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-認知症者における受診拒否の実態とその対応
Actual condition of refusal of consultation in people with dementia
and how to deal with it.
伊古田俊夫
1)Toshio Ikota
1)勤医協中央病院 脳神経外科
1)Department of Neurosurgery, Kin-ikyo-chuo hospital
抄録
【目的】認知症者における受診拒否の実態と対応法について検討した。【対象と方法】過去 5 年間に 経験した受診拒否事例11 例の病態と対処法、転帰について臨床的に検討した。【結果】著者らの施設 の診療・相談機能の範囲では認知症者の約1.8%で受診拒否が発生した。家庭訪問による相談活動など を通して5 例で受診に成功し、5 例で訪問診療を取り入れ、医療につなげることができた。受診拒否を 克服するうえで訪問診療は有用であった。【結論】受診の拒否は認知症ケアにおいて重要問題であり、 早期に対応することが大切である。Abstract
[Purpose] We examined the actual situation of refusal of consultation in dementia and how to deal with it.
[Subjects and methods] We clinically examined the pathophysiology and outcomes of 11 refusal cases experienced in the past 5 years.
[Results] At our hospital, about 1.8% of people with dementia refused to see doctor.
It was thought that a certain number of people with dementia would be refused consultation. Through consultation activities such as home visits, we succeeded in receiving medical examinations in 5 cases. In 5 cases, we adopted home-visit medical care.
[Conclusion] Refusal to see a doctor is an important issue in dementia care, it is important to deal with it early.
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はじめに
「受診の拒否」は認知症の人を医療・介護から 遠ざけ、療養のスタートを混乱させる重大な問 題である 1)。しかし受診拒否に関する研究は乏 しく、発生頻度、実態などは不明な点が多い。 医療機関に来ることを拒むという症状である ために研究対象になりにくいのであろう。認知 症初期集中支援チームの発足で受診拒否対応 は改善しつつあるが 2)、今回、受診の拒否を示 した症例について臨床的に検討し、若干の知見 を得たので報告する。対象と方法
過去5 年間(2015 年 1 月~2019 年 12 月)に 当科で経験した受診拒否認知症者 11 例を対象 とした(Table.1)。対応を行なうことになった 契機は「家族が病院に相談に来られた」(4 例)、 「認知症初期集中支援チームで担当した」(7 例) であった。当院では家族からの受診に関する相 談はまず相談室(ソーシャルワーカー、看護師) が対応する。健診などを名目に受診するよう助 言し、成功した例は本論文の対象としていない。 相談室で解決しなかった例を本研究の対象と した(Table. 1 の Case1-4)。認知症初期集中支 援チームで担当した7 例は札幌市東区役所からの 依頼で対応した(Table. 1 の Case5-11)。診断は米 国精神医学会DSM-5 に基づいておこなった3)。 全例訪問等で医師の面接(診察)を実施した。 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、 ミニメンタルステート検査(MMSE)など何ら かの神経心理検査が行われた。初期集中支援事 例では地域包括ケアシステム認知症アセスメ ントシート(DASC21)など所定の調査が行われ た。後日、5 例で脳血流 SPECT(99mTc –ECD をトレーサーとした easy Z score Imaging System 〈以下eZIS〉)など神経画像検査が実施された。
結 果
(1)認知症者における受診拒否者の頻度は、当 院脳神経外来での認知症新患数比で約 1.8%
Table. 1: List of Cases
Alco : alcohol-related dementia, Insight : Insight into dementia, HDS-R : Hasegawa dementia scale-revised, MMSE : Mini Mental State Examination, DASC: Dementia Assessment Sheet for Community21
17 -(11/616)であった。これは当院の診療・相談機 能の範囲での参考値にすぎないが、受診の拒否 が認知症者の一定数において発生することを 示している。また家族など身近な人による協力 を受けにくい独居者では、受診拒否・無視の頻 度は各段に高まると推定された。 (2)11 例の病型別ではアルツハイマー型認知症 (AD) 5 例、 行動 障害型 前頭 側頭型 認知 症 (bvFTD)4 例、AD+アルコール性認知症(精神 障害)1 例、軽度認知障害(MCI)1 例であった。 受診の拒否例での診察では全例に「病識の欠如」 (自己の病的状態を自覚できない)と「社会的認知 の障害」(家族などの周りの人々の気持ちを理解 できない、協調できない)の2 つの症状を認めた。 2 例では、玄関先で「関係ない、帰れ」など強い 拒否姿勢が示された。認知機能障害の重さと拒否 姿勢ではあまり相関は認めず、MCI でも拒否を認 めた。11 例の概要を Table. 1 に示した。 (3)脳血流 SPECT を施行した 5 例の主な所見は Table. 2 に示す。全体としては、両側前頭葉を中 心とした血流低下が認められることが特徴と思 われた。Case11 の画像を Fig. 1 に示した。 (4)転帰:4 例は当院在宅医療部(著者、看護 師、ケアマネジャー)で、7 例は認知症初期集 中支援チーム(区役所が指定したチーム、著者 を含む)で対応した。家族・親族と協力して信 頼関係を作りながら、粘り強く受診の勧奨をお こなった。その結果、4 例の方々が訪問から 1~ 2 カ月以内に受診・通院に結びついた。受診を 納得した理由は「痛風」「腰痛」「高血圧」な どの治療を名目にしたものであった。さらに 1 例で訪問診療施行1 年後に精神科受診に結びつ いた(事例欄で供覧)。 5 例では受診は実現しなかった。これらの 方々は訪問診療、訪問看護を通して医療につな
Fig. 1 Case11 SPECT image
Decreased blood flow in the frontal lobe. Diagnosed as FTD. AD diagnostic support index (Severity:1.16 Extent:9.30 Ratio:0.62) is nonconforming.
Table. 2: Brain SPECT(eZIS)findings
- 18 - がることができた。訪問診療を月1 回、訪問看 護を週1 回行うことが基本だが、より緩やかな 方法(訪問診療は数ヶ月に1 回、訪問看護は 2 週に1 回)を取ることもあった。性急な受診勧 奨は避けるべきであり、訪問診療でのフォロー アップが有効と思われた。 1 例は、受診を拒否して困っていると相談を 受け、対応協議中(訪問準備中)に大腿骨頸部 骨折で緊急入院となった。
事 例
典型的な事例を2 例供覧する。 Case4 68 歳 男性 アルコール多飲歴があり 主訴および現病歴:数年前から物忘れが目立 ち、最近支離滅裂なことを言い、感情を抑えら れずにすぐに怒り、興奮することが増えた。テ ィッシュ、観葉植物の葉を食べるなどの行為も 認められた。精神科受診を勧められたが、拒否 されている。困り果てた妻(内縁)が当院に相 談に来られ、訪問診療を開始した。 現症:診察時には特に反抗的な姿勢は無く、 会話は正常に成立した。HDS-R:11 点、MMSE: 13 点。近時記憶障害、日時・状況などへの見当 識障害が強く、症状面からはアルツハイマー型 認知症と思われた。 その後の経過:安定剤などの処方で精神状態、 生活は安定し、病院側との信頼関係も生まれた。 しかし訪問診療開始後一年程して、太鼓の音が きこえる、「あの女」(別居中の妻)の声が聞 こえるなど幻聴が始まり、興奮が増し、包丁で 妻(内縁)を脅すなどの症状がみられた。幻聴 が増悪し、アルコール性精神障害の合併が疑わ れ、精神科受診が適切と判断された。繰り返し 説得すると了解され、妻(内縁)の毅然たる態 度もあり精神病院受診・通院が実現し、当科の 対応は終了した。精神科での診断はアルツハイ マー型認知症であった。 Case11 86 歳 女性 主訴:隣の住人がカボチャを盗んだ、除草剤 を撒いて庭を枯らしたなどの被害妄想 現病歴:数年前から、物忘れが認められ、同 時に隣人に対し「カボチャを盗んだ」「隣のヤ ツがうちの畑に除草剤をまいた」など言いがか りをつけ、言い争いになることがあった。同居 する息子が病院受診をすすめるも病院に強い 嫌悪感を示し、受診を拒否した。被害妄想と攻 撃的な言動は止まらず、隣家に「殺してやる」 と怒鳴り込み、警察が出動したこともあった。 困り果てた息子が区役所に相談し、認知症初期 集中支援チームの対象となり、著者を含むチー ムが訪問した。 初回訪問での現症:訪問面接への拒否はなく、 腰痛の辛さを自ら訴えた。息子から「精神」「認 知」などの言葉を使うと嫌悪感を示すと言われ ており注意して面接をおこなった。BP168/86、 HDS-R;20 点、MMSE:20 点、DASC21:39 点 (84 点)であった。隣の住人の話になると目つ きが変わり、攻撃的な姿勢を示した。 初回訪問後、腰痛治療を名目に通院を促すと 応じてくれた。症状から FTD と診断していた が、後に脳血流 SPECT で両側前頭葉の血流低 下が認められ(Fig. 1)、診断が裏付けられた。 セルトラリン12.5mg、リスペリドン 0.5mg を処 方すると妄想的言動は減少し、隣人とのトラブ ルは消えた。その後一年半通院拒否は無く、訪 問看護、デイサービスなどを利用し、静かな生 活が保たれている。考 察
【受診拒否問題の意義、発生頻度】 受診拒否は認知症の療養のスタートを妨げ、 その後の経過を大きく混乱させる原因の一つ である。認知症者における受診の拒否は「受診 しない権利」という側面もあり慎重な姿勢が求19 -められる。しかし家族から受診への切実な要望 が寄せられた場合、受診拒否が健康状態の悪化 を招く危険性を感じた場合には、認知症の診療 医は適切に対応すべきであろう1) 2)。認知症者に おける受診拒否の頻度は我々の病院機能(診療 と相談)の中では約1.8%であった。小林4)は認 知症初期集中支援チームの活動をまとめた論 文の中で、認知症のためにうまく医療・介護に つながっていなかった121 名中 100 名が受診に 結びついたが、21 名(20%)では容易には受診 に結びつかなかったことを報告している。正確 な数値は不明だが、無視できない頻度で受診拒 否事例が発生すると思われた。 受診を拒否する方々は介護・生活援助の拒否、 入浴の拒否、服薬の拒否、車の運転辞退拒否な ど複合的拒否症状を示すことが少なくない。問 題を把握したならば早期に対応を開始するべ きであると思われた。 【受診拒否の神経基盤】 受診の拒否という問題行動が発生する神経 基盤はどのように捉えることができるだろう か?受診の拒否を示す患者を診察すると例外 なく二つの病状を認めた。一つは「病識の欠如」 (自己の病的状態を自覚できない)、もう一つは 「社会的認知の障害」(家族などの周りの人々の 気持ちを理解できない、協調できない)である 3)。前者は「自己認識」の障害であり、後者は「他 者理解」の障害である。自分の言動を振り返り、 自己を反省する作業と他者を理解・評価し、認 識する作業の神経基盤は共通しており、前頭葉 と頭頂葉の内側面を中心に、部分的に外側面を 含む脳領域であることが解明されてきた。解剖 学的名称で表現すると前部帯状回、内側前頭前 野、外側前頭前野、後部帯状回、楔前部、側頭・ 頭頂連合領域などである5) 6) 7)。受診の拒否とい う行動・心理症状は、前頭葉から頭頂葉に広が る社会的認識を担う脳領域の機能低下を背景 に発生すると考えられた。 機 能 の 低 下 し た 脳 領 域 を 描 出 す る 脳 血 流 SPECT では認知症の病型を診断すると同時に 受診の拒否を裏付ける病態をある程度把握で きる可能性がある。我々の検討では両側前頭葉 (特に内側面を含む)の機能低下を示すことが 受診拒否事例の共通の所見であった。 【受診拒否への対処法】 病院の相談室などに家族から受診拒否の相 談が寄せられた時、最初の対応として健診、持 病の精査などを名目にして受診いただくよう お話ししている。それで受診に成功する例は必 ずしも多くは無いが、まずは行うべきである。 頑固な受診拒否事例で我々が行った対策は チームを組んで家庭訪問をおこなうことであ る。病院に相談が来た事例では病院在宅医療部 で体制を組み、自治体からの要請では認知症初 期集中支援チームの枠組みで対応した。受診を 拒否していた人の一部では訪問時に玄関先で 「関係ない、帰れ!」などと怒鳴られたが、諦め ずに信頼関係を醸成し話し合いをすすめた。 「精神」「認知」などの言葉に激しく反発する方 も多く、その際には「痛風」「腰痛」「高血圧」 などを名目にして受診・通院を勧め、半数の事 例で受診し成功した。本人が自覚のある問題点 を基に受診を勧めることが大切と思われた。 受診・通院が実現しなかった方々は訪問診療、 訪問看護を通して医療につなげるよう配慮し た。訪問診療を続ける中で精神科受診に結びつ いた事例も経験した。性急な受診勧奨は反発を 招き、拒否姿勢を悪化させることもあり、訪問 診療、訪問看護は受診拒否対策として極めて有 効と思われた。受診拒否の克服にあたっては、 在宅医療医との連携、自治体の認知症初期集中 支援チームの活用が重要であることを強調す るものである。
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結 語
認知症における受診の拒否について検討し た。認知症の人の数%において受診拒否が発す る。受診拒否は認知症のケアの出発点を混乱さ せる重大な症状であり、医療機関では受診拒否 の相談に応ずる体制をとるべきである。頑固な 受診拒否例では自治体の認知症初期集中支援 チームの活用、在宅医療を行う医療機関との連 携などをすすめ、早期に解決を図るべきである と思われた。COI
著者は日本脳神経外科学会へ過去5年間の COI 自己申告を完了しています。本発表に関し て開示すべきCOI はありません。倫理審査
本論文は当院倫理委員会において承認を受 けています。謝 辞
稿を終わるにあたり、本研究にご協力いただ いた前札幌市保健福祉局地域包括ケア推進担 当部長岡島さおり氏(現日本看護協会常任理事) に感謝いたします。引用文献
1. 伊古田俊夫 認知症における難治性行動・心理症状の病態と治療―「受診の拒否」「脱抑制症候群」 を中心に― 札医通信No.639:2-7 2020 2. 延 育子 認知症初期集中支援チームの現状. 日本認知症ケア学会誌 15:426-432 2016.3. American Psychiatric Association DSM-5TM Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Fifth
Edition. P591-643 Washington, DC 2013. 4. 小林直人 認知症初期集中支援チームにおける医師としての役割 老年精神医学雑誌 26:1099-1105 2015 5. 村井俊哉 社会化した脳 p22-29 東京 2007. 6. 伊古田俊夫 社会脳からみた認知症 p87-125 東京 2014. 7. 三村 將 脱抑制症候群 日本高次脳機能障害学会教育・研修委員会編:注意と意欲の神経機構 p157-177 東京 2014.