Author(s)
崔, 珉寧
Citation
沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL
OF LAW & ECONOMICS(10): 37-56
Issue Date
2008-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5987
【研究 ノー ト】
地方企業における競争戦略と支援体制
一岩手県の地域産業発展プロセスを通じて-Compe
t
i
t
i
ves
t
r
at
e
gyands
uppor
ts
ys
t
e
m i
nl
oc
albus
i
ne
s
satl
wat
e
雀 堀寧 (Choi,Minyoung)
*
キー ワー ド :地域産業活性化、 イ ノベーシ ョン、知識創造企業 1.は じめ に 本稿 の 目的は、地域経済活性化 の実証研究 の一部 として、岩手県 の地域産業発展 プ ロセスを個別 企業 の事例か らその実態 を明 らか にす ることである。現在 の 日本全体 の産業構造 をみ ると、 日本社 会が格差社会へ と急速 に進んで いると指摘 され て いることと同様 に、 い くつかの大都市 圏 と地方地 域 の格差 は大 き く、 さらにそ の インバ ランスの規模は拡大 してい るよ うにみ え る。 このよ うな イン バ ランスの拡大が、 日本 の産業 の さ らな る発展 と成長 を妨げ る大 きなハー ドル のひ とつ とな って い ることは、おそ ら く異論がな いであろ う。地域経済活性化 の研究 を持続 的 にお こな って いる 目的 の ひ とつは、
とで述べたよ うな大都市 圏 と地方地域 間の インバ ランスを解 消 しなが ら、均衡 の とれ た 日本 全体 の産業発展 と大都 市圏 に劣 らぬ豊 かな地方地域 を形成 お よび維持 しよ うとす る ことで あ る。本稿は、 このよ うな 目的 を達成す るための努 力の一部 として、地方地域 の企業事例 および地域 産業活性化への産業支援体制 の情報 を提供す ることを通 じて、 これ らの一連 の研 究活動 を促進 させ よ うとして いるので ある。 日本 の政府 は、優れ た研 究 開発能 力 と生産能 力をもつ企業 と生産拠点、 また、優秀 な人材が一部 の大都市圏に集 中す る ことを避 けるための努 力を、 これ まで体 系的 にお こな ってきた。 た とえば、1
9
8
0
年代 に実施 されたテ ク ノポ リス法がそ うで あろ う。通商産業省(
2
0
0
1年 よ り経済産業 省) は、1
9
8
3
年 に高度技術 工業集積地域 開発促進法 を制度化 し、北海道 ・東北 ・関東 ・中部 ・近畿 ・中国 ・ 四国 ・九州 におけ る26の地域 を先端技術産業 の基盤地域 を指定 し支援 をお こな って きた。本稿 の企 業事例で と りあげ る岩手県 の北上市 と花巻市 もこのテ ク ノポ リス法 の対 象地域 で あ った1D しか しなが らこのよ うな 一連 の取 り組 み は、1
9
9
0
年代 に明確 とな った世界経済 の大 きな変化 に よ って、予想 した成果 を十分 に得 られ ないよ うな状況 に陥 って いる。 これ こそが、 国家や地域 の レ ベル を超 え、世界全体 をそ の範 囲 とす るグ ローバ リゼー シ ョンの動 きで あろ う。 国内産業 の空洞化 とい う側面か らみ ると、大都市 圏の産業基盤 と比べて競争優位 をもたな い地域 の産業は、空洞化 の 影響 をよ り多 く受 け ることとな った。大規模な組立工場 を中心 に多 くの中小企業が企業城下 町 とし て集積 を形成 して きた地域 は、 中心的な大企業 の生産拠点が 中国 とい った国外へ移転 され た ことか ら、 一気 に これ まで の基盤 を失 うこととな った。 このよ うな産業空洞化現象は、本稿 にお いて も、 - 37-岩手県釜石市の新 日本製織釜石製鉄所 を対象 として3節で とりあげている。 また、世界 レベルの研 究 開発の競争が激化す ることによって、優れた研究 開発能 力をもつ源泉を目指 し、大都市圏および 世界の研究開発 中心地へ とグ ローバルな資源調達の調整がお こなわれた。 さらに、近年急速に進展 した少子高齢化は、人 目が集 中す る大都市圏と減少す る地方地域間のインバ ランスをよ り大き くさ せて きたので あった。 地域経済活性化の研究 へ多 くの関心 と努 力が集 中す る理 由のひ とつは,上述 したよ うな地域間の インバ ランスを解消することによって、豊かな地域形成 とバ ランスのとれた発展を促進 しよ うとし て いるか らであろ う。本稿が事例対象 として取 り上げ る岩手県 の地域産業は、地方圏の経済発展 を 促進 させよ うとした対象地域のひ とつ としての経験 をもつ と同時に、懸念 されている地域間のイン バ ランスの拡大 とい う経験 をももつ非常 に興味深 い事例であろ う。 このよ うな貴重な経験が蓄積 し た岩手県 といった地域発展事例 を持続的に研究す ることこそ、 日本全体がもつ課題を解消させて く れ る大事な ヒン トを生み出して くれ るであろうと期待 している。 次節か ら展 開され る内容は、以下のとお りである。 まず、次節では、2008年 1月におこなわれた 岩手県 の地域産業調査活動 を簡単 に述べた 上、分析対象 とな っている岩手県 の説明を若 干お こな う ことにす る。 これ らの事前的知識 を共有 した後、岩手県の沿岸地域に位置 している釜石市 と宮古市 の二つの地域で展 開 されて いる三つの個別企業事例 を詳細 にみてい くことにす る。最後 に、企業視 察 と同時 に行われた地域産業支援活動の視察か ら得 られたい くつかの提案ポイン トを述べることで 本稿 をまとめることとしよ う。 2.岩手県の地域産業調査活動 と発展可能性 2CK)8年1月、関満博一橋大学大学院商学研究科教授 を トップとす る十数人の研究 者チームは、積 雪量 と寒 さの厳 しい岩手県 を訪れ た。初めての岩手県であ り、年間を通 して10度 の気温を下回るこ とのな い暖か い沖縄 で生活す る筆者 にとって、非常 に期待感が高 まる視 察であ った。期待 した通 り、花巻空港 (いわて花巻空港) に着陸 しよ うとす る飛行機の上空か ら見えた景色は、純 白な世界 であ った。筆者の出身地が韓国ソウル市であるため、す ぐソウル市 と韓国北部の山岳地域で見 られ る雪景色 の記憶 を思 い出す ものの、四国ほどの広大な領 土をもつ東北地方の地域は、 さらなる豊か さを生み出す大 きな可能性 をもっているだ ろ うと思 うなど、 まった く異なる印象をもた らせた。岩 手県 の冬景色は、魅 了され るほどすぼ らしいものであったが、今回の産業視察で得 ることのできた 数 多 くの成果を考 えると、ほんのわずかな序論 にすぎなか ったのであろう。 岩手県 の面積 は、約15,278平方キ ロメ- トルであ り、 日本全国の47都道府県の トップである北海 道に次 いで二番 目である。 この岩手県 の面積の大 きさは、関東地域 と比べ ると、東京都 ・千集県 ・ 埼玉県 ・神奈川県 の面積 の合計よ り大 きい。関東地域のそれぞれの面積は、東京都が2,187平方キ ロ メー トル、千葉県が5.156平方キロメー トル、埼玉県が3,797平方キ ロメー トル,神奈川県が2.415平方 キ ロメー トルである。 この合計は、13,555平方キ ロメー トル とな り、岩手県 のそれよ り小さいので あるo また、岩手県の大 きさは、四国地方の四県 の合計 ともよ く比較 され るO 四国地方の四県の面 積 は、高知県が7,105平方キ ロメー トル、愛媛県が5,677平方キ ロメー トル、徳島県が4,145平方キロ メー トル、香川県が1,876平方キロメー トルである。 この合計は、18,803平方キロメー トルである2。 ー 38
しか し、岩手県 の人 口をみ ると、全国30番 目とその大きな面積か ら考えると極めて少ないのであ る。岩手県の人 口は、約139万人であ り、144万人の青森県、142万人の奈良県 に続 く。岩手県 の次 に は、138万人の滋賀県 と136万人の沖縄県が続いている。 1平方キ ロメー トル 当た りの人 口密度か ら み る岩手県 のレベルは、最下位 の北海道 に次ぐ46番 目とな る。北海道 の人 口密度は72人であ り、岩 手県は91人である。岩手県 に次 いで99人の秋 田県が並んでいる30 図 2.1 岩手県の各市町村 出所 :岩手県県庁ホームページ (www.pref.iwate.jp)0 このよ うな人 口の少な さとともに、岩手県 の各地域は、地理的な弱点 を同時にもっている。 この 地理的な不利 とは、大都市圏か ら距離的に離れていることを意味す るのである。単な る地理的な距 離 もそ うであるが、 よ り重要 となるのは経済的な距離である。経済的な距離 とは、簡単 に言 えば、 目的地 まで必要 となる時間 とコス トの規模 を指す。東京か ら最 も遠 い地域が岩手県であるといわれ るのは、 この経済的な距離 を意味す るのである。 以上か らみてきたよ うに、岩手県地域は、大 きな面積 をもつ ものの、人 口はかな り少ないとい う ハー ドル をもっている。本稿の三つ 目の企業事例で と りあげ ることとなるが、 このよ うな人 口の少 な さは、 この地域 を基盤 として成長 を持続 させよ うとす る企業 にとって、大 きな課題 とな っている のである。 さらに、人材調達 の課題 とともに地理的な不利 をも同時にもっている。 このよ うなハー ドル をいかに克服 しなが ら地域発展を図るのかが、今後 の課題 とな るであろう。比較的 に不利な状 況に置かれていること自体が、単 にこれ らの地域 の悲観的な材料 のみ とはな らないとの知見 も地域 研究の成果 として出されている。た とえば、岩手県 の釜石市 における小規模な観光産業 と低 い地域 ブラン ドは、単 に悲観すべきことではないとの見方 も出 されている4。 これか らと りあげ ることとな る三つの企業事例は、 い くつかの点か らこれ らの課題 を克服す るい くつかのヒン トを示 して くれ ると考 える。 また、 いずれの企業がお こな った経営努力か らも積極的 -
39-に これ らのハー ドル をク リア しよ うとす る試みがみ られ るで あろ う。今 回の地域産業視察 39-にお い て、われわれ研究 メンバーが回 った地域は、岩手県 の釜石市、宮古市、盛岡市,花巻市、北上市 の 五つの都市であった。 この対象地域 の中, ここでは釜石市 と宮古市の二つの地域の企業事例 をとり あげ ることにす る。すべての地域のすべての企業事例 と産業支援活動の現状を詳細 にと りあげたい ところではあるが、紙面の制約か ら本稿では二つの地域 と三つの企業事例の紹介に留めることに し よ う. 3.企業事例(D ;協 同組合岩手オー トリサ イクルセンター 岩手県 の釜石市 に位置 している協 同組合岩手オー トリサ イクルセンター (以下、…岩手オー ト日と 略す)は、 自動車 リサ イクル法の施行 に準 じた使用済みの 自動車 の リサ イクルおよび関連部晶など の適正処理をお こな う企業である。 よ り具体的な事業内容は、 当社の設立 目的か らよみ とることが できる。 当社の設立 目的によると、「自動車 リサ イクル法に準 じた リサ イクルを行 うことによ り、使 用済 自動車 の廃棄物の減量及び再生資源化、再生部品の利用等 を通 じ、 リサ イクル、適正処理 と資 源の有効利用 によ り、安全な生活環境や良好な景観保全 と併せて地域経済の活性化 に寄与す ること を 目的 とす る」 とされて いる5。 また、 当社 のコンセプ トを見 ると、 「将来 を見越 した リサ イクル」 とされ、 3Rによって説明がな されているo これ らの 3Rとは、それぞれ、Recycle (再資源化)、 Reuse (再使用)、Reduce (発生抑制) とな っている6。 図3.
1
使用済 自動車の仮置き場 当社の説明によると、岩手県 内の乗用車 の保有台数は、約9
2
万台である7。 この中、普通 自動車が 62万台であ り、軽 自動車が30万台である。 また、 ここか ら廃棄が見込 まれる車両の台数を計算する と、それぞれ普通乗用車が年間3万8千台であ り、軽 自動車が2万2千台 と予想 され る。すなわち、 これ らの年間約6万台の規模が、岩手オー トのマーケ ッ トとな るのである。 これは、県内のみの マーケ ッ ト規模 を指 しているのであ り、 このマーケ ッ トを県外 まで広げ るのであれば、よ りその規 模 を大 き くす ることができるであろう。 自動車検査 登録情報協会 の都道府県別 の 自動車保有 台数統計デー タによ ると、2(氾7年12月末現ー
40一在、全国の 自動車保有台数は、7,937万台である。 この中、岩手県の 自動車保有台数は、99万台 (よ り正確な数値は、990,230台)である。 この台数の内訳をよ り詳細にみ ると、乗用車が69万台 (685,509 台)、貨物車が25万台 (250,075台)、乗合車が 4千台 (3,834台)、特殊車が2万台 (22,570台)、二輪 車が3万台 (28,247台)である。 これ らの 自動車の種類の中、岩手オー トが リサ イクルおよび部品 の適正処理をお こな う対象は、お もに乗用車 と貨物車である。 これ らの台数を合わせ ると約94万台 である8。 岩手オー トが設立 されたのは、2003年 5月である。2000年 9月に行われた新規産業創造懇談会を は じめに、釜石市資源循環型産業推進委員会 (2000年12月)、釜石商工会議所 リサ イクル産業懇談会 (2001年5月)、釜石カー リサイクル事業化研究会設立 (2002年 1月)といった一連のプ ロセスを経 て、2003年に設立 されている。岩手オー トが本格的に創業を開始 したのは2005年 1月 1日であ り、 竣工式は2∝姓年12月 1日であった。出資金は、 8千 6百万 円であ り、参加 している組合員数は、 2007年 6月 1日現在、53社である。組合員 となっている企業の多 くは、釜石市が20社、盛岡市が11 社 と二つの地域に集 まっている。岩手オー ト社 の組合員 とな る資格は、① 自動車卸売業 ・自動車小 売業 ・自動車整備業 ・廃棄物処理業 ・道路貨物運送業 ・水運業 を行 う事業者であること、(塾自動車 小売業又は 自動車整備業 を資格事業 として中小企業団体 の組織 に関す る法律 に基づ き設立 された商 工組合であること、③組合の地 区内に事業場 を有す ることである。 当社 における事業化 のスター トは、上述 した とお り、2000年の 9月にお こなわれた新規産業創造 事業懇談会であった。 この時期は、釜石市が と くに新規事業 に焦点 をあてて、地域 の産業活性化 に 積極的に取 り組んだ時であった。釜石市が このよ うな行動 を取 ったのは、次のよ うな背景があ った か らである。 この背景 に関 して、岩手オー ト社は、以下のよ うに述べているo 昭和30-40年代の釜 石市は、新 日本製織釜石事業所 の企業城下町であ り、一時期人 口9万 2千人の時代が存在 した。 こ の時期の新 日鉄 の従業員は、 7千人ほどであった。 しか し、現在の釜石市の人 口は、 4万 5千人ほ どとまさに半減 している。 これ に対 して大 きな危機感 を覚えた岩手県および釜石市、商工組合、民 間企業は、新たな誘致企業 と新規事業および県 内への進 出企業 に注 目しなが ら、地域産業活性化 を 図ったのであった。その一部 としてお こなわれたのが、先述 した新規事業創造事業懇談会であ り、 現在 の岩手オー ト誕生のべ-スとな ったのである. 図3,2 第二ステーシ ョンの作業現場
-
4 1-岩手オー トの従業員数は、創業開始の際、23人であった。現在は27人となっている。今後の雇用 計画 としては、2033年6月を基準 として、42人とす ることとな っている。現在の27人は、ほとんど が 自動車整備士の2級 もしくは3級の資格 を保有 している人材である。 当社の主な保有設備は、残留液駅貯蔵システム1式、残留液回収システム 1式、 自動車解体機 2 台、プ レス1台、 リフタ-とフォーク リフ トの 1式である。 これ らの設備を保有 した当社の施設処 理能力は、月1,000台 (年間12,0(氾台)の作業が可能であ り、今後は月2,
0
0
0台が可能な規模へとの拡 張計画をもっている。ただ、これまでの実績か ら言えば、毎月1,OW 台の解体作業をお こなっている わけではな く、創業以来、平均 して月6CX)台の実績をもっている。 岩手オー トの説明によると、岩手県 内では年間6万台ずつ 自動車が廃棄 され ると見込 まれてお り、 このうち、約1
万台が ロシアや中南米へと輸出され る。残 りの5
万台ほどが岩手オー ト社のよ うな県 内の解体業者へ回って くるとい う。 当センターは、上述 したよ うに、年間12,CXX)台の処理能 力をもっているため、需要が5万台であることを考えると、全体の24% を占めることになる。岩手 県内の盛岡市に、当社の処理能力の約2倍にあたる年間24.(X対合 という大規模な処理能力をもつ大 手解体業者が1社存在 してお り、 こちらの企業が廃棄 自動車のほぼ半分の処理を担 っている。岩手 オー ト社が、12,(XX)台を処理す ることにな り、残 りの1万台強の廃棄 自動車は、県内のい くつかの解 体業者によって処理 されるような構造 になっている9。 当社の作業工程 を関しては、以下のような一連の作業工程が組まれている。まず、使用済みの自 動車が搬入 され ると、入庫検査 ・車両情報確認 ・有価部品データの確認 ・作業指示書作成の作業が おこなわれる。次に、第一ステーシ ョンと呼ばれる過程で、 自動車のエアコンなどで利用 されるフ ロンガスの回収が行われ る。大気中への有害ガス漏れへの対応は、地球温暖化対策への関心が高ま るにつれて、よ り厳密な処理が要求 され るのである。 したが って、 これ らのガスの適切な回収作業 がよ り重視 され るようにな っている。 このよ うなガス回収のほか、エアーバ ックの処理作業が行わ れる。エアーバ ックには爆発物が含 まれている可能性があるため、 こちらもガス同様に適切な処理 が必要 となる。 当社では、施設内に衝突状態 をつ くってエアーバ ックを処理 している。 また、 この ステーシ ョンで行われる作業は、バ ッテ リー とタイヤの取 り外 しである。 図3.3 衝突作業によるエアーパ ックの処理 ー 42-る。 このよ うに廃棄車両は、 コンベアーシステムのよ うに、車両が レールの上で移動 しなが らすべ ての作業を受けるよ うな仕組み とな っている。第 二ステーシ ョンでは、燃料 の抜 き取 り、オ イル の 抜 き取 り、LLC (冷却液)の抜き取 り作業がお こなわれ るo続 いて、第三 ステーシ ョンでは、ジ ャッ キ ・工具 ・ボンネットの取 り外 し、 ラジエーター とコンデ ンサーの取 り外 し作業がお こなわれ る。第 四ステーシ ョンでは、前半の有価部品の取 り外 し、ラジオ、カセ ット、カーナビの取 り外 し,ヒュー ズボ ックス、 リレーボ ックスの取 り外 し、 さらに、ボデ ィとフロン トのカ ッ トが行われ る。第 五ス テーシ ョンでは、後半の有価部品の取 り外 し、機関 ・足回 り .機能 ・排気系部品の取 り外 しが行わ れ、最後の段階である第六ステーシ ョンでは、マルチ 自動車解体機 による作業、エ ンジン・ミッシ ョ ン ・サ スペンダーの取 り外 し、マ フラー ・触媒の取 り外 し、 ワイヤーハーネスの取 り外 しがお こな われ、全体 の 一連の作業が終 了す ることとなる。 岩手オー トにおける資金調達方法 に関 して、少 しみてい くことにしよ うo 当社は、 中小企業高度 化資金といった行政か らの補助金はほとんど利用 されてお らず、資金のほ とんどが一般金融機関の 融資 とな っているo岩手オー トは、釜石市のエ コタウン第一号 として計画 され実行 されたプ ロジ ェ ク トであった。エ コタウンとして指定 されているにもかかわ らず、行政か らの補助金はほ とんど受 けていない1日。エ コタウン全体は補助金事業の対象 とな ることは可能であるが、 このエ コタウンの 下位 の細かい個別事業は、その対象 とな らないか らであった。 現在、 当社が抱えている大きな課題 に関 しては、二つはどあげ ることができるだ ろうHo第一 に、 原材料の不足状況の解消 とい う課題であるo リサ イクル事業おける原材料 とい うのは、廃棄処理 を 必要 とす る使用済みの車両 を意味す るO これ らの原材料が不足 しているとい うことは、順調な操業 活動に大きな影響 を与え、企業のパ フォーマンスを減少 させ ることとな るo実際に、月1,000台の リ サ イクル処理能力をもっているにもかかわ らず、操業開始以来、当社は月600台のレベルにとどまっ ていた。 このよ うな結果 を引き起 こした もっとも大 きな理 由こそ、原材料の調達が困難だ とい うこ とである。 当社の説明によると、原材料調達が困難な大 きな理 由の一つは、 ロシアとい った地域へ の中古車の輸出であるO 原材料不足 とい う大きな問題 に続 くもう一つの大 きな課題 とは、部品などの リサ イクル率を現在 の レベル よ りさらに高めて い く必要が あ るとい うことで ある。現在 の当社 の リサ イクル率は、約 91%か ら92%程度である。今のよ うな最新設備 と作業工程が導入 され る前 までの一般解休業者の リ サ イクル比率か ら考えると、今の レベルは確かにかな り高い。 しか し、政府は2015年 まで この リサ イクル率を95%まで引き上げ ることを要求 している。 これ に対応 してい くためには、研究開発をと もな った企業努 力が必要 となるのである。達成 されていない部品などをよ り具体的にみ ると、ガ ラ スで作 られているパーツと座席のシー トの部品である。 このよ うな課題 をク リアす ることこそが、 今後の企業成長を左右す ることになるであろう。 4.企業事例② ;エフビー (FB) エ フビー社は、岩手県下閉伊郡の山田町に位置 している、パソコンなどの電子機器 に使用 され る コネクターを専門的に製造す る企業である。社名 とな っている 「エ フビー」 とは、 「ファイン・ビジ
-
43 1ネス (FineBusiness)」の頭文字をとってつけたものである。 当社によると、 このファイン ・ビジ ネスという社名は、よ り完成 された質の高い仕事 を目指 したいという願いが こめられているという ことであった12。 図4.1 コネクター事業のエフビー 当社の主な事業内容は、金型の設計、金型の製作、プレス作業、プラスチ ックの射出成形作業、 組立作業である。エフビー社のこれまでも事業展開プロセスを簡単に見 ると、以下の通 りである13。
1
9
7
5
年、現在 の代表取締役社長である田鎖巌氏によって、故郷である宮古市で創業 した。当初は、 この地域の中心的な役割 を果た した東北 ヒロセ電機 の電源用 コネクターの熱硬化性樹脂のコンプ レッシ ョンか らスター トしている。東北 ヒロセ電機 とい う企業 とは、1
9
7
2
年、音響機器とパソコン 周辺機器 を生産す る宮古オーデ ィオ社 と共 にこの岩手県宮古市 に進出 したコネクターの企業であ る。1
9
7
0
年代に宮古市地域に進出した企業は、おもにこれ らの二つの企業であったが、いずれ も宮 古市の地域産業においては大きな役割 を果た している。たとえば、1998年4月現在のこれ ら二つの 企業の従業員数は、それぞれ、1
t
和名 と2
1
9
名である14.関満博(
2
∝氾)によると、これ らの中規模 企業による岩手県宮古市への進出を以下のよ うに評価 している。 「--・七二年の宮古オーデ ィオ (旧、スタンダー ド無線工業)、東北 ヒロセ電機が進出する。宮 古オーデ ィオはテープレコーダー、東北 ヒロセ電機はコネクターを生産するものであった.七 〇年代初めという時期は、ニ クソンシ ョック (七一年)、第一次オイルシ ョック (七三年)と国 際経済調整の続 いた時期であ り、大都市圏か ら労働集約的な工場が 日本の地方圏、 さらにアジ アに移管 し始めた時期であ り、宮古 もその流れの中に取 り込まれたということであろう。宮古 オーデ ィオ、東北 ヒロセ電機 のいずれ も二∼三〇
〇人規模の地方組立工場を宮古に展開 したの であった。」 Ⅰ5 東北 ヒロセ電機が宮古市へ進出した ことか ら、1
9
7
5
年に東北 ヒロセ電機の協力会社 としてコンプ レッシ ョン事業を始めたエフビーは、1
9
84年、熱化塑性樹脂のインジェクシ ョン事業に転換 した。 さらに、金型設計および製作、射出成形、組立 といった一連の事業を展開するようにな った。受注 -44-先は、東北 ヒロセ電機、郡 山 ヒロセ電機、一関 ヒロセ電機、青森電装 といった ヒロセ電機 グループ 4社であ り、ほぼ100%の協 力会社で あ った。現在で もこの受注先 との関係は大 き く変わ って いな い。 この後、1995年に宮古市か ら現在の山田町に工場を移転 している。 山田町に工場を移転 した理 由は、宮古市に適切な工場用地が少なか った とい うことであった。 図4.2 エフビーの田鎖巌社長 射出成形 と組立作業に関 しては、すべて社内でお こな っている。 と くに、射 出成形は1991年 に夜 間無人運転のシステムを確立 してお り、 さらに、1993年に自動組み立て装置を導入 している。 この ような生産設備 の高度化 によ って、工場の 自動化、無人化 をよ り徹底的に進 め、 コス トパ フォーマ ンスと図 ってきたo 金型を設計す るとい う作業は、金型 をデザ インす る作業 とは異なるoエ フビーは、金型のデザ イ ンを行 っているわけではな く、受注先か ら受け取 った金型の設計図面 にしたが って忠実 に金型 を製 作 してい くのである。受注先は、先ほど述べたよ うに、東北 ヒロセ電機 であるO設計図面の とお り に金型 を設計す るとい うことか ら考 えれば、それ ほど極端的 に困難かつ難 しい作業ではな い とい う。 しか し、プラスチ ック射出成形の量産 をお こな うための金型 を製作す るためには、 い くつかの 工夫が必要 となるのである。量産す る部品が精密な ものであれば あるほど、精微な調整 を必要 とさ れ る金型製作の工夫が必要 となるのである。 田鎖社長は、 この金型製作 におけるこのよ うな工夫 の 蓄積 こそが、 当社の競争優位であると強調す る16。 この工夫 に関 して もう少 し細か く見 ると以下のよ うな こととな る。 プラスチ ックの材料は、溶 け たものが金型 に注入 され、 さらに冷や された ものが形 として出て くるのである。冷や され るときに プラスチ ックは収縮す る。 このときに、 どれほど正確 に収縮 させ るのかが大事 とな るのである。 さ らに、射出成形は、プ ラスチ ック部品の量産 に利用 され るものであるため、量産 された部品間のバ ラツキをいかに抑えるのかが、大事 とな って くるO感性 と経験効果が ものを言 う。 最近、金型 を製造す る技術 に関 しては、韓国 と台湾 に続 いて、 中国の金型 メー カー も競争力を増 してきている。岩手県地域ではそれほどアジアの国々の競争相手 の脅威 は感 じられないものの、最 先端の製造技術やナ ノテ クノロジー といった精度の高 い金型製造技術が 日本 メーカーに追 いついて きているとい う話は確かに耳にす る。 これ に対 して田鎖社長は、以下 のよ うに述べている。
-
4 5-「一個だけ作 ることは、それは出来 ると思います。私たちは、月数千万個を作 るという量産の 技術です。大学の先生たちは、なん らかのこのよ うな理論で このようなことが出来 るとして、 次に進んで しまう。それを私 らが利用 して、量産できなければな りませんか ら、や ったものに しか分か らないものが ここにあるのです-・-ここ (量産技術 一雀) に大学の先生は降 りてこな いのです。」17 すなわち、量産技術の重要性を強調 しているのである。 当社は、金型のデザインを行いなが ら競 争を行 っているのではな く、誰かが製作 した金型設計を利用 しなが ら、高度な調整技術をもちいて、 さらに、長年の経験をベースとした量産における感覚をフルに活用 し、制度の高い部品が生産でき る金型製造 を行 っているのである。受注先である東北 ヒロセ電機 の取 引先である、 ノキア、モ ト ローラ、 ソニーエ リクソンといった企業が取引を継続的に続けていることを見 る限 り、まだまだ当 社の技術力はあるのではないかと判断され るということである。 岩手県は、地域的に東京か らも離れてお り、 さらに、世界の工場 といわれ る中国からも非常に交 通便が良 くない。 このよ うな ことを考 えると、岩手県で事業 を継続 していることについて、デ メ リットがないのかが気 になる。 図4.3 エフビーが生産するコネクターのサンプル コネクター事業は、部品が非常に小 さいとい う点か ら、他の事業 とは少 し異なるのである。 いく ら需要先か ら離れているとはいえ、部品が小 さいため、輸送費はと くに問題 とな らない。 中国の現 地 に ノキアといった最終需要先が組立作業 を行 っている。 したが って、できれば、 コネクターと いった部品は現地で調達す ることが有利である。現地にも中国金型 メーカーによる部品生産などが 行われている。 しか しなが ら、若干のコス ト減少を望んで現地の企業を利用 し、不良品率を高める ことは、非常に リスクの高いことである。 このことか ら、地理的に離れている岩手県であったとし ても、晶質が高ければ引き続き取引が行われ るという。 宮古市に位置 している東北 ヒロセ電機はヒロセ電機グループの国内における基幹工場のひとつで ある。 こちらの東北 ヒロセ電機は、社の方針 として全生産数の20% しか 自社生産 してお らず、のこ りの80%は外注を利用 している。 このい くつかの外注先の中で、エフビーが最大である。
-46-当社の人材調達 と育成戦略を少 し見 ることに しよ う。その前に、宮古市 に人材供給状況 を概観 し よ う。2∝)7年の 3月に宮古市県内の高校 を卒業 した人数は、957名であった。 この中で、大学 と専門 学校などへ進学す る人々が、629名であった。進学率は、全体の65.7%であった。残 りの人々は、就 職を選択す ることにな る。 この就職 を行 った人 々の中で、1朗=人 (17.1%)が県外の企業へと進んだ。 また、宮古市を除 く県内の企業に就職 した人が、33人 (3.4%)、131人 (13.7%)が宮古市内に就職。 コネクター関連企業に就職 した人は、74人 (7.7%)であった18。 エ フビーの大会議室の一面 に、 「日本国内でモ ノ作 りを継続で きる体制 を顧客 の視点で構築す る」 というキ ャッチフレ-ズが書かれてある.安価 な人件費 と日本 と方を並びつつある技術 力とい う魅 力をもつ中国 といった地域 と競争 し、 日本国内の生産機能 を維持 させてい くためには、高価 な人件 費にも耐え られ るさらなる高度な技術 力をもつ人材 を確保 ・育成す ることが大事 となる。 田鎖巌社 長は、人材確保 に関 して、「選びたいが選べない」と述べ る。 このよ うな苦肉の策 をとらなければな らない背景には、供給 され る人材規模 に制約があることと、魅力的な職場 を維持 しなければな らな い厳 しい条件が存在す る。 このよ うな優秀な人材 をいかに確保す るか と、後継者 を維持 してい くこ とが、 これか らの課題 とな ってい くであろ う。 5.企業事例(参 ;宮古パ ンチ工業 宮古パンチ工業は、岩手県宮古市に位置 しているお り、精密プ レス金型の部品を生産 して いる企 業である。 当社は、金型部品の標準化 とともに独 自の存立基盤 を形成 した ことで知 られて いるパ ン チ工業の主力工場 の一つで ある19。1975年に創業 し、 これ まで精密金型部品に特化 し、製造および 直販 をお こな ってきたパ ンチ工業は、三つの主力工場 をもっている。それぞれは、千葉市旭市 に位 置 している干葉工場、岩手県北上市に位置 している北上工場、そ して岩手県宮古市の宮古パンチ工 業である加。 当社の沿革 を概観す ると、以下の通 りである。上述 したよ うに、パ ンチ工業は、1975年に神庭商 会 とい う社名で創業 し、 2年後の1977年に現在の社名に変更 している。1982年に、世界初で金型用 ハイスジェクタピンの量産化 を達成 し、翌年の1983年に、主力工場の一つである岩手県北上市の北 上工場を展開 した。岩手県へ進 出することとな った北上工場が実質的な メイン工場 とな ったのであ るO このよ うな地方への生産基盤移転の背景には、人材調達 とい うハー ドルが存在 していたOパン チ工業の本社は東京 の品川である。 しか し、 当社 の創業が1975年 と、金型部品製造の競合相手の事 業スター ト時期 と比べ ると、比較的に遅れた こととなる.そのため、東京では優秀な人材 を確保 し に くく、岩手県への進出をお こな ったのであるD宮古工場は、北上=場の第二次展開 といえるであ ろう21。1990年 に中国大連市に盤起工業有限公 司を設立 し、 5年後の1995年には、大連市の瓦房店 工場をスター トさせている。その反面、宮古市では、1992年に宮古パンチ工業の第二=場をスター トさせ、 さらに2(Xは年に第三工場を増設,2CO5年 にこの第三=場の増築 をお こな っている。 また、
2
004年に中国の大連市のはか、上海、無錫、広東 にそれぞれ製造会社 を設立 している。 -47-図5.1 宮古パンチ工業の生産現場 上記か ら明 らかのよ うに、パンチ工業は、 日本の地方への進出を積極的に行 ったのみではな く、 中国各地への生産および販売拠点の構築 も精力的に展開している。 さらに、当社の技術 レベル も国 内 トップレベルである。た とえば、ISOSXX)1認証か らみ ると、パンチ工業北上工場が2CK)1年に取得 してお り
、2
C
O5
年に大連の盤起工業有限公司が取得、2
(X格年には、宮古パンチ工業、北上工場、北 上第二工場、ハー ド ・パンチ工業が取得 している。北上工場は、精密金型部品の製造および販売の 範囲で認証を受けてお り、宮古パンチ工業は、精密金型部品の製造の範囲で取得 している。大連の 盤起工業は、FA
用部品、プレス金型部品、プラスチ ック金型部品、特殊精密金型の治具の製造 ・ サービスで取得 している22. 国内営業店のネ ットワークをみ ると、全国に14営業拠点 をもっている23。生産=場は、先に述べ てよ うに、国内3工場であ り、従業員数は580名である。営業活動に投入 されている営業員数は150 名であるO 当社は、国内に存在する3,5(氾社はどの金型製造企業を対象とした大規模な営業販売活動 を行 っている。その販売供給体制は、のちほどもう一度詳細に述べることとなるが、標準化 された カタログ晶であれば、受注後3日以内に発送 し、特急品であれば、翌 日発送ができるような迅速か つ柔軟な供給体制をもっているのである。 当社 と宮古パンチ工業に詳 しい関教授は、 この部品供給 体制 と高い技術力について以下のように評価 している。 「私は、北上工場、宮古工場、大連工場のいずれ も見ているが、E]本の中小企業 としては実に 見事 な展開であることに感心 している。特 に、宮古パンチ工業は切研 削の職場か ら熱処理職 場、 さらに検査室 も一級の設備 を整え、東京∼北上∼宮古∼大連∼瓦房店 という展開の中で、 プレス金型部品に集 中し、確固たる基盤を形成 しているようにみえる。 このような第一級の技 術力を備えた企業が地域に定着 している意義はきわめて大きい。」 24 中国における営業 と生産拠点 については、 4つの工場 と31に営業拠点を展開している。 さらに、 グローバルな展開をみると、シンガポ-ル ・タイ .台湾 ・フィリピン ・オーストラリア ・フランス ・アメ リカなどといった国々を中心に世界30社の代理店および提携会社のネ ットワークを構築 している。148-図 5.2 宮古パンチ工業の生産設備 宮古パンチ工業の生産製品を見 ると、おもにプレス金型部品である。よ り具体的には、プレス金 型向け標準部品と特注部品、 自動車用向けプレス金型部品、冷間鍛造用パンチ特注部品 とな ってい る。 これ らの高度な技術を要す る部品を生産す るために保有設備は、41台の切削加工機、95台の研 削加工機、22台の放電加工機、 3台の熱処理炉、101台の検査機器を含む、計284台の機械設備を保 有 している。 当社の受注か ら製品の出荷 までの流れを簡単にみ ると、以下のようになっている。世界中に存在 す る約12,CXX)社の取引相手か ら営業人員による受注方法を含め、 ファックス、EDI、電子 メール、 CADデータによる注文を受け取 る。 これ らは、海外営業課のほか全国14支店で受注情報を受付、こ れ らを中央のホス トコンピュータへと転送する。ホス トコンピュータに集 まった受注情報は、その 内容によって各生産拠点へと流れ る。たとえば、プラスチ ック金型部品であれば、北上工場へと、 また、プレス金型部品であれば、宮古パンチ工業へと伝達 され るのである。 さらに、 これ らの生産 拠点は約380社の協力工場へ と必要な発注を行 うこととなる。 このようなプロセスを経た完成製品 は、東京 ロジステクセンターを通 じて各販売部門へ と出荷 され、最終的に納品され るのである。 北上工場と宮古工場が地理的な不利 をもっていることは、上述 したとお りである。 にもかかわ ら ず、宮古パンチ工業はカタログ品の場合、三 日以内の納品期間をきっち り守 ろうと努力を積み重ね ている。たとえば、距離的に遠 く離れている西 日本地域への輸送 には格別な管理 をお こな うこと と、受注畳が一時的に多 くなった場合にも対応できるような生産スケジュール と人員配置マネジメ ン トが、そ うである。 当社の説明によると、一 目の受注量は、カタログ品が1,00件か ら1,2(泊件ほど であ り、特注品が約250件である。カタログ品受注における納期達成度は、現在99.88%である。つ まり
1
,(X氾件の受注の中、納期に遅れる商品は1件あるという計算になる。宮古パンチ工業は、現在 の99.88% という納期達成度 を今後99,92% まで引き上げよ うと必死である25。現在の納期達成度 を維 持 しなが ら、さらに0.1% を上げることは、これ こそ多大な経営努力を要す ることであろう。宮古パ ンチ工業が、今後 もこの地域に位置 しなが ら国内 トップレベルの金型部品製造をおこな ってい くた めには、スピー ドとパフォーマンスをよ り高度化 してい く必要があるだろう。-49-6.地域活性化支援活動におけるインプ リケーシ ョン 前節 まで、岩手県 の釜石市 と宮古市 を背景 に企業活動 をお こな っている三社の事例 を細か くみて きた。企業城下町か ら様変わ りした釜石市を新たに活性化 させ るために果敢 に新 しいビジネスに挑 戦す る岩手オー ト、 また、人材調達 における大きな不利 を克服 しなが ら高いパ フォーマンスを発揮 できるよ うな体制を築 き上げてきたエ フビー、地理的な制約 を克服 しなが らも国内 トップレベルの 技術 力と生産 力を誇 る宮古パンチ工業、 このいずれ に企業 において も、岩手県地域 のみな らず、 日 本全国の地方地域 の産業発展 に明るい未来 を示 して くれ るよ うな ヒン トは多 く見え隠れすると思わ れ る。 この三 つの事例 のはか、今回の産業視察では、新 日本製織棒線事業部釜石製織所 (釜石市)、 新興製作所 (花巻市)、北上エ レメック (北上市),北上精密 (北上市)、谷村電気精機 (北上市)と い った地域 の優れた企業を訪問す ることができた。 これ らの事例 もと りあげたいところではあった が、紙面の制約 もあることか ら、 これ らは別の機会 に考察す ることにす る。 岩手県 における産業視察 の対象は、上でと りあげたよ うな企業のみではなか ったO宮古市産業支 援 センター (宮古市)、花巻市起業化支援センター (花巻市)、北上流通基地 (北上南)北上南部工 業団地 (北上市)、北上オ フ ィスプ ラザ (北上市)、北上市基盤技術支援センター (北上市) といっ た産業支援体制を同時に見 ることができた。 しか し、 こちらの詳細 について も、別の機会に譲るこ とに しよ う。 ただ,今回の産業支援体制を視察 しなが ら、筆者が強 く受け止めた印象とぜひ参考に していただ きたいと思 うい くつかの提案 を述べ ることにとどめよ う。 これ らを簡単 に述べるのであ れば、伝えた い提案 のポイン トは、以下の三 つである。第-に、地域 の歴史およびブラン ドは次 々 と新 し く創造すべ きものであろ う、第二 に、新たな知識 を組織で生み出すための知識創造型交流会 を勧めてい くべきであろ う、第三 に、外部環境変化 に適切な対応 をお こな ってい くための定期的な 海外研修会を行 うべきであろ う、である。 6.1 創造 される地域の歴史とブラン ド 18世紀 のフランスの小説家かつ哲学者であ ったヴ ォルテールは、「歴史 とは、意見の一致 した嘘で ある」 とい う鋭 い洞察 を残 している。 この言葉を引用 した、元マイクロソフ ト社の インターネ ット エ クスプ ロー ラ開発者のスコット ・バー クンは、最近の著書で、我 々がいかに歴 史の記述に惑わさ れているのかを、繰 り返 し注意 している226. アイザ ック ・ニ ュ- トンの リンゴによる重力の発見 と、 大英博物館 の ロゼ ッタス トー ンの メタファーをと りあげなが ら、歴 史とはいかに事後的に美化 され るものなのかを強 く指摘 している。経営学の イノベーシ ョン論の研究を行 いなが ら、一方で常に経 営史家であることを忘れないよ うに努力す る筆者 にとっては、 もう一度重 く受け止めなければな ら ない重要な認識である。 もう少 し事例 をと りあげ よ う。 2(X泊年3月に中国の北京を訪れたとき、非常に興味深いことを耳にす ることができた。 月から肉 眼で確認で きる数少ない人工建築物 として、 また、世界遺産 としてよ く知 られている万里の長城を 訪れた とき、一部の区間で補修工事 を行 っているところを見かけることができた。数百年 という長 い歴史をもつ ことか ら、 もちろん現状 を維持す るための補修工事は重要な作業である。ただ、現場 では、単 に補修 のみ を行 っているわけではな く、一部では新たに城壁 を建てているのである。 ここ - 50
-ですぐ思い浮かぶ疑問は,何百年の歴史 をもつか らこそ貴重な世界遺産 として評価 され、 また、鶴 光名所 として地域に貢献 しているのであろうにもかかわ らず、新たに建てる城壁にどれほどの価値 があるのか、 ということである。 しか しなが ら、 これに関す る現地の関係者の認識は大き く異な っ ていた。新たな建築物が、今ではそれほど大きな意味を生み出さないものの、 これ もまた百年後 も しくは数百年後になれば、立派な歴史的迫産 になるということである。百年単位 という比較的に長 いスパンの長期的な視野をもつことと、歴史 とはいかなるものなのかをよ く理解 していることの二 つの点で、大きな刺激を受けた。 今回の産業視察に同行 した鈴木泰東京都八王子市産業振興部主査によると、現在 の八王子市は、 ラーメン街の整備 と関連企業への助成などを通 じて,地域活性化 を試みているという。 しか し、 日 本全国のラーメンの名所は、驚 くほど多 くあ り、その歴史 も競争力も非常に高いレベルに達 してい る。 このように激戦を繰 り返す ラーメン市場に後発で参入す ることは、無謀 といわれても仕方がな いほどの、大きな勇気の要る判断であっただろう。 しか しなが ら、三十年後、百年度後 を見据えて、 これまでなかった新たなラーメンのマーケ ットを創 り上げ、地域を活性化 しよ うとす ることにおい ては、まった く遅れを取 っていないことになろう。 図6.1 東京モ ノレール羽田空港駅の 「東京たまご」広告 ここで詳 しくとりあげ ることはできないが、岩手県大船渡市の名産品である 「さいとう製菓」 の 「かもめの玉子」が 「東京たまご」 として全国ブラン ドとな った ことを考えると、われわれがいま 何を考えなければな らないのかが、明確になるであろう。楠木建一橋大学大学院国際企業戦略研究 科准教授は、価値 という見えない次元の競争を強調 し、できることを意味す る 「機能」か ら良さを 意味する 「価値」を生み出すモデルを創 らなければな らないと述べ る27。既存の市場 カテゴ リーの 中においても、まった く新 しい価値 をもつマーケ ットを創 り上げ ることこそが、歴史を創 るという 作業であ り、われわれが勇気 を振 り絞 って取 り組まなければな らない喫緊の課題であろう。 6.2 知識創造型交流会の役割 と必要性 異業種交流会や中小企業経営者の交流会は、は っき りとしたパフォーマンスを結果 として残 しに ー 5 1
-くい点か ら、それほど高 い評価 を受けていないのが現状であろう。 山田英夫早稲 田大学 ビジネスス クール教授は、異業種交流研修 の ことを、「得 るものの多い会社が、得 るものの少ない会社 を口説き 落 として行 う合 同研修」 とややシニカル に述べている28。 しか し、 このよ うな説明 こそが、いまの 実態 を理解す ることにおいてよ り有効であ った りす ることは、否定 しに くいだ ろう。交流会 自体は な くてほな らないだ ろ うと強 く認識す るものの、積極的に進めよ うとす ることを蹄揺す るのは、お そ らく方法論の問題であろ う。 2∝)8年 1月24日、宮古市市役所で開催 された、若手人材育成を目的とした2(刀7年度第9期 「寺子 屋」プ ログ ラムに参加 させていただ いた。 「寺子屋」とい うのは、モ ノづ くりが よ り強 くよ り豊かに な るためにはそのべ-スに人づ くり体制が しっか り整 っていなければな らないとい う、地域企業 と 行 政関係者 間の共通認識 か ら生 まれた人材育成 プ ログ ラムで ある。 このよ うな明確 な 目的意識 の 下、2003年か らスター トし、大 きな成果 を達成 しつつあるとい う。 プ ログラムの中身は非常に有意 義であ り、参加率 も高 く、 ビジネススクール と社会人大学院では提供できない現場密着のコンテン ツを的確 に伝 えることか ら、確かにその成果 は高い ことであろう。ただ、 よ り大 きな結果 を生み出 すために、あえて提案 を行 うのであれば、 日本的経営 の強みである知識創造型交流会の形 を取 り入 れ るべ きであろう。 野 中郁次郎一橋大学名誉教授 と竹 内弘高一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授は,1980年代 ま での 日本企業の高い国際競争力の背景に、次か ら次へ と新 しい知識 を組織が創 り出す知識創造経営 が存在 して いた ことを明 らかに した29。知識 は、言葉や数値で表現で きる形式知 と、表現 しに くい 暗黙知 に分かれ る。 さらに暗黙知は、比較的分か りやす いノウハウのよ うな知識 と、非常 に分か り に くいメンタル ・モデルのよ うな知識 に分 かれ る。前項で述べたよ うな、良さを意味す る 「価値」 を創 出す るためには、 この分 か りに くいメンタル ・モデル のよ うな知識 への組織的対応が大事 に な って くるであろう。 図6.2 2CO7年度第 9期 「寺子屋」プ ログラム 世界的な企業環境変化 に深 い洞察 力をもつダニエル ・ピンクは、最近 の著書で、 「デザ イン ・物 語 ・全体 の調和 ・共感 ・遊び心 ・生 きが い」 の六つの感性が大事であると述べている30。情報化 と いう 「第三 の波」 を明 らかに したアル ビン ・トフラー も、 このよ うな感性か ら生まれ るコンセプ ト - 52
-が情報に代わる 「第四の波」と して次の社会 を主導す るとし、ピンクの指摘 に同意す る。 メンタル ・ モデルのよ うなわか りに くい暗黙知 と、 ピンクが強調す る感性か ら生まれ るコンセプ トこそ、八王 子市のまった く新 しいラー メンや岩手県か ら生まれた東京たまご とい ったブルーオーシャンのマー ケ ットを創 り上げるのであろ う。 日本の企業組織は,暗黙知 を共有す る 「共同化」 および暗黙知 を形式知に変える 「表出化」 にお いて、非常 に高い能力をもっている。一方で、 このよ うな 日本組織が閉鎖的であ り、 いまのオープ ンビジネスモデルに合わないとの指摘 も受けるが、 こちらは別 の機会 にと りあげ ることにしよ う・ilQ マ イケル ・ボランニー も1〔格6年 に、 「我 々は語れ る以上の ことを知 っている」 と述べ、個 々人の暗黙 知の重要性 を指摘 したu。寺子屋 とい った交流会 に参加す る多様な メンバーは、それぞれ語れ る以 上の貴重な知識 を多 くもってお り、 これ らを上手 く活かせ ることができれば、ブルーオーシ ャンを 形成す る貴重な コンセプ トが生まれ るであろうC では、何か らスター トすれば いいのか。 まず踏み込 まなければな らないステ ップは、交流会 に大 学で利用 されているゼ ミ形式 を導 入す ることであ ろ う。 人材 育成 戦略 にお いて高 い評価 を得て い る
、GE
、 トヨタ、サムスンといって世界的な企業 も、 まった く同様な方法 を取 り入れて いる。大 事なポ イン トは、新 しい知識を組織的に生む出す ことにある。組織的に取 り組 まず、個 々人で行 う 限 り、知識創造 のスピー ドとサステナビ リテ ィは十分に確保で きず、競争力につなが らないであろ う。そのために、われわれは ここでもう一度、ゼ ミ形式の重要性 を認識 し直す必要があるだ ろう。 6.3 フラ ット化する世界への定期的な海外研修会 ハーバー ド大学東アジア研究所所長であったエズ ラ ・ヴォーゲルは、 日本の高度成長期 の企業成 長と経折発展の明噺な分析の中で、以下のよ うに点 を指摘 している。 「日本はこれ まで絶 えず諸外国に教 えを求めてきた。 日本 の制度が諸外国の制度 よ り有効 に 機能す ることがわか りは じめてか らも、 日本人は、なお も外国の視察 を怠 っていない。」 ㍊ 今回視察 をさせていただ いたい くつかの企業の内部 と、 あ らゆる行政 ・企業 ・研究機関の関係者 が集 まったセ ミナー と懇親会の様 子を注意深 く思 い出してみ ると、反省 しなければな らない点が浮 かび 上が る。優秀な企業 の内部 に、 また地域産業発展 を率 いる主役が集 ま ったセ ミナー と懇親会 に、外国人人材が見当た らなか った ことである。関ゼ ミの同僚外国人研究者を除けば、ほ とんど会 うことはできなか ったのである。 1979年のヴォ-ゲルの指摘 を読み直 しなが らわれわれが反省 しなければな らないが、 これは、 日 本の一部地域に限 られ ることではな く、全国 レベル のことであろう。 高度成長期 を達成 したわれわ れの前世代は、まさに,外国先進国の優れた制度 とノウハウを一つでも多 く取 り入れ よ うと、あ ら ゆる方法を用 いて学び続けた。 日本を代表す るソニーやホンダ といった企業は,厳 しい当時の制約 を克服 しなが ら、海外へ と飛び立 ったのであるO海外の生産現場 と市場で見て感 じた ことを、組織 の内部に戻 し、優れた知識へ と進化 させてきたのである. これ こそが、ヴ ォ-ゲルがア メ リカに教 えよ うとした、 日本のビジネスマンおよび 日本人の謙虚な学ぶ姿勢であ った。 にもかかわ らず、世 - 53-界の トップ入 りを果た した 日本経済 とビジネスマンは、いま逆 に外国か ら 「日本人の謙虚 さ」 を学 ばなければな らない立場 とな ったであろうO 地域関係者 との懇親会では、何度か中国 とアジアといった外国へ視察に行 きたいとの ことを耳に す ることができた。なぜすぐ行動 に移 さないのか とい う疑問をもちなが らも、一方で、行動 に移 し やすい環境 を整備す ることが必要であると強 く感 じたのである。 中国、韓国、台湾、 イン ド、 ロシ ア, アメ リカといった外国へ定期的に足 を運べる制度的な基盤が必要なのである。上述 した知識創 造型交流会の成果 をよ り高 いものにす るためにも、個 々人の視察 を行 うのではな く、集団レベルの 行動が重要 とな る。 さらに、ただ単に外 国の企業などを回るのではな く、かな らず現地の地域関係 者 との交流 を生み出す努力をも行 うべきであろ う。ぜひ この 「フラッ ト化す る世界J'y'を定期的に接 す る措置 を作 っていただ きたい。 謝 辞 本稿 の作成 にあた り、多 くの人々のご協 力を得 ることがで きた ことに厚 く御礼 を申し上げたい。 関満博一橋大学大学院商学研究科教授 をは じめに、古川一郎 一橋大学大学院商学研究科教授、岩手 県県庁,島根県県庁、大船渡市、釜石市、宮古市、盛岡市、花巻市、北上市.東京都八王子市の行 政関係者、民間企業 の経営者および スタ ッフ、大学および研究機関の研究者、 また、関満博研究室 の同僚研究者の皆 さまにこの場を借 りて深 く感謝の意 を表 したい。
*雀堀寧 (ちえ ・みんよん)、沖縄大学法経学部法経学科専任講師 ([email protected])c
l テ ク ノポ リス構想 と地域産業 の発展 に関 しては、開溝博 ・加藤秀雄 (1990)『現代 日本の中小企 業工業 -ナシ ョナル ・テ クノポ リスの形成』新評論、 または、開溝博 ・加藤秀雄 (1994)『テ クノ ポ リスと地域産業振興』新評論が詳 しい。 =各都道府県 の面積 に関 しては、国土地理院の 「全国都道府県市区町村別面積調」2007年度10月1 日現在 の資料 による (www.gsi.go.jp)a -各都道府県 の人 口に関 しては、総務省統計局の 「平成17年国勢調査全国 ・都道府県 ・市区町村別 人H
」2
0
0
5
年度現在の資料 による (www.stat,go.jp)。 `1橘川武郎 (2008)「地域経済活性化 への経営史学 の責献」『経営史学』経営史学会、第42巻第4号、6
3
-
64頁。 E'協同組合岩手オー トリサ イクルセ ンター内部資料 の 「協 同組合岩手オー トリサ イクルセンターの 概要」 による。 -'協同組合岩手オー トリサ イクル センター内部資料 の 「資源循環型事莱 (協)岩手オー トリサ イク ルセンターの概要」 による。 72CO8年 1月24日、佐 々木久協同組合岩手オー トリサ イクルセンター事務局長への筆者によるイン タビュー。 8 財団法人 自動車検査登録情報協会の都道府県別 ・車種別 自動車保有台数統計データの資料による (www.airia.or.jp)0 92008年 1月24日、佐 々木久協 同組合岩手オ- トリサ イクルセンター事務局長への筆者によるイン タビュー。 -54-JO協同組合岩手オー トリサ イクルセンター内部資料の 「かまいしエ コタウン事業協 同組合岩手オー トリサ イクルセンター」 による。 '事2(氾8年 1月24Fj、佐 々木久協 同組合岩手オー トリサイクル センター事務局長への筆者 によるイン タビュー。 L=エ フビー社の会社案内資料による。 ‖ェ フビー社 の歴史に関 しては、関満 博 (20CK
)
)
「第六章地方小都市の産業振興 一岩手県宮古市の 展開」関満博 ・小川正博編 『21世紀の地域産業振興戦略』新評論、を主に参照 している。 ‖関 (2(X沿),195頁の 「表6-2宮古市工業の推移」による. Jl-'関 (2000)、196頁。 1t-2008年1月24E]、 田鎖巌エ フビー代表取締役社長への筆者によるインタビュー。 】72008年1月24日、田鎖巌エフビー代表取締役社長への筆者によるインタビューo lH2008年1月24日、佐藤 日出海宮古市産業支援センター所長への筆者 によるインタビュー。 l`)パンチ工業および宮古パンチ工業 の概観 に関 しては、開溝博 (2000) 「第 六章地方小都市 の産業 振興 -岩手県宮古市の展 開」関満博 ・小川正博編 『21世紀の地域産業振興戦略』新評論、を主に 参照 している。 また、パンチ工業 に関す るさらな る詳細および全体の構 図は、関満博 (19
9
9
)
『ア ジア新時代の 日本企業』 中公新書、が詳 しい。 3'パンチ工業 と独立 していた宮古パ ンチ工業は、2008年3月1日に、千葉 と北上工場 と同様、パン チ工業宮古工場 と統合 され る予定である (2008年 1月24日、白谷 日出夫宮古パンチ工業工場長へ の筆者によるインタビュー)。 21関満博 (2cm)
「第六章地方小都市の産業振興 -岩手県宮古市の展 開」開溝博 ・小川正博編 『21 世紀の地域産業振興戦略』新評論、208頁。 22宮古パンチT.業の企業案内資料による。 =-それぞれの営業拠点は、福岡支店、広島支店、大阪支店、京都支店、 名古屋支店、金沢支店、静 岡支店、長野支店、関東支店、北関東支店、新潟支店、宇都宮支店、仙台支店、北上支店 の14支 店である。 世紀の地域産業振興戦略』新評論、208-209頁。 2r'2008年 1月24日、 白谷 日出夫宮古パンチ工業工場長への筆者によるインタビュ-a 3'スコット ・バー クン (2007)『イノベーシ ョンの神話』オ ライ リージャパン (村 上雅章訳)0 27 『日経 ビジネス』2CX)8年 2月4日号、38貢。 3' 山田英夫 (2CK)7)『ビジネス版悪魔の辞典増補改訂版』 日本経済新聞出版社、52頁O -t'野 中郁 次 郎 ・竹 内弘 高 (1996)『知識 創 造 企業』東 洋経 済新 報 社 (梅 本勝 博 訳)、野 中郁 次 郎 (2α)7) 「ナ レッジ ・ク リエイテ ィング ・カンパニー」ハーバー ド ・ビジネス ・レビュー編集部編 訳 『組織能 力の経営論』ダ イヤモン ド社。 叫ダニエル ・ピンク (2005)『ハイコンセプ ト』三笠書房 (大前研 一訳)。 "ヘン リー ・チ ェスプ ロウ(
2
∝)
7
)
『オープンビジネスモデル』和泳社 (栗原潔訳)。 tl'マイケル ・ボ ランニー (2003) 『暗黙知の次元』 ち くま学芸文庫 (高橋勇夫訳)0 uエズ ラ ・ヴ ォ-ゲル (2∝姓)『ジャパンアズナンバー ワン』阪急 コミュニケーシ ョンズ (広 中和 - 5 5-歌子 ・木本彰子訳)、40頁。
叫 トーマ ス .フ リー ドマ ン (2005)『フラ ッ ト化す る世界 一経済の大転換 と人間の未来 (上) (下)』 日本経済新聞社 (伏見威蕃訳)。