文学と通訳の公開教養講座開催の報告
南津 佳広* 杉村 寛子** 松田 正貴*** 上垣 公明****
Report on the Extension Courses of Literature and Interpreting
Yoshihiro MINAMITSU Hiroko SUGIMURA
Masataka MATSUDA Kimiaki UEGAKI
キーワード:文学, 通訳, 公開講座
Abstract
This report provides the details of the extension courses presented by the English staff. The courses had two themes; 1) the way to appreciate the works of British and American literature (Emily Brontë’ s Wuthering Heights, Ernest Hemingway’ s The Old Man and the Sea, and D. H. Lawrence’ s Lady Chatterley’ s Lover) and 2) the introduction to community and business interpreting. As the participants’ motivation was very high, the courses were carried out smoothly and successfully, which led to good results in the questionnaire that the participants optionally filled out at the end of the courses. These courses also brought us a good opportunity to appeal to the local community with knowledge of liberal arts.
1.は
じめに
エリートを輩出するための閉ざされた研究機関としての大学から, 大衆化した教育機関として の役割をも担うようになったいま, 大学には地域貢献という新たな使命が課せられている. 工学・ 情報などを看板とする本学ではあるが, 所属するスタッフの専門分野は多岐にわたっている. 教 養教育を担当する本学英語教育研究センター(以後, 本センター)もそのひとつで, 所属スタッ フの専門分野は, 英米文学から通訳翻訳まで豊富なジャンルが揃っているものの, 本学の性質上 外部からはなかなか目立たない存在かもしれない. しかしながら, 大学という高等教育の基盤たる教養教育を担当するスタッフだからこそ, 外部 には知られていない,「意外」な知の還元を提供できるかもしれない. そこで, 本センターの有志 で何か面白い知の還元ができないかと意見を交わし, 本学では初めて英語担当スタッフによる公 開講座を企画した. まず, 北河内に所在する大学の公開講座やシンポジウム, 教員養成講座などわかる範囲で調べ * 共通教育機構 英語教育研究センター ** 共通教育機構 英語教育研究センター *** 共通教育機構 英語教育研究センター **** 共通教育機構 英語教育研究センターた上で, 2017年度は初心者でも座学で楽しむことができる「英文学の嗜み方」と英語を使って何 かに挑戦したい人を対象とした「通訳の基礎的な訓練」を軸に講座を行うこととなった. 次に, 杉村・上垣・松田の文学講座担当チームと通訳講座担当の南津に分かれて詳細な企画案を練り上 げた. その結果, 文学講座は「英米小説の謎を読み解く」と題して杉村・上垣・松田の各担当者 の専門を活かしつつ, 各担当者が行ってきた外部向けの講座などの経験をもとに初心者でも十分 に楽しみつつ意見を交わすことができるように配慮した講座を行うこととなった. 一方, 通訳講 座は, 担当する南津がこれまで行ってきた社会人向けの講座などから得た受講者の嗜好性をもと に「コミュニティー・ビジネス通訳入門」と称した講座を開くこととなった. 本稿では各担当者による各講座の具体的な実施内容とその成果を報告する. 本講座を実施し たテーマと年月日は次の通りである. 年月日 テーマ 担当者 文学講座 2018 年3月6日 E・ブロンテ『嵐が丘』の謎を解く 杉村寛子 2018 年3月 13 日 E・ヘミングウェイ『老人と海』の謎を解く 上垣公昭 2018 年3月 20 日 D・H・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』の謎を解く 松田正貴 通訳講座 2018 年3月 10 日・17 日 コミュニティー通訳/ビジネス通訳における逐次通訳とウィスパリング同時通訳技術の習得 南津佳広 本稿の2節では杉村が行なった「E・ブロンテ『嵐が丘』の謎を解く」の講座の概要を, 続く 3節と4節では, 上垣と松田が各々担当した「E・ヘミングウェイ『老人と海』の謎を解く」と「D・ H・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』の謎を解く」の講座の概要について述べる. 5節では南 津が担当した通訳講座の概要を述べ, 6節の総評では講座最終日に実施したアンケート結果も含 めた成果を包括する.
2.E・ブロンテ『嵐が丘』の謎を解く
1)(杉村 寛子)
『嵐が丘』と言えば, ヒースクリフとキャサリンの情熱的な愛と復讐の物語として鮮烈に記憶 に残っている読者が多いのではないか. しかし, 読者はこの二人の登場人物にいきなり出会うの ではなく, ロックウッドという都会から訪れた青年の日記を通して知ることになる. その上, 日記 に綴られている出来事のほとんどは, さらに内なる語り手家政婦ネリーによって語られている. 『嵐が丘』は, 19世紀頃から盛んに見られるようになった, 一人称の語り手による入れ子構造を 取っており, この語りの構造に注目すれば, 読者はヒースクリフとキャサリンのことばかりに気 を取られている場合ではないのだ. ひとつに『嵐が丘』に謎が生み出されるのは, 一人称の限定された視点から物語が語られる ことに起因する. もちろん, 視点の制限を補う手立てとして, ロックウッドが当然知り得ないこ とについてはネリーが語り手を引き受け, またネリーが知り得ないことは, ほかの登場人物の長 い独白や手紙によってその空隙が埋められる. それでもなお謎が残る理由の一つは, ネリーの語 りに見られる特徴に指摘できるであろう. 語りの手法のひとつに,「場面をそのまま示す」方法 (showing)と「場面を要約する」方法(telling)がある2). ネリーは, ヒースクリフとキャサ リンが精神的な結びつきを深めていく過程で重要な鍵を握る場面については詳細に示すことは せず, ただ要約するだけである. 例えば, キャサリンの父であり, 孤児ヒースクリフを我が子同然に育てたアーンショウ氏が亡くなった時, ‘The little souls [Catherine and Heathcliff] were comforting each other with better thoughts than I [Nelly] could have hit on; no person in the world ever pictured heaven so beautifully as they did, in their innocent talk’ (34)3)とい う語りにあるように, 実際に二人がどのようなことばのやりとりをし, どのような天国を思い描 いたのか, 読者にはわかりえない. すでに述べたように, 『嵐が丘』はロックウッドの日記という体裁を取っている. ネリーの語る 嵐が丘の屋敷を舞台とする二世代の物語を, ロックウッドはほぼ忠実に日記に書き留めているが, この物語の読者として, 彼は自分の感じたことも書き記している. 以下はロックウッドのことば で締めくくられた『嵐が丘』の最後のくだりである.
I lingered round them, under that benign sky: watched the moths fluttering among the heath and harebells, listened to the soft wind breathing through the grass, and wondered how any one could ever imagine unquiet slumbers for the sleepers in that quiet earth. (256)
この一節を詳しく分析してみよう. ‘linger’ということばで, ロックウッドが「離れがたい気 持ちでぐずぐずとその場に留まっている」様子を描きながらも, ‘that benign sky’ということ ばによって, 日記を書いている現在から物理的にも心理的にもその風景が今や遠いことを示して いる. しかし, 続く文には‘watched’と‘listened to’という知覚動詞にそれぞれ‘fluttering’ と‘breathing’という動作の進行を示唆することばが連なっており, 今も蛾が飛び, 風が吹いて いる感覚を呼び起こすとともに, ロックウッド自身がまだその風景の中にいるような印象を生み 出す4). 最後には ‘that quiet earth’と表現し, ロックウッドの物理的, 心理的距離を再び想起さ せる. この嵐が丘の世界との距離の取り方に, ロックウッドがヒースクリフの最期を含む物語の 結末について戸惑う姿が見え隠れする. それゆえ‘how any one could ever imagine’のくだり が‘wondered’に従属する節とはいえ, 二様に読めてしまう. まずは素直に「どうすればあの穏 やかな空の下, 穏やかならぬ眠りが想像できようか, いや, できない」と読めばいい. しかし, 雨の 日になると, ヒースクリフとキャサリンが荒野を歩く姿を見るという町の人たちの幽霊談を, ネ リーから聞かされたロックウッドが果たしてそれを無視し, 穏やかな眠りとともにこの嵐のよう な人間関係の物語を閉じようとしていると言えるのだろうか. もしそうでないならば,「あのよう に穏やかな空の下で, 穏やかならぬ眠りが想像できるのか, 自分にはわからない」とも読めるの ではないか. いずれにせよ, 一人称の語りからこぼれて, 明確に伝えられなかったことがさらなる 謎を生み出し, 『嵐が丘』を読む者を刺激し続けていることは, これまでの批評史をふり返ればわ かることであろう.
注
1)拙稿「最後の風景―『嵐が丘』の結末を読む」(『尾崎寄春・大沼雅彦退官記念論文集』京都あぽろん社, 1996: 129-141)に一部基づく.2)‘showing’ と ’telling’ は 語 り の 用 語 で, Routledge Encyclopedia of Narrative Theoryに 拠 れ ば, Platoによる ‘mimesis’と‘diegesis’の分類に端を発し, 19世紀後半から20世紀にかけて, Percy LubbockやFranz Karl Stanzelを経て, Norman Friedman, Wayne Booth, そしてGerard Genetteへ と用語を変え, 語りの理論として継承されてきた.
3)テクストはA Norton Critical Edition (1990)を使用した. 引用のあとに続く括弧内の数字は, この版 の頁を示す.
4)Cottも最後のくだりの分詞の働きを論じている.
引用文献
Brontë, Emily. Wuthering Heights (1847) Eds. William M. Sale, Jr. and Richard J. Dunn. New York and London: W.W. Norton and Company, 1990.
Cott, Jeremy. (1964). “Structures of Sound: The Last Sentence of Wuthering Heights.” Texas
Studies in Literature and Language, 6: 280-89.
Routledge Encyclopedia of Narrative Theory. (2005). Eds., David Herman, Manfred Jahn and Marie-Laure Ryan. London and New York: Routledge.
杉村寛子 (1996).「最後の風景―『嵐が丘』の結末を読む」『尾崎寄春・大沼雅彦退官記念論文集』京都 あぽろん社, 1996年. 129-141頁.
3.E・ヘミングウェイ『老人と海』の謎を解く (
上垣 公明)
ヘミングウェイ(Ernest Hemingway, 1899-1961)の晩年の代表作『老人と海』(The Old Man and the Sea, 1952)は, 登場人物が限られるだけでなく, プロットについても非常にシンプ ルである. 基本となるプロットは, メキシコ湾に舟を浮かべる老漁師サンチャゴ(Santiago)が 9月のある日, 巨大なマカジキ(marlin)を釣りあて, 数日間の死闘の末にそれを仕留めること に成功するが, 港へ帰る途中にサメの襲撃にあい, 結局, 魚の骨だけを持ち帰るというものであ る. 主な登場人物はサンチャゴと, 彼に付き添っている少年マノーリン(Manolin), そして巨大 なマカジキ(人物ではないが)にほぼ限定されると言っても良い. この作品では, 老漁師サンチャゴと巨大なマカジキとの闘いが中心におかれているために, 必 然的に主人公の老人が読み手の関心をひくことになる. 強烈な個性と, 圧倒的な存在感を有する 老人の陰に隠れ, もう一人の主たる登場人物である少年マノーリンは, ともすると老人の補助的 な存在として位置づけられがちである. 本論では, 老人を主人公とする一般的な読みから視点を 少し変えて, 少年を中心において物語を眺めることによって, どのような読みが可能になるのか について少年と老人との関わりが見られる箇所を中心に作品を見ていく. まずは, 少年と老人の絆の強さ, さらに, それに基づく「二人の世界」のありようや, その特殊 性に注目する. 作品の前半において, 少年と老人は “cast net”(投網)や “yellow rice with fish”
(17)1)(魚入りの混ぜご飯)など存在しないにも関わらず, それらがあるかのように “fiction”(架 空の会話)を毎日繰り返している場面が描かれるが, そのような行為は二人のみが共有するある 種の「儀式」のようなものと考えられる. また, このような一見, 不自然な “fiction” の成立は, 老 人と少年が通常では考えられない次元において互いの意思を通わせていることを示唆するもので あり, “fiction” に基づく二人の絆の強さと, 彼らの世界の特殊性を裏付けるものでもある. 老人はマカジキとの闘いの最中の苦しい状況でも, 心のよりどころとして, 少年のことを考え る. 例えば, 魚が仕掛けに食いつくかどうかの緊張感あふれる状況で “I wish I had the boy.”(49) (少年がいてくれたらなあ)と, 老人は大声で叫ぶ. その他にも老人は度々同じような言葉を口 にする. これは, 老人にとって, 少年が「心の支え」となっているだけでなく, 傍らにいて当然の 存在, すなわち老人の「体の一部」のような存在となっていることをも示唆するものである.
あるが, 注目すべきは, 両者の精神面での状況を考えた場合, 老人が少年に依存しているという図 式を見て取ることができるという点である. これは, 見方によっては, 立場的に少年の方が上位に 位置していることを示唆するものであり, ひいては, 従来の読みでの老人と少年における主客の 位置づけの逆転につながる要素を有するものでもある. 次に, 上記のような「老人(と少年)の世界」と, それと対照的な外部の「一般的な世界」と の仲介者としての少年の役割に注目する. 少年は子供とは思えないほどの柔軟性を持ち合わせ, 「一般的な世界」と接することができるために, そのような世界とはほとんど接点をもたない老 人の身のまわりの世話をそつなくこなすことができる. ちなみに, このような作中における二つ の対照的な世界の設定は「虚の世界」と「実の世界」の枠組みにも通じて行くものであり, それ らを対照的な軸とした作品構造の形成という点でも重要な役割を果たすものでもある. 少年が常 に近くにいるために, 老人は「一般的な世界」とほとんど接触することなく, 世間離れした生活 を続けることができるのであり, 少年は, 結果的に, 老人のヒロイズムの要素のひとつでもある 「孤高の漁師」としての在り方を可能にしていることになる. したがって, 少年は老人を助ける という役割に加えて, 老人の特長を際立たせるという, 人物設定の点でも重要な役割を果たして いると言える. 作品の最後の, 老人が帰港した後の場面では, 少年は老人が生きていることを確認し, 老人の手 を見て思わず泣き出してしまう. その後, 老人は, 一緒に漁に連れて行って欲しいという少年から の申し出に対して, “What will your family say?”(138)(家の人が何と言うかな)と, 少年の家 族のことを気にして言うが, それに対して少年は “I do not care.”(138)(気にするものか)と, 自分の意志を明確に示す. このような態度は, 4日前に, 自分の家族と老人の両方を気にして柔軟 に対応していたときの少年では, 全く考えられない. このような少年の反応は, 彼が「老人の世 界」を理解しつつもそこから一定の距離を保っていた状態から, 老人の世界へ足を踏み入れる覚 悟を決めたことを示すものである. 言い換えると, 少年は「虚」と「実」の両方の理解者という 中間的な立場を放棄して「虚」の世界に一歩足を踏み入れたということになる. このような, こ の場面での少年の劇的な変化(成長)は, この作品自体を少年の開眼の物語として読むことの可 能性を示唆するものと見なすこともできるのではないだろうか.
注
1)テキストはScribner’ s Sons(1952)を使用した. 引用のあとに続く括弧内の数字は, この版の頁を示す.引用文献
Hemingway, Ernest. The Old Man and the Sea, New York: Scribner’s Sons, 1952.
参考文献
Baker, Carlos. Hemingway: The Writer as Artist, New Jersey: Princeton U. P, 1971.
Gurko, Leo. “The Heroic Impulse in The Old Man and the Sea.” In Modern Critical
Interpreta-tions Hemingway’ s The Old Man and the Sea. Edited by Harold Bloom. Philadelphia: Chelsea
House,1998.
Young, Philip. “The Old Man and the sea: Vision/Revision.” In Modern Critical Interpretations
4.D・H・ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』の謎を解く (松田 正貴)
イギリスの作家D・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』はそれほど猥褻なものではな いにもかかわらず, いまでもなぜか当り前のようにポルノ小説として扱われる. 新聞や雑誌で ときおり見かける成人映画の広告にケン・ラッセル監督『レディ・チャタレイ』が紛れ込んで いることからもそれは明らかである. とはいえ, ロレンス自身はもともとこの小説に「優しさ」 (“tenderness”)というタイトルを付すつもりだったのであり, けっして過激な性描写を前面に 押しだそうとしてこの作品を執筆したわけではなかった(もちろん「無理解な世間に対する挑 発」という側面もなかったわけではないが). ただ, このような作者の意図とは裏腹に, 小説その ものは出版直後から当局によって「猥褻文書」と見なされ, イギリスでは発禁になり, アメリカ では税関での差し押さえという憂き目にあう. 1920年代の終わりから30年代にかけてのことであ る. 1930年代と言えば, 日本でも「猥褻」文書は安寧秩序の紊乱のおそれがあるとされ, 徹底的に 摘発されていた. そのような時代に伊藤整は早くも『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳に着手し, 1935年その出版に踏み切った. これが日本で最初の『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳となる. も ちろん, 完全訳ではなく, 伏字や削除が目立つ翻訳だった. そして1945年の敗戦. 新憲法のもと, 表現の自由が認められるようになったこともあり, 伊藤 は, ようやく好機が訪れたと考えたのだろう,『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳を今度は無削除 版というかたちで再度世に送りだす. 1950年のことである. おそらく, このタイミングであれば完 全訳つまり無削除版を出すことができると見込んだのであろう. ただ, 敗戦直後におけるGHQ主 導の平和主義的なムードは, このころまたしても抑圧的なものに変わりつつあった. いわゆる逆 コースの時代, もしくはレッド・パージの時代である. 戦時下において, あるいは戦前からずっと, 共産主義的な思想の持ち主は当局から睨まれ, 場合によっては拘束され, 投獄されていた. 敗戦後, GHQの指令のもと, そのような「思想犯」が次々と解放されることになるのだが, この自由と平 和のムードもそう長くはつづかなかった. 敗戦からわずか5年後の1950年, アメリカとソ連が極 東アジアで睨みあうようになると, またしてもGHQ主導のもと, 共産圏に属すると思われる思想 に対する弾圧がはじまる. つまり日本において1950年というのは『チャタレイ夫人の恋人』を出すタイミングとしてはき わめてまずかったのだ. 伊藤整訳『チャタレイ夫人の恋人』は「猥褻である」という理由で一斉 に押収され, 伊藤整および出版元である小山書店社長の小山久二郎の二人が「猥褻文書」販売の 廉で訴えられ, 裁判沙汰になるのである. 朝鮮特需による神武景気や岩戸景気など, 日本の経済が 活気づいていたこの時代, 例えば炭鉱労働者たちが過酷な労働を強いられるというような現実も あった. 『チャタレイ夫人の恋人』のなかでロレンスが描いたのもそのような炭鉱労働者たちの 現状だった. 父が炭坑夫であったこともあり, ロレンスは炭鉱労働者たちの実状をよく理解して おり, 自らの小説のなかで暴動寸前の彼らのエネルギーを如実に描いているのである. ところが, 1950年から1952年にかけて日本で争われたチャタレイ裁判(二審判決は1957年)では, 「猥褻か 否か」という問題だけが争点となり, 物語の主軸のひとつである階級闘争や労働者のストライキ をめぐる描写などは一切触れられなかった. GHQのほうでもこの小説のそのような側面について 認識がなかったわけではないだろう. 実際, 日本における『チャタレイ夫人の恋人』の出版は認 めないとする書翰を検事たちに送っているのである. この書翰が証拠書類として提出されたこと で, 裁判の流れは一転し, 被告である伊藤整の立場もこれ以降にわかに弱くなっていく. これはサンフランシスコ講和条約に各国が署名する直前のことであり, 日本の主権が認められようとして いた時代のことである. 結局, およそ6年にわたって繰り広げられたチャタレイ裁判は, 伊藤整と 小山久二郎の有罪確定ということで幕を閉じる. この裁判および判決によって, ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』は「猥褻な小説」というレッ テルが貼られることになり, そのイメージがあまりにも強烈であったため, 階級闘争の物語とい うもうひとつの側面が目立たなくなってしまったのである. その後, 1973年に無削除版が出版さ れ, 1977年には志麻いづみ主演の日活ポルノ『東京チャタレー夫人』が上映されている. 結局, ポ ルノ扱いである. とはいえ, このような「チャタレー」受容に異議を唱える意欲的な作品が2006 年に公開され, 翌年には日本でも上映されている. パスカル・フェラン監督による『レディ・チャ タレー』である. ポルノ的な要素を強調せず, あくまでも原作のもつ物語性を忠実に再現しよう としたものであり, ロレンスの作品を解釈するうえでもこの映画は重要な資料となっている.
参考文献
ア ーサー・バックラック『ニューメキシコのD・H・ロレンス――そこは時間の流れが違う』松田正貴 訳(彩流社, 2014年) 伊藤整『裁判 上・下』(旺文社文庫, 1978年) エレーヌ・ファインスタイン『チャタレイ夫人の告白』伊藤礼訳(新潮文庫, 1999年) 北里俊夫『贋作チャタレイ夫人の恋人』(おりづる社, 1951年) ロレンス, D・H, 『初稿チャタレー卿夫人の恋人』(彩流社, 2005年) --- 『ジョン・トマスとレイディ・ジェイン 上・下』大沢正佳訳(集英社, 1975年) --- 『チャタレイ夫人の恋人』伊藤整訳(健文社, 1935年) --- 『チャタレイ夫人の恋人 上・下』伊藤整訳(小山書店, 1950年) --- 『チャタレイ夫人の恋人』伊藤整訳(小山書店新社, 1957年)5.コ
ミュニティー通訳/ビジネス通訳における逐次通訳とウィスパリング同時通訳
技術の習得
(南津 佳広)
通訳というと, 同時通訳を行うための技術的な側面が注目されがちである. ところが, 通訳の本 質はそこにはなく, 聴き手に合わせて原発言者の意図をできる限り忠実に訳出言語で再表現する ことにある. 本講座では, のべ2日間で発言者の意図を理解すること中心に, ①発話を理解するた めの音の解析, ②情報の提示順に理解を積み重ねる方法, ③内容理解の可視化に焦点を当てて通 訳演習を行った. では, 具体的にどのようなことを行ったのかを下図で概観し, 特徴的な訓練内容 を概説しよう. 日付 訓練項目 目的 3月 10 日Prosodic shadowing 構音解析能力を向上させつつ, 注意資源 (focus) の集中と分散を管理する 訓練
Contents shadowing (CS)原発言の概要理解を促進させつつ, 注意資源 (focus) の集中と分散を管理 する訓練
Sight translation (ST) 情報の提示順序で原発言の発話意図を理解して訳出言語で提示する訓練
Note-taking (NT) 原発言の意図をできる限り忠実に理解して, 文字や記号などで可視化する
3 月 17 日
Note-taking (NT) 原発言の意図をできる限り忠実に理解して, 文字や記号などで可視化する
訓練 Basic consecutive
inter-preting NT をもとに原発言の意図をできる限り忠実に他言語で再表現する訓練
Basic whispering
inter-preting 原発言の意図を要約しつつ, 他言語で同時に再表現する訓練 民間の通訳者養成機関では, 即戦力となるプロの通訳者を養成するために, 現場経験のある講 師の体験から適者生存の法則に則って指導している. この方法は通訳の現場に立った者にとって は効果があるかも知れないが, 現場に立ったことがない初習者には, 講師によって異なるコメン トを取捨選択して本人の学習に結びつけることはなかなか難しい. そこで, 本講座では受講者が 訓練内容を自宅でも容易に再現できることを意識して, その方法を体験してもらいつつ, 各訓練 の理論的根拠を伝えることに焦点を当てた. 特にCSとST, NTは語学教育では通常取り上げられない, 通訳者独自のスキルを涵養する訓練 である. まず, CSは, シャドーイングをしつつ, 強いストレスや高いピッチで発話されたフレーズ を認知して原発言の意図をおおまかに再構成することを狙いにしている. Shadowingは注意資源 の分散が注目されがちだが, 現実には分散と集中が交互に行われている. そのため, CSを行うこ とで内容理解に伴う注意資源の分散と集中を意識的に管理するスキルを獲得することができる. 次に, STは, 提示される情報を手掛かりにして文脈や背景知識を併せて原発言の意図を概念化 さ せ, そ の 概 念 を で きる限り忠実に「商 品」として訳出言語 で再表現する訓練で あ る. こ の 訓 練 を 行 う こ と で, 原 発 言 を 聴取して訳出しつつ, 作業記憶内に漸増す る情報を暫定的に懸 架 さ せ な が ら, 訳 出 言語で語用論的に妥 当と判断可能になる レベルまでチャンク単位で情報を保持する認知的負荷の耐性をつけることができる. 一方, NTは, 作業記憶内に漸増する情報を復元性の高い文字や記号に暫定的に変換して, 紙面 上にチャンク単位で配置し, 原発言の発話意図をできる限り忠実に表記する訓練である. チャン クを構成する容量には個人差がある. 左図のNTは双方ともある発話の当該箇所をNT表記したも のであるが, 一方が2チャンクで構成されているのに対し, もう一方は7チャンクで構成されて いる. このように, ST・NTともに個人差が激しいため, 認知処理を厳密にはルール化することが できないものの, 本講座では基本的な原則を紹介した. この類の認知的負荷は日常の言語コミュニケーションでは生じないものであり, その認知的負 荷への耐性をつくり, 安定的に通訳できるようになることこそ通訳訓練を行う最大の目的といえ よう. そして, 本講座の受講者はこの講座を受講したことにより, 英語運用力をもう一歩高めて,
各々が求められる場所で活かしたいとコメントしていた.
参考文献
Albl-Mikasa, M. (2008) “(Non-) Sense in Note-taking for conesecutive interpreting” in Interpreting 10-2, Jhohn Benjamins Publishing, pp.197-231.
南津佳広 (2014)『逐次通訳のノートテーキングにおける意味論と語用論』MEDIA, ENGLISH AND
COMMUNICATION, No.4日本メディア英語学会pp.115-128
Миньяр-Белоручев Р. К. (1969) Учебное пособие по устному переводу. Мockba.
Setton, R & A. Dawrant (2016) Conference Interpreting: A trainer’ s guide. John Benjamins.
6.
総評
本講座は「英米の小説の謎を読み解く」と「コミュニティー・ビジネス通訳入門」の2本立て で実施した. 前者については第1講3/6(火), 第2講3/13(火), 第3講3/20(火) の3週にわたり, 各90分で1講義ずつ, 異なる講師が担当した. 扱った作家としては, 第1講が「エミリー・ブロン テ」, 第2講が「アーネスト・ヘミングウェイ」, 第3講が「D・H・ロレンス」であった. 参 加者は第1講が36名, 第2講が38名, 第3講が31名であった. 後者の「コミュニティー・ビジネス 通訳入門」については, 3/10(土), 3/17(土) にわたって実施し, 同一教員が講座を担当し, 12名 (第1講), 13名(第2講)の参加者があった. 本学の英語教育研究センターに所属するわれわれ教員は, 普段は20歳前後の大学生を対象に, 英語力の養成に重点を置いた授業を行っている. その一方で, 今回の公開講座は英語運用力のみ ならず, 英米文学の知識や翻訳の技能の教授を目的としたものであるうえに, 受講者はシルバー 世代が中心ということもあり, 普段の授業で感じることのない刺激を得ることができた. 文学講 座を通して最も強く感じたのは, 受講者の知的好奇心の旺盛さであった. 受講者の知識や英語力 のレベルに個人差はあったものの, 講座の内容を理解しようという熱意や姿勢には目を見張るも のがあった. そのことは, アンケート項目の「参加の主な理由」について, 回答者のほぼ全員が 「講座の内容に興味があるため」と回答していることや, 寝屋川市, 枚方市以外から来た参加者 が8名(26名中)もいたことからも窺うことができる(以下, 補遺参照). また, 講座の総合評 価について, 回答者26名のうち, 13名が「非常に良かった」, 13名が「良かった」と回答してお り, 講座の内容についての関心を強さの一端が見て取れる. 一方, 通訳講座では通訳訓練を介して 英語運用力を高めたい, 英語で何かしたい人が対象としていたため, 受講者の動機付けは大変高 かった. わずか2日間で通訳を行うためのスキルを導入して, 仕上げに逐次通訳とウィスパリン グ通訳を行なったが, 慣れない作業を物ともせず, この講座で提供した各訓練方法を活かして次 につなげたいという意見や, 継続して開講してほしいとの意見が出たことは印象的であった. 本学は一般的に情報・工学系というイメージが強いが, それらとは異なる分野に関する知識を, 講座を通じて提供できたことは, 従来の本学のイメージとは異なる側面で社会にアピールする良 い機会になったと思われる. 平均寿命が延び, 人生100年時代が声高に叫ばれるなかで, 知的好奇心に満ちた高齢者が今後ま すます多くなるであろうことは容易に想像される. そのようなニーズに対して, 最高学府であり, 研究機関である大学の果たすべき役割や責務は, ますますクローズアップされてくるであろう.その意味では, 今回の公開講座は文系, 理系の枠を超えた大学の地域貢献への取り組みとして, 有 意義なものであったと言えるであろう. 補遺1 文学講座アンケート結果(最終日の出席者を対象に実施. 回答者数: 26名) 1. 住所 寝屋川市(13) 枚方市(5) その他(8) 2. 年齢 59歳以下(4) 60歳~ 65歳(7) 66歳~ 70歳(8) 71歳以上(8) 3.講座を知ったきっかけ ちらしで(7) 雑誌で(1) ホームページで(1) 関係者から(13) その他(4) 4.参加の主な理由(複数回答可) 講座の内容に興味があるため(23) 講座のテーマを勉強中であるため(3) 時間的に参加可能であるため(13) その他(4) 5.講座の内容について 専門的すぎてよくわからなかった(1) 半分くらいは理解できた(8) ほぼ理解できた(16) も の足りない(1) 6.講座開催の希望の日時 休日の午前(1) 休日の午後(2) 平日の午前(1) 平日の午後(18) その他(4) 7.総合的な評価 非常に良かった(13) 良かった(13) 普通(0) あまりよくなかった(0) 良くなかった(0) 8.講座の感想、意見、要望(抜粋) ・3回の講座ありがとうございました. 3作品に親しみを持つことができました. ・大変興味深く聴講致しました. 有難うございました. ・このような話を聞ける機会はあまりないので, 貴重な時間でした. ・楽しく学べました. また期待しています. ・今後とも継続願います. ・文学の面白さ, 味わい方など少しわかった. ・いろいろ勉強になりました. 同じような企画があればまた出席したいです. ・ 対象者が若い学生でなくどれだけの知識を持って又どれだけの理解があるのかも分からない老齢 者を対象とした講義にどれだけの時間を費やし, 準備くださったのだろうと頭が下がります.(略) 次回もこのような講座を企画して頂ければ嬉しいです. ・ 「チャタレー夫人の恋人」は読みたいと思いながら読めていなかったので, 今回の講座を拝聴して, 是非読みたいと思いました. 楽しかったです. ・ 「チャタレー夫人の恋人」は大変おもしろかった. 裁判まであったのは知らなかった. 元本以外に 多くのニセ(?)本があったこと, また, 出版された理由が面白いと思います. 伊藤整の翻訳の姿 勢がおもしろい. 補遺2 通訳講座アンケート結果(最終日の講座の出席者を対象に実施. 回答者数:13名) 1.住所 寝屋川市(6) 枚方市(3) その他(4) 2. 年齢 59歳以下(4) 60歳~ 65歳(4) 66歳~ 70歳(2) 71歳以上(2) 3.講座を知ったきっかけ ちらしで(3) 雑誌で(2) ホームページで(1) 関係者から(5) その他(2) 4. 参加の主な理由(複数回答可) 講座の内容に興味があるため(12) 講座のテーマを勉強中であるため(3) 時間的に参加可能であるため(6) その他(0) 5.講座の内容について 専門的すぎてよくわからなかった(3) 半分くらいは理解できた(2) ほぼ理解できた(8) もの 足りない(0) 6.講座開催の希望の日時 休日の午前(3) 休日の午後(3) 平日の午前(0) 平日の午後(2) その他(3) 7.総合的な評価 非常に良かった(11) 良かった(2) 普通(0) あまりよくなかった(0) 良くなかった(0) 8.講座の感想、意見、要望(抜粋)
・短期で通訳講座があり良かったです. ありがとうございました. ・ 全2回のうち1回しか参加できませんでしたが, 大変練習になりました. 教えられた方法を試して みて勉強しようと思います. ・非常に面白く興味があった. 教え方も気楽で劣等感を持たず, 続けていきたい. ・ぜひ継続願いたい. ・ とても勉強になりました. 公開講座をして戴けてとてもうれしかったです. 市民が参加できる講座 をもっと開講していただけると嬉しいです. ・ 講義内容がとても良い. 発音の部分もしっかりとならえばよかったのですが…来年3回から4回 の講座でこのような機会を作ってくださったらうれしいです. ・ ありがとうございました. 自分には無理かなと思いながら申し込んだのですが, とても楽しかった です. できないなりにモチベーションになりました. 英語は難しい物だと再認識しました. もっと もっと勉強しようと思います. ・もっと予習・復習が必要であった. 英語の勉強を続けます. ・初心者の私にもわかるように丁寧に教えてくださり感謝しています.