目 次 第1 章 研究の目的 第1 節 日本の健康教育における今日的課題 第2 節 研究の目的 参考文献 第2 章 先行研究の検討と本研究の意義 第1 節 ヘルスリテラシーの概要と研究 第2 節 授業・教材デザインについての学習理 参考文献 第 3 章 高等学校における反転学習・ゲーミフィ ケ ー ショ ン と知 識構 成型 ジ グソ ー法 を 取り 入れ た ヘルスリテラシー教育の効果検証 第1 節 全体的な授業デザイン 第2 節 授業構成 第3 節 研究方法 第4節 結果・考察 第5 節 まとめ 参考文献 1.はじめに 1986 年に WHO(世界保健機関)がオタワ憲章で,新 たな健康観の公衆衛生戦略として Health Promotion (以下“HP” と略す)の理念を提唱している。「Health for All」実現のための柱とされる HP とは「人々が, 自らの健康とその決定因子をコントロールし改善できる ようにするプロセス」であり,文部科学省が平成9 年の 保健体育審議会答申からHP の考え方を取り入れた健康 教育の推進を示している(文部科学省 1997)。その背景 にあるのは,生活習慣病の低年齢化や新興感染症・アレ ルギーや薬物乱用など様々な健康問題に対応していくた めである。HP の理念では,健康は与えられるものでは なく,自らの力で獲得していくものであり,この実践力 は Health Literacy(以下“HL”と略す)の育成と強 く関係している。 HL とは,「健康情報を獲得し,理解 し,評価し,活用するための知識,意欲,能力であり, それによって,日常生活におけるヘルスケア,疾病予防, HP について判断・意思決定をし,生涯を通じて生活の 質を維持・向上させることができるもの」と定義されて いる(Kickbusch et al . 2013)。Nutbeam(2000)は, HL 第 4 章 小学校におけるゲーミフィケーションと 知識構成型ジグソー法を取り入れたヘスリテラシー教育 の効果検証 第1 節 全体的な授業デザイン 第2 節 授業構成 第3 節 研究方法 第4節 結果・考察 第5 節 まとめ 参考文献 第5 章 総合考察と結論 参考文献 第6 章 今後の課題と展望 参考資料 研究成果発表 謝辞 を問診票や医療的説明書を読み書きできる機能的 HL, エビデンスに基づいた情報等を得て理解するソーシャル スキルを含む相互作用的 HP,さらに高次の認知スキル で批判的に情報を分析し,管理することができる批判的 HL の 3 つのレベルを提唱し,HL を HP の成果と位置 づけ,健康教育でHL を育てることの重要性を示唆して いる。我が国においても学校における健康教育の課題と して,思考力や判断力など知識を活用する力を身につけ られる学習内容を検討し,HL が育つ授業の必要性が指 摘されている(山本・渡邉 2011)。実際に日本での調査 結果から,日本人の成人の15.5%が低 HL の可能性があ ると示されており(Tokuda et al . 2009),今後,学校で もHL 育成を意識した健康教育の推進が期待される。 そこで,本研究では,身近な感染症を題材として,HL の意識喚起を目的に,新しく覚えたスキルが役に立つ文 脈を理解しながら,適切な形でスキルを使う方法を学び, 複雑な概念の理解や経験的な学習につながりやすい,ゲ ームの要素を教育現場に導入するといったゲーミフィケ ーションの考え方(藤本 2015)と対話の中で話し手と 聞き手の役割を交代しながら学び直す過程を繰り返して
ゲーミフィケーションと知識構成型ジグソー法を使用した
健康教育のための授業デザインと評価
― ヘルスリテラシーの育成を目指して ―
キーワード:ゲーミフィケーション,知識構成型ジグソー法,ヘルスリテラシー,健康教育,感染予防 教育システム専攻 江藤 真美子いくといった建設的相互作用を活用して知識構成を支援 する,知識構成型ジグソー法(三宅ほか 2011)を取り 入れた授業をデザインし, 評価を行った。 そして,自分で情報を探すスキルの獲得としての事前 学習やICT が活用できる環境では,インプットである知 識を授業内で活用できるようにするために,反転学習(バ ークマン・サムズ 2015)の方法も取り入れた授業デザ インについて検討した。 2.高等学校における反転学習・ゲーミフィケーション と知識構成型ジグソー法を取り入れたヘルスリテラシ ー教育の効果検証 1)全体的な授業デザイン 全体的な授業デザインとして,感染症ごとのグループ 対抗のバトル形式にし,発表内容を投票制で競うという 授業デザインを検討,『インフェクションバトル』を考 案・実施した。 『インフェクションバトル』の特徴としては,反転学 習(事前学習)と知識構成型ジグソー法による協調学習 で知識が集まり,インタラクションを起こして学びが起 こる環境を作ることができる。次に,感染症がこの学校 でいかに脅威としての要素をもっているかを他の感染症 と比較しながら思考することで,疑似体験の学習・訓練 となる。そして,投票制により,グループ対抗で競うこ とで,多角的な視点と批判的思考,相手にわかりやすく 伝えるスキルを身につけることが期待できると考えた。 授業では,協調学習として他者とのインタラクションを 引き起こす知識構成型ジグソー法の要素を一部使用した グループ学習を行う。そこに、ゲーミフィケーションの 要素を取り入れて,楽しみながら学習できるようにした。 具体的には自分の考えを相手に説明する「課題遂行者」 と聞き手になって解釈,評価しようとする「モニター」 としての役割が生徒に与えられることで,この二つの働 きが交互に起き,学習者が自分の考えややり方をより納 得のゆくものに自分自身で変えていき,その適用範囲を 広げるような学びが成り立ち,その学びが多人数で同時 並行的に起こると言われている(三宅ら 2011)。この要 素を取り入れることにより,様々な場面でも対応できる メタ認知能力,批判的能力,情報の正確さを判断する情 報リテラシーなど21 世紀型スキル(グリフィン 2014) とも共通点の多い,日常生活で使える活性化された知 識・能力・スキルとなる相互作用的HL と批判的 HL が 育成されると考えた。 2)授業構成 授業は計4 回行われた。1 回目の授業では,導入とし て,「人はなぜ病気になるのか?」というスライドで感染 症の機序と人類と感染症の戦いの歴史について触れ,事 前学習と合わせ,『インフェクションバトル』の趣旨につ いて確認した。その後, 知識構成型ジグソー法によって 各自の特徴などを話し合い,感染症によって様々である ことを学んだ(エキスパート活動)。2 回目の授業では, 事前学習として,自分のグループの感染症の微生物がも し生息しているとしたらどこにいると考えるかを予測し, 校内地図を用いて示し,身近に感じられるようにした。 そして,授業では「糸島高校1番の感染脅威」をテーマ に各感染症グループで協調学習を行い,感染症の全体像 をまとめる作業を行った。3 回目の授業は,「感染症の脅 威から糸島高校を守ることはできるか?」として,違っ た視点から感染症の見直しを行わせるため, 各グループ に教師からヒントカードが渡され,議論が進められた(ジ グソー活動)。4 回目の授業では,自分たちのグループの 感染症がいかに自分たちの高校にとって脅威になり得る かという点を中心に予防方法も絡めながら発表した。発 表後は,先生がファシリテーターとなり,総合討論を行 った。そして,最後に一番自分たちの身近な生活の中で 脅威になる感染症に対して投票した。 3)研究方法 福岡県内の公立高等学校3 年生 1 クラス 41 名(男子 22 名,女子 19 名)に実施した。受講者には授業期間の 前後に5 段階評価(1:全く当てはまらない-5:非常 に当てはまる)と自由記述の質問紙への回答を求めた。 その結果36 名(回答率 87.8%)から回答が得られた。 また,事後テストと 3 ヶ月後に遅延テストを実施し, 34 名(回答率 82.9%)から回答が得られた。 4)結果・考察 質問紙の回答データとテストについて,サンプルの数 が少なく,データの正規分布を前提とするパラメトリッ ク検定の使用は不適切と考えたため,今回は Wilcoxon の符号付順位検定を用いた。 意識の変化について分析を行った結果,感染症や細 菌・ウイルスなどへの興味・関心が平均 2.94 から 3.53 (p< 0.001),理解が平均 2.31 から 2.97(p< 0.001)と 有意に向上が確認された。HL についても「自分はどん な感染症が流行っても,自分で予防方法について情報収 集し,冷静に対処できると思う」という批判的HL につ いて,平均が2.72 から 3.25 と有意(p< 0.001)に向上
していた。自由記述から「感染症はそれぞれ全く別物だ と思っていたけど,感染経路とか類似点があったりした ので結構面白いなと思った」「グループで話し合いをす ることでいろいろな情報が飛び交っていた」という感想 が見られ,多角的に感染症に関する情報を検討し, 日常 の中でどのようにHL を活用していくかが身についてき たのではないかと考える。また,事後の質問から「グル ープワーク中の他の生徒の意見は参考になった」3.97, 「他の生徒と議論することで授業内容の理解が進んだと 感じる」3.74 と協調学習に有効性を感じ,感想でも「調 べ学習やみんなで話し合う授業は楽しく意欲的になれた と思う」など,この授業方法については好意的に受け取 られていた。反転学習についても,負担感について2.85 と少ない傾向だった。テストの点数の変化について分析 を行った結果,全体的には有意な差は認められず,HL の知識が保持されていると推察される。 3.小学校におけるゲーミフィケーションと知識構成型 ジグソー法を取り入れたヘスリテラシー教育の効果検 証 1)全体的な授業デザイン 高等学校での検証から,小学校での授業デザインに関 して,有効性が認められたゲーミフィケーションの考え 方(藤本 2015)と知識構成型ジグソー法(三宅ら 2004) を取り入れた授業をデザインし, 評価を行った。 知識を授業内で活用できるようにするための反転学 習(バークマン・サムズ 2015)も検討したが,高等学 校との校内環境と違い,小学校では教室内でインターネ ットが接続できる施設環境がなかったことや家庭内から の課題提出アクセス・反転学習が厳しい状況であった。 そこで,反転学習ではなく事前学習課題として,自分の グループの感染症のエキスパート担当部分について調べ, 学習してくることを課した。 そして授業では,高等学校での課題から,ストーリー 性のある導入を行い,より身近な問題として捉えられる ようにした。また,ゲーミフィケーションの部分も弱か ったため,バトル形式で発表内容を競った後に投票を行 うという方法以外に,グループ学習時には,「ポイント制 によるアドバイスカードの獲得」を導入した。これもゲ ーミフィケーションの要素のひとつであり,手洗い行動 の習慣化をポイント獲得によるゲーミフィケーションで 促すねらいで行うようにした。 2)授業構成 授業は計3 回行われた。授業構成については,授業は 3 回実施し,1 回目の授業でエキスパートグループでの 活動,2 回目でジグソーグループでの活動,そして 3 回 目で発表と総合討論を行った。子どもたちには,授業実 施前に事前課題と授業の流れについて説明し,導入まで を 1 回目の授業前に行った。授業前に,「人はなぜ病気 になるのか?」というスライドで感染症の機序と人類と 感染症の戦いの歴史について触れ,さらに導入ストーリ ーと合わせ,授業の趣旨について確認した。1・2 回目の 授業では,知識構成型ジグソー法によるグループ活動を 中心に授業を進めていき,3 回目の授業で発表と日常生 活の中で感染症を予防する方法についての総合議論を行 った。 終了後は,自分の学校の中で一番の脅威となり得 る感染症を投票で決定した。 3)研究方法 研究対象は,福岡市内の小学校5 年生 2 クラス 66 名 (1 組男子 16 名,女子 16 名 2 組男子 17 名,女子 17 名)に,2016 年 1 月 28 日~2 月 15 日の間に授業を 3 時間実施した。 授業期間の前後に 5 段階評価と自由記 述の質問紙,テストを行った。質問紙の回答データとテ ストについては,事前事後の変化についてt 検定を用い て分析を行った。 4)結果・考察 小学校の実践においても,高い値とは言えないが感染 症に対する興味・関心が平均2.82 から 3.18(p <0.05), 理解が2.00 から 2.41(p <0.01)と向上していた。また, ゲーミフィケーションによる積極的な授業態度も3.35 から3.95(p <0.01)と向上しており,知識構成型ジグ ソー法については,感想で「グループで話し合い,自分 たちで考えることができて危険な病気を学べたので楽し く勉強できた」とあり,今回のゲーミフィケーションと 知識構成型ジグソー法を取り入れた授業の有効性が認め られた。 また,HL については,テストの結果を表 1 にて示す。 HL に関する知識について,テストの点数が有意に向上 し,HL について向上したことが確認できた。しかし, 意識の変化については若干の向上はあったが,有意差は 見られなかったため,今後の課題としていく。 表 1 HL の知識の変化 平均 SD 有意差 t 値 事前 10.39 3.09 p<0.001 6.76 事後 13.83 3.50
5.総合考察と結論 高等学校及び小学校での実践において,ゲーミフィケ ーションと知識構成型ジグソー法による健康教育で, HL と感染症への興味・関心・理解が向上することがわ かった。 また,授業に対する積極的な態度についても向上が見 られた。手洗い行動をポイント化し,獲得するといった 方法と発表内容をバトル形式・投票制で競うというゲー ミフィケーションにより,学習意欲が上がり,授業への 積極的な参加態度を促したと考える。 次に,HL についての検証では,高等学校でのテスト の結果から,HL の維持(3 ヶ月後)が確認できた。小 学校のテストの結果では,事前から事後に点数が有意に 上がっており,この授業によりHL が向上したことが確 認できた。一方,実際の行動変容については,変化がな かった。今後は,行動変容に結びつくような授業デザイ ンを検討する必要がある。 また,知識構成型ジグソー法については,グループが 変わることへの負担感に有意差はなかった。金子(2016) によると,知識構成型ジグソー法によって獲得される知 識は,授業を終えてからも新たな情報によって揺さぶら れ,再構成され続け,絶えず進化と深化をし続ける生き て成長し続ける知識である。それこそが,知識構成型ジ グソー法という授業方法が狙っている知識であり,HL も同様に,ライフステージや環境によって,自分の中で 成長し続ける能力・スキルである。今回の実践研究の結 果からも,HL 育成に適していることが明らかになった。 しかし,調べ学習の宿題について,平均2.65 から 3.82 と負担感があり(p <0.001),家族へのインタビューにつ いても平均3.35 から 4.09(p <0.001)と負担感があっ た。授業の時間を短く設定する場合は,事前課題ではな く,教員から資料を与えて議論を重視する方法も 1 つの 方法として有効だと考える。 6.今後の課題と展望 今後の課題は,授業デザインとして, 簡単な導入スト ーリーについて再検討し,実践に落とせるような形で, より簡単に短い時間でもできるようなパッケージ化を進 めていくことである。そこで,単元によって育てたい HL を絞りこみ, 1 時間を基本とするパッケージ化を行 っておくと,より授業での取り組みがしやすいだろう。 そのためにも,複雑な内容ではなく,シミュレーション やゲーム感覚でできるもの,例えばカードゲームなどの 開発も教材として使えると考えている。 また,それぞれの養護教諭をはじめとする教員が行っ ている健康教育や保健指導の資料を集約するなど,ネッ トワーク上で構造化し,活用できるようにしていくこと も必要である。そうすることで教員の負担を減らしなが ら,より効果的なHL 育成の健康教育が実現できるだろ う。HL の力を育成しながら,「自分の命は自分で守る」 意識を持ち続ける子どもたちを育てていくことが,これ からの健康教育には必ず必要となってくる。この研究が, これからの健康教育の一助となることを期待したい。 7.主要参考文献 文部科学省(1997)平成 9 年保健体育審議会答申,生涯に わたる心身の健康の保持増進のための今後の健康に 関する教育及びスポーツの振興の在り方について http://www.mext.go. jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo5/08012506/001. pdf(2016 年 7 月 4 日取得)
Kickbusch, I., Pelican, J.M., Apfel, F. and Tsouros, A.D. (Eds.)(2013). The Solid Facts: Health
Literacy .http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0 008/190655/e96854.pdf(accessed 2015.11.1) 山本浩二・渡邉正樹(2011)日本の中学校健康教育にお ける課題とヘルスリテラシーの必要性に関する一考 察-中学校新学習指導要領の実施に向けて-.東京学 芸大学紀要 芸術・スポーツ科学系 63:87-97 Tokuda ,Y.,Doba, N.,Butler JP.,Paasche-Orlow MK
(2009)Health literacy and physical and psychological well being in Japanese adults , Patient Education and Counseling 75 : 411–417 藤本徹(2015)ゲーム学習の新たな展開,放送メディ ア研究,12:235-252 三宅なほみ・齊藤萌木・飯窪真也・利根川太郎(2011) 学習者中心型授業へのアプローチ―知識構成型 ジグソー法を軸に―,東京大学大学院教育学研究 科紀要 51:441-458 ジョナサン・バークマン, アーロン・サムズ(著)東 京大学大学院情報学環 反転学習社会連携講座・ 上原裕美子(訳)(2015) 反転学習-生徒の主体的参 加への入り口, オデッセイコミュニケーションズ P.グリフィン,B.マクゴー,E.ケア編 三宅なほみ監 訳 益川弘如・望月俊男編訳(2014)21 世紀型スキ ル-学びと評価の新たなかたち-,北大路書房 金子 章予(2016)知識構成型ジグソー法の本質ある いは今日的意義,サービス経営学部研究紀要 第 28 号:3-14