●警察も変わった。 企業にできないはずがない ●「ピープル・ビジネス」の新ルール アムステルダム アテネ アトランタ オークランド バンコク バルセロナ 北 京 ベルリン ボストン ブリュッセル ブダペスト ブエノスアイレス シカゴ ケルン コペンハーゲン ダラス デトロイト デュッセルドルフ フランクフルト ハンブルグ ヘルシンキ 香 港 ヒューストン ジャカルタ クアラルンプール リスボン ロンドン ロサンゼルス マドリッド メルボルン メキシコシティ マイアミ ミラノ モンテレー モスクワ ムンバイ ミュンヘン 名古屋 ニューデリー ニュージャージー ニューヨーク オスロ パリ プラハ ローマ サンフランシスコ サンティアゴ サンパウロ ソウル 上 海 シンガポール ストックホルム シュツットガルト シドニー 台 北 東 京 トロント ウィーン ワルシャワ ワシントン チューリッヒ
ボストン コンサルティング グループ
東京事務所 東京都千代田区紀尾井町4-1 ニューオータニガーデンコート 〒102-0094 Tel.03-5211-0300 Fax.03-5211-0333 名古屋事務所 愛知県名古屋市中村区名駅1-1-4 JRセントラルタワーズ 〒450-6036 Tel.052-533-3466 Fax.052-533-3468 2006 SUMMER●警察も変わった。企業にできないはずがない 1
警察も変わった。企業にできないはずがない 今回ご紹介する事例の舞台となった組織は、環境が非常に速いスピード で変化するなか、その変化に追いつくことができずにいた。敵が現れ、最 も収益性の高い市場機会を取り込もうとしているにもかかわらず、その組 織は旧来のやり方を変えず、ニーズやチャンスのある分野にリソースを少 しずつシフトさせただけだった。主要な意思決定者同士が話し合うことは めったになかった。そして目立つ損失が重なってようやく、この組織は、も っと連携が緊密で、行動力があり、戦略にフォーカスした組織になる必要 があると悟ったのだった。 こんなシナリオ自体は珍しいものではない。しかし、この組織と敵の正 体、そして市場の課題の特性を知れば誰でも驚くにちがいない。この組織 とは、ビクトリア警察、すなわち、オーストラリアのビクトリア州メルボ ルンおよび周辺地域を取り締まる警察当局なのである。そして、「敵」とは 組織犯罪ネットワークであり、組織の変革を余儀なくさせたのは、世間を 騒がせる殺人事件の頻発だった。2003年から2004年にかけてメルボルン市 街では、「ゴッドファーザー」や「スカーフェイス」を彷彿とさせる組織犯 罪グループ同士の抗争が繰り返されていた。これらのグループの手口はか つてのマフィアよりもはるかに巧妙かつ柔軟で、さまざまな犯罪活動を行 う中で、新たなリスクや機会に応じてその活動の重点を移していくのだっ た。そして警察にとっての顧客、つまり納税者は、警察に新たな打ち手を とることを要求した。 現在ビクトリア警察は、組織構造から捜査官のトレーニングまであらゆ る側面におよぶ、意欲的な変革プログラムを実施している。この変革プロ グラムの目的は、同警察が新たな犯罪の脅威に対応するための柔軟性を身
警察も変わった。
企業にできないはずがない
警察も変わった。企業にできないはずがない につけることにある。プログラムの策定にあたっては、強力な発言力を持 つ労働組合も含め、主要な関係者全員が協力した。 ビクトリア警察の取り組みは今なお続行中だが、今までの成果から言え ることがひとつある。ビクトリア警察のような伝統とヒエラルキーにがん じがらめになっていた組織が、より柔軟なモデルに変われるのだ。民間セ クターの組織も同様のことができるはずだ。 企業にとっての3つの学び 組織の課題は特定の業界や民間セクターに固有のものではない。ビクト リア警察のような多くの政府機関は、急速に進化する競争環境の中で業務 を執行しており、企業と同様の目標を持っている。これらの機関もまた、情 報化が進み、技術が高度化し、より要求水準が厳しさを増す世界で成功す るための革新的な方法を探し求めているのだ。現在ビクトリア警察で進行 中の変革プログラムから、民間企業も少なくとも3つのことを学ぶことがで きる。 ・組織内部のコミュニケーションが、実際には組織図が示す流れとは違 う形で行われることが多い。しかもそれは、効率的なコミュニケーシ ョンのとり方でない場合が多い。実際のコミュニケーションの流れと、 人と人とのネットワーク関係を把握することが非常に重要である。 ・新たな組織モデルを設計すると、多くの職員が仕事のやり方を変えた り、新しいスキルを身につけたりすることが必要になる。成功させる には、職員を変革プロジェクトに巻き込み、必要なスキルを身につけ させることが不可欠である。 ・組織構造改革にともなって、意思決定のしかたも根本的に変わること が多い。職員が仕事のしかたがどう変わるのかわかるように、新たな 意思決定の権限を新組織計画に練り込み、それをきちんとコミュニケ ーションする必要がある。警察も変わった。企業にできないはずがない 犯罪との戦い 2003年、ビクトリア警察の犯罪捜査本部は、メルボルンで激増する犯罪に 歯止めをかけるべく、専門のタスクフォースを設置した。当時ビクトリア警 察には、組織犯罪ネットワークについての大量の情報が集められていたが、 その情報は特別捜査班や各地域の捜査班、諜報分析官と、組織のさまざまな 部署に埋もれていたため、タスクフォースが犯罪グループの全容を把握する には何ヶ月もかかった。当然ながら、犯罪者の活動は警察組織内の各カテゴ リーに納まるものではなく、実際には、さまざまな部署の管轄におよぶよう な、多くの種類の犯罪を同時に犯すケースが多かった。 多くの点で、ビクトリア警察の組織構造は一般の企業に似通っていた。例 えば銀行は、クレジットカードや住宅ローンといった各商品ラインに沿った 組織構造であることが多い。同時に銀行には、日々の取引業務を扱うための 支店網が存在する。ビクトリア警察の場合、警察業務における主要な「商 品」は、中枢の犯罪捜査本部内にある5つの部署、つまり組織犯罪、凶悪犯 罪、重大犯罪、大規模麻薬犯罪、大規模詐欺犯罪の各捜査部門のいずれかが 担当していた。各捜査部門の内部は、例えば凶悪犯罪捜査部門の中に殺人捜 査班があるというような形でさらに細分化されていた。窃盗などの程度の軽 い犯罪については犯罪捜査本部ではなく、ビクトリア警察が管轄する5つの 地域のそれぞれに設けられた「支店網」に所属する捜査官が担当した。 このような構造は、中枢にいる捜査官が専門知識を深め、部門内のチーム ワークを強化するのに役立つ。だが、部門や班の担当範囲外の脅威や、複数 の領域にまたがる脅威がいきなり目前に迫ってきたり、新たに現れたりした 場合には対処できない。逆に犯罪ネットワークにとっては、警察が乗り込ん できた分野から手を引いたり、素早く新たな市場の開拓に移ったりしやす い。新たな市場のなかには、例えば急増中の個人情報の盗難など新しい技術 を悪用した犯罪も含まれる。 ビクトリア警察のある上級幹部は、オーストラリア公共放送(ABC)に次 のように語った。「犯罪者は以前にくらべて巧妙になり、その手口も変わっ てきている。ついこの間まで、犯罪のほとんどは特定のカテゴリーの範囲内 に納まる形で行われていた。だから、武装強盗犯は武装強盗犯以外の何者で 警察も変わった。企業にできないはずがない もなかった。だが今は違う。同一犯が、ある時は武装して強盗を働いたかと 思うと、ある時は麻薬の密売人になり、またある時は詐欺師になり、かと思 うと個人情報を盗もうとする。つまり、警察の専門領域を縦横無尽に飛び越 えて犯罪を起こすのだ。私たちにとって、このような状況にどのように対処 するのかが大きな課題となっている」 企業も同様の課題に直面している。機能別組織や製品別組織になっている 場合、常に顧客に最も効果的・効率的なサービスを提供できるとは限らな い。だからこそ、例えば銀行は、単純な商品別組織モデルから脱却しようと している。単純な商品別組織では、顧客が住宅ローンや個人ローン、クレジ ットカードを申し込みたいと思ったら、それぞれ別の部門に行かなくてはな らない。 柔軟な組織モデル 組織の欠点を把握するために、ビクトリア警察はフォーカスグループ・イ ンタビューや個別インタビュー、アンケートを実施した。その結果、不十分 な情報共有、リソース配分における問題、曖昧なキャリアパスなど、企業と も共通するいくつかの弱みが明らかになった。ビクトリア警察はまた、ネッ トワーク分析という新たな手法を用いて組織内のコミュニケーションのパタ ーンを図式化した。すると、犯罪捜査本部内のコミュニケーションが理想的 なレベルに達していないことが明らかになった。捜査官が、他の分野の同僚 と必要程度十分に話をしていない傾向が見られたのだ。特に殺人、詐欺、麻 薬の3分野は、組織犯罪ネットワークが重点的に狙っている分野であるにも 関わらず、各捜査班の間で必要十分なコミュニケーションが行なわれていな かった。 こういった調査・分析結果を基に、ビクトリア警察は新しい組織モデルを 策定した。重要なポイントの1つは、重大犯罪の捜査にあたる際、各地域の 捜査官と犯罪捜査本部との連携を従来より密にすることである。新しいモデ ルでは、それまで犯罪捜査本部が手がけていた重大事件の捜査にあたって、 時には地域捜査官が主導権を握り、本部の捜査官は相談役に回ることもあ
警察も変わった。企業にできないはずがない る。また別の場合には、本部が引き続き主導権を握りながらも、地域捜査官 の協力を仰ぐ。このモデルでは、必要に応じて捜査の規模を拡大・縮小でき るよう、案件ごとの捜査計画に応じたリソースプランニングに重点を置いて いる。 今日の犯罪が持つ流動的な性質に対処するため、新しいモデルでは現行の 部門構造を廃止し、捜査班や任務ごとの「ワークグループ」を中心とした、 より柔軟な仕組みをとり入れた。ワークグループは、犯罪活動の変化に応じ て、捜査班より敏速に編成あるいは再編成することができる。犯罪捜査本部 の捜査官は全員、特定の捜査班やワークグループに所属する。彼らは各分野 の専門性を深める一方で、さまざまな犯罪に対応できるように総合的な捜査 技術の訓練を受ける。犯罪の通報があると、その担当は捜査班かワークグル ープ、または地域に振り分けられる。全体的に見ると、この新しいモデルは 弁護士事務所、コンサルティング会社等のプロフェッショナル・ファームで 行なわれているプロジェクトチームをベースとした組織モデルに似ている。 これらの組織では、プロジェクトごとにクライアントのニーズに応じて、最 適なスタッフ編成と任務の割り当てが行なわれる。 こういった変革は、警察のような指揮統制型組織にとっては実に大きな変 化である。これまで捜査官は、捜査班の中で活動し、1人の指揮官の指揮下 に入るのが普通だった。それが新しい環境下では、捜査官は柔軟性の高いチ ームの一員になるとともに、組織の枠を超えて他の捜査官とコミュニケーシ ョンをとり合う必要がある。同様に意思決定の権限は固定的なものではな く、犯罪の性質や捜査の局面に応じて変わる。このような劇的な変化は、幹 部・管理職と一般職員の双方に影響を及ぼすことになる。 組織変革の実行プロセスの一環として、ビクトリア警察ではコミュニケー ションやその他の対人スキル、コーチングスキルの向上に取り組んでいる。 また、新たな意思決定権の詳細、つまり「誰が、いつ、どれだけの期間にわ たって意思決定の権限を持つのか」を定義している。さらに、捜査官向けの 高度な能力育成プログラムも導入している。このプログラムには、アップワ ード・フィードバック(部下が上司を評価しフィードバックすること) や、警 部や巡査部長のような「中間管理職」向けの個人コーチングも含まれてい 警察も変わった。企業にできないはずがない る。アップワード・フィードバックは、警察のような指揮統制型組織にはこ れまで存在しなかった機能だ。 新しい組織モデルはまだ実行プロセスの初期段階にある。しかし、その 成功を示唆する点として1つ挙げられるのが、一番変わらなければならない 層である警察幹部から幅広く賛同を得ていることだ。組合幹部の1人は、 「これは変革プロセスのベストプラクティスだ」とさえ言っている。 * * * 組織分類上、警察は古くから、最も厳格な組織体制とヒエラルキーを持 つ、最も内部志向の強い組織のひとつである。命令はトップダウンで、厳 格な指示系統に沿って伝えられる。幹部への昇進は、定められた順序に従 って整然と行われる。外部の人が幹部に登用されることはまれだ。大規模 な変革を実行するのに理想的な環境とはとても言えない。 だが、このような問題点を認識したうえで、ビクトリア警察は企業の変 革事例からできるだけ多くのことを学習しようとした。企業も同様に、ビ クトリア警察の事例から数々のことを学ぶことができる。 ・組織の中で実際に行われている業務フローとコミュニケーションの流 れを把握する。 ・組織変革にあたっては、従業員を新たな組織設計をつくるプロセスに 参加させ、新たな組織体系を実行するために必要なスキルを身につけ させる。 ・意思決定権がどのように割り当てられるかなど、意思決定プロセスが どう変わるのかを全員に周知徹底する。 警察も変われるのだ。企業にできないはずはない。
警察も変わった。企業にできないはずがない ラリー・カメナー アンドリュー・ダイヤー ジュリー・カルデコット ケート・コッター フィオナ・マッキントッシュ
原題: If Cops Can Change, So Can Corporations
ラリー・カメナー BCGメルボルン事務所 ヴァイス・プレジデント ディレクター アンドリュー・ダイヤー BCGシドニー事務所 ヴァイス・プレジデント ディレクター ジュリー・カルデコット BCGメルボルン事務所 ヴァイス・プレジデント ディレクター ケート・コッター BCGメルボルン事務所 プロジェクト・マネジャー フィオナ・マッキントッシュ BCGメルボルン事務所 プロジェクト・マネジャー 「ピープル・ビジネス」の新ルール 私たちが「ピープル・ビジネス」と呼ぶ分野が、先進国では、民間セクタ ーの雇用の約25%を占めるにいたり、雇用増に占める割合は50%をゆうに上 回っている(図1参照)。「ピープル・ビジネス」とは、売上高に対する人件 費の比率が高く、設備投資や研究開発投資が小さい事業を意味する。「ピー プル・ビジネス」は従来型事業とは経済性が異なり、これらの事業の経営に おいては、従来型事業とは違う切り口で戦略を考え、新たなルールでマネー ジする必要がある。人材が最も重要な経営資源である事業では、指標やオペ レーション、報酬、戦略を、設備投資によるリターンよりも、人材から得ら れるリターンという観点でとらえ、構築していくことが肝要である。 ものさしを再定義する 従来型の資本を重視した指標では、従業員のパフォーマンスについて把握 するどころか、逆に誤認を招く危険性さえある。例えばあるITサービス企業 では、トップエンジニアの半数が辞めていく状況であるにもかかわらず、資 本収益率(ROC)を見る限り経営状態は健全であるように見えていた。ピー プル・ビジネスでは、人材は事業の成功のカギを握る重要な資源であり、パ フォーマンス指標を算出する際の分母として大きな要素であるため、資本重 視型ではなく、人材重視型のパフォーマンス指標を用いるほうが理にかなっ ている。 幸いなことに、ピープル・ビジネスにおける経費の大半は人件費であり、 同時に価値の大半も従業員が創出することから、パフォーマンスの評価方法 は比較的単純である。ほとんどの企業は、従業員一人当たり売上高や従業員 一人当たり利益など、労働生産性を示す指標をすでに導入している。しか
「ピープル・ビジネス」の新ルール
「ピープル・ビジネス」の新ルール
図1 ピープル・ビジネスは他のサービス業を上回るスピードで成長
1 公共機関、NPOは含まない 2 英国には北アイルランドを含まない
出所:米国National labor surveys、NAICS(北米産業分類)、フランス・ドイツ・英国政府統計機関、 NACE(EU標準産業分類)、BCG分析 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 従業員数(百万人)1 米国 全体の成長率(1994∼2003年):11% 農業、水産業、鉱業、製造業、公益事業、建設 小売、金融、保険、運輸、通信 ピープル・ビジネス 成長率 (1994∼2003年) 80 60 40 20 0 −5% 12% 30% 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 従業員数(百万人)1 フランス、ドイツ、英国2 全体の成長率(1994∼2003年):8% 農業、水産業、鉱業、製造業、公益事業、建設 小売、金融、保険、運輸、通信 ピープル・ビジネス 成長率 (1994∼2003年) 80 60 40 20 0 −12% 13% 45% 「ピープル・ビジネス」の新ルール し、これらの指標は、異なる事業間の横比較や、同一事業の時系列での比較 には適用できない。例えば、労働生産性を示すうえで今なお最も一般的な指 標である従業員一人当たり売上高は、アウトソーシングや設備投資の水準に よって大きく左右されてしまう。 このような他要素による歪みをなくし、真の労働生産性の値を示すため に、私たちはワーコノミクスと呼ぶ手法を採用している1) 。従来の資本重視 型業績管理体系においては、株主価値創造の指標としてEVAやCVAを用い るのが一般的であるが、これらの指標はすべて同一テーマのバリエーション だ。つまり、いずれの指標も、経済的利益(EP)という観点で、株主価値 がどれだけ創造されたかを測定している。具体的には、企業の投下資本に対 する実際の収益が、投資家の求めるリターンをどの程度上回っているのかを 絶対額で示している。 ワーコノミクスにおいてもEPを基軸とする点は同じだが、資本重視型指 標との違いは、資本ではなく人材重視の視点から定義づけていることだ。ワ ーコノミクスでは、従業員一人あたりの労働生産性を「企業が株主の求める ROIを達成しながら平均的な従業員の賃金として原則支払える金額」と定義 する。資本重視の視点では、「実際のリターンと求められる資本収益率(ROC) との差に、投下資本の金額を掛け合わせた数値」が価値の増加分となる。一 方、人材重視の視点では、「労働生産性と従業員一人当たり人件費との差に、 従業員数を掛け合わせた数値」が価値の増加分となる。どちらの視点でも株 主価値の指標がEPであることは同じだが、EPを構成する要因の考え方は大 きく異なる。経営者の課題は、自社が従業員に支払う賃金の金額以上に利益 を上げられるように、労働生産性を従業員の自助努力で可能な水準よりもさ らに高めることだ。ワーコノミクスを用いることで、従業員による価値創造 への貢献にスポットライトを当て、人材という観点からの価値向上要因を解 明することができる(図2参照)。 1 BCGは、スイスとドイツの事務所のチームにより開発されたワーコノミクスという手法を、1998年 よりクライアント企業に導入し、成果を上げている。デュッセルドルフ事務所のヴァイス・プレジ デント ディレクター、ライナー・ストラック、ミュンヘン事務所のプロジェクト・マネジャー、 ウルリヒ・ヴィリスの両名は、人的資本および顧客資本と株主価値とを関連付ける手法を実際のビ ジネスに適用し、著しい成果を上げたとして、ドイツのエリッヒ・グーテンベルグ賞を受賞した。
「ピープル・ビジネス」の新ルール ピープル・ビジネスにおいて熱心な従業員の存在が欠かせないことは明 らかだ。このため、企業は従業員に対し、企業組織が彼らのニーズをどの 程度満たしていると思うかだけでなく、自社の目標達成に向けた従業員の 努力を支えるパフォーマンス規律が整備されているかどうかについても問 いかけるべきである。パフォーマンス規律とは次の5つの要素で構成される。 1. 目標設定:明確な目標の共有 2. 役割分担:組織構造と説明責任 3. 成果測定:パフォーマンスと報酬を管理する仕組み 4. コラボレーション:協働を促進するプラットフォーム 5. スキル開発:自社の目標達成を可能にする優秀な人材の育成 企業が自社に必要なパフォーマンス規律を明確に理解し、適正な仕組み を実施していれば、従業員の個人的ニーズを満たし、従業員にモチベーシ ョンを与えるという側面でも、経営や組織運営がうまく機能しているかど うかを評価できるはずだ。 図2 ピープル・ビジネスの株主価値は、資本より従業員の観点でとらえるべき 1 通常、資本コストと同様、税引き後ベースで計算する。 2 通常、人件費と同様、税引き前ベースで計算する。 出所:BCG分析 % ROA ROAの必要水準 投下資本($) 資本の観点 EP (経済的利益)1 資本コスト 従業員 一人当たり金額 ワーコノミクス生産性 従業員一人当たり 平均人件費 従業員数(千人) 従業員の観点 EP (経済的利益)2 人件費 「ピープル・ビジネス」の新ルール 人材と組織のマネジメントを再構築する ピープル・ビジネスでは従来型ビジネスに比べ必要な資産が少ないため、 オペレーション上のパフォーマンスのちょっとした変化によって収益が極端 に変わる。たとえば、ピープル・ビジネスで労働生産性が5%改善するか、 人件費が5%削減されると、平均して資産の15%分の増益となり、EPも50% 上昇する(一般的なピープル・ビジネスでは人件費が資産の3倍であり、EP が人件費の10%にあたるため)という事実を考えてほしい。 ピープル・ビジネスに携わる先進企業は、こうした経済性のメカニズムを 理解して、強力かつきめ細かい人材とオペレーションのマネジメント・シス テムをつくり、組織に根付かせることに注力している。このマネジメント・ システムには3つの段階がある。①情報(従業員指標、顧客指標、ベンチマ ーク)、②理解(従業員の能力と熱意、傑出したパフォーマンス、顧客満足)、 ③行動(人事プロセス、組織・文化、事業のフォーカス)である。これら3 つの段階の仕組みが定着し、うまく関連づけられて、迅速で効果的なフィー ドバックループが生み出される。 1つ目の段階である「情報」は、財務数値と従業員指標(生産性、稼働率、 離職率のほか、従業員数、従業員一人当たり人件費など)とを緊密に関連づ けるうえで欠かせないものである。これらを結びつけるためのデータは自動 的に得られるわけではない。必要なデータを継続的にモニターするために は、業務管理上のルールを導入し実行することが必要になる。たとえば、プ ロジェクト別に投入された時間が記録されていなければ、顧客別収益と従業 員コストを結びつけて把握することはできない。このようなアプローチは、 財務数値と従業員のパフォーマンスとを緩やかに関連づけるだけのバランス ト・スコアカード(BSC)式アプローチに比べ格段に有益である。特にダイ レクトマーケティングを活用する消費者・中小企業向けサービスでは、財務 数値と従業員指標を緊密に関連づければ、顧客生涯価値(ライフタイムバリ ュー)や顧客の離脱率(アトリション)、新規顧客獲得コストを追跡するの に活用でき、非常に役に立つ。また、従業員の仕事が顧客対応である場合に は、従業員が個々の顧客のために創出した価値によって従業員価値を測定す ることで、人材という観点と顧客という観点を結びつけて見ることができる
「ピープル・ビジネス」の新ルール ようになる。 2つ目の段階である「理解」では、財務数値を追跡することよりも、企業 が従業員に対して、どの程度モチベーションを引き出し、教育を行い、従業 員を重視しているかを分析することに注力する。従業員の能力を正確に測定 するなどということは、実現困難な理想かもしれないが、自社が求める人材 を採用し、つなぎとめることに成功しているかどうかや、パフォーマンスの 低い従業員へのスキル改善策や再就職支援を実施しているかどうかを正確に 評価することはできる。突出して高いスコアを上げている従業員を追跡する ことで、生産的な行動の要因を明らかにすることもできる。トップのパフォ ーマンスを上げるチームや従業員は、正しいことを正しいやり方で実行して いるものだからだ。 3つ目の段階である「行動」は、「情報」と「理解」から導き出されるべき ものだ。企業の本社機能は、得られた洞察や理解を社内・グループ内でどの ように活用すべきかを決める必要がある。人事プロセスは、ピープル・ビジ ネスにおけるパフォーマンス改善のための打ち手のひとつである。しかし、 ほかにも、同等もしくはそれ以上に重要な打ち手がありうる。その企業にと って何が適切かによるが、例えば、本社主導で標準化されたベストプラクテ ィスのプロセスを導入し、新しい情報をとり入れながらそのプロセスを絶え ず改善していくというやり方も考えられる。あるいは、標準化されたプロセ スを導入するのではなく、ナレッジ・ネットワークを構築して、事業部門の 長、支社・支店長などが、相互に学び合えるようにすることが適切な場合も あるだろう。 報酬をどうするか 報酬はどのような事業においても大きな問題だが、ピープル・ビジネスで はその影響が特に大きい。報酬はまた、株主のリスクとリターンに影響する 最大の要因でもある。このため、ピープル・ビジネスに携わる企業は、報酬 をどの程度明確かつ直接的に利益と連動させるかを決定する必要がある。当 然ながら、報酬の違いは従業員の間の摩擦を招きやすい。社内の従業員の職 務が多岐にわたる場合や、報酬制度の異なる他の組織を買収して成長した場 「ピープル・ビジネス」の新ルール 合、さらには報酬の変動部分が占める割合が大きい場合などはなおさらで ある。しかし、事業の経済性や企業戦略に基づく明確なロジックによって 報酬格差を正当化できる場合には、たとえ報酬の差が大きくても、必ずし も問題とはならないケースもある。 報酬について次のような点を自問し、考える必要がある。 1. 同様の職務に携わる従業員やチームの間で、(投資資産や、市場、競 争環境の影響を排除しても)生産性に大きなバラツキがあるだろう か? 2. 生産性の格差は短期的、長期的に測定可能だろうか? 3. 生産性の格差は個人レベルおよびチームレベルで測定可能だろうか? 4. 生産性の格差の指標はどのようなものになるのか? その指標をどの ように導入すべきだろうか? 5. 過去の業績に対する報酬と、現在のパフォーマンスに対する報酬とを 明確に区別しているだろうか? 優位性構築のために 優れたリターンを上げているピープル・ビジネスのほとんどは、従業員 価値(およびその価値を創出するのに必要な追加コスト)を上回る大きな 価値を創出する方法を見出している。ピープル・ビジネスの最も初歩的な 形態は、自社のキャパシティを臨機応変に変えたい企業に対して、時給方 式で労働力の提供を請け負う事業者である。次のステップは、経験とノウ ハウの蓄積を求めて特定の活動に注力することで、さらなる付加価値をつ けることだ。経験が豊富であればあるほど、経験の浅いアウトソーシング 企業や個人事業者に比べ、より安価にかつよりよい仕事ができるようにな る。適正なマネジメントを行なえば、経験によってサービスを提供するス ピードや質、コストを向上できるため、通常、業務プロセスに関する経験 が深いほど、得られるリターンは高くなる。 そうはいうものの、機械やソフトウエアにオペレーションのプロセスが 組み込まれ、学習効果が反映されていく工業分野に比べると、ピープル・ ビジネスでは規模や経験の経済がさほど劇的に機能しない傾向がある。こ
「ピープル・ビジネス」の新ルール のため、バリューチェーンの労働集約性の高い分野への関与はある程度の 水準におさえることが、優れたオペレーション・パフォーマンスを実現す るだけに留まらず、真の戦略的優位性を構築するための最善の方法となる 可能性がある。 この点で興味深い例がセンダント・コーポレーションだ。センダントは、 世界有数のホテルブランドのフランチャイザーで、ラマダ、ハワード ジョン ソン、トラベロッジなどを傘下に置いている。センダント自身はホテルを 所有も経営もしていないが、広告やマーケティング、ロイヤルティプログ ラムを通じて自社の持つブランドをサポートしている。旅行関係のウェブ サイトにリンクを提供し、全てのホテルが品質基準を満たすよう徹底させ ている。センダントは住宅用不動産の世界最大のフランチャイザーでもあ り、センチュリー21やコールドウェルバンカーなどの強力かつ知名度の高 いブランドのフランチャイズを展開している。多くの消費者サービス業界 においては、サービスのバリューチェーンを分解して、財産の所有や規模 集約型の活動(ブランディング、購買、ビジネスプロセスの設計など)、労 働集約的ビジネスなど、独自の強みを持つ個別のビジネスへと再構築する デコンストラクション2)のパターンが浸透している。ほとんどのブランドオ ーナー企業は事業の労働集約的側面に関与し続けており、ホテルを直接経 営している場合もあるが、センダントのような事業運営を行っているホテ ルやサービスブランドも少なからず存在する。 ピープル・ビジネスにおけるゲームのルール ピープル・ビジネスは、正しいルールに則って経営すれば、非常に大き なチャンスと先例のないほどの価値をもたらす。以下に4つのポイントをあ げておく。 2 事業構造を今までとは異なる視点で捉え直し、旧来のバリューチェーンを分解・再構築することで 新しい事業構造を作り出すこと。詳しくは、展望133「デコンストラクションの衝撃」、同136「バ リューチェーンのデコンストラクション」、同137「デコンストラクション下での戦い方(1)―オ ーケストレーター」、同138「デコンストラクション下での戦い方(2)―顧客ナビゲーション」を ご覧ください。 http://www.bcg.co.jp/publications/tenbo/1998.html、http://www.bcg.co.jp/publications/tenbo/1999.html 「ピープル・ビジネス」の新ルール 1. 最重要資産である人材を評価しマネージするため、財務数値と関連づ けた人材重視型の新しい指標を導入する。 2. 情報、理解、行動の3段階を包含する、強力できめ細かい人材とオペ レーションのマネジメント・システムをつくり、組織に根付かせる。 3. 人材と利益をマネージするうえで、報酬、特にパフォーマンスに連動 する報酬をさまざまな打ち手として活用する。 4. 他社と差別化できるスキルを構築し、労働集約型オペレーションに防 御可能なブランドや知的財産を付加することにより、戦略的優位性を 持続する。 世界経済全体で製造業からサービスや知識を基盤とする産業へとシフト が進むなか、資本そのものの相対的重要性は低下しつつある。一方で、人 材がますます事業のパフォーマンスを左右する中核的存在として重要にな ってきている。特にピープル・ビジネスにおいては、課題は、資産生産性 ではなく労働生産性にあるのである。 フェリックス・バーバー フィル・キャッチングス イブ・モリュー ライナー・ストラック
原題: New Rules for People Business
フェリックス・バーバー BCGチューリッヒ事務所 シニア・アドバイザー フィル・キャッチングス BCGボストン事務所 シニア・ヴァイス・プレジデント ディクレター イブ・モリュー BCGパリ事務所 シニア・ヴァイス・プレジデント ディクレター ライナー・ストラック BCGデュッセルドルフ事務所 ヴァイス・プレジデント ディクレター
「ピープル・ビジネス」の新ルール このテーマについてさらに詳しくご覧になりたい方は、下記の文献をご 参照ください。 * ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー 2005年10月号 フェリックス・バーバー、ライナー・ストラック、「『ピープル・ビジネ ス』の経営管理論」
* BCG Report, Rules of the Game for People Business: Succeeding in the Economy's Highest-Growth Segment (英文)
弊グループでは、企業経営に関する様々なテーマについて コンサルティングサービスを提供しております。 ご関心をお持ちの方は、下記までお問合せください。 秘 書 室 久須美