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印度哲学綱要 利用統計を見る

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(1)

印度哲学綱要

著者名(日)

井上 円了

雑誌名

井上円了選集

7

ページ

185-295

発行年

1990-04-10

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002910/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

.蓮博士董圃了藁

(3)

L冊数

   1冊 2.サイズ(タテ×ヨコ)   222×153㎜ 3.ページ   総数:202   序言: 3   目次: 3   本文:188   付録: 8 (巻頭) tt        樹胸肋          治満治袷活  賠x一ダx虻一’斡  開岡三三三  藁製’:複掴・1:主已          年年牟年年  友蝋’∀ゴ◇〉’◆∀’、’,烹、、鶯          ft  s. t’ヒ {1・寅印。,…∵;㌶難          tl ロ a t  ロ 倒瑚求u1亨;『㌧2㌍亘  厨 所 長表 鵡  2ド腹願験行湧    漂、 貨 誉減

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一一鰺

    ・熱, 4.刊行年月日   初版     明治31年7月18日   底本:第4版明治42年9月11日 5.句読点   あり 6.その他   (1)底本は三康文化研究所付属三   康図書館所蔵本である。   (2)本書では,序言に記された趣   旨を尊重し,固有名詞など(音写   のみ)にサンスクリットの読みを   付した。

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印度哲学綱要 序 言  現今わが国の仏教、その宗を算すれば、十有余宗、その派を挙ぐれば三十余派の多きに及ぶ。しかして各派に、 小学林あり、中学林あり、大学林ありて、その総数また一〇〇をもってかぞう、実に盛んなりというべし。しか りしこうして、学科の程度一準ならず、教授の方法一定せず。甲の中学林にして乙の小学林より下がるものあり、 乙の大学林にして、丙の中学林にしかざるものあり。ことに教科用書のごときは、甲は彼を撰み、乙はこれを取 り、かつ多く維新以前の著作を用い、生徒の学力に不相応なるものをもってこれに課す。故をもって労多くして 功少なく、その不便言うべからざるものあり。これにおいて余は、各宗学林の中等教育に適用すべき教科書を纂 集せんと欲し、まず試みに﹃印度哲学綱要﹄を編述するに至れり。すなわちこの一編なり。しかしてその書たる や、拙著﹃外道哲学﹄を抄略和解して、悉曇︹シッダム︺、因明、医方明、工巧明を始めとし、毘陀︹ヴェーダ︺経、 婆羅門︹ブラーフマナ︺、声論、天論、数論、勝論等、九十余種の外道学派を、一読の下にたやすく了解し得るよ うに叙述せり。もしなお了解し難きところあらば、よろしく﹃外道哲学﹄を参見対照すべし。  本書中引用考証するところは、多くわが国伝来の経論疏釈による。しかして西洋所伝のごときは、往々参照せ るに過ぎず。これ余が意、本書をもって日本仏学研究の階梯とするにあればなり。  従来仏教家は、外道と仏教とその起源その発達、共に大いに関係あるを知り、﹃金七十論﹄﹃十句義論﹄につき て、外道の学説を講究せるも、これ数論、勝論を知るにとどまるのみ。かつかくのごときは、専門学の研究に属       璃 し、しかして各宗の中等教育には、外道諸派の要領を授くるをもって足れりとす。今余が目的とするところ、全

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くここにあり。  本書はもっぱら各宗各派の中等教育に適用する方針をもって編成したれば、これを一学年間の課程とし、毎週 ︵二時間もしくは一時間︶一章ずつ講述する予定にて、全部を三三章に分かてり。もし学年中全部を講了して、 なお二、三週の余日あらば、更に生徒をしてこれを復習せしむべし。よって巻末に復習および試験問題を掲ぐ。   明治三一年六月      文学博士 井上円了識 186

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印度哲学綱要

第一章 緒 論

 それインドは、数千年の古代にありて、文化大いに開け、諸家競い起こり、互いに理の正邪を争い、論の勝敗 を闘わし、その哲学のさかんなりしや、あたかも春陽胎蕩、百花燗慢の勢いありき。もしその当時における各家 の異説を数えきたらば、実にいくたの流派あるを知るべからず。しかるに仏教家は、これを総称して外道と名付 け、その派に九十五種あるいは九十六種ありという。しかして外道哲学と仏教哲学との間に、密切の関係あるこ とは、余が弁を待たず。畢寛するに仏教は、外道諸派の哲学を総合して、更にその上に新機軸を出したるものな ることは、みな人の是認するところなり。故に外道哲学は、仏教哲学の初門もしくは階梯と称するも、あえて不 可なるなかるべし。今この両哲学の異同を較するに、外道は客観論をとり、仏教は主観論を唱え、前者は唯物論 もしくは有神論に傾き、後者は唯心論もしくは汎神論に帰するの別あり。換言すれば、前者は常識凡情の浅見に 属し、後者は理想幽玄の深理に基づくの別あり。しかして常識論は、理想論に進向する起点にして、客観論は、 主観論に悟入する階梯なること、また決して疑うべからず。故に仏教を研究せんと欲するものは、必ずまず外道 諸家の哲学を修習するを要するなり。しかりしこうして外道哲学は、近来泰西諸邦において、学者ようやくその 研究に従事し、これに関する著書、続々世に出つるも、わが国の仏教家は、外道の諸説のその経論中に散見せる にもかかわらず、これを度外視して更にその問題に注目せざるは、講学上の一大欠典といわざるべからず。故に 余はもっぱら仏書中に散在せる外道諸家の異説を総合し、もってインド哲学の大綱を示せんと欲するなり。まず 最初にインドの名義および四姓の起因を述べて、本論の端緒となす。 187

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 印度︹インド︺の国名は、あるいは天竺、あるいは身毒︹シンドゥ︺、あるいは月氏、月邦、婆羅門︹ブラーフマナ︺ 国等と称して、一定せざるも、印度︹インド︺、天竺、身毒︹シンドゥ︺は、梵語︹サンスクリット語︺の転説にして、 月氏、月邦はその義訳なり。今﹃西域記﹄によって考うるに、印度︹インド︺とは唐に訳して月という、けだし月 に多名あり、これその一称なり、すなわち印度︹インド︺の地たるや、聖賢継いで起こり、その凡俗を導き、群生 を度せること、あたかも月の照臨したるがごとし、故にその名を月にとれりという。しかるにまた一説には、印 度︹インド︺と因陀羅︹インドラ︺とは、音相近きをもって、印度︹インド︺の名は、因陀羅︹インドラ︺の神名よりき たるという。因陀羅︹インドラ︺は、訳して帝釈天と称し、印度︹インド︺の守護神なり。以上、インドの名義に両 説あるも、いずれがこれなるを知らず。またその国を指して婆羅門︹ブラーフマナ︺国と呼ぶは、インド国民中、 婆羅門︹ブラーフマナ︺種、特に最勝種族たるによるという。これにおいてか、インドの種族につきて、一言せざ るべからず。  インドには、古来人民に四種の階級を分かち、子孫世々必ずその家を継ぎ、その業を承け、決して他姓を侵す ことあたわざる制あり。これを四姓の別という。なおわが国の人民に、士農工商の別ありしがごとくなるも、イ ンドの四姓は、わが四民の別より貴賎の懸隔ことにはなはだし。まず左にその名称および職務を挙示すべし。   四姓の第一に位せるものを婆羅門︹ブラーフマナ︺種と名付け、訳して浄喬または浄行という。この道を守り   法を伝え、もっぱら教学に従事するものなり。   第二を刹帝利︹クシャトリヤ︺種と名付け、訳して土田主という。国土を統轄し、争乱を鎮定することを職と   す。すなわち王族なり。 188

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  第三を吠奢︹ヴァイシュヤ︺種︵旧訳には毘舎︶と名付く。これ商質なり。   第四を戌陀羅︹シュードラ︺種︵旧に首陀︶と名付く。これ田農なり。  故にこれを換言すれば、浄喬、王種、商質、農人の四種なり。もしこれをわが国の名称によって示さば、僧、 士、商、農ともいうべきか。しかりしこうして、かくのごとき階級のインドに起こりし原因は、古代の神話より 生ぜしこと疑いをいれず。すなわち神話中に、婆羅門︹ブラーフマナ︺は梵天︹ブラフマー︺の口より生じ、刹帝利 ︹クシャトリヤ︺は梵天︹ブラフマー︺の脇より生じ、毘舎︹ヴァイシュヤ︺は梵天︹ブラフマー︺の膀より生じ、首陀 ︹シュードラ︺は梵天︹ブラフマー︺の脚より生ずと伝うるものこれなり。けだしインド人のかくのごとく貴賎その 姓を異にするに至りしは、上古アーリア人種のその地に進入せるに当たり、征服せし者と征服せられしものとの 間に、自然に権利上の等差を生ぜしによるならんという。この四姓の外に、栴陀羅︹チャンダーラ︺と名付くる一 種族あり。これわが国のいわゆる稼多にして、人類中卑賎の極となす。古来これを四姓の外に置く説と、四姓の 中に加うる説との両様あり。その他、インド古代の制度、風俗等につきては、つまびらかに説明せるものあるを 見ず。ただ参考すべきものは、﹃大唐西域記﹄﹃南海寄帰伝﹄等、二、三の書あるのみ。

第二章 五明論

印度哲学綱要  インド古代の学術は、これを類別して五明となす。これなおシナの六芸のごとし。その名義は、﹃楡伽論﹄に出 づ。すなわち一切の明処摂するところ、五明処あり。一に内明処、二に因明処、三に声明処、四に医方明処、五       ㎜ に工巧明処とある、これなり。今その略解を示すこと左のごとし。

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  一、内明とは、生死、浬藥、因果の理を弁明するものをいう。   二、因明とは、万法生起の因を論究して、正邪真偽を考定するものをいう。   三、声明とは、世間の言語文章の法を明らかにするをいう。   四、医方明とは、医治の方法を明らかにするをいう。   五、工巧明とは、技術工業の類を明らかにするをいう。  換言すれば、内明は内教の学、因明は論法の学、声明は文字の学、医方明は医術の学、工巧明は工芸の学なり。 しかして仏教にありては、五明に内外の二種を立て、内の五明は、今述ぶるものに同じく、外の五明は、声明、 医方明、工巧明、呪術明、符印明なりという。符印明は、けだし外道の内明ならん。しかして五明の起因につき ては、婆羅門︹ブラーフマナ︺の神話より起こるものとなす。すなわちその説によるに、在昔梵︹ブラフマー︺王、 須弥︹スメール︺の半腹にありて、五面を現じて五明を説示し、その正面よりは内明を説き、頂上よりは声明を説 き、右方よりは因明を説き、左方よりは医方明を説き、背面よりは工巧明を説けりという。  まず内明につきて考うるに、仏書中には多く内明をもって仏教に限るがごとく論ずれども、内明とは、内教の 学を義とするものなれば、仏教に限りてこれを有するの理なし。九十余種の外道、おのおのその一家の内明ある べし。今余がインド哲学と題して述ぶるところのものも、またこの内明をいうなり。つぎに因明は、仏学研究に 必要なるものなれば、別にその説明をなすべし。声明も古来、悉曇︹シッダム︺学または六合釈、八転声と称して、 その一部を講究しきたれるをもって、これまた別に論ずることとなす。医方明に至りては、仏教中わずかに二、 三の書に散見するのみ。まず﹃智度論﹄には、病に内外の二種ありと説く。内病とは、五臓の不調によりて起こ 190

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印度哲学綱要 るがごとき病症をいい、外病とは、奔車逸馬、兵刃刀杖等によりて生ずるものをいう。もしまた﹃仏医経﹄によ れば、人身中に地、水、火、風の四病ありて、風増せば気起こり、火増せば熱起こり、水増せば寒起こり、土増 せば力盛んなりという。けだし古来、病の種類を挙げて、四百四病ありと称するは、地、水、火、風の各種によ って起こす病に、百一種あるによるとなす。また発病の原因につきては、すべて一〇種あることを﹃仏医経﹄に 示せり。すなわち一には久坐飯せず、二には食節ならず、三には憂愁、四には疲極、五には婬侠、六には瞑患、 七には大便を忍ぶ、八には小便を忍ぶ、九には上風を制す、一〇には下風を制す、これなり。しかるに、﹃止観﹄ には、一には四大不順、二には飲食不節、三には坐禅不調、四には鬼便を得、六には魔のなすところ等の六業を もって病因となせり。しかしてその要は、地、水、火、風の四大不調をもって諸病の根元となす。また医療の方 法に関しては、﹃小止観﹄には、﹃雑阿含経﹄によりて、七二種ありと称するも、﹃僧砥律﹄によれば、四百四病中、 風大の百一は油脂を用いて治し、火大の熱病は蘇をもって治し、水病は蜜をもって治し、雑病は上の三薬をもっ て治することを示せり。また﹃南海寄帰伝﹄によれば、医明は帝釈より伝わり、療方は絶食を最となすことを記 せり。つぎに工巧明に関しては、余いまだ仏書中に散見せるを知らず。ただ﹃楡伽論﹄に、工業の一二種を掲ぐ るを見るのみ。その一二種とは、一に営農工業、二に商佑工業、三に事王工業、四に書算計度数印工業、五に占 相工業、六に呪業工業、七に営業工業、八に生成工業、九に防除工業、一〇に和合工業、=に成熟工業、=一 に音楽工業、これなり。これを﹃楡伽倫記﹄に解説して、生成工業とは、六畜を養って資生となすをいい、防邪 工業とは、織繍等なりといい、和合工業等とは、よく闘訟等を和するをいい、成熟工業とは、飲食を生熟するを いうとあり。およそ医方明および工巧明に関して、仏書中に散見せるところ、大略かくのごとし。つぎに声明の 191

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大意を述ぶべし。

第三章 声明論

 声明は、古来これを称して、五明の随一にして悉曇︹シッダム︺家所学の論となす。その起源につきては、ある いは梵天︹ブラフマー︺の造るところといい、あるいは帝釈の授くるところという。まず﹃樗伽経﹄︵十巻樗伽︶に は、釈提桓因︹シャクラ・デーヴァーナーム・インドラ︺︵帝釈天︶諸論を解し、自ら声論を造るとあり。しかし て﹃慈恩伝﹄には、むかし成劫の初め、梵︹ブラフマー︺王まず説きて一〇〇万頒を具し、のち住劫の初め、帝釈 また略して一〇万頒となすとあり。要するに最初梵天︹ブラフマー︺これを造り、後に帝釈これを略すというにあ り。これもとより婆羅門︹ブラーフマナ︺の神話にして、信ずるに足らず。その論、訳してこれをシナに伝えざり しをもって、今そのいかんを知るに由なし。ただここに声明に関して一言せんと欲するは、悉曇︹シッダム︺およ び六合釈、八転声に過ぎず。  悉曇︹シッダム︺とは梵語にして、これを訳して成就という。けだし成就の義は、文句文章を成弁するの謂にし て、インドの文字もしくは文書に与えたる名称なり。故に悉曇︹シッダム︺学は、声明中文字の学なるべし。しか して一般にその字を称して梵字といい、その語を梵語というは、梵天︹ブラフマー︺の所造なりと伝うるによる。 もし西籍につきて考うれば、インドの古文は、散斯克︹サンスクリット︺と称し、その俗語はパーリと称す。けだ しパーリ語は、インド一地方の俗語にして、各地方の俗語をいうにあらず。すなわちその語は、中天竺摩迦陀︹マ ガダ︺国の語なりという。もし各地の俗語を総称するときは、これをプラークリットという。故にパーリ語は、プ 192

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印度哲学綱要 ラークリットの一種なるも、通常プラークリットの称は、パーリ語を除きたる自余の方語に与うることとなり。 インドの語は散斯克︹サンスクリット︺、パーリおよびプラークリットの三種に分かつ。しかしてパーリとプラー クリットとは、共に散斯克︹サンスクリット︺より転化して、地方の方言、土語となりたるものなり。婆羅門︹ブラ ーフマナ︺の古書神典は、みな散斯克︹サンスクリット︺語より成り、仏書は一部分散斯克︹サンスクリット︺語より 成り、一部分パーリ語より成るという。古来わが国にて、悉曇︹シッダム︺学と称して伝えきたりしものは、散斯 克︹サンスクリット︺語あるいはパーリ語なるべし。しかれども中古シナよりインドに入りて学びたるものは、多 く散斯克︹サンスクリット︺語なりという。その字数に至りては、﹃西域記﹄﹃悉曇︹シッダム︺字記﹄等によるに、 梵︹ブラフマー︺王所説の本源は、四七言にして、これを韻文一二言、体文三五言に分かつ。韻文を摩多︹マーター︺ といい、体文を一名字母という。すなわち﹃悉曇︹シッダム︺明了記﹄に、一二の摩多︹マーター︺は韻の源、三五 の体文は声の源と説きて、四七字をもって梵語の原始となす。しかるに胡土にありては、その字数二五言なりと いう。これを要するに、古来悉曇︹シッダム︺学と称して学びきたりしものは、今日これをみるに、わずかにイン ド文学の初歩たる綴り字方のごときものに過ぎざるなり。  すでにインドの言語文字を略述したれば、つぎに、文法語法につきて一言せざるべからず。仏書中吾人が往々 見るところの六合釈、八転声は、すなわちこの文法の一端なり。まず六合釈を考うるに、古来仏者は、西方釈名 多く六釈によると称して、名詞を釈するときにこの法を用いたり。今その名目を挙示せば左のごとし。   一、持業釈  二、依主釈  三、有財釈   四、相違釈  五、隣近釈  六、帯数釈 193

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 これを慈恩の六合釈ならびにその注釈につきて解するに、第一の持業釈とは、体よく業用を持するの義にして、 法相宗にて立つるところの蔵識のごとく、識はこれ体、蔵はこれ業用にして、用よく体をあらわし体よく業を持 つが故に、蔵すなわち識なるの類をいう。第二の依主釈とは、他主の法によってもって自名を立つるの義にして、 たとえば眼識というがごとく、識は眼によって起こる。すなわち眼の識なるが故に、眼識と名付くるの類をいう。 第三の有財釈とは、自ら他財によって己の称を立つるの義にして、人の財を有するにたとえたるものなり。たと えば戒を解脱と名付くるがごとく、戒を持てば、必ず解脱の果を得るをもって、戒中に解脱を有するものとし、 戒をただちに解脱と名付くるの類をいう。第四の相違釈とはその体、相違せるもの二個以上を集めて一名となす の類をいう。たとえば兄弟というがごとく、兄と弟とはその体おのおの別なれども、これを合して一名となす、 これなり。第五の隣近釈とは、同時に相よりて離れざる法を、強き方に従って名を立つるをいう。たとえば東京 近在の者の、他人にその在所を告ぐるに、東京人なりというの類なり。第六の帯数釈とは、一、一〇、一〇〇、 一〇〇〇等の数を帯ぶるを義とす。たとえば四姓、五明等のごとく、その体に帯ぶる数を表出して名を定むるの 類をいう。つぎに八転声は、なお西洋の文法に名詞の主格、目的格等を設くるがごとく、名詞の変化を示す文法 の一種なり。しかるにシナにては、インド文法の全体を伝えざりしをもって、八転声のごときは、学者その了解 に苦しみ、誤解すこぶる多しという。故に余はただここに八種の転声の名目のみを挙示すべし。すなわち一、体 声、二、業声、三、作声、四、為声、五、依声、六、属声、七、於声、八、呼声これなり。つぎに因明の大意を 述ぶべし。 194

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印度哲学綱要

第四章 因明論第一

 因明とは、﹃因明大疏﹄によるに、梵語これを醗都費陀︹ヘートゥ・ヴィドヤー︺︵=Φ已く置養︶という。醸都︹へ ートゥ︺は因にして、費陀︹ヴィドヤー︺は明なり。すなわち因の義を明すの意なり。換言すれば、事物の原因を究 明する義にして、西洋のいわゆる論理学なり。古来因明は、源唯仏説とする論と、外道の説とする論と、内外二 道に通ずと唱うる論と三様あれども、仏以前の外道説なること疑うべからず。その開祖を足目︹アクシャ・パーダ︺ と名付く。これを大梵天︹マハーブラフマー︺の化身となす説あれども、もとより信ずるに足らず。その人いずれ の年代に世にありしやつまびらかならずといえども、はるかに仏以前の外道なること論を待たず。その説のいか んは、因明家の伝うるところによるに、九句因、十四過類を設けて、論理の方則を定めたりというのみにて、今 日その論式を明らかに知ることあたわず。そののち弥勒︹マイトレーヤ︺に至りて、八能量を立て、無著︹アサンガ︺ また八能量を用い、つぎに世親︹ヴァスバンドゥ︺は宗、因、喩の三支または宗、因、喩、合、結の五支を立てた りという。以上諸師の相伝を古因明と称す。そののち陳那︹ディグナーガ︺出でて、大いに従来の因明を改正して、 その方式を完成せり。故にこれを中興となす。その門人に商掲羅主︹シャンカラスヴァーミン︺︵または天主︶と いうものありて、更に発明するところあり。以上、陳那︹ディグナーガ︺以後を新因明と称す。左にその相伝を表 示すべし。   古因明派−足目︹アクシャ・パーダ︺︵開祖︶ーー弥勒︹マイトレーヤ︺1無著︹アサンガ︺ー1世親︹ヴァスバ       皿         ンドウ︺

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  新因明派ー那︹ディグナーガ︺︵中興︶ーー商掲羅主︹シャンカラスヴァーミン︺        96  このうち、まず古因明の論式を述ぶべし。      1  古因明は、足目︹アクシャパーダ︺に始まるといえども、ここに﹃楡伽論﹄﹃顕揚論﹄等によりて、弥勒︹マイト レーヤ︺および無著︹アサンガ︺の論式を考うるに、﹃琉伽﹄に出つるところ左のごとし。   一、声は無常なり。︵立案︶   二、所作性なるがゆえに。︵弁因︶   三、瓶のごとく、空のごとく。︵引喩︶   四、もろもろの所作は瓶のごとく、無常とみよ。︵同類︶   五、もろもろの常は空のごとく、非所作とみよ。︵異類︶   一、声無常︵立案︶       ナルガ ニ   ニ、所作性 故︵弁因︶   三、如レ瓶如レ空︵引喩︶       ヨ      ト   四、諸所作如レ瓶、見二無常↓︵同類︶          ヨ         ト   五、諸常如レ空、見二非所作一︵異類︶  これを五支作法という。その第一支の声無常は、これまさに論定せんと欲する命題なれば、これを立案または 宗と名付く。もしこれを西洋の論理学に比すれば、そのいわゆる断案を最初に掲げたるものなり。第二の所作性 故は、その理由を説明せるものなれば、これを弁因あるいは因と名付く。もしこの第一、第二の両支を西洋の論 式に配合すれば、左の三命題となるべし。

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印度哲学綱要   第一命題ーすべて所作性のものは無常なり︵提案︶   第二命題−声は所作性なり︵提案︶   第三命題ー故に声は無常なり︵断案︶  しかるに因明は、更にこれに比喩を加えて、第三、第四、第五の三支を設く。すなわち第三支は、比喩の二類 を掲げて、所作性の例に瓶のごとしといい、非所作性の例に虚空のごとしという。瓶は所作性なるが故に無常に して、虚空は非所作性なるが故に無常にあらず。しかるに所作性にして人の所作によりて発するものなれば、も とより無常ならざるべからず。これをもってその比喩を同類異類に分かちて、第四、第五の二支を立つるなり、 つぎに無著︹アサンガ︺の論式は、弥勒︹マイトレーヤ︺の論式と大同小異のみ。その表左のごとし。   一、声は無常なり︵立白示︶ 二、所作性なるが故に。︵立因︶ 三、瓶のごとく、空のごとく。︵立喩︶ 四、瓶は所作を有する。瓶はすなわち無常なり。まさに知るべし。声は所作を有する。声もまた無常なり。︵合︶ 五、このゆえに知ることを得る、声は無常なりと。︵結︶ 一、 コ無常⋮︵立由不︶ 二、所作性故︵立因︶ 三、如レ瓶如レ空︵立喩︶ 四、瓶有二所作ハ瓶即無常、当レ知声有二所作へ声亦無常︵合︶ 五、是故得レ知声無常︵結︶ 197

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 これ弥勒︹マイトレーヤ︺のごとく同喩、異喩の両支を開かずして、第一支と第二支とを反復して、第四、第五 の断案を立つるものなり。よろしく﹃対法論﹄︹﹃阿毘達磨雑集論﹄︺につきて見るべし。つぎに世親︹ヴァスバンド ゥ︺は宗、因、喩の三支を立てたりとなす説と、これに合と結とを加えて、五支を立てたりとなす説との両様あり。 今﹃如実論﹄によりて、その五支作法を表示すべし。   一、声はまさに無常なるべし。︵立義言︶   二、因によりて生ずるが故に。︵因言︶   三、もし物ありて因によりて生ぜば、この物は無常なり。たとえば瓦器の因によりて生じ、故に無常なるが     ごとし。︵警如言︶   四、声もまたかくのごとし。︵合警言︶   五、故に声は無常なり。︵決定言︶      ニ    ナル   一、声応二無常一︵立義言︶   二、依レ因生故︵因言︶   三、若有レ物依レ因生、是物無常、警如二瓦器依レ因生、故無常一︵讐如言︶   四、声亦如レ此︵合警言︶   五、故声無常︵決定言︶  これ無著︹アサンガ︺の論式と同轍なること明らかなり。これを西洋所伝のインド論理に考うるに、無著︹アサン ガ︺、世親︹ヴァスバンドゥ︺の五支作法は、まさしく尼耶也︹ニヤーヤ︺学派の論式に同じ。尼耶也︹ニヤーヤ︺学派 は、インド哲学六大派の一にして、論理学派なり。そのことはのちに外道各派を論ずる下に至りて述ぶべし。 198

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印度哲学綱要

第五章 因明論第二

 古因明派は、多く五支作法を用いしも、陳那︹ディグナーガ︺以後は、ただ宗、因、喩の三支を用いて立論する に至れり。これを三支作法という。けだし新因明派が五支を立てざるは、これを設くる必要なきによる。故に﹃因 明大疏﹄に、因喩を離れて外に別の合結なし、故に合結を略して別に開かずとあり、今左に新因明の論式を掲ぐ。   一、声は無常なり。︵宗︶   二、所作性なるが故に。︵因︶   三、なお瓶等のごとし。︵喩︶   ︵同喩︶ もしこれ所作なるものはかの無常なりとみる。たとえば瓶等のごとし。   ︵異喩︶ もしこれその常なるものは所作なるものにあらずとみる。虚空等のごとし。   一、声無常︵宗︶   二、所作性故︵因︶   三、猶二瓶等一︵喩︶     ︵同喩︶若是所作見二彼無常一讐如二瓶等ハ     ︵異喩︶若是其常見レ非二所作べ如二虚空等ハ  この三支作法中、宗は甲乙対論上、彼我互いに許さざる論点にして、因喩の二者は、彼我共に許すところなら ざるべからず。しかしてその宗をもって能立となすは、古因明の説にして、新因明はこれを所立となす。しかる にある説によれば、陳那︹ディグナーガ︺の上に二門ありて、一はこれを所立とし、一はこれを能立とすという。 199

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今この能立、所立を明らかにせんと欲せば、因明家の唱うるところの八義を弁説せざるべからず。まず﹃入正理 論﹄の偏文に曰く、   能立と能破と、および似とはただ悟他のみなり。現量と比量と、および似とはただ自悟のみなり。   能立与二能破一及似唯悟レ他 現量与二比量一及似唯自悟  この偏は、八義を挙げて二悟に収むるものなり。二悟とは、自悟と悟他とにして、八義は左表のごとし。   一、能立  二、能破  三、似能立  四、似能破   五、現量  六、比量  七、似現量  八、似比量  これを因明家の解するところによるに、第一の能立は、すなわち真能立にして、宗、因、喩の三支欠くること なく、正しく自家の義を成立するをいう。第二の能破は、すなわち真能破にして、敵の立論に過誤あるときに、 よくその非をしりぞけて、その真をあらわすをいう。これに反して第三の似能立は、自家の義を立てんとするに、 宗、因、喩、三支中、一、二の欠くることまた過誤あるものをいい、第四の似能破とは、敵の能立の過誤をあら わさんと欲して、かえって自ら過誤を犯すものをいう。この四者は、甲乙対論の上に、能立、能破を分かち、更 にこれに真偽を分かちて四門となしたるなり。この他の所説を破斥して、その非なるを悟了せしむるものなれば、 これを悟他の四門とす。つぎに第五の現量とは、外界の相状を直接に知量するをいう。たとえば目の色に対して 青、黄等を弁別するがごとし。故にこれ心理学にいわゆる感覚、知覚なり。第六の比量とは、已許の法を用いて、 未許の宗を成すをいう。すなわち外界の相状を直接に覚了するにあらずして、比較推度して知量するをいう。た とえばただちに火を見ざるも、煙を見て火あるを推知するがごとし。これいわゆる推理の一種なり。第七の似現 200

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印度哲学綱要 量とは、直接に感覚したるもの、外界の自体と合せざるをいう。たとえば霧を誤りて煙と認むるがごとし。第八 の似比量とは、比知推理の誤りあるをいう。たとえば霧を煙と誤り、もって火あるべしと比知するがごとし。こ の四者は、甲乙対論者の各自の感覚思想上に関する悟了なれば、これを自悟の四門とす。けだしこの悟他、自悟 の八門は、能立、能破、現量、比量の上に、真似を分かちて、八義を立てたるものなり。真似はなお真偽という がごとし。この八義のうち、古因明にては、宗、因、喩、三支共に能立となすも、新因明にては、宗を所立とし、 因喩のみを能立とするの別あることは、今すでに述べたるがごとし。また古因明にては、現量、比量、聖教量を もって能立となすも、新因明にては、これを立具と名付けて、能立の材料となすのみ。また古因明にては、現量、 比量の外に聖教量を立つるも、新因明にてはこれを設けず、聖教量とは論者自ら奉信するところの経文の言説を 証拠として立論するをいう。しかれどもかくのごときは、その経文を信ぜざるものに対しては無効なるべし。そ の他なお新古の間に因明の相違あれども、これを略す。ただ余はここに宗、因、喩、三支の解釈ならびに論理の 誤謬たる三十三過の図表を挙示すべし。  まず三支中第一の宗とは、主崇を義とし、自ら立てんとする主義をいう。その体は、二個の名辞と一個の接辞 とを有する命題より成る。さきに声は無常なるべしというもの、これなり。その主辞を宗体と名付け、その賓辞 を宗義と名付く。またその宗体を有法といい、その宗義を能別という。すなわち声は有法にして、無常は能別な り。第二の因とは因故と熟し、宗にて立つるところの因故理由を掲ぐるをいう。これに遍是宗法性、同品定有性、 異品遍無性の三義あれども、その説明を略す。第三の喩とは、甲乙両者共に既知なる類例を挙げて比喩するをい う。これに同喩、異喩の二種を分かつことは、前表の論式に照らして知るべし。これにまた喩体、喩依の別あり。 201

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たとえば前表の同喩、異喩において、﹁もし所作をかの無常とみれば﹂︵若所作見二彼無常一︶と﹁もしこの常を所作 にあらずとみれば﹂︵若是常見レ非二所作一︶とは喩体にして、﹁瓶等のごとし﹂︵如二瓶等一︶と﹁虚空のごとし﹂︵如二虚 空一︶とは喩依なり。その他、宗、因、喩、三支に関する説明は、因明学の本書に譲る。  つぎに三十三過につきて考うるに、因明家は論理の誤謬過失を分類して、三三種となす。しかしてその数、陳 那︹ディグナーガ︺と商掲羅主︹シャンカラスヴァーミン︺とおのおの異なるところあり。今、商掲羅主︹シャンカラ スヴァーミン︺の定むるところによるに、宗の過に九種を分かち、因の過に一四種を分かち、喩の過に一〇種を分 かち、合して三十三過ありとす。左にこれを表示すべし。

∴ジ 翼鱗三辮㌍一酷㍗

202

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印度哲学綱要  この表中にて示せるがごとく、宗の九過中、五種相違の辺は、陳那︹ディグナーガ︺の立つるところにして、以 下の四過は商掲羅主︹シャンカラスヴァーミン︺の増加せるところなり。今いちいち三十三過の説明をなすにいと まあらざれば、すべてこれを略す。

第六章 毘陀論

 以上インドの五明中、医方明、工巧明、声明、因明の四明を講述してここに至れば、内明を弁明せざるべから ず。しかして前に一言せしがごとく、仏教には仏教の内明あり、外道には外道の内明あれば、余はまず外道の内 明を述ぶべし。外道の内明とは外道の哲学すなわちインド一般の哲学なれば、余が本書においてもっぱら論明せ んと欲するところなり。およそ外道所依の本経となるべきものに、一八種の大経ありという。なかんずきて毘陀 ︹ヴェーダ︺経は、インド最古の神典にして、インド哲学のよって起こりし本源なれば、まずこれが解説をなさざ るべからず。そもそも毘陀︹ヴェーダ︺︵章陀あるいは吠陀︶とは、これを翻して智論あるいは明論という。この 四毘陀の名目は、西洋所伝に比するに、多少の異同あり。また仏書中に見るところも、訳字の不同あれば、左に       03 これを対照すべし。       2

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  阿由︵あるいは荷力︶毘陀︹ヴェーダ︺ー﹃リグ毘陀︹ヴェーダ︺﹄︵凌σq・<Φ合︶   殊夜︵あるいは冶受︶毘陀︹ヴェーダ︺ー﹃ヤジュル毘陀︹ヴェーダ︺﹄︵ぺど昌−<o合︶   婆磨︵あるいは三摩︶毘陀︹ヴェーダ︺ー﹃サーマ毘陀︹ヴェーダ︺﹄︵o力①∋①−<o△①︶   阿達婆︵あるいは阿闇︶毘陀︹ヴェーダ︺  ﹃アタルヴァ毘陀︹ヴェーダ︺﹄︵﹀臼曽く学くoユ①︶  これによってこれをみるに、仏書中に﹃リグ毘陀︹ヴェーダ︺﹄を阿由と称するは、はなはだ解し難し。これ恐 らくは訳字の誤りならん。これを荷力と名付くるは、力荷の顛倒せるものにして、リグの音訳なるべし。﹃ヤジュ ル毘陀︹ヴェーダ︺﹄を殊夜と称するも、夜殊の倒置なるべし。婆磨は娑磨の誤りにして、阿闇はアタルヴァの略 称なること、言を待たず。これを﹃西域記﹄には、寿論、祠論、平論、術論の四種とす。もし﹃翻訳名義集﹄等 によれば、第一の毘陀︹ヴェーダ︺は、養生、繕性の書、第二の毘陀︹ヴェーダ︺は、祭祀、祈禰の書、第三は、礼 儀、占卜、兵法の書にして、第四は、技術、禁呪、医方の書という。またこれを﹃百論疏﹄に考うるに、第一は 解脱の法を明かし、第二は善道の法を明かし、第三は欲塵の法を明かす。すなわち一切婚嫁欲楽のことなり。第 四は呪術、算数等の法を明かすといえり。これもとより一人一時代に成りたるものにあらずといえども、インド 最古の神典にして、インド古代の宗教も哲学も、みなこれより流出せるは疑うべからず。もしその起源につきて は、梵天︹ブラフマー︺の造るところとなす。すなわち﹃摩榿伽経﹄には、初人を梵天︹ブラフマー︺と名付く、一 章陀︹ヴェーダ︺を造る、つぎを白浄と名付く、一を変じて四となす、そのいちいちにおのおの三二万侮ありて、 合して一二八万偶を成し、一七〇〇巻ありという。これ婆羅門︹ブラーフマナ︺の神話なれば、決して信を置くべ からずといえども、インドにありては、これを尊重すること、ことにはなはだし。かつ婆羅門︹ブラーフマナ︺種 204

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印度哲学綱要 族は、幼少の時より必ずこれを学ぶもののごとし。すなわち﹃玄応音義﹄によるに、梵︹ブラフマー︺種その年七 歳に満つれば、師につきてこれを学ぶ、学成れば、すなわち国師となりて、人主の敬するところとなるという。  仏書によりて毘陀︹ヴェーダ︺経の事情を知ること難しといえども、西洋刊行の書によれば、これを明らかにす るを得べし。今わずかにその一端を述ぶるに、四部の毘陀︹ヴェーダ︺はおのおの左の両部より成るをみるという。   第一、曼特羅︵マントラ︶呂①コ障①すなわち歌頒   第二、婆羅摩︵ブラーフマナ︶ロ品庁日四墨すなわち儀式  その他、各毘陀︹ヴェーダ︺を哲学的に解説し、宇宙の本源、造化の本体、および人類と梵天︹ブラフマー︺との 関係等を論明したるものあり。これを優波尼薩土︹ウパニシャッド︺ご冨巳ω7巴と名付く。もしこの諸部を宗教と 哲学との二者に分かてば、曼特羅︹マントラ︺および婆羅摩︹ブラーフマナ︺は、宗教に属する部門にして、優波尼 薩土︹ウパニシャッド︺は、哲学に属する部門なり。けだし優波尼薩土︹ウパニシャッド︺の語は、秘奥の義を含み、 毘陀︹ヴェーダ︺の裏面に潜在せる秘奥の道理を開示するの意を有すという。余聞く、毘陀︹ヴェーダ︺は、表面に 多神教の説を示し、裏面に一神教あるいは凡神教の意を含むと。しかしてその裏面の意を開明したるものは、実 に優波尼薩土︹ウパニシャッド︺なり。外道諸派の哲学は、みなこれより派生せりという。外道の経論は、毘陀︹ヴ ェーダ︺を根本として、その外にもなお数種あり。そのいわゆる十八大経は、四毘陀︹ヴェーダ︺に六論を加え、更 に八論を合したるものなり。左に﹃百論疏﹄によりて六論の名目を示すべし。   一、式叉︹シクシャー︺論︵六十四能法を訳す︶       05       2   二、毘迦羅︹ヴィヤーカラナ︺論︵諸音声法を釈す︶

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  三、桐刺波︹カルパ︺論︵諸天仙上古以来の因縁名字を釈す︶   四、竪底沙︹ジュヨーティシャ︺論︵天文、地理、算数等の法を釈す︶   五、聞陀︹チャンダス︺論︵首盧迦︹シュローカ︺を作る法を釈す、首盧迦︹シュローカ︺とは偶の名なり︶   六、尼鹿多︹ニルウクタ︺論︵一切物名を立つる因縁を釈す︶  つぎに八論とは左のごとし。   一、肩亡婆︹アーバトゥヤ︺論︵諸法の是非を簡択す︶   二、那邪砒薩多︹ニヤーヤヴィスタラ︺論︵諸法の道理を明かす︶   三、伊底呵婆︹イティハーサ︺論︵伝記宿世のことを明かす︶   四、僧怯︹サーンキヤ︺論すなわち数論︵二十五諦を解す︶   五、課伽︹ガルガ︺論︵摂心法を明かす、第四、第五両論同じく解脱の法を明かす︶   六、陀菟︹ダヌル︺論︵兵杖を用うる法を釈す︶   七、健闇婆︹ガーンダルヴァ︺論︵音楽の法を釈す︶   八、阿輸︹アーユル︺論︵医方を釈す︶  以上の諸論は、多く四毘陀︹ヴェーダ︺に基づきてその一部を解説したるものなるべし。その他、外道中に種々 の経論あるべきも、仏書中にこれを伝えざりしをもって、その名目すらなお知ることあたわず。ただ数論および 勝論外道の書に至りては、これを訳して蔵経雑蔵部門中に加えたるをもって、ややその大要を知ることを得。す なわち 206

(26)

印度哲学綱要   ﹃金七十論﹄三巻   ﹃勝宗十句義論﹄一巻  右二書これなり。その他 論﹄﹃唯識論﹄等の数書に、 数論外道迦毘羅︹カピラ︺仙人造 勝論外道慧月︹マティチャンドラ︺造 ﹃浬葉経﹄﹃拐伽経﹄﹃大日経﹄﹃中論﹄ 外道の諸説の散在せるをみる。

第七章学派分類

陳天竺沙門真諦訳 大唐三蔵玄笑訳 ﹃百論﹄﹃智度論﹄﹃方便心論﹄ ﹃楡伽論﹄﹃顕揚  インド諸派の哲学は、その多きこと九十余種にわたれるをもって、古来これを分類するに一定の説あるをみず。 しかるに西洋にては、近来インド哲学に関する著書、続々世に出で、その用うるところの分類は、いまだ一定せ ずといえども、諸家多くこれを六大学派に分かつ。あるいは三大種あるいは八学派に分かつこともあり。まず左 に六大学派の名称を列挙すべし。        07        2 この六大学派はみな毘陀︹ヴェーダ︺哲学すなわち優波尼薩土︹ウパニシャッド︺より発達または分化したるもの

第第第第第第

六五四三ニー

派派派派派派

吠檀多︹ヴェーダーンタ︺学派くΦ口⑲コ訂すなわち明論学派 弥曼差︹ミーマーンサー︺学派ζ帥日⑪コψ・⑪すなわち声論学派 楡伽︹ヨーガ︺学派ぺo°q①すなわち秘密学派 僧怯︹サーンキヤ︺学派oりぎ六身①すなわち数論学派 吠世史迦︹ヴァイシェーシカ︺学派く巴゜・o。・臣書あるいは衛世師すなわち勝論学派 尼耶也︹ニヤーヤ︺学派Z盲吉すなわち因明学派

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に外ならず。そのうち吠世史迦︹ヴァイシェーシカ︺、僧怯︹サーンキヤ︺、吠檀多︹ヴェーダーンタ︺の三学派は、 理論の最も発達せるものとなす。尼耶也︹ニヤーヤ︺学派は、いわゆる因明学派にして、論理の方則を論定するに 過ぎず。楡伽︹ヨーガ︺学派は、秘密教にして、神怪に属すること多ければ、これまた哲学の価値を有することす くなし。弥曼差︹ミーマーンサー︺に至りては、その目的、毘陀︹ヴェーダ︺神典の儀式に関することを説明するに あれば、これに哲学の名称を付することすら、なお不当なるを覚ゆ。あるいはまたこの六学派を三大派となすを 得。すなわち西洋にて伝うるところによるに、吠世史迦︹ヴァイシェーシカ︺学派は尼耶也︹ニヤーヤ︺学派より発 達したるものなれば、この二種を合して一派となし、楡伽︹ヨーガ︺学派は、僧怯︹サーンキヤ︺の分派なれば、こ れまた合類するを得。しかして弥曼差︹ミーマーンサー︺、吠檀多︹ヴェーダーンタ︺の二派は、共に毘陀︹ヴェーダ︺ 学派にして有神論派なれば、これもとより一大派中の分類なり。その他、以上の六大学派に反対して起こりたる ものに、仏教学派あり。また別に閣伊那︹ジャイナ︺と名付くる一学派あり。これを合すれば、総じて八大学派と なる。もしこれを有神、無神をもって分かつときは、弥曼差︹ミーマーンサー︺、吠檀多︹ヴェーダーンタ︺のごと きは有神学派にして、仏教および閣伊那︹ジャイナ︺教のごときは無神学派なり。その他の諸派は、よろしく中間 学派と称すべし。しかるに仏教にて古来用うる分類中には、いまだ六大学派に分かちたるものあるをみず。ただ ﹃浬薬経﹄および﹃維摩経﹄中に、外道に六師あることを示せり。これ仏教以前に存せし外道にして、諸学派の 根本なりとす。しかしてその末派は、実に九十余種の多きに及べり。故に外道を総称して、あるいは九十五種、 あるいは九十六種ありという。しかれどもその六師は、西洋所伝の六派と、分類上大いに異なるところあり。今 仏書中に散見する分類上の異説を述ぶべし。 208

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印度哲学綱要  およそ外道の分類に学派の名目、開祖の名称につきて立つるものと、各派のとるところの意見主義に従って定 むるものとの両様あり。たとえば﹃外道小乗四宗論﹄にては、四種に分かち、﹃外道小乗浬藥論﹄にては、二〇種 に分かち、﹃唯識論﹄は六種もしくは=二種に分かち、﹃大日経﹄は三〇種に分かつがごときは、みな学派上の分 類なり。しかしてその諸派の本源となすものは、数論、勝論の二派とす。すなわち﹃中論疏﹄に、僧怯︹サーンキ ヤ︺︵数論︶、衛世︹ヴァイシェーシカ︺︵勝論︶はこれ外道の宗と称するを見て知るべし。また数論、勝論、勒娑 婆︹リシャバ︺︵尼乾子︹ニルグランタ・プトラ︺︶をもって本源の三外道となす。そのことは﹃止観﹄に出づ。も し各派所執の見解につきては、﹃唯識論﹄には四執を掲げ、﹃楡伽論﹄および﹃顕揚論﹄には十六計を示し、﹃智度 論﹄には六十二見、﹃樗伽経﹄には百八句を説くがごとき異同あり。しかしてその根本は、断常二見、あるいは有 無二見、あるいは我見、あるいは身見、あるいは辺見より起こるとなす。たとえば﹃浬薬経﹄に、衆生見を起す におよそ二種あり、一は常見、二は断見とあり、﹃大乗玄論﹄に、九十六種外道の所執は、有無を出でずとあり、 ﹃起信論﹄には、一切の邪執、みな我見によるとあるがごとし。あるいはまた外道の所見は、邪因、無因の二種 に外ならずとなす。すなわち﹃中論疏﹄には、すべて外道を論ずるに、およそ二計あり、一は邪因を計し、二は 無因を執すと説き、﹃華厳演義紗﹄にも、諸計を結んで二因に帰すと述ぶるをみて知るべし。  その他、仏教の外道分類に、内外を分かちて、内の外道、外の外道と称することあり。内の外道とは、仏教内 の小乗をいう。もし真言一家の説によれば、外道に三種の別あるがごとし。すなわち仏教を内道として、自余の 諸派を外道となす、その一なり。大乗を内道として、小乗を外道となす、その二なり。密教を内道として、顕教       09 を外道となす、その三なり。しかるに天台にても、﹃止観﹄に、三種の外道あることを説けり。その第一は仏法外 2

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の外道、第二は付仏法外道、第三は学仏法成外道なり。付仏法外道とは、自ら仏書を読みて一見を生じ、仏法に 付して起こるものをいい、学仏法成外道とは、仏門に入りて煩悩を起こし、よってもってその理に体達すること あたわざるものをいう。故にこの二者は、いわゆる内の外道なり。しかして余が述ぶるところは、外の外道に限 ると知るべし。

第八章 外道諸派

 まず外道の学派上の分類を考うるに、﹃華厳経疏﹄には、外道多しといえども、僧怯︹サーンキヤ︺と衛世︹ヴァ イシェーシカ︺とに外ならずとありて、一切の外道は数論、勝論の二種に帰することを説けり。これこの二種をも って根本外道となすゆえんなり。また﹃注維摩経﹄﹃止観﹄等には、外道に一切智、神通、章陀︹ヴェーダ︺の三種 あることを示せり。しかるに﹃外道小乗四宗論﹄には、左の四類を挙げて、これに評論を下せり。   一、数論︵僧怯︹サーンキヤ︺論師説︶   二、勝論︵毘世師︹ヴァイシェーシカ︺論師説︶   三、尼健子︹ニルグランタ・プトラ︺論師説︵勒沙婆︹リシャバ︺仙論︶   四、若提子︹ジュニャーティ・プトラ︺論師説  その第一は一切法一と立て、第二は一切法異と立て、第三は一切法倶、第四は一切法不倶と立つることを示せ り︵尼挺︹ニルグランタ︺の腱は乾または度に作る︶。つぎに﹃維摩経﹄に出でたる六師の名目は左のごとし。   一、富蘭那迦葉︹プーラナ・カーシュヤパ︺ 210

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印度哲学綱要   二、末伽梨拘除梨子︹マスカリン・ゴーシャーリープトラ︺   三、刑閣夜毘羅砥子︹サンジャイン・ヴァイラティープトラ︺   四、阿書多翅舎欽婆羅︹アジタ・ケーシャカンバラ︺   五、迦羅鳩駄迦栴延︹クラクダ・カーティヤーヤナ︺   六、尼鍵陀若提子︹ニルグランタ・ジュニャーティプトラ︺  今﹃止観﹄によってそのとるところの主義を述ぶるに、富蘭那迦葉︹プーラナ・カーシュヤパ︺は不生不滅を計 し、末伽梨拘除梨子︹マスカリン・ゴーシャーリープトラ︺は、衆生の苦楽は、因縁あることなく、自然のみと計 し、剛闇夜毘羅砥子︹サンジャイン・ヴァイラティープトラ︺は、衆生八万劫を経れば、苦尽きて自ら道を得、な お縷丸を高山に転じて、縷尽くれば自らとどまるがごとしと計す、阿書多翅舎欽婆羅︹アジタ・ケーシャカンバラ︺ は、罪報の苦は、巌に投じ髪を抜くがごとき苦行をもって、これに代えざるべからずと計す、迦羅鳩駄迦栴延︹ク ラクダ.カーティヤーヤナ︺は、亦有亦無と計す、尼健陀若提子︹ニルグランタ・ジュニャーティプトラ︺は、業の 所作は定まりて改むべからずと計すという。この六師は前章に述ぶるがごとく、九十六種外道の根本にして、﹃維 摩経﹄の外、﹃浬樂経﹄中にも出つるところなり。ただ両経中、六師の名称同一なりといえども、その所執の主義 に至りては、前後不同あり。また﹃釈論開解抄﹄には、僧怯︹サーンキヤ︺、衛世︹ヴァイシェーシカ︺、勒娑婆︹リ シャバ︺、若提子︹ジュニャーティ・プトラ︺、自在︹イーシュヴァラ︺、章紐︹ヴィシュヌ︺の六種を挙げて、外道の 六師となす。これ前章に示せる西洋所伝の六大学派の分類に近し。すなわちその第一と第二とは、六大学派の第 二および第三なること言を待たず。その第五と第六とは、自在天もしくは章紐︹ヴィシュヌ︺天を立つる有神外道 211

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なれば、六大学派の第五、第六と同一種なること明らかなり。ただその第三と第四とは、六大学派中に見えざる        12 なり。もしまた﹃義林章﹄によれば、大類外道別に六計ありと説きて、その六計は、数論、勝論、明論、声顕論、 2 声生論、順世論の六種なり。これ﹃唯識論﹄に出でたる外道の名目なり。もしこれを開けば十三計となる。すな わち左のごとし。    一、数論     二、勝論   三、大自在天外道   四、大梵︹マハーブラフマー︺計    五、時計     六、方計   七、本際計      八、自然計    九、虚空計   一〇、我計  一一、明論外道    一二、声顕声生論   =二、順世外道  しかるに﹃華厳演義紗﹄には、外道の種類を十一宗となす。すなわち左のごとし。    一、数論      二、勝論      三、塗灰外道    四、囲陀︹ヴェーダ︺論師   五、安茶︹アンダ︺論師    六、時散外道    七、方論師         八、路伽耶︹ローカーヤタ︺ 九、口力論師   一〇、宿作論師       =、無因論師  つぎに﹃外道小乗浬磐論﹄の二十種外道を列挙すれば、左のごとし。    一、小乗外道論師説      二、外道方論師説    三、風論師説       四、囲陀︹ヴェーダ︺論師説    五、伊除那︹イーシャーナ︺論師説       六、保形外道論師説

(32)

印度哲学綱要

         つ

元三元三三蚕口二㍉ぽ三≡些

毘世師︹ヴァイシューシカ︺論師説 女人替属論師説 浄眼論師説 尼健子︹ニルグランタ・プトラ︺論師説 摩醗首羅︹マへーシュヴァラ︺論師説 時論師説 口力論師説 ﹃大日経﹄住心品の三十種は、 時 建立浄 流出 自然 遍厳 識 見者 内知

三q−il四二八兵iil

摩奴閣︹マヌジャ︺

〇八六四二〇八

本生安茶︹アンダ︺論師説 服水論師説 無因論師説 僧怯︹サーンキヤ︺論師説 摩陀羅︹マータラ︺論師説 行苦行論師説 苦行論師説      左表のごとし。 地等変化︵地水火風空五大外道︶ 不建立無浄 時 内我 寿者 阿頼耶︹アーラヤ︺ 能執 外知 ︵意生︶

六四一八五二九六三

摩奴婆︹マーナヴァ︺︵儒童︶ 社但梵︹ジュニャトヴァン︺ 所執 智者 補特迦羅︹プドガラ︺︵数取趣︶ 人量 尊貴 自在天 楡伽︹ヨーガ︺我︵相応︶ 213

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  二七、常定生  二八、声顕     二九、声生     三〇、非声  以上、各種の解釈説明は後章に譲る。        第九章 九十六種  外道の種類は、前章に表示せるがごとく、あるいは四種、あるいは六種、あるいは二〇種、ないし三〇種に分 かつ異説あるも、その大数を挙ぐるときは、必ず九十六種または九十五種外道と称す。すなわち﹃三論玄義﹄に は、総じて西域を論ずれば、九十六術、別に宗要を序すれば、四執盛んに行わるとあり、﹃翻訳名義集﹄には、﹃弁 正論﹄を引きて、九十五種西戎に騰嚢すとあり、かくのごとく外道の大数を九十五種となす説と、九十六種とな す説は、共に経論中に出つるところにして、﹃華厳経﹄﹃婆沙論﹄﹃智度論﹄﹃薩婆多論﹄﹃成実論﹄等には、多く九 十六種と説き、﹃浬藥経﹄﹃月蔵経﹄﹃阿含経﹄﹃僧砥律﹄﹃起信論﹄等には、九十五種と説くをみる。この二様の異 説あるにつきて、古来種々の弁解をなすものあり。もし仏家にて一般に伝うる説によれば、前章に示せる外道の 根本六師に、おのおの一五人の弟子ありて、師弟相合して総数九十六種に至るという。すなわち左式につきて見 るべし。       ①罰×一㎝迷十+Φ雪11u⊃O圃  これを解するに、六師に一五人の弟子を加えて、九〇人を得、これに根本六師を加うれば、九十六種となると いう。これ﹃薩婆多論﹄の説にして、その解釈は﹃資持記﹄に出づ。しかしてそのうち一道は、仏教中の一種、 あるいは外道中の仏教に類似せるものなれば、これを除く時に、九十五種外道と称すという。故に﹃法華文句記﹄ 214

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印度哲学綱要 には、九十六とは衆路なり、もし出宅を欲せば、ただ一門ありと説き、﹃演密紗﹄には、西方外道九十五種あり、 もし仏を兼ぬれば、九十六を成すと説けり。もし仏教中の一種を外道となすときは、その一種は小乗もしくは小 乗中の檀子部なりという。これ古来の説なれども、その果たしてしかりや否やはいまだ知るべからず。しかるに ﹃開解抄﹄には、別に一説を掲ぐ。すなわちその六師は、前章に示せる僧怯︹サーンキヤ︺、衛世︹ヴァイシェーシ カ︺、勒娑婆︹リシャバ︺、若提子︹ジュニャーティ・プトラ︺、自在︹イーシュヴァラ︺、章紐︹ヴィシュヌ︺の六師に して、﹃維摩﹄の六師と同じからず。これにおのおの一五人の弟子ありて、師弟相合して九十六種となることは、 ﹃薩婆多論﹄の説と異ならず。ただし若提子︹ジュニャーティ・プトラ︺は、勒娑婆︹リシャバ︺の弟子にして、か つ六師の一人なれば、一人にして、師弟の二義を有す。故にこれを二人として数うれば九十六となり、これを一 人として数うれば九十五となるの説なり。これまた一説となすに足るもいまだその意を尽くさず。余案ずるに、 外道の数を九十五種または九十六種と立つるは、けだしその当時の学派中の主要なるものにつきて定めたるなら ん。しかるに今日その各種の名称伝わらざる以上は、これを外道の大数となすをもって足れりとす。必ずしもそ の数のよって起こる原因を探究するを要せず。もし強いてその名数を知定せんとするときは、ついに付会を免れ ざるに至るべし。かつ六師におのおの一五人の弟子ありというがごときは、はなはだ信じ難き説にして、実際決 して各師同数の弟子を有する理あるべからず。ただ﹃義林章纂註﹄の説は、大いに参考すべきものなり。すなわ ちその説は、外道の部類は九十六種ありて、ことごとく邪道なるも、各種の外道、みな自説ひとり正道にして、 他の九十五種は邪道なりと唱うるをもって、仏教の方より言えば、九十六種みな邪道なれども、外道各派の言う 15       2 ところによれば、九十五種邪道となるべし。しかるに仏経中この両様を混ぜるをもって、九十五種︹九十︺六種の

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二説をみるに至るという。もしこの説に従えば、九十六種はことごとく外道の邪見となし、仏教をその中に加え       16 ざるなり。畢寛するにかくのごとき弁論は、もとより枝葉の末論に過ぎず。ただ古来の疏釈中、処々に散見せる 2 説なれば、ここにいささかその異説を論述したるのみ。  その他﹃秘蔵宝鎗﹄には、百種道と称することあり。百種道とは、九十六種に三乗および儒道を加えたるもの なりという説あれども、けだし大数を挙げたるのみ。また﹃釈摩詞桁論﹄に、外道というは、九十六種の諸大外 道と、九万三〇〇〇の替属外道とあるも、これまた外道徒衆の移多なるを示せるのみ。以上は仏書中にみるとこ ろの学派上の分類なり。ただし外道の所見もしくは所執につきては、さきに一言せるがごとく、別に講述せざる べからず。

第一〇章 外道諸見

 仏教より外道の諸見を称して、あるいは邪見といい、あるいは身見あるいは辺見より起こるといい、あるいは 断常二見に帰すという。よってまずいちいちこれを解釈せざるべからず。邪見とは、因果を撰無して、その理を 信ぜざる妄見をいう。身見とは、わが身中に主宰となるべき一種の我体ありと執するをいう。辺見とはあるいは 断見に偏し、あるいは常見に偏するをいう。常見とは、我人に一定せる我体常に存すと執するをいい、断見とは、 これを否定して、一切みな無常と断ずるをいう。あるいは常見とは、人は常に人たり、畜生は常に畜生たり、貴 賎常に定まり、貧富つねに分かれて動かすべからずと執するをいい、断見とは一切衆生、死すれば土となり灰と なりて、死後心識永く滅して、他世他生なしと信ずるをいう。あるいはまた有見、無見もしくは空見をもって外

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印度哲学綱要 道の所執となす。すなわち﹃百論疏﹄に、諸外道等多く空有二辺に滞まるとある、これなり。しかして有見とは、 一切万有の存否につきて、これを単に有と執するをいい、空見とは、これを単に空と断ずるをいう。これに対し て仏教は、非有非空の中道を立つるものなり。これを要するに外道の諸見は、みな我見より起こるとなす。故に ﹃唯識論﹄には、外道所執の我を三種に分かつ。すなわち一には、我体常にして周遍なり、量虚空に同じ、処に したがって業を造りて苦楽を受くと執す、これ数論、勝論等の所計となす。二には我体常なりといえども、量定 まらず、身の大小に従って巻寄ありと執す、これ無悪外道の所計となす。無葱外道とは、尼乾子︹ニルグランタ・ プトラ︺外道をいう。三には我体常にして至細なること一極微のごとく、身中に潜転して事業を作すと執す、これ 獣主遍出の所計となす。また﹃唯識論﹄に、外道の所執を一、異、亦一亦異、非一非異の四種に分かてることあ り。これさきに述べたる﹃外道小乗四宗論﹄の一、異、倶、不倶に同じ、あるいはまた﹃三論玄義﹄に、九十六 種の外道を約して左の四執に帰せり。   一、邪因邪果   二、無因有果   三、有因無果   四、無因無果  これ外道の邪執を因果論の上において四類に分かちたるものなり。これに対して仏教は、正因正果を立つるも のとなす。もしまた﹃中論﹄によれば、外道の所計に八種ありて、あるいは万物自在天より生ずと説き、あるい は章紐︹ヴィシュヌ︺天より生ずと説き、あるいは和合より生ずと説き、あるいは時より生ずと説き、あるいは世 217

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より生ずと説き、あるいは変化より生ずと説き、あるいは自然より生ずと説き、あるいは微塵より生ずと説くこ とを示せり。これを有因無因をもって論ずれば、その第七は無因にして、その他はみな邪因なりとす。  以上の分類の外に、その最も主要なるものは、﹃瑞伽論﹄および﹃顕揚論﹄の十六異論なり。左にこれを表示す べし。    一、因中有果論   二、従縁顕了論   三、去来実有論    四、計我論    五、計常論     六、宿作因論    七、自在為作者論   八、害為正法論    九、有辺無辺論  一〇、不死矯乱論  一一、無因見論    一二、断見論   ニニ、空見論    一四、妄計最勝論  一五、妄計清浄論   =ハ、妄計吉祥論  もし﹃智度論﹄によれば、十六種の知見あることを説けり。これ﹃楡伽﹄の十六異論とややその意を同じうす。 今左にこれを表示すべし。    一、我    二、衆生    三、寿者   四、命者    五、生者   六、養育    七、衆数   八、人    九、作者  一〇、使作者  一一、起者  一二、使起者   一三、受者  一四、使受者  一五、智者  一六、見者  この十六知者と﹃鍮伽﹄の十六異論とは、のちに至れば自ら知るべきをもって、ここにはその解を略す。  つぎに仏書中にしばしば見るところの六十二見を解説せざるべからず。六十二見は、さきに掲げたる身見、辺 見あるいは断常二見を開きたるものにして、外道諸見の総称といって可なり。今その名数のよって起こるゆえん 218

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を考うるに、﹃義林章﹄には、﹃智度論﹄﹃阿含経﹄﹃梵網六十二見経﹄﹃大毘婆娑論﹄﹃楡伽論﹄等に説くところ、 おのおの異同あることを記して、その見解一定し難し。もし﹃三蔵法数﹄に解するところによれば、外道の人、 色、受、想行、識の五陰法中において、一陰ごとに四種の見を起こして、二〇見となり、これを過去、現在、未 来の三世に約して論ずれば、六〇見となる。しかしてこの六〇見は、断常二見をもって根本となせば、総じて六 〇見となるという。もしこれを算式に擬して表示すれば左のごとし。       宇海×O砺×ω陣+肇海+講㎞11①N畑  そのいわゆる四見とは、即色是我、離色是我、我大色小色在我中、色大我小我在色中の四句をいう。その他、 二、三の異説あるも、あたかも九十六種外道の名数を定むるがごとく、強いてその数を満たさんと欲して、付会 せるもの多し。故にここにそのいちいちを挙示せざるなり。また﹃樗伽経﹄には、百八句の名目を掲げたり。こ れを﹃十住心論﹄には、﹃樗伽経﹄に百八部の邪見を説くとあれども、これまた列挙するを要せず。

第一一章 外道年代

印度哲学綱要  すでに外道の学派上および見解上の分類を略述したれば、これよりいちいちこれを弁明せざるべからず。しか るにその前にまず外道生起の年代を知るを要するをもって、ここに各派の前後を考定せんとす。そもそもインド は正史のよってもって事実を徴すべきものなく、外道はもちろん、仏教といえども、仏生仏滅の年代明らかなら ず。けだしインド人は、その性質漠然として多く想像をもって遣り、歳月の新旧等には更に意を注がざるものの       19       2 ごとし。故に今余が考定せんと欲するところも、仏以前と仏以後における外道生起の前後を示すより外なし。ま

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ず﹃維摩注経﹄によるに、外道六師は、仏いまだ出世せざりし時、その道すでに天竺に王たりと説き、﹃止観﹄に は、仏出つる時に至りて、六大師ありと説き、﹃樗伽義疏﹄には、仏いまだ出でざりし時、すでに四大計、極微計、 虚空計等の外道の世に行われたるがごとく説けり。また﹃止観﹄のいわゆる本源三外道は、数論、勝論、尼乾子 ︹ニルグランタ・プトラ︺の三宗にして、そのうち数論の祖たる迦毘羅︹カピラ︺仙をもって本源中の本源となす。 また﹃止観輔行﹄には、勝論の祖をもって仏前八〇〇年の出世となす。また﹃因明大疏﹄によるに、数論は成劫 の初めに出で、勝論は成劫の末に出つとあるがごときは、数論は勝論の前にありしことを証するに足る。つぎに 尼乾子︹ニルグランタ・プトラ︺の祖たる勒娑婆︹リシャバ︺は、本源三師の一にして、その年代知るべからずとい えども、数論、勝論ののちに起こりしことは、やや考定するを得べし。また﹃四宗論﹄のいわゆる四大外道の一 なる若提子︹ジュニャーティ・プトラ︺は、勒娑婆︹リシャバ︺の弟子なりと伝うるをもって、尼乾子︹ニルグランタ・ プトラ︺の後なること明らかなり。しかして﹃維摩経﹄に、この二種を合して尼乾陀若提子︹ニルグランタ・ジュ ニャーティプトラ︺とし、もって六師の一に加うるよりみれば、尼乾子︹ニルグランタ・プトラ︺、若提子︹ジュニ ャーティ・プトラ︺共に仏以前より世にありしもののごとし。その他、数書によって考察するに、比較上、数論最 初に起こり、勝論そのつぎに起こり、尼乾子︹ニルグランタ・プトラ︺は勝論のつぎにして、若提子︹ジュニャーテ イ・プトラ︺はまたそのつぎなるに似たり。この四大派は、仏出世の時、すでに世間に流布して、多少の勢力を有 せしは、けだし疑いなかるべし。しかりしこうして因明の鼻祖たる足目︹アクシャ・パーダ︺仙人は、数論の前に 世に出でて、因明学派を開きたるもののごとし。その在世の年代は、もとより知るべからずといえども、因明書 類に記せるところによるに、その仙人劫初に出でて因明を起こせりといい、また大梵︹マハーブラフマー︺王の化 220

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