Vol.‥64‥ 57 報 文
小規模美術館が所蔵する作品のデジタル化
―藤平伸記念館を例に―
前﨑 信也(京都女子大学家政学部生活造形学科‥准教授)
木立 雅朗(立命館大学文学部‥教授)
藤平 三穂(藤平伸記念館‥館長)
阿部 亜紀(京都女子大学大学院家政学研究科生活造形学専攻博士前期課程)
北野 奈々(京都女子大学家政学部生活造形学科)
Digitization‥of‥A‥Small‥Museum‥Collection:‥Fujihira‥Shin‥Memoria‥Museum
Shinya‥Maezaki
Masaaki‥Kidachi
Miho‥Fujihira
Aki‥Abe
Nana‥Kitano
Fujihira‥Shin‥(1922-2012)‥is‥one‥of‥the‥leading‥ceramic‥artists‥in‥Kyoto‥of‥the‥20th‥century,‥and‥on‥2‥ October‥2018,‥Fujihira‥Shin‥Memorial‥Museum‥was‥opened‥in‥the‥Higashiyama‥District,‥Kyoto.‥Kyoto‥ Women’s‥University‥and‥Ritsumeikan‥University‥worked‥together‥for‥the‥digitization‥of‥all‥the‥works‥ in‥the‥collection.‥With‥help‥from‥students‥of‥both‥universities,‥this‥project‥completed‥digitization‥of‥ the‥collection‥which‥consists‥of‥1810‥works.‥This‥paper‥explains‥the‥details‥of‥the‥project‥and‥also‥ discuss‥the‥use‥of‥digitized‥images‥for‥small‥museums. はじめに 博物館・美術館資料の整理や写真の利活用のた めに所蔵する作品のデジタル化は不可欠とみなさ れるようになって久しい。その最たる理由として 挙げることができるのは、近年におけるカメラや スキャナーといったデジタル機器の急速な発達と、 通信速度の向上などによるインターネット環境が 充実した結果、高画質の作品画像がインターネッ ト上で表示可能となったことである。しかしなが ら、文系出身の学芸員が大半を占める中、実際に 所蔵作品のデジタル化を行うとなった時に、どの 程度の品質の画像をどのように撮影するのか、画 像をいかに整理・管理するのかを決めることは容 易ではない。この状況を改善するために、これま で様々なデジタル化と画像データベース作成に対 するガイドラインが作成・公開されてきた‥1。し かし、その内容はいずれも初心者には理解が難し く、いまだ多くの場合は専門家や専門業者に多額 の費用を投入して依頼せざるを得ない状況にある。 本研究は2018年10月 2 日に京都市東山区下馬町 に開館した藤平伸記念館が所蔵する作品のデジタ ル化事例を題材にする。そこから、小規模美術館 に最低限必要なデジタル化とはいかなるものかに ついて検討する。 藤平伸記念館FujihiraShinMemorialMuseum 藤平伸(1922–2012)は京都の陶磁器生産の中 心である五条坂で藤平製陶所(現:藤平陶芸有限 会社)を経営する藤平政一(1884–1971)の次男 として生まれた。京都高等工芸学校(現:京都工58‥ 京女大 生 活 造 形‥ 2019年‥2‥月 芸繊維大学)窯業科に入学したが、病気療養のた め中途退学。30歳の頃から父の会社の工場の一角 をアトリエにして作陶活動を開始し、ほどなく日 展や日本現代工芸美術展等で活躍を始める。1970 年に京都市立芸術大学美術学部助教授に就任 (1973年から教授、退官翌年の1988年から名誉教 授)、後進の育成に努めた。日展菊華賞、日本陶 磁協会賞、京都美術文化賞、毎日芸術賞など数々 の賞を受賞し、戦後の京都を代表する陶芸家の一 人で、抒情性に満ちたその作品から「陶の詩人」 とも評されている‥2。 藤平伸記念館は京都市東山区下馬町、京都女子 学園の北西、京都女子中学校・高等学校の北門を 出てすぐの場所に位置する。彼が京都市立芸術大 学に就任した年に生家の工場跡敷地に建設された 自宅兼アトリエの一部を改修し公開された‥3。藤 平の長女で工芸作家の藤平三穂が館長兼学芸員を 務める。毎年春と秋に 1 か月間の特別展示を企画 し、入館は事前予約制で、かつて藤平伸制作や作 品を陳列したスペースに数十点の作品が展示され る。 デジタル化プロジェクトの概要 2017年、藤平伸記念館開館の計画が始まり、館 長の藤平三穂氏から立命館大学文学部の木立に作 品のデジタル化と展示に対するアドバイスの依頼 があった。絵画やスケッチといった平面作品の撮 影は、立命館大学内の撮影スタジオで実施。立体 の陶芸作品については、立命館大学アート・リサー チセンター客員協力研究員で、日本工芸品のデジ タル化を専門とする京都女子大学家政学部の前﨑 が担当。未梱包の作品も多く、輸送時に破損の恐 れがあるため記念館内に簡易のスタジオを作り撮 影を行った。撮影機材(特にカメラ)は立命館大 学が所有する市販のデジタル一眼レフカメラを使 用した。 展示、デジタル化、資料整理、広報にかかる費 用を補助するために、一般財団法人京都陶磁器協 会の助成金を申請‥4。京都における陶芸の中心で ある五条坂を訪れた方々が、やきもの産地として の地域の歴史に触れることのできる地域の新たな 見学スポットとして期待できると評価され、35万 円の助成金交付を受けた。 実際のデジタル化作業は記念館館長と木立・前 﨑の指導の下、両大学の学生が実施。立命館大学 からは文学部考古学・文化遺産専攻の松下千空、 藤川香、鈴木紀香、森本のぞみが担当。京都女子 大学では、大学院博士前期課程の阿部亜紀、同大 家政学部生活造形学科の北野奈々、高野麗、益本 佳歩、三田美穂、文学部史学科の近藤まゆが担当。 撮影は2018年の春から夏にかけて実施した。 作品の目録が存在しなかったため、撮影をしな がら作品調書をとり、番号をつけ、サイズを採寸 してエクセルファイルに記録。撮影した画像は作 品番号で管理した。オリジナルサイズと、サイズ を縮小した jpeg に変換し使用する。ポータブル HD に全データを入れて記念館に納品し、データ のコピーは研究用とバックアップのために各大学 にも保管する。画像の撮影者の著作権は放棄し、 画像に関する全ての権利は記念館が所有すること とする。 ( 1 )平面作品のデジタル化:陶板・絵画(紙・ 板・ガラス・絵はがき)などの作品だけでなく、 スケッチブック、ファイル類、原稿、メモ、書簡 を含む多様な材質・形態の資料類が残されていた。 作品の中には額装され帙をあつらえたもの、額 装されたが帙をあつらえていないもの、額装され ず折り畳まれた絵画がある。製作後の扱い方に差 があるのは、製作してもすべてを作品として世に 送らなかったのだろう。 藤平伸60代の頃の写真
Vol.‥64‥ 59 額装した陶板・絵画137点、スケッチブック・ファ イル類18冊、単体の資料(絵画・書・スケッチ・ 絵はがき・短冊・色紙、原稿、メモ類を含む雑多 な資料)785点、合計資料数は940点、撮影総画像 数は2,091カットであった。撮影総画像数が多い のは、スケッチブック・冊子類の全頁を撮影した こと、表裏を撮影した資料があること、資料価値 がある包み紙なども撮影したためである。なお、 形状の問題から撮影を中断しているスケッチブッ クが数冊残されており、現在方策を検討中である。 撮影はまとまった書簡類を割愛し、作品と作品 作りの過程で描かれたものを中心に撮影した。た だし、冊子の中にはさみこまれた書簡類は撮影し た。撮影施設は立命館大学アート・リサーチセン ターでデジタル化を進めている友禅図案用の撮影 場を活用した。撮影カメラはキヤノン5Ds‥R であ り、raw 画像で保存した。 紙作品は皺や反りを抑えるため、ガラス板を被 せて撮影。陶板や額装されたもの、冊子など、凹 凸のある資料はガラス板を使用できなかった。通 常は固定したライトで 4 方向から照明をあてて撮 影するが、それらについては、さらに照明を追加 し、適宜トレーシングペーパーで作品全体を覆う などして影がつかないように配慮した。 ( 2 )立体作品のデジタル化:全ての立体作品 は陶磁器であり、その形状は大型のオブジェ作品 から、小型の水滴までさまざまである。本プロジェ クトで撮影する画像はコレクションの管理を目的 としており、出版を主たる目的としない。そのた め作業のスピードを重視した。背景紙は白に統一 し、照明は基本的に動かさない方針で進めた。作 品の大きさによって撮影のセッティングが変わる ため、小さな作品から徐々に大型の作品へと撮影 を進めた。作品全体の状態がわかるよう、それぞ れの作品で周囲、上部、下部、印銘、箱書等を記 録。皿のような形状で数カット、複雑な形状の作 品は10カット前後の画像を作成した。 使用したカメラ(Nikon‥D600)で撮影可能な 最大サイズの画素数で撮影し、後で調整ができる raw 画像を保存した。本プロジェクトで撮影する 画像は出版を目的とした作品ではないが、多少の 画像処理を行えば小規模の印刷物であれば十分に 使用できる品質となった。そのため、記念館開館 に際して制作されたチラシ、DM には今回撮影し た画像が使用された。 本コレクションの特徴は、作家が自宅に保管し ていたものであるため、大半の作品には箱がなく、 作品名が無い、もしくは不明ということである。 当初は約400点と想定されていた作品数であった が、藤平家の親族が保管していた作品が追加され るなどして、最終的に870点を撮影。画像カット 数は5,702となった。 形状別の作品数は以下である。オブジェ作品 147点、茶碗114点、香合・飾箱等の蓋物97点、陶 板・飾皿・皿等143点、花瓶・徳利等の瓶形作品 112点、壺形作品60点、文房具(硯、水滴、筆架、 筆筒、香炉等)98点、水注・急須等手付の注器13 点、湯呑・盃・高足杯等の飲器82点、ドール 4 点。 撮影修了後は、全作品の画像を作品番号入りで プリントアウトし、保管している箱に貼り、作品 を探しやすくした。こうして藤平伸記念館、つま り藤平家が所蔵していたコレクションの全体像を 把握することが初めて可能となったことは本プロ ジェクトの最大の成果といえるだろう。撮影した デジタル画像の今後の幅広い活用が期待される。 画像データベースの作成と公開について 本プロジェクトの開始時は、撮影した画像を全 て収録した画像データベースの構築も視野に入れ ていた。しかしながら、その必要性を検討した結 果、画像データベースは作成しないこととした。 主な理由としては、まず藤平伸記念館がコレク 藤平伸記念館の案内ちらしの表紙
60‥ 京女大 生 活 造 形‥ 2019年‥2‥月 ションの全面的な公開を希望していないことがあ る。記念館は年間 2 か月程のみの開館であり、基 本的には藤平家によって運営されるものである。 会館前に最も憂慮されたのが、広報をしすぎて来 館者が対応できないほどに増える事であった。当 初の広報は紙ベースで限定的に行うこととしたた め、ウェブサイトを含むインターネットを通じた 発信は極力しないことに決めた。画像データベー スも同様に作成したとしても公開はしないという 方針であった。 更に、コレクションの性質上、データベースを 作成しても、学芸員の作品画像検索時における利 便性が飛躍的に改善することが期待できないとい うことがある。記念館では館長の藤平三穂が自ら 学芸員を務め展示をする。平面の作品は940点、 陶芸作品は870点であり、そこから展示作品を選 ぶこととなる。人は平均で5,000人の顔を記憶す ることができるという研究もある通り‥5、この作 品数であれば全作品を記憶することが可能である。 実際にコレクションの全貌を熟知している藤平に とっては、全作品画像が入ったフォルダを見なが ら、目当ての作品を探し、番号を見つけ、収蔵庫 でその番号を探す事が主な使い方となるだろう。 本コレクションには作品名がついていない、も しくは不明の作品が大半である。そのため、デー タベースを作成しても、検索するワードが限られ る。多数の作品や画像から目的のものを検索する という、画像データベースが最も得意とする機能 を期待できないのである。 それに加えて、藤平伸の著作権は生きており、 多くの作品画像をインターネット上で公開するこ とに対する心配もある。したがって、データベー スの作成・公開だけではなく館のウェブサイト作 成も開館後、状態が落ち着いてから検討すること とした。 おわりに デジタル機器やインターネット環境の発展に伴 い、博物館・美術館のデジタル化やデータベース 公開のハードルは下がったかのように思われてい る。しかしそれは、そのために割ける人員・時間・ 費用に余裕がある館に限られたことである。藤平 伸記念館のような小規模館にとっては、様々な点 において情報の無計画な公開は、その後の運営に 支障が及ぶ可能性があるものである。 画像データベースの公開についても同様で、小 規模の館にとっては作品のデジタル化と整理さえ すれば、データベースを作成せずとも十分に館の 運営を手助けすることができる。今回あえてそれ を作成しないことで、今後想定される画像データ ベースのメンテナンス(ソフトウェア更新、著作 権の管理、画像使用依頼への対応など)は不要と なった。もしも将来的にコレクションの整理や、 作品数が飛躍的に増加した際に画像データベース が必要とされる時が来るかもしれない。その際に は本プロジェクトで撮影した画像が活用できるこ とだろう。こういった視点は今後同様のプロジェ クトを検討する際に検討すべきと考えられる。 他方、博物館・美術館では資料デジタル化の知 識と経験を有した人材が必要とされているが要請 が進んでいるとは言えない。本プロジェクトは 2 大学の博物館学芸員を目指す学生が実物に触れ、 撮影の経験をする貴重な機会となった。そして、 学生の撮影への参加が記念館から許可されたおか げで、極めて経済的でありながらスムーズにプロ ジェクトを進めることが可能となったのである。 註 1 デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連 絡会・実務者協議会発行「デジタルアーカイブの 構築・共有・活用ガイドライン」2017年 4 月、pp.‥ 33–38。 2 藤平伸の経歴などの詳細については以下を参照。 菊池寛実記念智美術館編『夢つむぐ人藤平伸の世 界』菊池美術財団、2015年。 3 京都市立芸術大学はかつて京都市東山区今熊野に あったが、1980年に現在の西京区大枝沓掛町に移 転した。 4 一般財団法人‥京都陶磁器協会 HP http://kyototoujikikaikan.or.jp/kyokai/about/ 5 R.‥Jenkins,‥A.‥J.‥Dowsett‥and‥A.‥M.‥Burton,‥“How‥ many‥faces‥do‥people‥know?”,‥Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, vol. 285, Oct 2018.