58 『東欧史研究』第 38 号 2016 年 (1 〜 2 頁)
2015 年度大会
東欧史におけるネットワーク
近年、西欧史の領域においては、グローバルヒス トリーの台頭を背景として、ネットワークに関する研 究が進んでいる。これらの研究においては、特定の ネットワークに着目し、その構造、形成・発展のプ ロセス、歴史的所産など、様々な視点から分析がお こなわれている。これを念頭に、東欧史研究会の主 たる研究領域である欧州東部地域の歴史に目を向け るならば、西部地域と同様、人・金・モノ・情報が 相互に行き交う持続的なネットワーク・システムの 形成・発展が確認されるはずである。そこで、東欧 史研究会設立 40 周年の節目にあたる今年度大会に おいて、「東欧史におけるネットワーク」というテー マを取り上げた。 上記のテーマに取り組むにあたって、「対象として のネットワーク」と「方法としてのネットワーク」と いう二つの方法論的視点を設けることとした。東欧 において形成されたネットワークなるものを考察し ていくうえで、まず必要とされる作業は、それ自体 を歴史研究の対象として扱うこと、すなわちその実 態を明らかにし、特徴を捉えることである。ただし ここで注意すべきは、そうしたネットワークの多くは、 欧州内外の周辺地域から隔てられた、すなわち「閉 じた」ものではなかったという点である。それらは むしろ、東欧を基盤としつつも、欧州全体、さらに は欧州以外の地域とも結びつくことで、広範囲に影 響を及ぼしうる拡張的・地域横断的システムとして 機能した、「開かれた」ネットワークであったと考え られるのである。 このようにネットワーク自体を研究対象とするこ とで、その「開かれた」性格が明らかとなったとき、 つぎに立ち現れるのは、そうしたネットワークを通4 じて4 4 東欧の歴史を捉え直すという課題である。一般 的に、地域や共同体、個人といった個別のファクター は、それぞれ独立して存在しているのではなく、何 らかのネットワークを介して外部や他者と恒常的に 結びつけられている。ネットワークを構成する個々 の単位の諸特性(知識、制度、慣習、アイデンティティ など)を論じるうえで、そうした関係性を基礎に展 開される相互作用の影響を度外視することは、およ そ困難であろう。むしろ、相互作用システムとして のネットワークへの着目は、そこに属する個別ファク ターの性質や機能を解明していくうえで、不可欠で あると考えられる。ここで上述のように、東欧にお けるネットワークが外部に向けて「開かれた」もの であることを念頭に置くならば、東欧の歴史を織り なす様々なモメントについても、ネットワークを介し たより広域的かつ多様な関係性のなかに位置づけつ つ、捉え直していく必要が生じる。これはすなわち、 ネットワークを分析上のひとつの方法として用いる ことで、「東欧」という歴史的枠組みを問い直してい く試みでもある。 こうして、「開かれた」ネットワークのうちに、東 欧における社会発展の触媒としての機能を認めうる 一方で、個別のネットワークの内部構造や発展形態 が、時代や地域ごとに異なる制度や権力構造、政治・ 経済情勢、交通や情報伝達の手段、さらには国際関 係といった歴史的条件に大きく規定されていた側面 も見逃せない。ネットワークはたしかに、地域や国 家を超えて広域的に発展していく過程で、それが結 びつける各地の社会や文化に影響を及ぼしえた。し かし他方で、これとは逆に、ネットワークそれ自体 の性格が、所与の歴史的条件の影響を少なからず 被っていた事実も、また無視しえないだろう。 以上に述べたネットワークの諸側面に、東欧にお ける個別事例を参照しつつ焦点をあてていくことが、 本大会における基本課題であった。報告においては、 それぞれ異なる時代における、異なったタイプのネッ トワークが取り上げられた。薩摩秀登氏が扱ったの は、人文主義に共鳴する東欧諸国の知識人によって 15 世紀後半から 16 世紀初頭にかけて展開された、 地域や国家を超えた人的交流や情報伝達のネット ワークである。秋山晋吾氏の報告では、18 世紀にド
59 ナウ川沿い交易路が活況を帯びた背景が考察され た。野村真理氏が取り上げたのは、ユダヤ人にとっ て最初の近代的な国際組織であり、迫害されたユダ ヤ人の国境を越えた救援を活動目的としていた、世 界イスラエル連合である。山本明代氏は、ネットワー ク論を簡潔に整理したうえで、以上の三氏の報告に ついてコメントした。 大会を終え振り返ってみると、企画段階において、 異なる時代の異なるネットワークを取り上げること が議論の拡散を引き起こすという可能性を過小評価 した感も否めない。しかし、三氏による報告とコメ ントに加えて、フロアにおける活発な議論が本大会 を充実したものにしたと考える。今後も定期的に大 会を開催していく必要性をも含めて、本大会で獲得 された成果がさらに発展していくことを信じてやま ない。 東欧史研究会委員会 例会担当