粋に交代によ り発生することなしに,あるヒトの代わりに,他のヒトが現れることは可能である。この ような可能性は,[経営のための]意識という考えを,完全に特殊なモノとして, 強調す る。これは,個々の身体上での人間の相互依存を超越した,経営の活動の保証を示唆する。 個々人は,経営に対して自らの「永遠の」(ewig)活動を与えると言われうる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.575576.)。
総ての経営の活動にとって,完全に揃った[動機付けのための]資料の調達と使用が特 に重要である(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.576.)。 調達のための前提は,経営の内部と外部の過程が充分に観察可能であることである。こ れら過程は,そのままではそうではないため,観察可能なようにされるべきである。これ は,これら過程が比較可能なようにされるべきであることを意味する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.576.)。 比較可能性は,経営内では,総ての過程の最近の実施が,以前,特に,直前のそれと比 較されうるべきであるという意味のみを有する。これは,経営プロセスの過程の全体が, 観察と比較の単位として使用できるように,区分され,個々の肢体が正確に限定される時 にのみ,可能である。更に,比較を正確に実施できる,基準単位(Maßeinheit)が与えら れるべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.576.)。 他方,外部では,観察と比較の意味は異なる。比較対象は,この場合,異なる経営に属 する。ここでは,観察する目は,主に,時間方向で動くのではなくて,むしろ,過程の同 時的な叙述,並びに,同時に経過する期間の過程全体を比較する。比較対象はさまざまな 経営に所属している。前提は,これら対象がその様式(Art)と構造(Aufbau)上で比較 可能であることである。ここでは,とりあえず開始されるべき,個々の活動と事業分野の 内では,類型の形成( Typenbildung )のみが役に立ちうるようにみなせる。個々の部門 での特徴のある経営は,観察する目に,その他のモノをより明らかに,より明白に見るた めに,必要な拠り所(Halt)を提供する。特徴のある経営は,常に,個々の会社のみであ る。異なる観察者が,そうでないと観察の結果の比較可能性を傷つけるため,これら〈【筆 者補足】特徴のある会社〉について一致することが大切である。個々の領域の観察にとり, 更に,その限界内で,特徴のある経営に対する他の経営の関係が,様式(Art)と構造(Aufbau) 上で,知られていることが重要である。このような知識は, どの程度で乖離が比較を妨げ るのかについての観念を作成する,可能性を含む。これは,他の経営を,競争者によるタ イプの,比較に対して,この場合にはほとんど僅かな疑念を呈示する,件数で近付けるこ とを示唆する。このような方策の意味は,相違が様式と構造に起因する限り,相違を解消 することにあるのであろう。個々の経営にとり,意識が自己の関係をタイプの乖離により 比較しようとする時には,常に,自らの乖離を知ることが必要である。特徴のある経営に 対する自らの様式と構造の関係で,ある領域の経営の段階は,過程全体の区分のように, 外部の比較では,同様な役割を内部で果たす。また,外部より,[経営のための]意識は, 観察をできる限り正確にし, 確定し, これらの支援により比較を貫徹するために,基準
(Maß )を使用する。これは,上記と同様である。今や,この基準は,ここでは,過程の 全体とその結果の追跡のために,強調される(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.576577.)。 前提が充たされる限り, [経営のための]意識のための[動機付けのための]資料(Mo-tivmaterial)は調達されうる。これには,取引相手,相互の経営の肢体との取引きから生 ずる,総ての証拠( Beleg )がこれに属する。上記で観察と比較について語られた限り, 一部では,このような基礎資料の加工,一部では,補完が問題になる。とりあえず,調達 の過程は,確かな記録(Festhaltung)〈【筆者補足】つまり,書類(Aufzeichnung)〉, 収集と加工(Verarbeitung)となる。このため,特殊な制度〈【筆者補足】つまり,体系 的な記帳〉が必要である。記帳(Buchhaltung)が問題になる限り,保存記録であり,事 業での出来事の価値額に対する調達と収集の段階は記帳に,記帳の資料以外では,調達と 収集の段階は統計に属し, その源泉を経営の内部と外部に有して, 異なって加工される (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.577578.)。 計算制度に属する, 事情( Ding )の総てを見渡せるように整理することは難しい。私 〈【筆者補足】ニックリッシュ〉は,これを,この本の著者としてのみではなくて,経済性 管理委員会(Reichskuratoriums fu¨ r Wirtschaftlichkeit )の領域にある, 経済上での管 理のための専門委員会(Ausschuß fu¨ r wirtschaftliche Verwaltung )の専門用語のため の専門家委員会の代表として,述べる。この専門委員会には,一連の提案が提出されたが, この内,私自らに由来するモノは1つである。加工の結果は,以下の表2である(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.578.)。 これに対して,一連の他のシェーマを対比できる。その際,2 つの過程を進める。1 つ の過程では明瞭性は高められ,他の過程では減少される。第一の過程は,総てを一義的な 区分基準より多くで分離されることに本質はある。第二の過程は, 常に, 複数のメルク 表2 経済上での管理のための専門委員会による計算制度のシェーマ (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.578.) 計 算 制 度 計 算 の 目 的 計算の対象 比 較 計 算 事 後 計 算 事 前 計 算 同一期間での予測値と 実際値の間での比較以 外の多数の他の比較目 的に役に立つ[経営の ための]統計 全体の(主要)記帳 全体計画 (長期の予算化) 全体の経営 (長期計算) 肢体的な経営の記帳 [経営のための]記帳 肢体的な経営の計画 (予算化) 肢体的な経営 (短期計算) 後計算 前計算 給付単位 (時間単位に関係した 計算ではない)
マールを一緒に取り入れる。第一の過程に係わるモノは,専門委員会の表2に,長期計算 と全体の経営,並びに,短期計算と肢体的な経営(Gliedbetrieb)を密接な関連の下にも たらすという困難を示す。これは明らかに狭すぎる。というのは,間違いなく,また,肢 体的な経営のための長期計算と,全体の経営のための短期計算が存在すべきであり,この ため,明白さでは充分でないからである。完全な明白さはこのような欠点の排除を要求す る。2 つの過程に対して,レーマン(Lehmann, M. R.)が,彼の提案で,区分し,比較 した,メルクマールが問題になる。また,彼は,まず,計算の目的と対象を考え,しかも また,要素値としての形式上での特徴で数値と,計算手続き,並びに,計算制度の有機的 な構成の特徴を考えた。このため,これは,彼に,計算制度の統一された定義の可能性を 否定し,この代わりに,3 つのモノ,すなわち,経済上での理論,方法論(数理上での特徴) , 組織論(Organisationslehre)の定義の可能性を与えることを必要とした(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.579.)。 この場では,計算制度に関しては,完全に共通して,考え,しかも数理上での側面では なくて,むしろ,経済上での側面から,考察する。数値の形式上での特徴と,手続きの問 題は, このため,分離される。 更に, 洞察では,具体的な経営に対して計算制度の編成 (Gliederung)のために押し付けたり,委ねたりする,組織形態は問題にしない。この分 野の可能性を洞察しようとする者は,実際には特殊な整理( Aufstellung )によりそれを 探すべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.579.)。 このような考慮は,レーマンの過程に従うことを提案しない。むしろ,ただ共通の[区 分のための]メルクマールを考える, 第一の過程を進むことを理解する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.579580.)。 ここで,専門委員会の呈示と相違するモノは,非常に大きな統一体と肢体的な経営の組 表3 レーマンによる計算制度のシェーマ(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.580.) 計 算 制 度 計算の共通した目的 価値の比較の考察 実際値の算定 予測値の算定 [経営のための]統計 給付単位,期間と部分 期間の,予測値と実際 値の比較以外に,多数 の他の比較目的に役に 立つ 後計算 前計算 (時間単位に関係のない) 給付単位 計 算 の 共 通 し た 対 象 短期の記帳 短期の計画 短期の期間 (部分期間) 給 付 期 間 の 内 容 長期の計画 長期の記帳 正常な 事業期間
織上での相違を放棄することに本質がある。その際,外見については無視する。相違は, まだなお,計算の対象としての期間単位と給付単位であり,その際,シェーマの明瞭性に 害を与えなければ,前者は,期間によりより詳細に編成されうる。洞察が更に処理される べきである時には,後計算(Nachkalkulation)と同様に前計算(Vorkalkulation),期 間計算と同様に給付単位計算でも, 必要経費計算, 売上げ計算([経営による]成果の計 算)と収益計算(他の価値(経営外,あるいは, 期間外の価値))に区分される。 常に, 同一の計算では,必要経費側での[経営による]給付( Betriebsleistung )の計算と (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.513.;Vo¨ lker, G. 1961. S.79.;参照。渡辺朗訳1996. 104頁; 参照。高田馨1957. 150頁),売上げ側での[経営による]成果の計算( Betriebsertrags-rechnung)の強調のため(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.524.;Vo¨ lker, G. 1961. S.81.; 参照。渡辺朗訳1996. 107108頁),収益計算(Erfolgsrechnung)での対応した作用によ り,更に記載される(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.580 u. S.528529.)。 前計算 必要経費計算 [経営による]給付の計算 売上げ計算 [経営による]成果の計算 収益計算 外部の(経営外,あるいは,期間外の)価値の必要経費の調節と [経営による]給付と[経営による]成果の比較と差引き(Saldierung) また,後計算でもそうである。 更に, 計画 必要経費計算 [経営による]給付の計算 売上げ計算 [経営による]成果の計算 収益計算 外部の(経営外,あるいは,期間外の)価値の必要経費の調節と [経営による]給付と[経営による]成果の比較と差引き(Saldierung)
また,記帳でもそうである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.581.)。 〈【筆者補足】なお,[経営による]成果の計算が期間計算であれば,売上げ計算(Erlo¨ s- rechnung)ではなくて,売上高計算(Umsatzrechnung)と呼ぶべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.516.)〉。 また,概念上では,計算制度は,1 つの(独立した)経営の価値の展開と運動が把握さ れ,体系的に記録され,加工され,経営にとり重要な,内部と外部の数値資料が比較され る,活動領域と実物領域である。これにより保証される,機能が,最終目標である,意識 機能,すなわち,計算報告(Rechschaftslegung),経済上での管理(Wirtschaftsfu¨ hrung) である。資料と計算は,通常では,あれにもこれにも〈【筆者補足】つまり,計算報告と 経済上での管理に〉役に立つ。両者にとり,[経営のための]意識では,計算制度により, 最も完全な明快さを創造することが問題である(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.582.)。 前計算(Vorkalkulation)と計画は,その意義が予見(Vorausschau)である,事前 計算(Vorrechnung)として統合される。ここでは,体系的と継続的に,価値の展開と運 動を予め算定しようとする,計算制度の部分領域が問題になる。その目標は予測値である。 関係値(Beziehungsgro¨ ße )が給付単位である限り,われわれはこれを前計算と関係させ るべきである。これが給付期間の内容であれば,完全に,あるいは,断片的に,われわれ は計画について語る。前計算と計画のいずれでも, ―上記で既に説明したように―必 要経費計算,売上げ計算と収益計算(Erfolgsrechnung)は区分されるべきである。この 内では,必要経費側に,必要経費価値による[経営による]成果,売上げ側に,[経営に よる]成果計算,収益計算に,対価による外部の(経営外,あるいは,期間外の)価値の 必要経費の比較と,計算された必要経費値と[経営による]成果による[経営による]給 付の対比が含まれる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.582 u. S.528529.;参照。市原季一1971. 144頁)。 後計算(Nachkalkulation)と記帳(Buchhaltung)は事後計算(Nachrechnung)と して統合されうる。その意義は決定された実際の確定,コントロール,最後に予見(Vor- ausschau )に再び注ぎ込まれる意識( Besinnung )である。これらは,個々の経営の過 程による価値の展開と運動が算定される,計算制度の部分領域である。その内容は実際値 (Istzahl)である。また,そこでは,関係値は,給付単位,あるいは,全部,あるいは, 断片的には,給付期間である。最初のケースでは,事後計算,第二のケースでは記帳が問 題になる。この後のモノ〈【筆者補足】つまり,記帳〉は,その際, 広く把握される。こ れには,これらが同一の対象と目的にのみ役に立つ時には,帳簿と勘定の形式を利用しな
い,手続きもまた含まれる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.583.)。 事後計算と同様に,事前計算では,計算と計画,あるいは,記帳は,だいたい,信頼で きる程には充分に区別されえないようにみなせる。特に,これは後計算と記帳について妥 当する。というのは,事業部門の1つで,前者の後計算は後者の記帳の内で実行される。 とりわけ,これは,分割計算(Divisionskalkulation)の手続きが無制限に適用されうる, 純粋な大量生産のケースに対して妥当する。しかし,定義の妥当性はこれとは関係ない。 というのは,実物の関連での差異が存在し続け,過剰補償(U berdekung )は組織の基礎¨ に起因するからである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.583.)。 統計は,予測値と実際値の比較を体系的に実施し,経営にとり重要な他の数値を把握し, 比較のために(vergleichend)利用するという課題を有する。対象による区分は,ここで は,初めから,事前計算と事後計算でより,より多様である。このための基礎は,把握さ れ,使用される,「他の数値」にある。このため,構想(Schema)は統計に対して全く細 編成(Untergliederung)を与えない。計算制度のこの部分の評価手続きは規則的な(re-gelma¨ ßig)比較であり,これにより,また,比較計算(Vergleichsrechnung)と呼ばれ る(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.583.)。 以下の叙述では,計算の対象による編成(Gliederung)が前面に出される。共通の目的 による編成がこのような領域内では取り扱われる。これは,時間間隙計算の叙述では,給 付計算での叙述でよりも,外部からより強く現れる。このための根拠は直ちに叙述の以下 の部分から生ずる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.583584.)。 2 計算制度の個々の肢体 A)給付計算:事後計算と事前計算 計算(Kalkulation)という多用される言葉を他の言葉により取り替える,詳細な(nachste-hend )模索は私〈【筆者補足】ニックリッシュ〉には必要ないと思われる。私には,これ は,明白で,特徴付けられたモノで,このため,続く本文にとり他よりより適切なモノと みなせる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.585.)。 ① 必要経費の計算 〈【筆者補足】目次によれば,計算上での価値(Kalkulationswert),発生した[経 営による]給付に関連した,共通必要経費,操業の変動という特殊問題,内部経営上で の決済価格(innerbetrieblicher Verrechnungspreis)の根拠付けと関連した,方法問題
(Methodenproblem)について取り扱われる〉。 計算上で現れる価値の集合 計算では,まず第一に,明確に,2 つのグループの価値が区別されるべきである。すな わち,一方で,プロセスが開始される時に,資材(Material)に固着している(haften) 価値の総額と,その後で,使用する装置と〈【筆者補足】たとえば,保険や特許の利用の ような〉支援価値( Hilfswert )と共に,経営に所属する人の給付が,プロセスの間で, 実物財の価値に関係しないで,増加する(zuwachsen),あるいは,[経営による]給付に 合成される,価値として〈【筆者補足】集められる〉(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.585.)。 最初のグループ,資材のそれは,厳密に考えれば,原材料が獲得される時に,その価値 に既に含められた,給付価値と共に,原材料のみを包括する。その後,輸送,保険,貯蔵 のような,外部者により給付された価値,並びに,原材料が,経営プロセスの過程,すな わち,それ自らが具体化された資本の利用を特別に放棄することなしに,負担する,内部 価値(Innenwert)の総てに係わる。この原材料が貯蔵された,経営自体の組織の減耗, 並びに,これら組織と,それらが存在する,土地での資本の利用は, 明らかに, 作業者 (arbeitender Menschen)が使用する,装備品(Apparat)に属し,計算の対象と共に, この〈【筆者補足】グループ〉にある。また,補助材料は他方〈【筆者補足】つまり,他の グループ〉に属する。これら補助材料は,作業のための人間の装備(Ausru¨ stung )に属 し,経営の過程のいずれの部分でも,原材料の有り高部分,あるいは,付属物ではない。 その実体(Substanz)は,工具,機械,あるいは,給付する人の実体と同様に,製造物の 実体に少しも係わらない。また,補助材料は,[経営による]給付のために使用されるが, 実物財の価値に係わらず, むしろ, 純粋な給付として引き渡される。このような〈【筆者 補足】補助〉材料は,作業者の装備に様々な所で属する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.585 586.)。 このように,価値の最初のグループ,資材のそれは,価値が実物財で製造される経営に のみ存在するが,しかし,サービス給付経営(Dienstleistungsbetrieb)には存在しない。 この後者は,直接的には人間らしい[労働による]給付により統一体を形成する,価値と のみ関係する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.586.)。 経営では, 人間の給付は, これらに所属する, 価値により,第二のグループである。 たった今,これらが,至る所で見付けられるため,原材料のグループより非常により共通 して普及していることを指摘した(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.586.)。
これらの関係は多様である。 最上列の2つの肢体グループは区分されるべきである。 すなわち,ありのままの人間らしい給付の肢体グループと,装備による価値の運動のそれ である。前者は後者より統一的である。後者は装置と補助材料による価値から構成される。 原材料の内,廃物( Abfall )と副産物( Nebenprodukt )の問題はこれに属する( Vgl. Nicklisch, H. 1929/32. S.586.)。 補助材料と同様に,設備では,既に上記で述べたが,実体が残留される,価値の移転が 問題である。これは,まだなお価値が残っている限り,価値の残余(Wertrest)をもたら す。工具と機械の(古い)資材価値〈【筆者補足】つまり, 残存価値〉ではそうである。 また,石炭のような補助材料の使用で生ずる,残滓(Ru¨ ckstand)でも〈【筆者補足】セメ ントの材料やコンクリートの補強剤になるため〉そうである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.586.)。 非減耗の資産部分のケースでの,使用( Gebrauch )では,その全部の価値で実体は残 留する。ここでは,言葉の真の意味では,時間価値(Zeitwert)であるが,製造での利用 権(Nutzung)のみが関係する。これは,常に,資本を示唆する,対象の使用により配分 される,資本の利用である。非減耗可能なモノのみが資本を意味するのではなくて,むし ろまた, 減耗可能なモノと補助材料は,減耗による, あるいは,(前)使用による価値の 移転の外にも,これらでは,常に,資本の利用が生じ,これは計算では同様に考慮される べきである。同様の関係は,[労働による]給付(Arbeitsleistung)でもまた示される。 すなわち,これらに対して,予め,あるいは,事後に,支払われる限り,このため,信用 関係が存在する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.586587.)。 原材料による廃物と副産物の問題に対して,有機的な関係は,経営での給付では,その 立場( Stellung )を与える。その際,どのような容量( Menge )でと,どのような情況 で,廃物と副産物が生ずるのかと,これにより何が作られるのかは,作業者により左右さ れることが決定的である。上記で既に確認したように,その他では,廃物と残滓の問題は, また,補助材料でも,存在する。ここでもまた,これは給付での場所( Platz )を有する (Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.587 u. S.558.)。 これらグループでの問題は,必要経費の計算が見捨てられた必要経費(verlorener Aufwand) を考慮すべきであるのかである。このような種類の損失は様々な源泉を有する。これら損 失は,計算の特別な対象である,特定の作業課題での誤った給付(Fehlleistung)に由 来するか,あるいは,資材が着服される(entwenden)ことがありうる,コントロール のシステムの欠陥のような,経営で支配している,共通の種類の不充分さ(Unzula¨ nglichkeit)
から生ずるか,あるいは,全体としての経営が非合目的に組織され,その課題に不都合 に適応するため,[必要経費での]損失(Aufwandsverlust)を発生させるか。このよう な問題で,経済上での関連が完全に正当に評価されるという,決定に達するために,主張 可能な(vertretbar)必要経費とその他の必要経費の間で区分することが必要である。上 記の区分された番号の内,は,このような損失が不回避的とみなされえる,価値 の大きさが問題になる限り,主張可能な必要経費を正当に評価できる。しかし,とは 総てのケースで主張できない。 ここからと,[経営による]給付の市場により補償される 金額を算定するという, 必要経費計算の目的から,[必要経費での]損失は番号のケー スでのみ,しかも,特徴のある限界までに属するという決定が生ずる。番号の残り,並 びに,とは,収益計算では中止される(einstellen)べきであり,そこでは,これら は最終成果を少なくする(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.587588.)。 これにより,2 つのグループが区分されうる。すなわち, 1.純粋な給付の必要経費価値。これは協定された(vereinbart)給料,あるいは,報 酬の金額で仮定される。これには,上記で説明された関連による,資本の利用の増 加,あるいは,減少が加わるが,正に,これにより,給付者に対価が予め,あるい は,事後に支払われる。 2.a)α)消耗材へ〈【筆者補足】移転された〉減耗可能な設備による減耗された価 値と資本の利用の価値 β)装置の非減耗部分での資本の利用の価値 b)経営での過程により,[経営による]給付に結び付けられる,補助材料の価値 と,補助材料での資本の利用の価値 c)原材料の使用で,廃物と副産物から誘導されるべきである,[計算上での]価 値(Kalkulationswert) d)主張できる限りであるが,誤った給付による[必要経費での]損失(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.588.)。 〈【筆者補足】ここでは,拘束されている資本の利用代価は分けられているが〉, 1 での 価値は,実行された生産高(Ausstoß)までの総ての純粋な[労働による]給付(Arbeits- leistung)を含む。これらは[経営による]給付の計算された必要経費価値をもたらす。 この必要経費価値が完全であるべきであれば,[企業家による]給付(Unternehmerleistung) がこれに含まれるべきであり,また,これに更に続く,法律形態で経営される,企業,す なわち,個人商人と人的会社でも,〈【筆者補足】[企業家による]給付がこれに含まれる〉
(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.588.)。
2.a)α)には,資材自体が減耗されえないことと, 全体の減耗のために使用された 価値が,減耗可能な設備の全体の価値より,(古い)資材価値〈【筆者補足】つまり,残存 価値〉だけ少ないことが追加される。これは,計算で考慮されるべきである,個々の減耗 分担額(Abnu¨ tzugsquote),すなわち,減耗期間,あるいは,減耗行為の回数(Zahl)に より配分された,全体価値-資材価値の絶対額を減少させる。更に,減耗可能な減耗対象 で利用される,資本は,減耗価値によるのみではなくて,むしろまた,資材価値により示 されることが指摘されるべきである。このため,利用の額は計算期間でのこのような設備 の全体価値から見積もられるべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.589.)。 2.b)では,補助材料の使用では,価値を有するか,あるいは,その他の支出を必要 とする,廃物と残滓(Ru¨ ckstand)が生ずることが注目されるべきである。利用された価 値は,このような額だけ, 減少したり,あるいは,増加したりする(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.589.)。 2.c)では,まだ,以下のことが〈【筆者補足】考えられる〉。すなわち,経営は,与 えられた原材料を,容量( Menge )によれば,できる限り100%で完成品に転換すること により,自らの給付を改善する。その際,主要な財よりも廃物は望まれないことが仮定さ れる。廃物と副産物が生ずる限り,これらを利用することが問題になる。そこから,投入 された原材料の価値に対向し,価値を部分的に返済する(abdecken),価値が生ずる。廃 物により更に新しい支出のみが生ずれば,原材料の費消される価値(aufgewandter Wert) に対する追加が生ずる。副産物のケースでの完成品の計算上での価値(Kalkulationswert) に対する反作用は,一般には,廃物のケースより,より複雑である。私〈【筆者補足】ニッ クリッシュ〉がこれを書くことにより,私はもちろん両者の一義的な区別の可能性を前提 にする。しかし,これらが存在しないことを追加すべきではない。後に,廃物と副産物, 結合産物(Kuppelprodukte)のテーマで更に触れるべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.589.)。 2.d)では,前に書かれたことについて全くその他の補足は必要ない(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.589.)。 示唆されたグループと下位グループは,また,論議のみが行われ,他のメルクマールに より新たに総括されうる。たとえば,更に誤解はできないとして,集合項目(Sammelposition) による廃物と副産物からの利用価値(Nutzungswert)と計算上での価値が上記で引き出 され,特別に列挙される。以下の洞察を得る。すなわち,
1.部分的な洞察 すなわち,計算での利用価値(Nutzwert)は, a.給付者に対する経営での関係での資本の利用 b.減耗可能な設備での資本の利用 c.設備の非減耗可能部分での資本の利用 d.補助材料での資本の利用 e.正にこのようなモノが生ずれば,半製品と完成した財での資本の利用 f.原材料での資本の利用(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.589590.) 〈【筆者補足】ここで, 補足説明をすれば〉,e.では,[経営による]給付の半製品と完 成した財での資本の利用は,以前の原材料,補助材料の資本の利用と,減耗価値,並びに, 給付価値の継続であることを無視できない(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.590.)。 c.には,正確に仮定すれば,また,減耗可能な設備の(古い)資材〈【筆者補足】つま り,残存価値〉が属するが,これは,もちろん,また,b.の下で既に考慮されうる(Vgl.Nick- lisch, H. 1929/32. S.590.)。 総てのこのような利用価値(Nutzwert)は,経済上での貸借対照表(wirtschaftliche Bilanz)の観点によると,借り方側の価値である。貸し方側での利子は,この関連では, 配分の基礎(Bemessungsgrundlage)としてのみ関係すべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.590.)。 2.部分的な洞察 廃物と残滓と副産物の管理(Bewirtschaftung)からの計算上での価値(Kalkulationwert) は, a)原材料の廃物と副産物の計算上での価値 b)補助材料の廃物と残滓から補助材料への計算上での価値 b.と同様にa.の価値は,プラスか,マイナスの価値である。再び,廃物と残滓がまた 支出をもたらしうることが思い起こされるべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.590.)。 以上の記述から,ほぼ一般的な[計算のための]シェーマ(allgemeines Kalkulations- schema)のようなものが獲得される。簡単にここで示すと以下のようである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.590.)。
今までの論議には,更に,市場価値(Marktwert)の変動から,その展開の傾向から, 計算に対する影響を誘導すべきであることが追加されるべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.591.)。 一方で,市場で計算の決定日に費消された事物(Ding)の評価により必要経費として設 定される価値の隔たり(Abstand)が問題になる。もちろん,このような事物が市場を有 する限りで,この隔たりは現れうる。これは2つの市場価値,すなわち,費消されるモノ の調達が行われた価値〈【筆者補足】つまり, 調達価値〉と, 計算の決定日に初めて調達 されることが必要である時に,おそらく費消されたモノ(Aufgewandte)が調達されると 生ずる価値〈【筆者補足】つまり, 再調達価値〉の間での差異である。以前の支出の一部 が後での安い評価により既に消えているならば,両価値の内の前者は損失だけより少なく, 隔たり(Abstand)はこれに対応して変更される。後者は,肯定的,あるいは,否定的で ありうる。その判定では市場の傾向が考慮されるべきである。このような傾向は,プラス か,あるいは,マイナスかを確認できる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.591592.)。 他方,売れる[経営による]給付の必要経費に対して,与えられた時点での売却市場で 支配する判定(Urteil)が対立する。価格は,しかも上回れば,必要経費額を補償できる が,しかしまた,下回りうる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.592.)。 しかし,費消された財の現行の市場価値の,その調達価値からの隔たり(Abstand)も, 売れる[経営による]給付の必要経費価値と,現行の市場価値の間での差異もすぐに必要 図10 一般的な[計算のための]シェーマ(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.591.) 1.原材料の集合(Rohstoffkomplex), 原材料の価値と,原材料での資本の利用 2.給付の集合 a.純粋な給付±給付者と経営の間での信用関係による資本の利用 b.設備による計算上での価値 α)資本価値(Kapitalwert)としての減耗可能な設備の全体価値の減耗と利用 β)非減耗可能財の利用 c.補助材料による価値と,補助材料での資本の利用 d.廃物,残滓,副産物の管理(Bewirtschaftung)による計算上での価値 α)原材料で β)補助材料で e.主張できる限りでの,間違った給付による,資材価値(Materialwert),減耗価値, 利用価値と給付価値に関する損失(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.591.)。 ニックリッシュは,必要経費の種類による編成(Gliederung)について,「これは,また少な くとも経営形態に結び付いている。これにより,利用(Nutzung),実物財(Sachgu¨ ter),減耗 と[労働による]給付に区分される」(Nicklisch, H. 1929/32. S.538.)と述べる。
経費計算での項目をもたらすのではない。これは,あちこちで,最も慎重に継続して探求 される,責任のある指導(Leitung)に対する基準数値(Richtzahl)のみをもたらす。こ の基準数値は,経営の市場情況の展開を,販売と同様に,調達側により,暴露する。その 際,必要経費の計算が[経営による]給付のための計算された販売価格の算定まで継続さ れるならば,経営が自らの給付の販売のためにまだ余裕(Spielraum)を有するのかが示 される。この余裕は,計算上での販売価格に比べて,現行の市場価値のプラスの差異では, 肯定的に現れる。もちろん,ここでは,事業分野で,計算上での販売価格と共に,更に, 市場価格が存在することが前提にされる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.592.)。 市場の動きによる損失が,まだ実現される前でも,認知されるならば,異なる。経営の 活動の安全性の根拠がこのためには必要である(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.592.)。認 知(Anerkennung)は,紛失した金額の記録(Fortschreiben)に結果としてなる。減耗 可能な設備では,結果は,減耗と資本の利用の絶対額が減少されることである。非減耗可 能な設備が問題になれば, 後者〈【筆者補足】の資本の利用〉のみが問題になる。 補助材 料と原材料のケースでは,損失の償却(Verlustabschreibung)により金額は減少される が,この金額が正に費消した容量単位( Mengeneinheit )を,将来,[経営による]給付 と結び付け,費消した容量による資本の利用に結び付ける。ここでは,個々の項目(Posten) での計算は影響される。しかし,影響は,追加される,新しい項目では現れないで,むし ろ,先に示したシェーマが包括する,様々な内訳( Position )の価値基準の変更で〈【筆 者補足】現れる〉(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.592593.)。 計算で現れる,価値のグループ( Wertgruppe )の考察の後では, 更に, 給付の集合 (Leistungskomplex)の詳細な研究が必要である。その際,本質上では2通りのモノが問 題になる。すなわち,一方で,給付に対する装備と,主要給付(Hauptleistung)に対す る付属給付( Mitleistung )の関係,更に,1 単位として,総ての関連付けられた給付を 段階付けて統合(Zusammenfassung)することと,生じうる(sich bilden ko¨ nnen),[必 要経費での]損失に対するこれら価値の限定が〈【筆者補足】問題になる〉(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.593.)。 最初の〈【筆者補足】問題〉は, 給付に対する装備の関係である。 これには給付者に対 する関係が基礎になる。装備は彼らの給付に対するこのような関係に役に立つ。この〈【筆 者補足】関係〉は他〈【筆者補足】の給付者〉の装備にも更に役に立つ。 このため, 給付 者は自らの装備により全体と全く異なる様式で結び付けられている。ある〈【筆者補足】 給付者の〉ことは総て〈【筆者補足】の給付者〉に対して妥当する。 すなわち,総ての給
付者には自らの装備が備えられている。しかし,彼の給付は,経営での他の〈【筆者補足】 給付者の〉ための直接的な付属給付,あるいは,このような〈【筆者補足】付属給付〉,あ るいは,直接的な[経営による]給付の装置での給付のみである。最後のケースでは,主 要給付について語られる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.593. )。たとえば,直接的に支配 的な機械で働く,機械工場での旋盤工や組立て工である(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.593.)。 価値の運動の計算を自ら行うとする時には,個々の給付者の装備による価値が彼らの給 付に移転されるべきである。このような給付は,他の給付,より高度な付属給付,あるい は,また,主要給付に成長する,付属給付であるか,あるいは,他の経営の肢体の装備に 流入し,このような給付による価値と共に,更に,正に,この機関での経営の組織により, 付属給付,あるいは,直接的に主要給付に移転される。共通の装備は困難を惹き起こす。 〈【筆者補足】たとえば,陶器工場での釜や鋳型・ロクロのように〉,全体で見れば,[経営 のための]装置は,すなわち,その異なる部分で,完全に異なる次元(Ausdehnung)の 適用範囲を有する。これらは,全体で経営に奉仕するか,あるいは,個々の経営の肢体の ために規定されている。すなわち,経営での特定の個々の協働者と同様に,最高度,ある いは,より低い程度,最低の程度のために〈【筆者補足】規定されている〉。適用範囲が拡 張する程,装備の部分を個々の給付者に正しく帰属させ,装備による価値を主要給付にま で移転することはより困難になる。過程は,いずれの程度でも共通の装備の価値に,総て の程度の主要給付と付属給付が同時に係わるか,係われ,この〈【筆者補足】過程〉によ り,この〈【筆者補足】装備の価値〉は,この場合, ―付属給付のケースでは―また, このような過程で総てが主要給付に到達し, これにより初めて, 本来,[経営による]給 付の構成部分になるが,更に配分される。また,総ての給付者の装備は,彼のみができる 特殊なモノと,一般の零細な経営単位と全体経営までのより大きな経営単位の関与から構 成される。このため,給付者の装備は,それ自体,空間上では,かなり単純な関係でも, 明らかにかなり複雑な構成体である。 計算上では,これら〈【筆者補足】構成体〉は,階 層で, すなわち,特殊な装備,つまり, 共通性の程度により等級付けられた,共通〈【筆 者補足】の構成体〉に関する関与(Anteil)を示唆する。給付とその効果にとり,組織上 では,もちろん,これらは調和して構成され,展開される単位であるべきである。計算は この関連を明確に維持すべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.593594.)。 補助材料( Hilfsstoff )は,このような説明では,既に上記で,装備の構成部分とみな されたが,これにより再び肢体化では,減耗可能な設備(Anlage)と非減耗可能な設備の 装備品(Apparat)と補助材料として示される。上記で描かれた,装備からの計算上での
価値の転用では,補助材料の価値の運動は統一されていない。一部は, 減耗可能な設備と 非減耗可能な設備に通ずる過程に,一部は,給付,付属給付と主要給付に通ずる過程に導 く。最初のグループには,助成(Pflege),経営,あるいは,設備の単なる利用のために用 いられる,総ての資材が属する。第二のグループには,給付する人間が間接的に補助資材 に関連した自らの作業のために用いる,総てが属する。[経営による]給付の必要経費価 値までの価値の継続した管理は,この場合,既に上記で繰り返して示したように,これら が採用されれば,設備と給付による価値で経過する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.594.)。 〈【筆者補足】また〉,相互の給付価値の関係は,装備の説明から,既に明らかになった。 これは,主要給付と付属給付に区分されるべきである。前者〈【筆者補足】の主要給付〉 から,[経営による]給付は直接構成される。〈【筆者補足】たとえば, 陶器工場での石膏 の鋳型に係わる作業のような〉, 後者〈【筆者補足】の付属給付〉は, 前者〈【筆者補足】 の主要給付〉に,間接,あるいは,直接的に移転する。間接的には,これは,直接,より 高い程度の付属給付,あるいは,装備によるこのような給付へのより広い過程で起こる。 移転は,主要給付が達成されるまで,その限りでは,続けられる。主要給付も,付属給付 も,グループ給付と同様に,個別給付でもありうる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.595.)。 獲得された洞察を利用した,給付の集合(Leistungskomplex)の最後の洞察までに, 予め(erst noch),[経営による]給付の総必要経費価値と,発生した[必要経費での]損 失(Aufwandsverlust)〈【筆者補足】つまり,過剰な資産や資本による回避可能な必要経 費の負担〉の間での境界を明確に引くべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.595.)。 可能な[必要経費での]損失のグループ化は既に上記で与えた。〈【筆者補足】陶器工場 では,試作品の作成のような〉,これらが適切な( vertretbar )必要経費の範囲にあり, 計算内の項目として示される限り,ここでは,その他のモノは付け加えられない。同じこ とは,〈【筆者補足】たとえば,耐熱性に対する不足のように〉, 構造での不許可性と,経 営の管理(Fu¨ hrung)から直接生ずる,必要経費財(Aufwandsgu¨ ter)に係わる損失につ いても妥当する。〈【筆者補足】陶器工場では,日常食器の形状や絵付けなどでは,食洗機 に対応すべきであるという制約のように〉,これは, 自らの目的に対する経営の適合性で の変動から発生する,[必要経費での]損失の第三のグループとは異なる。 優先的には, ここでは,経営の組織と給付能力に多かれ少なかれ適切でありうる,価値の貫流の容積 (Volumen)での変動に関連して考えられる。ここでは,全体として強調して,貫流する 価値の容積が縮小し,なお更に上記で示された意味で適切(vertretbar)とみなされる時 に,初めて目的に反する( zwecklos ),必要経費の広がりがどのようであるのかという,
問題が設定される。ただこの限りでのみ,この必要経費はまた計算で考慮されうる。問題 に対する答えが,以下では,できる限り正確に与えようと試みられる。しかし,とりあえ ず,若干の例に関してその意味が更に明らかにされるべきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.595.)。 ある作業場で,ある部門が,自らの在庫のためでなくて,むしろ,他者がその代わりに 働かない,他者の負担のために働いていると仮定する。このため,総ての部分は,自らの 目的のために必要とするよりも,より給付能力があるように形成される。他者の任務(Auftrag) が縮小する時には,おそらく完全に消滅し,総ての部分は過剰になる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.595.)。今や問題の意味は完全に明らかになる。すなわち,巨大な部分設備のど れ程が,工場自体のため,自らの在庫のために,規定された,給付の必要経費に属するの か。 今まで, 他者の任務を負担させていた,必要経費は,〈【筆者補足】どれ程か〉。 部門 を今までだましていた,必要経費を負担することが実際に解消された,自らの在庫注文の 容量単位( Mengeneinheit ),部門で他者の注文のために処理してきたことにより発生し た, 当該部門以外の容量単位は,〈【筆者補足】どれ程か〉。一般化し,再び開始の形式に 近付けると,問いは,次のような内容になる。他の共通必要経費のために,相互に排除さ れる,複数の並列された目的の内の1つのための必要経費は,その1つがなくなる時,い くらか。答えは,共通して,非常に簡単に与えられうる。すなわち,無い。しかし,個々 の実践でのケースでは,境界は非常に困難,かつ,主に充分ではないが,正確に引かれう る(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.596.)。 他の例は,総ての経営が個々の与えられた時点で規定された容量で[経営による]給付 を調節すべきであることで,結び付けられる。より正確に言えば,■より□までの容量単 位の給付の給付能力の領域が問題になる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.596.)。今や,貫 流する価値の容量が,給付領域の下限(■)以下にまで縮小すると仮定する。必要経費の 構成(Aufwandsgestalltung)にとり,このような過程は,より少ない給付量が,前提と してのより大きな給付量を有し,より大きい給付量の場合にのみ負担されえた,必要経費 を一緒に負担させられることを意味する。ここでは,問題は次のような内容である。すな わち,どのような限界まで,縮小する給付の単位の[必要経費による]加重負担(Aufwands- u¨ berbu¨ rdung )では,[必要経費での]損失について語られるべきであるのか。 この点で は,計算が関係しなかった,適切でない必要経費が呈示される(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.596.)。 関連のより正確な研究は,再び,給付の考察と,給付者の装備に対するその関係に戻る。
価値の貫流の縮小のケースでこれらはどのように振る舞うのか(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.596.)。 給付はある期間で生ずる。この期間は,この期間内での給付に対する準備を含む。しか し,この準備期間の外に,まだ,この期間での給付が実行されうることを可能にする,そ の他の期間が必要である。その期間では,給付者が準備すること以外には生じない。給付 中での必要な[作業のための]休憩( Arbeitspause )は, その際,給付時間とみなされ る。正確に観察すれば,給付者の全体時間は準備時間である。多数の一時期(Abschnitte) では,給付のための準備自体が増加する。 期間での給付行為が少なくなる程,[準備のた めの]必要経費を伴う給付単位の負担はより強くなる。多数の給付者では,給付時間の総 計は準備時間の総計と対比される。 両者の相互の関係から,再び,[準備のための]必要 経費を伴う給付の負担の程度が生ずる。関係は事業分野の種類に一致しうる。すなわち, 今や充分に根拠付けられた準備期間を内容とする。最も好都合な関係は,準備時間と給付 時間が等しい時に,与えられる。というのは,総ての準備が給付に変換されうるからであ る。ここでは,給付中の休憩(Pause)が給付時間とみなされることが思い出される。し かし,最も良い状態では,更に適切な[必要経費での]損失の限界は見付けられない。こ の立場にある者は,総ての大雑把な[準備のための]必要経費の中に 損失を見付けるべ きであろう。実際には限界はより深くにある。すなわち,[経営による]給付の売却市場 では準備と給付の間での関係が補償(Deckung)をもはや見付けられない所である。そこ では,市場が,私的,あるいは,公的な法律上の条件によるのではなくて,自然な状態に よる強制的な方策により取り出される(herausdringen)ことが仮定される。この限界を 越えた[準備のための]必要経費は,間違いなく,既に無駄(im Aufwenden)に失われ ている。収縮する貫流容積(Durchlaufsvolumen)での関係の改善は,給付者の人数の削 減,あるいは,労働時間が短縮されることにより,可能であり,その結果,個々の給付行 為は相互にほとんど同じになり,過剰な中間の空間は減少する。境界は,作業装置,ある いは,作業課題の種類が条件とする, 給付者の最少の人数で与えられる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.596597 u. S.549550.)。 特殊な状態では,あらゆる経営,あるいは,経営の肢体は,その準備時間と給付時間で, 常に相互に補償される( decken )。〈【筆者補足】ニックリッシュは,具体例として,公的 な警察の治安と介入の件数は,私的な特定の工場の入り口での守衛の人数と活動に関連し ているとみなして,保障が必要とする人数は,この地点での時間単位と最少数で決められ る,一定の限界を越えれば, 不必要な作業が増加され,[必要経費での]損失が発生して
いると説明する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.597598.)〉。 [必要経費での]損失(Aufwandsverlust)の問題でのこのような状態は主要給付と付 属給付に対して同様に与えられる。補完(Erga¨ nzung)は,更に,同様の問題の設定下で の,主要給付と付属給付の相互の関係と,装備に対する関係の考察から生ずる。総ての給 付は自らの必要経費の領域( Aufwandsbereich )を有する。 主要給付の必要経費の領域 は,帰属する装備を含めて,その付属給付のそれを包括する。この点,〈【筆者補足】たと えば,チェーンストアの各店舗での販売活動のように〉,主要給付が, 経営で,グループ として共同体として作業しないで,むしろ,同一の作業を相互に独立して給付する,複数 の機関により代表される,ケースを設定すると,これら機関の総ては,自らの領域を有し, これらが負担すべき個々の必要経費を有する。どの機関も,他の機関の必要経費の領域と はほぼ関係しない。これら機関の総てに対する必要経費計算では,他の機関の領域での費 用(Aufwendung)は除外される。機関の1つが操業しないならば,そこと,その全体領 域で更に生ずる,必要経費は失われる。決して,この〈【筆者補足】機関の必要経費〉は, 操業している機関の必要経費に加算されない。これは,また,非操業の機関と,共通の装 備に係わるその必要経費の領域の割当てにも妥当する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.598.)。 このような関係は,価値の貫流の縮小が徐々に実行され,このような機関の給付能力に 対応した段階で起こらないことにより,幾分曖昧になる。経営政策の課題は,機関での脱 落(Ausfall)を変更することにある。総ての機関に関係した,給付のための平均的な必要 経費が最少の可能なモノである時に,この課題は正しく取り扱われる。この意味で配分が できる限り,そこから必要経費が失われる,境界を見付けることは難しい。個々の機関で の脱落が集中され,これらが休止される( stillegen )時に,完全に明瞭に,[必要経費で の]損失が実際に現れる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.598599.)。 [必要経費での]損失の境界を見付ける,特殊な困難は,また, 装備から生ずる。〈【筆 者補足】ここでは,容量のみが取りあげられるが,品質でも生ずる,装置の能力でのボト ルネックと呼ばれるが〉, 一方で,これら装備が所与の給付量に対して調和して構成され るのかが問題になる。1 つ,あるいは,若干の部分でこれら装備が足りなければ,その他 の装備の必要経費は完全に利用し尽くされず,その限りで失われる。〈【筆者補足】反対に, 過剰設備であるが〉, 1 つ, あるいは,他の部分が基準を上回るならば,これらで[必要 経費での]損失が生ずる。しかもまた,価値の貫流が縮小されるため,調和のある装備で 利用し尽くされないものは失われる。ここでは,今や,新しい限定の困難が生ずる。これ は,経営のための装置の構造において,簡単に,〈【筆者補足】ボトルネックになっている
設備に全体を合わせるのではなくて,追加設備により,ボトルネックの水準を上げようと するため〉, より大きな単位への圧力が展開され, これが給付単位当たりでの相対的な必 要経費額を圧迫し,経過する容量がこのために充分でない時には,できないことにより, 惹き起こされる。給付量が充分に大きくなりえないため,この場合には,装備品(Apparat) は与えられるが,給付単位当たりでの必要経費は予想よりも大きい。設備が縮小されうる 時,費消されないであろうモノが,この場合には,喪失したモノ(verloren)とみなされ る。これは,(給付単位当たりでの)必要経費の最適値と,貫流の減少から生ずる, 金額 の間での差異が失われるのではなくて,むしろ,後者と,正確に適合した設備により目指 される,最適な必要経費額の間での差異のみが喪失されることを示唆する。ここでは,も ちろん,このような基礎が正確に充分に評価されうることが前提にされる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.599.)。 喪失された必要経費の問題は,最近,特に〈【筆者補足】第一次世界大〉戦後に,最も 重要な経営と市場の問題になったが,強い注意を必要とする。今日,価格政策は,多くの 機関で,[必要経費での]損失により, 負担を掛け過ぎる。 このような問題がここで見付 けた,高い意義は強調を正当化する(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.599.)。 給付の集合(Leistungskomplex)についての叙述の最後に,今や,全体の洞察が試み られる(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.599.)。 給付の集合の全体 これにより,[経営による]給付が直接的に構成される, 主要給付は必要経費を負担す べきである(Vgl.Nicklisch, H. 1929/32. S.599.)。 1.純粋な主要給付,以下の価値を加えて, a)主要装備(Hauptausru¨ stung) b)補助装備(Hilftausru¨ stung)と,しかも α)特殊な補助装備 β)主要機関が属する,より高い程度の経営単位の装備に係わる割当て(Anteil) γ)全体の経営の共通した装備に係わる割当て 2.付属給付と,しかも a)特殊な付属給付(主要給付に対してのみ) b)補助経営の給付( a)でと同様に,主要給付に対してのみのような,特殊なモノが 問題に再びなる )