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QB ハウスのチェーンオペレーション経営 シンガポール事業の失敗を克服したマネジメント改革

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寄稿論文・自由論題

QB ハウスのチェーンオペレーション経営

―シンガポール事業の失敗を克服したマネジメント改革―

Chain Operation Management of QB HOUSE Management Reform through Setback in Singapore Business

星田剛

安田女子大学 Takeshi Hoshida Yasuda Women’s University

1 .はじめに

少子高齢化や人口減少の影響により日本市場が これ以上成長することが難しくなっているという 認識や,自国で培ってきたフォーマットが成長す るアジア市場で潜在的な優位性を持つ可能性が高 いという期待感などの要因により,チェーンオペ レーションを採用する日系サービス業(以下, チェーンオペレーション・サービス業)のアジア 進出が盛んである1 )。そうした潮流の中で,参入 の初期段階で失敗するチェーンオペレーション・ サービス業が散見されるが,その失敗をどのよう に克服し,かつその後の企業経営にどのように結 びつけたかを研究した事例は少ない2 )。もとより 異文化市場への進出は困難を伴うものである。進 出時の失敗を丹念に吟味しその後の経営に活かす ことは,海外進出の戦略を検討する上で重要な意 味を持つ。本研究では,チェーンオペレーション・ サービス業のアジア展開において,異文化市場に おける初期段階の失敗をどのように克服し,かつ その失敗を克服することで本国市場の経営,およ び他の海外市場に対しどのような学習機会を提供 しているかを考察していく。ヘアカット専門店の QB ハウスのシンガポール市場における失敗とその 克服のプロセスを議論することで,チェーンオペ レーション・サービス業がアジア展開を行う際に とるべきマネジメントについて検討したい。

2 .チェーンオペレーションの国際化に関

する先行研究

2 . 1  サービス業の国際化における課題 モ ノ と 異 な る サ ー ビ ス の 特 性 に は, 無 形 性 (Intangibility),不均一性(Heterogeneity),生産と 消費の同時性(Inseparability),消滅性(Perishability) の 4 要 素 が あ り, 総 称 し て IHIP 特 性 と さ れ る 要約:本研究の目的は,チェーンオペレーション方式を採用する日系サービス業が異文化圏であるアジアに 初めて進出をする際に経験する失敗は,どのように克服され,またその失敗の克服が日本や他国での事業に どのような学習機会を与えているのか,を検証することである。事例として,ヘアカット専門店の QB ハウ スを取り上げる。同社は,初めての海外進出先であるシンガポール事業で一時全拠点を失うという失敗を克 服し,その教訓を日本・およびその他の拠点の経営改革に結び付けるフィードバック構造を持つに至った。 加えて同社は,ヘアカット技術の向上による顧客満足を高めることを全拠点に意識づけることで,フィード バック構造が継続するメカニズムを構築していった。QB ハウスの事例を通して , アジア進出を企図する日 系チェーンオペレーション方式を採用する日系サービス業がとるべき戦略を検討していく。 Key Words: チェーンオペレーション,マネジメント,フィードバック構造,知識移転

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(Zeithaml, Parasuraman and Berry 1985)。 こ の IHIP の特性により,サービスの国際展開を行うこ とが難しいと言われてきた。サービスには物理的な 実態がないため(無形性),海外進出する場合サー ビスの優位性を市場に広めることが難しい。海外で は国内以上にサービス提供者の水準を把握すること が難しいため,提供されるサービスの品質は不均一 になる傾向が強い(不均一性)。実体がないサービ スは在庫として保管できず(消滅性),生産と消費 が同時に行われるためサービスの修正は難しい(同 時性)。消滅性,同時性の観点から,優秀なサービ ス提供者を海外に送ることは,サービス国際化のコ スト要因になる。 一方,サービスの機械化や情報技術の活用によ り,IHIP 特性を克服した海外展開ができる可能 性についての議論が行われている(Lovelock and Gummesson 2004)。たとえば池上(2013)は,国 内宅配便最大手ヤマトホールディングス(以下,ヤ マト)のアジア進出を事例に,ビジネスモデルを海 外に移転する場合には,知識移転のプロセスが重要 であると指摘している。ヤマトは,まず日本では社 会的な暗黙知として共有されていたサービス水準 やセールスドライバーの行動を,海外では形式知 化して共有を図った。ヤマトは,自社の事業モデル を適切に海外に移転するために,ノウハウのみでな く会社の理念や組織文化の移転に力を注いだ。セー ルスドライバーは会社を代表して顧客に接している こと,荷主の思いを運び,顧客を笑顔にすることが セールスドライバーの役割であることなどの理念を 座学で学ぶ手法を採用した。ヤマトの理念を理解 し,顧客とともにより合理的な梱包方法を考える セールスドライバーが現れるなど,その効果が表れ ている。 Szulanski(1996)は企業が知識移転の困難性(粘 着性)に影響を与える要因として,移転させる知識 の特性,知識の送り手の特性,知識の受け手の特 性,移転が行われるコンテクストの 4 点を挙げてい る。彼はA地点からB地点へ知識が完全にコピーさ れるまでのプロセスに影響する困難性を特定するた めの議論をしている。しかし知識が獲得者にどのよ うに統合,維持され,発展していくかというプロセ ス自体に関する研究はされていない(横澤 2018)。 2 . 2  チェーンオペレーション国際化の課題 一般にチェーンストア経営のメリットとして,規 模の拡大によるバイイングパワーの行使,マスメ ディアの活用,人材確保などが挙げられ,一方デメ リットとして地域ごとに異なる消費者ニーズや競争 状態にうまく対応できない点が挙げられる(田村 2001)。 近藤(2002)は,チェーンオペレーションにおけ る標準化と地域適応化との止揚に焦点を当ててい る。伝統的なチェーンオペレーション理論は,標準 化と地域適応化という市場対応の選択をトレード・ オフ関係として捉え,チェーンオペレーションがも たらす規模の経済を享受するためには標準化を志向 すべきことを主張してきた。近藤は,標準化の単位 を店舗単位から店舗ごとの売場カセットという下位 レベルの組織単位まで粒度を高めることによって, チェーンオペレーション理論におけるトレード・オ フ関係を克服する新たな方向を展開することができ ることを指摘した。しかし商品という有形な財を伴 う小売のチェーンオペレーションで成立する標準 化と地域対応の止揚は,無形なサービスを取扱う チェーンオペレーション・サービス業においても成 立するとは限らない。無形性が高く,不均一性が生 じやすいサービス業におけるチェーンオペレーショ ンの研究を進める必要がある。 国際マーケティングにおいては,世界標準化のメ リットとして,コスト節約,世界的イメージの形 成,組織の簡素化・統制の改善が挙げられ,一方, 現地適合化のメリットとして現地市場の顧客満足の 向上,特定市場での売上増,戦略の柔軟性が挙げら れる。大石(2001)は相反するものとして取り上げ られてきた世界標準化と現地適合化を同時追求する 複合化戦略の意義を議論している。近藤(2002)と 大石(2001)では議論の対象が国内市場と国際市場 と異なるが,従来相反する標準化と個別市場への適 応化を併存実現するという意味では同質の議論であ るといえる。 また川端(2013)は,ラーメンのチェーンストア 3 社を事例に,多店舗展開を可能とする標準化され

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た食材の調達システムの構築を海外でいかに達成を したのか論じている。同時に食文化や食習慣が味の 標準化を阻んだため現地適応化した問題について, 議論している。 2 . 3  国際フランチャイズ研究の課題 次に,海外市場参入の手法として多くのチェーン オペレーションが取るフランチャイズ方式に関する 研究を概観したい。川端(2010)は,Root(1987) の議論をもとに,国際フランチャイズのメリットと デメリットを明らかにしている。第 1 のメリットと して,少額投資でスピーディに成長でき,フラン チャイザー(本部)は資金(投資)や社員の雇用を 必要としないことが挙げられる。第 2 に,第 1 の結 果として,フランチャイザーは投資や雇用から生じ るリスク負担を回避できることが挙げられる。第 3 に,進出先で展開するマーケティング手法の個別性 をフランチャイズのパッケージにすることにより, 標準化できることが挙げられる。第 4 に,商標や商 品,ノウハウが提供されることから,フランチャイ ジー(加盟者)に高いモチベーションを与えられる ことが挙げられる。 一方,第 1 のデメリットとして,フランチャイ ジーにオペレーションを委託することにより,フラ ンチャイザーの利益(取り分)が減少することが挙 げられる。第 2 に,フランチャイジーによる店舗運 営に対するコントロールが完全にはできないことが 挙げられる。第 3 に,ノウハウ流出やフランチャイ ジーの脱退によってフランチャイズシステムが新 たな競争相手を生み出す可能性があることが挙げら れている。初めて海外進出する企業にとって,特に 第 2 と第 3 のリスクが占める経営インパクトは大き い。 実際に,多くの企業が参入の初期段階でつまずい ている。中国・香港を中心に780店舗以上展開する 味千ラーメンは,フランチャイズシステムを活用し て成長したチェーンオペレーション・サービス業で ある。その同社でさえ初めて進出した台湾において フランチャイジーに店舗運営や味の品質管理を委ね すぎたため,ブランド性を保てなくなり,同地を撤 退している。しかし先行研究では,フランチャイズ 方式で初期参入し,パートナー関係を管理できなく なった後,現地でいかなる市場開発を行い,その後 の経営改善に結びつけたかという研究が十分になさ れていない。 2 . 4  リサーチクエスチョン 以上の先行研究は,チェーンオペレーション・ サービス業の国際展開においては重要な研究課題 が残されていることを示している。第一に,初期 段階の失敗の克服に関する「プロセス」研究であ る。たとえば,ヤマト運輸の国際化はまだ初期段 階であり,ヤマトが遭遇した(あるは今後遭遇す るであろう)現地市場での失敗とそれを克服した マネジメントなどが池上らの研究では言及されて いない。国際化を進め,一定の成果を出している サービス企業を事例として研究を進める必要があ る。第二に,現地子会社と本社の間における相互 作用に関する「プロセス」の視点が欠けている。 鳥 羽(2017) は, イ オ ン の マ レ ー シ ア・ 中 国 進 出における30年の展開事例を概観している。日本 で開発した水産物の冷塩水処理を導入した商品管 理,プリパックの導入など合理化を進めた店舗販 売,機能別教育を導入した人事管理などの小売技 術をいかに現地市場に適応させ,また現地で新た に開発した経営技術のプロセスを克明に分析して いる。しかし,現地法人における業態開発や現地 における営業面の進化が,日本の本社・他の海外 事業にどのような学習機会を提供したのかという プロセスの視点での検討がなされていない。 2 つの研究課題に共通するのは「プロセス」研究 である。国際化が困難とされたサービス業の中でも チェーンオペレーションやフランチャイズ方式のよ うな標準化での海外進出が容易であると考えられる 業態であっても,成功への道のりは険しいものであ る。従って,海外市場参入から現地での初期段階の 成功に至るまでの,そのプロセスの全体像を,本社 と子会社の相互作用の視点から分析することが求め られている。 上記の先行研究の検討を踏まえ,本稿では以下の リサーチクエスチョン(RQ)を導出したい。 RQ   日系チェーンオペレーション・サービス業

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は,アジア進出時の失敗による学びをどのよ うに活かし企業全体の経営に結びついている のであろうか。またその際,初期段階の失敗 は,どのような学習機会を日本本社,および 他の海外子会社に与えたのであろうか。 事例研究として,日本でチェーンオペレーション 経営の基盤を作ったのち,初の海外進出地であるシ ンガポールで全拠点を失う失敗をしたものの,この 経営危機を活用してグループ全体の経営改革を行っ た QB ハウスを取り上げる。QB ハウスの海外事業 の責任者である取締役海外事業担当,国内事業の幹 部である営業第一部長,および両事業を統括する常 務取締役にインタビューを重ねた。シンガポール事 業の失敗とその克服が同社にいかなる影響を与え, またアジア事業と日本事業がどのように影響し合っ てきたかについて,検討していく。

3 .QB ハウスの事例研究

3 . 1   ブルーオーシャン市場を創出した QB ハウ スの国内事業とサービスの工業化 1996年,キュービーネット社が展開するヘアカッ ト専門店「QB ハウス」(以下 QB ハウス)は,散 髪につきものであった洗髪や髭そり,マッサージな どの付帯サービスを省き,また予約も受け付けない 1000円(創業時,2019年現在は1200円)のヘアカッ ト専門業態を開発した。駅やショッピングセンター などの立地の利便性を備え,ヘアカット専門で低価 格,短時間,予約なしという手軽さをコンセプトと した業態は,理美容業界には存在せず,ブルーオー シャン市場が生まれることになった。その後,模倣 者が出現するものの,ヘアカットサービスの標準化 による経営の効率化,商業施設などへの大量出店に よる規模の経済,いわばサービスを工業化すること で,QB ハウスは急速な成長を遂げた。また,創業 期は店舗形態にフランチャイズを取り入れることに より,大量出店を下支えした。2019年12月現在, QB ハウスは全世界で694店舗を有し,うち127店舗 はアジアを中心とする海外店舗である。 3 . 2   シンガポールへの進出の失敗を軸とした マネジメント改革 初めての海外進出は,2002年のシンガポールであ る。同国においても,QB ハウスの業態の独自性は 奏功し,フランチャイズ制を取りながら順調に出店 を増やしていった。しかし22店舗出店した段階で, 現地フランチャイジーが突如フランチャイズ契約を 解消し全く同じ業態のまま店舗名を EC ハウスに付 け替えた。QB ハウスは一夜にして営業拠点を全て 失うという経営危機に陥った。 こうした状況においても QB ハウスはシンガポー ル市場に留まる意思決定を行った。元フランチャイ ジーに対する訴訟を続ける一方,フランチャイズ制 を取りやめ,直営店舗を一から出店することで,再 度同国での拠点拡充を目指した。それまで,現地フ ランチャイジーに任せていた出店は,困難な業務と なった。十分なマーケティングを行う余裕がなく, 家賃相場に関する情報もない中,出店した店舗は不 採算で,裁判の費用とともに,同国での赤字が積み 上がっていった。資金が底をついたため,低投資の 出店を模索し投入されたものが QB シェル型店舗で ある。カットに必要な空間を 1 坪サイズにカプセル 装置化したもので,搬送・組立・設置が簡単にでき て,空港内コンコースや商業施設の廊下などの隙間 空間に簡単に設置できる店舗である。元々,日本国 内で展開するために開発を着手したが,理美容店は 仕切りがある部屋の空間で営まなければならないと する日本の理美容法の規制により実現しなかったア イディアをシンガポールで実現させた3 )。設置まで に 2 時間という短時間でできること,目立つ形態で あるため認知向上効果があること,顧客の支持が増 えるにつれディベロッパーが積極的になったこと で,出店が加速していった。 確実に日本本社の意思を実行できる直営店におい て,施術を行う従業員(スタイリスト)に対する技 術移転が円滑に進められるようになった。シンガ ポールでは,男性のヘアスタイルであればバリカン で仕上げることが一般的であった。一方,日本の QB ハウスでは,ベースはバリカンで作るが,細か な仕上げはハサミで行うことが決められており,顧 客に対するおもてなしとともに,スタイリストの技

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術向上の一環としていた。直営店となり,こうした 技術を受け入れることを当初は抵抗していたシンガ ポールスタッフも,日本から派遣される熟練の技を 目の当たりにすることで,積極的に研修に参加する ようになり,日本からの派遣スタッフの出張を待ち わびるようになった。直営店舗を展開することによ りマーケティング,店舗開発,人材開発を一体でマ ネジメントできる体制ができたことが,シンガポー ルの QB ハウスの競争優位の確立につながっていっ た。このように現地のマネジメントが進化していく プロセスを実感しながら,日本においても新たなフ ランチャイズでの出店をとりやめ,直営店で成長す る政策にシフトしていった4 )。また香港,台湾,米 国(ニューヨーク)など以後の海外においても,す べて直営店舗で展開するようになった。 QB ハウスが直営店を拡充する中,シンガポール において EC ハウス以外にも模倣店が続出してき た。価格競争に巻き込まれないよう,価値の差別化 を図った上で2012年,価格を20%引き上げたとこ ろ,客数が17%落ちる結果となった。早い施術とい う時間価値に興味がない高齢者と子どもの離脱が進 んだことが原因だった。これにより個人主義が強い シンガポールで現場の成長意欲に火が付いた。 日本で設置をはじめていた常設のヘアカットス クールの仕組みをシンガポールにも導入し,チェー ン全体のサービスレベルが向上する仕組みを構築し た。自分の技術向上のみでなく,仲間の仕事のクオ リティに関心をもち,サービスと技術を磨き 3 年を かけて客数を取り戻した。 3 . 3  全社への更なるフィードバック QB ハウスのシンガポール事業は,全社に対し 2 つの重要なフィードバックを行っている。第 1 に, QB ハウス全体の経営知識の体系化・可視化への寄 与である。日本に比べ,国家資格試験がないシンガ ポールでは入社するスタイリストの質にバラツキが ある。そのため,シンガポールでヘアカットスクー ルを運営するにあたり,スタイリストが習得するべ き項目を再定義し,日本で開発した教育制度を抜本 的に組み直す必要があった。男性・女性別でショー 出所:筆者作成 図 1 .QB ハウスの本社とシンガポール事業の相互連携

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ト・ロング・モヒカン・ワンレグなどヘアスタイル 別の仕上げ方,道具(ハサミ・バリカン)の使用 法,顧客が希望するヘアスタイルのカウンセリング などを体系化していった。それまで,日本で育んだ 暗黙知の施術スキルをシンガポール人にも説明でき るように形式知化することで,日本人のトレーナー がスキルを発見する局面も多々あった。シンガポー ルにおけるスキルの形式知化は日本に逆輸入され, 日本のヘアカットスクール5 )のカリキュラム充実 に大きく貢献している。 第 2 にアジア内での人材交流による組織の活性化 である。2005年に香港を開設する際には,シンガ ポール人のスタッフが応援に行き,また2012年に台 湾事業を開設する際にはシンガポール人,香港人の スタッフが応援に行くなど,地域間の人材交流は一 般化していた。これに留まらず,シンガポールの出 身者が更なる飛躍を求めて日本のロジスカットス クールのトレーナーに就任し,日本のスタイリスト を教育し QB ハウス全体に大きな影響力を持つ事例 も出てきている。またシンガポールを含む海外勤務 を希望し,管理職ではなく一スタイリストとして接 客をする日本人の勤務例も一般化している。アジア 戦略は,QB ハウスの人材の活性化に不可欠な存在 となっている。QB ハウスは,全グループのスタイ リストから各地区の代表を集め,カット技術世界一 を競う WBS(World Best Stylist) Cut Contest を 毎年開催している。シンガポールの代表が初めて参 加した時点では,予選で敗退しその場で泣き崩れる スタイリストもいた。彼らは研鑽を積み,2016年に はシンガポールの代表が優勝をし,多数を占める日 本人,および他のアジアのスタイリストにも大きな 刺激と勇気を与えた。シンガポールをはじめとする 海外拠点の存在は,QB ハウスグループ全体を活性 化させる面でも欠かせない存在となっている。 上述の QB ハウスのシンガポール事業と日本本社 が相互に連携しながら,進化してきたプロセスを図 1 にまとめた。なお,こうしたシンガポール事業が 成長する過程において,地域社会との共生を志向 するシンガポール人の経営幹部も育ってきている。 QB ハウスは,小児がん基金団体が主催するチャリ ティイベント「Hair for Hope」に2012年から参加

し,2015年からはメインスポンサーを務めている。 治療中に髪の毛が抜けてしまう子ども達を励まし勇 気づけるために,健常者も丸刈りになり応援をする とともに,切った髪の毛でつくったウィッグを寄贈 するなど社会貢献活動を実施している。この活動に 対しシンガポール政府からの表彰を受け,顧客満足 度調査「ACE」二年連続で一位に選出されるなど の営業以外の活動にも取り組む体制が QB ハウスシ ンガポールで育まれている。

4 .考察

次の 3 点から,本研究の意義を考察していきた い。第 1 に,シンガポール進出直後に全ての営業拠 点を失った際に,同地を撤退せずに踏み止り,失敗 の原因を掘り下げ,これを克服した QB ハウスの戦 略の有効性を明らかにした点である。初めての海 外進出は特に波乱含みであるに違いないという経営 陣の心づもりがあったこと,ここで撤退してはそ の後の海外展開に続かないという経営陣の固い意思 があったこと,ガバナンス体制に問題があったもの の,さらにビジネスフォーマット自体は市場で受け 入れられたという実感があったことが背景にある。 仮に,フランチャイジーの造反事件が生じた直後の 段階で QB ハウスがシンガポール市場を断念してい れば,日本・海外 4 カ国で支持される QB ハウスの 現在の地位を築けていたであろうか。シンガポール 市場での失敗の克服がなければ,QB ハウスのその 後の海外展開は読みにくい。アジア展開の初期段階 においては,かなりの確率で失敗が生じることを織 り込み,これを修復すること準備をした経営体制を 組んでおくことは,アジア進出時において重要な要 素であると言える。 第 2 の意義は,シンガポール事業と日本事業が 各々の学びを提供し合い,学習する機会を提供する ことで QB ハウスグループ全体の経営の進化を明示 した点である。本事例では次の 3 段階で考察した い。第 1 段階は,アジア現地市場におけるガバナン ス体制や経営知識の見直しと日本 ・ および他拠点の 事業へのフィードバックである。初めての海外進出 を行うことで,母国市場で成立していた経営体制で 効果を発揮しない要素が明らかになる。QB ハウス

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が見直した対象は,フランチャイズ制から直営店舗 への切り替えとヘアカットの仕上げにハサミを用い ないシンガポールの従業員への教育を徹底すること であった。日本,およびその後の海外進出において も,フランチャイズを取りやめ,直営店に変換して いった。海外展開している経営の要素を見直して, 日本で作り上げた標準化フォーマットを強化するこ とで,企業の競争力は増す。前段落で述べたよう に,この第 1 段階を予め想定して,全社体制でアジ ア進出をバックアップし,その学びを体内化する体 制を取ることが有効である。 第 2 段階は,接客従業員への知識の移転と創造, および日本と他の海外拠点の事業へのフィードバッ クである。第 1 段階を経て,経営が軌道に乗ってく ると接客技術の精度を高める段階に移る。本国の経 営知識をアジア現地市場により忠実に移転しようと すると,本国の知識自体に不明瞭な部分が見えてく る。この不明瞭さを形式知化することで,国をまた いだ経営知識の移転はより容易になる。QB ハウス の場合は,日本人には暗黙知化していたカット技術 を形式知化することであった。形式知化されたカッ トの知識は,シンガポール,香港,台湾,米国のみ ならず,日本におけてもカット関連の知識が効率的 に移転することに寄与した。 第 3 段階は,学ぶ組織文化の醸成と日本 ・ および 他拠点の事業へのフィードバックである。第 2 段階 で,各拠点の接客技術の向上が進むと企業全体で学 ぶ文化を醸成することに重点が移る。各拠点で研鑽 した接客技術を披露・共有する場があると,接客従 業員の士気向上,より高いレベルでの技術習得へ とつながっていく。QB ハウスの場合は,WBS Cut Contest(全世界社内カットコンテスト)で,シン ガポール代表が積極的に参加することであり,その 成果としての優勝であった。本国市場以外のスタ イリストの活躍は,グループ全体の活性化につなが る。また,シンガポールの優秀従業員が,日本本社 に赴任し,カットスクールのトレーナーとして人材 教育にあたっていることも,この段階に含まれる。 ここで,上記の議論をまとめておきたい。第1段 階では初めて進出したアジア市場で十分な経営の根 幹に関わる領域を検証・修正し,第 2 段階で主たる 経営資源である接客従業員(スタイリスト)の能力 開発の仕組みを構築して,その上で,第 3 段階で学 ぶ組織文化を醸成して各拠点のシナジーを創出して いる。これをモデル化すると,図 2 のようになる。 ここで図 2 を参照しながら,RQ に対する回答を 検討したい。QB ハウスでは,初の海外拠点である シンガポール進出においてフランチャイジーに造 反され,全拠点を失うという失敗の原因を掘り下 げた。その結果,フランチャイズ方式によるガバナ ンスと接客授業員に対する教育の限界を認識し,日 本,およびその後の海外戦略においてもフランチャ イズ方式を取りやめ直営方式へ切り替えていった。 出所:筆者作成 図 2 .日系チェーンストアのアジア進出におけるフィードバッック構造

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アジア戦略での初期のつまずきが,その後の QB ハ ウスのガバナンスと従業員教育を強化する役割を果 したといえる。図 2 の第 1 段階にあたるフェーズ が,全社に与えた正のインパクトは大きい。 また QB ハウスでは,図 2 の第 1 段階でのシンガ ポールから日本・およびその他の拠点へのフィード バックに続き,シンガポールでの取り組みを日本・ およびその他の拠点へフィードバックし,企業全体 の活性化に寄与するループ構造が観察できる(図 2 の第 2 段階・第 3 段階)。QB ハウスは,より早く, より正確に施術をするカット技術を磨き顧客満足を 向上させるという価値観を全拠点で浸透させていっ たため,拠点をまたぐ学びの文化が醸成される関係 の構築に至ったといえる。アジアに進出したチェー ンオペレーション・サービス業が継続して進化を遂 げるためには,全拠点を結ぶ共通の価値観を規定 し,そこに向けて各拠点の従業員の意識が向かうメ カニズムを作ることが有効な政策であると考えられ る。 本研究の第 3 の意義は,チェーンオペレーショ ン・サービス業が固有に持つ問題点である標準化と 地域適応化のトレード ・ オフ関係が,サービス業の 国際化において止揚する可能性があることを示唆し た点である。一般に標準化を志向すればするほど地 域適応度は低くなり,逆に,地域適応度を志向すれ ばするほど標準化がもたらすメリットは小さくなる と捉えられている。QB ハウスは,事業を国際化す る中で生じた標準化の課題を解決するために標準化 の中核であるヘアカット技術を再定義し,文化の違 いを乗り越えて習得ができるようにした。文化の違 いの存在が,日本で育まれた暗黙知を形式知化する ことに寄与した。その上で,標準化されたヘアカッ ト技術を全社的に競う場を設け,従業員が自発的に 技術の習得に励む文化の醸成,知識の移転に寄与し ている。QB ハウスでは標準化を志向しながら,地 域適合化を進めることで標準化の粒度が増し,標準 化と地域適合化が止揚している点が確認できる。

5 .結論と課題

本研究は,チェーンオペレーション・サービス業 のアジア展開において,異文化市場における初期段 階の失敗をどのように克服し,かつその失敗をどの ように本国市場の経営,および他の海外市場に経営 に活用しているかを QB ハウスのシンガポール事業 の展開事例を通して考察してきた。 本研究の発見事項として,日系チェーンオペレー ション ・ サービス業のアジア進出において,初期段 階における失敗はなかなか避けられないものであ り,むしろそのアジア進出をしなければ経験できな い失敗を克服することが,その後のチェーンオペ レーション全体の成長につながる可能性を示唆した ことが挙げられる。またアジアの進出先から日本・ およびその他の拠点に対して経営の学びをフィード バックする構造が存在することを示した。加えて, 失敗を克服した後の日系チェーンオペレーション・ サービス業が,アジアの拠点とともに継続して進化 し続ける要件として,全拠点を結ぶ共通の価値観を 規定し,これに向けて全拠点の従業員の意識を向か わせることを挙げた。アジア進出を計画する際は進 出時の失敗を織り込み,母国市場の経営戦略まで変 更する覚悟をもった事業構想と経営のメカニズムを 持つという提言は,アジアを目指す日系チェーンオ ペレーション・サービス業にとっての一助になるの ではないだろうか。 本稿の課題は,一般化の範囲にある。本稿は, 進出当初から海外事業が首尾よく進んだケース, また失敗を克服する場合でも出店形態の変更がな いケース,知識移転が必要のないケースには適用で きない。先行研究では,海外進出ののちに撤退した チェーンオペレーション・サービス業の失敗の原因 は,十分に研究されていないが,これは初期段階の 失敗を織り込んでいないことにあると推定される。 今後,失敗原因を類型化し,本稿が適用できるパ ターンを整理していく必要があると考える。 脚注 1 )川端(2010)105頁。日本企業のアジア進出総覧な どによる。 2 )川端(2010)によると,2000年から2009年にアジ アに進出した外食産業171件のうち,2010年段階で 25件が撤退している。同時期にアジアに進出した

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アパレル企業は,31社中, 4 社が2010年段階で撤 退している。 3 )シェル型店舗は,その後,香港においても展開さ れていった。 4 )日本国内では当初,フランチャイズ契約に基づく 委託店舗を半数程度展開していたが,シンガポー ルにおける教訓や日本の経営環境の変化を踏ま え,現在では全体の 2 割程度まで減少している。 5 )QB ハウスでは,ヘアカットを論理的(Logical)に 考える(Thinking)カット理論を開発し,これを 習得する学校ということで,ロジスカットスクー ル(LogiThcut School)を運営し,延べ400名以上 が卒業し,実践についている。 参考文献 青木均(2008)『小売業態の国際移転の研究―国際移転 に伴う小売業態の変容』成文堂。 池上重輔(2013)「日系サービス・ビジネスの海外市場 参入におけるビジネスモデルの移転と国際ナレッ ジ・マネジメント-ヤマトホールディングスのア ジア展開における参入初期段階の事例から」『マー ケティングジャーナル』Vol.33, No.3, 93-107。 大石芳裕(2001)「国際マーケティング複合化の実証研 究」『明治大学社会科学研究所紀要』Vol.40, No.1, 129-139。 川端基夫(2000)『小売業の海外進出と戦略―国際立地 の理論と実態』新評論。 川端基夫(2010)『日本企業の国際フランチャイジング』 新評論。 川端基夫(2011)『アジア市場を拓く ―小売国際化の 100年と市場グルーバル化―』新評論。 川端基夫(2013)「日系ラーメンチェーンによる海外で の食材調達システムの構築プロセス:国境を越え た味の標準化に対する阻害要因」『関西学院大学商 学論究』Vol.60, No4, 325-341。 近藤公彦(2002)「チェーン・オペレーション再考―標 準化と地域適合化の止揚」『マーケティングジャー ナル』Vol.22, No.1, 43-53。 重化学工業通信社(2010~2019)『日本企業のアジア進 出総覧』重化学工業通信社。 田村正紀(2001)『流通原理』千倉書房。 鳥羽達郎(2017)「東南アジアの流通と日系スーパー」, 柳純・鳥羽達郎編『日系小売企業のアジア展開』, 中央経済社,223-239。 趙命来(2009)「サービス業の国際化研究の現状と課題」 『流通科学大学論集 流通・経営編』Vol21, No2, 63-83 。 矢作敏行(2007)『小売国際化プロセス―理論とケース で考える』有斐閣。 横澤公道(2018)「知識移転研究はどこまで来たか―文 献調査から見えた今後の研究課題」『赤門マネジメ ント ・ レビュー』Vol.17, No.2, 25-46。 若林隆久 ・ 大木清弘(2009)「知識の移転:粘着性の測 定―経営学輪講 Szulanski(1996)」『赤門マネジメ ント ・ レビュー』Vol.8, No.4, 169-180。

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続的成長を支えているものとは?」 (https://hiptokyo.jp/hiptalk/hiptalk_04_qbhouse/2. 2019.5.1検索) インタビュー調査一覧 第 1 回調査:2017年 6 月15日大手流通本社  10時-11時半 常務取締役,取締役海外事業担当         第一営業部長 第 2 回調査:2018年11月18日 QB ハウス本社  14時-15時半 常務取締役 第 3 回調査:2019年 1 月10日 QB ハウス本社  10時-11時半 第一営業部長 第 4 回調査:2019年 4 月12日電話インタビュー  17時-18時 取締役海外事業担当 第 5 回調査:2019年 5 月24日 QB ハウス東京本社  10時-11時半  取締役海外事業担当  11時半-12時半 第一営業部長

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Chain Operation Management of QB House

Takeshi Hoshida Yasuda Women’s University

[email protected]

Abstract: The purpose of this paper is to examine how the failure, which Japanese chain operation

service companies have experienced at their advancement period, has been overcome and then how such overcome has provided knowledge opportunities to Japan headquarters and other overseas offices. The paper takes QB House, the hair cut specialty store, as a case sample. The company has overcome the failure to lose every store due to the revolt of franchisee in its Shingapore business, and then established feedback structure to link the lesson with Japan headquarters and other overseas offices. Additionally, the company has established to sustain the feedback structure by making every office recognize to enhance the customer satisfaction by improving hair cut technique. Through QB House case, the paper examines the strategies that Japanese chain operation service companies to seek for Asian markets should take.

参照

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