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北東アジアにおける農業の高付加価値化の応用可能性

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札幌大学総合論叢 第 50 号(2020 年 10 月)

〈論文〉

北東アジアにおける農業の高付加価値化の応用可能性

武 者 加 苗

1. はじめに 2. 北東アジア経済の概要と日本からの輸出の状況 3. 北東アジアでの六次化の現状 3-1 韓国 3-2 中国 3-3 台湾・香港 4. まとめと今後の展望

1. はじめに

2005 年 10 月 1 日現在の日本の人口について,「1 年前の推計人口に比べ 2 万人の減少, 我が国の人口は減少局面に入りつつあると見られる。」との発表が総務省統計局により公 表された。これ以降,日本では人口減少を前提とした社会システムの構築に大きな関心が 払われるようになった。それまでの日本社会は人口が増加し経済がプラス成長することを 前提としたものが過半であり,都心部に先駆けて人口が減少していた地方部であっても, 依然として全国一律の基準で社会システムの整備が行われてきた。実際,国土が南北に長 く地域色の多様な日本では,求められる政策も様々であるため,全国一律の社会システム が必ずしも効率的とは限らない。また,第二次世界大戦後に成立した社会システムが 70 年を経て,時代にそぐわない規制となっている。 そのような背景の下,特に地方部の農業は大きな転換点を迎えている。グローバル化の 進展もあり,安価な農作物は海外から輸入するという流れは強まっており,日本国内で生 産をつづけていくうえでは,鮮度・ブランド力などの高付加価値を提供しなければ,消費 者に支持されない状況となっている。これを受けて,農林水産省は 2010 年度に「「地域資 源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関す

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る法律」(いわゆる六次産業化法)を交付した。 本稿では,農業の高付加価値化を六次産業化とみなし,その代表例としてアルコール製 造業を取り上げる。アルコール産業の中でも,特にワイン産業は六次産業化と結びつけや すい。その理由として,生産されたブドウ(一次産業)がワインに醸造され(二次産業), ワイナリーで販売されるか併設のレストランやオーベルジュで提供される(三次産業)こ とが,ワイン大国とされるフランスやイタリア,カリフォルニア州で盛んであることがあ げられる。鮮度が落ちやすいブドウは収穫してすぐ醸造する必要があり,一次産業と二次 産業が極めて近くに立地する必要がある。また,ブドウを作る地域特性であるテロワール がワイン生産には重要であり,ワイン愛好家は生産された土地を訪れることを好む。これ を利用したワインツーリズムは,人口減少に悩む農村部の貴重な観光資源でもあり,地域 の雇用創出にもつながる。この流れは,2014 年に公布された「まち・ひと・しごと創生法」 (いわゆる地方創生法)にも通じている。 各地でのワイン産業の成功の流れは,他のアルコール産業へも波及している。日本酒業 界では,従来西日本で生産される山田錦という酒米を主に利用した,均一的な生産方法が 主流であったが,現地生産の酒米を利用した生産方法が増加している。また,2015 年ご ろから各地に立地する小規模なジン製造所などの動きも出てきている。これらのアルコー ル産業の中から大規模生産に成功した生産者は,一部を海外へ輸出する動きも出てきてい る。 本稿では,アルコール産業を中心に,地域での生産・東アジアへの輸出の動きを整理し まとめる。

2. 北東アジア経済の概要と日本からの輸出の状況

本章では,北東アジアとして韓国,中国,台湾,香港地域を取り上げ,農業・食品製造 業・サービス業など六次化に関わる産業と経済状況について述べる。 図表 1 は韓国,中国,台湾,香港,および比較のため日本を追加した一人当たり GDP の推移である。香港は 2014 年に日本を上回っており,以後 2018 年まで 4 か国・地域の中 では最も一人当たり GDP が高い地域となっている。一人当たり GDP は国民の所得水準 と連動するため,日本から高付加価値な製品を輸入できることとなる。2018 年時点では, 香港は日本の GDP の 39304 米ドルの 1.23 倍,,韓国は同 0.85 倍,台湾同 0.64 倍,中国同 0.24 倍となっている。ただし,中国については一国内での格差が大きく,この値のみで実 態を把握することは適当ではない。図表 2 で中国沿岸部の一人当たり GDP を別途まとめ

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てみると,直轄市である北京市,上海市の値は中国全土の値の 2 倍近くなっている。また, 南方沿岸部に位置している江蘇省,浙江省,福建省の一人当たり GDP も,いずれも中国 全土の値を上回っている。国内格差の大きい中国であるが,沿岸部ではさらに省平均を上 回る家計も多く,海外産の高価な農産食料品を購入する余地はあると考えられる。 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 ⾹港 32,422 34,951 36,620 38,230 40,182 42,322 43,496 46,096 48,451 ⽇本 44,674 48,169 48,633 40,490 38,156 34,569 38,805 38,343 39,304 韓国 23,087 25,096 25,467 27,183 29,250 28,732 29,296 31,577 33,320 台湾 19,262 20,912 21,270 21,888 22,639 22,374 22,573 24,390 25,008 中国 4,524 5,583 6,329 7,081 7,702 8,167 8,116 8,677 9,580 図表 1 一人当たり GDP の推移(単位:米ドル)

出所:IMF “World Economic Outlook April 2020”

北京市

上海市

天津市

江蘇省

浙江省

福建省

19,630

18,897

16,900

16,124

13,810

12,768

図表 2 中国沿岸部の一人当たり GDP(2018 年,米ドル)      出所:中国国家統計局 このような北東アジアの経済成長を見込んで,アルコール産業からの輸出量も増加して いる。この分野をけん引しているのは,日本酒(貿易統計では清酒に分類される)業界である。 図表 3 に清酒の 2019 年の輸出量と額をまとめた。最大の輸出先はアメリカであるが,中 国が輸出量・輸出額ともに迫っている。香港は数量は 1926kl と少ないものの,金額では 39.4 億円と韓国や台湾の輸出額を大きく上回っている。韓国と台湾は輸出額ではほぼ 13 億円と同等であるが,数量では韓国が上回っており,低価格帯のものも輸出されているこ とがうかがえる。 数量(kl) 輸出額 (百万円) アメリカ 6,452 6,757 中国 5,145 5,001 ⾹港 1,926 3,943 ⼤韓⺠国 2,912 1,360 台湾 2,246 1,359 図表 3 日本酒(清酒)の輸出量と輸出額(2019 年)       出所:財務省「貿易統計」

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次に,2019 年のワイン(貿易統計ではぶどう酒に分類される)の輸出額と輸出数量を まとめた。金額・数量ともに日本酒業界を大幅に下回るが,輸出はされていることが分かる。 日本酒と異なり,最大の輸出先はアメリカではなく香港であり,金額で 5640 万円,数量 で 18.1kl の輸出となっている。数量ベースで最も多い輸出先は台湾であり,48.9kl であ るが金額ベースでは 3460 万円であり,香港と比較して低価格帯のものが輸出されている ことがうかがえる。中国向け輸出はワイン全体では香港,台湾,韓国に次ぐ数量(11.9kl) であるが,スパークリングの数量は 3.2kl と取り上げた 5 か国・地域のうちで最多である。 日本産ワインの中でも,スパークリングに対する需要が他国・地域より多いことがうかが える。 このように,日本酒の輸出量は年々増加しているが,供給先は限定されており,新規参 入はワイン生産のそれよりもハードルが高い。日本酒を醸造するためには,国から発行さ れる清酒製造免許が必要である。日本酒の輸出量は増加していても,国内の日本酒需要が 減少しているため,国内生産量全体としては需要減となっている。2020 年現在,酒税法 第十条第十一号には「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の製 造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合」との記述があ り,免許の新規発行は原則認められていない。既存の酒蔵の利益や市場の安定を守るため, 新規参入ができない状況が続いているのである。 2017 年に新設された上川大雪酒造(上川町)は,北海道で戦後初の新規酒蔵と言われたが, 実態は三重県の廃業する酒蔵の酒造免許を買い取ったうえで,北海道へ移転しており,酒 税法上は免許の新規交付事例とは言えない。 2019 年 11 月には,輸出限定という条件付きで酒税免許取得の新規参入障壁が撤廃され る方針が示された。2021 年 4 月の改正法施行が待たれる。 ワイン(kl) うちスパーク リング(kl) ワイン (百万円) うちスパーク リング(百万円) ⾹港 18.1 1.12 56.4 4.05 台湾 48.9 0.70 34.6 0.85 中国 11.9 3.20 17.2 4.11 韓国 18.7 0.35 11.4 0.80 アメリカ 1.4 0.45 2.7 0.28 図表 4 ワイン(ぶどう酒)の輸出量と輸出額(2019 年)      出所:財務省「貿易統計」

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3. 北東アジアでの六次化の現状

本章では,韓国,中国,台湾,香港地域を取り上げ,ワイン産業中心に六次化の状況に ついて述べる。

3-1 韓国 

韓国産のアルコールでは,歴史の古いものとしてはマッコリ,比較的歴史の浅いものと して焼酎(ソジュ)が有名であり,日本に大量に輸出されている銘柄も存在する。国民一 人当たり 14.8l を消費しており,この値は北東アジアの中では最多である。若年者は焼酎 よりもビールをたしなむことが増えているが,年配者中心に焼酎を好む人は多い。 韓国では 1977 年に道(日本の都道府県に相当し,韓国全土で 9 道存在する)において, 一つの道につき焼酎製造は一業者のみとし,しかも各道内でその業者の生産する焼酎を 50%以上販売するとする供給区域制度が定められた。これは地産地消を進展させるとの見 方も可能であるが,それまで存在した 200 近くの中小零細の酒蔵が廃業することになり, 酒の個性が失われることともなった。そのため,韓国焼酎は大量生産を行う庶民的な価格 帯が中心で,高価格帯の焼酎が極めて少なく,高付加価値化には苦戦していることが課題 である。製法も低コストで大量生産に適している希釈式が大半である。原材料もさつまい も,米,麦などを混ぜて使用することが一般的であることから原料の質に左右されること が少なく,大量生産向きで品質は安定している。日本の場合,低価格帯から一升瓶で小売 価格 10000 円以上の高価格帯まで,幅広く銘柄が分散している。また,原料は単一である ため,天候不順などが起こった場合に原料の質にばらつきが出やすい。 このように,一般的に日本焼酎の高価格帯は乙類焼酎と分類され,小規模な蔵元によっ て蒸留式で作られていることが多いが,韓国の場合は日本の定義での甲類焼酎に相当する 低価格帯が中心である。

3-2 中国

沿岸部は高所得化により,口に入れるものは安全なものを求める傾向にある。安心・安 全を求める動きは中間層にもあるが,富裕層はハイセンスでオーガニックや有機認証の付 いた商品を求めるようになっている。アルコールに関しては,従来型の白酒やビールに加 えて,外国産のワインが贈答用・家庭消費用としてものぞまれるようになっている。 ワイン生産地としても,すでに世界 10 位と日本の生産量を上回っている。広大な土地 にはワイン生産向けの気候に適した地域があり,山東省や雲南省でワイン生産がおこなわ れている。中国資本による生産だけでなく,ヨーロッパの外資系企業も後背の大消費地を

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見込んで参入しており,フランスのドメーヌ・シャンドン社がワイン生産を始めている。

3-3 香港・台湾

香港は本稿で取り上げた国・地域のうち,もっとも所得水準の高い地域である。国土が 狭いことと亜熱帯に属する気候のためワインの生産は行っていないが,アジア最大のワ イン市場が存在している。1997 年に中国に返還された後,ワインへの高関税が維持され てきたが,2008 年にその関税を 40%からゼロ%としたことが市場構築に大きく貢献した。 そのため,日本からのアルコール輸出に関しても,高付加価値製品が主流となっている。 台湾は国内でワイン生産を行っている。土産用の安価なものから,1 本数千元程度の高 級品まで幅広く生産されており,質の向上も進んでいる。

4. まとめと今後の展望

アルコール産業は,原料に第一次産業を使うために生産量を急増させることが不可能で はあるが,日本酒では先行して輸出が可能となっており,ワインでも少量ではあるが輸出 の先行事例が存在する。特に北海道第一のワイナリー集積地として名高い余市地区は,若 手のワイン生産者の集積がすすんでおり 2018 年 12 月に高速道路が延伸されたり,ドラッ グストアや飲食店などチェーン系の店舗の新規出店が散見される。この動きは空知地区に も受け継がれており,2018 年ごろから三笠市内などにワイナリーの集積がみられるよう になった。余市地区や空知地区では,札幌で高い評価を得た飲食店が移転する事例がみら れる。そのような飲食店は,生産量が少ないために一般には流通しないワインを備え,そ れに合った料理を提供している。自動車でないと行けず,すなわちワインを飲めない土地 にあえて高名な飲食店が立地する理由は,現地のテロワールを感じながら地元のワインを 味わうという,札幌では不可能な経験を提供するためである。そのようなスタンスが,地 域の独自性を高め,外からの観光客を呼び寄せている。このような集積が起こると,各生 産者は小規模であっても地域全体の生産量の増加につながり,北東アジア向けの輸出分が 捻出される。 本稿では,日本産ワインの新規参入障壁は相当下がったものの,産出量が少ないため東 アジアをはじめとした輸出量はわずかであることを指摘した。一方,日本酒は米国および 東アジアへの輸出量・額ともにワインの 100 倍程度あるが,新規参入障壁が高く輸出用と 国産用で産出元が限定されていることを明らかにした。

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参考文献 岸保幸(2018)「日本酒のグローバル展開とそのグローバルな消費」『日本家政学会誌』第 69 巻 12 号 p. 830-835 財務省「貿易統計」各年版 ジェトロ(2018)「日本酒輸出ハンドブック」 本稿の作成にあたり,平成 28 年度札幌大学研究助成を受けた。記して感謝したい。

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