原
著
名古 屋 市 立 大学 看護 学部 紀 要 第13巻2014急性期病棟で働 く看護師 の抑 うつ傾 向 と医療安全 および離職意図 との関連
金
子
さ ゆ り
要
約
本研 究 は 急性 期 病棟 で働 く看護 師 の 抑 うつ 傾 向 の 実 態 を 明 らか に し、 抑 うつ 傾 向 に あ る看 護 師 の 離 職 意 図 な ら
び に 医 療 安 全 へ の影 響 に つ いて 検 討 す る こ とを 目的 に、 臨 床 研 修 病 院5施 設 に 勤 務 す る病 棟 看 護 師1197名 を対 象
にCES-Dを
用 い た 自記 式 調 査 を実 施 した 。 病 棟 看 護 師 の54.0%が 抑 うつ 傾 向 に あ る こ と が示 され 、 経 験 年 数 別
比 較 に お い て抑 うつ割 合 に 差 が み られ た。 抑 うつ 傾 向 に よ る医 療 安 全 へ の 影 響 を 検 討 した 結 果 、 抑 うつ 傾 向 の 有
無 とイ ン シデ ン ト ・ア ク シデ ン ト レポ ー ト提 出 数 や 有 害 事 象 発 生 と関 連 はみ られ な か った 。 一 方 、 抑 うつ 傾 向 に
あ る場 合 は な い場 合 に比 べ て 、 薬 剤 関 連 の エ ラー や ニ ア ミス を起 こす確 率 が 約2倍
に、 トラ ブル 遭 遇 頻 度 は2倍
強 に高 ま る可 能 性 が 示 唆 され、 さ らに離 職 意 図 は約2倍 に 高 ま る こ とが 示 唆 され た 。 安 全 な 医 療 を 提 供 して い く
た め に も、 看護 師 の抑 うつ状 態 に つ い て ス ク リー ニ ン グを 行 い 、 抑 うつ 状 態 に あ る看 護 師 へ の メ ンタル サ ポ ー ト
を充 実 さ せ て い く必 要 が あ る。
キ ー ワ ー ド:う つ 、 医 療 安 全 、 離 職 意 図 、 急 性 期 病 棟 、 看 護 師 I.緒 言急性 期 医療 の現 状 は、 医 療 の 高度 化 に加 え 、 在 院 日数
短 縮 に よ る入 院 患者 の重 症 化 や ニ ー ズ の 多 様 化 に も対 応
す るべ く、 安 全 で 質 の 高 い 医 療 を提 供 す る こ とが 求 め ら
れ て い る。 この よ うな環 境 下 で働 く看 護 師 は様 々 な ス ト
レス を抱 え、 退 職 者 も後 を絶 た な い状 況 で あ り、安 全 な
医療 提 供 に必 要 な マ ンパ ワー の 確保 とメ ン タル ヘ ル ス へ
の対 策 が急 が れ て い る。 最 近 で は、 新 人 看護 師 の離 職 率
の高 さ が 問題 とな って お り、 各施 設 に お い て は新 人 看護
職 研 修 の充 実 を 図 り、 ま た、 離 職 防止 に 寄与 す る子 育 て
支援 と して ワー ク ライ フバ ラ ンス の推 進 な ど取 り組 み を
す す め て い る段 階 に あ る1)。
一 方
、 看 護 師 の メ ン タル ヘ ル ス に つ い て は必 ず しも十
分 な対 策 は と られ て い な い。 一 般 に、 対 人 サ ー ビス を 業
務 とす る看護 職 は他 職 種 に 比 べ て ス ト レス は高 く、 疲労
感 や 抑 うつ 度 も高 い こ とが知 られ て い る2)。入 院患 者 や
家族 か らの理 不 尽 な要 求 な ど は看護 職 へ 向 け られ る こ と
が多 く、 看 護 師 は特 有 の ス トレス に さ らされ て い るが3)、
「
専 門職 な の だ か ら 自分 の健 康 管 理 は 自 己 責 任 が あ た り
前 」 とい う風 潮 の 中 で、 看護 師 は 自 らの 感情 や 体 調 を コ
ン トロー ル して い くこ とが 求 め られ て い る4)。
看 護 師 の メ ン タル ヘ ル ス と安 全 管理 に つ い て は、 精 神
的 健 康 観 と エ ラー の 関係5)、 睡 眠 障 害 と仕 事 上 の ミス の
関 係6)、 勤 務 状 況 や職 業 性 ス ト レス と エ ラー ・ニ ア ミス
との 関 係7)等 が 明 らか に さ れ て お り、 よ り安 全 な 医 療 提
供 に 向 けた 方 策 が い くつ か 示 され て い る。
しか しな が ら、 昨 今 の よ うな 医 療 現 場 の 労 働 環 境 の 過
酷 さ、 病 院 機 能 の 専 門 分 化 が 進 む な か で 、 看 護 師 の メ ン
タル ヘ ル ス 対 策 を 効 果 的 に 進 め て い くた め に は、 そ れ ぞ
れ の 専 門 領 域 で 働 く看 護 師 の メ ンタル ヘ ル ス の 実 態 、 例
え ば 抑 うつ 傾 向 とそ れ に よ る影 響 を 明 確 に した 上 で 、 各
職 場 に 適 した メ ンタル ヘ ル ス 対 策 な らび に安 全 管 理 体 制
を 構 築 す る必 要 が あ る と考 え る。
そ こで 、 本 研 究 は急 性 期 病 棟 で 働 く看 護 師 の メ ンタル
ヘ ル ス に 着 目 して 、 看 護 師 の 抑 うつ 傾 向 の 実 態 と抑 うつ
傾 向 が 安 全 な 医 療 の 提 供 や 看 護 師 の 離 職 意 図 に及 ぼ す 影
響 を 明 らか に し、 急 性 期 病 棟 にお け る安 全 な 医 療 提 供 に
向 けた 方 策 に つ い て 検 討 す る。
Ⅱ.研
究 方 法
1.対
象 お よ び 方 法
300床 以 上 を有 し、 看 護 配 置基 準7対1を と っ て い る臨
床 研 修 病 院5施 設(表1)に
勤 務 す る病 棟 看 護 師1197名
を 対 象 に 、2009年11∼12月
に 自記 式 調 査 を 実 施 した 。 調
査 は各 施 設 長 な らび に 看 護 部 長 の 承 諾 を 得 て 実 施 した 。
調 査 票 は施 設 担 当 者 を 経 由 して 対 象 者 へ 配 布 、 封 筒 を 使
用 し匿名 性 を確 保 しつ つ 留 め 置 き法 に て 回 収 を 行 った。
調 査 協 力 者 に は依 頼 文 書 に研 究 目的 、協 力 へ の 自由意 志 、
回答 内容 の守 秘 を 明記 し、 調 査 票 へ の 回答 を も って 調 査
協 力 へ の 同意 とみ な した。 ま た、 調 査 票 は無 記 名 か つ 封
筒 を使 用 し、 調 査 内容 が研 究者 以 外 に 漏 れ る こ とが な い
よ う配 慮 した。 本 研 究 は個 人 情 報 保 護 法 な らび に 疫学 研
究 に 関 す る倫 理 指 針等 に 則 って行 わ れ た。
2.調 査 内 容 調 査 内 容 は 、CES-Dを 用 い た 抑 うつ 傾 向 の 評 価 、 医 療 安 全 と離 職 意 図 に 関 す る項 目、 回 答 者 の 属 性 お よ び 勤 務 状 況 か ら構 成 さ れ る。 抑 う つ 傾 向 の 評 価 に は、 米 国 国 立 精 神 保 健 研 究 所 が 開 発 し たCES-D(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)の 日本 語 版9)を 使 用 し た 。CES-Dは 20項 目 で 構 成 さ れ 、 各 項 目 を4件 法(な い 、1∼2日 、 3∼4日 、5日 以 上)で 評 価 、 そ れ ぞ れ に0∼3点 を 与 え て 得 点 化 し0∼60点 の 範 囲 を と る。 点 数 が 高 い ほ ど 抑 う つ 傾 向 が 強 く、 カ ッ トオ フ値 は16点 以 上 と さ れ て い る。 医 療 安 全 に 関 す る項 目 に つ い て は、 過 去6ヵ 月 に お け る イ ン シ デ ン ト ・ア ク シ デ ン ト レポ ー ト提 出 数 、 有 害 事 象(薬 剤 関 連 、 ド レー ン ・チ ュ ー ブ、 転 倒 転 落 、 処 置 関 連 、 そ の 他)の 発 生 数 を 記 入 して も ら っ た 。 ま た 、 薬 剤 関 連 の エ ラ ー ・ニ ア ミス に つ い て4項 目 「準 備 薬 剤(種 類 ・数 量)の 間 違 い 」 「一 時 中 止 ・変 更 薬 剤 の 誤 投 与 」 「時 間 投 薬 の 遅 れ ・忘 れ 」 「輸 液 ・シ リ ン ジ ポ ン プ 設 定 の 間 違 い 」 の 遭 遇 頻 度 を4件 法(ほ と ん ど な か っ た 、 と き ど き あ っ た 、 し ば し ば あ っ た 、 い つ も あ っ た)で 尋 ね た 。 ド レ ー ン ・チ ュ ー ブ 関 連 の エ ラ ー ・ ニ ア ミ ス は2項 目 「自 己 抜 去 ・切 断 」 「ラ イ ンの 閉 塞 ・接 続 部 の 外 れ 」、 そ の 他 の エ ラ ー ・ニ ア ミス と して2項 目 「他 患 者 へ の 誤 配 膳 」 「食 事 変 更 ・一 時 中 止 の 誤 配 膳 」、 ト ラ ブ ル 遭 遇 頻 度 に つ い て は3項 目 「患 者 ・家 族 と の ト ラ ブ ル 」 「ス タ ッ フ と の ト ラ ブ ル 」 「他 職 種 と の ト ラ ブ ル 」 も同 様 に4件 法 で 尋 ね た 。 離 職 意 図 に 関 す る 項 目 に つ い て は 、 「今 の 職 場 を 辞 め た い 」 と 「看 護 職 を 辞 め た い 」 を 質 問 し、 各 項 目 の 回 答 は4件 法(ほ と ん ど な か っ た 、 と き ど き あ っ た 、 し ば し ば あ っ た 、 い つ も あ っ た)で 尋 ね た 。属性 に関 す る項 目に つ いて は、 年 齢 、 性別 、 経 験年 数 、
所属 病 棟 で の 勤務 年 数 、 勤務 形 態 、 職 位 を尋 ね た。 ま た、
勤務 状 況 に つ い て は、 連 続 した7日 間 の 予 定 勤 務 時 間 、
実 際 の 勤 務 時 間 、 出 勤 か ら退 出 まで の 業 務 内 容 、1勤 務
あ た りの受 け持 ち患者 数 、休 憩 時間 な どを記入 して も らっ
た。 な お 、1勤 務 あ た りの 超 過 勤 務 時 間 は実 際 の 勤 務 時
間 と予 定 の 勤 務 時 間 との 差 、1勤 務 あ た りの 休 憩 時 間 は
勤務 中 の 累 積 休 憩 時 間 、1週 間 の 総 労 働 時 間 は7日 間 の
合 計 勤 務 時 間 で 算 出 した 。
3.分 析 病 棟 勤 務 の 看 護 師 の う ち 、 ス タ ッ フ ナ ー ス に 限 定 し、 CES-Dの20項 目 に 欠 損 が な か っ た デ ー タ に つ い て 分 析 を 行 っ た 。 ま ず 、 抑 う つ 傾 向(CES-D≧16点)に あ る 人 の 割 合 を 求 め 、 抑 う つ 傾 向 の 有 無 で 属 性 、 勤 務 状 況 を 比 較 し た 。 比 較 の 検 定 に はx2検 定 、t検 定 、Mann-Whitney U検 定 を 用 い 、p<0.05を 有 意 差 あ り と し た 。 ま た 、 施 設 別 お よ び 経 験 年 数 別 で 抑 う つ 傾 向 の 割 合 に 差 が あ る か をx2検 定 で 確 認 し た 。 次 に 、 抑 う つ 傾 向 の 有 無 と 医 療 安 全 や 離 職 意 図 に 関 す る 指 標 と の 関 連 に つ い て 、 ロ ジ ス テ ィ ッ ク 回 帰 分 析 を 行 い 、 抑 うつ 傾 向 「無 」 を 基 準1.0(Reference)と し て 、 抑 う つ 傾 向 「有 」 の オ ッ ズ 比(OR)と95%信 頼 区 間 (95%CI)を 求 め た 。 な お 、 経 験 年 数 別 比 較 に お い て 抑 う つ 傾 向 の 有 無 に 違 い が み ら れ た こ と か ら そ の 影 響 を 考 慮 し、 経 験 年 数 を 調 整 した 上 で 回 帰 分 析 を 行 っ た 。 統 計 解 析 に はSPSS 19.0J for Windowsを 使 用 した 。Ⅲ.結
果
1.対 象 者 の 特 性 と 抑 う つ 傾 向 本 研 究 は1033人(回 収 率86,3%)か ら回 答 を 得 、 有 効 回 答 は995件(有 効 回 答 率83.1%)で あ っ た 。 調 査 対 象 の 看 護 師 の 平 均 年 齢 は32.7歳 、 平 均 経 験 年 数 は10.2年 、 ス タ ッ フ ナ ー ス が91.8%で あ っ た(表2)。 抑 う つ 傾 向 に あ る 人 の 割 合 は ス タ ッ フ ナ ー ス 全 体 で は 54.0%で あ り、 施 設 別 比 較 で は 抑 う つ 割 合 に 有 意 な 差 は み られ な か っ た(図1-A)。 経 験 年 数 別 に 抑 う つ 割 合 を み る と1年 未 満 が62.5%、1年 以 上3年 未 満 が69.3%、3 年 以 上5年 未 満 が58.0%、5年 以 上10年 未 満 が46.4%、 10年 以 上20年 未 満 が47.3%で あ り 、 有 意 な 差 が み ら れ た (図1-B)。 抑 う つ 傾 向 の 有 無 で 属 性 と 勤 務 状 況 を 比 較 し た 結 果 (表3)、 属 性 で は 年 齢 、 経 験 年 数 、 所 属 病 棟 で の 年 数 に お い て 有 意 な 差 が み ら れ た が 、 性 別 、 勤 務 形 態(常 勤 ・ 非 常 勤)で は 有 意 な 差 は み ら れ な か っ た 。 勤 務 状 況 に つ い て は 、1ヵ 月 あ た り の 夜 勤 回 数 や1週 間 の 総 労 働 時 間で は有 意 な 差 はみ られ な か った が 、1勤 務 あ た りの 超 過
勤務 時間 と1勤 務 あ た りの休 憩 時 間 で 有意 な差 が み られ、
抑 うつ 傾 向 有 群 は無 群 に 比 べ て 、1勤 務 あ た り超 過 勤 務
時 間 は長 く、1勤 務 あ た りの 休 憩 時 間 が 短 か った 。
2.抑 う つ 傾 向 と 医 療 安 全 と の 関 連 抑 う つ 傾 向 に よ る 医 療 安 全 へ の 影 響 を 検 討 した 結 果 、 抑 う つ 傾 向 と イ ン シ デ ン ト ・ア ク シ デ ン ト レ ポ ー ト提 出 数 に 関 連 は み ら れ ず 、 有 害 事 象(薬 剤 関 連 、 ド レ ー ン ・ チ ュ ー ブ 、 転 倒 ・転 落 、 処 置 関 連 、 そ の 他)の 発 生 数 に つ い て も 抑 う つ 傾 向 と の 関 連 は み ら れ な か っ た(図2)。 一 方、 薬 剤 関 連 の エ ラ ー ・ニ ア ミス の う ち 「準 備 薬 剤 (種 類 ・数 量)の 間 違 い 」 はOR:2.10(95%CI:1.58-2.80)、 「一 時 中 止 ・変 更 薬 剤 の 誤 投 薬 」 は1.77(1.26-2.51)、 「時 間 投 薬 の 遅 れ ・忘 れ 」 は1.41(1.10-1.81)、 「輸 液 ・ シ リ ン ジ ポ ン プ 設 定 の 間 違 い 」 は2.86(1.56-5.24)で あ り、 抑 う つ 傾 向 の 有 無 で 関 連 が み ら れ た(図 3)。 ま た 、 ド レ ー ン ・チ ュ ー ブ 関 連 の エ ラ ー ・ニ ア ミ ス 「自 己 抜 去 ・切 断 」 は1,31(1.01-1.70)、 「ラ イ ン 閉 塞 ・ 接 続 部 の 外 れ 」 は1.54(1.16-2.04)で あ り 、 誤 配 膳 に 関 す る エ ラ ー ・ ニ ア ミ ス 「他 患 者 へ の 誤 配 膳 」 は2.91 (1.48-5.71)、 「食 事 変 更 ・一 時 中 止 の 誤 配 膳 」 は2.43 (1.45-4.08)で あ り 、 い ず れ も抑 う つ 傾 向 の 有 無 と 関 連 が み ら れ た 。さ ら に 、 ト ラ ブ ル 遭 遇 頻 度 に つ い て 「患 者 ・家 族 と の ト ラ ブ ル 」 はOR:2.07(95%CI:1.45-2.96)、 「ス タ ッ フ と の ト ラ ブ ル 」 は3.72(2.37-5.85)、 「他 職 種 と の ト ラ ブ ル 」 は2.66(1.59-4.42)で あ り 、 抑 う つ 傾 向 の 有 無 と の 関 連 が み ら れ た 。 3.抑 う つ 傾 向 と 離 職 意 図 と の 関 連 離 職 意 図 に つ い て は 、 「今 の 職 場 を 辞 め た い 」 と い う 願 望 はOR:2.23(95%CI:1.89-2.64)、 「看 護 職 を 辞 め た い 」 と い う願 望 は2.33(1.96-2.77)で あ り、 抑 う つ 傾 向 の 有 無 で 関 連 が み ら れ た 。 IV.考 察 1.対 象 者 の 特 性 と 抑 う つ 傾 向 急 性 期 病 棟 に 勤 務 す る看 護 師 の54.0%が 抑 う つ 傾 向 に あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 本 研 究 と 同 じCES-Dを 用 い た 調 査 に よ れ ば 、 看 護 師 の 抑 う つ 傾 向 割 合 は56.0%10)で あ り 、 ほ ぼ 同 じ結 果 で あ っ た 。 ま た 、 本 研 究 と 同 時 期 に 実 施 した 調 査 結 果 に よ れ ば 、 小 児 専 門 病 院 で 働 く看 護 師 の 46.4%11)、 急 性 期 の 精 神 科 病 院 で 働 く看 護 師 の37.0%12) が う つ 傾 向 に あ り 、 こ れ ら に 比 べ て も 急 性 期 病 棟 で 働 く 看 護 師 の 抑 う つ 割 合 は 高 い と 言 え る 。 他 の 医 療 職 に つ い て み て み る と 、 例 え ば 指 導 医 の 場 合 は22.4%13)、 精 神 保 健 福 祉 士 の 場 合 は29.8%14)が う つ 傾 向 に あ り 、 こ れ ら に 比 べ て も 看 護 師 の 抑 う つ 傾 向 の 割 合 は 非 常 に 高 く、 看 護 師 の 半 数 強 は 精 神 状 態 が 良 好 で は な い 状 態 で ケ ア 提 供 を 行 っ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。
他 方 、SDS(Self-Rating Depression Scales)抑 う つ 尺 度 に よ る調 査 で は 、 急 性 期 病 棟 看 護 師 で は67.5%15)、 女 性 看 護 師 で は72.2%16)が 抑 う つ 状 態(軽 度 あ る い は 中 程 度)と 区 分 さ れ て い る 。 こ れ ら の 結 果 は 尺 度 が 異 な る た め 本 結 果 と 直 接 比 較 す る こ と は で き な い が 、 一 般 日 本 人 の う つ 病 生 涯 有 病 率 は3∼16%と さ れ て お り17)、本 結 果 で も 示 さ れ た よ う に 看 護 師 の 半 数 強 が う つ 傾 向 に あ る こ と を 踏 ま え る と 、 看 護 師 は う つ 状 態 で も 自 覚 が な い ま ま に 職 務 に 従 事 して い る 可 能 性 が あ る と 考 え ら れ る 。 ま た 、 経 験 年 数 別 に 抑 う つ 傾 向 の 割 合 を み た 場 合 、1 年 以 上3年 未 満 の 看 護 師 で は69.3%と 最 も高 く、1年 未 満 に 該 当 す る 新 人 看 護 師 で は62.5%が 抑 う つ 傾 向 に あ る こ と が 示 さ れ た 。 急 性 期 で 働 く新 人 看 護 師 の 抑 う つ 傾 向 の 割 合 は 高 い こ と が 知 ら れ て お り18)、本 研 究 結 果 に お い て も 同 様 の 傾 向 が 確 認 さ れ た 。
2.抑
うつ 傾 向 と医 療 安 全 との 関 連
医 療 安 全 との 関 連 に つ い て 、 本 結 果 で は急 性 期 にお け
る病 棟 看 護 師 の 抑 うつ 傾 向 の 有 無 とイ ンシデ ン ト ・ア ク
シ デ ン ト報 告 件 数 に 関 連 は み ら れ な か っ た が 、 薬 剤 関 連 の エ ラ ー ・ニ ア ミス、 ドレ ー ン ・チ ュ ー ブ 関 連 の エ ラ ー ・ ニ ア ミス 、 誤 配 膳 に 関 す る エ ラ ー ・ニ ア ミス の 遭 遇 頻 度 は 、 抑 う つ 傾 向 「有 」 の 場 合 は 「無 」 の 場 合 に 比 べ て 約 1.3∼2.9倍 に な る こ と が 示 さ れ た 。 医 療 安 全 と 看 護 師 の メ ン タ ル ヘ ル ス に つ い て 、 こ れ ま で は 心 理 的 ス ト レ ス7)、 バ ー ン ア ウ ト8)、 精 神 的 健 康 感5)、 睡 眠 障 害6)と の 関 連 は 示 さ れ て い る も の の 、 看 護 師 の 抑 う つ 状 態 と安 全 性 に つ い て 検 証 し た も の は な か っ た 。 今 回 は 抑 う つ 傾 向 と い う観 点 か ら急 性 期 病 棟 で 働 く看 護 師 の メ ン タ ル ヘ ル ス の 実 態 を と ら え よ う と した も の で あ り、 抑 う つ 傾 向 と職 務 ス ト レ ス の 結 果 を 単 純 に 比 較 す る こ と は で き な い 。 しか し、 本 結 果 か ら抑 う つ 傾 向 に あ る場 合 は エ ラ ー や ニ ア ミ ス を 起 こす 確 率 が 約1.3∼2.9倍 に 高 ま る可 能 性 が 示 唆 さ れ た こ と を 踏 ま え て 、 今 後 、 安 全 な 医 療 を 提 供 して い く た め に は 、 うつ 状 態 は 自覚 さ れ な い こ と も多 い た め17)、 看 護 師 の 抑 う つ 状 態 に つ い て ス ク リー ニ ン グ を 行 い 、 抑 う つ 状 態 に あ る看 護 師 へ の メ ン タ ル サ ポ ー トを 充 実 さ せ て い く こ と が 望 ま れ る。 ま た 、 抑 う つ 傾 向 に あ る 場 合 は ト ラ ブ ル 頻 度 が2.1∼ 3.7倍 に 高 く な る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 急 性 期 医 療 で は 夜 間 ・休 日 の 救 急 外 来 受 診 数 の 増 加 が 指 摘 さ れ て お り 、 重 症 患 者 の 受 け 入 れ や 診 療 待 ち 時 間 と い っ た 問 題 か ら 苦 情 や ク レ ー ム が 発 生 しや す い 状 況 に あ る。 各 施 設 に お い て は 苦 情 や ク レー ム に 対 して の 初 期 対 応 や マ ニ ュ ア ル が 整 備 さ れ つ つ あ る が 、 ト ラ ブ ル へ の 対 処 は 個 々 の 看 護 師 に 委 ね ら れ て い る と こ ろ も 多 い 。 看 護 師 の ト ラ ブ ル 頻 度 が 多 い か ら抑 う つ 状 態 に な る の か 、 抑 う つ 状 態 だ か ら ト ラ ブ ル を 起 こ す の か 、 今 回 の 結 果 は横 断 調 査 に よ る た め 因 果 関 係 を 検 証 す る こ と は で き な い 。 しか し、 ト ラ ブ ル 頻 度 と抑 う つ 状 態 は 関 連 す る こ と が 示 さ れ た た め 、 今 後 は 組 織 的 な 危 機 管 理 体 制 の 構 築 は 急 務 で あ る が 、 そ れ に 加 え て ト ラ ブ ル に よ く遭 遇 す る 看 護 師 へ の 配 慮 を 十 分 に 行 い 、 抑 う つ 状 態 に あ る 看 護 師 と 同 様 に メ ン タ ル サ ポ ー トを 充 実 さ せ る必 要 が あ る と考 え る。
3.抑
うつ傾 向 と離 職 意 図 と の 関連
抑 うつ傾 向 に あ る場 合 は離 職 意 図 が約2倍
に 高 ま る可
能 性 が示 唆 さ れ た。 看護 職 は ヒ ュー マ ンサ ー ビス を 業務
とす る他 職 種 に 比 べ て、 交代 勤 務 や過 重 労 働 とい う特 性
か らス トレス を生 じやす く、 バ ー ンア ウ トに陥 りや す い。
そ して看 護 師 が バ ー ンア ウ トに 陥 る とケ アの 質 が 低下 す
るだ け で な く、 身体 的 不調 、 病 気休 暇 、 退職 離 職 に もつ
な が る19)。
先 に も述 べ た よ うに 、 急 性 期 医 療 の現 状 は 医
療 の高 度 化 に加 え、 入 院 患者 の重 症 化 や ニ ー ズ の 多 様 化
に も対 応 して い か な けれ ば な らず、 在 院 日数 が 短 くな る
ほ どに ケ ア密 度 は高 ま り、 看護 業務 の煩 雑 化 は避 け られ
な い 中 で 、 常 に 安 全 で 質 の 高 い ケ アを 提 供 す る こ とが 求
め られ て い る。 この よ うに 時 間 的 切 迫 感 や 緊 張 感 を 常 時
強 い られ て い る環 境 で 働 く看 護 師 は特 有 の ス ト レス 状 況
下 に あ るが 、 専 門 職 で あ るが ゆ え に、 看 護 師 は メ ンタル
ヘ ル ス の 不 調 に つ い て 自 ら コ ン トロ ール して い くこ と も
少 な か らず 求 め られ て い る。 仕 事 の 適 性 度 は安 全 な 医 療
を 提 供 す る上 で 重 要 な要 因 と さ れ て お り7)、そ の適 応 性
が低 い と判 断 され た看 護 師 、 あ る い は職場(急 性 期病 棟)
へ の 不 適 応 と思 わ れ る看 護 師 につ い て は、 急 性 期 病 棟 以
外 の 看 護 業 務 へ の 転 換 の 可 能 性 を 提 示 して い くこ と も必
要 で あ る と考 え る。
最 後 に 、 今 回 の 調 査 で は 安 全 性 の 指 標 と して 、 イ ン シ デ ン ト ・ア ク シ デ ン ト レ ポ ー ト提 出 数 、 有 害 事 象 の 発 生 数 、 ニ ア ミス ・エ ラ ー の 遭 遇 頻 度 を 用 い て 抑 う つ と の 関 連 を 検 証 した が 、 レ ポ ー ト提 出 数 や 有 害 事 象 の 発 生 数 で は 関 連 が み ら れ ず 、 ニ ア ミス ・エ ラ ー の 遭 遇 頻 度 で 関 連 が み ら れ た 。 こ の 点 に つ い て 、 本 来 イ ン シ デ ン トの 報 告 は 任 意 で 行 わ れ て い る も の で あ り 、 そ の 背 後 に は レ ポ ー ト と して 報 告 す る ま で に は 至 ら な い と 判 断 さ れ た ヒヤ リ ハ ッ ト事 象 が 存 在 す る 。 そ して 、 ヒヤ リハ ッ ト事 象 はイ ン シ デ ン ト ・ア ク シ デ ン ト レ ポ ー ト報 告 数 の 約8倍 で あ る こ と が 示 さ れ て い る20)。イ ン シ デ ン ト ・ア ク シ デ ン ト レポ ー トを 提 出 す る か 否 か は 個 人 の 安 全 意 識 の 問 題 と 深 く関 与 す る た め 、 本 結 果 に お い て も こ う した 影 響 が 少 な か ら ず 関 与 して い る と 考 え る 。V.結
論
急 性 期 病 棟 で 働 く看 護 師 の54.0%が 抑 うつ傾 向 に あ る
こ とが 示 唆 され た 。 看 護 師 の 抑 うつ 傾 向 によ る医 療 安 全
へ の 影 響 を 検 討 した 結 果 、 抑 うつ 傾 向 の 有 無 とイ ンシデ
ン ト ・ア ク シデ ン ト レポー ト提 出 数 や 有 害 事 象 発 生 数 と
関 連 はみ られ な か った 。 一 方 、 抑 うつ 傾 向 にあ る場 合 は
な い 場 合 に 比 べ て 、 薬 剤 関 連 の エ ラ ー ・ニ ア ミス を 起 こ
す 確 率 が 約2倍 に 、 トラ ブル 遭 遇 頻 度 は2∼3倍 に、 離 職
意 図 は約2倍 に高 ま る可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 安 全 な 医 療
を 提 供 して い くた め に も、 看 護 師 の 抑 うつ 状 態 につ い て
ス ク リー ニ ングを 行 い 、 抑 うつ 状 態 にあ る看 護 師 へ の メ
ン タル サ ポー トを 充 実 させ て い く必 要 が あ る。
謝
辞
本 調 査 に ご協 力 頂 き ま した5施 設 の看 護 部 長 を は じめ
看 護 師 の 皆 様 に 心 よ りお 礼 申 し上 げ ます 。 な お 、 本 論 文
の一 部 は第14回 日本 看 護 管理 学 会 学 術 集会 に て発 表 した。
文 献 1)日 本 看 護 協 会 専 門 職 支 援 ・中 央 ナ ー ス セ ン タ ー 事 業 部:平 成24年 度 看 護 職 の ワ ー ク ラ イ フ バ ラ ン ス 推 進 ワ ー ク シ ョ ッ プ 事 業 報 告 書, http://www.nurse.or.jp/home/publication/ pdf/2012/wlb-hokoku24-1.pd,2013.10.1. 2)三 木 明 子:産 業 経 済 変 革 期 の 職 場 の ス ト レス 対 策 の 進 め 方,各 論4事 業 所 や 職 種 に 応 じた ス ト レス 対 策 の ポ イ ン ト,産 業 衛 生 学 雑 誌,44,219-223, 2002. 3)武 井 麻 子:感 情 と 看 護 − 人 と の か か わ り を 職 業 と す る こ と の 意 味,医 学 書 院,2001. 4)細 見 潤,藤 本 洋 子,片 平 久 美,他:看 護 婦 の メ ン タ ル ヘ ル ス に 関 す る 調 査 、 看 護 研 究,31(5),415-421,1998.
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