単因子と
Jordan
標準形
∗ 佐藤 篤† 1 序 本節を通して R を単位元1 をもつ可換環とする. 1.1 行列の標準形 Mn(R) をR 上の n次全行列環とし,この集合の関係∼R,≈R をそれぞれ A∼RA′ :⇐⇒ ∃P, Q ∈ GLn(R) s.t. A′ = QAP, A≈RA′ :⇐⇒ ∃P ∈ GLn(R) s.t. A′ = P−1AP により定める. ここで GLn(R) はR 上の n 次一般線型群を表す: GLn(R) := Mn(R)×={ P ∈ Mn(R) ; det P ∈ R×}. 容易にわかるように∼R,≈R は共にMn(R) の同値関係で, A≈RA′ ならばA∼RA′ が成り立つ. A∼RA′ (resp. A≈RA′) のとき, AとA′ はR 上対等(resp. 相似) であるという. これらの同値 関係について,次のような問題が考えられる: (A) 行列A, A′ は,いつ同値になるか? (B) 各同値類の代表元として,どのような形の行列がとれるか? 行列 A の標準形を求める問題とは, A の属する同値類からなるべく簡単な形をした代表元を見つ け出すことに他ならない. 1.2 単因子論の復習 R が単項イデアル整域の場合には,同値関係∼R に関する問題(A), (B)への解答は次で与えら れる: ∗代数学概論III演習(2001年度後期,於 東北大学理学部)用の講義ノートに加筆修正[2011年4月5日版] †東北大学大学院理学研究科数学専攻(E-mail: [email protected])定理 1.1 Rを単項イデアル整域とするとき: (i) A∼RA′ となるためには, A とA′ のR 上の単因子が一致することが必要かつ十分. (ii) R上の単因子が((d1), (d2), . . . , (dr) ) であるような行列全体のなす∼Rに関する同値類の 代表元として d1
0
d2 . .. dr 0 0 . ..0
0 なる行列がとれる. 行列の単因子は様々な意味をもっているが,中でも特に重要なのは次の事実である: 定理 1.2 Rを単項イデアル整域とし,行列 A∈ Mn(R) が定めるR-線型写像をφとする: φ : Rn∋ x 7−→ Ax ∈ Rn. このとき, A のR 上の単因子を((d1), (d2), . . . , (dr) ) とすると, R-加群の同型 Rn/ Im φ ∼= R/(d1)⊕ R/(d2)⊕ · · · ⊕ R/(dr)⊕ Rn−r が成り立つ. 注意 1.3 以上で述べた結果は,正方行列だけではなく一般の型の行列に対して拡張できる. 1.3 行列の直和 行列A1 ∈ Mn1(R), A2 ∈ Mn2(R), . . . , Ar∈ Mnr(R) に対し, A10
A2 . ..0
Ar ∈ Mn(R) (n := n1+ n2+· · · + nr) をA1, A2, . . . , Ar の直和といい, A1⊕ A2⊕ · · · ⊕ Ar または ⊕ 1≤i≤rAi で表す. この記法を用い れば,対角行列はa1⊕ a2⊕ · · · ⊕ an や ⊕ 1≤i≤nai のように書くことができる. 次の命題と補題は次節以降で用いられる:命題 1.4 A1, A2, A3, . . .を R の元を成分とする正方行列とするとき: (i) (A1⊕ A2)⊕ A3 = A1⊕ (A2⊕ A3) = A1⊕ A2⊕ A3. (ii) A1⊕ A2≈RA2⊕ A1. (iii) A1≈RA′1 かつ A2 ≈RA2′ ならば A1⊕ A2≈RA′1⊕ A′2. 補題 1.5 A ∈ Mn(R) とn = n1+ n2+· · · + nr なるA1 ∈ Mn1(R), A2 ∈ Mn2(R), . . . , Ar ∈ Mnr(R)に対して次は同値: (a) AとA1, A2, . . . , Ar の直和はK 上相似: A≈KA1⊕ A2⊕ · · · ⊕ Ar. (b) Rnの R 上の基底 x11, x12, . . . , x1n1, x21, x22, . . . , x2n2, . . . , xr1, xr2, . . . , xrnr で次をみたすものが存在する: A(x11x12 . . . x1n1 ) =(x11x12 . . . x1n1 ) A1, A(x21x22 . . . x2n2 ) =(x21x22 . . . x2n2 ) A2, . . . , A(xr1 xr2 . . . xrnr ) =(xr1 xr2 . . . xrnr ) Ar. 問題 1.6 上の命題と補題を証明せよ. 2 多項式環に関する補題 K[t]を体K 上の1変数多項式環とする. この環は多項式の次数によってEuclid環になり,従っ て単項イデアル整域である. また,その単数群は 0 でない定数の全体に一致する: K[t]× = K×. 本節では, K-係数のモニックな m次式 d(t) = tm+ cm−1tm−1+· · · + c1t + c0∈ K[t] (cj ∈ K) をひとつ固定し, K[t]-加群 K[t]/(d(t))に関するいくつかの補題を述べる. 2.1 K[t]-加群の K-ベクトル空間構造 一般に, K[t]-加群は自然にK-ベクトル空間と見なせて, K[t]-線型な写像はK-線型でもある. ま た, M を K[t]-加群とするとき, M の部分 K[t]-加群は部分 K-ベクトル空間でもある. 逆に, M の部分 K-ベクトル空間N が部分 K[t]-加群であるためには, N がt-不変(i.e., tN ⊆ N)である
ことが必要かつ十分である. さらに, M がM = N1⊕ N2⊕ · · · ⊕ Nr とK[t]-加群として直和分解 されたならば, これはK-ベクトル空間としての直和分解でもある. つまり, M は (K-ベクトル空 間として) t-不変な部分空間N1, N2, . . . , Nr の直和となる. 2.2 K[t]/(d(t)) の K-ベクトル空間構造 まず, m = 0 (i.e., d(t) = 1) ならば, (d(t)) は K[t] に一致するから, K[t]/(d(t)) = 0. また, m > 0 のときには, ξj := tj mod d(t)∈ K[t]/(d(t)) (j = 0, 1, . . . , m− 1) と置くと, ξ0, ξ1, . . . , ξm−1 はK[t]/(d(t)) のK 上の基底を与える. 従って: 補題 2.1 dimKK[t]/(d(t)) = deg d(t). さて,各f (t)∈ K[t]はK[t]/(d(t))からそれ自身への写像 µf (t): g(t) mod d(t)7−→ f(t) · ( g(t) mod d(t))= f (t) g(t) mod d(t) を引き起こすが, これは K-ベクトル空間 K[t]/(d(t)) の線型変換である. この写像について次が 成り立つ: 補題 2.2 f (t)∈ K[t]に対して次は同値: (a) µf (t) は零写像. (b) d(t)| f(t). [証明]まず, µf (t) ( 1 mod d(t)) = f (t) mod d(t) より, µf (t) が零写像ならばd(t) | f(t) となるこ とがわかる. 逆に, d(t)| f(t) ならばµf (t) が零写像となることは明らか. 2.3 µt の行列表示 最後に, m > 0 として, tが引き起こす K[t]/(d(t)) の線型変換 µt: g(t) mod d(t)7−→ t · ( g(t) mod d(t))= t g(t) mod d(t) の(K[t]/(d(t))の適当な基底に関する)行列表示を求める.
2.3.1 一般の場合 µtのξ0, ξ1, . . . , ξm−1 に関する行列表示を求めるためには,各µt(ξj)をξ0, ξ1, . . . , ξm−1 の線型 結合として具体的に表せばよい. ξj と µt の定義より µt(ξj) = tj+1mod d(t) であるが, j = 0, 1, . . . , m− 2ならば,これはξj+1 に他ならない. また, j = m− 1のときには, tm≡ −(cm−1tm−1+· · · + c1t + c0) (mod d(t)) より, µt(ξm−1) =−c0ξ0− c1ξ1− · · · − cm−1ξm−1. これらをまとめて: ( µt(ξ0) µt(ξ1) . . . µt(ξm−1) ) =(ξ0 ξ1 . . . ξm−1 ) 0
0
−c0 1 0 −c1 1 . .. ... . .. 0 −cm−20
1 −cm−1 . この式の右辺に現れたm 次行列を d(t)の同伴行列といい, C(d(t)) で表す(この行列を転置した ものを同伴行列と呼ぶこともある). ただし, m = 1のときには C(d(t)) := (−c0) とする. このと き上の計算より: 補題 2.3 K[t]/(d(t)) の線型変換 µt のξ0, ξ1, . . . , ξm−1 に関する行列表示は, d(t) の同伴行列 C(d(t))で与えられる. 2.3.2 d(t) = (t− α)m の場合 d(t) = (t− α)m (α∈ K) の場合には, ξ0, ξ1, . . . , ξm−1 とは別の基底をとることにより,行列表 示をより簡単な形にすることができる. いま ηj := (t− α)j mod d(t)∈ K[t]/(d(t)) (j = 0, 1, . . . , m− 1) と置くと, η0, η1, . . . , ηm−1 はK[t]/(d(t)) のK 上の基底を与える. さて, t (t− α)j = α(t− α)j+ (t− α)j+1 より, j = 0, 1, . . . , m− 2ならば µt(ηj) = α ηj+ ηj+1.また, j = m− 1のときには, t (t− α)m−1 = α(t− α)m−1+ (t− α)m ≡ α(t − α)m−1 (mod d(t)) より, µt(ηm−1) = α ηm−1. これらをまとめて, ( µt(η0) µt(η1) . . . µt(ηm−1) ) =(η0 η1 . . . ηm−1 ) α
0
1 α 1 α . .. ...0
1 α . この式の右辺に現れたm 次行列を固有値α のm 次Jordan 細胞といい, Jm(α)で表す(この行 列を転置したものをJordan 細胞と呼ぶこともある). ただし, m = 1 のときにはJ1(α) := (α) と する. このとき上の計算より: 補題 2.4 K[t]/((t− α)m) の線型変換µt のη0, η1, . . . , ηm−1 に関する行列表示は,固有値α のm 次Jordan 細胞 Jm(α) で与えられる. 系 2.5 C((t− α)m)≈K Jm(α). 2.3.3 d(t) が 1 次式の積に分解される場合 d(t)が K 上で 1 次式の積に分解されるとき, d(t) = (t− α1)m1(t− α2)m2· · · (t − αs)ms (αj ∈ K, mj > 0) (ただし α1, α2, . . . , αs は相異なるとする) とすると: 補題 2.6 K[t]-加群として, K[t]/(d(t)) ∼= K[t]/((t− α1)m1)⊕ K[t]/((t − α2)m2)⊕ · · · ⊕ K[t]/((t − αs)ms). 系 2.7 C(d(t))≈K Jm1(α1)⊕ Jm2(α2)⊕ · · · ⊕ Jms(αs). 問題 2.8 上の補題と系を証明せよ.3 行列の標準化 I 以下 K を体とし, Mn(K) の同値関係 ≈K に関する問題 (A), (B) を考える. すなわち, 行列 A = (aij)∈ Mn(K)を固定し,その ≈K に関する標準形を求めることを考える. 3.1 特性行列の単因子 K 上の1 変数多項式を成分とする行列tE− A ∈ Mn(K[t])を A の特性行列といい,その行列 式|tE − A| ∈ K[t] をA の特性多項式 (または固有多項式) という. 補題 3.1 (i)特性行列tE− AのK[t]上の単因子は((d1(t)), (d2(t)), . . . , (dn(t)) ) なる形になる. (ii)各di(t)をモニックにとることにすれば, d1(t), d2(t), . . . , dn(t)はA から一意的に定まり, |tE − A| = d1(t) d2(t)· · · dn(t) が成り立つ. 問題 3.2 上の補題を証明せよ. いま, A の特性行列が定めるK[t]-線型写像をφとする: φ : K[t]n∋ f(t) 7−→ (tE − A)f(t) ∈ K[t]n. また,((d1(t)), (d2(t)), . . . , (dn(t)) ) をA の特性行列の K[t]上の単因子とする: (∗) tE− A ∼K[t] d1(t)⊕ d2(t)⊕ · · · ⊕ dn(t), d1(t)| d2(t)| · · · | dn(t). ただし,各di(t)∈ K[t]はモニックにとっておく. このとき,定理 1.2より: 補題 3.3 K[t]-加群として, K[t]n/ Im φ ∼= K[t]/(d1(t))⊕ K[t]/(d2(t))⊕ · · · ⊕ K[t]/(dn(t)). 系 3.4 dimKK[t]n/ Im φ = n. [証明]まず上の補題と補題 2.1より, dimKK[t]n/ Im φ = n ∑ i=1 dimKK[t]/(di(t)) = n ∑ i=1 deg di(t). 次に補題3.1 の(ii)より, n ∑ i=1
deg di(t) = deg|tE − A| = n.
3.2 Kn の K[t]-加群構造 以下, Kn を f (t)· x := f(A) x (f (t)∈ K[t], x ∈ Kn) により K[t]-加群と見なす(f (t) = a∈ K ならばf (t)· x = aE x = ax となるから,このK[t]-加 群構造はKn の自然なK-ベクトル空間構造と両立する). Kn は K-ベクトル空間として e1:=t(1, 0, 0, . . . , 0), e2 :=t(0, 1, 0, . . . , 0), . . . , en:=t(0, 0, . . . , 0, 1) で生成されているから, K[t]-加群としてもe1, e2, . . . , enで生成される. 従って,写像 ψ : K[t]n→ Kn を ψ(f (t)):= n ∑ j=1 fj(t)· ej = n ∑ j=1 fj(A) ej ( f (t) =t(f1(t), f2(t), . . . , fn(t))∈ K[t]n ) により定めると, ψ はK[t]-線型な全射になる. 命題 3.5 K[t]n−−→ K[t]φ n−−→ Kψ n−−→ 0 はK[t]-線型写像の完全列. [証明] Im φ とKer ψ が一致することを示せばよい. まず,
φ(ej) =t(−a1j, . . . ,−aj−1;j, t− ajj,−aj+1;j, . . . ,−anj)
より ψ(φ(ej)) =−a1j· e1− · · · − aj−1;j· ej−1+ (t− ajj)· ej− aj+1;j· ej+1− · · · − anj· en = A ej− (a1je1+ a2je2+· · · + anjen) = 0. ここで, K[t]n はe1, e2, . . . , en を基底とするK[t]-自由加群であることに注意すると,上の計算よ りψ◦ φ = 0, すなわちIm φ⊆ Ker ψ となることがわかる. さて, 系 3.4 で述べたようにdimKK[t]n/ Im φ = n. 一方, Kn = Im ψ ∼= K[t]n/ Ker ψ より dimKK[t]n/ Ker ψ = n. これらの等式と上で示したIm φ⊆ Ker ψ よりIm φ = Ker ψとなること
がわかる(下の問題を見よ).
問題 3.6 V を体 K 上のベクトル空間(dimKV =∞でもよい), W′⊆ W をその部分空間とする
命題 3.5から Kn= Im ψ ∼= K[t]n/ Ker ψ = K[t]n/ Im φ となることがわかるが,これと補題 3.3より次の定理が得られる: 定理 3.7 Kn を f (t)· x := f(A) x (f (t)∈ K[t], x ∈ Kn) により K[t]-加群と見なすとき, Kn∼= K[t]/(d1(t))⊕ K[t]/(d2(t))⊕ · · · ⊕ K[t]/(dn(t)). 系 3.8 Kn はK[t]-加群として Kn= W1⊕ W2⊕ · · · ⊕ Wn, Wi ∼= K[t]/(di(t)) (i = 1, 2, . . . , n) なる直和分解をもつ. 3.3 有理標準形 系3.8 よりKn は (K-ベクトル空間として) t-不変な部分空間W1, W2, . . . , Wn の直和となる ことがわかるが,各 Wi が t-不変であるということは, Wi がA-不変(i.e., AWi ⊆ Wi) であると いうことに他ならない. 行列Aの Wi への作用を調べるためにはt のK[t]/(di(t)) への作用を見 ればよいが,それについては既に§2 で調べてある. まず,補題 2.2より: 命題 3.9 f (t)∈ K[t]に対して次は同値: (a) f (A) = O. (b) dn(t)| f(t). [証明]系 3.8と補題 2.2より f (A) = O ⇐⇒ f(A) x = 0 ∀x ∈ Kn ⇐⇒ 各 i = 1, 2, . . . , nに対し, f (A) xi = 0 ∀xi ∈ Wi ⇐⇒ 各 i = 1, 2, . . . , nに対し, di(t)| f(t) であるが, d1(t)| d2(t)| · · · | dn(t) より,これは dn(t)| f(t)に同値である. 系 3.10 dn(t)はA のK 上の最小多項式. また,補題 2.3 と補題1.5 より:
定理 3.11 Aは特性行列の単因子から得られる同伴行列の直和と K 上相似: A≈K ⊕′ 1≤i≤n C(di(t) ) . ここで, ⊕′1≤i≤n はdi(t)̸= 1なる i = 1, 2, . . . , n に関する直和を意味するものとする. 右辺の行 列を A の有理標準形 (または Frobenius 標準形) という. 系 3.12 A′ ∈ Mn(K)に対して次は同値: (a) AとA′ はK 上相似: A≈K A′. (b) Aの特性行列と A′ の特性行列は K[t]上対等: tE− A ∼K[t]tE− A′. [証明] (a) から (b)が従うことは容易. また,定理より逆もわかる. 系 3.13 転置行列tA はA とK 上相似: tA≈ K A. [証明]tAの特性行列 tE−tA =t(tE− A)はAの特性行列と K[t] 上対等である. 実際, tE− A = Q(t)(d1(t)⊕ d2(t)⊕ · · · ⊕ dn(t) ) P (t) (P (t), Q(t)∈ GLn(K[t]) ) とすると tE−tA =tP (t)(d1(t)⊕ d2(t)⊕ · · · ⊕ dn(t) )t Q(t). これより主張を得る. 例 3.14 多項式d(t) = tm+ cm−1tm−1+· · · + c1t + c0 の同伴行列C := C ( d(t))について, P := c1 c2 . . . cm−1 1 c2 cm−1 1 .. . . .. . .. cm−1 1 1
0
と置くと, P ∈ GLm(K)で, P−1CP =tC が成り立つ. 問題 3.15 (i)上の例の計算を確かめよ. (ii) 固有値 α の m 次 Jordan 細胞 J := Jm(α) について, P−1J P = tJ となるような P ∈ GLm(K)を求めよ.4 行列の標準化 II 本節では, (⋆) A の特性多項式 |tE − A| はK 上で1 次式の積に分解される なる仮定の下で,有理標準形よりも簡単な標準形を求めることを考える(K が代数的閉体であれば (⋆)は常に成り立つ). 記号や仮定は前節の通りとする. 4.1 Jordan 標準形 補題3.1の(ii)より|tE−A| = d1(t) d2(t)· · · dn(t)であるから,仮定(⋆)より,各di(t)はK上1 次式の積に分解される. d1(t)| d2(t)| · · · | dn(t)であることにも注意すると, d1(t), d2(t), . . . , dn(t) の分解は次のようになることがわかる: di(t) = s ∏ j=1 (t− αj)mij (0≤ m1j≤ m2j≤ · · · ≤ mnj̸= 0). ここで, α1, α2, . . . , αs はAの相異なる固有値を表す. 従って,定理3.11,系 2.7ならびに命題1.4 より: 定理 4.1 A は固有値α1, α2, . . . , αs の Jordan細胞の直和と K 上相似: A≈K ⊕ 1≤j≤s ⊕′′ 1≤i≤n Jmij(αj). ここで,⊕′′1≤i≤nはmij ̸= 0なる i = 1, 2, . . . , n に関する直和を意味するものとする. 右辺の行列 をA のJordan 標準形という. 注意 4.2 これまでの議論からわかるように,行列A のJordan 標準形はJordan 細胞の順序の違 いを除いて一意的である(命題 1.4の(i)と(ii)より, Jordan 細胞の順序を替えて得られる行列は 元の行列に相似である). 系 4.3 A がK 上対角化可能 (i.e.,対角行列と K 上相似) であるためにはA のK 上の最小多項 式dn(t)が重根をもたないことが必要かつ十分. [証明]まず,必要であることは容易. 逆にdn(t) が重根をもたないとすると, mn1 = mn2=· · · = mns = 1となるから, 全ての mij は0 または 1 になる. すなわち, Aの Jordan 標準形に現れる Jordan 細胞は全て1 次で, Jordan 標準形は対角行列になる.
例 4.4 (同伴行列の Jordan 標準形) 多項式 d(t) = tm+ cm−1tm−1+· · · + c1t + c0 = (t− α1)m1(t− α2)m2· · · (t − αs)ms (αj ∈ K, mj > 0) (ただし α1, α2, . . . , αs は相異なるとする) の同伴行列C := C ( d(t)) について, tE− C ∼K[t] 1⊕ 1 ⊕ · · · ⊕ 1 ⊕ d(t) が成り立つ. 実際, aj(t) := tj+ cm−1tj−1+· · · + cm−j (j = 1, 2, . . . , m− 1)として P (t) := 1
0
am−1(t) . .. ... 1 a2(t) 1 a1(t)0
1 , Q(t) := 1 t t2 . . . tm−1 1 t . .. ... . .. ... t2 1 t0
1 と置くと, P (t), Q(t)∈ GLm(K[t])で, Q(t)(tE− C)P (t) = 00
d(t) −1 0 0 −1 0 0 . .. ... ...0
−1 0 . 従って, C のJordan 標準形は ⊕ 1≤j≤s Jmj(αj) となる. 4.2 Jordan 標準形の計算 A∈ Mn(K)の Jordan 標準形を求めるためには,特性行列 tE− A を(K[t] 上で) 基本変形す ることによって(∗)となるようなモニックな多項式d1(t), d2(t), . . . , dn(t)∈ K[t]を求めた後,各 di(t)を1 次式の積に分解して定理4.1 を適用すればよい.例 4.5 (d1(t)̸= 1 の場合) deg d1(t), deg d2(t), . . . , deg dn(t) が (広義) 単調増大で, それらの和
がnであることに注意すると,
d1(t)̸= 1 ⇐⇒ deg d1(t) = deg d2(t) =· · · = deg dn(t) = 1
⇐⇒ ∃α ∈ K s.t. d1(t) = d2(t) =· · · = dn(t) = t− α
となることがわかる. そのとき A のJordan 標準形はαE となるが,これは A = αE であること
例 4.6 (n = 2 の場合) A∈ M2(K)の特性行列は次のいずれかの形の行列に K[t] 上対等になる: 1⊕ (t − α)(t − β), (t− α) ⊕ (t − α), 1⊕ (t − α)2. ただし, α, β ∈ K は相異なるとする. それぞれの場合に応じて A のJordan 標準形は J1(α)⊕ J1(β), J1(α)⊕ J1(α), J2(α) となる. 例 4.7 (n = 3 の場合) A∈ M3(K)の特性行列は次のいずれかの形の行列に K[t] 上対等になる: 1⊕ 1 ⊕ (t − α)(t − β)(t − γ), 1⊕ (t − α) ⊕ (t − α)(t − β), 1⊕ 1 ⊕ (t − α)2(t− β), (t− α) ⊕ (t − α) ⊕ (t − α), 1⊕ (t − α) ⊕ (t − α)2, 1⊕ 1 ⊕ (t − α)3. ただし, α, β, γ∈ K は相異なるとする. それぞれの場合に応じて Aの Jordan 標準形は J1(α)⊕ J1(β)⊕ J1(γ), J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(β), J2(α)⊕ J1(β), J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(α), J1(α)⊕ J2(α), J3(α) となる. 問題 4.8 n = 4の場合に上の例と同様の計算をせよ. 補足 一般に, R を可換環とし,行列 A∈ Mn(R) が定めるR-線型写像をφ とするとき, A∼Rd∗1⊕ d∗2⊕ · · · ⊕ d∗r⊕ 0 ⊕ 0 · · · ⊕ 0 なる d∗i ∈ R, ̸= 0が存在するならば(Rが単項イデアル整域ならば常に存在する), R-加群の同型 Rn/ Im φ ∼= R/(d∗1)⊕ R/(d2∗)⊕ · · · ⊕ R/(d∗r)⊕ Rn−r が成り立つ(cf. 定理 1.2). 従って,記号は §3の通りとするとき, tE− A ∼K[t] d∗1(t)⊕ d∗2(t)⊕ · · · d∗n(t) なるモニックな d∗i(t)∈ K[t] (条件d∗1(t)| d∗2(t)| · · · | d∗n(t)は仮定しない) をとると A≈K ⊕′ 1≤i≤n C(d∗i(t))
が成り立つ(cf. 定理 3.11). さらに,記号や仮定は §4 の通りとするとき, d∗i(t) = s ∏ j=1 (t− αj)m ∗ ij (m∗ ij ≥ 0) とすると A≈K ⊕ 1≤j≤s ⊕′′ 1≤i≤n Jm∗ij(αj) が成り立ち,右辺の行列は定理4.1 で述べたJordan 標準形と本質的に一致する(cf. 注意 4.2). 参考文献 [1] 赤尾和男,線形代数と群,共立講座21 世紀の数学3, 共立出版, 1998. [2] 堀田良之,加群十話 —代数学入門—,すうがくぶっくす3,朝倉書店, 1988. [3] 森田康夫,代数概論,数学選書 9,裳華房, 1987. [4] 佐武一郎,リー群の話,日評数学選書,日本評論社, 1982. [5] 杉浦光夫, Jordan 標準形と単因子論 I, II,岩波講座 基礎数学,岩波書店, 1977.
問題略解 問題 1.6 [命題 1.4 の証明] (i)明らか. (ii) A1 ∈ Mn1(R), A2 ∈ Mn2(R) として, (A1⊕ A2) ( On1,n2 En1 En2 On2,n1 ) = ( On1,n2 En1 En2 On2,n1 ) (A2⊕ A1) が成り立つことによる. (iii) A1, A′1 ∈ Mn1(R), A2, A′2 ∈ Mn2(R) として A′1 = P1−1A1P1, A′2 = P2−1A2P2 ( P1∈ GLn1(R), P2 ∈ GLn2(R) ) とすると, (A1⊕ A2)(P1⊕ P2) = (P1⊕ P2)(A′1⊕ A′2) が成り立つことによる. [補題 1.5 の証明] (b)の条件式をまとめて AP = P (A1⊕ A2⊕ · · · ⊕ Ar) とできることによる. ここで P :=(x11 x12 . . . x1n1 x21 x22 . . . x2n2 . . . xr1 xr2 . . . xrnr ) . 問題 2.8 [補題 2.6 の証明] 中国式剰余定理を使う. [系2.7 の証明] 補題 2.3, 補題 2.4ならびに補題 1.5 による. 問題 3.2 [補題 3.1の証明] (i) tE− Aの単因子を((d1(t)), (d2(t)), . . . , (dr(t)) ) とする. いま,仮に r < n であるとすると, tE− A = Q(t)(d1(t)⊕ d2(t)⊕ · · · ⊕ dr(t)⊕ 0 ⊕ 0 ⊕ · · · ⊕ 0 ) P (t) (P (t), Q(t)∈ GLn(K[t]) )
の両辺の行列式をとることにより |tE − A| = 0 となって矛盾(Aの特性多項式 |tE − A|は 0 で はない). よって r = n でなければならない. (ii) d1(t), d2(t), . . . , dn(t)の一意性は明らか. また, tE− A = Q(t)(d1(t)⊕ d2(t)⊕ · · · ⊕ dn(t) ) P (t) (P (t), Q(t)∈ GLn(K[t]) ) の両辺の行列式をとって, |tE − A| = |P (t)| · |Q(t)| · d1(t) d2(t)· · · dn(t). ここで, K[t]×= K× より|P (t)|, |Q(t)| ∈ K× であるが,|tE − A| と d1(t) d2(t)· · · dn(t)は共に モニックであるから|P (t)| · |Q(t)| = 1 でなければならない. 問題 3.6 W′ ⊆ W ⊆ V より, K-線型写像の完全列 0−−→ W/W′ −−→ V/W′ −−→ V/W −−→ 0ρ が得られる. いまdimKV /W = dimKV /W′ <∞ と仮定すると, ρの全射性より単射性が従うか らKer ρ = 0, すなわちW = W′ となる. 問題 3.15 (i) P ∈ GLm(K)であることは明らか. また, ξ∗j ∈ K[t]/(d(t)) (j = 0, 1, . . . , m − 1)を ξ∗j := tj+ cm−1tj−1+· · · + cm−j mod d(t) (ただし ξ0∗ := 1 mod d(t)),すなわち ( ξm∗−1 . . . ξ1∗ ξ0∗)=(ξ0 ξ1 . . . ξm−1 ) P により定めると, ( µt(ξm−1∗ ) . . . µt(ξ1∗) µt(ξ∗0) ) =(ξm−1∗ . . . ξ∗1 ξ0∗)tC となり,これより P−1CP =tC がわかる. (ii) P :=
0
1 1 . .. 10
とすればよい.問題 4.8 A∈ M4(K)の特性行列tE− A の∼K[t] に関する標準形とA のJordan 標準形の対応は次の通 り(左側が特性行列の標準形で右側がJordan 標準形). ただし, α, β, γ, δ∈ K は相異なるとする: 1⊕ 1 ⊕ 1 ⊕ (t − α)(t − β)(t − γ)(t − δ) ←→ J1(α)⊕ J1(β)⊕ J1(γ)⊕ J1(δ), 1⊕ 1 ⊕ (t − α) ⊕ (t − α)(t − β)(t − γ) ←→ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(β)⊕ J1(γ), 1⊕ 1 ⊕ 1 ⊕ (t − α)2(t− β)(t − γ) ←→ J2(α)⊕ J1(β)⊕ J1(γ), 1⊕ 1 ⊕ (t − α)(t − β) ⊕ (t − α)(t − β) ←→ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(β)⊕ J1(β), 1⊕ 1 ⊕ (t − β) ⊕ (t − α)2(t− β) ←→ J 2(α)⊕ J1(β)⊕ J1(β), 1⊕ 1 ⊕ 1 ⊕ (t − α)2(t− β)2 ←→ J2(α)⊕ J2(β), 1⊕ (t − α) ⊕ (t − α) ⊕ (t − α)(t − β) ←→ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(β), 1⊕ 1 ⊕ (t − α) ⊕ (t − α)2(t− β) ←→ J1(α)⊕ J2(α)⊕ J1(β), 1⊕ 1 ⊕ 1 ⊕ (t − α)3(t− β) ←→ J3(α)⊕ J1(β), (t− α) ⊕ (t − α) ⊕ (t − α) ⊕ (t − α) ←→ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J1(α), 1⊕ (t − α) ⊕ (t − α) ⊕ (t − α)2 ←→ J1(α)⊕ J1(α)⊕ J2(α), 1⊕ 1 ⊕ (t − α)2⊕ (t − α)2 ←→ J2(α)⊕ J2(α), 1⊕ 1 ⊕ (t − α) ⊕ (t − α)3 ←→ J1(α)⊕ J3(α), 1⊕ 1 ⊕ 1 ⊕ (t − α)4 ←→ J 4(α).