サ イ トメ ガ ロ ウイ ル ス感 染症 と多 発 性 の カポ ジ肉腫 を
合 併 したAIDSの1剖
検 例
1)長崎 大 学 医 学 部付 属 病 院 熱研 内科 ,2)宮 崎 医科 大 学微 生物 学 教 室 高 橋 秀 彦1)大 石 和 徳1)真 崎 宏 則1)麻 生 憲 史1) 峰 松 俊 夫2)南 嶋 洋 一2)永 武 毅1) (平成10年11月30日 受 付) (平成11年2月3日 受 理)Key words: cytomegalovirus infection, Kaposi' s sarcoma, AIDS
序 文 サ イ トメ ガ ウ イ ル ス(以 下CMV)感 染 症 は後 天 性 免 疫 不 全 症 候 群(以 下AIDS)に 高 頻 度 に合 併 す る 日和 見 感 染 症 の 一 つ で あ る.一 方 カ ポ ジ 肉 腫 は, と くに 男性 同 性 愛AIDS患 者 に しば しば 認 め られ る腫 瘍 性 疾 患 の 一 つ で あ る.今 回,我 々 はCMV 感 染 症 を 反 復 し,経 過 中 に皮 膚,肺 お よび 消 化 管 に カ ポ ジ 肉腫 を合 併 したAIDSの 一 剖 検 例 を経 験 した の で報 告 す る. 症 例 患 者:33歳 男 性,美 容 師. 家 族 歴:特 記 事 項 な し. 既 往 歴:輸 血 歴 な し.麻 薬 の 使 用 は 否 定. 現 病 歴:患 者 は17歳 か ら同 性 愛 者 で,1993年 秋 頃 か ら全 身 倦 怠 感 を 度 々 自覚 し て い た.1994 年6月12日 都 内 の保 健 所 に てHIV抗 体 陽 性 と判 明 し,以 後 都 立 駒 込 病 院外 来 通 院 して い た.こ の 頃 の 末 梢 血CD4陽 性 リ ンパ 球 数 は225/μlで あ っ た.1995年9月11日 に 咳 嗽,発 熱 を 自覚 し,カ リ ニ 肺 炎 の 診 断 で約1カ 月 間 同 院 入 院加 療 し た.軽 快 退 院 後 転 居 し,同 年11月7日 当科 初 診 した.こ の 時 末 梢 血CD4陽 性 リ ンパ 球 数 は45/μlと 減 少 して お り,抗HIV薬 の 内 服 を す す め られ た が 拒 否 した.同 年12月19日 当科 外 来 受 診 時,背 部,右 側 胸 部 に 暗 赤 色 の 隆 起 性 病 変 が 認 め られ,生 検 を 施 行 し カ ポ ジ 肉腫 の 診 断 を 得 た.1996年1月19 日39℃ の 発 熱 と と も に 右 腋 窩 部 に 単 純 ヘ ル ペ ス が 出 現 し,加 療 目的 に て 当科 初 回 入 院 し た.こ の と き血 液 培 養 は陰 性,喀 痰 検 査 や 尿 培 養 に て 一 般 細 菌,抗 酸 菌,真 菌 は検 出 さ れ ず,CMV p65抗 原1) 陽 性 細 胞 が 末 梢 白 血 球5万 個 中30個(以 下 CMV p65抗 原 血 症 は30/5万WBCと 記 載)で あ っ た こ とか らCMV感 染 症 に よ る発 熱 と診 断 し た.2月29日 か ら12日 間ganciclovir1回280mg を1日2回 投 与 し,3月19日 軽 快 退 院 した.同 年 4月2日,右 肺 気 胸 に て 当 院2回 目の 入 院 と な っ た.胸 膜 癒 着 術 を施 行 し5月20日 軽 快 退 院 した. そ の後 自宅 に て 療 養 して い た が,再 び発 熱 の た め,同 年6月17日 当科3回 目の 入 院 とな っ た. 入 院 時現 症:身 長167cm,体 重51kg,体 温37.8 ℃,意 識 清 明.新 た に頭 部,右 上 眼 瞼,右 耳 介 下 部,前 頸 部,口 腔 内 に カ ポ ジ肉 腫 を 認 め,右 側 腹 部 の カ ポ ジ 肉 腫 部 に 疼 痛 を 自覚 して い た.心 音, 呼 吸 音 に異 常 な く,腹 部 は肝 臓,脾 臓 を触 知 せ ず, 下 腿 に浮腫 は 認 め られ な か っ た.肛 門 周 囲 に び ら ん を 認 め,間 欠 的 に排 便 時 に 出 血 が 認 め られ た. 入 院 時 検 査 成 績(Table1):血 液 検 査 で は,Hb 8.6g/dlと 貧 血 が 認 め られ た.末 梢 血CD4陽 性 リ ンパ 球 数 は2/μl,CRP2.2mg/dl,PaO2は82.7torr 別刷 請 求 先:(〒852-8102)長 崎 市坂 本1丁 目12番4号 長 崎 大学 熱 帯 医 学研 究 所 内 科 高橋 秀 彦 平 成11年4月20日
で あ っ た.血 液 培 養,喀 痰 検 査 か ら抗 酸 菌,一 般 細 菌,真 菌,ニ ュ ー モ シ ス テ ィ ス ・カ リ ニ 等 は 認 め ら れ ず,CMVp65抗 原 血 症 は240/5万WBC . で あ っ た. 入 院 後 経 過(Fig.1):上 記 検 査 結 果 よ り,初 回 入 院 時 同 様,CMV感 染 症 を 考 え,ganciclovir1回 250mgを1日2回 投 与 し,一 旦 解 熱 し た.そ の 後 再 度 発 熱 し,差 明 を 訴 え た た め,7月2日 当 院 眼 科 を 初 診 しCMV網 膜 炎 と 診 断 さ れ た.ganciclovir
Table1•@ Laboratory date on admission (June17th , 1996) 投 与 に てCMV感 染 症 が 一 旦 軽 快 し た に も か か わ ら ず,CMV網 膜 炎 を 発 症 し た た め,foscametに 投 薬 変 更 し た.し か し解 熱 は 認 め ら れ ず,CMV 網 膜 炎 の 軽 快 傾 向 も見 ら れ な か っ た た め 無 効 と判 定 し た.再 度 γ-globulinとganciclovirを 併 用 し た と こ ろ,8月20日37.5℃ ま で 解 熱 し,CMVp65 抗 原 血 症 は0/5万WBCと 陰 性 化 し た.カ ポ ジ 肉 腫 の 疹 痛 軽 減,縮 小 を 目 的 と し て,今 回 新 た に 出 現 して い た 右 側 胸 部 の 肉 腫 病 変 に 対 し,本 人 の 承 諾 を 得 た 後 に ヒ ト絨 毛 性 ゴ ナ ド ト ロ ピ ン(以 下, hCG)1回2,000単 位 皮 下 注 を2週 に わ た り計6回 施 行 し た.し か し 再 び 高 熱 出 現 し,9月2日,患 者 は 乾 性 咳 嗽 と 呼 吸 困 難 感 を 訴 え た.PaO2は70 .1 torrと 低 下 し,胸 部X線 所 見 に て 右 下 肺 野 に 肺 炎 像 が 認 め ら れ た.ま たCMVp65抗 原 血 症 も450/5 万WBCと 増 悪 し た た め,再 度ganciclovirの 投 与 を 行 っ た.細 菌 性 肺 炎,カ リ ニ 肺 炎 の 合 併 も 考 慮 し,imipenem/cilastatin(IPM/CS)1g/日,pen-tamidine150mg/日 お よ び γ-globulinを 併 用 し た. 9月17日,PaO287torrと 呼 吸 困 難 は 改 善 し た が, 乾 性 咳 嗽 は 増 悪 し た.さ ら に,ganciclovirに よ る
Fig.1•@ Clinical course of33-years-old Japanese homosexual man who had AIDS and CMV infecton.
Fig.2•@ A chestradiogram on October12th, 1996, showing nodular shadows at bilateral hilum (rt•©, lt→) and pleural effusion (•ª).
Fig.3•@ A computed tomography on October15th, 1996 showing nodular (•ª) and linear densities (•£
▲) distributed along the broncho-vascular bundles.
と思 わ れ る 白 血 球 減 少 に 対 しG-CSFを 使 用 した. 9月27日,咳 嗽 の増 悪 と と もに 乏 尿,嘔 吐 が 出現 し た.血 清 ク レ アチ ニ ンが6.2mg/dlと 高 値 と な り 急 激 な 腎 機 能低 下 が 認 め ら れ た.同 日 か ら10月 18日 の 間 に11回 の 透 析 を 施 行 した.ま た 経 口 摂 取 不 能 の た め10月1日 か ら 中 心 静 脈 栄 養 を 開 始
Fig.4•@ Kaposi's sarcoma in the hilum of the right lung at autopsy was shown (•¨).
Fig.5•@ Kaposi's sarcoma in the duodenum at autopsy was shown (•¨b). した.腎 不 全 の 原 因 と して は,嘔 吐 に よ る脱 水 や ペ ン タ ミジ ン に よ る尿 細 管 障 害 が 考 え ら れ た(9 月30日NAG値36U/L).胸 部X線 所 見 で は 両 側 の 下 肺 野,肺 門 部 に 辺 縁 不 整 の 陰 影 が 認 め られ, 胸 水 も認 め られ た(Fig.2).10月15日 の 胸 部CT 所 見 で は,気 管 支,血 管 周 囲 に 沿 っ た 辺 縁 不 鮮 明 な結 節 性 陰 影 が 認 め られ(Fig.3),こ れ ら は肺 カポ ジ 肉腫 に特 徴 的 な所 見2)と考 え られ た.ま た腹 部 エ コ ー お よ び腹 部CT所 見 に て 十 二 指 腸 に腫 瘤 性 病 変 が 認 め ら れ,こ れ に よ る機 械 的 イ レウ ス が 嘔 吐 の 原 因 と考 え られ た.そ の 後,急 速 に呼 吸 状 態 が 悪 化 し,1996年10月31日 死 亡 した. 病 理 解 剖 の結 果,胸 部X線 所 見,腹 部 エ コー, 平 成11年4月20目
腹 部CTで 認 め られ た 病 変 は,カ ポ ジ肉 腫 と確 認 され た(Fig4,5).CMV感 染 を 示 唆 す る 封 入 体 は 肺 に は 認 め られ ず,胃,大 腸 に の み 認 め られ た. 腎 臓 は左180g,右150gと 腫 大 して い た が 腎 機 能 低 下 を きた す よ う な病 変 は 認 め られ な か っ た. 考 察 本 症 例 は,HIV抗 体 陽 性 と判 明 後15カ 月 後 に カ リ ニ 肺 炎 に てAIDSを 発 症 した.以 後,CMV 網 膜 炎,皮 膚 お よ び 内臓 の カ ポ ジ肉 腫 を発 症 し, 約2年6カ 月 後 に カ ポ ジ 肉 腫 に て 死 亡 した.1996 年11月7日 当 科 外 来 初 診 時 末 梢 血CD4陽 性 リ ン パ 球 数 は45/μlと 著 明 に減 少 して お り,当 科 初 回 入 院 時 日和 見 感 染 症 を念 頭 にお き検 索 を す す め, CMVp65抗 原 陽 性 末 梢 多 形 核 白 血 球 の 出 現 (CMV抗 原 血 症3))か らCMV感 染 症 と診 断 した. CMV感 染 症 はAIDS患 者 に お い て 肺 炎,消 化 管 出 血,網 膜 炎,副 腎 の炎 症 な ど多 彩 な病 態 の 原 因 と して重 要 で あ る.CMV抗 原 血 症 はCMV感 染 症 の 早 期 診 断,治 療 効 果 判 定 に有 用 で,CMV抗 原 血 症 の 検 索 はAIDS患 者 の発 熱 時 に は施 行 す べ き検 査 の 一 つ と考 え られ る. 3回 目の 入 院 時,カ ポ ジ 肉 腫 に よ る皮 膚 病 変 は 数,大 き さ と もに増 大 し,一 部 疼 痛 が 認 め られ た. AIDS関 連 カ ポ ジ 肉 腫 は主 に 男 性 同性 愛,両 性 愛 者 にみ られ,特 に,両 性 愛 者 のパ ー トナ ー か ら感 染 した例 で は リス クが 高 くな る4).近 年Changら が エ イ ズ 患 者 の カ ポ ジ 肉 腫 病 変 部 の90%以 上 に 新 し くヘ ル ペ ス ウ イ ル ス の 塩 基 配 列 を見 い 出 し, Kaposi's sarcoma associated herpesvirus(KSHV)
を提 唱 した5).KSHVは 感 染 性 ウ イ ル ス 粒 子 の 存 在 も 明確 に な りHuman herpesvirus8(HHV-8)と 呼 ば れ る よ う に な っ た.局 所 療 法 と し て interferon-α に よ る 免 疫 療 法 や 放 射 線 療 法 の 報 告,肺 カ ポ ジ 肉 腫 に対 し,bleomycinやvincristine な ど を用 い た 化 学 療 法 の報 告 が あ る が,治 療 に耐 え ら れ な い こ とが 多 く,本 症 例 で も同様 で あ っ た. 我 々 は カ ポ ジ 肉 腫 の 縮 小 と疼 痛 軽 減 を は か る た め,青 木 らの 助 言 に よ りhCGの 皮 下 注 を こ こ ろ み た が 無 効 で あ っ た.本 療 法 は,Parkashら がAIDS 関 連KSに 対 しhCGが 容 量 依 存 的 に 奏 功 し た と の 報 告 を して お り6),本 邦 で は,有 効 症 例 を 青 木 ら が 初 め て報 告 して い る7)が,メ カ ニ ズ ム は不 明 で あ る. AIDS関 連 カポ ジ 肉 腫 に対 し現 時 点 で の 有 効 な 治療 法 は な く,今 後 の 有 用 な 治療 法 の 確 立 が待 た れ る.本 症 例 はCMV感 染 症 が 比 較 的 よ くコ ン ト ロ ー ル で きた が,肺 お よ び十 二 指 腸 の カ ポ ジ肉腫 に よ っ て死 亡 した.本 邦 で のAIDS患 者 に合 併 し た 内 臓 に 生 じ た カ ポ ジ 肉 腫 の 報 告 は 少 な く8),こ こ に 報 告 した. 本文の要 旨は第67回 日本感染症 学会西 日本地方会総会 にて発表 した.(1997年11月,開 催地沖縄) 謝辞 病理解剖 をしていただきました,長 崎大学医学部 第一病理樋上賀一先生に深謝いた します. 文 献 1) 峰 松 俊 夫, 細 川 健 治, 南 嶋 洋 一: 抗 サ イ ト メ ガ ロ ウ イ ル ス ー ヒ トモ ノ ク ロ ー ナ ル 抗 体 (ab') 2分 画 を 用 い た 直 接 免 疫 ペ ル オ キ シ タ ー ゼ 法 に よ る 抗 原 陽 性 白 血 球 検 出 法 の 基 礎 的 検 討. 感 染 症 誌 1994; 68: 1278-1283. 2) 沖 本 智 昭, 林 邦 昭, 高 橋 秀 彦: AIDSに 合 併 し た 肺 カ ポ ジ 肉 腫. 臨 床 放 射 線1998; 43: 26傷27α 3)南 嶋 洋 一, 峰 松 俊 夫:ウ イ ル ス 検 査 法 一 サ イ トメ ガ ロ ウ イ ル ス. 臨 床 と ウ イ ル ス1995; 23 (SuppL): 131-136 4) 米 国NIH/NIAID. エ イ ズ 研 究 の 戦 略. 北 村 敬 訳, 近 代 出 版, 1997, 157-159.
5) Chang Y, Cesarman E, Pessin MS, et al.:
Identifi-cation of herpesvirus-like DNA sequences in
AIDS-associated Kaposi's sarcoma. Science
1994; 266: 1865-1869.
6) Parkash SG, Yanto LI, Stan L, et al.: The effects of preparations of Human Chorionic Gonadotro-pin on AIDS-related Kaposi's Sarcoma. N Engl J Med1996; 355: 1261-1269. 7) 青 木 眞, 松 井征 男, 原 田 晴美, 古 川恵 一: ヒ ト 絨 毛性 ゴナ ド トロ ピ ンが 著 効 を奏 したHIV感 染 患者 に於 け るカ ポ ジ肉 腫 の1例 ほか. 厚 生 科 学研 究 費補 助 金 エ イ ズ対 策 研 究推 進 事 業. エ イズ と 日 和 見 感 染 症 に 関す る臨 床研 究1997; 159-162 8) 武市 朗 子, 樫 山鉄 矢, 布 山峰 雄, 木村 仁: AIDS 患 者 に発 症 した肺 カポ ジ肉腫 の1例. 日胸 疾 会誌 1997; 35: 231-235. 感 染症 学 雑 誌 第73巻 第4号
An Autopsy Case of AIDS Complicated with Cytomegalovirus
Infection and Multiple Kaposi's Sarcoma
Hidehiko TAKAHASHI1), Kazunori OISHI1), Hironori MASAKIn, NorichikaASO1) ,
Toshio MINEMATSU2), Yoichi MINAMISHIMA2)& Tsuyoshi NAGATAKE1)
1) Department
of Internal Medicine, Institute of Tropical Medicine,Nagasaki University 2) Department
of Microbiology, Miyazaki Medical College
