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総 説 人間ドック 32: ,2017 1) 土谷健 2) 眞壁志帆 3) 片岡浩史 3) 望月俊雄 2) 新田孝作 1) 東京女子医科大学血液浄化療法科教授 2) 東京女子医科大学第四内科 3) 東京女子医科大学多発性嚢胞腎病態研究部門 多発性嚢胞腎は最も頻度が高い遺伝性腎疾患であり,

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(1)

人間ドック

32

444-455

2017

総 説

多発性嚢胞腎の診断・治療の進歩

土谷健1) 眞壁志帆2) 片岡浩史3) 望月俊雄3) 新田孝作2) 1)東京女子医科大学 血液浄化療法科 教授 2)東京女子医科大学 第四内科 3)東京女子医科大学 多発性嚢胞腎病態研究部門 要 約  多発性嚢胞腎は最も頻度が高い遺伝性腎疾患であり,1990年代の二つの原因遺伝子の発見を端緒 に,発症の機序,増悪に関わる因子などの解明が進んできた.特に,環状アデノシン一リン酸(cAMP) が細胞内の重要なシグナルで,産生,代謝にバソプレシン受容体を介するため,その阻害剤トルバ プタンが臨床レベルで治療薬として実用化された.青年期以降で症状がみられるようになり,緩徐 に進展するため,早期の発見,治療はしばしば困難であつた.しかしながら,治療薬の登場は,そ の投与病期,年齢,また早期投与の意義などが臨床的問題点となってきており,潜在的な患者を見 出す意味が今後出てくるものと推測される.当院への初診理由でも人間ドックや検診など,非特異 的な症状や偶発的な指摘によることを考えると,今後人間ドック,健診などにより指摘された患者 で確実な診断と専門医への紹介,管理・治療の誘導に導けることは重要な意義を持つと考えられる. キーワード 人間ドック,バソプレシン,PKD,腹部超音波検査

はじめに

常染色体優性多発性嚢胞腎(

autosomal dominant

polycystic kidney disease

ADPKD

)は,両側腎臓 に多数の嚢胞が進行性に発生・増大し,腎容積 の増大とともに腎機能は低下し,最終的には

50

70%

の症例が腎死から腎の代替え療法が必要 となる.腎臓以外の種々の臓器にも嚢胞形成や機 能障害が生じる全身性疾患であり,最も頻度の高 い遺伝性腎疾患である.原因遺伝子として

PKD1

16p13.3

)と

PKD2

4q21

)が 明 ら か に さ れ1,2)

85%

PKD1

遺 伝 子 の 変 異,

15%

PKD2

遺 伝 子の変異とされている.

PKD1

の変異がより重症 で,腎容積も大きく,腎機能障害の速度も速い. 本症の原因遺伝子が特定されて以降,嚢胞の形成 機序の解明が進むとともに,最近ではバソプレシ ンの受容体拮抗薬が嚢胞の増大・進展に抑制的な 作用を示すことで治療薬として実臨床で使用可能 となっている. 従来,成人以降で症状が出現し,腎死に至るの も比較的高齢(平均

67.42

歳)であり,また有効な 治療法がなかったため,早期発見,疾患の周知な どには感心が低かったが,治療薬の登場は疾患の 発見や知識の普及に関して意義を持ち,その対応 に新たな時代を迎えたといえる.

ADPKD

は中年~ 中年以降まで無症状もしくは血圧上昇などの非特 異的な症状のみのことも多く,早期の発見には健 診,人間ドックなどのスクリーニング,特に腹部超 音波検査などの侵襲の少ない検査で特徴的な腎の 画像を得ることが重要な意義を持つことになる.

臨床的特徴

ADPKD

では,腎は特異な形態変化をきたし, 画像では,腹部超音波検査でも

CT

MRI

でも多 数の嚢胞を確認する(図

1

).通常は

30

40

歳代ま で無症状で経過するが,最近は画像検査の普及で 無症状でも診断される機会が増え,さらに職場で の健診に腹部超音波検査が導入されたことも,多 発の嚢胞が腎や肝に同定されるようになった.自 覚症状としてはいわゆる腎臓痛とされる腹部の慢 性疼痛を訴えることがあり(

60%

程度にみられる とされる),進展すると腹部膨満感を訴える.成 人以降でなんらかの症状がみられたり,人間ドッ ク等による特異な画像などの指摘を機に医療機関 を受診することが多い.本症は腎機能の低下に起 因する症状や慢性腎臓病(

chronic kidney disease

(2)

症状がある(図

2

).

CKD

としての

ADPKD

ADPKD

における腎機能障害は年齢とともに嚢 胞が増加,増大して進行し,

60

歳代までに約半数 が末期腎不全に至るとされる.現在は

CT

MRI

などの画像所見により,腎の容積が推定され,さ らに,ベースラインの腎容積が大きいほど容積の 増大速度も大きいとされている(図

3

)3).また,糸 球体濾過率(

estimated glomerular fi ltration rate

eGFR

)は残存するネフロンの代償機転により,腎 の腫大が顕著になるまで維持されるが,以後代償 機能の低下とともに,腎機能低下が始まる(図

4

). 実際には,腎実質の多数の嚢胞の形成とその圧迫 による周囲正常組織の消失により腎機能の低下が 惹起される3) 腎臓は特異な形態異常を示すが,機能の低下に 関しては,いわゆる

CKD

の病期に準じた扱いな らびに治療が必要となる4).本症では,この腎機 能低下に伴う

CKD

としての側面と,組織の形態 異常に起因する特異的な症状,障害がみられる. 現在,

CKD

は表

1

のような重症度分類があるが5) 図1 a)ADPKDの腎臓とその割面,b)腹部超音波画像,c)腹部CT 図2  ADPKDの多種な臨床所見とその出現頻度

(3)

図3 ADPKDにおける腎容積の進展 図4 腎容積と腎機能の代償機転 腎機能は残存ネフロンによりある時期まで代償されるが,以後腎機能低下が生じ,CKD stageが進行する,これに伴い合併症も加わる. 表1 CKDの重症度分類 原疾患 蛋白原区分 A1 A2 A3 糖尿病 尿アルブミン定量(尿アルブミン/Cr比(mg/mg/gCr日) 正常 微量アルブミン尿 顕性アルブミン尿 30未満 30∼299 300以上 高血圧 腎炎 多発性嚢胞腎 移植腎 不明 その他 尿蛋白定量(g/日) 尿蛋白/Cr比(g/gCr) 正常 軽度蛋白尿 高度蛋白尿 0.15未満 0.15∼0.49 0.50以上 GFR区 (mL/分/ 1.73m2 G1 正常または高値 ≧90 G2 正常または軽度低下 60∼89 G3a 軽度∼中等度低下 45∼59 G3b 中等度∼高度低下 30∼44 G4 高度低下 15∼29 G5 末期腎不全(ESKD) <15 重症度は原疾患・GFR区分・蛋白尿区分を合わせたステージにより評価する.CKDの重症度は死亡,末期腎不全,心血管 死亡発症のリスクを  のステージを基準に,  ,  ,  の順にステージが上昇するほどリスクは上昇する. (KDIGO CKD guideline 2012を日本人用に改変)

(4)

ADPKD

CKD

として,このガイドラインに位 置付けられるものであるが,また本症の難病認定 においても,腎容積

750mL

以上,腎容積増大速 度年間

5%

以上の基準に加えて,腎機能のステー ジでの分類をすることとなっている.

高血圧

ADPKD

に合併する高血圧の臨床的特徴を表

2

に示す.通常の本態性高血圧などに比較して特 異な点は本症の病態生理によると推定される.従 来は,嚢胞の進展により腎内の血管系の圧迫な どによる虚血や髄質部障害,プロスタグランジ ンなどの降圧系ホルモンの産生障害などが

RAAS

renin-angiotensin-aldosterone system

)の 刺 激 となっている可能性が考えられた.最近の知見で は,血管内皮細胞の繊毛のポリシスチンが血流を 感知して,血管弛緩のメカニズムに関与するとさ れ6),その障害が高血圧を引き起こす一つの要因 になっていると推測されている. 実際の治療薬剤の選択,降圧目標については, 多施設,前向き,無作為化,二重盲検,プラセボ コントロール研究である

HALT PKD study

が行 われた.降圧目標値は

130/80mmHg

からより低 い値がよいか,また完全な

RAAS

の阻害が意義 を持つかを検証した試験である.

ACE

阻害薬単 独と

ACE

阻害薬と

ARB

の併用を比較して,完全 な

RAAS

阻害の意義を検証し,また目標血圧

120

130/70

80mmHg

( 標 準 値)と

95

110/60

75mmHg

以下(低値)を比較して,より低値の血 圧コントロールの影響を検証している.低圧群の 方が総腎容積の年間増加率は有意に低かったが,

eGFR

の変化率は両群で差が認められなかった. 一方,

RAAS

阻害薬の併用群と単剤群との間には 腎容積も

eGFR

の変化率にも,

eGFR

の程度に関 わらず差異は認められなかった.結論として血圧 のコントロールは

CKD

の治療ガイドに準じ,降 圧剤の種類も選ばないと考えられている7,8)

脳動脈瘤

脳血管障害の頻度は

ADPKD

では高率である が,特に脳動脈瘤は本症に特徴的である.その形 成にはポリシスチン蛋白に起因する血管構築の異 常が推測されているが,明確な機序はまだ不明で ある9).臨床的特徴を表

3

に示すが,本症では罹 表2 ADPKDの高血圧の疫学 1)高血圧は高率(50∼80%)に合併し,60%以上の患者は腎機能障害のない時から出現 2)発症平均年齢は本態性高血圧よりも若く,30∼34歳の間であり,女性よりも男性に高率 3)35歳未満で高血圧を合併したADPKD患者では腎機能障害の重要かつ独立したリスクファクター 4)高血圧は腎容積増大,蛋白尿増加,心肥大,心拡張能障害に相関がみられる 5)脳動脈瘤の進展とには因果関係は証明されていないが,破裂後の重症度に相関する 表3 ADPKDにおける脳動脈瘤,くも膜下出血 脳動脈瘤の頻度,家族集積性 約 4∼12%の頻度で見出される(一般人口では約 1%). 家族歴がある場合で約 16%,家族歴がない場合でも約 6%の頻度 破裂の頻度,リスク 約1/2,000人/年,通常の5倍の頻度 破裂年齢は平均41歳(一般51歳) 破裂と血圧は必ずしも相関しないとされ, 5mm以下の小さい動脈瘤でもくも膜下出血をおこす  スクリーニング 家系内に頭蓋内出血の集積傾向がある場合,あるいは30歳以上になればスクリーニングを行う意味があると考えられる. 頭蓋内動脈瘤が見いだされなかったケースでは,3∼5年間隔で検査を繰り返すことが必要である. 死因 脳動脈瘤破裂による死亡はADPKD患者の死因の4∼7%を占める

(5)

患率が高く,破裂した場合,生命予後への影響が 大きいためガイドラインでもスクリーニングが推 奨されている.また,治療についても動脈瘤の部 位,形態,大きさ,全身状態,年齢,既往歴など 総合的に検討し,治療法の選択には専門脳外科医 との相談が必要とされている.

肝嚢胞

肝嚢胞(図

5

)は高率に合併し,女性,経産婦にお いての増大が顕著な傾向がある.肝不全に至る重 篤な肝機能障害よりも,肝容量の増大による物理的 な障害が

ADL

を損ね,栄養障害をきたすことがあ り,また嚢胞感染の要因ともなる10).検査値では,

γ

-GTP

ALP

CA19-9

の上昇がみられることがあ る.物理的腫大による圧迫症状が顕著な場合は, 嚢胞開窓術や部分的肝切除術,肝動脈塞栓療法な どが行われる.薬剤治療ではソマトスタチンアナ ログや

mTOR

阻害薬が試されたが,臨床的実用 には至っていない.最終的には肝移植の適応であ るが,適応,ドナーなどのハードルが高い.

嚢胞感染,出血

嚢胞感染は

30

50%

の患者でみられる11).グラ ム陰性桿菌,特に大腸菌が起炎菌として特定され ることが多い.腎嚢胞は尿路系が経路となること が多いが,肝嚢胞は胆道,経門脈,血行感染など 特定されにくい.造影

CT

での嚢胞壁の造影効果,

MRI

での高信号が特徴的であり,経静脈的抗菌薬 投与,ドレナージで対処する. 嚢胞出血は,嚢胞壁内の血管が破綻することに より出血する.通常は自然治癒するが,程度が強 い場合は塞栓療法も行う.

尿路結石

尿路結石の合併頻度も高い.尿流が嚢胞により 停滞することに起因するとされるが,

ADPKD

で は,さらに尿

pH

が低く,シュウ酸

Ca

の結晶化が 促進されたり,抗結石作用のあるクエン酸排泄が 低下していることも原因と推測されている.

その他

腎・肝以外の嚢胞:膵臓,甲状腺,頭蓋内くも膜 などに嚢胞形成がみられる. 心臓・血管系合併症:左室肥大がしばしば認めら れるが,僧房弁逸脱症,弁閉鎖不全症がみられる. 解離性大動脈瘤の報告もある12) 大腸憩室:しばしば合併し,多発性であることが 多い.憩室炎を起こすことがあり,嚢胞感染,尿 路結石との鑑別が必要になることもある. 鼠径ヘルニア:鼠径および腹壁ヘルニアの合併は 高率である.総胆管拡張症などの胆管系の形態, 走行異常もみられる.

発見の経緯

実臨床と診断基準 当院における本症の外来受診のきっかけとなっ た要因をまとめると図

6

のようになる.実際の自 覚症状などよりは,いわゆるスクリーニング検査, 人間ドック,または検尿異常などの,本症に特有 な症状によらない理由であることがわかる.年代 別にみても,

20

歳以降,男女ともに

30

39

歳にピー クがみられている(図

7

).症状的にも,スクリーニ ングでも,このあたりの年代でみつけられている 可能性が高い.また,こうしたスクリーニング段 階で同定された腎の嚢胞の扱いは図

8

のようにな る.両腎の多発の嚢胞はカテゴリー

3

に分類され, 悪性疾患の除外が示唆されており,また,判定区 分では

C

になり,要経過観察・要再検査・生活指 導で必ずしも医療機関の直接的な受診指導となっ 図5 嚢胞により腫大した肝臓

(6)

図7 ADPKD患者の初診理由(年代別)

図8 腹部超音波健診判定 マニュアル 図6 ADPKD患者の初診理由

(7)

てはいない.昨今,治療薬の登場した背景もあり, 本症の同定ならびに積極的な専門医への受診を示 唆することも重要となってくる可能性がある. こうして受診した際,診療ガイドライン(第

2

版) (厚生労働省難治性疾患克服研究事業進行性腎障 害に関する調査研究班,多発性嚢胞腎分科会)に 診断基準が提示されている(表

4

)13).特徴として は家族内発生の有無による分類を行い,超音波検 査だけでなく,

CT

MRI

検査も含まれているこ とである.鑑別すべき疾患も示されているが,嚢 胞自体の確認は腹部超音波検査,

CT

の画像によ り比較的容易である.

5

個以上の嚢胞がある腎臓 は超音波検査では図

9

のようになる.実臨床では こうした希少疾患に加えて,萎縮腎に嚢胞を多発 した場合は鑑別に注意が必要である.図

10

の症 例は高齢者で,腎障害の症例であるが,萎縮した 腎臓に多発した獲得性の嚢胞である.鑑別点は, 腎実質の萎縮が著明であり,また肝臓などに嚢胞 が認められないことによる. 診療ガイドラインでは,本症の診断アルゴリズ ムが示されており,診断の過程ならびに種々の問 題点に対する

clinical question

を提示している(図

11

).

嚢胞の形成・進展の機序(図

12

PKD1

PKD2

遺伝子と蛋白産物 前述したように,原因となる二つの遺伝子が

1990

年代にポジショナルクローニングにて同定 された.二つの蛋白ポリシスチン

1

,ポリシスチ ン

2

は膜蛋白であり,両者は細胞内領域の

coiled-表4 ADPKD診断基準    <ADPKD診断基準>(厚生労働省進行性腎障害調査研究班「常染色体優性多発性囊胞腎診療ガイドライン(第2版)」) 1.家族内発生が確認されている場合 1)超音波断層像で両腎におのおの3個以上確認されているもの 2)CT,MRIでは,両腎に囊胞がおのおの5個以上確認されているもの 2.家族内発生が確認されていない場合 1)15歳以下では,CT,MRIまたは超音波断層像で両腎におのおの3個以上囊胞が確認され,以下の疾患が除外される場合 2)16歳以上では,CT,MRIまたは超音波断層像で両腎におのおの5個以上囊胞が確認され,以下の疾患が除外される場合 除外すべき疾患

□多発性単純性腎囊胞(multiple simple renal cyst) □尿細管性アシドーシス(renal tubular acidosis)

□多囊胞腎(multicystic kidney)〔多囊胞性異形成腎(multicystic dysplastic kidney)〕 □多房性腎囊胞(multilocular cysts of the kidney)

□髄質囊胞性疾患(medullary cystic disease of the kidney)〔若年性ネフロン癆(juvenile nephronophthisis)〕 □多囊胞化萎縮腎(後天性囊胞性腎疾患)(acquired cystic disease of the kidney)

□常染色体劣性多発性囊胞腎(autosomal recessive polycystic kidney disease) 多発性囊胞腎診療ガイドライン2014

(8)

coil domain

で結合している.腎尿細管細胞の繊 毛に発現し,ポリシスチン

1

は繊毛での機械的刺 激を感知し,ポリシスチン

2

はそのシグナルに反 応して,

Ca

イオンを細胞内に流入させるイオン チャンネルの働きをするとされている.現在,繊 毛は細胞外環境の変化を感知する役目と,その情 報を一連の細胞内シグナルとして伝達する際の初 期の働きが指摘されており,機械的受容体として 位置付けられている.この繊毛の異常に起因する 疾患群を繊毛病(

ciliopathy

)とした概念でとらえ られるようになり14),腎嚢胞,肝臓・胆管異常, 内臓逆位,多指症,脳梁低形成,認知障害,網膜 色素変性症,頭蓋・骨格異常,糖尿病など多岐に わたる異常を生じることが明らかになった 本症では,この繊毛のポリシスチンの機能障 害が細胞内

Ca

濃度の低下をもたらし,細胞内の ホスホジエステラーゼ(

phosphodiesterase

)活性 が

Ca

濃度に影響されて低下し

cAMP

を増加させ る15).さらに抗利尿作用を持つ下垂体後葉ホル モン,バソプレシンは受容体を介して作用を発 揮するが,

ADPKD

細胞ではその受容体の発現 が亢進し,合成酵素であるアデニルサイクラー 図12 嚢胞形成・増大の分子メカニズム

PC1:ポリシスチン1(polycystin 1),PC2:ポリシスチン(2polycystin 2),PDE:ホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase),AC:アデニルサイクラー ゼ(adenyl cyclase),PKA:protein kinase K,CFTR:cystic fi brosis transmembrane regulator,MAPK:Mitogen-activated Protein Kinase,Gs: 促進性G蛋白,mTOR:mammalian target of rapamycin,V2R:vasopressin 受容体2,AVP:arginine vasopressin,Cl–:クロライド(chloride

図11 ADPKDの診断アルゴリズム

(9)

図13 動物モデルにおけるV2-受容体拮抗薬(モザバプタン)の効果

ゼ(

adenyl cyclase

)活性を増加させて

cAMP

の産

生が増加している.この過剰となった

cAMP

PKA

protein kinase K

)を 介 し て,

cystic fi brosis

transmembrane regulator

CFTR

)により液体の管 腔内への流入を促進して嚢胞の拡大をもたらし,

mTOR

mammalian target of rapamycin

)を介して 細胞増殖を起こすと考えられている16)

新たな治療の展開

ADPKD

に対しては,長らくその進展に対する 有効な薬物療法はなかった.高血圧や

CKD

進行 に対する対症的な治療が主体であった.それが, 原因遺伝子の特定以後,発症のメカニズムが明ら かにされるにつれて,さまざまな創薬がなされる ようになった.なかでも特筆すべきはバソプレシ ン受容体拮抗薬の本症への応用である. トルバプタン(バソプレシン受容体拮抗薬) 腎からの水の排泄(自由水)は主に下垂体後葉 から分泌されるバソプレシン(抗利尿ホルモン,

anti-diuretic hormone

ADH

)により調節される. バソプレシンは腎集合尿細管で水に対する透過性 を亢進させ,尿細管側からの水の再吸収を促進し て尿浸透圧を上昇させる.血漿浸透圧が上昇す ると口渇中枢が刺激されて飲水を促進するととも に,バソプレシンの分泌が亢進し尿量が減少する ため体内総水分量が増加して血漿浸透圧が正常化 する.バソプレシン受容体拮抗薬はこの受容体に 作用してその効果を抑制することにより,水利尿 をもたらすことで,心不全,肝性浮腫などの治療 薬として登場した.従来の利尿薬が

Na

利尿によ る水分利尿をもたらしていたのに対して,本剤は 自由水(溶質を含まないという意味)利尿をもたら すことで画期的であった. さらに前述したように,バソプレシンに対して,

ADPKD

の嚢胞を形成する尿細管細胞において は,その正常な反応が失われ,バソプレシンは液 体の管腔内への流入を促進し,嚢胞を増大させる. その

cAMP

産生抑制作用が注目されて,本剤の一 つである

OPC-31260

が嚢胞腎の動物モデルにお いて嚢胞の進展を抑制,縮小させることが報告さ れ(図

13

)17),その結果を踏まえて,ヒトでも臨床 治験が行われた(

Tolvaptan Effi cacy and Safety in

Management of PKD and outcomes

TEMPO

).

プラセボに対して,

3

年間の服薬期間の結果,腎 容積,腎機能について進展の抑制効果が報告され (図

14

),現在治療薬として実臨床に応用される に至っている18).実際に

ADPKD

の診療ガイドラ インでもグレード

B

として推奨されている(推奨 グレード

B

:科学的根拠があり,行うよう勧めら れる)(図

15

). 現在,他にも盛んに創薬が行われているが,以 下まだ実用に至った薬剤はない19)

(10)

図15 多発性囊胞腎診療ガイドライン2014におけるclinical question 4 オクトレオチド ソマトスタチンはアデニルサイクラーセーゼを 抑制して

cAMP

の産生を抑制する.もともとソ マトスタチンは,視床下部,膵臓,消化管等に広 く分布しており,ソマトスタチン受容体への結合 を介して作用を発現する.下垂体における成長 ホルモン(

GH

),甲状腺刺激ホルモン(

TSH

)分泌 抑制をはじめ,消化管でのガストリン,セクレチ ン,コレシストキニン(

CCK

),

VIP

Vasoactive

Intestinal Polypeptide

),膵臓でのグルカゴン,イ ンスリン等の種々のホルモン分泌を抑制する.受 容体は腎の集合管,肝の胆管にも存在している. そのアナログを用いた臨床試験が行われている が,まだ結論には至っていない.少数例の臨床試 験の報告からソマトスタチンアナログは,肝嚢胞 にも効果がある可能性があり,今後の評価が期待 されている20)

mTOR

阻害薬

mTOR

は,もともと抗生物質ラパマイシン標的 分子として同定されたセリン・スレオニンキナー ゼであり,細胞増殖や血管新生などに関わる分子 である.

ADPKD

細胞では,

polycystin

の変異に より,この

mTOR

シグナルの制御ができなくなっ ている.

mTOR

阻害薬は臓器移植の際の免疫抑制 図14 TEMPO試験 ADPKD 1,445症例を対象とした国際共同第Ⅲ相試験

(11)

剤として用いられているが,

ADPKD

患者で,移 植後の

mTOR

阻害薬の使用により腎,肝の容量 増加が抑制されたとの報告により,臨床試験が行 われるに至った.シロリムス,エベロリムス投与 では有意な効果は認められなかったとしている.

おわりに

ADPKD

は,二つの原因遺伝子の発見を端緒 に,発症の機序,増悪に関わる因子などの解明 が進んできた.原因蛋白ポリシスチンの構造解 明,その局在が尿細管細胞の繊毛にあること,こ れにより外界の情報を細胞内に伝え,主として細 胞内

Ca

イオン濃度の変化きたすことが明らかに された.細胞内シグナルでは,

CFTR

を介した分 泌亢進と

mTOR

系を中心とした細胞増殖をきた し,

ADPKD

の病態をもたらしている.この際に

cAMP

が重要なシグナルで,産生,代謝にバソプ レシン受容体を介するため,その阻害剤トルバプ タンが臨床レベルで治療薬として実用化され,そ の臨床効果が期待されている.治療薬の登場は,

ADPKD

の診療概念を変え,症状,腎機能障害の ない時期での発見,診断,その後の経過観察体制 に誘導できるかが重要な意義をもち,改めて健診, 人間ドックの役割が注目される.

利益相反

筆頭著者は,大塚製薬,中外薬品,協和発酵キ リン,キッセイ薬品,テルモ,持田製薬に

COI

が ある.所属施設

3

)の共著者は寄付講座(大塚製薬, 中外薬品,協和発酵キリン,

JMS

MSD

)に所属する.

謝 辞

本総説は厚生労働科学研究費補助金難治性疾患 等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)「難治 性腎疾患に関する調査研究」の支援を受けた.筆 頭著者は文部科学省科学研究費助成事業,基盤研 究(

C

17K09714

の助成を受けている. 文 献

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chromosome 16. The European Polycystic Kidney Disease Consortium. Cell 1994; 77: 881-894.

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図 3   ADPKD における腎容積の進展 図 4  腎容積と腎機能の代償機転 腎機能は残存ネフロンによりある時期まで代償されるが,以後腎機能低下が生じ, CKD stage が進行する,これに伴い合併症も加わる. 表 1   CKD の重症度分類 原疾患 蛋白原区分 A1 A2 A3 糖尿病 尿アルブミン定量( 尿アルブミン /Cr 比( mg/ mg/gCr日) ) 正常 微量アルブミン尿 顕性アルブミン尿 30 未満 30 ∼ 299 300 以上 高血圧 腎炎 多発性嚢胞腎 移植腎 不明 その他
図 8  腹部超音波健診判定 マニュアル図6 ADPKD患者の初診理由
図 9   腹部超音波検査で 5 個以上の嚢胞が確認された腎の画像 図 10  症例  72 歳男性 萎縮腎と獲得性多発腎嚢胞  Cr 2.8mg/dL
図 11   ADPKD の診断アルゴリズム
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