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愛知の発酵食品の魅力

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Academic year: 2021

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(1)愛知の発酵食品の魅力. 日本食生活学会誌 第31巻 第 4 号 195 199(2021). [総 説]. 愛知の発酵食品の魅力. (第61回大会特別講演). 加藤雅士 (名城大学農学部). The appeal of fermented foods in Aichi prefecture Masashi Kato Faculty of Agriculture, Meijo University, 1-501, Shiogamaguchi, Tempaku-ku, Nagoya-shi, Aichi, 468-8502 〒468 8502 愛知県名古屋市天白区塩. 口 1 501.  In 2013, traditional Japanese cuisine, or washoku, was registered as an intangible cultural heritage by UNESCO. The degree of attention to Japanese food has further increased around the world. Traditional Japanese cuisine has four main characteristics: washoku uses fresh ingredients and it is well-balanced, good-looking and an important part of annual events. It is notable that washoku is a healthy diet and has contributed to the longevity of Japanese people. Obviously, use of the Umami compounds such as glutamate and nucleic acid-relating substances, extracted from natural ingredients such as “kombu kelp” and “katsuobushi(dried bonito) ” contributes to the deliciousness and healthiness of washoku. In addition to these compounds, fermented seasonings play an important role in the taste of Japanese cuisine by adding the other Umami components, such as amino acids other than glutamate, and peptides.  There are many breweries of fermented seasonings such as miso, soy sauce, vinegar, and mirin in Aichi prefecture. And they have had a great impact on Japanese food culture. In this article I focused on the variety of fermented seasonings in Aichi and their history, process for making, characteristics and functionality.. 1 .はじめに. に含まれる旨味成分の活用が大きいことはいうまでもな い。旨味という概念は,旨味物質としてのグルタミン酸.  2013年,和食がユネスコの世界無形文化財に登録され. ナトリウムが日本の研究者(東京帝国大学の池田菊苗博. たことを契機に,世界での和食に対する注目度がさらに. 士)によって同定されたことにより確立された 1 )。今か. 上昇している。和食は,多様で新鮮な食材とその持ち味. ら100年以上も前(1907年)のことであり,以後,日本. を最大限に活かす調理技術や調理道具の利用,自然の美. は旨味先進国に君臨しているといっても過言ではない。. しさや季節の移ろいの表現,年中行事との密接な関わり. この発見に続き,1913年には同じく東京帝国大学の小玉. を特徴とし,さらには,栄養バランスが良く,旨味を上. 新太郎氏が鰹節の旨味のイノシン酸を発見した 2 )。さら. 手に利用することにより,健康的かつ美味な食事として,. に時が下り,ヤマサ醤油研究所の國中明博士により,干. 日本人の長寿や肥満防止にも貢献してきた。. し椎茸の旨味のグアニル酸が発見された 3 )。.  西洋の料理が,クリームやバターなどの脂の旨味に基.  旨味に関わる物質の発見が,日本においてほぼ独占的. づいているのに比べ,日本食は,カロリーが低くヘルシー. になされたことは,日本食の持つ「だし文化」が大きく. でありながら,美味しさも兼ね備えているところに特徴. 影響しているともいえる。なお,グルタミン酸がタンパ. があるともいえる。. ク質構成するアミノ酸や,イノシン酸やグアニル酸が遺. 2 .旨味先進国日本  和食の美味しさの根源には,昆布ダシや鰹節ダシなど. 伝物質の構成成分である核酸のような生命現象にとって 不可欠である化学成分を旨味物質として感知することは, 我々人間が生物として,生存競争に勝ち抜くために長い (3)195.

(2) 日本食生活学会誌 Vol.31 No.4(2021). 進化の中で獲得してきた優良な形質の一つと考えると面. みりんに含まれるオリゴ糖や単糖,その他の発酵調味料. 白い。糖を甘く感じることは,やはり必須のエネルギー. に含まれる有機酸などが,ダシのもつ旨味にコクや味の. 源を獲得するための味覚であるのに対し,苦味は本能的. 深さ,複雑さを付け加え,塩味,甘味,酸味,苦味を整. に毒物を避けるために獲得した味覚であるともいわれる。. えてくれる。. 子どもが苦いものを嫌う一方で,成長とともに毒を含む.  ところで,発酵食品とはなんであろうか。味. ものと含まないものの分別がつき,経験を通して大人は. など,日本の伝統的な調味料や日本酒はもとより,チー. 苦い食べ物を美味しいと感じるようなる。苦味を心地よ. ズやビールやワインなどの西洋の発酵食品もある。忘れ. く感じることは,後天的な現象であることも興味深いこ. がちだが,パンも広く捉えれば発酵を生かした食品であ. とである。. る。変わったところでは,滋賀県の風土食の鮒鮨や,世.  池田博士によりグルタミン酸ナトリウムが旨味物質で. 界でもっとも硬い食品といわれる鰹節も立派な発酵食品. あることが発見された翌年には,旨味調味料の製造法の. である。筆者は,発酵食品にはある種の美味しさがあり,. 特許が取得され,鈴木三郎助氏(現在の味の素株式会社. その美味しさは素材のもつ美味しさとは異なることが特. の創始者)により「味の素」の製造が始まっている。. 徴であると思っている。また,その美味しさを作り出し.  グルタミン酸ナトリウムなどの旨味調味料やイノシン. ているのが,微生物の作用であることも共通している。. 酸などの核酸系調味料の生産に関しても日本が先進的な. 発酵食品とは,そのような食品であると捉えている。. 役割を果たしてきたことはいうまでない。.  日本の発酵食を生み出す重要な微生物のうち,本稿で.  当初,グルタミン酸ナトリウムは小麦のタンパク質で. は麹菌と酵母に焦点を当てたい。もちろん,乳酸菌,酢. あるグルテンや大豆タンパク質を酸で分解・中和するこ. 酸菌,納豆菌などの細菌類も重要であるが,本稿では詳. とにより製造されていたが,コスト高や需要拡大に対応. 細は割愛する。麹菌と酵母は微生物分類上,菌類に属す. するスケールアップが難しい点など,いくつかの問題を. る。菌類にはこの他,キノコ類も含まれる。麹菌と酵母,. 孕んでいた。. キノコは外観上全く異なるが,進化の観点からみてみる.  こうした問題点を一気に解決したのが,鵜高・木下ら,. と非常に近い。遺伝子や細胞のレベルでみてみると,と. 協和発酵のグループによるグルタミン酸生産菌の発見で. ても近縁の生物である。いずれも核を有する真核生物で. ある。. あるので,細菌類と比べるとずっと私たち動物や植物に.  本稿では,グルタミン酸発酵についての詳細は割愛さ. も近い生物といえる。それが証拠に,菌類が原因となる. せていただくが,日本における旨味の研究を産業レベル. 病気の治療薬を作ることは難しいといわれている。微生. まで押し上げた業績は特筆すべきものであった。同菌の. 物に対する薬を作る場合,宿主である人間と病原菌の違. 発見に大きく寄与した鵜高重三先生はのちに名古屋大学. いをターゲットとすることが一般的である。細菌による. の教授となり,微生物を利用した産業利用に大きな貢献. 病気の治療には抗生物質が使用される。抗生物質は細菌. をされた。余談ではあるが,鵜高先生が名古屋大学を退. に特有の現象(例えば細胞壁合成)を阻害するような化. 官される前の 2 年間,筆者が先生の研究室の助手として. 学物質である。対象が真菌類の場合(水虫などの真菌症. 鵜高先生の薫陶を受けることができたことは,筆者に. を考えてもらうとわかりやすい),真菌と人間が細胞レ. とって幸運であったといえる。. ベルでは似通っているので,なかなか良い薬剤が得られ.  このように,旨味調味料の生産で世界をリードし,国. ないわけである。. や醤油. 内において旨味の概念が定着して100年以上が過ぎたが,  このような真菌のうち,麹菌はカビの仲間であるが, 海外において旨味を「味」の一つとするという概念がな. 日本酒,味. かなか定着せずに,甘味や酸味,塩味などの他の味のバ. 料製造にはなくてはならない微生物である。2006(平成. ランスが旨味を形成する程度に考えられていた。. 18)年10月,日本醸造学会で麹菌が国を代表する菌とし.  2000年に入り,他の味覚リセプターと同様に,味蕾か. て,「国菌」に認定されている。. らグルタミン酸のリセプターが発見されて 4 ),ようやく.  麹という文字には,「麴」という旧字体と,通常使用. 旨味が味の一つして認められるようになった。. する「麹」という文字に加えて米偏の「糀」という文字.  数年前にフランスに出張した際に,UMAMI という名. が使用される。麹は大陸では麦を使用して作られたため,. 前のレストランを見つけたとき,旨味の概念がヨーロッ. 麦偏の文字が使用されているわけだが,麦は殻を向く段. ,醤油,みりん,酢など,日本の発酵調味. パにも深く浸透してきたことを実感したのを覚えている。 階で粉になりやすく,それを. きょく. 状にしたところにカビを. 生やして麹がつくられた(曲と呼ばれる)。麹の作り方. 3 .和食を支える発酵調味料と麹菌. が日本に入ってきて,主食の米をつかって麹が作られる.  これらのダシの成分に由来する旨味を補完するのが発. ようになったが,米は精米しても粒が崩れにくいため,. 酵食品(発酵調味料)である。醤油に関しては,Teriyaki. 日本人は蒸した米粒にカビを生やして麹を作った。あた. という言葉が英語になるほど,世界的に普及している。. かも米に花が咲いたように見えるため,米プラス花で. て り や き. 味. や醤油に含まれるアミノ酸,ペプチドやミネラル分, 「糀」という文字ができた。日本でできた漢字であるので,. 196(4).

(3) 愛知の発酵食品の魅力. 国字と呼ばれる。また,大陸で作られていた麹を作るた. べ,塩分が低めで旨味が強く,さらにコクが深いことが. めのカビが主にケカビやクモノスカビの仲間であったの. 特徴となっている。味. に対し,米によく生えるカビとして現在の麹菌(学名:. とミネラルを補給する大事な携帯食であった。根拠のな. Aspergillus oryzae,黄麹菌とも呼ばれる)にとって変わ. い持論ではあるが,織田信長,豊臣秀吉,徳川家康の率. られた。. いる武将たちはいずれも豆味.  麹菌を味. や醤油の生産などの醸造産業で使用する場. は戦国時代,戦場でタンパク質. を愛用していたと思われ. るが,尾張・三河の武将たちが強かったのも豆味. が原. 合,一部の大手メーカーを除いて,麹菌の培養のスター. 因だったのかもしれない。. ターとなる麹菌の胞子(種麹あるいは種もやしと呼ばれ.  1590(天正18)年,徳川家康とともに三河の人々が江. る)は,それを専門で販売する企業から購入している。. 戸に移住したのを契機に,中部地方の豆味. そのような専門企業は「もやし屋」と呼ばれ,全国に10. 戸に出荷されるようになった。家康は健康オタクで,当. 軒足らずしか存在していない。その中でも,全国 1 位の. 時としては73歳という長寿を全うしたことが知られてい. シェアを誇る企業「株式会社糀屋三左衛門」が愛知県の. るが,生涯にわたって豆味. 豊橋に存在している。この会社は京都で室町時代に創業. 寿の原因の一つではないかと推察される。. し現在まで約600年も続き,3,000株以上の麹菌株を保有.  味. する驚異的な企業であり,愛知のみでなく全国の醸造産. ど,中部地方の食文化に貢献してきた豆味. 業を支えている。. その優れた調理特性は特筆すべきである。まず,煮込ん. カツや味. を好んで食したことも,長. おでん,どて煮,味. でも香りの変化の少ないこと。味. 4 .バラエティーに富む愛知の発酵食品. 理では,味. が大量に江. 煮込みうどんな であるが,. 汁など通常の味. 料. の風味を損なうため加熱のしすぎは厳禁で.  こうした背景や以下に説明する理由から,愛知県は歴. あることがよく知られていることであろう。長期熟成に. 史的に発酵文化の豊かな地域である。. よる特性かと思われるが,豆味.  江戸や京都,大阪との陸路の要衝であったことに加え,. がコクが深まって良いとさえいわれる。香りの吸着に優. 徳川家を始めとする有力大名の保護下で経済的に安定し. れていることから,食材の臭みをとることができ,肉や. た地域であり,肥沃な濃尾平野や岡崎,豊橋の平野での. 魚介類などの旨味を相乗的に高める効果もあるため,肉. 農作物,海岸部で製造される塩にも恵まれ,醸造業が発. や魚の煮込みに料理にも適している。油の乳化性に優れ. 展した。江戸時代後期には太平洋側の航路が発達し,巨. ていることから,味. 大消費地である江戸へ大量の日本酒や酢などが運ばれ,. さっぱりとした味わいに変えることができるなどである。. はむしろ煮込んだほう. カツなどの余分な油を取り込み,. 醸造産業がさらに盛んになったわけである。ここでは, ( 2 )醤 油. 各種発酵調味料に焦点をあてて議論を深めたい。.  醤油の歴史は古く,その原型は約3, 000年前の中国の周 あわ. ( 1 )味 噌  味. にくびしお. 王朝の時代に る。粟の麹と肉を用いて造られた肉 醤と. という名称については諸説あるが,大宝律令(701) み しょう. いう塩辛のようなものであったらしい。約2, 500年前に こくびしお. の中に未 醤 という大豆の発酵食品の名前が登場する。. なると,穀物を原料とする穀 醤 が作られるようになり,. 醤になる前のものという意味であるが,これが転じて未. 奈良朝時代に仏教の伝来とともに大豆の穀醤が伝わって. 曽となり,味. となったといわれている。江戸時代に入. きたとされている。一方和歌山県湯浅町は,日本での醤. の大規模製造がされるようになった。全国的には. 油醸造発祥の地として,日本遺産にも認定されている。. み. そ. り味. きんざん じ. み. が主流である。また, 鎌倉時代の禅僧である覚心が,宋から径山寺味. 米麹と大豆と塩を原料とした米味. 九州地方を中心として麦麹を利用した麦味. が生産され. の金山寺味. そ. (現在. の原型)の作り方を覚えて帰り,湯浅地方. ている。一方,東海地域(愛知県,岐阜県,三重県)は. の人々にその製法を教えているとき,容器の下に溜まっ. 独自の味. た液体を舐めてみたところとても美味しかったところか. る豆味. 文化圏を形成しており,豆麹と塩を原料とす や麦味. ら,醤油づくりが始まったとの伝承がある 5 )。室町時代. はより古い製造法であると考えられてい. には,懐石料理の発達とともに醤油の製造と利用が広ま. が主流である。歴史的にみると,米味. に比べ豆味. る。一説によると,豆味. の優位性に気がついていた徳. り,江戸時代にはその製法がほぼ完成し,醤油産業も,. 産業を東. 和歌山県紀州から,愛知県尾張地方,千葉県の銚子,野. 海地域のみに制限したといわれている。伝統的な製法で. 田へと広がっていった。1917年野田におけるキッコーマ. は,二夏二冬を越える長期熟成が特徴である。米味. が. ンの前身となる会社の設立に続く,醤油のトップメー. 約半年の熟成期間ですむことと比べると,より長い期間. カーであるキッコーマンの発展と世界展開については,. 川家康がその製法を他の地域に広めず,豆味. を要するため,経済的にもゆとりがないと製造が難し. 皆の知るところであるだろう。 kikkoman は醤油の代名. かったと思われる。やはり,尾張徳川の庇護を受け,経. 詞となり,先述のとおり, teriyaki は今では英語ともなり,. 済的にも安定した条件が. 欧米人の好むソースの一つとなっていることはいうまで. ってこその豆味. あったのではないであろうか。豆味. の生産で. は,他の味. に比. もない。JAS 規格では,醤油は 5 種類に分類される(表 1 )。 (5)197.

(4) 日本食生活学会誌 Vol.31 No.4(2021) 表 1 醤油の分類 6 ) 分 類. 出荷量*. 商品の特徴. 製法上の特徴. 溜醤油. 2.1%. とろみ,旨味,コク強. 大豆のみ,もしくは少量の小麦を含む麹を原料とし 製造。長期熟成。愛知県の特産品。. 再仕込醤油. 1.0%. 色,味,香りが濃厚. 大豆にほぼ等量の小麦を加えた麹に,塩水の代わり に生揚げ醤油を加えて製造。. 濃口醤油. 84.0%. 標準的. 大豆にほぼ等量の小麦を加えた麹を原料とする標準 的な醤油。. 淡口醤油. 12.2%. 淡色. 大豆にほぼ等量の小麦を加えた麹を原料とし,色が 薄くなるように製造。. 極淡色. 小麦に少量の大豆を加えた麹を用い,色が非常に薄 くなるように製造。短期熟成。愛知県の特産品。. 白醤油. 0.7%. *出荷量は2018年のデータ. たまり. 溜 醤油,再仕込醤油,濃口醤油,薄口醤油,白醤油の. 表 2 醤油の成分比較(各醤油100 g 当たり)7 ). 5 つの醤油がすべて生産されていることも愛知県の特徴 でもある。特に,淡い色合いの料理に欠かせない「白醤 油」や,照り焼きや鰻のたれのようにコクと旨味を必要 とする味付けに欠くことができない「たまり醤油」も愛 知県の特産品である。標準的な濃口醤油は,全国の醤油. 塩分量. タンパク質量. 溜醤油. 13.0 g. 11.8 g. 濃口醤油. 14.5 g. 7.7 g. 淡口醤油. 16.0 g. 5.7 g. 出荷量の約 8 割を占める一般的な醤油である。大豆にほ ぼ等量の小麦を加えた麹を原料に製造される。白醤油は,. 料理酒としての存在も忘れてはならない。愛知県には現. 小麦に少量の大豆を加えた麹を用いて,色が非常に薄く. 在40を超える酒蔵が存在し,国税庁の平成30年度酒税関. なるように製造される。一方溜醤油は,大豆のみ,もし. 係総括の課税数量によると,全国 7 位の生産量を誇って. くは極少量の小麦を加えた麹から製造される。. いる 8 )。また,興味深いことに,記録によると尾張地域.  白醤油は,江戸時代の後期(1800年ごろ)に,当時の. は江戸時代後期,. 三河の国新川(現在の愛知県碧南市)で発祥したといわ. であった。. れており,現在でも三河地方の碧南市,西尾市,安城市. 島沖を通らずに安全に運搬できたことが江戸での日本酒. に次ぐ日本第 2 位の日本酒の生産地. よりも江戸に近く,海の難所である紀伊半. で生産がされている。色が淡いので,茶碗蒸しやおでん, の消費をさらに押し上げた。醸造技術の向上により,ア 吸い物や卵焼き,麺類など,あまり色がついて欲しくな. ルコール度数の高い尾張の日本酒は「鬼殺し」とか「中. い料理に多く利用されている。また,いろいろな食品の. 国酒(中部地方のお酒という意味)」などと呼ばれ,江. 加工原料としてや,中華料理や西洋料理の隠し味として. 戸でも歓迎された。このように,江戸時代後期には日本. 利用されているため,中部地方のみでなく全国で利用さ. 酒の製造が盛んになったわけであるが,そこで生じた大. れている。. 量の廃棄物である酒粕が,後述するように,みりんや酢.  溜醤油は豆味. を造る過程で滲み出る液体を集めたの. が始まりいわれ,豆味. の生産に大きな影響を与えることとなった。. との関連性がある。とろみと濃. 厚な旨味,独特の香りをもっている。東海地方では伝統. ( 4 )み り ん. 的に,刺身や寿司の“かけ醤油”にも溜醤油が使用され.  煮物などに欠かすことのできない,和食の調味料にみ. てきた。また,照り焼きや蒲焼きのたれ,せんべいなど. りんがある。最古のみりん蔵が存在するのも愛知県であ. の原料として全国的にも利用されている。色と味が濃い. ることは意外と知られていない。1772(安永元)年に石. ため,塩分濃度が高いと誤解されがちであるが,意外に. 川八郎右衛門信敦が愛知県碧南市でみりん製造を開始し,. も塩分濃度が低く,そのかわり大豆のタンパク質に由来. 現在の九重味淋株式会社に引き継がれている。愛知県に. する窒素分が多いため,旨味が濃く,コクがある味わい. は現在もなお伝統的な製法でみりんを生産している企業. となるので,ヘルシーな調味料ともいえる(表 2 )。また, がいくつか存在している。先述のように,尾張には多数 小麦を使用しない溜醤油もあり,海外のグルテンフリー. の酒蔵が存在し,大量の日本酒を江戸に供給していた。. の食品を好む風潮から,輸出量も増加している。. その製造で生じるのが酒粕である。一部は漬物や食用と されたであろうが,供給がはるかに上回っていた。酒粕. ( 3 )日 本 酒. は肥料にしても,あまり良い肥料とはならず,新規の用.  和食とともに飲まれることが多いのが日本酒であるが, 途開発が望まれていた。酒粕にはアルコールが含まれて 198(6).

(5) 愛知の発酵食品の魅力. いるので,蒸留すると良質のアルコール,すなわち粕取. 様な発酵調味料が存在し,直接的,間接的に日本の食文. り焼酎が得られる。この焼酎の存在下で,もち米のデン. 化に大きな影響を与えてきた。その背景には,東海地域. プンを麹の酵素により糖化させ,熟成期間を経ると本み. の地理的な優位性や歴史的に経済基盤が安定していたこ. りんができあがる。みりんは江戸時代,甘いお酒として. と,消費地である京都や大阪に加え,江戸時代の巨大消. 飲まれていた。正月に飲まれるお. 蘇にみりんを使うと. 費地である江戸との海運での繋がりが大きかったといえ. ころに,その名残りがみられる。現在は主として調味料. る。今後,日本食文化を世界に向けて情報発信をしてい. として認識されており,和食の甘み,風味に欠かせない. く段階で,今一度,国内の発酵食や発酵調味料の歴史,. 存在となっている。みりんは食材にテリを与え,食材の. 文化,食品機能性を再確認することが重要な時期に来て. 煮崩れを防止し,食材の旨味を外に逃さない働きをもつ。. いるともいえよう。. 同時に,もち米から生まれるアミノ酸,ペプチド,有機 酸,糖類が料理の味を補い,深いコクと旨味をもたらす。. 文 献 1 ) 池田菊苗:新調味料に就きて,東京化學會誌,30,820 836(1909). ( 5 )酢  現在,世界的に人気のある寿司の源流もやはり愛知県 にある。江戸前寿司の誕生には,愛知県半田市に本拠地 をもつミツカングループが大きな貢献をしてきたことは. 2 ) 小玉新太郎:イノシン酸の分離法に就て,東京化學會誌, 34( 7 ),751 757(1913) 3 ) 國中明:核酸関連化合物の呈味作用に関する研究,農芸 化学会誌,34,489 492(1960). いうまでもない 9 )。当時,酢は酒を原料として再度発酵. 4 ) Chaudhari,N., Landin,A., Roper,S.: A metabotropic. して造る米酢のために,とても貴重で高価であったと思. glutamate receptor variant functions as a taste receptor. Nat Neurosci, 3 , 113-119(2000). われる。1804(文化元)年,江戸を視察した初代中野又 左衛門は,今の握り寿司の原型である「早ずし」が流行 りそうな機運を知り,米酢より安価で美味しい酢の生産 に大きなビジネスチャンスを感じたものと思われる。そ こで着目したのが,やはり酒粕である。又左衛門は試行 錯誤を繰り返して,熟成した酒粕を水で溶き,それを酢 酸菌で発酵させた粕酢を作り出した。酒粕に含まれるア ミノ酸などの旨味をたっぷり含んで,安価なミツカンの 粕酢が江戸で飛ぶように売れたことは想像に難くない。 実際に江戸と尾張の半田(現在もミツカンの本社がある) との間を千石船が引っ切りなしに往復していたといわれ ている。. 5 .おわりに. 5 ) 文化庁:日本遺産ポータルサイト,「最初の一滴」醤油醸 造の発祥の地 紀州湯浅,https://japan-heritage.bunka.go.jp/ ja/stories/story047/index.html(2021年 1 月17日閲覧) 6 ) 醤油情報センター:データ,https://www.soysauce.or.jp/ knowledge/data(2021年 1 月17日閲覧) 7 ) 愛知県味. 溜醤油工業協同組合:愛知のたまりしょうゆ. 公式サイト「たまりしょうゆ博物館」,http://aichitamari. jp/index.html(2021年 1 月17日閲覧) 8 )  国 税 庁: 酒 税 関 係 総 括 表,https://www.nta.go.jp/ publication/statistics/kokuzeicho/tokei.htm(2021 年 1 月 17 日閲覧) 9 )  株 式 会 社 Mizkan Holdings: ミ ツ カ ン の 歴 史,https:// www.mizkanholdings.com/ja/group/history/(2021 年 1 月 17日閲覧).  以上述べてきたように,愛知県を含む東海地方には多 本稿は,第61回大会における特別講演をまとめたものである。. (7)199.

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