<書評>田中拓道『福祉政治史―格差に抗するデモクラシー』(勁草書房、2017年)
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(2) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). 分析的に整理した上で、自らの研究で得られた知見を明示的に位置づけていく ことで、 学問領域自体の深化・高度化を進めていくことといえる。田中拓道『福 祉政治史』 (以下では、本書)は、この難しい課題に果敢に取り組む力作とい える。本書は、政治学、政治経済学、歴史学(政治史) 、社会政策論などの諸 学問領域の知見をふまえて、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、 スウェーデンという主要な先進資本主義諸国 6 ヶ国を対象として、100 年にわ たる福祉国家の形成・発展および再編の過程を、共通の理論的視座から比較分 析を行うものであり、比較福祉国家分析の到達点を示すだけでなく、そこに新 たな知見(理論面および経験分析面の双方)を付け加える好著である。これま で政治理論や社会思想史といった理論研究で優れた業績を発信し、比較政治学 を基礎にフランス福祉国家分析といった経験分析を進めてきた著者 4)だから こそできた卓越した研究といえる。以下では、少し長くなるが本書のポイント を整理した上で、その意義と残された課題を検討する。. 1 本書の概要 「序章 福祉国家をどうとらえるか」では、日本や先進諸国の現状が整理さ れた上で、本書の目的とアプローチ、分析枠組などが示される。まず、日本の 現状として、少子高齢化が進展するなかで、多様な分断(例、高齢者-若年層、 正規-非正規、男性-女性、都市-地方など)が生じていることが確認される。 同様に、先進諸国でも格差が拡大する傾向が見られるが、新自由主義への収斂 とはいえないことが指摘される。そして、本書の目的が、上記 6 ヶ国を対象と した福祉国家の形成・発展および再編の比較分析にあり、そのためのアプロー チとして、ヴェーバーの社会科学論に近い立場(すなわち、個別政策の研究を 重ね、因果モデルを模索することに加え、それらを集合し、社会現象の意味を 総体として理解する)を採用することが宣言される。最後に、①近代化論・産 業主義論、②階級闘争論、③新政治経済学といった先行研究を整理し、本書の 558.
(3) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). 分析枠組として、福祉国家のあり方が、経済発展水準や労使の階級対立によっ て規定されるのではなく、社会集団の対立や権力関係を背景に、政党競争の媒 介を経て決定されるものと捉えることが示される。これは、新政治経済学の知 見を基礎としているが、重要な修正点として、①労使の階級関係だけでなく、 ジェンダーやエスニシティーなどの「社会的亀裂」にも注目し、②脱商品化で はなく「自律」という要素に注目することが強調される。 「第一部 戦後レジームの形成と分岐」では、6 ヶ国の福祉国家の形成・発 展期に関して、序章で示された分析枠組に基づいて考察がなされる。すなわち、 戦後レジームの形成が、戦前のヘゲモニーおよび貧困観の差異を前提としなが らも、 「ブレトンウッズ体制(自由貿易を前提としつつ、各国が金融・財政政 策の一定の自律性を持つ) 」と「フォーディズム(生産性上昇に対して、労使 間で妥協が成立し、単純労働の受容と高賃金の確保、経営権の確立と労働組合 や集合的賃金決定の承認がなされる) 」という共通の文脈のなかで生じる一方 で、 労使関係、 政治制度(政党システムおよび集権性) 、 主要な政治勢力の理念(主 として、ジェンダー規範)の差異によって分岐がもたらされたことが確認され る。著者によれば、社会的権力構造が政治制度の媒介を経てどのようなものと して結実するかが、福祉国家の性格を規定するのである。 「第 1 章 福祉国家の前史」では、福祉国家に至る三段階が整理され、そこ におけるヘゲモニー構造および貧困観の差異が示される。まず、福祉国家に至 る三段階として、①商品経済の浸透、私的所有と資本蓄積の確立、国家による 救貧行政によって特徴付けられる「資本主義市場の成立」段階、②工業化の進 展と内在的問題への対応、異なるヘゲモニー構造により異なる貧困観(自由 主義的、共同体的、国民主義的、残滓的)が生まれる「資本主義の修正段階」 、 ③社会政策だけでなく市場への介入や雇用政策も展開される「福祉国家の成立 段階」が示される。そして、各国のヘゲモニー構造および社会問題認識の差異 が確認される。例えば、イギリスでは、ジェントルマン階級のヘゲモニーが確 立した後、中産階級の影響のもと自由放任からの転換が生じた。アメリカでは、 559.
(4) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). 大資本家層と都市中間層の対立が続き、慈善や道徳的改善に依拠する状態が生 まれた。他方、フランスでは、上からの近代化が進み、諸階級のヘゲモニー争 いが生まれ、都市中間層と地方小農層の連合により社会保険が導入された。ド イツでは、都市部の教養市民層を背景とした上からの近代化が進展し、国家主 導により社会保険が導入された。スウェーデンでは、均質な労働者階級と開放 的・協調的なブルジョワジーを背景とした国民運動が形成された。最後に、日 本では、国家官僚と大財閥の寡頭制が成立し、自由な市場の形成に至らない一 方で、貧困が秩序攪乱要因とみなされ、パターナリスティックな対応が生まれ たのである。 「第 2 章 自由主義レジームの形成」では、イギリスとアメリカにおける福 祉国家の形成と発展が整理される。イギリスでは、労使関係が、職場代表制や 任意主義などに示されるように分権的である一方で、政治制度は、ウェストミ ンスターモデルの代表とみなされてきたように集権的であった。これらを背景 に、戦中に示されたベヴァリッジ・プラン(ナショナルミニマム、画一給付・ 負担、単一制度)をもとに、第二次世界大戦後には、福祉国家が左右両党によっ てコンセンサスとみなされ、最低限保障、普遍主義、国有化を通じた完全雇用 が実現したことが指摘される。そして、1960 年代以降、中間層への対応とし ての年金改革が進み、公的制度自体は選別主義的な傾向を持つようになったこ とが示される。一方、アメリカでは、労使関係において、資本のヘゲモニーが 強く、政治制度の特徴として、マシーン政治の弊害と分権的な側面があったこ とが確認される。これらを背景に、ニューディール期に、大規模公共事業およ び残余的な社会保障制度に特徴付けられる福祉国家が形成され、戦後には、60 年代のジョンソン政権の「偉大な社会」プログラムのもとで、低所得層向けの 福祉が拡大するが、選別主義的であったことが指摘される。上記の分析をふま えて、自由主義レジームの形成と発展の共通点として、金融・産業資本家層と 中間層のヘゲモニーが重要であったこと、言い換えれば、労働者層やマイノリ ティーの影響力が低かったことが示される。 560.
(5) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). 「第 3 章 保守主義レジームの形成」では、フランスとドイツにおける福祉 国家の形成と発展が整理される。まず、フランスの労使関係は、伝統的中産階 級や小農層の残存、労使団体の分立、国家官僚の介入として特徴付けられ、政 治制度は、政党システムの分極化が進み、官僚による意思決定が重要であった ことが確認される。これらを背景に、 第二次世界大戦後に、 ラロック・プラン (社 会保険中心、当事者自治、一元化の失敗、国有化や計画化)をもとに、福祉国 家形成がなされ、1950 年代後半以降に、ゴーリズムのもとで、既存の制度を 基礎とした国家支援の拡大が進み、福祉拡大が生じたことが指摘される。一方、 ドイツでは、労使関係は、ナショナルセンターの影響力が低い産別組織によっ て特徴付けられ、政治制度は、穏健的な多党制や分権的な連邦制によって特徴 付けられる。これらを背景に、第二次世界大戦後に、キリスト教民主・社会同 盟のアデナウアー政権のもとで「補完性原理」や「社会的市場経済」 (市場経 済の論理を重視するが、市場の失敗に対しては社会的に対応する)に基づいた 福祉国家が形成され、その後、社会民主党による受容を経て、福祉拡大が生じ たことが示される。上記の分析をふまえて、保守主義レジームの形成と発展の 共通点として、上からの近代化、伝統的中産階級を背景とした中道左派・右派 政党による福祉国家形成、職域ベースの社会保険と国家の支援、男性稼得者モ デルの定着などが指摘される。 「第 4 章 半周辺国の戦後レジーム」では、スウェーデンと日本における福 祉国家の形成と発展が整理される。まず、スウェーデンの労使関係は、労使の 頂上団体と政府の協調に依拠したコーポラティズムという特徴を有し、政治制 度は、社民党の長期政権という特徴を有していることが確認される。戦間期の 1930 年代に、赤緑同盟(労働者と農民勢力の妥協)により、就労原則を前提 とした普遍主義的な福祉国家が形成された。戦後期には、社民党政権によって、 中間層の支持獲得のために付加年金が導入され、高福祉高負担の普遍主義へと 転換していく一方で、レーン・メイドナーモデルと呼ばれる連帯的賃金政策と 積極的労働市場政策を組み合わせた政策ミックスが生み出された。重要な点は、 561.
(6) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). スウェーデンの福祉国家は、 「国民の家」という理念を背景とした協調関係や、 就労原則による貢献を前提としていることにある。一方、日本に関しては、日 本特殊性論が批判され、上記の 5 ヶ国と同様に、福祉国家が形成されたことが 主張される。その上で、日本の労使関係は、大企業とそれ以外の二重構造、労 働組合の分裂、経済団体における日経連の優位、春闘による賃上げ(と中小企 業への波及) 、春闘における主導権の変化(総評中心から民間製造業労組中心 へ)などによって特徴付けられる。一方の政治制度は、生産第一主義を掲げな がら福祉・雇用政策を織り交ぜ、支持を拡大することによって自民党の長期政 権が確立する一方で、政策立案に関しては官僚制に大きく依存していたことが 指摘される。これらを背景に、1961 年には職域分断的な国民皆年金・皆保険 が実現するが、これは左派の攻勢を背景に、経済成長を実現する手段として位 置づけることで推進された。その後、73 年には田中角栄政権により「福祉元年」 が宣言され、高度成長のひずみおよび革新勢力の台頭に対応するために、福祉 の拡充と公共投資の拡大がなされた。これらの結果、日本の福祉国家が、小さ な福祉、保護や規制の重視、日本型雇用および企業福祉の重視、性別役割分業 という特徴を有することになり、その背景として、労使関係における使用者優 位、および、自民党による幅広い支持調達戦略があったことが示される。 「第二部 戦後レジームの再編」では、1980 年代以降に顕著となる経済のグ ローバル化の進展およびポスト工業社会への移行により、上記 6 ヶ国がどのよ うな変化を経験し、その背景にどのような政治的要因があったかが検討される。 「第 5 章 福祉国家再編の政治」では、 第二部の分析枠組が整理される。まず、 経済社会文脈の変化として、ブレトンウッズ体制の終焉(すなわち、グローバ ル化の進展) 、および、フォーディズムの機能不全(生産と消費における規格 化への抵抗が、規律化された労働への反発、脱物質主義的価値観の台頭および それを背景とした新しい政治主体の台頭、消費の多様化とそれを背景とした多 品種少量生産への転換などをもたらす)が生じていることが確認される。そし て、これらは、戦後の福祉国家に多様な影響をもたらしたことが指摘される。 562.
(7) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). 例えば、グローバル化は、財政圧力を生み出し、福祉縮減を促す一方で、イン フラ整備、教育への投資、再分配の必要性をもたらすなど、福祉拡大を促すこ とが予測される。ポスト・フォーディズムへの移行も、雇用の二分化や家族の 多様化をもたらし、 「新しい社会的リスク」を生み出すことで、再商品化や脱 家族化などの新たな社会政策の必要性をもたらすことが予想される。これらの 諸変化に対して、先進各国では多様な政策対応が採られており、それらを一 貫して説明することが求められていることが示される。本書では、この再編期 の分析枠組として、①新制度論による経路依存に注目する議論と、②言説政治 論による経路破壊に注目する議論をふまえて、福祉国家再編がどのようなアク ターによって担われ、どのようなヘゲモニーの組み替えが生じたかに注目する。 具体的には、① 90 年代までの経路依存を説明する際には、政治制度の集権性 (改革の推進力に影響)と福祉制度の受益層の広さ (改革への抵抗力)に注目し、 ② 00 年代以降の経路破壊を説明する際には、政治的機会構造の閉鎖化(意思 決定プロセスの集権化による縮減)と開放化(支持基盤の再編による拡大)に 注目するのである。 「第 6 章 自由主義的改革」では、イギリスとアメリカにおける福祉国家の 再編が検討される。まず、両国の出発点として、福祉制度に関して、低所得層 向け中心の選別主義や公的扶助中心という共通性があるが、政治制度に関して は、アメリカは分権的なため、グローバル化の進展に対して積極的対応が採り にくい一方で、イギリスは集権的で、大きな改革が生じ、政党間対立も一定あ ることが確認される。そして、アメリカでは、大きな政府批判、減税、規制緩 和、福祉縮減などに特徴付けられる 1980 年代の「レーガン革命」から、就労 のための福祉の強調、医療保険改革の挫折、ワークフェアの強化などに特徴付 けられる 90 年代のクリントン政権による改革を経て、現在では、 「金融主導型 レジーム」 (規制緩和、金融商品化、株式市場への依存など)に接近している ことが指摘される。これは、政治的機会構造の閉鎖化を背景に、大企業や金融 業界の利益に沿った改革が実現したことによって説明される。一方、イギリス 563.
(8) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). では、79 年に誕生するサッチャー政権のもとで新自由主義的改革(マネタリ ズムへの転換、国営企業の民営化、金融の規制緩和、年金・医療保険への市場 原理の導入、 貧困層をターゲットにした縮減、 公共サービス改革など)が実現し、 金融主導レジームへの転換という産業構造の転換には成功するものの、社会支 出の削減には失敗したことが確認される。そして、この改革の背景には、意思 決定の集権化、労働組合の排除、中央集権化などの政治制度の変化があったこ とが指摘される。そして、97 年に誕生したブレア政権では、首相官邸への権 限強化を背景に、伝統的な左派と新自由主義を乗り越えた「第三の道」と呼ば れる改革が行われ、社会的排除への対応としてのワークフェアの重視、公的福 祉への市場原理の導入などが行われたことが明らかにされる。そして、このブ レア政権の改革は、 「金融主導型レジーム」の枠内での対応であることが確認 される。両国の再編の共通点として、福祉の受益層が少なく、市場の自由を重 視する伝統を有する文脈で、トップダウン型の意思決定の実現と金融業界によ るヘゲモニー確立を背景に、 「金融主導型レジーム」へと接近していったこと が示される。 「第 7 章 社会民主主義の刷新」では、スウェーデンにおける福祉国家の再 編が検討される。まず、 スウェーデンの福祉制度が、 高福祉高負担型の普遍主義、 「国民の家」という理念、就労原則の強調という特徴を持ち、政治制度に関して、 社民党の権力の強さ、社民党-穏健党中心という二大政党ブロック間の競争と いう特徴を有することが指摘される。そして、1990 年代のコーポラティズム の解体(産業構造の転換)および金融の自由化、そしてバブル崩壊を経験する なかで、再編が進められたことが確認される。まず、91 年に誕生した穏健党 中心の連立政権は、選択の自由を強調し、新自由主義的改革を進めようとする が、十分な支持を得られなかった。その後、政権を担った社民党は、女性化お よびサービス化を通じた支持基盤の拡大、自由選択(参加と自己決定)の強調、 財政均衡メカニズムと労働インセンティブを組み合わせた年金改革、公共部門 への市場原理の導入、積極的労働市場政策や教育の強化などを進めた。社民党 564.
(9) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). 政権は、公的社会支出の抑制と成長の実現に成功するものの、失業問題に悩ま された。2006 年に誕生した穏健党中心の連立政権のもとでは、就労原則の強 化など、ワークフェア的な改革が進められた。スウェーデンにおける再編の注 目すべき点は、 「自由」をめぐる規範的対立(市場に重きを置く穏健党と、 参加・ 自己決定を重視する社民党)がある一方で、近年では移民排斥を唱える右派政 党(スウェーデン民主党)が台頭し、その影響力が無視できなくなっているこ とにある。 「第 8 章 保守主義レジームの分岐」では、ドイツとフランスにおける福祉 国家の再編が検討される。両国の出発点として、職域分断的で、家族福祉に依 存した福祉制度を有し、また分権的な政治制度を有していたため、福祉国家改 革の推進が困難であったことが確認される。そして、経済社会環境の変化のな かで、保護された労働市場で働く男性を中心に手厚い保障を持つ「インサイ ダー」と、 労働市場だけでなく社会保障制度からも排除される 「アウトサイダー」 の分断が顕著となっていことが指摘される。これらの課題に対して、ドイツで は、1980 年代のコール政権のもとで、 新自由主義的改革が試みられたが挫折し、 男性稼得者モデルの強化や、ドイツ統一による財政悪化が進んだことが確認さ れる。その後、 「新しい中道」を提唱し、97 年に誕生したシュレーダー政権の もとで、機会の平等、公共サービスの効率化、企業家精神の強調、人的資本・ 社会資本への投資に特徴付けられる福祉国家改革がなされた。この改革は、統 治機構改革による集権化を背景とした改革(年金やワークフェア)と、リバタ リアン的価値に基づく、新しい連帯を模索する改革(労働の見直しや家族政策) に整理できるとする。一方、 フランスでは、80 年代のミッテラン政権のもとで、 社会民主主義路線が採用されたが挫折し、その後、財政緊縮と規制緩和路線 へと転換したが、社会保障制度改革は行き詰まっていたことが確認される。90 年代以降は、福祉国家の再編が進み、労使関係の変容(中道労組と経営者団体 の福祉・雇用政策改革へのコミットメント) 、年金改革(給付抑制と個人年金 の導入) 、医療保険改革(国家介入による支出の抑制) 、新しい社会的リスクへ 565.
(10) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). の対応(最低参入所得の導入、多様化する家族に対応した家族政策など)がな されたことが指摘される。ここで重要な点として、保守主義レジームの再編で は、トップダウンの強化によるワークフェア化が進んだドイツと、中道労組の 台頭や社会運動の活躍など、意思決定プロセスの拡大を通じた自由選択化が進 んだフランスの間に、大きな分岐が生じていることが主張される。 「9 章 分断された社会」では、日本における福祉国家の再編が検討される。 まず、出発点として、分断された生活保障という福祉制度を有し、選挙制度改 革および行政改革などの政治改革が 1990 年代に生じたことが確認される。そ して、70 年代には日本型福祉社会論の展開により、公的福祉の抑制、企業活 力の重視、家族や地域の自助が強調され、82 年に誕生した中曽根政権では、 地方の利益を守りつつ、都市中間層への配慮を行うため、行財政改革、公的福 祉の縮小、家族主義の強化、地方への公共投資の拡大が行われたことが指摘さ れる。しかし、日本型経営と雇用保障を前提とした日本型福祉社会は、経済の グローバル化が進展するなかで、破綻することになった。例えば、日本型雇用 の維持は困難となる一方で、規制緩和・自由化の圧力は高まり、そして公共事 業も縮小され、結果として「インサイダー」と「アウトサイダー」の分断が目 立つようになった。これらの諸課題に直面し、自民党の利益誘導政治が批判を 集め、政党間競争を高める試みとして政治改革が進められたことが指摘される。 この政治改革は意思決定プロセスの集権化をもたらし、小泉政権では、雇用・ 福祉の領域で新自由主義的改革(社会保障制度の縮減と公共事業の削減など) が進められたが、属人的な要素への依存や、新自由主義的改革への党内合意の 欠如という側面を有することも示される。そして、2009 年の政権交代で誕生 した民主党政権のもとでは、統治機構改革の挫折や新しい社会・雇用政策の行 き詰まりが生じたことが確認される。日本の経験の重要な点として、政治改革 により戦後レジームの転換を可能とする制度的文脈が形成されたものの、明確 な理念の提示(やそれを支える支持基盤の構築)に失敗し、ワークフェア型も しくは自由選択型のいずれかに接近することがなかったことが摘指される。 566.
(11) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). 「第三部 課題と展望」では、 これまでの時系列に沿った比較分析をふまえて、 主要な政策ごとの比較分析がなされる。 「第 10 章 グローバル化と不平等」で は、グローバル化と格差の関係が検討される。先行研究では、グローバル化と 技術革新により格差が拡大しており、経済成長が阻害されていることが確認さ れる一方で、有効な政策への合意があるにもかかわらず、各国で政策対応が異 なることも指摘される。そして、 これまで多様性をもたらす要因として、 レジー ムの差異、政治制度と党派性、人種の問題などが指摘されてきたが、急速な再 分配の縮小や、再分配の質を明らかにしない点で不十分であることが主張され、 政治的機会構造に注目することの重要性が示される。 「第 11 章 新しいリスクへの対応」では、労働市場政策および少子化対策に おける多様性とそれをもたらす要因が検討される。まず、労働市場政策では、 アクティベーション(フレキシキュリティ)路線とワークフェア路線という多 様性が見られることが確認される。その上で、先行研究では、この多様性をも たらす要因として、制度補完性に注目して産業構造の差異が強調されたり、選 挙制度と党派性などに注目して政治制度の差異が強調されるが、本書が明らか にしてきたように、政治的機会構造に注目することでより適切に説明できると する。次に、 少子化対策では、 脱家族主義の進展(男性稼得者モデルからの離脱) に差異(給付削減と規制緩和による女性の就労促進、公的サービス拡充による 両立支援)があることが示される。その上で、先行研究では、多様性をもたら す要因として、先行する福祉レジームの差異、議会での女性代表の多寡、古い リスクとの競合などに注目してきたが、本書が注目するように、政治的機会構 造に注目することが有益であるとする。 「終章 日本への示唆」は、これまでの議論の総括と、日本の福祉国家の行 方が検討される。まず、戦後日本の特徴として、自由主義的な社会権力構造と 保守主義的な政治制度により、小さな公的福祉、民間企業による企業福祉、低 生産部門への保護規制、地方への公共投資、男性稼ぎ型モデルなどに特徴付け られる戦後レジームが形成されたことが確認される。そして、戦後レジームの 567.
(12) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). 再編期の特徴として、政治の機能不全により、様々な「インサイダー/アウト サイダーの分断」が生じ、現在、格差拡大、少子高齢化、財政赤字という「三 重苦」に直面していることが指摘される。その一方で、先進諸国の特微として、 戦後期の福祉国家が、ブレトンウッズ体制とフォーディズムを前提に、労使和 解の産物として形成され、各人の自由な自己発展、意思と選択に基づく自立し た生活のための基礎的条件の保障(その一方で、規格化・画一化という負の側 面を有する)という共通点を持ちつつ、労使関係と政党競争により多様化がも たらされたことが確認される。その後、経済社会環境の変化を背景に、グロー バル化の進展により福祉国家が「市場の自由」を抑圧するという批判と、豊か さの実現により福祉国家がライフスタイルの多様性を脅かすという批判が提出 され、先進諸国は大きく転換していったことが指摘される。そして、新たな方 向性として、 「ワークフェア」型と「自由選択」型という二つに加え、例外と しての「金融主導型レジーム」が現れていることが示される。さらに、再編期 の政治選択のパターンを説明するものは、党派性ではなく、デモクラシーのあ り方であること、すなわち、 「上からのデモクラシー」であるトップダウン型 の場合にはワークフェア型、 「下からのデモクラシー」である支持再編型の場 合には自由選択型が選択されることが主張される。最後に、今後の日本におけ る方向性として、意図的なレジーム転換がなされなかったという現状をふまえ て、 古いリスクへの対応の条件として超党派合意が必要となることに加え、 ワー クフェア型の条件としてはトップダウン型の意思決定の確立が必要であり、自 由選択型の条件としては支持層の広範な再編が必要となることが示される。. 2 本書の意義と課題 ここでは、以上のように整理できる本書の意義と課題を検討する。本書の 意義として、まず第一に挙げられるのは、主要な先進資本主義諸国 6 ヶ国の、 100 年にわたる福祉国家の形成・発展・再編の過程を、社会諸科学の知見をふ 568.
(13) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). まえた著者独自の分析枠組に基づき一貫した分析を提供した点にある。これま での比較福祉国家分析では、福祉国家の形成・発展過程もしくは再編過程のい ずれかを対象として、複数の著者による質的な共同研究、統計データを用いた 量的分析または(および)少数の比較分析や一国に関する詳細な事例分析とい う手法を用いて、対象の把握および説明に力点が置かれてきた。そのため、時 間軸の限定(対象となる時期が限定される場合) 、 研究における一貫性の欠如(国 際共同研究の場合) 、対象に関する詳細な情報が得にくい(量的分析が中心と なる場合) 、先進諸国全体の傾向が分かりにくい(比較分析や詳細な事例分析 が中心となる場合) 、比較福祉国家論への理論的貢献が分かりにくい(自らの 研究によりもたらされる知見の考察が不十分な場合) 、といった問題があった。 本書は、現在の学術的到達点をふまえた分析枠組を設定し、6 ヶ国の 100 年以 上にわたる福祉国家の変遷を統一的に試みることで、福祉国家の形成・発展お よび再編に関して、先進諸国に共通する傾向と多様性を把握し、その背景にあ る政治的要因を明らかにすることに成功している。 より重要な点として、本書の第二の意義は、先行研究の批判的考察をふまえ て、理論面および経験分析面に関して、著者独自の見解が多数提示されている 点にある。例えば、①戦後レジームの形成と発展を説明する分析枠組として、 ヘゲモニーおよび貧困観の差異を基礎に、労使関係と政治制度を中心に、政治 勢力の理念にも注目する点、②再編期の分岐を説明する分析枠組として、政治 的機会構造の閉鎖化と開放化に注目する点、③戦後レジームの多様性を、三類 型(自由主義・保守主義・社会民主主義)+ハイブリッド型に整理する点、④ 再編期の多様性を、二類型(ワークフェア・自由選択)+金融主導型レジーム に整理する点、⑤再編期におけるアメリカとイギリスを金融主導型レジームへ の接近と評価する点、⑥再編期におけるドイツとフランスを、ワークフェア型 と自由選択型への分岐と評価する点、 ⑦再編期の日本に関して、 意図的なレジー ム再編がなされていないと評価する点、などである。これらの主張は、これま での比較福祉国家論や比較政治(経済)学にはない新しい知見であり、本書で 569.
(14) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). も一定の検証がなされており、その妥当性は確認されている。本書で示された 知見は、理論研究者や各国の専門家によって今後検証されていくことになるが、 福祉国家の形成・発展および再編に関して、理論面および経験分析面のそれぞ れの点で、新しい知見を多数もたらしたことは、比較福祉国家論への重要な貢 献といえる。 ここでは、評者が専門としてきた比較政治理論の観点から、本書の理論的責 献を整理しておこう。福祉国家論は、①ある福祉国家はどのように特徴付け られるか(特徴把握) 、②その特徴はどのように説明されるか(因果分析)と いう二つの課題を中心に、これまで議論が蓄積されてきた(加藤 2012) 。特 微把握に関しては、福祉国家の黄金時代に関して、エスピン-アンデルセン (Esping-Andersen 1990, 1999)により提示された福祉レジームの三類型(自由 主義・保守主義・社会民主主義)が標準となっている。グローバル化の進展と ポスト工業社会への移行といった経済社会環境の変化により、新たな福祉国家 が生じつつあることが示される一方で、多様な変化を経験しつつも、これら の三類型が持続していることが主張されてきた(Armingeon and Bonoli 2005, Tayler-Gooby 2004, Bonoli and Natali 2012, Morel et al. 2012, Jessop 2002) 。因 果分析に関しては、権力資源動員論や党派性論など、政治主体に注目する利益 中心アプローチ(Korpi 1983, 1985) 、制度の歴史性や政策遺産に注目する歴史 的制度論に代表される制度中心アプローチ(Pierson 1994, Rothstein 1998) 、政 策アイデアや政治言説に注目する理念中心アプローチ(Schmidt 2002)が拮抗 している。本書は、特徴把握に関して、形成・発展期の「三類型+ハイブリッ ド型」から再編期の「二類型+金融主導型レジーム」というモデルを示し、三 類型の持続性を強調する先行研究では十分に捉えきれなかった、近年の先進諸 国で生じている多様な質的変化を捉えることに貢献している。また、因果分析 に関して、形成・発展期の「社会レベルにおけるヘゲモニー」および「政治レ ベルにおける政治競争」への注目と、再編期における「政治的機会構造の閉鎖 化と開放化」への注目というモデルを提示し、利益・制度・理念の各要素に注 570.
(15) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). 目するのみでは捉えきれなかった、福祉国家発展の背景にある複雑な政治力学 (および、その変化)の理解に貢献している。言い換えれば、本書は、福祉国 家論の理論的発展に大きく貢献しているといえる。 以上のように、本書は、社会諸科学の知見をふまえた分析枠組を設定し、主 要な 6 ヶ国に関する長期にわたる比較分析を一貫して行うことで、理論面およ び経験分析面の双方に関して、上述のような独自の見解を提供している点で意 義がある。 しかし、その一方で、本書には今後議論を深めていくべき課題も残されてい るように思われる。ここでは評者の専門をふまえて、経験分析に関する論点で はなく(例えば、再編期に関するアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにつ いては、本書と異なる評価ができると思われる) 、理論研究に関連した三つの 課題(①特徴把握、②因果分析、そして③福祉国家の定義に関するもの)を検 討する。第一に、 本書で提示された 「特徴把握」に関する分析枠組の課題として、 概念の精緻化が求められる。例えば、本書では、福祉国家の形成・発展期に関 して、 「三類型+ハイブリッド型」の類型が示されており、日本はハイブリッ ド型とされているが、固有のモデルたり得るのではないか。先行研究では、日 本を、①オーストラリアと同様に、社会保障ではなく雇用保障を重視するモデ ル(宮本 2008, Estevez-Abe2008, Miura 2012) 、②南欧諸国 と 同様 に、脱家族 化および脱商品化が低い家族主義レジーム(新川 2014, 新川編 2015) 、③東ア ジア諸国と同様に、 社会政策が経済政策に従属した開発主義的な福祉国家(Kim 2010, Hwang 2012)とみなす研究がある。これらの研究は、福祉国家の形成・ 発展期の類型が「三類型+ハイブリッド型」ではなく、四類型になりうること を示唆している。また、本書では、福祉国家の再編期に関しては、 「二類型+ 金融主導型レジーム」の類型が提示されているが、それぞれの類型に曖昧さが 残っている。例えば、 「金融主導型レジーム」は、この用語を生み出したレギュ ラシオン学派では、 福祉国家を指すのではなく、 成長様式や市場経済の特性(す なわち、生産レジームの特徴)を捉える用語として用いられてきた(ボワイエ 571.
(16) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). 2011) 。また、本書で紹介されていたように、再編期のアメリカやイギリスに おける福祉改革は、 「ワークフェア型」と重なる点が大きい。それにもかかわ らず、両国を「金融主導型レジーム」とするならば、両国のみを生産レジーム の特徴から特徴付けることになるだけでなく、 「ワークフェア型」との差異が 不明確でもあるため、議論に混乱が生じるように思われる。加えて、 「ワーク フェア」と「自由選択」の概念も整理が必要である。これまで「狭義のワーク フェア」は、長期失業者や若年失業者向けの対策や、女性の労働市場への参入 促進など、 (再)商品化政策の多様性を捉える際に用いられており、対照とな る概念としては 「 (ワークフェアの)人的資本開発モデル」や 「アクティベーショ ン」などが用いられてきた(Peck and Theodore 2000, 宮本 2013) 。 「自由選択」 という新しい概念を用いるならば、その積極的意義や上記の類似概念との差異 を明示すべきであるが、この点に関しては十分な議論が展開されていない。本 書で示された形成・発展期および再編期に関する分析概念や類型(論)がもつ 曖昧さは、これらを組み立てる際の理論的背景や方法が明示されないままに、 各国の事例分析の結論として提示されるという研究上の手続に由来すると思わ れる。どのようなモデル(例えば、○○レジームや××型といった分析概念や、 それらから構成される類型論など)も、分析者の研究目的のために構築される 点で一定の恣意性を有するものであるが、モデル構築の理論的背景や方法を明 示することによって、他の研究者との対話はより建設的なものとなる。本書で 提示された特徴把握のための分析枠組も、その理論的背景や方法が示されるこ とで、より豊かで説得力のあるものになると思われる。 第二に、本書で提示された「因果分析」に関する分析枠組の課題として、一 貫性を高めることが求められる。形成 ・ 発展期が検討される第一部では、分岐 を説明する要因として主に「労使関係」と「政治制度」が注目される一方で、 再編期が検討される第二部では、 「政治的機会構造」が重視される。これは、 理論的に一貫しているといえるであろうか。残念ながら、そのようには思えな い。もちろん、理論的に一貫していることが研究において最も重要なことでは 572.
(17) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). ない。むしろ、経験分析では、研究対象の特徴(例えば、共通性と差異)を適 切に説明することの方が重要といえよう。したがって、因果分析に関して、本 書の内部で異なる分析枠組が採用されること自体は問題ではない。しかし、形 成・発展期と再編期で、異なる要因が重要になるとすれば、それは何を意味す るのであろうか。この点を分析・検討することは、福祉政治の変化とその背景 を理論的に検討することにつながり、福祉国家論の深化に資するものといえる。 本書でも、第五章などで検討されているが、それは福祉国家論への貢献という 観点での整理には至っていない。さらに、より重要な点として、本書では、 「因 果分析」のための分析枠組を理論的に一貫させるための視座が提示されている にもかかわらず、それが十分に活かされていないことにある。すなわち、本書 でも重要視されている「ヘゲモニーの構築と再生産/変容」という点に注目す れば(序章、第一章、第五章を参照) 、第一部で用いられる分析枠組と、第二 部で用いられる分析枠組は統合可能と思われる。つまり、分析枠組の抽象度を 上げ、経済・社会レベルの権力構造(の変化)が、政治制度および政党政治を 媒介にして、どのように意思決定プロセスに反映され、それがどのように実 施され、経済・社会的帰結をもたらすかに注目すること 5)で、より一貫した 枠組を構築することができるといえる。6 ヶ国の 100 年にわたる福祉国家の形 成・発展および再編を分析するためには、ある程度抽象度の高い分析枠組が必 要になることは否めない。重要な点は、一貫した分析枠組を構築し、それを経 験分析に用いることで、理論研究および経験分析の結果としてもたらされる知 見の、福祉国家論への含意を検討することにある。本書でも、分析枠組の一貫 性を高める努力のなかで、 「福祉政治の変化とその背景」や「その理論的含意」 など、福祉国家論への示唆が得られると思われる。 そして、最後に、福祉国家の定義に関する課題について触れたい。本書で は、福祉国家をどのように捉えるかに関する諸議論に関しては批判的な検討 がなされ、上述のように著者独自の見解が提示されている。しかし、 「福祉国 家」それ自身に関する明確な定義はなされていない。そのため、再編後の諸レ 573.
(18) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). ジーム(とくに、 「金融主導型レジーム」や「ワークフェア型」 )を、 「福祉国 家」と捉えうるのか否かが明確ではない。もし「福祉国家」でないとすれば、 現在の国家形態はどのように特徴付けられ、また定義されるのであろうか。こ れらの問いが重要となるのは、本書の目的(やアプローチ)が、福祉国家の形 成と発展および再編に関して、事例分析を行うだけでなく、それらの知見を総 合して、全体的な傾向を描くことにあるからである(序章を参照) 。たしかに、 本書は、ここまで確認してきたように、福祉国家の形成と発展および再編の過 程に関する知見を豊かなものにしたことは間違いない。しかし、 「現在の先進 諸国は、今なお「福祉国家」と捉えられるのか」 、 「もしそうならば、どのよう な共通性と多様性を持つ福祉国家から、どのような共通性と多様性を持つ福祉 国家へと変化しているのか」 、 「もし福祉国家でないならば、どのような国家に なったのか」は、明示的には整理されていない。これは、 「福祉国家」の定義 が自覚的になされていないために、福祉国家(論)の射程という重要な議論が 深められていないことを示唆している。また、 「福祉国家」の定義がなされて いないことは、上記の「特徴把握」および「因果分析」に関する課題とも密接 に連関している。つまり、福祉国家の定義が明示的になされれば、どの政策領 域まで射程に収める必要があるか、またどの政治的要因に注目して説明すれば よいか、などが示唆される。例えば、福祉国家を、 「特定の経済・社会文脈の もとで、 市場に介入し、 経済成長と雇用確保を実現し、 多様な公共政策を通じて、 市民に社会的保護を提供し、支持調達を図る政治的プロジェクト」として定義 してみよう(加藤 2012 を参照) 。この定義は、福祉国家論が狭義の社会政策だ けでなく、雇用保障に代表される「機能的代替物」 (Estevez-Abe2008)や「他 の手段を通じた社会的保護」 (Castles 1985)なども射程におさめる必要がある ことを示唆する。また、福祉国家が特定の経済・社会文脈のもとで形成され、 多様性を示すならば、共通性を捉えるための段階論的な分析枠組と、多様性を 捉えるための類型論的な分析枠組が必要となる(加藤 2012) 。さらに、福祉国 家が政治的プロジェクトであるならば、政治学が社会現象の分析の際に注目す 574.
(19) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). る、利益、制度、アイデアの三つの要素の相互作用に注目する必要がある(Hall 1997) 。本書でも「福祉国家」が明示的に定義されれば、 「特徴把握」と「因果 分析」という二つの課題に関する方針が明確となり、本書で展開された議論は よりクリアなものとなったと思われる。 本書は、政治学、政治経済学、歴史学(政治史) 、社会政策論などの諸学問 領域の知見をふまえて、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、スウェー デンという主要な先進資本主義諸国 6 ヶ国を対象とした、100 年にわたる福祉 国家の形成・発展および再編の過程を、共通の理論的視座から比較分析を行う ものであり、先進諸国の共通性と多様性および近年の質的な変化、そしてそれ らの背景にある要因を明らかにするものである。ひとりの研究者が長期間にわ たる多数の事例を研究することは困難であるにもかかわらず、一定の理論的視 座から一貫した比較分析を行った点で、本書には大きな意義がある。加えて、 本書は比較福祉国家分析の到達点をふまえるだけでなく、上記の分析の結果、 理論研究(形成・発展期の「三類型+ハイブリッド型」から再編期の「二類型 +金融主導型」 、それぞれの時期における分岐を説明する要因の整理) 、および、 経験分析(再編期におけるイギリスとアメリカの位置づけ、ドイツとフランス の分岐など)のそれぞれに関して、新たな知見を付け加えている点でも、福祉 国家論への重要な貢献をなしている。本書が理論研究としても経験分析的にも 優れた研究となった背景には、政治理論や社会思想史といった理論研究で優れ た業績を発信し、比較政治学を基礎にフランス福祉国家分析といった経験分析 を進めてきた著者の研究力量の高さがある。 その一方で、福祉国家論の二つの課題である「特徴把握」と「因果分析」の 分析枠組という点では、本書には議論を深めていくべき論点が残されている。 例えば、 「特徴把握」に関して、概念間の関係を整理し、モデル構築の理論的 背景や方法を明示することが求められている。 「因果分析」に関して、本書で 提示された概念を活用することで、より一貫した分析枠組を構築することが期 575.
(20) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). 待される。そして、より重要な点として、この二つの分析枠組に関する課題 は、本書における「福祉国家」の定義が不明確な点と関係している。 「福祉国 家」の定義を明確にすることは、二つの課題を克服するための示唆が得られる だけでなく、現在の国家形態をどう評価するかという福祉国家(論)の射程と いう論点への示唆も得られる。しかし、これらは今後深められるべき論点であ り、上述した本書の意義を損ねるものではない。本書が先進諸国の政治経済シ ステムの変容とその背景に興味・関心を持つ研究者、大学院生や学生、そして 一般の人びとに広く読まれること、加えて、本書で提示された諸知見(理論研 究および経験分析のそれぞれ)が他の研究者によって検証され、深められてい くことで、福祉国家論が豊かになっていくことを期待したい。評者もひとりの 研究者として、著者が試みた福祉国家論の理論的発展に貢献したい。 文末脚注 1)本稿を執筆するにあたって、合評会(2017 年 7 月、京都大学)が開催され、討論者とし て報告を行った。合評会にご参加いただいた先生方とのディスカッションを通じて、本 書に対する理解が深まった。とくに、著者の田中拓道先生には、評者の不躾な質問に対 しても、丁寧かつ真摯にご対応いただいた。田中先生、書評会をを設定してくださった 新川敏光先生、もう一人の討論者である島田幸典先生、そして合評会にご参加の先生方 に心からお礼申し上げたい。 また、 本稿は、 立命館大学社会学研究科の 「研究プロジェクト」の研究成果の一部である。 櫻井純理先生、江口友朗先生、オブザーバー参加の粟谷佳司先生、そして受講してくれ た院生の皆さんとのディスカッションから多くのことを学ばせていただいた。ここに感 謝したい。 2)比較福祉国家分析のレビューとしては、以下のものを参照(C. Pierson2008, Castles et al. 2010,新川ほか 2004,宮本編 2012,新川 2015,鎮目・近藤編 2013,加藤 2012) 。 3)例えば、比較福祉国家分析の先行研究を、理論枠組という観点から整理すると、①政治主 体の利益に注目する利益中心アプローチ(例、権力資源動員論や政治連合論) 、②政策遺 産や制度の歴史的展開の重要性を強調する制度中心アプローチ(例、歴史的制度論) 、③ 政策アイデアや政治言説など政治の理念的要素に注目するアイデア中心アプローチ(例、 構成主義的制度論)などがある。また、方法論・手法という観点から整理すると、①多 数の事例を対象として量的手法を用いる研究、②複数の事例を対象として比較分析を用 576.
(21) 田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房、2017 年). いる研究、③一つの事例を対象に詳細な事例分析を行う研究、④量的手法と比較分析も しくは詳細な事例分析を組み合わせる研究に分けることができる。そして、分析レベル という観点から整理すると、①福祉国家システム全体の再編を検討する研究から、②特 定の政策領域の変容を扱う研究、そして③個別制度の変容を扱う研究まで多岐にわたる。 4)これまで刊行された田中拓道の単著は、 本書の他に、 『貧困と共和国』 (人文書院、2006 年) 、 『よい社会の探究』 (風行社、2014 年)がある。その他、政治理論や社会思想史、比較政 治学、フランス福祉国家分析に関して、多数の論文・共著・編著が発表されている。例 えば、 共著として、 『政治の発見 働く』 (風行社、2011 年) 、 『福祉レジームの分岐と収斂』 (ミネルヴァ書房、2011 年) 、 『近代ヨーロッパの探求 福祉』 (ミネルヴァ書房、2012 年) 、 編著として、 『承認』 (法政大学出版局、2016 年)がある。 5)比較福祉国家分析の諸アプローチの特徴を整理し、その意義と限界を明確にし、因果分 析のための新たな理論枠組を構築する試みとして、以下を参照(加藤 2012, 2013) 。. 参考文献 Armingeon, Klaus and Giuliano Bonoli (eds.) 2005: The Politics of Post-industrial Welfare States, Routledge. Blyth, Mark 2002:Great Transformations, Cambridge University Press. Bonoli, Giuliano and Natalie Morel (eds.) 2012: The Politics of the New Welfare State, Oxford University Press. Campbell, L. John 2004: Institutional Change and Globalization, Princeton University Press. Castles, G. Francis 1985: The Working Class and Welfare, Allen & Unwin.(岩本敏夫ほか訳『福祉 国家論』啓文社、1991 年。 ) Castles, G. Francis, Stephan Leibfried, Jane Lewis, Herbert Obinger, and Christopher Pierson (eds.) 2010:The Oxford Handbook of Welfare State, Oxford University Press. Choi, Young-Jun 2012:“ End of the Era of Productivist Welfare Capitalism”Asian Journal of Social Science 40: 275-94. Esping-Andersen, Gøsta 1990: The Three Worlds of Welfare Capitalism, Polity Press.(岡 沢 憲 芙・ 宮本太郎監訳『福祉資本主義の三つの世界』ミネルヴァ書房、2001 年。 ) ――― 1999: Social Foundation of Postindustrial Economies, Oxford University Press.(渡辺雅男・ 渡辺景子訳『ポスト工業経済の社会的基盤』桜井書店、2000 年。 ) Estevez-abe, Margarita 2008: Welfare and Capitalism in Postwar Japan, Cambridge University Press. Hall, Peter A. 1997:“The Role of Interests, Institutions, and Ideas in the Comparative Political Economy of the Industrialized Economy” Pp. 174─207 in Comparative Politics, editied by M. 577.
(22) 横浜法学第 27 巻第 3 号(2019 年 3 月). I. Lichbach and A. S. Zukerman, Cambridge University Press. Hwang, Gyu-Jin 2012: “Explaining Welfare State Adaptation in East Asia: The Cases of Japan, Korea and Taiwan” Asian Journal of Social Science 40: 174─202. Jessop, Bob 2002: The Future of Capitalist State, Polity Press.(中谷義和ほか訳『資本主義国家の 未来』御茶の水書房、2007 年。 ) Kim, Pil Ho 2010: “The East Asian Welfare State and Surrogate Social Policy: an Exploratory Study on Japan and South Korea”, Socio-Economic Review, 8: 411─435. Korpi, Walter 1983:The Democratic Class Struggle, Routledge and Kegan Paul. ――― 1985: “Developments in the Theory of Power and Exchange: Power Resources Approach vs. Action and Conflict: On Casual and Intentional Explanations in the Study of Power” Sociological Review 3: 31─45. Miura, Mari 2012: Welfare through Work, Cornell University Press. Morel, Natalie, Bruno Palier and Joakim Palme (eds.) 2012: Towards a Social Investment Welfare State?, Policy Press. Peck, Jamie and Nikolas Theodore 2000: “‘Work First’: Workfare and the Regulation of Contingent Labour Markets” Cambridge Journal of Economics 24: 119─138. Pierson, Christopher 2008: Beyond the Welfare State ? (3rd edn), Polity Press. Pierson, Paul 1994: Dismantling the Welfare State?, Cambridge University Press. Pierson, Paul (ed.) 2001: The New Politics of Welfare States, Oxford University Press. Rothstein, Bo 1998: Just Institutions Matter, Cambridge University Press. Schmidt, A. Vivien 2002: The Futures of European Capitalism, Oxford University Press. Tayler-Gooby, Peter (ed) 2004: New Risks, New Welfare ?, Oxford University Press. 加藤雅俊 2012『福祉国家再編の政治学的分析』御茶の水書房。 加藤雅俊 2013「福祉政治の理論」 、 鎮目真人・近藤正基編『比較福祉国家論』ミネルヴァ書房。 鎮目真人・近藤正基編 2014『比較福祉国家論』ミネルヴァ書房。 新川敏光 2005『日本型福祉レジームの発展と変容』ミネルヴァ書房。 新川敏光 2014『福祉国家変革の理路』ミネルヴァ書房。 新川敏光編 2015『福祉レジーム』ミネルヴァ書房。 新川敏光・井戸正伸・宮本太郎・真柄秀子 2004『比較政治経済学』有斐閣。 ボワイエ、ロベール(宇仁宏幸ほか訳)2011『金融資本主義の崩壊』藤原書店。 宮本太郎 2008『福祉政治』有斐閣。 宮本太郎 2013『社会的包摂の政治学』ミネルヴァ書房。 宮本太郎編 2012『福祉政治』ミネルヴァ書房。. 578.
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