微生物燃料電池の原理と
リンの析出
近年、エネルギー問題への関心の高まりか ら、 廃 水 か ら の エ ネ ル ギ ー 回 収 が 注 目 さ れ て い ま す 。 ま た 、リン資源の枯渇への懸念から、 廃水からのリン回収もまたその重要性を増し ています。しかしながら、現在までこれらを 両立する手法は存在しませんでした。 最近、我々は微生物燃料電池を用いてこれ らを同時に達成する方法を発見しましたので ご報告いたします。 ま ず、 微 生 物 燃 料 電 池( Microbial Fuel Cell : M F C ) に つ い て 説 明 い た し ま す。 M FCとは、微生物を利用して廃水中の有機物 か ら 直 接 発 電 を 行 う 技 術 で す( 図 1)。 従 来 の好気型、嫌気型処理との大きな違いは、有 機物の酸化還元反応をアノード(-極)反応 とカソード(+極)反応にわけることで、電 池としてエネルギーを取り出せるようにした ことです。MFCにはいろいろなタイプがあ るのですが、本稿では最も実用化に近いと思 われるエアカソード型について説明します。新技術―
『微生物燃料電池を用いた廃水からの
エネルギー回収型リン回収システム』
開発への取り組み
岐阜大学
流域圏科学研究センター
市橋
修・廣岡
佳弥子
典型的なエアカソード型MFCの構造を図 2 に示します。アノード(-極)上では微生物 が 有 機 物 を 二 酸 化 炭 素 と プ ロ ト ン( + H ) そ して電子に分解します。 微生物は、体内に電子をため込んでいると 有機物の分解ができなくなってしまうので、 電子を電極(アノード)に渡します。この電 子は回路を流れてアノードからもう一方の電 極(カソード)に到達します。この回路上に特 別 寄 稿
有機物 + H 2O→C O 2 +H + +e-「水」 2012 / 9 − 17 − '-Ù@C+8&C2$@MFC ,wƄŤ0ƯBīÖŽĮ02ĞIJƓ -+mpFŌƽ0ŶCB0<E@"ĖƵĽÑ,mpŻūƘ~/&;mp2 ę®ĉ,/-õá9)&1'-õ8!Ā2Mg > NH4ńA/ ',$CFŠ+>C3Ƽ1'-12ĀŽĮFƯ&ĀÉFÚ)&@¦ ƍ&E,$)&sƠ,&5Gl[O,)&-õ8! Æ1âÑ0*+,!Íè2ĶĒ#&mpFNX^@Ɠƶ!BƜƝ0ĆA ŀG,8!2!'/@ő/1,!NX^0ZjUFƭ"0ÚƊư A8&SV]0<ſƹ/C3/@/1,$1ƙA1ÄŮFÚ)+8! 8&NX^0mpFĶĒ#B-NX^1żƿăŢ}!B»ÔÇ@C8! $,MAP FĶĒ#&NX^1äĴ-Ũ@<ÆFÚ)+8! ƉĴƒźƻũŗ2ŽĮĖƵ-ũ¦~1 2 *1ƾv@/BçŤ/ÆƓƨ,! ũ¦~1ƃ{FƴƯ+B&;ďƲ1ŽĮĖƵ-2t/Bħ{Ư¤ʼn,8 !Ƃũżƿ1ÔĠ>SV]1Ţ}/.ĀƯ~1&;0ÞƐ!6Ŏ2Ě/2A 8#GŌ/żıFƆ;&ªē,B-2uA8#G/@İ 0BMFC 1Æ1śĥ2HjmN,ŵƞ28'8'ÑĬFž+8!1ơ ƿŤ/Ɠƨ0ŝĻ!BÆĂŵƞ,<ł+İFm^!B?/ÆIJ FƂĤ ,B?0ĵAĠ+&,! ĭ1 ƉĴƒźƻũŗ0BƂũ1JjU
ĭ2 LHNX^¼ MFC 1ƥýĭ ĭ3 ĀÉ0Ư&mHQY1āĩ A P を 析 出 さ せ た カ ソ ー ド の 例 で す。 析 出 物 は カ ソ ー ド の み に 存 在 し、 ア ノ ー ド に は で き て い ま せ ん。 ま た 人 工 廃 水 を 用 い た 系 で は、 リ ン の み を 添 加 し、 マ グ ネ シ ウ ム と ア ン モ ニ ウ ム を 添 加 し な か っ た 系 で は 析 出 が お こ り ま せ ん で し た。 図 6は 析 出 し た 結 晶 を 粉 末 X 線 回 折 で 解 析 し た 結 果 に な り ま す。 カ ソ ー ド 析 出 物 の 回 折 パ タ ー ン は、 M A P の 標 準 物 質 と 非 常 に 良 く 一 致 し て い る こ と が わ か り ま す。 図 7は こ の 析 出 物 を 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 で 撮 影 し た 写 真 で す。 六 角 形 の 面 を 持 つ 結 晶 構 造 を とっていることがわかります。 電球などがあると電子はエネルギーを放出し て仕事をする、 すなわち電球が光るわけです。 一方、カソード(+極)では、酸素と水、そ してアノードから流れ込んできた電子が反応 して、 OH -イオンが生成します。 以上が、MFCにおける反応の流れになり ます。図 3に示すのが、我々が実際に実験に 用いたMFCリアクターです。 こ こ で、 カ ソ ー ド で OH -イ オ ン が 生 成 す るということに注目してください。これは、 カソード付近で pHが高くなるということを意 味しています。実は、これをリン回収に応用 することができるのです。というのは、アル カリ性でリンを回収するMAP法という技術 が存在するからです。これは、リンを含む廃 水にマグネシウムとアンモニウムを添加し、 pHをアルカリ性にすることで、MAP(リン 酸マグネシウムアンモニウム)の結晶を得る という方法です。つまり、 MFCでは、 カソー ド付近の pHが上昇するため、リンとマグネシ ウムとアンモニウムがある程度存在すれば、 pHの調整を行わなくてもMAPの結晶が析出 するというわけです (図 4)。図 5は、 実廃水、 および人工廃水を用いてMFCを運転し、M ĭ4 ƉĴƒźƻũŗ0?Bmpę®ĉ1ËƵ 図 1 微生物燃料電池における発電のイメージ 図 2 エアカソード型 MFC の模式図 図 3 実験に用いたリアクターの写真 図 4 微生物燃料電池によるリン除去・ 回収の原理2012 / 9 「水」 − 18 −
流入廃水中の溶存態より
カ
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さらに面白い事に、実廃水を用いた系にお い て、 流 入 廃 水 中 の 溶 存 態 の リ ン よ り も カ ソードに析出したリンの方が多いことがわか りました。まだ詳細な検討は行っていないの ですが、これはMFCによる処理の過程で懸 ものも存在します。リン酸を含む廃水にカル シウムを添加してアルカリ性にすることで、 リン酸カルシウム(HAP)の結晶を析出さ せる方法です。理論的には、リンはMAPよ りもHAPになりやすいはずなのですが、マ グネシウムもアンモニウムもカルシウムも充 分入っている養豚廃水を用いた系におけるカ ソード析出物を粉末X線回折法で分析したと ころ、ほとんどがMAPの結晶であり、HA 図 5 運転前後のカソードおよびアノード a)カソード(運転前) b)カソード(人工廃水運転後) c)カソード(養豚廃水運転後)d)アノード(運転前) e)アノード(人工廃水運転後) 濁物質に含まれるリンが溶存性のリン酸態リ ンとして徐々に溶出し、同じく徐々にカソー ドに析出していったためだと考えています。 もちろん、単に懸濁物質を集めるだけでもリ ンを回収できるのですが、本法を用いること でリンを濃縮でき、さらに肥料としての利用 価値の高いMAPの形で回収できるようにな るのは意義深いことだと思います。 ところで、リン回収法にはHAP法という 図 5a) 図 5b) 図 5c) 図 5d) 図 5e)図 7 養豚廃水を処理した MFC のカソード上の 析出物の SEM 写真 a)50 倍 b)400 倍 Pの結晶は検出されませんでした。この原因 は よ く わ か ら な い の で す が、 微 生 物 が 有 機 物 を 分 解 し た 際 に 生 じ る 炭 酸 イ オ ン の 存 在 が 影 響 し て い る の か も し れ ま せ ん 。 以上が、今回我々が開発した新技術の概要 になります。
実廃水だからこそ
気付けた偶然の発見
次に我々が微生物燃料電池に関する研究を はじめたきっかけについてお話します。次世 代の廃水処理はどうあるべきか、ということ を2人で話し合ったことがありまして、やは り廃水中の有機物に含まれるエネルギーを回 収すべきだという結論になりました。既存の 技術としてはメタン発酵があるのですが、こ れはメタンを原料として発電を行う段階でエ ネルギーの大幅なロスが生じてしまいます。 別の方法はないのかと考えていたところ、M FCに行きあたりました。 当 時 は ペ ン シ ル バ ニ ア 州 立 大 学 の Bruce Logan 教 授 ら が、 エ ア カ ソ ー ド 型 M F C を 開発し発電力の大幅な向上が達成された時期 で、MFCが世界的に大きく注目されはじめ た時期でもありました。そこで、細々と文献 調査を開始しました。 実際に実験に着手できたのは、財団法人ク リタ水・環境科学振興財団さまからの助成金 をいただいた2008年です。MFCの研究 は人工廃水を用いたものが多く、実廃水を用 いたものは少なかったので、複数の実廃水を新技術―『微生物燃料電池を用いた廃水からのエネルギー回収型リン回収システム』
d) Hb^yŧĽ e) Hb^īÖŽĮyŧÑ ĭ6 ƱŲŽĮFĖƵ& MFC 1NX^51ĶĒƒ1 XRD Ķ¿ ĭ 7a) MAP 図 7a) 図 7b) 図 6 養豚廃水を処理した MFC のカソード上の析出物の XRD 解析結果2012 / 9 「水」 − 20 −