﹁滋賀大学経済学部大学史関係資料﹂の
保存と公開について
はじめに青柳 周 一
近年、大学を取り巻く社会的・政治的状況は急激に変動しており、そ うした中にあって大学はその存在理由やそれぞれの個性・セールスポイ ントなどを明らかにした上で、広くアピールする必要に迫られている。 そのためには、これまで大学が⋮機関として行なってきた研究・教育・社 会的な営みについて幅広く見つめ直し、再検討する作業が必須であろう。 このところ、各大学において自らの歴史11﹁大学史﹂への関心が高まり つつある背景には、こうした事情が存在すると考えられる。 また、最近は大学アーカイヴズを設置して、学内行政文書の管理シス テムの効率化や、﹁行政機関の保有する情報の公開に関する法律﹂︵情報 公開法︶への対応をはかるとともに、歴史的価値を有する文書の保存・ 公開や大学史教育に積極的に取り組む大学が増えている。 その代表例としては、京都大学大学文書館︵平成十二年十一月設置︶ や、東北大学史料館︵﹁東北大学記念資料室﹂を改組して同年十二月に 発足︶などを挙げることができる。また、全国大学史資料協議会編﹃日 本の大学アーカイヴズ﹄︵京都大学学術出版会、平成十七年︶には一一二 機関の活動についてのレポートが掲載されており、大学アーカイヴズを ﹁滋賀大学経済学部大学史関係資料﹂の保存と公開について めぐる活況が如実に示されている。大学関係者の問にあっても、保存期 限を満了した文書については、それらをただ廃棄するのではなく、大学 の運営および大学史の研究・教育に改めて活用するという考え方が、広 く共有されつつあるのである。 翻って滋賀大学経済学部においては、経済経営研究所が所蔵している ﹁旧制彦根高等商業学校収集資料﹂の整理・調査・公開事業を自ら行な っていることや、同研究所長である阿部安成氏が同資料や本稿で紹介す る﹁大学史関係資料﹂︵陵水会館裏倉庫内資料︶などを用いた研究を精 ︵1︶ 力的に進めていることなどが注目される。しかし、学部としての大学史 に関する資料の保存・公開への取り組みは弱体であり、保存期限を満了 した文書は歴史的価値を轡酌することなく、原則的に全て廃棄されてい るのが現状である。これは、他大学と比べても著しく立ち遅れた状況と 言わざるを得ない。 そこで、本稿においては、以上のような問題を念頭に置きながら、現 在本学部において保存されている﹁大学史関係資料﹂について周知をは かるとともに、その公開をより一層促進するため、同資料の保存と公開 に至る経緯や資料的特徴について紹介を行なうこととする。この作業を 通じて、滋賀大学史研究の進展に寄与するとともに、今後の学内行政文 書の管理および大学史に関する資料の保存・公開のあり方をめぐる議論 を改めて喚起することを目指したい。 四七滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第四十号 、﹁滋賀大学理済学部大学史関係資料﹂をめぐる諸経緯 について 平成十三年八月、滋賀大学経済学部キャンパス内の、如水会館の裏手 の駐輪場の一角に建つ倉庫の中に﹁保存﹂されていた資料群について、 筆者は一括して附属史料館内へ搬入するとともに、資料目録の作成を行 なった。ここで﹁保存﹂と括弧付きで述べたのは、同倉庫は資料の保管 場所としてきわめて劣悪な環境にあり、その内部に資料群が利用も公開 もほぼ不可能な状態で詰め込まれていたからである︵資料には埃が分厚 く堆積していた︶。 この資料群︵総点数九四八点︶の内訳は、彦根高等商業学校から新制 滋賀大学に至るまで、年代的には大正期から昭和四十年代︵一九六五∼ 七四︶頃にかけての学内行政文書がほとんどである。現在、滋賀大学で は保存期限を満了した法人文書は原則的にすべて廃棄されており、彦根 高商以来の歴史や、過去の研究・教育・事務的業績についての資料は学 内にほとんど残っていない。こうした点からしても、これら資料の有す る価値は大きい。 重水会館裏倉庫内資料の保存や公開については、平成十五年の﹁滋賀 大学経済学部創立80周年記坦坦﹂をきっかけとして、学部内で本格的に 議論されるようになった。この年は彦根高等商業学校が創設されて八十 年目の年に当たっていたため、経済学部ではさまざまな記念事業が行わ れたのであるが、そのひとつとして企画されたのが80周年記念展であっ た。しかし、学部内には彦根高商に関する資料がほとんど存在していな いため、この展示を実現するには彦根高商・滋賀大OBに資料の寄贈を 四八 呼びかけるとともに、親水会館裏倉庫内資料も積極的に活用する必要が あったのである。そして、当時の学部長や80周年記念事業委員・展示関 係者・学部事務員などが出席した会議の席上での合意を得て、これら資 料の展示での利用が実現することになった。 80周年記念展は﹁80年の歩み一彦根高等商業学校から滋賀大学経済学 部1﹂というタイトルで、平成十五年十月二十日から十一月十四日にか けて、史料館一階展示室において開催された。展示には造水会館裏倉庫 内資料からも一〇点を越す資料が出陳され、また展示図録︵展示見学者 に無料配布︶にはそれらの写真が掲載されることになり、藩邸会館裏倉庫 内資料の存在や歴史的価値を学内外にわたって知らしめることとなった。 展示終了後、学部長によって﹁経済学部立資料及び文書の収集公開に 関する関係者会議﹂︵平成十六年二月︶が召集され、将来的に﹁学部ア ーカイブ室﹂を設置する方向で今後検討していくことや、陵水会館裏倉 庫内資料については暫定的に経済経営研究所と史料館が共同で保存・公 開にあたるといった基本方針が定められた。保存・公開については、具 体的には経済経営研究所が資料の利用申請受付上の業務を、史料館が資 料保管および出納業務を担当することになった。 右の会議をうけて、硬水会館裏倉庫内資料の管理・利用について定め た﹁滋賀大学経済学部大学史関係資料利用内規︵案︶﹂が作成されるこ とになった。内規案は、経済経営研究所と史料館による合同協議を重ね て作成され、学内での文書管理に関わる事務部局での文面のチェックを 経た上で、平成一七年九月一五日の教授会において審議され、正式に了 承された。こうして、﹁学部アーカイブ室﹂設置までの暫定的な措置と してではあるが、香水会館裏曲庫内資料の学部における制度的な公開が
実現することになったのである。 二、 ﹁滋賀大学経済学部大学面々係資料﹂ 法について の閲覧・利用方 現在、農水会館裏倉庫内資料︵以下、内規での名称に従い﹁大学史関 係資料﹂とする︶については、﹁滋賀大学経済学部大学史関係資料利用 内規﹂に従って学内者・学外者ともに閲覧・利用することが可能である が、ここではその具体的な手続きについて説明する。 まず﹁大学史関係資料﹂は、経済経営研究所および史料館に備え付け られている目録によって検索することができる。しかし、この目録は平 成十三年の史料館搬入時に作成した精度の低いものであるため、その刊 行やホームページ上での公開は行っておらず、現時点では滋賀大学経済 学部に直接足を運んで参照していただくほかない。 ﹁大学史関係資料﹂の利用希望者は、定められた様式の申請書を提出 して、経済学部長の許可を得る必要がある。申請書は経済経営研究所が 窓口となって受け付け、実際の閲覧は史料館閲覧室において行うことに なる︵資料の室外持ち出しは原則禁止であるが、特別な理由がある場合 に限り研究所長の指示によって許可する︶。また、内規で定める事項に 該当する場合は、資料閲覧が制限されることもある。内規も目録同様、 経済経営研究所と史料館に備え付けているので、﹁大学史関係資料﹂の 閲覧申請時には各自参照されたい。 ﹁大学史関係資料﹂は複写機による複写︵コピー︶は認めておらず、 写真撮影する場合はあらかじめ所定の撮影許可申請書を経済学部長に提 ﹁滋賀大学経済学部大学史関係資料﹂の保存と公開について 出して、許可を受ける必要がある。また﹁大学史関係資料﹂を出版ある いは出版物に掲載しようとする場合にも、所定の出版物掲載等許可申請 書によって同様の手続きを行うものとする。出版・掲載にあたっては、 文中に経済学部所蔵資料であることを明記した上で、当該資料を掲載し た刊行物を研究所に一部寄贈しなければならない。 資料の利用については、原則として学内者は、史料館の開館時間︵九 時半∼一六時︶に随時閲覧できるが、学外者の閲覧日は月∼水曜日とす る︵ただし館内業務の状況により、利用希望日時の変更をお願いするこ とがある︶。その他不明な点については、経済経営研究所または史料館 まで直接お問い合わせいただきたい。 三、 ﹁滋賀大学経済学部大学史関係資料﹂中の主な資料に ついて 本章では﹁大学史関係資料﹂について、その数点を資料の内容別に紹 介する。 ①彦根高等商業学校関係資料 彦根高等商業学校は大正十一年︵一九二二︶に設置されているのであ るが、﹁大学史関係資料﹂の中には大正十二年﹁雑件第二種 永久保 存﹂という表題の資料など、高商発足当時から学内において作成された 行政文書の類が含まれている。こうした資料の中では、昭和一四年﹁永 久保存 文部省へ提出原稿 定員増加二関する書類﹂や同十九年﹁彦根 高等商業学校職員定員増加二関する説明﹂など、昭和十∼二十年代︵一 九三五∼五四︶のものが最も多い︵彦根高商は昭和十九年以降に改称・ 四九
滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要 第四十号 転換があり、同二十一年に﹁彦根経済専門学校﹂に復帰した後、同二十 四年の滋賀大学設置に至っている︶。 また﹁支那科充実関係書類﹂と記された袋に一括された資料群は、昭 和十四年の彦根高商における﹁支那科﹂の増設に関わるものであり、支 那科充実後援会の﹁決算報告綴﹂や﹁領収証綴﹂など会計資料が含まれ る︵その他、彦根経済大学期成同盟の寄付金収支表なども一括されてい る︶。これら支那科関係文書については金丸裕一﹁戦時江南図書﹃掠奪説﹄ 誕生の歴史的背景﹂︵﹃歴史学研究﹄七九〇、平成十六年︶でも用いられた。 先述の通り、現在の滋賀大学内には彦根高商当時の資料はほとんど残 っていないため、その実態については依然として不明な部分が多く、滋 賀大学創立四〇周年記念事業の一環として刊行された﹃滋賀大学史﹄ ︵滋賀大学史編集委員会、平成元年︶にあっても、彦根高商は経済学部 の前史としてごく簡略に扱われているに過ぎない。こうした現状に鑑み れば、﹁大学史関係資料﹂中の彦根高商関連資料はきわめて貴重である と言い得るだろう。 ②海外修学旅行関係資料 一九二〇年代から四〇年代にかけて、彦根高商は海外修学旅行を企 画・実施していたのであるが、﹁大学史関係資料﹂中には大正十五年 ﹁南支・南洋修学旅行﹂をはじめ、昭和二年掛満鮮修学旅行﹂・昭和九 年﹁満鮮支修学旅行記録﹂・昭和十一年置鮮盲爆旅行記﹂など、そうし た修学旅行の記録が数点残されている。 これら資料については阿部安成氏が研究・公開を進めており、経済経 営研究所がホームページ上で平成十七年十月二十六日∼十八年一月二十 五〇 六日にかけて実施したインターネット企画展﹁旧制彦根高商の海外修学 旅行−戦前のアジアへ一﹂においても活用された。 この海外修学旅行は、戦前の高商の海外における活動実態と関わって、 多角的な分析が可能であろう。たとえば阿部氏は海外修学旅行について、 ﹁現地の官公署長や、同窓会組織である陵水会をとおして現地に滞在し ている卒業生などに連絡をとり、観光や見学の案内、宿泊所の手配とい った依頼をしていた。また、海外修学旅行はたんに観光や見学をおこな ︵2︶ うだけでなく、資料収集の機会でもあった﹂と論じている。 ③大学昇格運動・新制滋賀大学設置関係資料 ﹃滋賀大学史﹄によれば、彦根経済専門学校においては昭和二十一年 末頃から大学昇格運動が高まり、翌年には﹁彦根経済大学実現期成同盟﹂ が結成されている。その後、昭和二十三年になって彦根経専は滋賀師範 学校・青年師範学校と合併し、滋賀大学設置に至るのであるが、こうし た一連の動きの中で作成された﹁彦根経済大学設置認可申請書類﹂・ ﹁滋賀大学設置認可申請書﹂・﹁滋賀大学昇格関係書類﹂・﹁新制大学 実情調査関係書﹂などといった資料が、﹁大学史関係資料﹂の中に含ま れている。これらは滋賀大学の発足当初の事情について伝える、貴重な 資料群と言い得るであろう。 これら資料のうち、﹁彦根経済大学設置認可申請書類﹂・﹁滋賀大学 設置認可申請書﹂は﹃滋賀大学史﹄にも表紙写真が図版として掲載され ているので、当時の編纂作業に用いられた後に陵水会館裏倉庫に運び込 まれたものと思われる。 なお﹁滋賀大学昇格関係書類﹂については、大和田敢太﹁滋賀大学に
おけるレッドパージ事件一大学における労働問題の歴史的教訓1﹂ 根論叢﹄三四八、平成十六年︶においても利用されている。 むすびにかえて (『